ホワイトライダー・・・『ヨハネの黙示録の四騎士』に登場する。白い馬を駆る死神。
勝利を意味し、額には冠、手には弓を持つ。
ペイルライダー・・・・ホワイトライダーと同じく黙示録に登場する死神。
疫病を意味し、地上の人間を死に至らしめるとされている。
最後に師である13代目・葛葉キョウジの姿を見たのは、何時だったろうか?
鋼牙は、時代遅れの白いスーツに派手な紫色のシャツ。
そして黄色いネクタイを締めている師・・・・キョウジの姿を想い出す。
思えば、彼がいなかったら今の自分は存在してはいなかった。
由緒正しき、召喚術師の家系に生まれ、召喚術師(サマナー)の資質が無い事を理由に、壬生家一族から疎まれ続けた自分。
神道系の術に優れ、葛葉一族の血を引く母は、幼く無力な自分を常に庇い続けてくれた。
毎日、母の陰に隠れ、祖母である綾女や父・猊琳(げいりん)から逃げ続けていた愚かで卑屈な自分。
そんな毎日を一変させてくれたのが、13代目・葛葉キョウジであり、鋼牙の隠された才能を引き出してくれた。
妖獣・ライアットの首が吹き飛び、ヒューリーの身体が綺麗に両断される。
闘気を帯びたアクリル製の60CM定規が、幾度も閃き、妖獣達を細切れにしていく。
「凄ぇな・・・・本当に人間なのかぁ? あの餓鬼。」
一匹の蝙蝠へと姿を変えた魔神・アラストルは、舞い踊る様に異形の怪物達を屠る黒縁眼鏡の少年を関心しながら眺めていた。
必要最低限の動きしかしない鋼牙は、息切れ一つする事無く、的確に悪魔を倒している。
召喚術師としての才能に恵まれなかった分、鋼牙は並外れた霊力を体内に秘めていた。
この才能に逸早く気づいたのが、13代目であり、彼は、自分の元に鋼牙を引き取ると、気功術の英才教育を施した。
鋼牙は、13代目の期待通り、剣士としての才能を開花。
若干13歳という幼さで、剣豪(シュヴェーアトケンプファー)の称号を英連邦王国女王陛下から授かる事になる。
断末魔の悲鳴すら上げる暇も無く、妖獣・ライアットの生首が地下道の壁へと叩きつけられた。
実体化が保てず、塵へと還る怪物達の亡骸。
鋼牙が、アクリル製の定規を一振りし、付着した血を落とす。
「すっげぇ! 暫く見ない間にめっちゃ強くなったじゃねぇかよ?こう・・・・・ぐぇ!? 」
馴れ馴れしく、黒縁眼鏡の少年へと近寄った大鷲の首を、無造作に掴み上げる。
眼鏡越しに見える冷徹な双眸。
あまりの苦しさに、造魔グリフォンが、掴んだ腕を振り解こうと滅茶苦茶に暴れる。
「師匠(せんせい)は何処だ? 素直に応えろグリフォン。」
「こ、応えられねぇよ! 親父さんは、極秘任務・・・・・。」
「僕は、”十二夜叉大将”の一人だ! 組織の暗部に属する僕に言えない任務って一体何なんだよ! 」
溜まりに溜まった、鬱憤をぶち撒ける。
色々な事があり過ぎて、最早我慢の限界であった。
師・キョウジの突然の失踪。
正体不明の悪魔召喚術師Vと、かつて師・キョウジが使役していたグリフォン達。
そして、恐るべき力を持った謎の襲撃者。
1か月間に起きた出来事は、未だ未成熟な鋼牙の神経をすり減らし、冷静な判断力を奪うのに十分だった。
「おい、いい加減離せ・・・・それは、俺の大事な仲魔だ。」
陰気な声をした召喚術師の青年が、先端の尖った銀製の杖を、グリフォンを掴む鋼牙へと向ける。
怒りを含んだ黒曜石の瞳と、蒼い瞳がぶつかる。
グリフォンを掴んでいた鋼牙の手が離れた。
「ひぃいいい・・・・死ぬかと思ったぜ。 」
鋼牙から解放されたグリフォンが、激しくせき込む。
本来、呼吸を必要としない造魔が、咳をするのもおかしな話だ。
しかし、グリフォンは妙に人間臭い態度を取る。
「そういえば、何故貴方は此処にいるんですか? 否・・・・その前に、貴方は一体何者なんです? 何故、師匠(せんせい)の造魔を従えているんですか? 」
応えなければ、斬る。
そんな危険極まりない空気を多分に孕みながら、黒縁眼鏡の少年は眼前にいる悪魔召喚術師を睨みつけた。
「凄まじい殺気だな・・・・流石、壬生家の一族だ。」
刃の様な殺気を喉元に突きつけられても尚、Vは余裕のある笑みを口元に浮かべる。
裏社会の中でも、壬生家は違う意味で有名だ。
蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)の血に連なる一族で、別名『虚実の一族』とも呼ばれている。
名の由来は、魔道を極める為ならば、一切の倫理すら捨てても厭わないところから来ている。
事実、最強の凶神(まがつかみ)・夜刀神(やとのかみ)を使役する為、彼の悪魔の肉体の一部を術者の身体に移植するという、常軌を逸脱した行為を平然と行った。
故に、彼らは呪われた血族として、魔導士間から、恐れられている。
「質問に応えて下さいよ。」
槍の様な先端を持つ杖を、鋼牙は無造作に掴む。
こんな細い腕に何処からそんな力があるのか、Vの握る銀製の杖はピクリとも動かない。
「13代目とはちょっとした縁があってな・・・・その繋がりで、彼が使役していた造魔を譲り受ける事になった。」
Vの肉体に描かれた刺青の一部が、砂の如く粒子を散りばめながら消え、代わりに漆黒の黒ヒョウが姿を現す。
黒ヒョウ― 造魔・シャドウは、主の命令があれば何時でも跳びかかれる様に、鋼牙に対し、前傾姿勢で低い唸り声を立てていた。
「縁・・・・・? もうちょっと詳しく教えて欲しいなぁ。」
鋼牙は、闘気術を操り、袖口から一本の鉛筆を取り出す。
まるで見えない糸に操られるかの如く、鉛筆は中空で静止すると、Vの眉間を狙ってピタリと止まった。
暫しの静寂。
静かな殺意をぶつけ合う二人の均衡を、黒い毛並みの蝙蝠が破る。
「オイオイ、いい加減にしとけよ?お前等。 此処は、化け物共の巣窟だってのを忘れるな。」
アラストルが指摘する通り、此処、矢来銀座地下道は、”クリフォトの魔界樹”のお陰で、すっかりと様変わりしている。
何時、どんな悪魔(デーモン)が襲って来るのかしれないのだ。
下らない痴話喧嘩で共倒れなんて、正直御免である。
赤根沢・玲子にとって、狭間・偉出夫は神にも等しく、そして世界の全てであった。
だから、彼が認める同志達は、大事な仲間であり、一番信頼出来る存在であると思っている。
しかし、この男- 大月・清彦だけは、違った。
「黒井には、私達のサポート役に徹して貰う、赤根沢。 お前は、私の手伝いだ。」
矢来銀座のショッピングモールから少し離れた倉庫街。
乗用車から降りた大月が、仕事道具が置かれた後部座席のドアを開ける。
「良いんですか? 偉出夫の許可も無く勝手にこんな事をして。」
助手席から降りたノンフレームの眼鏡を掛けた少女、赤根沢・玲子は、銀色に光る
ケースを手に後部座席のドアを閉める化学教師を胡乱気に眺めた。
仲間である黒井・慎二の調べにより、矢来銀座の地下道深くに、膨大な量のマグネタイトが集まっているという情報を得た。
しかし、東京都知事である小森・恵子が、地下道で起きている異変を組織『クズノハ』に依頼。
彼の組織に属している魔術師(マーギア)や剣士(ナイト)が、地下道へと潜り込んでいる。
現時点で、『クズノハ』と事を構えるのは得策ではない。
「大丈夫だ。 下にいる連中は、私の元教え子だ。」
「元教え子・・・・・? 」
特殊チタニウムのケースを開き、中に入っている幾何学模様のマスクを取り出す化学教師を、玲子は訝し気な表情で眺める。
「そんなにびびるな・・・・これから楽しいショーの始まりなんだぜぇ? 」
そのマスクは、あまりにも奇妙であった。
まるで、蝶が羽を広げた様なインクの染み。
投影法に分類される性格検査に使われるロールシャッハテストと同じ模様である。
そして、これもまた奇妙なのだが、そのマスクを被った大月の口調がガラリと変わった。
「それと偉出夫から、好きにやって良いという許可も得ている。 だから、お嬢ちゃんも我慢しないで好き放題暴れれば良い。」
「・・・・・貴方、一体何者なんですか? 」
この男は、本当に自分が知っている、大月・清彦だろうか?
普段は、陰気で口数が少なく、陰の薄い男だった筈だ。
それが、マスクを被った途端、口調どころか態度まで豹変している。
「おっと、すまねぇ・・・・このマスクを被ると、開放的になっちまうんだ。良くあるだろ? コスプレすると漫画のキャラになりきっちまうアレだ。」
警戒心を露わにする玲子に、大月は態(わざ)とおどけた様子で両手を広げる。
この特徴的なマスクは、自分の役柄を演じ分けるスイッチと同じだ。
渋い茶のコートを纏い、同色のフェルトハットを被る。
すっかり別人へと変貌した大月に、玲子は言い知れぬ怖気が背を走るのを感じた。
幽鬼・デスシザーズと邪鬼・ヘルアンテノラと大立ち回りを演じる明。
ふと、突き刺すような殺気を首筋に感じ、無意識に身を屈める。
頭上を通り過ぎる突風。
血錆の浮いた大鋏で、長身の少年を斬り裂こうとしていた幽鬼・デスシザーズの仮面に大穴が穿たれ、四方へと爆散する。
「おい、オッサン。」
「怒るなよ? 坊主。 態とやったわけじゃねぇ。」
明が睨みつける数メートル先。
同じように、怪物共と対峙する深紅の長外套を纏う銀髪の魔狩人が、口元に皮肉な笑みを貼り付かせる。
と、その頬を鋼の牙が掠めていく。
ダンテの背後で、頭を撃ち抜かれ、地下道の壁へと叩きつけられる邪鬼・ヘルアンテノラ。
魔法の様な速さで、MAXI8 アンリミテッドリボルバーHWをガンホルスターから引き抜いた明が、魔狩人の背後にいる邪鬼を撃ち抜いたのだ。
「態とじゃねぇよ。」
華麗に大型ハンドガンを回転させ、腰のガンホルスターへと納める。
掠めた頬から血を流し、ダンテが糞生意気な小僧を睨みつけた。
「なぁ、坊主。 さっきの約束覚えているか? 」
巨大な鉈を振りかざし、自分に斬り掛かってくる悪魔(デーモン)を紙一重で躱すと、カウンターでその腹を蹴り飛ばす。
一直線に明の方へと跳んで行く怪物。
ソレを明が、裏拳で無造作に薙ぎ払う。
「悪魔を片付けたら、俺をぶちのめす・・・・だったかな?」
まるで後ろに目でも付いているのか、背後から襲い掛かる二体のデス・シザーズの攻撃をあっさりと躱し、その仮面を拳とコロンビアナイフで叩き割る。
振り向く、明の鼻面に、ダンテは”エボニー”の銃口を押し付けた。
「そうだ。 丁度、悪魔(ゴミ)掃除も終わったし、4年前の続きをしようぜ? 」
移動能力に特化したスタイル、”トリック・スター”を使い、明の目の前まで高速移動したダンテは、殺意に濡れる蒼い双眸を前髪の長い少年へと向ける。
静かにぶつかり合う互いの瞳。
明は、眼前に突きつけられた”エボニー”の銃口を跳ね除け、代わりにMAXI8の銃口をダンテに向ける。
「言っとくが、俺はオタクより強いぜ? 」
「ほぅ、そういう割には、足が震えているぞ?坊主。」
「そりゃ、アンタだろ? オッサン。」
「HAッ! 気に喰わねぇ、糞餓鬼だ。」
互いの額に銃口を押し付けつつ、悪態を吐き合う。
殺意のボルテージが否が応でも高まり、周囲の空気までもが、びりびりと振動を伝える。
唐突に、二人が弾かれる様に離れた。
互いの牙を剥き出しにしながら、二人は数メートルの間合いを保ち、対峙する。
東京都世田谷区、『成城』
かつては、東京屈指の高級住宅街として知られ、成城学園を中心とした学園都市としても有名であった。
しかし、十数年前の第二次関東大震災が全てを一変させてしまう。
日本の首都である東京が壊滅的打撃を受け、周辺にある渋谷、新宿、銀座、丸の内、大手町、霞が関等、代表的都市部が地震とそこから発生した瘴気によるパンデミックの被害を受けた。
だが、此処、成城だけは災害による被害が最小限に留まった為、一時、都市部に住む人々の収容先となる。
「屋敷にこんな場所があったなんて・・・・・。」
地下へと続くエレベーター内。
目的の場所へと到着し、エレベーターから降りた銀髪の少年は、物珍しそうに周囲の景色をぐるりと見回す。
屋敷の地下は洞窟になっていた。
ごつごつと剥き出しになった岩。
東京湾から流れ出る海水が、静かに打ち付ける。
まるで、アメコミに登場する秘密基地そのものであった。
「コッチだ・・・。」
先頭を歩く隻眼の召喚術師が、鉄筋の通路を通り、ライトアップされた円形状のステージへと向かう。
舞台中央には、魔法陣らしき文様が刻まれており、ルーン文字がびっしりと敷き詰められていた。
「これ・・・・・一体何? 」
ライドウの指示で、魔法円の中央に胡坐をかく形で座るネロ。
法円に刻まれた文字は、ネロには分からない古代ルーン文字であった。
「これは、ソロモンの土星第一の魔法円と言って、悪魔、悪霊を退散させ、又、服従させる効力がある。」
舞台中央に描かれている魔法陣は、土星第一の魔法円と呼ばれる。
魔法円の中の方形マス内には、複数の神の名が刻まれ、円周部に記されている言葉を唱えると、魔法円を見た悪魔、悪霊の類が恐怖に囚われ、退散させる効力があるのだ。
又、悪魔を支配する力もあるのだという。
「此処は、最上級悪魔(グレーターデーモン)と契約する際に使用する祭壇だ。」
ライドウは、着ていた外套(こーと)を近くにある折り畳み式の椅子に引っ掛けると、締めていたネクタイを緩める。
ネロは、悪魔使いの指示通り、黙したまま法円の中央へと胡坐をかいて座った。
「16代目が掛けた陰陽五行の呪式を一時的に緩める。 だが、この法円にいる限り、奴は外に出る事は叶わない。」
例え、封印式を解除しても、土星第一の魔法円の力で、アムトゥジキアスは外に出る事は出来ない。
精神世界で眠っているアムトゥジキアスを術で覚醒状態にするから、ネロは、目覚めた堕天使を己自身だけの力で、捻じ伏せ服従させろと説明した。
「召喚術師の技術を教える前に、先ずは君の中に眠っている”ソロモン十二柱”の魔神をどうにかする必要がある。 君一人の力だけで、従えさせる事で、初めて召喚士としてのスタートラインに立てるんだ。」
「・・・・・俺、一人だけの力で・・・・・。」
「ネロ・・・・私達は、一切手を貸す事が出来ないの・・・・これは、アンタ一人の力だけで、どうにかするしかないんだよ? 」
法円中央に座り、俯く銀髪の少年の顔を、小さな妖精が覗き込んだ。
「俺とマベルの二人で、精神世界のダイブを手伝う。 危なくなったらすぐ現実(リアル)に引き戻すからな。」
悪魔使いの両手が、銀髪の少年の両肩へと触れる。
暖かく力強い手。
ネロは、暫く瞑目すると、ゆっくりと蒼い双眸を開く。
「上等だ・・・・・やってやるよ。」
いつもの年齢とは不相応な、生意気な笑み。
そんな少年に、マベルは何か納得したのか、大きく頷いてみせた。
口では、豪語したもののそう簡単に物事が運ばないのが、世の常である。
魔法円中央、一人の少年が、満身創痍っといった感じで横たわっていた。
心臓が激しく胸を叩き、全身から大量の汗が噴き出す。
空気を懸命に取り込むが、激しく咳き込み、余計に苦しくなるばかりであった。
「ネロ・・・・・・。」
起き上がる気力すら無く、祭壇中央で俯(うつぶ)せる銀髪の少年を小さな妖精が、心配そうに見つめる。
外傷は全く無いものの、精神的ダメージが酷い事は容易に伺い知れた。
「無理そうだな・・・・今日はこれぐらいにして・・・・。」
「だ、大丈夫だ! もう一度だけ頼むよ・・・・っ!」
ネロの額に手を翳していたライドウが、少年の限界を悟り、離れようとする。
その手を、銀髪の少年が慌てて握った。
「このまま、大人しく引き下がれねぇ・・・次は、必ずあの堕天使をぶっ飛ばして・・・。」
「無理だよ! これ以上続けたら、アンタ再起不能になっちゃうよ! 」
妖精の鋭い叱責に、銀髪の少年が口を噤(つぐ)む。
途端、しおらしく項垂れるネロを眺め、ライドウが溜息を一つ零す。
「時間はまだある、だからそんなに焦る必要はない。 上(うえ)に上がってお茶にしよう。」
法円の中央で、座り込んでいるネロから離れると、悪魔使いは簡易椅子に引っ掛けてある上着を手に、エレベーターへと向かう。
ネロも何時までもそこにいる訳にもいかず、小さな妖精に促され、渋々と立ち上がるのであった。
数時間前に遡り、矢来銀座、地下道。
赤根沢・玲子が化学教師である大月と共に、目的の場所へと辿り着くと、ダンテと明の激しい戦闘が繰り広げられているのを目撃した。
轟く銃声に、刃同士がぶつかり合う橙色の火花。
大剣が相手の胴を薙ぎ払おうと繰り出され、それをサバイバルナイフで軽く往(い)なす。
「仲間割れ・・・・ですかね? 」
先程まで、この二人は共闘して悪魔の群れを駆逐していた筈だ。
それが、一体どういう訳か、今は互いに牙を剥き出しにして、殺し合いを始めている。
「ふん、別に構う事はねぇ・・・・・”ホワイトライダー”お前は、”山谷の用心棒”を頼む、俺はアッチの楽そな奴を貰うわ。」
覆面を被った大月は、特殊チタニウム製のケースの蓋を開く。
中から、周囲に鋭い刃が付いた円形状の武具、『輪宝・スダルサナ』が姿を現した。
目に見えない糸に操られるが如く、二つの輪宝は宙に浮き、大月の両脇で静止する。
「毘羯羅大将の相手は、私にはキツイです。」
早くも戦闘態勢に入る化学教師に、玲子はポケットに忍ばせている封魔菅を取り出し、不満を零した。
「年寄りを敬え・・・・おい、”ペイルライダー””ホワイトライダー”のサポート頼む。」
『アイヨー。 』
大月は、右耳のインカムを使ってピースダイナーに残している黒井・慎二に連絡を取る。
最新型のノートPCで、現場の映像を眺めていた黒井ことチャーリーは、間延びした返事を返した。
闘気が篭った明の後ろ回し蹴りが、人体の急所である鳩尾を狙う。
それを大剣『リベリオン』で受け止めるダンテ。
しかし、威力を殺しきれず、後方へと大きく吹き飛ばされる。
(くっ・・・・糞ッ! 強い!!)
何とか踏み止まり、乱れる呼吸のまま、数メートル離れて対峙する長い前髪の少年を睨みつける。
息一つすら乱さず、サバイバルナイフ片手に無防備に立つ少年は、不思議な事に一分の隙すら無い。
無防備に攻撃を加え様ものならば、反対に自分の首が落とされるだろう。
「さっきまでの勢いはどうしたんだよ? オッサン。」
器用に、手の中に納まっているナイフを一回転させた明が、前髪の隙間から、対峙するダンテを無感動に眺める。
「ハッ! 慌てんなよ。 前技が漸く終わったところだ。 本番は此処からさ。」
肺に溜まっている息を大きく吐き出し、呼吸を整える。
あの小僧が持っている小さなナイフが、一番の曲者だ。
攻撃範囲が狭いだろうと高を括り、不用意に大剣で攻撃すれば、闘気の刃で切り刻まれる。
現に、ダンテの両腕や両脚、肩口辺りから、血が滲(にじ)み出ていた。
不可視の刃は、伸縮自在に攻撃範囲を変え、ダンテに襲い掛かる。
殺気を感じ、辛うじて致命傷を回避出来たが、それでも全てを避けきる事は不可能であった。
大剣『リベリオン』を構え、相手の出方を伺う。
魔人化すれば、まだ勝機は此方にある。
しかし、己の中にある矜持がソレを許さない。
この餓鬼だけは、どうしても人間の姿のまま叩き伏せないと気が済まないのだ。
と、その時であった。
二人の頭上から、巨大な氷の塊が降ってくる。
大きく後方へと飛び退き、回避するダンテと明。
地下道を大きく揺らし、氷山が、二人を分断する。
「よぉ、お楽しみの最中申し訳ないが、邪魔するぜぇ。」
この場には、そぐわぬ能天気な声。
見上げると、グレーのトレンチコートに、中折れ帽子、幾何学模様のマスクと清潔な白い手袋を嵌めた男が、氷山の上にしゃがんでいた。
「てめぇ・・・・何者だ? 」
軽い掛け声と共に、巨大な氷の岩から飛び降り、数歩離れた位置で軽やかに着地する正体不明の男を睨みつける。
見れば見る程、奇妙な恰好をした男であった。
紳士然とした身なりをしているが、被っているマスクが異様であった。
性格検査等に使用されるインクの染み― ロールシャッハ・テストと同じ模様が施されたマスク。
声からして自分より一回り以上歳上なのが分かるが、漂う雰囲気が、常人が持つモノとは遥かに違っていた。
「何者・・・・・? そーだなぁー・・・・まぁ、有体(ありてい)な言葉を使うなら、お前の親父って事になるのかぁ? 」
「何だと・・・? 」
男の口から出た驚愕の言葉に、思わずダンテが目を見張る。
無意識に、左手が右の首筋に刻まれた番号に触れていた。
「あぁ・・・こういうのを感動の再会って言うんだろ? ”初めまして、私が貴方のパパよ・・・・”なんつってな? 」
ケタケタと不気味に笑う覆面の男。
対峙するダンテは、まるで異質な生き物でも見るような眼で、この正体不明の謎の人物を眺めていた。
物心ついた当時から、自分は普通の人間とは明らかに違うと感じていた。
右肩の首筋辺りに、バーコードの様な痣があるのも気になった。
しかし、敢えてそこには触れないように心掛けて来た。
何故だか理由は分からない。
唯、”そうしなければならない”と、心の中で、縛りを掛けていたから。
突然、頭上から降って来た巨大な氷の塊。
身に付いた生存能力故か、無意識に体が動き、真横へと跳ぶ。
地下道の天井から降って来た氷塊は、ダンテと明を完全に分断してしまった。
「・・・・・・玲子か・・・・・。」
濛々(もうもう)と立ち上る砂煙。
そこに立つ人物に向かい、長い前髪の少年が静かに問い掛ける。
「やっぱり・・・・・偉出夫の言う通り、記憶は消されてはいなかったんですね? 」
煙が晴れ、そこに立つ人物の姿が露(あら)わになる。
純白のケープに同色の外套(マント)。
顔には、鋭い牙が生えた髑髏の仮面を装着している。
封魔菅に入っている悪魔の力を借り、魔人化した赤根沢・玲子であった。
「南ベトナムであの人に記憶を消された・・・・・お陰で、取り戻すのに4年以上も掛かっちまったよ。」
養父である17代目・葛葉ライドウとであった時の映像が、脳裏を過る。
部隊の仲間と悪魔の返り血で、どす黒く染まり、M4-KM9 アサルトライフルを震える手で抱える幼い明に、悪魔使いは優しく手を差し伸べてくれた。
「・・・・・・。」
「おい、玲子・・・・馬鹿な事は考えるなよ? コイツは所詮、俺達とは違う。”クズノハ”の飼い犬だ。」
「・・・・・・・分かっています・・・・でも・・・・・。」
そう簡単に割り切れない。
半年間という短い期間であったとはいえ、自分達は確かに”家族”だった。
親の愛情を十分受けられず、行き場を失った自分達に唯一残された安らぎだった。
あの小さな村で過ごした日々は、玲子には『美しい想い出』として残っている。
「明君・・・・・私も偉出夫も・・・・そして、由美さんや慎二君も貴方が此方側に来てくれるのを待っています・・・・・もう一度、一緒に理想を叶える旅(ジャーニー)に出ませんか? 」
「フッ・・・・理想か・・・・・アイツ、まだそんな馬鹿げた夢を語っているのか? 」
皮肉な笑みを浮かべ、鼻で笑う明の姿を眺め、玲子は落胆の溜息を一つ零す。
「明君・・・・・・皆の言う通り、変わってしまったんですね。」
「変わったんじゃない・・・お前等が、餓鬼過ぎるんだよ。」
過去の遠い記憶。
虫の鳴き声、所々、罅(ひび)が入った施設の白い壁。
日が沈むまで、浜辺で皆と遊んだ。
「今でも、偉出夫は貴方が私達の所に来てくれるのを待ってます。」
「偉出夫に伝えろ・・・・糞喰らえ・・・ってな。」
サバイバルナイフの鋭い切っ先を、数歩離れた位置に立つ、白い魔人へと向ける。
昔と変わらず、玲子は馬鹿が付くほど真面目で純粋だ。
説得すれば、自分が再び彼等の仲間(コミュニティ)に入ると信じている。
だが、自分は決して彼等の元へは行かない。
もう既に、大事な還る場所があるのだから。
短くなってしまった。 背中が痛い。