聖剣を抜いた親友と、抜けなかった俺   作:雷神デス

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よし、楽しかった!()
間が空いて申し訳ありません!


居たはずの誰か

「クソッ……!」

 

「ぐぅ……!」

 

 

 赤黒い隕石のような滅びの魔力が地面に着弾し、周囲一帯が地獄に変わる。

 草一本すら滅び尽くし、廃村が跡形も無く消え去ってしまっている。

 マモンと戦った時にも滅びの魔力の力は見たが、ソフィート様の右腕があったこと、マモンの戦士としての力量が低かったので問題は無かった。

 だが、滅びの魔力自体は脅威だった。少しでも触れば空間ごと肉体を削られる、鎧が意味を成さない単純な破壊力は普通に相手取るには無理ゲー過ぎる。

 初撃はなんとか切り伏せたが、無茶をした代償に鎧と兜がボロボロになったので兜を脱ぎすて放り投げる。ルストは既に俺のことに気づいているだろうし、防具ももう意味を成さないだろう。

 ルスト達を背に盾で攻撃を受け切った騎士ジャスティも満身創痍だ。

 

 

「これ程の力を持つ相手に正面から戦うのは……!ソフィート様、すぐに離脱を!」

 

「いいえ、ダメですよエンヴァ。お父様はそう簡単に逃がしてくれるような方ではありません。ほら、なんとかからは逃げられない、っていうでしょう?」

 

「お父様……?ではやはり、この攻撃をしてきた相手は……!」

 

「ええ、そうですよエンヴァ。あの人です。ずっとずっと会いたかった、ずっとずっと救ってあげたかった、あの人が来たんです」

 

「ソフィート様……?」

 

「もうすぐあの人を救うことができるんです。あの時は私には力がありませんでした。けれど、今はあの人に手が届く!あと少し、あと少しです。もうすぐ、私の願いは果たされる!」

 

 

 狂ったように笑い、早口でそう捲くし立てた彼女は普段の姿とはかけ離れていた。

 宙に浮かぶ翼と金色の角を生やすその男を見るその目は紅く、頬は紅葉色に染まっている。

 対して、男は彼女をどこまでも冷めた、凍てついた目で彼女を見ていた。

 

 

「まさか、まだ生きていたとはな。相も変わらず、気持ちが悪い」

 

「はい、私は何も変わってはいませんよお父様。私はずっと、あなたの娘ソフィートのままです」

 

 

 魔王の姿が消える。それに嫌な予感を覚え、すぐに後ろを振り向き剣を振る。

 魔王が放った手刀が、ソフィート様の首を斬り落とす直前になんとかそれを受け流す。

 何の魔力も感じぬ、ただの手刀のはずなのにルストが放った聖剣より重く、鋭い。

 

 

「その名を騙るな。その名前は、私の娘の物だ。貴様ではない。娘の形をした貴様に預けた名ではない。その姿で、その声で我に話しかけるな!」

 

「……そうですか。そうですよね」

 

 

 一瞬だけ、ソフィート様の目に悲しみが浮かぶ。

 けれどそれはすぐにいつもの笑みに戻っていた。

 魔王が再び、ソフィート様の息の根を止めようと腕を振るおうとし。

 

 

「隙ありです!」

 

「俺ら無視してんじゃねぇよこの野郎!」

 

 

 魔王の背に、魔導士リージェの炎の魔法と拳闘士イヤルの拳が突き刺さる。

 しかし魔王は大して効いた様子も無く、鬱陶し気に滅びの魔力を台風のように周囲に展開する。

 俺はソフィート様を抱え、拳闘士イヤルは魔導士リージェを抱えすぐにその場から離脱する。

 

 

「あら、私に協力してくれる気になったのですか?」

 

「んなわけねぇだろ、むしろあいつよりてめぇをこの場でぶち殺してやりてぇくらいだ」

 

「ですが、ジャスティの防御力を一撃で吹き飛ばす程の敵を相手に、そちらの騎士も同時に相手取るのはちょっと分が悪すぎるので」

 

「あいつぶっ倒した後はてめぇらの番だ。だが今回だけは―――」

 

「ええ、分かりました。この場を乗り切るまでは、手を組みましょう。敵同士だったもの同士が手を組んで危機を脱するなんて、物語みたいで素敵です」

 

 

 ニコニコと笑いながらそう言うソフィート様に警戒しつつも、一応は手を組む気なのか攻撃してくる様子は無い。敵にしたら厄介だが、味方であれば頼りになる。

 そして、ルストは―――。

 

 

「邪魔をするなよ」

 

 

 滅びの魔力の中を突っ切り、聖剣で魔王に斬りかかる。

 恐らくは聖剣の力で障壁を張っているのだろうが、それでもあの魔力の中を突っ切るとか控えめに言って頭おかしい。

 しかし、魔王は宿敵であるはずの勇者を相手にも興味を見せることは無かった。

 魔力を纏わせた腕が聖剣とぶつかり合い、衝撃による余波で突風が起きる。

 

 

「イヤル!君はジャスティの回復、リージェは僕と彼の援護!」

 

「応、任せとけ!」「了解です!」

 

「ジャスティは指示があるまで待機!」

 

「待ってください!私はまだ動けます!」

 

 

 そう言いながらボロボロの鎧を脱ぎ捨て立ち上がるが、その足取りは明らかにおぼつかない。

 魔王の一撃から他の仲間を守っただけでも大したものなのに、それでもまだ足りないと立ち上がろうとする姿は、流石は勇者の仲間だと感心する。

 

 

「そんなボロボロの体で役に立つわけ無いでしょ!おとなしくイヤルに治療されておいて!回復した後はしっかり働いてもらうからね!」

 

「くぅ……!魔王との闘いで、役に立てぬとは!」

 

「魔王の一撃を防ぎ切るとかいう大健闘したんだ、暫く休んどけ。つうか俺もさっさと魔王と戦いたいからちゃんとおとなしくしとけ」

 

 

 しかしルストの一喝により、激情を抑えおとなしく仲間に治療をしてもらうため膝を突く。

 それ程までに仲間から慕われているルストはやはり勇者の器なのだろう。

 僅かばかりに生じた嫉妬心がチクリと心を刺すが、今はそんなことを言っている場合ではないだろう、と自分を律しソフィート様の方を見る。

 

 

「ソフィート様、魔王の弱点等に心当たりはありますか?」

 

「お父様は太陽の光を浴びると体が焼ける、吸血鬼みたいな特性を持ってます。今は曇りですが、あの雲を吹っ飛ばせば分が悪いとみて撤退してくれると思います。ですが、流石にエンヴァでも難しいですね」

 

「なるほど。少し試してみます」

 

「え」

 

 

 狙うは一点、ゆっくりと息を吐き頭の中に雲を切り裂くイメージを描く。

 全神経をたった一つ、斬るということだけに集中させ、他の音全てを遮断する。

 そして雲に向け斬撃を放った―――のだが。

 

 

「クソ、ダメか」

 

 

 雲に多少の切れ込みを入れることが出来たが、太陽が出る程ではない。

 やはりそれほどの威力を出せる攻撃は、勇者の聖剣しかないだろう。

 ソフィート様の役に立てないことが、なんとも歯がゆい。

 

 

「申し訳ありません、ソフィート様。今の俺では不可能でした」

 

「……今の技っていつ編み出したんですか?」

 

「今です、前世でそういう系統の漫画を読んでいて理論は知ってるので割と行けました」

 

「なるほど。才能とは不条理な物だと改めて思い知りました。……では、やはり勇者に頼むしかありませんね」

 

 

 ソフィート様はなんだかいつもより冷たい目で俺を見た後、ルストに声をかける。

 

 

「勇者ルストさん。少々お願いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

「何?今忙しいし、あんまり君と話したくは無いんだけど」

 

「フフフ、すいません。けれど、あなたにも益のある提案です。聖剣の力であの雲を消し飛ばし、太陽に顔を出させることは出来ますか?」

 

「……それをすれば、今の状況をなんとかできるんだね?」

 

「はい。どうか信じてください、私もこのような辺鄙な場所で、つまらない形での決着はつけたくないんです。物語の終わりは、壮大に行きたいでしょう?」

 

 

 ルストは舌打ちを一つした後、魔王と距離を取り俺の隣に立つ。

 久しぶりに近くで見た幼馴染の姿を見て、少しだけ背が伸び大人っぽくなってるな、とこの場にそぐわぬことを思ってしまう。

 

 

「久しぶりだね、エンヴァ君」

 

「……何も聞かないのか?」

 

「色々聞きたいことは有るし、言いたいこともある。謝りたいことも伝えたいことも。けど今は」

 

 

 立場が逆なら、きっと俺はそいつをぶん殴っていただろう。

 ぶん殴って問い詰めて、何故こんなことをしたのか問いただすだろう。

 そして、その答えを聞いた後ぶち殺してしまうだろう。

 そうなっても仕方ない位の、自分でも最低だと思うことをした。

 どうせ元の関係に戻れない等分かってるし、戻る気も無い、俺は死ぬまであの方に従い、そしてこいつを超えて行くと誓った。

 それに嘘は無い、けれど。

 

 

「雲吹き飛ばすくらい凄いのは溜めに時間いるから、その間守ってくれる?」

 

「どれくらいいる?」

 

「十秒くらい」

 

「楽勝だ。俺に任せろ」

 

「久しぶりに聞いたね、それ」

 

 

 聖剣が光を帯びる、それに気づいた魔王が滅びの魔力で大量の槍を形成し、それらを一斉にこちらに向けた射出する。

 幾つかは魔導士リージェが防いだが、圧倒的な物量差により押し切られる。

 だが、僅かでも減ってくれればそれで充分。

 

 触れれば即死、そんな攻撃が何百も、怖いし逃げ出したくもなる。

 けれど、初めてルストと、勇者と肩を並べて戦える。

 そのことが、何故か無性に嬉しく、そして同時に虚しくもなる。

 こいつと肩を並べられるのは、きっとこれが最後だろうから。

 

 

『聖剣よ……』

 

 

 殺到する槍を斬る、斬る、斬る。

 マモンの数十倍はある量に加え、攻め方も巧い。

 曲がり、速さを変え、時には槍が分裂し、時にはルストでは無くソフィート様に狙いを切り替え、確実にこちらに被害を与えようとする。

 少しでも失敗すれば主も、自分も死ぬであろうこの状況でも何故かできる気がした。

 最後に残ったド太い槍が、ルストでは無く自分を貫こうと迫る。

 稲妻のような機動を描き迫りくるそれを切り伏せ、ようやく終わったと安堵し。

 

 

「……大した物だ。人間にしておくには惜しい程に」

 

「ッツ!?」

 

 

 いつの間にか接近を許してしまっていた魔王の爪が迫る。

 避けようとして身体を捻るが、僅かに足りず肩を爪で抉り取られる。

 滅びの魔力を纏っていたのであろう、肉片すら飛び散らず当たった場所ごと消滅している。

 

 痛い、痛い痛い痛い。

 すぐにでも剣を手放して、すぐに血を止めて、逃げ出したい。

 こんな土壇場でもそう思ってしまう自分が嫌になる。

 

 

「う、があああああああああ!!」

 

 

 喉が張り裂けそうな程の叫び声を上げて、歯を喰いしばって痛みを追い出す。

 大丈夫だ、俺の傷なんて大したこと無いと言い聞かせる。

 片腕を失ってもまだ戦う奴を見た、死にそうになりながらもまだ戦えると宣う奴がいた、死ぬと分かってもそれでも尚戦おうとした奴らを知っている。

 そんな奴等に比べれば、多少の傷くらいで止まれないと自分を律する。 

 思わず動きかけたルストを目で制し、まだ使い物になる手で剣を握りなおし剣を振るう。

 

 

「……魔力を切り裂く剣。貴様の体が素材か」

 

「はい。なかなか面白いでしょう?あなたでさえも殺し得る、私の秘密兵器です」

 

「それは貴様のではないだろう」

 

 

 避けられたが、距離を取らせることには成功した。

 肩から大量の血が流れ落ちるが、それでもまだ立つことはできる。

 そして―――ようやく長い十秒が終わる。

 

 

『清浄なる光を以て、暗雲を打ち払え!』

 

 

 ルストの聖剣が極光の魔力を放ち、雲を裂く。

 出鱈目な、次元が違うと思ってしまう程の極大の一閃。

 ただの一振りで、本物の太陽が姿を現し、光が降り注ぎ魔王の身体から煙が出る。

 

 

「潮時か」

 

 

 魔王は溜息をついたあと、翼を広げ天高く舞い上がり俺達を見下す。

 一瞬追撃しようか考えるが、今更に傷の痛みを認識してしまい苦悶の声を上げる。

 これ以上戦うにしても、まずは傷を癒さなければよくて相打ちにしか持っていけない。

 そしてそれは、魔王も同じようだった。

 僅かずつではあるが身体が焼かれ、想像を絶する痛みを感じているはずだろう。

 だと言うのに、魔王はその痛みを意にも介さず痛みに悶える俺を少し驚いたような顔で眺めて、そして口を開く。

 

 

「一つだけ貴様に聞きたいことがある。貴様に付き従っているその男。そいつはお前にとっての何だ?仲間か、主か、はたまた友人か。洗脳でもしているのかと思ったが、それならばわざわざ痛みを感じなくする必要等無い。何がその男をお前の隣に縛り付けている?」

 

「配下ですよ。私の右腕であり、私の忠実な剣です」

 

「……お前が、配下を持つだと?」

 

 

 魔王は暫く考え込んだ後、俺を見る。

 その目はさっきまでの興味を持たぬ冷めた目では無く、ほんの僅かではあるが俺に対し何かを期待しているような目だった。

 意味も分からぬそれに少したじろぐ俺を他所に、魔王は笑う。

 

 

「ククッ、ハハハハハ!ああ、なるほどそういうことか!愉快だ、ああ愉快だとも」

 

「……お父様、何がそんなにもおかしいのですか?あなたがそんなにも笑う所、私は一度も見たことがありません」

 

「これが笑わずにいられるものか!ようやく貴様にも『それ』が芽生えたか!」

 

「何のことでしょう?笑ってばかりでは分かりませんよ、お父様」

 

 

 心なしか、ソフィート様は不愉快そう顔をしているように思えた。

 魔王は今までとは一転、上機嫌に言う。

 

 

「分かっているはずだろう?分かっていて目をそらしているだけだろう」

 

「……」

 

「まさかお前のそんな顔を見れようとはな。今ここで殺してやろうと思っていたが、やめだ。貴様の末路を見てやろう。貴様はもう自身が望んだ結末を辿ることは出来ぬ。貴様自身が、貴様がその男に抱いた感情が、それを阻むだろう」

 

「……話は終わりですか?」

 

「最後に―――勇者達よ」

 

 

 魔王は嗤う、それはソフィート様に向けた心底愉快そうに笑うそれでは無く、勇者達に、自身を殺そうとする挑戦者達に向ける王としての挑発的な笑みだった。

 戦った時とは比にならぬ程に威圧的な迫力に、思わず悪感が走る。

 

 

「すべての決着は我が城でつけてやろう。決死の覚悟で来るが良い」

 

 

 最後にそう言って、魔王は笑みを浮かべ消えて行った。

 ソフィート様は溜息を一つ吐いて、いつも通りの笑みに戻る。

 

 

「用事は終わりました。行きましょうか」

 

 

 それに頷きかけて、ジッと俺とソフィート様を見る四人に気づく。

 三人はまだ敵意を消してはおらず、ルストは深呼吸した後、重い口を開く。

 

 

「エンヴァ君は、そいつの手下になったの?」

 

「……」

 

 

 何も答えず、ソフィート様の後ろについていく。

 

 

「もう、僕達は友達に戻れないの?」

 

 

 返事はしない。話す舌など持てる筈が無い。

 俺は結局のところあいつを裏切った裏切り者なのだから。

 そんな俺が、一体あいつになんと返せば良いと言うのだろう。

 

 

「ごめんね」

 

 

 耳に入ってしまった、勇者の、親友の謝罪の言葉。

 ダメだと分かっているはずなのに、思わず足を止めてしまう。

 

 

「僕のせいだよね。僕が聖剣を抜いたから」

 

 

 ルストは目に涙を溜め、今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。

 それを見て心の奥底から激情が沸々とこみ上げる。

 情けない言葉が、それでも吐き出したい言葉が。

 

 

「頼ってばっかりで、ごめんなさい。助けようとしなくて、ごめんなさい。エンヴァ君の夢を奪って、ごめんなさい」

 

 

 最早涙を抑えきれず、ボロボロと泣き出すルスト。

 最後に言おうとしたその言葉を前に、俺はついに我慢を出来なくなった。

 

 

「エンヴァ君に付き纏って、ごめんなさい」

 

「―――俺は!」

 

 

 今までに無い程の大きな声で、ルストに向けて言葉を発する。

 恨み言でも、罵声でも、どんなことを言われても動じないつもりだった。

 けれど、お前がそれを言ってはダメだろう。

 だってそれじゃあ、お前が悪いみたいだろうが。

 

 

「お前がずっと羨ましかった!物語の主人公みたいだって思ってた!」

 

 

 ルストは何をしても上手く行って、俺は何をしても上手く行かなかった。

 俺は話すのが苦手で、旅に出た時もロクに交渉なんか出来なかった。

 けれどルストはまるで商人や詐欺師のような巧みな話術で相手を言葉巧みに操り、毎回俺達が得をする結果を持ってきてくれた。

 

 

「母さんと父さんもお前のことを一杯褒めてた。俺も二人にいいとこ見せたくて色々挑戦しても上手く行かなくて、お前ばっかり成功してた!」

 

 

 裁縫も調合も料理も文字も礼儀も、親が教えてくれることをルストはすぐに吸収していった。

 最初の方は俺の方が上手かったけど、努力したルストはそんな俺をすぐに超えて行く。

 俺だって多少は頑張ったつもりだけど、そんなちんけな物では追いつけない。

 俺がルストに追いつかれることの無い物は、剣を振ることだけだった。

 

 

「違う、よ。だってエンヴァ君は、どんなことだって僕より上手くやれた。あの人たちだって知らない料理を作ったり、裁縫や計算だって僕より上手かった。それなのに」

 

「ああ、違うんだよ。そうじゃねぇんだ。俺はお前が思うよりずっと、年だけ食ってるんだよ!」

 

 

 ルストが訳が分からないような、混乱したような顔をする、当たり前だ。

 こんな話を信じた両親の懐のでかさの方が異常なんだと、そんな二人を裏切った自分にまた嫌悪しながら言葉を重ねる。

 放出した言葉は止まらない。

 

 

「俺はな、ここじゃないどこかの世界で生きた記憶を持ってるんだ。その世界で俺は、クズだった。塾に行っても碌に勉強できねぇ、友達なんて碌に作れねぇし、何かをするような勇気も持てない、何もできないクソ野郎だった」

 

 

 本当に本当に、俺の前世は今世以上にどうしようも無かった。

 何も出来ず、何かに挑戦する勇気も失い、助けの手にすら怯え、沢山親に迷惑をかけた。

 

 

「そんな俺が、この世界でもう一度人生を歩めるのは奇跡だって、救いだって思った!何も出来なかった俺でも、前世の知識と経験さえありゃ多少はマシな人間になれると思ってた!けど、そんだけアドバンテージがあっても俺はお前に追いつけなかった」

 

 

 自分よりもずっと年下な奴が、当然のように自分を超えて行く。

 文字はこの世界基準だったので平等なスタートラインだと思うが、それ以外は学校で勉強したことばかりだったから、ルストよりもずっと上手くできる筈だった。

 なのにルストは、全部俺より上手くなった。

 努力してるのは知っている、才能だけじゃないなんて百も承知だ。

 けど、けど。

 

 

「いつもそうだった!仲の良い奴は皆、俺の手が届かなくなるくらいに上に行く!」

 

 

 俺にだって、小さい頃は友達を作れたし、遊んだりもした。

 けれど、俺は馬鹿だから友達が行くような良い学校に行けなかった。

 そいつらは『ずっと友達だよ!』とか『お前のことは忘れない』なんて言ってて、俺もそれを信じてずっとそいつらのことを忘れなかった。

 けれど、時の流れというのは残酷で。

 久しぶりに会えた友達達は、俺を見て困ったような顔をしてこう言った。

 

『どちら様ですっけ?』

 

 そりゃそうだ、自分より下の奴と関わる程無駄なことは無い。

 人間というのは自分と同じ程の能力がある奴同士でつるむものだ。

 無能は足切りして、有能と関わって生きて行く、そういうものだと知っている筈なのに。

 

 

「なぁ、ルスト。友達ってのは、能力が、立場が釣り合うような奴同士じゃないとなれないんだぜ。友達同士でいたければ、そいつと同じくらい凄い奴にならなきゃダメなんだよ」

 

「僕は、そんな風に思っちゃいない!どれだけ立場が違っても君のことを友達だと、親友だと思ってる!だって君は、僕のことを救ってくれた人だ!絶対に忘れたりなんてしない!」

 

「ああ、そうだな。あいつらも、同じようなことを言ってくれた」

 

 

 きっとルストは本気で言ってくれているんだろう、そんなことくらい分かる。

 けど、あの時のあいつらだって本気で言ってくれたはずだ。

 どんなにそれを言ってくれたところで、俺はそれを信じられない。

 信じるべきなんだろう、けどもうあの時の経験をするのが怖い。

 だから俺は、一歩前に進めずに立ち止まる。

 

 

「分かってるよ、ルスト。お前は良い奴だって分かってる、分かってるんだよ。それでも、お前の周りに凄い奴が集まってるのを見て、ああダメだって思っちまったんだ」

 

 

 勇者の仲間は、それに相応しい実績と実力がある奴で構成されている。

 騎士ジャスティは代々王に最も信頼されている貴族の長子であり、世界最高の肉体と守りの手法を持つ、あらゆる騎士の憧れであり目標。

 闘士イヤルは竜人族唯一の生き残りにして、失われた秘術とされる気功法を使う最後の担い手。

 魔導士リージェはただでさえ魔力量の多いエルフの中でも最も多くの魔力を、そして最も多彩な魔法を使う魔法の探究者にして魔法使いの到達点。

 世界を救う勇者の連れとしてはあまりにも相応しい。

 そして、そんな奴らと俺。

 果たして友達にするならどちらかと言えば、まあ答えは決まっている。

 

 

「そいつらが隣にいるのに、俺が入る余地なんてあるわけ無いだろ?知ってるよこんなもんただの嫉妬だ。俺がお前を信じることが出来ないだけで、全部俺のせいだって分かってる。けど……!」

 

「あの、すいません。話に割り込むようですが質問いいですか?」

 

「え、あ、はい」

 

 

 ふと、話の途中に魔導士リージェがおずおずと挙手し、口を出す。

 急に話したことの無い人に話しかけられ思わずそれまでの雰囲気ぶち壊しにするように敬語になってしまったが、気を取り直して質問を聞く。

 

 

「えーと……あなたは前世の記憶がある、と仰ってましたよね?」

 

「……?ああ、そうだ。信じられないかもしれないが、俺は―――」

 

「いえ、それ自体は信じます。幾つか前例があることですし」

 

「え、前例あるの?」

 

 

 初耳だった、そして他の奴らも初耳だったのかびっくりしてる。

 ソフィート様だけは何も言わず成り行きを見守っているだけだが。

 

 

「はい。この世界で転生者と自身を呼称する者が現れたのは、初代勇者が周囲の人間にそう言ったことが始まりです。それから度々、自身を転生者であると語る者が出現してきました」

 

「……初代勇者が、転生者?」

 

「本人の意向により隠されていますが、調べれば分かるはずですよ。そして、勇者となる者は代々、ルスト様を除いて全員が転生者である、という特徴があります。これは転生者と呼ばれる者達が生まれつき普通ではありえない膨大な魔力を所持しているからです。聖剣は一定の魔力を持つ者しか抜けず、その一定のラインを超えられる魔力を持つ者は転生者しかいないからです。これは、神が魔王を倒すために膨大な魔力を持つ者を他の世界から連れてくるためと考えられています」

 

「……は?」

 

「え、そうなの?」

 

 

 突然告げられた真実に、思わず茫然とする。

 かつてルストと旅をしていた際、魔法が使えるのではないかと期待を抱きとある魔法使いに自身の魔力量を測ってもらったことがある。

 その時は『ゴミみたいな魔力量』と言われ魔法を使う道を諦めた。

 だと言うのに、転生者は全員膨大な魔力を持っている?

 俺だけが、それに当てはまっていない?

 

 

「前々からの記録で、勇者にとって転生者であるということは秘密にしておきたいものであり、それを暴かれた場合にはかなりの不快感を示すことが多いという情報から、勇者にはそのことを伝えずにいる、という方針になっていたのでルスト様に関してもそのことを伝えずにいるつもりでした。幾ら忌子と、初代勇者の子孫が常人よりも遥かに多い魔力量を持っていたとしても、転生者には及ばないはずなのでルスト様が転生者だという前提で考えてましたけど、ルスト様は前世の記憶等は無いのですよね?」

 

「う、うん。無いよ」

 

「であれば、これは異常という他ありません。ルスト様は歴代の勇者達と比べても明らかに強い。事実測定しただけでも魔力が過去の勇者と比べて五割程多い。これではまるで、本来転生者が……あなたが持つ魔力が、ルスト様に上乗せされたかのようです」

 

「……何を、いっているんだ?」

 

「過去に、何かがありませんでしたか?例えば、何らかの魔物に魔法をかけられたとか。何か恐ろしい物に接触したとか、何らかの異常事態が」

 

「そんなもの、何も―――」

 

 

『ズルい』

 

 

「何、も―――」

 

 

『何故あなただけが?』

 

 

「なんだ、これ……?」

 

 

 何かが、蓋をしていた何かの記憶が蘇る。

 目の前には、人間とは思えない程に口を大きく開けた女の子。

 

 

『一緒だって、思ってたのに』

 

『あなたは私を裏切ったのね』

 

『ああ、逃げるのね。あなたなんて勇者になんかなれないわ、臆病者』

 

『あなたなんて―――世界で一番、大嫌い』

 

 

 

「ひ、あ、あぁ……!?」

 

「エンヴァ君……?どうしたの、大丈夫……?」

 

 

 何かにひどく怯えた記憶、何かに嫌われた記憶、何かに何かを食われた記憶。

 それは何時だったか、そうだ、あの時、村に魔物が現れた時。

 俺は魔物から逃げた、いやあれは魔物だった?

 

 俺は何から逃げていた?

 

 

「うわぁあああああああああああああ!?」

 

 

 あまりの恐怖に叫び出す、思い出すのも憚られる程、何か恐ろしい体験をした。

 それが何なのか思い出したくも無くて、ずっと蓋をしていた。

 ルストと出会う前に、それはあったはずだ。

 何があった?何が起こった?

 思い出そうとする度に、全身の身の毛がよだち頭が痛くなる。

 

 

「エンヴァ君!?リージェ、一体何が!」

 

「恐らくは何らかの記憶を思い出したショックで錯乱しています!このままでは自傷行為や、周囲を手当たり次第に壊しだす恐れがあります!すぐに―――」

 

 

 何かが、冷たいけれど安心する誰かの腕が俺を抱きしめる。

 泣きはらした目で見上げると、そこには笑みを浮かべたあの人がいた。

 

 

「大丈夫ですよ、エンヴァ。大丈夫。あなたが思い浮かべる化け物は、もういません」

 

「……う、あ……」

 

「さあ、今は眠りなさい。あなたは私を守るんでしょう?」

 

「……」

 

 

 意識がゆっくりと落ちて行く、安心感で身体が軽くなる。

 

 

「おい、なんか知らんが多分あいつ倒した方がいいよな!?」

 

「当たり前だ、さっさと行くぞ!」

 

「気を付けて、あの魔物何かがおかしいです!」

 

 

 色々な声が聞こえるけれど、そんなものはもう気にならないくらいに。

 その人の匂いは、ぬくもりは、どこまでも心地よくて。

 

 

「―――お前、エンヴァ君に何をした!!」

 

 

 最後に怒り狂う親友の声が、ほんの少しだけ意識を揺さぶって。

 それでも眠りに抗えず、俺はゆっくりと意識を失った。

 

 

 

 




なんか色々と急展開だけど書きたいもの書くことができて満足!
次回も楽しく書けそうだ!
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