聖剣を抜いた親友と、抜けなかった俺   作:雷神デス

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めっちゃくちゃ間が空いてしまって申し訳ない……!
読んでくれてる人がいるかは分かりませんが投稿。


謁見

「勇者は何をしているんだ!?早く魔王を倒してくれ、これ以上被害が出る前に!」

 

「魔王を倒すのがあなた達の役目でしょう!?」

 

「今すぐにでも魔王のいる場所へと行き決着をつけるべきだ!」

 

 

 王城の外から口々に叫ぶ者達と、それを諫める兵士達。その争いを見下ろしながら、イヤルは大きく溜息を吐き不機嫌そうな顔で民衆達を睨んでいる。任務から帰った後、少しでも休息を、と思った矢先のこれである。不機嫌になるのも仕方ない。

 

 

「なぁ、ジャスティよぉ。俺達一応『魔王を倒して』って頼まれる側だよな?なんでこう、あいつらはあんな命令するみたいに叫んでんだよ」

 

「仕方あるまい。王都とさほど遠くない位置にある都市セリティアが占領されたのだ。民衆が次は己達の番だという不安で多少気が荒くなるのは仕方あるまい」

 

「その癇癪に巻き込まれちゃう私達としては、勘弁してほしいものですけどね」

 

 

 魔王と対峙し、魔王の娘を名乗る者には逃げられ、おめおめとそれらの報告のため王都に帰った後、事態は三つの出来事により急激に変化した。

 一つ目は、魔王自らが出陣し、単騎で国の主要都市の一つを占拠したこと。

 これまで復活したという情報だけはあったものの、姿を見せず魔王城に閉じこもるばかりであった魔王がついに動き出した。この情報は人々に恐怖を与えるには十分すぎた。

 

 元より魔物と人類は長きに渡り戦い合い、殺し合ってきた。人類は一部を除き、魔物に比べ力も魔力も大きく劣る。しかしそれを補うために、集団での戦いを徹底して鍛え上げてきた。

 一の魔物に十の兵士を殺されるのであれば百の兵士を、百の兵士が殺されるのであれば千を。

 それが古くから伝わる人間の戦い方であり、その戦略は幾ら強くても仲間との連携を取ろうとしない魔物達を倒す数ある方法の一つだった。

 そしてそれでも敵わぬのであれば知恵を、それさえ通じぬのであれば道具を。

 そうやって魔物達に対抗してきた人間だが、ただ一つ。人類が束になっても勝てぬ物があった。

 

 魔物達の指揮者、人知を超越せし魔物達の王。誰が言い始めたか、魔王と呼ばれたその存在は、数百年も前に初めて姿を現した。本来であれば統率等できようはずもない魔物達を一つに纏め、人類のように策を練り、道具を使い、徒党を組む。

 魔物にすら破られぬようにと人類が何百年もの年月を経て作り上げた絶対の要塞でさえ、魔王が放つ滅びの魔力により一日と持たず廃墟と化した。

 

 今まで拮抗していた魔物と人類という種族間の戦争は、突如現れたたった一体の魔物により決着がつきかけていた。次々と人類の主要都市を占領し人々に絶望を与えた恐怖の象徴。もはや人類に成すすべ無し。

 

 後に聖剣と呼ばれる剣を作り上げ、その剣にて魔王を打ち取った初代勇者が現れるまで魔王による恐怖は続いた。その意思を継ぎし後の魔王達に宿る人類に対する悪意と敵意、そして魔王の象徴である滅びの魔力を、今なお人類は恐れている。

 

 今代の魔王は長い間人類に対し明確な敵意を見せず、僕が聖剣を引き抜くまでの間も何ら動きを見せなかった。魔物の動きは活性化し徒党を組みだしはしたが、それだけだ。魔王本人が戦場には出ようとせず配下の部下に任せきりでいたからこそ勇者がいない間も持ちこたえることが出来た。故に人々は今までとさほど変わらぬ日々を過ごし、恐怖を感じずにいれたのだ。

 

 しかし、ついに魔王は現れた。

 明確な敵意を持って、人類に仇なす最悪の敵の出現に、人々は怯え混乱する。

 

『早く魔王を討ってくれ』

 

 王都に帰ってきた僕達に、そう口々に言い放つ民衆達。

 自分達は何もしていない癖に、魔王が現れようと何もせずにただ傍観し、自分達に危険が及ぶと理解した瞬間に早く助けてくれと要求する自称無垢なる人々達。

 反吐が出そうな程に忌まわしい。相手のことを考えず、自分が助けられるのは当然だと思い込む。救いようがない奴等。

 

 

『君と同じだね』

 

「五月蝿い、黙れ」

 

 

 ふと呟いてしまった言葉に反応して、皆が僕の方を見る。自分が口走った言葉に気づき、罰が悪くなってそっぽを向いた。

 最近は更に幻聴が酷くなっている。今までは夢の中だけだったのに、エンヴァ君と再会してからはずっとあいつが語りかけてくる。

 不快だ。気にしないようにしてるのも限界だ。あのたぬきへの報告が終わったら、リージェに相談しなくては。

 

 

「……勇者様、あまりここにいては気分を害します。転移魔法で、適当に静かな場所に―――」

 

「大丈夫。もうすぐ王様から話があるだろうしね。それに……」

 

 

 部屋に近付いてくる、大勢の小さな来訪者達に気づいて口端を緩ませる。

 自分が助けた子供達。かつては忌子と蔑まれ、今は私の従者として働いている、かつての私と同じ境遇を持った、私が勇者をしている限りは安寧な生活を約束された子達。

 彼等彼女等は、私が帰ってきたとみるや目を輝かせて駆け寄ってくる。

 

 

「勇者様!帰ってきていたんですね!お帰りなさいませ!」

 

「お疲れですよね?お風呂用意しておきました!ゆっくりと休んでくださいね!」

 

「その、勇者様のためにお菓子作ったんです!休息中でお腹が空くことがあれば、良かったら……!」

 

 

 騒がしいけれど、嫌いでは無かった。誰かが自分を慕ってくれているというのはそれだけでも嬉しいものだ。僕は子供達に勇者としての笑みを浮かべて言う。

 

 

「ありがとう、皆。けどこの後すぐに王様とお話しなきゃならないんだ。後で遊んであげるから、いつもの部屋で待っておいてくれないかな?」

 

「はい!お待ちしております、勇者様!」

 

 

 子供達は嬉しそうに頷いて部屋を出ていく。仲間達はその光景を微笑ましそうに見つめている。

 

 

「勇者様は子供に好かれていますね」

 

「あの子達がいい子なだけさ。……本当に、良い子達だ」

 

 

 きっと僕と同じか、それ以上に悲惨な過去があるはずだろうに。

 世界を憎み、理不尽に怒り。人格が歪み、悪に身を落としてもおかしくは無かったはずだ。

 けれど彼等は僕とは違い、真っすぐに育っている。

 僕が勇者になり、あの子達が保護を受けたからでもあるのだろう。けれど、一番の要因は。

 

 

「あの子達は過去を許せた優しい子達だ。理不尽に負けず、いつか救われると信じ生き抜いてきた。僕のように自棄にならずに」

 

 

 僕には救いがあった。彼の手により地獄の底から救い上げられた。そんな僕がすべきことは、僕も同じように彼を救いあげることだった。けれど僕は、逆に彼を地獄の底へと突き落とした。

 両親が言ったことは正しかった。私は災厄を引き起こす者だった。

 僕が産まれず、彼が、彼でなくてもあの子達の誰かが聖剣を引き抜けばもっと上手くやれたのだろう。少なくともこんなことにはならなかったはずだ。

 過去を誰のせいにもせず、救いの手には救いを返し。正義を確かに確認し、正道を歩みだす。そんな子供達の姿は、僕にとっては眩し過ぎる。

 

 

「僕はただの切っ掛けだ。あの子達ならきっと」

 

「あなたは他人に期待し過ぎです」

 

 

 ピシャリ、とリージェは僕の言葉を両断する。

 思わず固まった僕に、彼女は厳しくも優しい声色で語り掛ける。

 

 

「あの子達はあなたが思う程強くも、逞しくもありません。あなたが勇者になったからこそ、あの子達は救われた。あなたがその境遇に負けず、旅を経て王都に到達し、聖剣を引き抜いた。それがどれほど困難なのか、あの子達は、私達は知っている」

 

「違う。僕は何も出来やしなかった。僕が王都まで辿り着いたのは」

 

「忌子と言われ、蔑まれたあの子達を救い、ああなるように導いたのは間違いなくあなたです。それが偶然であり、あなた自身の意思で無かったとしてもあの子達は救われた。それを否定することは、あの子達を否定することと同じです」

 

「……そう、かな」

 

「そうです。自分がいなくても、等と言うのはやめるべきです。その言葉はきっとあの子達を傷つける。救ったという事実にこそ胸を張りなさい」

 

「そう、だね。ありがと、リージェ」

 

 

 リージェは真摯な目で僕を見る。諭すような、導くようなその言葉は彼女が人間とは違う長寿の種、人生経験が豊富であるエルフであるからこそできる物なのだろう。

 まるで、エンヴァ君の両親のようなその目に僕は思わず頬を緩めて頷いた。

 

 

「よろしい。ではそろそろ行きましょうか、皆さん」

 

「……お前って時々ババくせーよな」

 

「ぶん殴りますよ?」

 

 

 席を立ち、謁見の間へと歩みを進める。皆は顔を引き締め、まるで戦場に出るかのような出で立ちで僕の後ろについてくる。

 あいつと会話するだけでも気が滅入るが、そうも言ってられない状況だ。魔王の介入。魔王の娘を名乗る魔物。そして、私と対等に戦える剣士―――エンヴァ君の存在。

 自分達だけの判断で動くのは難しい問題ばかり。国王の指示を仰ぎ、慎重に動かなければならない。

 

 

「なあルスト、聞きたいことあるんだけどよ」

 

 

 そも、何故彼があんな奴に手を貸しているのだろうか?

 あの女は見るからに邪悪で、まともな風には見えなかった。彼もあの女の危険な気配には気付いているはずだ。考えられるとすれば……魔法を斬ったあの剣を交渉材料に仲間に引き込んだ?

 

 

「……おーい、ルスト?」

 

 

 確かにあの剣の……あの女の体の特異性は常軌を逸する物だ。魔法を斬る剣など聞いたことも無いし、あったとしても凄まじい速度で飛んでくる魔法を斬ろうとする奴なんていない。物によっては音を超えるような速度で飛んでくる魔法を剣で斬ろうという出鱈目なこと、出来るはずも無いししようとも思わないだろう。

 僕との戦闘での彼の戦い方から見ても、あの剣の耐久力は恐らく鉄よりも脆い。魔法を完全に防ぐことに長けてはいるが、物理的な衝撃には弱いのだろう。そんな剣を受け取ったとしても、彼があの女の下に着く理由としては薄いはずだ。むしろ、彼女に渡されたからこそ使っている、と考えるべきだろう。

 彼は義理堅い人間だ、昔僕と一緒に買った、出来の悪い聖剣のレプリカをずっと使っていた。思い出や思い入れを大事にする彼のことだ、あの剣には、あの女には相当の入れ込みがあるはずだ。

 そう、恐らくは僕のことなどよりも。

 

 

「おいこら、聞いてんのか?」

 

 

 あの女はエンヴァ君の何だ?

 彼とあの女に何があった?

 彼があの剣を握っているのを見るだけで、体が凍るように冷たくなる。

 何故あの人の隣に、あんなのが―――

 

 

「いった!?」

 

 

 後頭部に走る痛みに思わず顔を上げると、呆れたような顔で僕を睨むイヤルが。

 他の仲間も心配そうに僕を見ていて、ようやく自分が考え事に集中しすぎていたことに気づく。

 

 

「お前、あの後からずっと変だぞ。大方あの変な剣持ってた鎧野郎のことだろ?あいつとどんな関係があったのか、いい加減はっきりさせやがれ」

 

「イヤル!貴様勇者様になんてことを……!」

 

「顔は見えなかったが、間違いねぇ。あの剣筋はお前が親友だのなんだと言ってた、玩具みてぇななまくらを使ってた奴の剣だ。あいつについてもお前、何も語らなかったよな」

 

 

 ジーンと痛む頭を押さえながら、イヤルと向き合う。

 

 

「リージェもジャスティも言い出さないなら俺が言う。あいつは何だ?ほんとにお前の親友なら、なんでお前を殺そうとした。リージェが言ってたことについても気になるし、色々謎だらけだ。いい加減、情報のすり合わせくらいするべきだろ」

 

「……彼は僕の親友で、幼馴染だ。彼があんなになってるのは……」

 

 

 それ以上言葉が続かず、黙り込む僕に苛立たし気なイヤル、それを咎めるように睨むジャスティ。険悪な空気が漂うその場を、リージェが手を叩き諫める。

 

 

「そんなことやってる場合ですか。今から王との面会ですよ。イヤルも、その話はこれが終わった後にしなさい」

 

「わーったよ。話はこの後だ。その時は絶対話してもらうからな」

 

「わかってる。まずは、これを終わらせようか」

 

 

 ひとまず落ち着き、王と会う覚悟を決めた僕達は玉座への扉を開く。扉を開き、無駄に豪華なカーペットと、煌びやかな燭台や高いだけの鎧を纏った護衛騎士達を一瞥しながら玉座へと進む。

 相変わらず彼らは腫物を見るような目を向けてる癖に、形だけの賛辞を僕に送ってくる。それなりの期間を勇者として過ごしたが、彼等からの私に対する感情は最後まで変わらなかった。

 

 忌子の勇者。

 

 それが彼らにとってどれだけ面倒で、許しがたいものかは僅かな期間だけでもよく分かった。

 彼等は怖いのだ、忌子達が力をつけるのが。

 迫害し、排他し、縛り付け。力を付けぬよう、復讐など考えられないように、徹底的に苛め抜いた忌子の中にポツリと、その気になれば国を亡ぼせるような奴が現れた。

 恐怖するのは当然だ、嫌悪するのは当然だ。何せ忌子達が復讐の刃を最初に向ける相手は、忌子達を迫害するよう仕向けた国そのものに決まっているのだから。

 

 

「勇者様、あまり不機嫌そうな顔をしていては……」

 

「分かってる、分かってるよリージェ。大丈夫」

 

 

 形だけの賛辞に、手を振って応える。対応を間違えれば、また忌子は迫害される者達へと変わる。僕が勇者としての責務を全うしなければ、大勢の僕と同じ苦しみを味わう子供が現れる。

 それだけは、絶対に許してはならないことだ。

 だから愛想を振りまく。自分に害意がないことを証明するために。勇者として戦うと示すために。自分が敵でないと伝えるために。

 いつもなら、簡単に上手く行くのだが。

 

 

「僕の顔、ちゃんと笑ってる?」

 

「笑えるくらい目ぇ据わってる。怖がらせるだろうから前向いとけ」

 

 

 今日だけは、少し上手くいかないらしい。イヤルから指摘を受けて、僕は愛想笑いをやめて前を向く。トランペットの音と共に、膝を地につけ王を称える臣下達。仲間もそれに倣って礼を取る。

 正直やりたくはないが、やらなければ面倒なことになるので僕もそれに従う。

 僕は王が嫌いだ。嫌いな理由は幾つかある。けれどその最たる物は。

 

 

「よくぞ帰ってきた、勇者ルストよ」

 

 

 空っぽ。何度聞いても、王の声は中身が無い。

 僕は人の心を読み取るのが苦手だ。エンヴァ君のことを理解できなかったが故に彼を傷つけたし、今だって仲間のことさえよくは分からない。

 でも、一つだけ僕にも分かりやすい感情がある。欲望だ。

 

 エンヴァ君は昔から燃え滾るような英雄願望があった。何かを成したい、何かを成し遂げたいという想いが言葉の節々からも感じ取れた。剣を向けあった時でさえその炎は収まっていなかった。

 リージェは止め処なく湧き出る知識欲がある。自分の知らない、知ることが出来ない何かを、知ってはいけない何かを求めているような、そんな少しだけ危うい願望がある。

 ジャスティはああ見えて出世欲がとても高く、同時に民を守りたいという願いをいつも持っている。エンヴァ君に近く、されど遠い願望だ。

 イヤルは、よく分かんないけど多分強くなりたい願望がある。聖剣無しならば僕と互角に打ち合える位だし、今となっては彼一人しか扱えない特殊な技術もあるので必要とは思えないけど。

 

 欲望の大きさに問わず、皆何かしらの欲を抱えているものだ。けど、ただ一人。

 この王には、それが何も無かった。

 

 

「本来ならば休ませてやりたいところだが、おぬしも知っての通りついに魔王が姿を現した。このままでは数多くの犠牲者が出てしまう。よっておぬし達にはまた、旅に出てもらうことになるのだが」

 

 

 王は冷たい瞳を僕に向ける。ぞわり、と全身を駆け抜ける悪寒。

 イヤルは僕の笑顔が怖いと言っていたが、これに比べればずっとマシだろう。向けられなければ分からないが、この男はいつも仮面をかぶっているだけだ。

 親しみのある王を演じた方が平和な国が続くと知っているから、こうやって笑ってるだけ。必要となれば民を容易く切り捨てるだろうし、家族だって簡単に捨てられる。

 そしてきっと、自分の命すら捨て駒にする。

 

 

「今のおぬしらでは、恐らくは魔王に勝てぬ」

 

 

 ザワッ、と周囲に控えていた家臣達が動揺を露わにする。

 認めたくはないが、事実だ。

 

 

「魔王の力は確かに想像以上でした。少なくとも僕一人では、魔王に勝てるかは分からない」

 

「にも関わらず戦いに挑もうとするのは、お主と互角に渡り合った黒騎士の存在故か?」

 

「……どこでそれを?」

 

 

 敵意を漏らしながら、王に問う。普通ならば不敬罪もいいとこだが、本来王を守るべき兵達は気迫に飲まれるばかりでなんら行動を起こそうとしない。

 しかし王はいつも通り、王としての最善を、誰もが求める王の姿を貫き続ける。

 

 

「ほっほっほっ。儂もリージェ程ではないが魔法の嗜み程度はあるのでな。おぬしの活躍はいつも見守っておる」

 

 

 思わず出かけた舌打ちを引っ込めて黙り込む。イヤルも不快そうに眉を顰める。

 見守っている等と通りのいいことを言っているが、要は監視だ。ジャスティとリージェは予想していたことなのか大して動揺する様子もないが、それでも良い顔はしていない。

 

 

「そして、お主の考えることも多少は分かる。あの黒騎士と共闘することができるかもしれない。そう考えているのだろう?」

 

「……」

 

 

 図星だった。

 甘い考えであるのは重々承知だが、それでも彼が勇者になるのを諦めるとは、今でも思えない。愚直なまでに鍛えぬいたその剣は、全てが魔王を倒すため、勇者になるためと知っている。

 だから、彼と戦うこと自体はずっと前から覚悟していた。いずれ聖剣を超える剣技すら身に着けて、僕を倒し聖剣を取りに来るなんてことは想像できた。

 想定外だったのはただ一つ。彼の隣にいるあの怪物の存在だけだ。

 

 

「はい。魔王を倒す、その一点だけならあの黒騎士との利害が一致すると考えています。王も見たはずです。彼はあの時、私たちと共に戦ってくれました」

 

「たしかに、魔王を倒すだけならば協力できるかもしれない。だが、魔王を倒した後それらがどうするか?それはお主とて分からぬはずだ」

 

「もし彼が人間に害をなすというのなら、私が彼を倒します」

 

 

 勿論、嘘だ。

 おそらくは、その時僕は彼を倒せない。彼は今なお強くなっている。きっともう一度戦えば、聖剣の力さえ超えて僕の首に刃を突き立てる。

 もし私が彼を倒せるとしても、私は彼を倒さない。倒せるはずもない。

 私は、僕は。きっと、彼に倒されることを望んでる。

 

 

「できれば勇者であるお主のことは信じたい。だが、魔王との闘いで疲弊するであろうお主が、あの黒騎士を倒せるかは怪しいところだ。故にだ、勇者よ」

 

 

 二度、手を叩く。訝しむ僕を他所に、どこからか現れた魔法使いの男が王に何かを手渡した。

 それを見たリージェが目を見開いて立ち上がる。周囲の衛兵はその無礼を注意しようと口を開きかけるが、王が片手をあげ制止する。

 

 

「なっ!?それは、まさか」

 

「やはりお主は知っているか、リージェ。お主の見立て通り、これは本来なら門外不出じゃ。代々王家にしか伝えられぬ、禁断の歴史が綴られた巻物。それを今、おぬしらにも伝える時が来た」

 

 

 リージェの目が怪しく輝く。

 彼女がまだ見ぬ発見をした時に発する、危険な予兆だ。普段は僕達を諫める立場のリージェが、一転暴走するときに見せる目。

 もう止めても聞かないだろう。それに王からの提案だ、逆らうわけにもいかない。

 

 

「その禁断の歴史に、打開策があるというのですか」

 

「リージェがあの黒騎士に言った言葉、覚えているか?」

 

 

 覚えている、忘れるわけもない。しかし同時に、忘れたくもある。

 本来の勇者が、彼だったのかもしれないこと。そして、彼の勇者としての資格を僕が奪ってしまったかもしれないこと。

 考えたくもないことではあるが、考えなくてはいけないことだ。

 

 

「本当の勇者が、彼かもしれないということですか?」

 

 

 王と僕らを除く全員がざわめき立つが、王はそれを制するように片手を上げる。

 

 

「否、それは間違いじゃ。真の勇者はお主をおいて他ならない。そも勇者の素質とは聖剣を引き抜くことただ一つ。あの男はそれが出来なかった時点で、勇者になることはありえない」

 

「けど、リージェは言っていました。『勇者の素質』とは、異なる世界……前世と呼ばれる場所で生きた記憶を持つことだと」

 

「それ自体はあまり意味を為さぬさ」

 

 

 王は静かに書を開くと、書から湧き出た魔力が周囲の空間を捻じ曲げていく。

 外界に存在する、王が望む対象以外。つまりは、王と私達を除く全ての対象が空間から弾かれ、私達は青い光が灯る空間へと閉じ込められる。

 

 

「これは、転移魔法?いや空間魔法でしょうか。遥か昔に、こんな高度な魔法が組み込まれた書が既にあっただなんて……。製作者とぜひ一度会ってみたいものですね」

 

「この光は、文字か?私の知る言語ではないようだが……!?」

 

「おい、ジャスティ!?」

 

 

 ジャスティが空間中に存在する文字の一つを指でなぞった瞬間、彼は頭を押さえる。

 戦闘においても決して膝を折るまいと振舞っているジャスティが苦痛を感じているということは、それは余程の痛みなのだろう。

 彼はゆっくりと息を吐きながら答える。

 

 

「……下手に文字に触るな、イヤル。おそらくこの文字は、世界の歴史そのものだ」

 

「ああ?なんだそりゃ」

 

「なるほど。過去視の魔法が、この文字一つ一つに込められているのですね?」

 

「はぁ!?」

 

 

 魔法を用いたとしても、未来や過去に干渉するということは不可能だ。

 しかし、干渉ではなく観測なら話は別だ。魔法を極めた魔法使いは未来視や過去視を行使することが出来、特に未来視は魔法の中でも最高位の術として伝えられている。

 とはいっても、それほどの大魔法を使うには代償も安くはない。故に未来視を扱えるリージェも極力未来視の使用は避けるし、過去視とて必要な状況以外では使用を控える。

 そんな大魔法が、この空間には何百、何千と浮かんでいる。

 イヤルでなくとも思わず叫ぶ。難易度もそうだが、何より恐ろしいのは。

 

 

「この空間をつくるために、果たして何人高位の魔法使いが犠牲になったのでしょう。それを考えると、少しワクワクしてしまいます」

 

「……ワクワクするの?」

 

「はい!自身が残した歴史が後世に残る。そんな栄誉を死した魔法使いたちは得たのです。魔法使いの一人として、彼等の横に並び立ちたいと思うのは当然ですよ」

 

「僕には理解できそうにないなぁ」

 

 

 強力な魔法を使うには、代償が必要だ。

 腕、足、果ては心臓。寿命や命、もしくは家族。魔法使いが人知を超越した力を扱う時、必ずそれらの内何かが失われる。過去視と未来視程の大魔法となれば、リージェですら内臓一つ犠牲にするほどのものだ。きっとここに歴史を残した魔法使いたちも命を代償にしたのだろう。

 僕にはそうやってできたこの文達が、どうにも血なまぐさいものに思えた。

 

 

「勇者よ。お主に見せねばならぬのは、勇者達の、そして魔王の歴史。なぜお主が勇者となったのか。そしてなぜ黒騎士が勇者になれなかったのか。それを知らねばならぬ時が来た」

 

「……」

 

 

 王は一つの文字を指さした。

 果たしてそれがどんな歴史なのかは、触ってみなければ分からない。けれど、見ただけでもなんとなく理解できる。あの歴史は、きっと。

 闇に葬り去られたものなのだろうと。

 

 一歩、それに近付く。

 

 早鐘のように心臓が鼓動する。

 知りたいという想いと、理解してはならないと叫ぶ本能が拮抗する。

 

 

『知っていいのか?』

 

「知りたいんだ」

 

 

 聞こえてきた誰かの声に背中を押される。

 いや、違う。その声の言うことが気に入らなかった。なぜかは分からないが、こいつのいうことには従いたくないと何かが訴えている。

 

 二歩、それに手を伸ばす。

 

 あとほんの一歩で、僕の指はそれをなぞれる。

 王は相も変わらず中身のない笑みを浮かべて、仲間は心配そうに僕を見守る。

 大丈夫だ。そう仲間に伝えるため、笑みを浮かべてまた一歩近づいた。

 

 三歩。指がその文字をなぞってしまう。

 

 瞬間、脳内を駆け巡る魔力の奔流。自身がどこかに飛ばされるような僅かな浮遊感。

 気づけば、そこは。

 

 

「……え?」

 

 

 見紛うことなどありえない。

 忘れることなんてありはしない。

 だって、この場所は、この光景は。

 

 

「エンヴァ、君?」

 

 

 きっとそれは、私と会う前の彼だった。

 私と出会い、そして私を救ってくれる前の彼の姿だった。

 泣いていた。一度も涙を見せたことが無かった彼が、子供のように泣いていた。

 泣きじゃくる彼の前には、私以外の誰かがいた。

 

 幼い日の彼が、一人の少女に抱かれている。

 一見すれば微笑ましい光景。けれど、何故だ?

 胸が軋む。それをしてはいけないと、無いはずの記憶が訴えかける。

 

 少女は、どこまでも蠱惑的に、どこまでも堕落的に言葉を発する。

 

 

『ようやく見つけた、私の仲間。この世界で唯一の、私と同じ存在の人』

 

 

 彼からは見えない、彼を抱きしめた後の女の顔は。

 まるで悪魔のように、酷く酷く歪んでいた。

 

 

 

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