一ヶ月くらい時間を使ってこの駄文、笑えよベジータ……(
多分次の話は、もう少し早めに投稿できると思いますので何卒お許しをぉ!
『エンヴァ、友達と遊ばなくていいのかい?』
『たまには家の手伝いなんてやめて、他の子と遊んでもいいのよ?』
優しい二人は、僕の頭を撫でながらそう言ってくれる。
父は村で唯一のパン職人で、他の村人たちより裕福だった。
けれどその分他の村人よりも忙しく、ほぼ毎日のように生地をこね、大量のパンを焼き上げる。
集中力と体力を使う仕事だ、父も疲れているだろうに、僕のことを優先してくれる。
そんな彼らの優しさに、僕は何時だってこう答えた。
『大丈夫だよ、二人とも。僕は二人の役に立ちたいんだ』
そう答える僕を、二人は嬉しいような、困ったような目で僕に微笑む。
そんな毎日が、そんな幸福が、何よりも代え難いものであり。
そしてそれをエンヴァという少年から奪ってしまった自分に、反吐が出た。
『パン屋の息子エンヴァは天才だ。まだ十にもなっていないのに、文字が読めるらしい』
『最近じゃ、あの迷惑な不良達を素手で懲らしめたらしいぞ。戦いの才能もとんでもないらしい』
『いつも両親の仕事の手伝いをしてるらしいわね。出来の良い子供を持てて、ご両親は幸せ者ね』
皆が僕を褒めてくれた、皆が僕のことを偉いと言ってくれた。
けれど、僕は皆には言っていない秘密が、ズルがあった。
僕の人生は二回目で、ほんとは子供じゃなくて大人であって。
文字を読めるのだって勉強したわけではない。産まれた時から言葉も文字も分かっていた。
戦いの才能だって、本来なら僕では無く『エンヴァ』という少年のもののはずであって。
「よぉ、元気にしてたか?」
寝る前にいつも夢を見る、快活そうに笑う『エンヴァ』の夢を。
真っ白い空間で、僕と彼だけが存在する不思議な空間。
本来産まれるはずだった彼は、その空間の中でだけ会話が出来る。
「友達とか出来たのか?俺が作れない分、一杯作ってくれよな!」
「二人と食べた飯、おいしかったか?」
「空ってどんな色なんだ?太陽ってそんな明るいのか?」
「……なぁ、俺とお話してくれよ……」
無邪気そうに笑い、質問してくる彼の前で、僕は何時だって何も答えられない。
ただうずくまって、壊れたスピーカーのように同じ言葉を繰り返すだけ。
『ごめんなさい』
彼が産まれるのが正しかったのに、彼が生きるのが正しかったのに。
自分はそれを奪ってしまった、そのどうしようも無い事実に心が軋んでしまう。
何も答えることも出来ず、ただ自己満足の懺悔の言葉を吐き出すことしか出来ない。
彼はそんな僕を見て、寂しそうな顔をして。
そして目が覚めて、あんな夢を見た自分に失望する。
人生を奪われ、家族を奪われた彼が罵声の一つも浴びせてこないだなんて、都合のいい夢だ。
都合のいい妄想を作り上げて、自分を正当化しようとする。
そんな自分を嫌悪した。
もう朧げにしか自分の前世のことを覚えてはいない。
前世の親の顔も、自分の名前も、大切な人と交わした約束も。
それでいい、最後には自分が消えて、彼がエンヴァになればいい。
何度だってそう願っているのに、
『―――疲れるなぁ』
ああ、そうだ。結局の所、二度目の人生を貰ったって。
幾らこの世界がファンタジーで、僕の身体が才能に溢れてて、幸せに生きれたとしても。
前世の記憶が、価値観がその幸せの邪魔をする。
他人の身体を奪ったって、平気な顔が出来ればどれほど楽だったか。
全てに見知らぬ振りをして、そのまま人生を謳歌出来ればどれだけ楽だったか。
『オェ……』
生きていて常に不快感が付き纏う、これが自身の身体であることに不自然さを覚える。
他人の身体を自分が使っているという事実にどうしようも無い罪悪感と嫌悪感を感じる。
前世では傷だらけだった腕は、今は綺麗に整った細腕で。
髪は赤に、目は金に、不細工な顔は日本では滅多に見つからない程の美形で。
彼が持つべきだったものを全て、僕は奪った。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
胃の中の物が逆流する、けれどそれを外に出すわけにもいかずそのまま飲み込む。
この世界では食べ物は貴重だ、二人が働いて稼いだ金で買った食べ物を無駄にしたく無いし、家の中を汚すわけにもいかない。
気分が悪くなる、思わず咳き込む。
『エンヴァ、大丈夫?何か物音がしたけれど……』
『大丈夫だよ、ごめん。ちょっと咳き込んだだけだから』
心配して見に来てくれた母を安心させるためにそう言って、無理やり吐き気を抑える。
二人にいつも心配をかけて、二人にいつも守ってもらっている。
自分は実はもう大人で、ほんとはあなた達の息子では無いんですと言えば、二人はどんな反応をするだろうか。
恨まれるだろう、憤怒するだろう、殺意を抱かれるだろう、殺されるかもしれない。
それが正しいはずなのに、それが怖くて声に出せない。
結局現状を維持したくて、何も言えずに日々だけが過ぎて行く。
☆〇☆〇☆
皆が遊んでいるのを見ても、「遊ぼ」の一言すらかけられない。
声がどもって何も発せない、誰かの顔を見て喋れない。
話しかけて嫌な顔されないかとか、迷惑じゃないかなんてどうでもいいことを考えて結局何もすることが出来ず、楽な方向に転がっていく。
両親の手伝いをしているのだって、そっちのが人と喋らなくていいからだ。
結局の所、僕は何一つ成長なんて出来なかった。
ある日、父さんと母さんが街に向かうことになった。
『母さんと父さん、今日は街にパンを買いに行くの。お留守番しててほしいのだけど、大丈夫?』
『大丈夫だよ、二人とも。いってらっしゃい、良い子で待ってるね』
『……あー、ちなみに、お父さんの部屋にはとても甘~いお菓子があるけど、食べたらいけないよ。と~っても甘いし美味しいけど、食べちゃいけないからね?』
『そんなに言わなくても勝手に食べたりしないって。それじゃあ、いってらっしゃい』
何度も『食べちゃいけないよ~!』という父に手を振り見送った後、椅子に座りぼんやりと窓を見る。相変わらず空は前世の世界と変わりはしない。
『……ほんと、二人とも優しいなぁ』
父と母からの愛情は、全て僕に向けられていい物では無い。
本当なら、『エンヴァ』という少年が一身に受けるべきだった、子供に向けられた親の愛。
それを自分が受けていることに、相も変わらず心が重くなる。
『いい加減、返せって言ってくれてもいいんだよ』
いつも夢で話をする、妄想かもしれない彼に語り掛ける。
ずっと前から一緒にいるのに、彼はずっと僕のことを責めたりしない。
今日は何があったか、料理はどんなものだったのか、友達は出来たのか。
そんな、他愛も無い話ばかりしてくる。
きっと、絶対、彼は僕のことを恨んでいるはずなのに。
『……ああ、畜生。狂人みたいだな、僕』
独り言をぼやきながら、適当に外をぶらつこうと扉を開ける。
風が髪を揺らす、太陽の眩しさに思わず目を薄める。
早朝の風は肌寒く、二人が風邪を引かないか心配になりながら一歩外に踏み出して。
『ッわぁ!?』
何か柔らかい物が足に触れる感触、思わず尻もちをついて後ずさる。
一体何がと触れたそれに目を向けて、さっき以上の驚きで声が上ずる。
『―――お、女の子?』
家の前で倒れている少女は見たことも無いほど華奢で、触れれば折れてしまうような儚さを持った不思議な雰囲気の子で。
傷だらけの身体は、思わず目を覆ってしまう程痛ましくて。
『一体、何が……』
少女の様子を見て、ただごとではないことは分かるが、それ以外にはまるで分からない。
なんでこんなところで倒れているのか、そもそもこんな子が村にいたかとか。
そんな疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡る中、ふと視線を感じ森の方に注意を向ける。
木々の隙間から、赤い眼光が僕を見ていた。
グルル、と漏れ出る唸り声は狼や犬のようで、恐怖で息を呑み彼らの狙いに当たりを付ける。
何故なのかは分からないが、おそらくあの獣達の狙いは―――彼女だ。
『……大丈夫だ、やれる、僕なら、いや。
殺意に満ちた眼を輝かせ、一歩、二歩とジリジリと近づいてくる獣達。
どうやら僕を警戒しているようで、威嚇するように喉を鳴らしながら僕を見ている。
おそらくこのまま女の子を放置して逃げれば、無事に逃げられると思うけど―――。
震える身体を抑え込み、玄関に置いてあった箒を手に獣達の行く手を阻むよう、立ち塞がる。
それはきっと、正義感からなんて綺麗な理由では無く、彼女が殺されたのが自分のせいになるということが怖かったからだろう。
自分が逃げて、戻ってきた後には、点々と森に続く血の道が出来ている―――そんな未来を想像し、そうなったとき自分の心は耐え切れないだろうと考え改めて自分の弱さを実感する。
獣達は僕を敵と認識したのか、先ず意識がある方を殺すことにしたのだろう。
ジリジリと、ゆっくり僕と少女を囲むように三匹がにじり寄ってくる。
心臓の音が喧しく鳴り響き、自分の息を呑む音が妙に大きな音に聞こえる。
―――森から鳥の羽の音が響く
三匹の内の一匹、僕の背後にいた狼が、僕の喉笛に向かって飛び掛かる。
今まで経験したことの無い、喧嘩ではない本気の殺し合い。
だと言うのに、僕の身体と脳はその状況での最適解を導き出すために動き出す。
僅かに屈み、狼が頭上を飛び越えようとする瞬間に、箒の柄の先端が狼の喉笛に突き刺さる。
鋭くも無く殺傷性も無い木製の箒だが、子供離れした『エンヴァ』の筋肉であれば、狼の意識を奪う程に威力を出すのは容易なことだった。
嫌な音が頭上から響くのに顔を青ざめさせながら、仕留めた狼を掴み盾にし別の狼に突進する。
避けようとする狼の動きがスローに見える、どこを叩けば相手を殺せるのかがはっきり分かる。
足が悲鳴を上げるのも無視して方向転換、盾にした狼を避けようとした狼に投げつける。
それにより体勢を崩し、無防備となった頭に向けて箒を思い切り振り下ろす。
ボキリ、という音がして箒が折れたが、狼はその一撃で意識を失った。
最後の一匹は、数秒の内に二体の仲間が倒されたことに困惑しているようだ。
どこか怯えた目で、まるで怪物を見るかのように僕を見ている。
その目を僕は知っていた、ほんの些細なことで難癖を付けられ、村の不良達を相手にした時に、同じように仲間を倒された最後の一人が僕をそんな目で見ていた。
最初の内は考えたことなんて無かった、自分が誰かの人生を奪ったなどと。
ただ単純に、異世界に転生できたことを喜んで、目一杯に楽しんでいた。
容姿も声も、両親すらも違うが、それでも自分は自分なのだと根拠も無く信じられていた。
けれど、初めてこの世界で、この身体で戦った時、自分がまるで別人のように思えてしまった。
殴りかかってくる身の丈が倍以上ある男を相手に、当然のように即座に対応する体と頭。
心底目の前の暴力に怯えていた、恐怖していた、逃げ出したいと思っていた。
そんな自分の感情とは裏腹に、機械的に相手を傷つけ、倒し、壊すことを考える身体と脳。
十にも満たない少年が、喧嘩慣れした大人達を相手に傷一つなく勝利した。
そんな漫画のようなことを達成した僕に芽生えたのは―――恐怖だった。
あまりに自分が思い描いた自分とかけ離れたこの身体を、この脳を、そしてこの才能を。
それらを見てようやく自覚してしまった、考えてしまった。
『この身体はかつての自分の物ではないのだ』と。
それからだ、夢で彼が現れたのは。
それからだ、自分が彼の全てを奪ってしまったのではないのかと考えたのは。
それからだ―――自分はエンヴァという名の少年では無いのかと恐怖してしまったのは。
『最後の、一匹!』
震える声でそう絞り出して、残った一匹を威嚇するように睨む。
狼は狼狽えながら、気絶している仲間を口で咥えて、ゆっくりと後ずさる。
『そうだ、それでいい……早く、どっかに』
『いただきます』
グシャリ
何かがつぶれるような音と共に、狼達がその
その後に響く、何かを咀嚼するような音が背後から聞こえてくる。
早鐘のように脳が警告を鳴らす。
その後ろにいる
身体は即座にその命令を実行するため全身全霊の力を籠め後ろにいる何かを殺そうと動き出す。
そして全力で振りぬいた拳が、後ろに存在する脅威に突き刺さろうとして―――
彼女を見て、ピタリと体が硬直した。
品性の欠片も無く、口を大きく開け何かをかみ砕き飲み込んで。
美味しそうに屈託の無い笑顔を浮かべ、開かれた目に宿るドス黒い瞳を僕に向け。
この世界では存在すらしていない、ある国の食後の挨拶、この世界に存在していた者では知る筈も無いその言葉を発し、手を合わせる青白い肌を持つ彼女に。
『ごちそうさまでした』
ニコリと牙のように生え揃う歯を見せ笑う、危険な香りを匂わせ佇むその姿に。
確かな強い意思を感じさせる、その深淵を映すかのような瞳に。
自分には無い何かを全て持つかのような、そんな彼女に。
『さて、それでは―――あなたのお名前、聞いてもよろしいでしょうか?』
エンヴァの脳が殺せと煩く喚く、エンヴァの体が殺させろと暴れ回る。
けれどそんな物等無視してしまうくらいに、僕は彼女に向けて言葉を発したかった。
僕の貧弱な語彙力では、ある一言以外に彼女に向けられる言葉は無くて。
前世も含めて初めて芽生えた感情に従うままに、その言葉を口に出した。
『好きです!』
『スキさん、と言うお名前なのですね。私の名前はグラトニカと申します、よろしくお願いしますね!』
こうして僕は彼女、グラトニカから『スキさん』と呼ばれるようになったのだった。
☆〇☆〇☆
グラトニカと名乗る彼女は、僕に身の上話を聞かせてくれた。
なんでも人間と魔物のハーフである彼女は人間に近い身体を持つことから父親から忌み嫌われ、殺されそうになってしまったところをなんとか逃げのびその果てにここに辿り着いたのだと言う。
ちなみに名前の誤解についてはなんとか誤魔化し、本当の名前はエンヴァであるということはしっかり伝えた。
四六時中僕に向けてスキと言われるとちょっと精神衛生的に良くない。
『助けていただき、本当にありがとうございます。けれど私は父から追われている身。このままここにいてはあなたにも危険が及びます』
そう言って立ち去ろうとする彼女は、明らかに無理をしている様子であった。
せめて傷を治してからの方が良い、そう言うと彼女は少し困った顔をしながらも、申し訳なさそうにその提案に応じてくれた。
彼女のことを心配して、ということもあるが、何よりの理由は初恋の相手である彼女ともっと長く一緒にいたかったからだ。
我ながら安い男だと思うが、二度の人生で一度も味わったことの無い恋心の赴くままに、彼女と一緒にいたいと言う欲望に従うことにしたのだ。
勿論人類の敵である魔物をずっと匿うわけにもいかないので、両親が帰って来るまでの間、という短い期間だったのだが、そのほんの僅かな時間でも、グラトニカという少女と同じ時を過ごしたかったのだ。
彼女の肉体は、とても弱かった。
少し走るだけでも息を荒げて動けなくなったり、歩いている内にしょっちゅう転びそうになったり、ちょっと目を離すとすぐに危ない目に遭う彼女と一緒に過ごす時間は、とても楽しかった。
好きな人に頼られ、役に立てている。そう実感するだけで、今まで嫌いだった自分のことがほんの少しだけでも好きになれる気がした。
両親が街に行って、その後帰ってくるまでの時間は四日程度しか無い。
初めて両親の帰りが遅くなることを願うほど、その時間は充実していた。
『エンヴァさんは、私のことを不気味だと思わないんですか?』
『え、なんで?』
『私は魔物ですし、あなたは私があの狼を
『……僕自身が、化け物だからかもしれないから、かな?』
『エンヴァさんは人間ですよ?』
『そもそもエンヴァじゃないかもしれないんだ、僕は』
『……どういうことですか?』
ずっと秘密にしていた自分の秘密を彼女にだけは明かすことにした。
自分が別の世界で生きた記憶があること、自分がエンヴァという少年の人生を奪ったのではないかと恐怖していること、それが周囲に、そして何より両親に知られるのが恐ろしいこと。
それらの話を聞き終えた彼女は、優しく微笑んだ。
『エンヴァさんは、自分のことを許せないんですね?』
『……うん、そうだね。僕は、僕のことが嫌いなんだ。泣き虫で、臆病で、誰かに嫌われることを怖がって何もできないでいる。そんな自分が、何よりも嫌いなんだと、思う』
『なら、そんなあなたを私が食べてあげましょう』
『え?何を……?!』
僕の手を掴んだ彼女は、それを自分の口に入れ、甘噛みし始めた。
いきなりの行為に混乱する僕を他所に、彼女はあむあむと可愛らしい音を立てて僕の手を舐め回す。
その光景にどこか背徳感を覚える中、彼女はようやく俺の手を口から離した。
『これでもう大丈夫。あなたが大嫌いな「僕」は、私が食べてあげましたから』
『急に何を言ってんだ、よ……?』
自身の口調に違和感を覚える。
まるで今までそうであったかのように自然と言葉が出てきたが、
今まであったはずの何かが消えるような感覚に、思わず彼女を見る。
『もう大丈夫ですよ、エンヴァさん。ようやく見つけた、私の仲間。この世界で唯一の、私と同じ存在の人』
抱きしめられ、耳元で囁かれる。
思わず心臓が跳ね上がり、顔が真っ赤に染まる俺の事など見えていないように、彼女は恍惚とした様子で言った。
『あなたが私を裏切らない限り。私はずっと、あなたの嫌いなものを食べてあげますから。どこまでも、どこまでも一緒に、傷の舐め合いをしましょうね?』
そう言う彼女はとても、とても嬉しそうだったのに。
俺には何故だか、彼女がとても寂しそうな、迷子の子供みたいに思えたんだ。
☆〇☆〇☆
「……あ、れ?」
長いような短いような夢から覚める、後頭部に感じる硬くひやこい独特な感触と、可愛らしい寝息の音。
まさかと思い見上げれば、そこには俺の頭を膝の上に置いている状態、所謂膝枕をしてくれていたソフィート様の寝顔があった。
「ーーー!?」
すぐに起き上がろうとするが、下手に動くと最も大事な人の眠りを邪魔してしまうのではないかと思い直し、ソフィート様が起きるまで待機する作戦に切り替える。
ソフィート様の膝枕を堪能したいとかではない、断じて無い。
「……グラトニカ、か」
何故忘れていたのかは分からない、けれどたしかに自分には、ルストより前に出会った、初恋の人が存在していた記憶がある。
何故今頃になって思い出したのか、彼女はどうなったのか。考えるべきことは色々あったが、何よりもきになるのは。
「……やっぱ似てる、よなぁ」
グラトニカという少女と、ソフィート様の顔は、まるで双子のように瓜二つだった。
喋り方も、性格も、そして雰囲気も。
最大の違いは、グラトニカは人間のような肉体を持つこと、ソフィート様は水晶の身体を持つことだ。
「……聞くべき、だよな」
「何をですか?」
いつの間にか起きていたらしい主が、ニコニコと笑いながら俺に問いかけてくる。
思わず飛び起きそうになるが、その拍子に主に傷をつけてしまうかもしれないので何とか抑え、ゆっくりと深呼吸をして冷静さを取り戻す。
「おはようございます、ソフィート様。……勇者達は、どこに?」
「なんとか逃げてきました。恐らくは私達を見失いあの場所から撤退しているでしょうね」
「ソフィート様が一人で、勇者達から逃げ切ったのですか……?」
「ええ、あなたが気絶していたので、止む終えずあなたを抱えて逃亡しました。奥の手まで使わされちゃいましたけどね」
「も、申し訳ありません。俺が、不甲斐ないばっかりに。あなたを守ると約束、した、のに……?」
何故だか、彼女の、グラトニカの顔がフラッシュバックする。
頭がジンジンと痛み出す、何かの蓋がずれていく。
思わず頭を押さえる俺の手を、ソフィート様は優しく包み込む。
「もう少し休んでいて構いませんよ、エンヴァ。あなたは私の大事な、大事な右腕なのですから」
「けれど……」
「あなたには、次の決戦で大いに力を奮ってもらう必要があるのです。あまり根をつめすぎて、また気絶されても困りますからね」
「……ありがとう、ございます」
安心したせいか、再び強烈な眠気が襲ってくる。
せめてソフィート様の膝からは離れようとするが、彼女が俺の頭を優しく撫で回すので、無理に離れるわけにもいかず、結局また彼女の膝の上で寝てしまう。
そんな俺を見て微笑むソフィート様は、ほんの僅かな声量で、何かを呟いて。
けれどそれは俺の耳に届く前に霧散して。
そうして俺は再び、夢の中に落ちるのだった。
「お休みなさい、エンヴァ」
「世界で一番、
多分後日色々修正します…(