偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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悪魔紹介

レッドライダー・・・・黙示録の四騎士の一人。
真紅のマントにフードを目深に被り、堅牢な鎧と巨大なガントレットを両腕に装着している。魔王クラスの実力を持ち、雷を自在に操る事が可能。
又、様々な剣術を使用出来る近接戦闘型タイプの悪魔。

ブラックライダー・・・黙示録の四騎士の一人。
ボロボロの黒いマントを被り、骸骨の面で顔を隠している。
妖艶な女性で、肉体をガスに変える事が可能。
精神操作にも長ける。


第九話 『 アイギスの盾 』

邪神ゴリアテの腹部にある口が、ガバリと開き、そこから竜巻が発生する。

周囲の瓦礫や、建物を呑み込んでいく暴風の柱。

ネロと鬼人化した鋼牙が、再び左右へと別れ、死の嵐から逃れる。

 

「死ねぇ!死ねぇ! 人間の餓鬼共がぁ!! 」

 

呪詛を吐き散らし、ゴリアテが大きくその巨体を揺する。

額に生えた角の一本が、根元から折れ、そこから鮮血を流していた。

 

「お前のせいで手が付けられなくなっちまったじゃねぇか。」

「何言ってんの。 君が最初に喧嘩を売ったんでしょ? 」

 

瓦礫の影へと隠れた二人が、互いに悪態を吐き合う。

 

「もー、喧嘩してる場合じゃ・・・・。」

 

ネロの右肩にしがみつく妖精が、唐突に言葉を止めた。

夢遊病者の如く表情を無くし、未だ縦横無尽に暴れ回る巨大な悪魔を見上げる。

 

「何か来る・・・・・。」

「・・・・・? 」

 

そう、マベルが呟いた時であった。

周囲を吹き荒れていた暴風が、ピタリと止む。

何事かと、蒼き鬼と銀髪の少年が、邪神ゴリアテのいる方向へと視線を向けた。

小山の如く巨大な悪魔は、腹部の口を抑え、脂汗を浮かべて苦しんでいた。

 

「ぐっ・・・ぐぉおおおお! いっ、痛ぇ!は、腹が破れるぅ!!」

 

巨体を丸め、腹を抑えて藻掻き苦しむ邪神。

と、突然、巨体を仰け反らせると、凶悪な顎を耳まで裂ける程、大きく開いた。

邪神の口腔から、炎の柱が天まで伸びる。

一匹の龍へと変じた炎の柱は、まるでソレ事態が意志でも持つかの如く、瓦礫の影に隠れている銀髪の少年目掛けて突進して来た。

瞬く間に炎の龍に呑み込まれるネロと、マベル。

 

「ネロ!! 」

 

余りの出来事に、普段は冷静な鋼牙が、この時ばかりは珍しく取り乱した。

 

「な、なんだよ? コレ? 熱くない? 」

 

一方、炎の龍に呑み込まれたネロは、己の身に起きている異変に狼狽していた。

予想外の出来事に、避ける暇がまるで無かった。

消し炭にされると覚悟したが、身を焼く激痛は一向に訪れない。

それどころか、躰の芯から力が湧き出るかの様に、気分が高揚している。

 

「スマン、待たせたな・・・。」

 

頭の中へと直接響く声。

ネロとマベルが頭上を見上げると、人間の頭部の形をした巨大な石の香炉が二人を見下ろしていた。

 

「シウテクトリ・・・・。」

「え? コイツがあの鼠だってのか? 」

 

二人を護るかの如く包む、紅蓮の炎。

邪神の口から飛び出して来た炎の龍の正体は、異界化した”かさぎ荘”で出会った黒毛のハムスターであった。

 

「さて、それでは貴殿と交わした約定を護るとするかのう。」

 

ネロ達へと向けていた柔らかい視線が一転、殺意を秘めた鋭い双眸へと変じ、数メートルの距離を置いて対峙する巨大な悪魔へと向けられる。

 

「ぐぐっ! き、貴様は、あの時の悪魔か! まさかまだ生きていたとはな! 」

 

シウテクトリの『真名』を失った為か、ゴリアテは一回り体格が縮んでいた。

額に生えていた雄々しき角も、肉体と同じく短くなってしまっている。

 

強大な力を持つ魔物であった。

ゴリアテが”彼”を見つけた時は、運の良い事に大分弱っていた。

”彼”は、アパートの住人が飼っていた鼠の肉体を間借りし、負った傷を回復させようとしていた。

その隙を、邪神は突いて、”彼”の力の源である石の香炉を奪ったのである。

 

「フン、まだワシを悪魔と謗(そし)るか・・・・頭の弱い邪神め。」

 

忌々しそうに呟くと、シウテクトリは、眼下で此方を見上げているネロの右腕へと視線を移す。

”ソロモン十二柱”の魔神が一人、堕天使・アムトゥジキアスが宿る『悪魔の右腕』。

先ずは、この腕を利用させて貰う。

 

「”マスター”、その腕をちと借りるぞ。」

「え? 」

 

持ち主の了承を得る前に、シウテクトリは行動へと移していた。

紅蓮の炎を吹く石の香炉が、溶け込む様に”悪魔の右腕―デビルブリンガー”へと一つになる。

噴き上がる蒼い炎の柱。

見ると、”悪魔の右腕”はより鋭角な姿へとフォルムを変え、バイクのマフラーの様な二本の角の先から定期的に、炎の塊を吐き出している。

 

「で、デビルブリンガーが形を変えた・・・・? 」

 

少年の右肩にしがみついている小さな妖精が、禍々しく姿を変えた悪魔の腕を見下ろした。

ネロもマベルと同じく、驚愕の表情で、己の右腕を眼前で動かしている。

 

「フン、何だ? 貴様等”アイギスの盾”の使い方を知らんのか? 」

「あ、アイギスの盾だって? 」

 

聞いた事も無いワードに、ネロは訝し気に眉根を寄せる。

 

「小僧の躰に憑依している堕天使を抑え付けている神器の名前だ。 どういう訳か、今は東洋の剣へと身を変じているみたいだがな? 」

 

戸惑う二人に、シウテクトリが簡潔に教えてやる。

 

曰く、”アイギスの盾”は、元々は軍神”アテナ”が所有していた武具で、ありとあらゆる邪悪・災厄を祓う魔除けの能力(ちから)を持つのだという。

また、そればかりではなく、神族や魔族の力を取り込み、己の血肉へと変換させる事も可能なのだという。

 

 

「二人共、避けろ!! 」

 

シウテクトリがネロとマベルに講釈を述べている時であった。

蒼き鬼― 鋼牙の声に、一同は邪神ゴリアテの方へと視線を向ける。

すると、邪神は、足元に落ちている瓦礫の塊を腹部の口へと押し込み、灼熱弾を発射する態勢に移っていた。

 

「小僧! ワシを使うんだ! 」

 

邪神から吐き出される灼熱の弾丸。

ネロは、シウテクトリの言う通り、右の拳を握り締め、正拳突きの要領で、前へと突き出す。

すると巨大な拳が出現し、ゴリアテの吐き出した灼熱弾とぶつかった。

空中で、激しく衝突し合う蒼い炎と紅蓮の炎。

巨大な拳は、炎の塊を難なく破壊し、その背後にいるゴリアテの腹に深々と減り込む。

 

「グォオオオオオオオオオッ!!!!!!! 」

 

邪神の肉体が、四方へと爆散した。

上半身と下半身に分かれた邪神の肉体は、間欠泉の如く、毒々しい体液を周囲にぶち撒けながら、大地へと沈んでいく。

 

暫し、呆然となるネロと鋼牙。

炎の神、シウテクトリが宿った神器の力は、彼等、二人の想像を遥かに超えていた。

 

「ふん・・・これぞまさに”神罰”だな。」

 

憑依していたデビルブリンガーから分離したシウテクトリは、再び黒毛のハムスターへと姿を変えた。

それとほぼ同じくして、姿を変えていたデビルブリンガーが元の状態へと戻る。

 

「す、凄い・・・・”閻魔刀”にそんな能力(ちから)があった何て・・・。」

「”閻魔刀”・・・・・? 」

「ネロの中に居る”ソロモン十二柱”の魔神を封じている魔具の事だよ。」

 

マベルは、簡潔に何故”閻魔刀”がネロの体内にあるのか経緯を語って聞かせた。

思案気に小さな指を顎へと当てていたハムスターは、改めて自分より遥かに上背がある銀髪の少年へと視線を向ける。

 

「小僧、お前に一つだけ忠告だ。 」

「何だよ。 」

「力に溺れる者は、必ず身を滅ぼす・・・・”アイギス”・・今は”閻魔刀”と言うらしいな? その強大な力は、決してお前さんの為にはならん。 努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞ? 」

「・・・・・・・。」

 

シウテクトリの忠告に、機嫌を悪くしたのか、銀髪の少年は無言で足元にいる黒毛の鼠を見下ろす。

 

強大な力を求め、ミティスの森に封じられていた”堕天使アムトゥジキアス”の封印を破り、挙句、一時的とはいえ肉体を乗っ取られたのは事実だ。

17代目・葛葉ライドウと魔具”閻魔刀”が無ければ、今頃自分は悪魔に肉体を支配され、醜い怪物へと変じていただろう。

今でも、あの時の出来事を想い出すと寒気を覚えるが、心の何処かで力を欲している事は事実だ。

初めて会った・・・しかも、異形の存在に、己の中にある欲望を指摘され、憤りを覚えるのは当然だといえた。

 

唐突に、地面が激しく揺れ動いた。

地響きが辺りに木霊し、蒼い空に亀裂が走る。

 

「異界が元に姿に戻ろうとしている。 」

 

鬼人化を解いた鋼牙が、ネロ達の傍へと近づいた。

亀裂から降り注ぐ、眩い光。

一同の視界が、真っ白に染まった。

 

 

 

 

東急電鉄線、田園調布駅。

御伽噺(おとぎばなし)に出て来る様な、赤い屋根の可愛らしい駅から、二人の男女が出て来る。

遠野・明と八神・咲だ。

咲は、学園が支給しているスクールコートとカシミヤのマフラーを首に巻き、明はボアの付いた黒のコートを着用している。

実技施設にある畑から、薬草茶の原料となるオオナルコユリの収穫をした後である為か、外は大分暗くなっていた。

 

「御免ね? 毎日送り迎えとか疲れるでしょ? 」

「別に・・・仕事だから構わねぇよ。 」

 

律義に、学校の送り迎えをしてくれる明に、咲は大分気を遣っているらしい。

申し訳なさそうに、自分より大分高い身長をしている明の顔を覗き込んでいる。

その傍らでは、部の顧問であるトロルから、護衛用にと渡された精霊のシルフェが、楽しそうに二人の周りを舞っていた。

 

「・・・・・遠野君、私・・・・・このままじゃ駄目なんだよね・・・自分の身は、自分で護らないと・・・だから、一度、理事長と相談してみようと思うの。」

「・・・・・。」

「自分の能力(ちから)が、どんなものなのか分からない。でも、このまま、何もしなかったら、摩津理や遠野君に迷惑が掛かっちゃう。」

 

一つ一つ、言葉を選ぶ。

肩に下げているスクールバッグを持つ手が白くなっている。

心の奥底から湧き上がる恐怖心と必死に戦っているのが、見て取れた。

 

「・・・・・っ!! 」

 

その時、二人の周囲を異様な空気が包んだ。

夕闇に沈む住宅街の情景がぐにゃりと歪み、朱色に染まる空が血の様なドス黒い色へと変わっていく。

 

巨大な観覧車、物凄い勢いで走るジェットコースター、回転木馬からは不気味な笑い声が響き、誰も人影がいないのに、無数のざわめきが二人の鼓膜に響く。

気が付くと、明と咲は見知らぬテーマパークの中へと囚われていた。

 

 

 

「へぇ・・・結構、良い趣味してるじゃない? レッドライダー君。 」

 

恐怖の色を張り付かせ、戸惑う咲。

それを庇うかの如く、左肩にバックパックを下げた目元まで隠れる程、前髪の長い少年が異界化した周囲の様子を警戒している。

そんな二人の様子を眼下に収め、闇色のマントを纏い、目深にフードを被った影が観覧車に備え付けられている電光掲示板の上で見下ろしていた。

 

「君のリクエストに応えたんだぞ? 白川。」

 

ボロボロのマントを纏う小柄な影の傍らに立つ巨大なシルエット。

此方は、真紅のマントを纏い、強固な鎧に身を固め、眼前に突き立てた身の丈程もある大剣に両手を乗せている。

 

「もう、人間の時の名前で呼ぶのはルール違反でしょ? レッドライダー君。」

「そうだったな? ブラックライダー。」

 

何時もながらに面倒臭いルールだ。

横内・・・・レッドライダーは、傍らにいるブラックライダーから視線を外すと、一つ溜息を零す。

 

主である狭間偉出夫から与えられた黙示録の四騎士の力。

強大な死神達の適合者に選ばれた時は、小躍りする程喜んだが、どうにも与えられた名前で呼び合うには多少の抵抗を覚える。

 

「それじゃ、お先に♡ 」

 

降ろしていた口布を鼻頭まで引き上げ、ブラックライダーは傍らの大男に手を振る。

すると、華奢な女性の肢体が漆黒の煙へと変わり、眼下に居る咲達の方へと向かった。

 

「待て! 勝手な行動は・・・・・!? 」

 

呼び止める間などまるでない。

瞬く間に姿を消した相棒に、レッドライダーは忌々し気に舌打ちする。

 

 

異空間を突き破り、現世へと実体化する仮面の怪物達。

数日前に、帰宅途中の咲を襲った悪魔、幽鬼・デスシザーズ達である。

黒いガスの衣を纏った幽鬼の群は、黒髪の美少女とそれを護る長身の少年を取り囲む様に、不気味な笑い声を上げて宙を舞っていた。

 

「シルフェ! 主を護るんだ! 」

 

明の声に、風の精霊(エレメンタル)が応える。

血錆びが所々浮き出た凶悪な鋏を振りかざし、黒髪の少女へと襲い掛かる悪霊の一体を、シルフェの放つ風の刃が細切れに切り刻んだ。

 

「と・・・・遠野君っ! 」

「そこを絶対、動くんじゃないぞ? 八神。」

 

魔法の様な速さで、二丁のハンドガン、Desert Eagle .50 AEを取り出した明は、背後で真っ青な顔をしている咲に呼び掛けた。

スクールバッグを両腕に抱えた少女が、無言で頷く。

と、咲の足元からデスシザーズ達が纏うガスの衣よりも更に濃い闇が立ち昇った。

瞬く間に覆い尽くされる咲。

主を護らんとシルフェが果敢に戦いを挑むが、ガスによって造り出された巨大な手が、本来形を持たぬ筈の精霊(エレメンタル)を掴み取ってしまう。

 

「八神!! 」

 

明の視界に、巨大な手に握り潰される哀れな精霊の姿が映った。

背後から襲い掛かろうとしたデスシザーズの眉間を、ハンドガンの弾丸で射貫き、同級生(クラスメート)の元へと向おうとする。

しかし、それを遮るかの如く、頭上から巨大な何かが降って来た。

相棒のブラックライダーを追い掛けて来た赤き死神・レッドライダーである。

条件反射で、背後へと大きく飛び退く明。

途端、轟音が辺りに鳴り響き、凄まじい爆風が、明の躰を襲う。

濛々(もうもう)と辺りを包む砂煙。

そこから見える巨大な影(シルエット)が、ゆっくりと立ち上がる。

 

(もう一人、仲魔がいやがったか・・・。)

 

長い前髪の下で、明が此方へと近づく、真紅のマントを纏った巨人を無言で見上げる。

その姿を一言で例えるならば、中世の騎士であった。

血の如く鮮明な紅きマントを纏い、堅牢な鎧に巨大なガントレットを両腕に装着している。

背には身の丈を優に超える大剣を背負い、目深に被ったフードで顔を隠していた。

 

「一体、何者だ? お前等・・・・”魔神皇”の手下か? 」

 

無駄と知りつつも、一応、質問をぶつけてみる。

紅き魔人から吹き出る覇気が、容赦なく明の躰を叩く。

しかし、長身の少年は動じない。

吹き付ける闘気をまるでそよ風の如く受け止め、無言で巨人を見上げている。

 

「疑問に答えて欲しくば、力を示せ。」

 

紅き死神・レッドライダーが、音速の速さで背負っている大剣― 魔剣・ダーインスレイヴを抜き放ち、明の躰を真上から両断せんと、振り下ろす。

真っ二つに割れる大地。

だが、肝心の獲物の手応えも、断末魔の悲鳴も聞こえない。

見ると、何時の間にそこへと移動したのか、メリーゴーランドの屋根の上に、長い前髪をした少年がジャケットのポケットに両手を突っ込んで立っていた。

 

「・・・・・成程、超能力者(ESP)か・・・・。」

 

回転木馬の屋根の上に立つ少年を、赤き魔人は忌々し気に眺める。

 

明は、レッドライダーの攻撃を逸早く察知し、任意に空間を捻じ曲げて、回転木馬の屋根へとジャンプしたのだ。

 

紅き死神は、素早く構内で呪文を詠唱すると、左手の五指に意識を集中する。

蒼白い電気の蛇を纏いつかせながら光る五本の指先。

屋根の上に立つ少年に向って、五つの電撃の弾をぶつける。

電撃系下位魔法”ジオ”だ。

下位魔法とはいえ、膨大な魔力を誇る死神が操るのだから、その威力は上級魔法クラスに匹敵する。

五つの球体は、回転木馬の屋根にぶち当たり、メリーゴーランドを跡形もなく消し飛ばす。

しかし、赤き死神は追撃の手を緩めない。

大剣”ダーインスレイヴ”を両手に構え、轟々と燃え盛る炎の中へと突進する。

 

金属同士が激しくぶつかり合う音と、橙色の火花。

フードの下に隠された赤き死神の金色の双眸が、五鈷杵と呼ばれる法具を両手に持つ鬼の姿を映す。

法具の力で鬼へと転身した明が、二つの五鈷杵で大剣の刃を受け止めていた。

 

 

 

鬼へと転生した明が、赤き死神・レッドライダーと対峙している最中、咲は黒いガスに包まれ、苦しんでいた。

纏い付く様なガスに四肢の自由を奪われ、視界も黒く塗り潰されている。

呼吸が出来ず、遠のく意識の中、耳元で女の声がした。

 

「大丈夫、殺しゃしないわ。 唯、少しの間だけ眠っていて貰うだけよ。」

「あ・・・・貴女は、誰・・・・・? 」

 

自分とそう歳も変わらぬ少女の声。

咲が、声の主を必死に探し求めるが、当然、その姿は何処にもない。

息が苦しい、手足が痺れる。

まるで糸が切れた人形の如く、咲の躰は力無く地へと沈んだ。

 

 

 

その異変は、余りにも唐突だった。

意識を失った筈の少女の肉体が、眩く光り出す。

内側から膨張し、吹き飛ばされる黒いガス。

ガスは人の形を形成し、アイスキャンディーを売っている出店に激突する。

 

「あ、あれは・・・・っ!? 」

 

彼女達から数歩離れた位置で対峙する、赤き死神と深紅の鬼。

鍔迫り合いの状態で、光輝く少女へと互いに視線を向ける。

 

「ちっ!! 」

 

即座に反応を示したのは、赤い死神が若干早かった。

大剣で鬼の獲物を弾き飛ばし、出店に激突した仲魔の元へと向おうとする。

二歩三歩と、背後に多々良を踏む赤き鬼。

その手に持つ五鈷杵が、紅蓮の炎を放ち、形態が大型ハンドガン、Desert Eagle .50 AEへと姿を変える。

銃口から吐き出される凶悪な鋼の牙。

弾丸は、炎の龍となり、真紅のマントを纏う死神へと襲い掛かる。

だが、その顎が死神を捕らえる事は叶わなかった。

巨大なガントレットが、無造作に炎の龍を掴み取り、力任せに握り潰してしまう。

 

「糞! 化け物が! 」

 

地に片膝を付き、何とか態勢を立て直す。

そんな毘羯羅(びから)大将を尻目に、レッドライダーは、呻き声を上げて起き上がる相棒の元へと辿り着いた。

 

「無事か? 」

「ええ・・・何とかね。 」

 

ボロボロの漆黒のマントを纏うのは、妖艶な肢体を持つ女性であった。

躰の線が強調されたボディースーツに、鋼の色をした胸当てと鋭い爪が付いた篭手。

踵の高い具足を装着し、顔は額に二本の角が生えた髑髏の仮面を被っていた。

 

「引くぞ、奴が来る。」

「え?ちょっと!? 」

 

有無を言わせぬ強い力で、レッドライダーは黒い死神を抱き上げる。

足元から噴き上がる紅蓮の炎。

炎の塊となった死神は、何処かへと姿を消した。

 

 

 

 

不図見上げると、”彼女”の視界に、何処までも澄み渡った青い空が映る。

海岸沿いにある街の為か、”彼女”の長い髪を、潮風が嬲っていった。

 

イスラエルの都市、聖地”ナザレ”。

後にキリスト教、発祥の地と呼ばれるその小さな港町に、彼女― マリアはいた。

毎日の日課である礼拝をする為、教会へと続く古びた石造りの階段を歩く。

足取りが非常に重い。

例の噂を聞いたからだ。

此処から遠く離れた地で、大規模な戦争が起こっていると、街を訪れている行商人から聞いた。

このまま、戦争が鎮火しなければ、いずれ、彼女達が住んでいるこのナザレにも、その荒波は来るだろう。

 

「どうしたんだ? 朝から浮かない顔だね。 」

 

愛する夫の声に、俯いていた顔を上げる。

マリアを気遣う様に立つ銀髪の青年。

名前は、ヨセフ。

この港町で、大工をしている。

 

「うん・・・・大丈夫。 少し、考え事をしていたから。」

 

これ以上、夫に心配を掛けまいと、マリアは口元に柔和な笑みを浮かべた。

 

ヨセフは、真面目で人当たりが良い好青年だ。

伝説と謳われる魔剣士・スパーダの血を色濃く継ぎ、このナザレの地を悪魔(デーモン)の脅威から長年、護り続けている。

エルサレムの大司祭の命で、『聖母』である彼女を守護する為に、婚姻の契りを交わした。

以降、彼は貞潔(ていけつ)の誓を立て、彼女に寄り添い続けている。

 

「・・・・大丈夫、我々には、スパーダが付いている。彼がきっと”混沌の魔王”を討ち取ってくれるよ。」

「・・・・・。」

 

彼女の心中を察したのか、ヨセフは愛おしそうにマリアの手を取る。

長年、農作業ですっかり荒れてしまった手。

しかし、彼はこの歪な手が大好きであった。

 

「ごめんなさい・・・・私の存在が、貴方の重荷になっているのね。」

「マリア? 」

 

妻の言葉に、夫が訝し気に眉根を寄せる。

 

現在、北アフリカのチュニスと呼ばれる地で、神の使徒であるヘブライ神族と、悪魔を崇拝する邪教徒達による大規模な戦争が繰り広げられていた。

きっと、夫のヨセフも同胞のいる戦地に赴(おもむ)き、伝説の魔剣士の助力になりたいと思っている筈だ。

だが、身重である自分の存在が、夫の枷になっている。

それがとても辛い。

 

「・・・・・っ!? 」

 

気まずい空気が流れる中、叢を掻き分け何かが二人の前へと躍り出た。

小柄な影が握る短剣が、鈍い光を放ち、マリアへと迫る。

真っ赤に染まる視界。

石畳の上を、鮮血が赤く染める。

 

 

 

「・・・・・・・!? 」

 

その覚醒は、余りにも唐突であった。

清潔な白い天井が、視界を埋める。

暗闇に木霊する激しい息遣い。

黒髪の青年― Vの薄い胸を心臓が激しく叩く。

 

此処は、超豪華客船『ビーシンフル号』の3階にあるホテルの一室。

十分に効いたスプリングとシルクのシーツの感触。

起き上がると、蛍光灯の淡い光に豪奢な室内の様子が照らし出されていた。

 

不意に、Vの耳に窓ガラスを叩く音が聞こえた。

見ると、黒い光沢を持つ大鷲が、窓の外から此方を覗き込んでいる。

Vの仲魔である造魔・グリフォンだ。

 

「ひーっ、すっかり冬だな。凍えちまうぐらい寒いぜ。」

 

Vが窓を開けると、グリフォンが身を震わせながら、室内へと入って来る。

元が造魔である彼等は、外気温を全く感じる事は無い筈であるのだが。

 

「”彼”には、ちゃんと遭えたんだろうな? 」

「もちのろんだぜ。”人修羅”ちゃんが”壁内調査”にお出かけしちゃった事はちゃぁんと伝えたぜ。」

「・・・・そうか。」

 

グリフォンの報告にVは頷くと、先程まで自分が寝ていたベッドへと腰掛ける。

12月中旬であるにも拘わらず、Vは上半身裸で、黒レザーのズボンを着用していた。

全身に走る入れ墨。

これら全ては、悪魔との契約を示す文様だ。

 

「あの人は何て・・・・?」

「特に指示は受けてねぇ・・・ただ、下準備に時間が掛るから、人修羅ちゃんがお出かけしてくれたのは好都合だと言ってたな。」

「下準備・・・か・・・・そういえば、”奴”も同じ事を言っていたな。」

 

この豪華客船の最下層を棲家にしている”怪物”を想い出す。

見てくれは無害そのものだが、中身は触れる事すらおぞましい存在だ。

 

「もしかして・・・・とは思うが、お前、後悔してるんじゃねーよな? 」

 

グリフォンが、繊細な指を額に当て、俯く黒髪の青年を下から見上げる。

Vが幼少の頃からの付き合いだ。

彼が今、何を考え、何に苦悩しているのかぐらい仕草で分かる。

 

「親父さんは、やる気だ・・・・お前も腹を括りな?”バージル”。」

「分かっている。」

 

魔獣に言われるまでも無い。

あの人にばかり罪を全て背負わせる訳にはいかない。

全ての元凶は自分にある。

Vは、唇を噛み締めると、窓に映る天鳥町の街並みへと視線を向けた。

 




予想外に短くなってしまった。
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