偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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登場人物紹介

16代目・葛葉忍・・・・・葛葉四家当主の一人、役小角の血縁者であり、金鬼、水鬼、風鬼、隠形鬼の4体の鬼を使役する。魔導師職を全て取得した到達者(マイスター)であり、その中でも医師(ドクター)の能力に秀でている。
『葛葉産婦人科医院』の責任者であり、裏社会では『医神』の異名を持つ。

早乙女・桜子・・・『葛葉産婦人科医院』に勤める看護師。
ライドウに次ぐ魔力の持ち主であり、魔導師職の中でも黒魔法のスペシャリストである。父親が、警察庁に勤める警視正をしている。



第10話 『襲撃者 』

人工島―『天鳥町』泰祥堂(たいしょうどう)区二丁目。

ショッピングモールの一区画にその病院・・・・『葛葉産婦人科医院』はあった。

 

「はぁい・・・・お待たせしましたぁ・・・・。」

 

時刻は、夜の7時過ぎ。

とうに診察時間は過ぎている。

紅茶色の髪を頭の頭頂部で一纏めにした20代前半ぐらいの看護師が、閉まっていた病院のドアを開く。

 

「すまん、16代目はいるか? 」

 

看護師の眼前に、のっそりと巨大な影が現れた。

伸び放題になった髭と、縮れた黒い髪。

全体的にずんぐりむっくりとした歪な体型と、丸太の様に太い両腕には、紺色のダッフルコートを着た学生らしき少女を横抱きにしている。

意識を失っているのか、両瞼は閉じられており、人形の如く整った容姿をしていた。

 

「あら? トロル先生じゃないですか・・・・・そちらのお二人は『エルミン学園』の生徒さん? 」

 

紅茶色の髪をした看護師・・・・早乙女・桜子は、驚いた様子で、かつての恩師とその腕に抱かれている少女、そしてトロルの隣に立つ長身の少年を交互に眺める。

 

「桜子ちゃん、早く彼等を処置室に案内して。」

「あ、はい。先生。 」

 

廊下の奥から、看護師より幾分年上と思われる白衣姿の美女が姿を現した。

この『葛葉産婦人科医院』の責任者、16代目・葛葉忍である。

長い黒髪を後ろで一纏めに結い上げ、新雪の如き白い肌と見る者を魅了させる美貌を持っていた。

 

「あら?毘羯羅君じゃない? お久しぶりね? 」

 

美しい女医の視線が、2メートルを軽く超える身長を持つ長い前髪で目元を隠した少年で止まる。

ボア付きの黒いジャケットの下には、『聖エルミン学園』の制服を着ていた。

 

「どうも。 」

 

一応、相手は葛葉四家当主の一人だ。

遠野・明は、自分より遥か格上の立場に居る忍に対し、形だけの挨拶を交わす。

 

 

今から数分前、明とクラスメートである八神・咲は、彼女の自宅がある田園調布駅周辺で、何者かの襲撃を受けた。

血の如き赤いマントを纏う悪魔と、闇色のマントを纏う女の悪魔。

否、只の悪魔(デーモン)ではない。

明の長年の戦闘経験から、奴等が魔王クラスを超える怪物である事が分かる。

 

正体不明の悪魔二体と交戦中、女悪魔に囚われた咲が、自身の持つ”能力(ちから)”に覚醒。

見事撃退には成功したが、そこで意識を失ってしまった。

赤いマントの悪魔― レッドライダーは、薬学部顧問であるトロルの接近を逸早く察知し、仲魔のブラックライダーを無理矢理担ぐと戦線を離脱。

正に九死に一生を得る形で、明達は、危機を脱する事が出来た。

 

 

「アンタのお陰だ・・・・俺一人じゃ八神は護り切れなかった。」

 

ベッドに寝かされ、忍達の処置を受ける咲の姿を眺めながら、簡易椅子に座った明が隣に立つトロルに呟いた。

 

「お前、悪くない・・・・俺の読みが甘かった・・・ただそれだけ。」

 

出入り口の壁に背を預け、トロルは腕組みをして傍らにいる生徒へと視線を向ける。

 

敵の力は、明の想像を遥かに超えていた。

魔王クラスの悪魔が二体、流石に組織『クズノハ』暗部、”八咫烏”の中でもエリート部隊である”十二夜叉大将”の一人でも、手に余る強敵だ。

炎の巨人”ムッスペル族”の長、魔王・スルトルの介入が無ければ、自分は殺され、八神を奪われていたかもしれない。

 

彼等が現在いるこの病院は、組織『クズノハ』の持ち物である。

普段は、産婦人科医院として通常業務をしているが、裏では、悪魔(デーモン)達からの脅威に人類を護る狩人(ハンター)達の霊的治療を行う施設であった。

16代目・葛葉忍は、魔導師職(マーギア)の一つである医師(ドクター)のスペシャリストであり、”医神”の二つ名を持っている。

 

「奴等は一体何者だ? アンタなら知ってるだろ。」

 

鋭い視線を、隣に立つ巨人へと向ける。

暫しの間、何かを考えこむかの様に瞑目していた巨人の長は、何かを決意したのか、徐に口を開いた。

 

「黙示録に記されし、四人の騎士・・・・赤いマントの悪魔は、”戦争”を意味し、黒いマントの悪魔は、”飢饉”を現す。」

 

”ヨハネの黙示録”に記される破滅の四騎士。

数ある死神達の中でも、更に強力な力を有し、飢饉と病、そして争いにより地上の人間達を殺戮する権利を与えられている。

 

「何で、そんな奴等が八神を・・・・・? 」

「八神・咲は、”母”の一柱・・・・”母”の力は三人の”絶対者”に干渉出来る・・・だから狙われた。」

 

魔力のリバウンドにより、体力を失った咲の処置を眺めつつ、トロルは簡潔に説明する。

 

「遠野、お前はもう帰れ・・・・八神の事は俺が預かる・・・・。」

「はぁ? 何だそりゃ、俺じゃ役不足だと言いたいのか? 」

「そうだ・・・・”聖母”護れるのは、俺と晴明しかいない。」

 

八神・咲は、”聖母・マリア”の生まれ変わりである事はこれで確定した。

彼女の力の覚醒は、多くの悪魔(デーモン)達に知れ渡っただろう。

もう普通の生活は送れない。

その事については、理事長である安部・晴明自らが、咲の両親に説明する筈だ。

 

「ちっ・・・・分かったよ。」

 

有無を言わせぬトロルの眼光に、明はそれ以上逆らう事はしなかった。

 

自分の力量は、自分自身が一番理解している。

己の力を過信する程、明は愚かではない。

 

「遠野・・・・今のお前は力不足だが、決して無力ではない。 友と同じ道を歩み、学び、力をつけろ・・・いずれそれが、大きな糧になる。」

「糧・・・・・。」

 

座っていた簡易椅子から立ち上がる明に、トロルの声が掛けられる。

暫く、無言で見つめ合う二人。

トロルの言葉の意図が読めず、諦めたかの様に一つ息を吐き出すと、明は矢来銀座にある『葛葉探偵事務所』に戻るべく、処置室を後にした。

 

 

 

数時間前、東京都台東区、清川二丁目にある住宅街。

かつて、”かさぎ荘”と呼ばれたその更地に二人の少年が立っていた。

 

「ど、どうなってんだよ? これ・・・・。」

 

頭に黒い毛並みのハムスターを乗せた銀髪の少年― ネロが、広い空き地と化したかつてのアパートを驚愕の思いで見回す。

 

「ゴリアテが死んだ事で、本来の姿に戻ったのだ。 今迄、我々が見ていたモノはどれも奴が造り出した幻覚だ。」

 

少年の頭の上にしがみついているハムスター― アステカの火の神、シウテクトリが戸惑う若き召喚術師(サマナー)に説明してやる。

 

「成程、まるで狐につままれた様な気分だね。」

 

黒縁眼鏡の少年、壬生・鋼牙は、しゃがむと足元に転がっている骸骨を手に取る。

一目で人間のモノである事が分かった。

良く見ると、更地のあちこちに人骨が無造作に捨てられている。

これら全ては、邪神・ゴリアテが造り出した幻想の罠に囚われた犠牲者達だ。

 

「貴方達の仇は取りました・・・・安らかに眠って下さい。」

「・・・・・。」

 

鋼牙の言葉に呼応するかの如く、打ち捨てられた亡骸達から淡い光を放つ、球体が浮かび上がり、次々と天へと昇っていく。

悪魔(デーモン)達に縛り付けられていた人々のソウルが、解放されたのだ。

彼等の魂は、エリュシオンで一時の安らぎを得て、再び転生の循環へと加わる。

そして、星のエネルギーとなり、新たな器へと生まれ変わるのだ。

 

 

「・・・・・っ! 誰っ!! 」

 

ネロの肩に座り、魂の放流を眺めていた小さな妖精、マベルは、人の気配を感じ、背後を振り返る。

視線の先― 更地の入り口に一つの影が、沈みゆく夕陽を背に立っていた。

黒いマントを身に着け、フードで顔の半ば以上を隠している。

金色の二対の龍が絡み合う装飾が施された鞘に収まる刀を左手に持ち、研ぎ澄まされた眼光を少年二人へと向けていた。

 

(・・・・・・? 何だ? この闘気・・・・。)

 

想像を絶する精神的重圧(プレッシャー)に、躰が身動き出来ない。

鋼牙は、俱利伽羅剣から只のアクリル製の60CM定規へと戻った得物を右手に、唇を噛み締める。

 

怖い・・・・・恐ろしい・・・・震えが走る。

だが、何故か自分は、この闘気の持ち主を知っている。

 

「へっ、新手かよ? それとも、さっきのデカブツの手下か? 」

 

そんな仲間の異常を他所に、銀髪の少年は、背負っている機動大剣『クラウソナス』を引き抜いた。

地面に突き立て、アクセル状になっている柄を捻る。

推進剤が「イクシード」へと流れ込み、まるでバイクのエンジン音と同じ唸り声を上げた。

 

「駄目だ! ネロ!! 」

 

相手に攻撃の余地は与えないとばかりに、機械仕掛けの大剣を構え、黒いマントの男へと斬り掛かるネロ。

それを鋼牙が、咄嗟に止めるが既に遅すぎた。

機動大剣に内蔵されている”イクシード”の能力で、倍加した斬撃が、男の躰を袈裟掛けに切り裂く。

しかし、肝心の手応えまるで返って来ない。

男の姿は跡形もなく消失し、地面を深く抉る機動大剣の切っ先だけが、視界に映った。

 

「・・・・・っ!野郎!! 」

 

背後に感じる敵の気配。

慌てて後ろを振り返るネロは、そこである違和感を感じた。

 

右腕の感覚がまるでしない。

ネロが視線を己の右腕へと移すと、有る筈の”悪魔の右腕”が姿を消していた。

肘の付け根から、綺麗に斬り落とされていたのだ。

 

間欠泉の如く噴き出す鮮血。

ネロが、失った腕を抑えて地面に蹲(うずくま)る。

 

「ネロっ!! 」

 

悲鳴を上げる小さな妖精。

その横を、黒い突風が駆け抜ける。

60CM定規を構えた壬生・鋼牙だ。

闘気術で筋力を倍加し、一気にマントの男との距離を詰める。

鋭い一閃。

橙色の火花が散り、闘気の刃と鈍色に光る日本刀の刃がぶつかり合う。

 

「貴方が何者かなんて知らない・・・・でも、ソレを渡す訳にはいかない。」

 

男が左手に持つ”悪魔の右腕”。

斬り掛かったネロを紙一重で躱し、その上、相手が知覚するよりも早く、右腕を斬り落としたのだ。

恐ろしいまでの技量。

実力は、剣聖クラスに匹敵するだろう。

 

決して勝てる相手ではない。

しかし、魔具『閻魔刀』が眠る”デビルブリンガー”を易々とこの男に渡す訳にはいかなかった。

鋼牙の刀身が幾度も閃く。

宙で激しくぶつかり合う、互いの斬撃。

橙色の火花が散り、鋼牙の頬や腕を薄く切裂いていく。

 

(ちっ、何て重い打ち込みなんだ!)

 

鞭の様にしなる刀身から放たれる斬撃は、どれも重く、剣豪(シュヴェアトケンプファー)の称号を持つ自分を遥かに超えた技量を持つ事が伺い知れる。

 

「マベル! 君はネロを助けるんだ! 」

 

小さな妖精に指示を出し、マントの男とギリギリの間合いを保ちつつ離れる。

すぐさま、蹲る少年の元へ向かうハイピクシー。

それを確認した鋼牙が、ダッフルコートのポケットに捻じ込んである法具に軽く触れる。

 

鬼へと転身すれば、まだ勝機は此方にある。

だが、邪神との戦いで内在している闘気を大分消費していた。

この状態では、鬼に転身出来ない。

 

(このままじゃ勝てない・・・・でも、『閻魔刀』を奪われたらネロが・・・。)

 

「迷うな? 少年、ワシが加勢してやる。」

 

そんな鋼牙の耳に、シウテクトリの声が聞こえた。

見ると何時の間に鋼牙の頭の上に登ったのか、黒い毛並みのハムスターが腕組みして立っている。

 

「良いんですか? 僕は召喚術師(サマナー)じゃない。」

「ふん、安心しろ。こう見えてもワシは戦神じゃ。」

 

何処からその自信が来るのか、シウテクトリはシニカルな笑みを口元へと浮かべると、ハムスターから本来の悪魔の姿へと戻る。

右腕に握られている60cm定規に、紅蓮の炎が宿る。

それに伴い、鋼牙の躰に蓄積された疲労感が、和らいでいった。

 

「バフと回復は、ワシに任せろ。何としても神器を取り戻すんだ。」

「了解! 」

 

闘気術で、脚の筋力を上げ、一瞬で相手との間合いを詰める。

 

天真正伝香取神道流、表居合術(六か条)、抜討之剣(ぬきうちのけん)だ。

視認不可能な斬撃が、黒いマントの躰を両断せんと襲い掛かる。

それを片腕で軽く往なす襲撃者。

次の瞬間、男の躰を無数の火球が襲った。

大爆発が起こり、振動が辺りを大きく揺らす。

 

「やったか? 」

「イカン!後ろだ!! 」

 

シウテクトリの声と鋼牙の鳩尾に拳が減り込むのは、ほぼ同時であった。

 

火炎系中級魔法、『マハラギオン』が直撃するよりも早く、襲撃者は殺戮の間合いから逃れ、鋼牙の背後へと移動していたのだ。

九の字の形で、冗談の様に吹き飛ばされる鋼牙。

破壊された壁に激突し、そのまま動かなくなる。

 

「小僧! 」

「もうこれ以上の戦闘は無意味だ。 大人しく引き下がれ、”シウテクトリ”。」

 

気を失った鋼牙の元へ向かおうとするシウテクトリの背に、黒いマントの男の声が掛けられた。

驚き、背後にいる襲撃者へと振り返る。

 

「新しい主を、アニタの様に失いたくないだろ? だったら、お前さんが出来る事は唯一つだ。」

「き、貴様・・・・何故、ソレを・・・・・? 」

 

呻く様なシウテクトリの問い掛けに、しかし、男は応えなかった。

”悪魔の右腕”を元の姿・・・・魔具『閻魔刀』へと変え、その刃を幾度か振るう。

すると、空間が引き裂かれ、別の場所が口を開けた。

 

「待て! お前は一体何者だ!? 」

 

何の躊躇いも無く、異空間の入り口へと足を踏み入れる男の背に、シウテクトリの声が掛けられた。

 

この男は、前の主の名前を知っている。

あの哀れな少女の事を知っているのは、同じ部隊に居た人間しかいない。

 

男は、その問い掛けにも応える様子は無かった。

消えていく次元の入り口。

襲撃者の姿は、影も形すらも残す事無く、完全に消失した。

 

 

 

1か月後、東京アクアラインと天鳥町を繋ぐ、サービスエリア。

 

駐車場に停車している大型バイクに二つの影があった。

一つは、女性の如く華奢な肢体をしており、長い黒髪を三つ編みで一つに纏め、不釣り合いな程大きなフライトジャケットを着ている。

もう一つは、遥かに大きな体躯をしており、バイクに腰掛ける少年に覆い被さり、その薄い唇を吸っていた。

 

「もう、良い・・・・離れろ。 」

 

長い黒髪を後ろで三つ編みに結った少年・・・・17代目・葛葉ライドウは、自分に覆い被さる男、ダンテの肩を乱暴に押しやる。

 

「何だよ? 腹は膨れたのか? 爺さん。」

 

見事な銀の髪を持つ男、ダンテは、お預けを喰らった犬の様に唇を尖らせて、腕の中に居る愛しい主を見下ろす。

 

「”マスター”だ。 たく、たかが魔力供給に、舌まで入れやがって。」

 

濡れた唇をジャケットの袖で、乱暴に拭う。

 

時刻は既に深夜を回った1時過ぎ。

流石に人影は、自分達以外は全くなく、駐車場に停車している車も数える程も無い。

しかし、こんな駐車場のど真ん中で、情熱的なキスを交わし合う程、鈍感にはなれない。

 

 

『壁内調査』後、東京アクアラインにある大門から、外の世界へと生還したライドウを迎えたのは、大分不機嫌な仮番(かりつがい)であった。

同じ調査隊の一人に、悪戯で媚薬入りのキャンディーを食べたライドウは、ダンテの腕の中で爆睡した挙句、連れ込まれた簡易宿泊ホテルで事に及んだ。

丸半日以上、媚薬の効果が抜けるまで泣かされたライドウは、本部に調査報告書を提出する為、成城の葛葉邸へと帰る事にしたのである。

 

「だったら、もう少しあそこでゆっくりしてれば良かったじゃねぇか。」

「そうはいかない。今日の午後には、八王子の本社で大事な会議があるんだ。」

「はぁ? ”壁内調査”に戻って来たばかりで、もう仕事かよ? 今に過労死しちまうぞ。」

 

主の底抜けなバイタリティーには、正直感服する。

レッドグレイブ市で共に便利屋をしていた時もそうだったが、ライドウは根っからの仕事馬鹿だ。

回遊を続けていないと死んでしまう鮪(まぐろ)の様に、常に何か仕事をしていないと気が済まない。

ある意味、現代日本を代表する人種だと言えた。

 

「俺は、お前と違って自堕落じゃ無い・・・・ぶぇくしょぉい! 」

 

いきなり盛大なくしゃみを噛まされ、ダンテが呆れた様子で顔を背ける。

見ると主が微かに震えているのが分かる。

いくら、魔力供給を施してあるとはいえ、体力を大幅に削られた挙句、ダンテの無尽蔵な精力に散々付き合わされたのだ。

下手をすると風邪を引いてしまう。

 

「此処で待ってろ、自販機でコーヒー買って来るわ。」

 

鼻を啜る主の額に軽くキスを送ると、銀髪の大男は、自販機がある喫煙コーナーへと消えていく。

すっかり恋人気分の代理番に、ライドウは呆れた様子で一つ溜息を零した。

 

 

 

「へぇ・・・・アレが、君の新しい番か・・・・。」

 

暗がりから聞こえる何者かの声。

未だ変声期を迎えぬその声は、少年とも少女とも判別が出来ない。

 

芯まで凍える程の圧倒的、重圧感。

無意識に右手が、腰に装着してあるナイフホルダーに納まるクナイへと伸びる。

 

「ふふっ・・・・そんなに怯えないでよ? 傷つくなぁ。」

「・・・・・っ!? あ・・・・アンブローズ・マーリン。」

 

駐車場に設置されている照明灯に浮かぶ、一人の小柄な影。

肩まで伸びる白髪に、紺のダウンジャケットに黒のタートルネックのセーター。

ジャケットと同色のスラックスに、黒の革靴を履いている。

白い息を吐くその唇はとても愛らしく、まるで人形の様に整った容姿をしていた。

 

「な・・・・何故、お前が此処に・・・・・? 」

 

自分と幾分も変わらぬ背丈の華奢な少年。

しかし、そこから吐き出される覇気は、人外のソレだ。

驚愕で双眸が見開かれ、手足が痺れ、動かない。

 

「逢いたかった・・・・僕の愛しい番。」

 

何の警戒心すら無く、白髪の少年はライドウへと抱き着く。

悪魔使いの首筋に顔を埋め、その体臭を存分に嗅ぐ。

 

「本当は、もっと早く君に逢いに行きたかったんだ・・・・でも、ロバートの奴が意地悪して僕をあんな薄汚い船に押し込んだ。」

 

かつての弟弟子の顔を思い浮かべ、マーリンが薄い唇を悔し気に噛み締める。

 

「そうか・・・俺は、お前に逢いたく無かったよ! 」

 

腰のナイフホルダーから、クナイを抜き放つと自分に抱き着く少年を切裂こうとする。

だが、手応えが返って来ない。

気が付くと、自分を抱き締めていた白髪の少年の姿が忽然と消えていた。

見ると少し離れた位置にある照明灯に、背を預ける形で立っている。

 

「酷いなぁ・・・・ナナシ。 もしかして、まだあの事を根に持っているのかい? 」

 

薄く切裂かれた頬から流れ出る血。

マーリンは、それを右手の人差し指で掬(すく)い紅い舌で舐める。

 

「アヌーンって言ったっけ・・・・あの亜人の娘。」

「・・・・・っ。」

 

マーリンの口から、その名前が出た途端、ライドウの隻眼が鋭く尖る。

 

「可愛い娘だったよね? 歌がとても上手だった・・・・。」

 

刹那、大型バイクの傍に居たライドウの姿が消失。

マーリンの眼前へと移動した悪魔使いが、その白い喉にクナイの切っ先を押し付ける。

 

「それ以上、言ってみろ・・・・次は、確実に殺すぞ? 」

 

地を這う様な低い声。

右眼を覆う黒い眼帯から、僅かに蒼白い炎が噴き出る。

 

「ふふっ・・・・良いねぇ、その眼・・・・昔の君を想い出すよ。」

 

皮膚が破れ、喉から血の雫が一筋伝う。

しかし、マーリンは別段気にする素振りを見せる事は無かった。

自分に凶器を押し付ける悪魔使いの頬を、愛おし気に撫でる。

 

「安心して、今すぐ君をどうこうするつもりはない。 今日は挨拶に来たんだ。」

「挨拶だと? 」

「そう・・・・・20数年ぶりに遭う君に対する・・・ね。」

 

マーリンの形が、見る見るうちに崩れていく。

白髪は色を更に失い、広葉樹の様な葉へと変わり、肉体も同様の姿となって、ライドウの足元に崩れ落ちた。

何処からともなく吹き荒れる突風が、悪魔使いの足元に積もる白い葉を上空へと舞い上げる。

 

『愛してるよ・・・・ナナシ。 近いうちに必ず迎えに行くから。』

 

耳元へと木霊する憎い仇の声。

ライドウは切れる程、唇を噛み締めると、クナイを握る右腕で、照明灯を思い切り殴りつけた。

 

 

 

 

東京都台東区北東部、山谷にあるガレージショップ・・・『ゴールドスタインの店』。

店内に置かれている幾つかの小型乗用車。

その一台のボンネットを開け、片腕の少年がレンチを片手にジェネレーターを弄っていた。

 

「良いのか? 所長代理に休んでいろと言われてたんじゃねぇのか? 」

 

紺色のツナギと油で大分汚れたシャツを着る銀髪の少年の背に、この店の主である、ニコレット・ゴールドスタインが声を掛けた。

此方も同色のツナギを身に着け、上半身は黒いシャツ、口には愛用の煙草を咥えている。

 

「寝てばっかじゃ飽きる・・・・それに、躰動かしていた方が気が紛れるし。」

 

作業台の上に、依頼品を広げるニコを横目に、銀髪の少年、ネロはジェネレーターの修理を続ける。

 

意外にも、ネロはこういった作業が結構好きだ。

彼が愛用している六連装大口径リボルバー、『ブルーローズ』も騎士団内で支給されていた武器を自分なりに改造したモノであった。

 

 

清川二丁目にあるアパート”かさぎ荘”での事件から、既に一月近くが経過している。

突然、現れた襲撃者に右腕を奪われたネロは、”探偵部”の仲間、遠野・明に担がれ、天鳥町にある産婦人科へと運ばれた。

 

「一体、何があったんだ? 」

 

緊急手術を行う為、『葛葉産婦人科医院』の責任者である、16代目・葛葉忍と、その弟子である早乙女・桜子にストレッチャーで運ばれるネロを見送り、明が待合室の椅子に座る黒縁眼鏡の少年へと質問をぶつける。

幸い、鋼牙の傷は、肋骨を数本折る程度で済んでいた。

しかし、重症である事に代わりは無い。

力無く革張りの椅子へと座る鋼牙の傍らで、ハイピクシーのマベルが回復魔法を唱えていた。

 

「正体不明の賊に襲われた。 相手は、物凄い手練れだ・・・・恐らく、葛葉四家クラスのね・・・・。」

 

鋼牙は、簡潔に事件の経緯を説明する。

”かさぎ荘”の異変を起こしていた元凶、邪神・ゴリアテを無事討伐した事。

その時に、ゴリアテに”真名”を奪われたアステカの火の神、シウテクトリを仲魔にした事。

魔具・『閻魔刀』の隠された力、そして、突然の襲撃者。

因みに、ネロの仲魔になったシウテクトリは、GUMPに収納されている。

 

「マベル、お前はどう思う? 」

 

話を一通り聞いた明が、今度は鋼牙を治療している小さな妖精へと問い掛けた。

精神感応力が高い彼女なら、鋼牙達とは違った観点で、何かを察知したのでは?と思ったからである。

 

「正直分からない・・・・でも、一つだけ気になる事が・・・・。」

「気になる事? 」

「7年前の、”テメンニグル事件”・・・・・その首謀者の一人と、鋼牙達を襲った奴と、動きが全く同じだった。」

 

マベルの脳裏に、目の覚める様な蒼い長外套(ロングコート)を纏う、銀髪の剣士の姿が蘇った。

レッドグレイブ市を中心に活動する荒事専門の便利屋、『デビルメイクライ』の店主(オーナー)、ダンテの双子の兄・・・・バージル。

その半人半魔と”かさぎ荘”跡地で、鋼牙達を襲った奴と体捌きが非常に良く似ている。

 

「でも有り得ない・・・・アイツは、4年前の”マレット島事件”で死んでる筈なんだよ・・・・心臓を破壊されて生き返るなんて・・・・・。」

 

双子の弟であるダンテが、魔具『フォースエッジ』で、兄の心臓を破壊する所をこの目でしっかりと見ている。

悪魔にとって、心臓は、現世へと実体化する為の大事な器官の一つだ。

例え、魔王クラスの大悪魔でも、心臓(コア)を破壊されれば、一撃で死ぬ。

それを失ったバージルが、生きているなど不可能に近い。

 

「理事長に連絡は・・・・? 」

 

事態が予想以上に、悪い方向へと流れている。

賊に『閻魔刀』を奪われたのだ。

組織の元締めである安部・晴明に報告するべきだろう。

 

「もうしたよ・・・・案の定、僕達には手を引け、だってさ。」

 

いくら組織の暗部、”八咫烏”の一人だといえ、鋼牙達は経験の浅い餓鬼でしかない。

当然、鋼牙達だけでは手に余ると判断され、余計な事は一切するなと、お達しを有難く頂いた。

 

 

 

少々、乱暴に車のボンネットを閉めたネロは、作業場にある簡易椅子に座る。

 

事の経緯は、鋼牙から全て聞いていた。

魔具『閻魔刀』を失い、”ソロモン12柱”の魔神の一人、堕天使・アムトゥジキアスを抑え付ける枷を失った。

今のネロは、非常に危険な存在だといえる。

唯一残る左手が、失った右腕へと伸びた。

 

 

『17代目の教えを受けなさい。 あの方なら、今の貴方を救える。』

 

術後、麻酔から眼が醒めたネロに、病院の責任者である16代目・葛葉忍が言った。

 

モデル並みに均整の取れた肢体と、見惚れる程、美しい容姿をした美女であった。

後で鋼牙から説明されたのだが、組織『クズノハ』の幹部クラスである葛葉四家当主の中でも一番若く、”医神”の通り名を持つSS級の召喚術師であり、ライドウと同じく魔導職(マーギア)を全て習得した”到達者(マイスナー)”であるらしい。

 

念の為に、強力な術式で魔神の覚醒を抑えてはいるが、それも何時まで持つか分からない。

忍曰く、「中に宿っている堕天使を、ネロ自身が捻じ伏せ従えさせる必要がある。」との事であった。

 

(ちっ・・・・・分かってんだよ。 でも、ライドウさんをこれ以上、失望させたくねぇ。)

 

”かさぎ荘”での一件は、完全にネロの失態だ。

相手の力量を見極めず、”閻魔刀”が本来持つ能力(ちから)を使って、ほぼ、一方的に邪神・ゴリアテに勝利した事で、ネロの中に驕りが生まれてしまった。

鋼牙と連携し、もっと上手く立ち回れば、”閻魔刀”を奪われる憂き目は回避出来たかもしれない。

 

そんな悶々とした気持ちを抱えるネロの頬に、冷たい缶コーヒーが押し付けられた。

見上げると、作業を一時中断したニコが、コーヒーの缶を持ってニヤニヤ笑っている。

 

「なーに、ビビってるんだよ? 本当の事を17代目に話せば良いだろ? 」

「うるせーよ。 アンタには関係ないだろ? 」

 

缶コーヒーを受け取り、ネロが不貞腐れた態度で、唇を尖らせる。

ニコには、鋼牙から全ての経緯を聞かされている。

だから、ネロが抱える葛藤が手に取る様に理解出来た。

 

「アタシにもさぁ、一人だけいたんだよ・・・・口煩い糞婆ぁがさぁ・・・。」

 

ニコは、作業台に寄り掛かると、プルトップを開けて缶コーヒーを啜るネロを眺めながら、愛用の煙草を口に咥える。

 

「アタシが物心ついた時には、もう両親は死んじまってて・・・婆ぁと二人だけだった。 頑固で偏屈で、アタシが悪さした時は、包丁の柄でぶっ叩く気性の荒い婆さんだったよ。」

 

ニコの両親は、彼女が幼い時に、悪魔(デーモン)によるパンデミックにより死亡した。

唯一生き残ったニコを、レッドグレイブ市で銃のアキュライズを営んでいたニール・ゴールドスタインが引き取り、育ててくれたのだ。

 

「アタシ・・・・本当の事を言うと職人(ハンドヴェルガー)になんてなりたくなかった・・・もっと別の生き方がしたかった・・・でも、あの婆ぁは、アタシの気持ちなんてそっちの気で、無理矢理、職人としての技術を叩き込んだ。」

 

遠い記憶の中に居る祖母は、幼い自分を力で捻じ伏せる残酷な人間であった。

周りにいる同年代の子供達が、両親に玩具や綺麗な服で着飾り、旅行などに連れて行って貰える中、自分は、祖母から職人としての知識を、スパルタ的に学ばされていた。

今から、思うとその行為、全てはニコの為だったのかもしれない。

幼い孫が、誰よりも早く独り立ちし、自立出来る様にする為だったのだ。

 

「15の時に、婆ぁと大喧嘩して、夜逃げ同然で、アメリカから日本(此処)にやって来た。 あの時は、口煩い婆ぁとやっと別れられて済々したけど・・・今じゃ後悔してる。もっと、話をしてやれば良かったって・・・・。」

 

自然と、ニコの視線が壁に掛けられている『BY .45 ART WARKS』と刻まれた古臭い金属のプレートへと向けられる。

7年前、アメリカのスラム1番街で拾った祖母の遺品。

ヴァチカンによる空爆で、唯一、焼け残った祖母の偉業を示す代物であった。

ニコの脳裏に、モルグで変わり果てた姿となった祖母の姿が過る。

死体袋に詰められたニールの遺体。

彼女を失って初めて、ニコは祖母の深い愛情を知ったのだ。

 

「・・・・・・。」

 

ニコの視線を追い掛ける様に、ネロは壁に掛けられた古びた金属のプレートへと視線を向ける。

彼女が何を言わんとしているのか、その真意は痛い程良く判る。

生まれ故郷である遠い北の台地、『フォルトゥナ公国』。

大国同士の思惑に踊らされ、隣国と戦争を起こした挙句、大勢の市民と教団の仲間が死んだ。

天涯孤独な自分を息子として、暖かく迎え入れ、一人前の魔剣教団騎士へと育て上げてくれたのは、騎士団長であるクレドだ。

謹厳実直を絵に描いた様な人物であった。

しかし、異端の能力(ちから)を持ち、周囲の心無い人々から、いわれなき迫害を受ける自分を厳しくも優しく育ててくれたのだ、クレドと妹のキリエだ。

もう、この世の何処にもいない二人。

 

そんな物思いに耽(ふけ)るネロの耳に、ガレージショップの扉を開ける音が聞こえた。

ニコに仕事を依頼する為に、客が来たのだろうか?

そう思い、顔を上げた途端、ネロの躰が金縛りにでもあったかの如く、動けなくなる。

出入り口の扉を開けたのは、小さな妖精を肩に乗せる左眼に大きな黒い眼帯をした、紺のコートと背広姿の少年だった。

 

 

「わぉ、噂をすれば何とやら・・・だな? 」

 

組織『クズノハ』最強の召喚術師と謳われる、17代目・葛葉ライドウの登場に、女店主は思わず口笛を吹いていた。

 

「ら・・・・ライドウさん。 」

 

簡易椅子から思わず立ち上がったネロが、無意識に失った右腕を隠そうとする。

そんな銀髪の少年に、悪魔使いは一つ溜息を零すと、改めて女店主へと視線を向けた。

 

「済まない、暫くこの子と話をしたいんだ。」

「オーケー、リビングの部屋貸してやるから、好きなだけ使いな。」

 

それだけ悪魔使いに伝えると、ニコは依頼品の修繕をする為、再び作業台へと向かう。

その姿を見送ったライドウは、バツが悪そうに俯く銀髪の少年を促し、リビングへと続く扉を開けた。

 

 

 

矢来区、地下下水道。

そこに、真紅の長外套(ロングコート)とタクティカルスーツ、背に身の丈程もある大剣を背負う銀髪の大男― ダンテが小型のLEDライトを右手に持って下水道内を歩いていた。

 

「ううっ、何で俺っちがこんな奴と一緒に、下水道に潜んないといけないのよ? 」

 

ダンテの頭上を飛ぶ黒い毛並みの蝙蝠、魔神・アラストルが、ブツブツと小声でボヤく。

 

二人が何故、矢来区下水道(此処)にいるのかというと、当然、異変調査の為である。

数日前から、矢来銀座一帯で、原因不明の地鳴りが起こっていた。

都の地震調査研究推進部の職員が、数名、調査に地下下水道に潜った所、変わり果てた姿で帰って来た。

全身の血を抜かれ、石膏像の様な姿で発見されている。

都は、悪魔の仕業であると判断し、事態究明を防衛省へと依頼。

組織『クズノハ』が、調査に駆り出される事となった。

 

「俺っちは、人修羅様の番なんだよぉー。こんなゴリラ男と一緒何て嫌だよぉー。」

「煩せぇな。そりゃ、コッチの台詞だぜ。」

 

永遠と頭上をグルグル回りながら、文句を垂れる蝙蝠に、ダンテはうんざりした様子で盛大に溜息を吐き出した。

 

本当ならば、十二夜叉大将が一人、摩虎羅大将こと猿飛佐助が監視役兼相棒として、ダンテと行動を共にする筈であった。

しかし、矢来区から数ブロック離れた街、朝日区でも同様の現象が起きた為、佐助は其方に向かう事になったのだ。

 

(あの糞爺、よりによってコイツを俺に押し付けるとはな。)

 

アラストルとは、何度かコンビを組んで悪魔討伐をした経験があるが、元はライドウを間に挟んで、いがみ合っている状態だ。

アラストルは、便利屋事務所での不遇な扱い&金王屋に売り飛ばされた事を未だに根に持っている。

又、ダンテも何かと恋人である悪魔使いにちょっかいを掛ける魔神が気に喰わないでいた。

「仲良くしろ。」という愛しい主の命令が無ければ、地中深くに埋めて二度と外の世界を拝めなくしている所であった。

 

 

「・・・・・っ! 誰だ!? 」

 

 

長年、『狩人(ハンター)』として培ってきた経験が、何者かの気配を伝える。

魔法の様な速さで、双子の巨銃の片割れ、”アイボリー”を抜き放つ。

 

「待って、撃たないで下さい。 」

 

小型のLEDライドが照らす下水道の物陰、そこから姿を現したのは高校生らしい10代後半辺りの少年であった。

黒髪に黒縁眼鏡、黒のダウンジャケットにグレーのマフラー、ビンテージのジーンズに白いスニーカーと、この場には全くそぐわない格好をしている。

矢来銀座で探偵事務所を営んでいる、壬生・鋼牙だ。

その後ろには、鋼牙より遥かに上背がある黒革のレザージャケットに同色のシャツ、そしてジーンズとブーツを履いた目元まで隠れるぐらい、前髪の長い少年がいた。

鋼牙と同じく”探偵部”に所属している、遠野・明である。

 

「何だ? 壬生のボンボンか・・・。」

 

予想外の少年二人組の登場に、ダンテは胡乱気な表情で、構えていた”アイボリー”の銃口を降ろした。

 

センター街の一件で、鋼牙とは一応の顔見知りになっている。

佐助から聞いた話によると、蘆屋道満大内鑑の血筋に連なる壬生一族の縁者であり、父親が葛葉四家当主が一人、15代目・葛葉猊琳(くずのはげいりん)であるという。

 

「先日は、どうも・・・あの後、色々大変だったみたいですね? 」

 

誰かから聞いたのだろうか。

センター街にある闇医者、三葉三平が経営している医院で起こった騒動の事を指摘され、ダンテの表情が苦虫を嚙み潰した様な、渋い表情になる。

 

「ちっ、糞餓鬼が・・・・今度は、どんな悪さを企んでいるんだぁ? 」

 

自分より一回り近く年下の癖に、随分と生意気な餓鬼だ。

そういえば、この黒縁眼鏡の少年も、組織『クズノハ』暗部、”八咫烏”の一員だった。

同年代の少年少女より、更に生意気に映るのは当然だろう。

 

「”異変調査”ですよ。 矢来区の人達に依頼されたんです。」

 

心外だと言わんばかりに、鋼牙が肩を大袈裟に竦(すく)める。

 

矢来区のショッピングモールで、薬局を経営している『歯車堂本舗』の女主人から、依頼されたのだ。

ここ最近、矢来区を中心に原因不明の地震が頻繁に起こっている。

どうやら震源地は、地下道一帯らしいので、調べて欲しいと。

 

「そうかい、ならその依頼人に伝えな、地震調査は、『クズノハ』が都から正式に依頼されてやってるから心配するなってな。」

 

暗に、餓鬼は邪魔をするな、というダンテのあからさま過ぎる態度に、鋼牙が鼻白む。

 

気障かつ怠惰な性格、人を喰った様な態度を崩さない皮肉屋。

成程、ネロが敬遠(けいえん)するのも頷ける。

何か皮肉の一言でも返してやろうかと思った鋼牙の脇を、今迄、無言で事の成り行きを眺めていた明が、ズイッと一歩前に出た。

 

「随分と威勢よく吠えるじゃねぇか? オッサン。」

「明・・・・? 」

 

普段から、暴力沙汰が絶えない明であるが、決して自分から喧嘩を吹っ掛ける真似はしない。

心無しか、何処か慨然(がいぜん)としているその様子に、鋼牙は訝し気な表情に変わった。

 

「何だ? この餓鬼。 」

「・・・・。 」

 

思わぬ横槍に、ダンテの秀麗な眉根が不快気に歪む。

その肩に停まる黒毛の蝙蝠は、眼前に立つ、銀髪の大男と同じぐらい上背のある長い前髪の少年を凝視していた。

 

「なぁ、ドタマに空いた穴はちゃんと塞がったのか? 」

 

皮肉な笑みで口元を歪ませ、明が、自分の額を右の人差し指で叩く。

刹那、ダンテの表情が石像の如く固まった。

頭の中を走馬灯の如く、記憶が駆け巡る。

4年前にジョルジュ・ジェンコ・ルッソが起こした、ユリウス・キンナ法王猊下暗殺事件。

ジョルジュと共犯だった同じ組織の幹部、ルチアーノが所有していた製薬会社の研究施設。

そこで、出会った迷彩柄の戦闘服を着る仮面の少年。

その仮面の少年と、今現在、目の前で対峙する大柄な少年の姿が重なる。

 

「ダンテ! 」

 

何の前触れも無く、殆ど条件反射で、ダンテは、明の胸倉を掴み上げていた。

余りの暴挙に、肩に停まっていたアラストルが、ダンテから離れる。

 

「てめぇ・・・・もしかして、あの時の餓鬼か・・・・? 」

「ハッ・・・・今頃気が付いたのかよ? オッサン。」

 

憎悪に燃える蒼い瞳を嘲笑う、濃い茶の瞳。

 

間違いない。

この餓鬼は、あの研究施設で自分の両足を切り裂いた挙句、喉に銀製のナイフを突き立て、額に銀の弾丸を打ち込んだ仮面の暗殺者だ。

当時と比べ、背丈も体格も驚く程変わったが、唯一、感情がまるで無い、硝子玉の様な二つの瞳だけはあの時のままであった。

 

一触即発な危険な空気が充満する中、突然、地下道内を大きな地鳴りが襲った。

余りの出来事に、驚く一同。

すると、硬いコンクリートの壁を何かが突き破った。

 

「明ッ!! 」

 

殆ど条件反射で、鋼牙が後方へと大きく跳び退く。

その眼前を、凶悪な棘で覆われた植物の蔦が通り過ぎて行った。

 




やっとこさ投稿。

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