その正体は、ヴァチカン13機関(イスカリオテ)第10席・コードネーム”ロールシャッハ”、ヴィランである。
元イスラム革命防衛隊出身であり、ウィリアム・グリッグズにその腕を買われてアメリカに亡命、USSFに入隊する。
ケビン・ダッチ・トレンチとは同期。
近接格闘術の達人であり、幼い明に暗殺技術を叩き込んだ教官。
又、とある研究機関で、遺伝子提供もしていた。
イスムの日常は、早朝からある場所に行く事から始まる。
5歳年が離れた妹のミナと一緒に、生臭いゴミの山へと”出勤”するのだ。
今にも崩れ落ちそうな廃材や生活ゴミが溢(あふ)れる山から、売れそうなプラスチックや鉄クズを拾う。
それが終わったら、繁華街に行って飲食店を周り”物乞い”をする。
店の店主から嫌な顔をされたり、無視されたり、罵声を浴びせられるのは日常茶飯事であった。
でも、どんなに嫌な目に合っても、止める訳にはいかなかった。
イスムの家族にとって、それが生きていく為の糧だったからである。
当然、学校なんて贅沢な場所には行った事が無い。
否、一度だけあるが、それも一年生の時だけであった。
父親が職場である造船所で、事故に巻き込まれ、帰らぬ人になってしまったのである。
当然、母親一人だけでは、イスム達を養っていける訳も無く、故に学校も辞めざるおえなかった。
こうして、幼い妹の手を引き、彼等兄妹は、今日も”仕事”をする。
東京都、矢来区地下下水道。
異質な魔界樹の根が、下水道の壁や石畳を突き破り、その醜い姿を晒す中、二人の男が数メートルを挟んで対峙していた。
「ハッ、てめぇが俺の親父だってぇ・・・・・? 」
目の覚める様な深紅の長外套(ロングコート)に、特殊素材で造られたタクティカルアーマーを装着する銀髪の大男。
かつてレッドグレイブ市で、荒事専門の便利屋を営んでいた男- ダンテは、蒼い双眸を嫌悪感で歪める。
「信じられないのは無理もない・・・・でも、コレ哀しいけど事実なんだよねぇ。」
渋い茶のトレンチコートと、同色の中折れ帽子を被る覆面の男- ヴィランは、内心の焦りを隠そうともしない銀髪の青年を面白そうに眺めた。
それにしても、大分、逞しく成長したものだ。
ヴィランの記憶の中にあるダンテは、臆病で何時も双子の兄であるバージルの陰に隠れているイメージしか無かった。
それが、20数年の時を経て、一端の『悪魔狩人(デビルハンター)』として生業しているのだ。
身体も成熟し、何時の間にか、自分の身長を軽く超えている。
「ほざけ・・・・折角の喧嘩を邪魔しやがって。」
四年前の鬱憤を晴らせると思った矢先に、この不気味な覆面を被る男に横槍を無理矢理入れられたのだ。
ダンテの心に抱えるフラストレーションは、否が応でも肥大し、爆発寸前になっている。
無意識に、右手に持つ大剣『リベリオン』の柄を握り返していた。
「喧嘩? 合成人間の癖に、随分と人間らしい言葉を吐くじゃねぇかよ。」
「・・・・・・・。」
あからさまな侮蔑の言葉を投げつけられても尚、ダンテは全く怯む様子を見せなかった。
ある程度、予想をしていたのか、黙ったままヴィランを睨みつけている。
「はぁ・・・・なんだよ? そのつまんねー反応。 もしかして、知ってた? 」
期待通りの反応を返さないダンテに、ヴィランは大袈裟に肩を竦める。
意外な人物から真実を告げられ、焦り、戸惑う姿を拝見するのが楽しみだったが、そうもいかなかったらしい。
見た目と違い、心の中は、恐ろしいまでに冷えている。
「・・・・・40年以上前に、国防総省(ペンタゴン)が秘密裏にある”計画”を進めていたのは知ってる・・・・事故で頓挫したみたいだけどな。」
ダンテは、何処か他人事の様に、自分の言葉を聞いていた。
右肩の首筋に刻まれた刻印から、チクチクと針に刺された様な痛みが伝わる。
「ぶっちゃけ、未だに半信半疑だけどな・・・・・”まだ自分は人間だと思いたい”らしい・・・・。」
ライドウは、自分の出自を予め知っていた。
だから、自分が悪魔絡みの仕事に関わるのを良く思っていなかった。
今思うと、ソレはとても残酷な優しさだ。
「1年前・・・・フォルトゥナで起こった隣国との戦争で、坂本とかいう自衛官に言われた・・・俺は、国が対悪魔用に造り出した人造人間だってな・・・まぁ、その前に色々調べて、ある程度覚悟はしてたが。」
「坂本晋平二等陸佐か・・・・まさか、あの茶番劇に関わっていたとはな。」
坂本晋平二等陸佐は、後藤事務次官の右腕的存在だ。
全般の信頼を寄せられ、若手育成も任されている。
思えば、あの戦争を仕組んだ陰の立役者は、後藤事務次官だ。
懐刀である坂本二等陸佐が、魔剣教団に潜り込んでいても何ら不思議はない。
「まぁ、そんな事はどうでも良い・・・それより、パパと遊んでくれよ?ダンテ。」
「失せろ、気色悪いんだよ。」
常人ならば、震え上がる程の殺気。
しかし、ヴィランは全く動じない。
「可愛い気が無いねぇ・・・・昔のお前はもう少しだけ愛想が良かったぞ? 」
大袈裟に肩を竦め、右手を軽く振る。
すると、何処からともなく二つの円形状の物体が飛来し、深紅の長外套(ロングコート)を纏った銀髪の青年へと襲い掛かった。
咄嗟に真横に跳んで、躱す。
しかし、二対の円盤は、それ自体が意思でも持つのか、逃れるダンテの後を追い掛けた。
舌打ちし、魔法の様な速さで、ダンテが腰に装着しているガンホルダーから、”エボニー&アイボリー”を引き抜く。
まるで、マシンガンの様な常人を遥かに超えた連続速射。
魔力の篭った鋼の牙が、二対の円盤を撃ち落とそうとするが、途中で凍り付き虚しく地へと落ちた。
「何? 」
あまりの出来事に、ダンテが蒼い双眸を見開く。
そんな魔狩人の様子に、ヴィランが勝ち誇った笑みをマスク越しに浮かべた。
「紹介が遅れたな? ソイツ等は”神器・スダルサナ”って言うんだ。ヒンドゥー教の最高神の一人、創造神・ヴィシュヌが持つチャクラムだ。」
「ヴィシュヌ!? 」
覆面の男の口から出た言葉に、ダンテが訝し気に聞き返す。
その間にも、情け容赦の無い、二対のチャクラムの攻撃は続く。
斬撃を躱す度に、長外套(ロングコート)の袖口や裾(すそ)が凍り付いていった。
「お前が考えている通り、コイツは、17代目から奪い取った魔神・ヴィシュヌを基に造り出されている。 中々良く出来ているとは思わないか? 」
まるで奏者達を指揮するコンダクターの如く、ヴィランは右腕一本だけで、二対のチャクラムを巧みに操る。
その気になれば、何時でもダンテに致命傷を与える事が出来るにも拘わらず、敢えてそうしようとはしない。
獲物の体力をじわじわと削り、嬲り殺しにするつもりなのだ。
「まさか、てめぇもあそこにいたのか? 」
覆面男の言葉を信じるのならば、この”スダルサナ”と呼ばれる神器は、ヴィシュヌが封じられている。
すると、この男はあの戦争と何らかの繋がりがあるという事になる。
「いいや、俺はあの現場にはいなかった。 コイツは、依頼人(クライアント)の借り物だ。」
「依頼人(クライアント)? そいつは一体誰だ? 」
大剣『リベリオン』でチャクラムの一つを弾き飛ばす。
しかし、もう一つを躱しきれず、肩口を大きく斬り裂かれ、血が噴き出した。
「教えるかよ、ばぁああああああっか。 お前も裏社会の人間なら依頼人(クライアント)の情報は秘匿するだろーがよ。」
左肩から血を流すダンテを、ヴィランは呆れた様子で眺める。
その血が、真っ白い結晶体へと変わった。
スダルサナの持つ氷結能力が、ダンテの血を一瞬で凍り付かせたのだ。
左腕の機能を失い、ダンテが驚愕の表情で、その場に膝をつく。
「どうだ? 身体の内部が凍っていく感想は? 」
「くたばれ・・・クズ野郎。」
相手の術中にまんまとハマり、ダンテが己の迂闊さに舌打ちする。
スダルサナは、唯、ダンテを攻撃していた訳ではない。
空気中に、氷の結晶体をバラ撒き、獲物が吸い込むのを待っていたのだ。
体内に侵入した結晶体は、獲物の体液や血液を凍り付かせ、膨張し、細胞膜を破壊。
虚血障害を起こし、手足を麻痺させる。
「・・・・・なぁ? お前、もしかして俺を舐めてる? 」
身体を屈め、片膝を付くダンテと同じ目線になったヴィランが、思案気に顎に手を当てる。
「何時まで”人間のフリ”を続けているつもりだ? ”バケモン”なら”バケモン”らしく、この場合、本性を現すだろーがよぉ? 」
「言っている意味が分かんねぇよ? 変態野郎。」
威嚇する様に、眼前に配置された二つの神器”スダルサナ”を睨みつつ、ダンテは荒い呼吸を忙(せわ)しなく吐き出す。
この男の真意がまるで理解出来ない。
自分を殺すつもりは全く無いのか、終始殺気を感じなかった。
自分の出自を知っているという事は、アメリカ国防総省(ペンダゴン)の人間なのだろうか?
ならば、逃げ出したモルモットをとっとと回収する筈だが、その様子がまるでない。
「お前がグレゴリー博士をぶっ殺したんだろ? 悪魔の本性に目覚めてさ? 」
「・・・・・・誰だよ? ソレ・・・・・? 」
覆面男から、聞いた事が無い名前が出て、訝し気に眉根を寄せる。
そんなダンテの様子に、何かを悟ったのか、ヴィランは一つ溜息を零すと、徐に立ち上がった。
「成程、記憶が跳んでいる訳ね・・・・モルガンの野郎、つまんねー真似してくれるぜ? 」
「・・・・・・。」
さっきから、この男は一体何をしたいのだろうか?
男の意図がまるで読めず、対処の仕方が分からない。
唯一、分かる事は、この覆面男が”人間”であるという事だけだ。
「どうせ何時かは、ケビン辺りがお前を”処理”しに来るしなぁ・・・・勿体ねぇが、今のうちに始末しとくか。」
ヴィランの口から出た予想外の言葉。
この男が、自分の予想通り、軍に関係しているのならば、”ケビン”は、間違いなく恩師である”ケビン・ブラウン”大佐だろう。
「ケビン・・・・・もしかして、ケビン・ブラウン大佐の事か? 」
「あん? そうだぜ・・・・今は、CSI(超常現象管轄局)のNY支部長を務めているらしいがな? 」
予想通りの言葉に、ダンテが上げていた顔を下へと降ろす。
師であるケビンも、元はアメリカ軍特殊部隊の出身だ。
当然、ダンテの正体も把握済みだろう。
最初から、自分を利用する目的で、悪魔との戦闘訓練を指導したのだろうか?
否、そう考えると無理があり過ぎる。
「じゃ、アバヨ・・・・あの世で、お前の母親に”ヴィランがヨロシクって言っていた”と伝えといてくれや。」
「!? 」
双子の兄、バージル以外残された唯一の肉親。
その言葉が、覆面男から出た事に、俯いていた顔を上げるが、時既に遅かった。
岩の如く巨大な氷の塊が、ダンテの身体を圧し潰す。
神器”スダルサナ”で造り出された氷塊だ。
落ちて来た衝撃で、地下道全体が大きく揺れる。
濛々(もうもう)と、土煙が上がる中、銀髪の魔狩人の死を確信したヴィランが仲魔の元へ行こうと背を向けた。
しかし、一歩、前に踏み出したその脚が、途端に止まる。
「へへっ・・・・やっぱ、お前はそうでなくっちゃなぁ。」
無意識に覆面男の身体が、真横へと跳ぶ。
同じくして、氷の岩から亀裂が走り、粉々に砕け散った。
衝撃で地下道内を吹き荒れる砂煙。
中から、二枚の翼を持つ、深紅の悪魔が、大剣『リベリオン』を右手に握り、その場に立っていた。
戦いは、あまりにも唐突であった。
白い死神が放つ無数の光の矢。
それらを巧みに躱し、明が死神へと肉迫する。
右手に持つコロンビアナイフの鋭い一閃。
ホワイトライダーの右腕から血が吹き出る。
「い、今の攻撃は一体・・・・? 」
ナイフの短い射程では、決して届かない位置に自分はいた筈だ。
傷ついた腕を抑え、死神- 赤根沢・玲子は相手との間合いを取ろうと後方へと下がる。
だが、明は逃さない。
同じ歩幅で、一定の距離を保ちながら斬撃を放つ。
『しっかりしろよ! ホワイトライダー! 』
玲子の耳に装着されたインカムから、黒井・慎二の叱責が飛ぶ。
防御結界(シールド)を張り、不可視の斬撃から、仲魔を護る。
『気功術だ! 大月先生から習ったろ? 』
「気功術・・・・ 成程、そういう訳ですか。」
チャーリーの指摘に、玲子はそこで漸く合点がいった。
明は、気功術を使い、身体能力を上げているだけではなく、ナイフの刀身に気を流し込み、見えない刃を造り出している。
気の刃は見えないどころか、戦闘に応じて巧みに形状を変え、盾になって己の身を護ったり、又、槍の様な形態に変形し、敵を斬り裂いたりしているのだ。
『あの刃はフェイクだ。 ”俺の眼”を貸してやるから、魔力を同調させろ。』
「分かりました。」
チャーリーの指示通り、彼の意識とリンクする。
すると視界が切り替わり、明が右手に持っているサバイバルナイフから、刀の刀身と同じ形をした白いオーラが見えた。
「フン、慎二の野郎か・・・・相変わらず、女の陰に隠れてばかりか? 」
何時もの冷静さを取り戻した玲子に、明が皮肉な笑みを口元へと浮かべる。
明が知っている黒井・慎二は、先天的な難病を患い、車椅子生活を送っていた。
病気のせいで栄養が上手く取れず、ガリガリに痩せ細り、卑屈な目を絶えず周囲に向けていた。
「男なら、女の陰に隠れてねぇで、出て来いよ。 それとも、俺が怖いのか? 」
相手に聞こえているかは疑わしいが、それでも、明は此処にはいない黒井・慎二を挑発する。
『ち、絶対泣かせてやる。 玲子、てめーも何時までも手を抜いてんじゃねぇぞ。』
「・・・・・・仕方がありませんね。」
何かを諦めたのか、玲子が静かに応える。
と、その姿が突然消失。
明の真後ろに姿を現す。
「!!! 」
殆ど、条件反射で、明の身体が真横へと跳ぶ。
しかし、躱せない。
弓から二振りの双剣へと変形した得物が、明の右肩と太腿を深く斬り裂く。
鮮血が飛び散り、石畳をどす黒く汚した。
(ちぃ! しくじった!! )
相手が黙示録の四騎士である事を失念していた。
明は、己の迂闊さに心の中で舌打ちする。
「もう、その脚では私の攻撃を躱す事は出来ません。」
双剣から再び得物を弓形態へと戻した玲子が、石畳に片膝をつく明へと狙いを定める。
髑髏の仮面が冷徹に、血塗れの明を見据えた。
「最後通告です。 大人しく私達と一緒に来て下さい。」
「嫌だね。」
不利な状況にあるにも拘わらず、明は真っ向から相手の要求を跳ね除ける。
右手に持っているサバイバルナイフを腰のホルダーへと戻し、ジャケットのポケットから独鈷杵と呼ばれる法具を取り出す。
『何してる! とっとと頭をブチ抜いちまえ! 』
明は、此方に向かって何かを仕掛けるつもりだ。
玲子もそれを察し、チャーリーの指示通り、引き絞っていた弓矢を放つ。
音速の速さで、正確に明の額を射抜かんと、矢が一直線に飛ぶ。
しかし、それを明の足元から噴き出した炎の壁が粉々に矢を砕いた。
「ば、馬鹿な? 」
地下道の天井まで届く、炎の柱。
二歩、三歩と後退る玲子の眼に、紅蓮の炎の中から、紫を基本カラーにした額に二本の角を持つ異形の魔人が現れる。
眼や口に当たる部分が無く、歌舞伎等に使用される隈取の様な文様が顔に浮き出ており、頭部の角はやや湾曲して生えていた。
その姿は、まさに鬼・・・・古より伝わる魔物がそこにいた。
「・・・・・成程、貴方も私達と一緒という訳なんですね? 」
玲子達が、悪魔の力を借り、黙示録の四騎士の姿へと変身するのと同様に、明も法具の力で『鬼』へと転身出来るらしい。
鬼人化した事により、先程負った傷も再生されたのか、跡形も無く消えていた。
「来い、格の違いってのをお前等に教えてやる。」
鬼へと変じた明が、白い死神を手招く。
弓から二振りの刀へと、得物を変形させる玲子。
この男に余計な言葉は不要。
全力で立ち向かわなければ、いくら黙示録の四騎士といえどやられてしまうだろう。
大剣『リベリオン』と神器『スダルサナ』が火花を散らし、激しくぶつかり合う。
怒りに燃える魔人の深紅の瞳。
しかし、対峙する覆面の男は、何処までも余裕な姿を崩さない。
「ホレホレ、もっとブチ切れてみせろよ? ダンテ。お前の力はそんなモンじゃねぇだろ? 」
拮抗する双方の力。
だが、凄まじい魔力の波動に当てられても尚、ヴィランは全く動じない。
顎に手を当て、面白そうに目の前の深紅の魔人-ダンテを眺めている。
「うおぉおおおおおおっ! 」
男の余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)とした、その態度にダンテの怒りの炎が燃え上がった。
身体から魔力のオーラを噴き出し、刀身に尚も力が篭(こも)る。
刹那、地下道全体が大きく揺れ動いた。
振動は、更に激しさを増し、天井から漆喰や砂が雨の如く降り注ぐ。
「なっ、何だ? 」
予想出来ぬ事態に、ダンテが狼狽する。
そんな深紅の魔人に対し、覆面の男は満足そうな笑みをマスクの下に浮かべた。
「ハッ、俺の睨んだ通りだぜ・・・・”こいつ等”は、人間の血液だけに反応するわけじゃねぇみてぇだ。」
硬い岩盤を突き破り、二人が対峙する地下道内に何かが現れる。
それは、歪な形をした魔界樹の根であった。
予想外の襲撃者に、ダンテとヴィランが瞬時に離れる。
二人の戦いに乱入してきた醜悪な根は、ヴィランを無視し、深紅の魔人へと襲い掛かった。
槍の様に鋭い先端を持つ根を、ダンテの大剣『リベリオン』が受け止める。
しかし、根の勢いを止める事が叶わず、深紅の魔人は地下道の壁へと叩きつけられた。
「頑張れよぉ、ダンテぇ。どうやらソイツ等は、お前の魔力が大好物らしいからなぁ。」
硬い壁を突き破り、醜悪な根の群体と共に、隣の通路へと消えていく魔人へと、覆面の男が無責任極まりないエールを送る。
そして、改めて魔界樹の根が現れた大穴へと視線を向けた。
「さて、そんじゃ奴等が集めた甘い蜜を回収しましょうかねぇ。」
地下道の床に穿たれた大穴へと近づく。
大穴からは、クリフォトの根が幾本も突き出し、底の見えない暗黒の闇が何処までも広がっていた。
覆面の男- ヴィランは、神器『スダルサナ』を従え、何の躊躇いも無く大穴へと身を躍らせる。
闘気術を使用しているのか、常人よりも遥かに優れた筋力を使い、醜悪なクリフォトの根を足場に飛び移りながら、下へと降りる。
漸く終点へと降り立つと、目の前に巨大な何かが鎮座していた。
この矢来区地下道に根を張り巡らしている元凶、クリフォトルーツである。
「ほほぅ、コイツが魔界樹の球根か・・・・。」
まるで心臓の様に脈打つ、魔界樹の球根。
人間の血液を連想させる球体には、人間や地下道を根城にしていた悪魔共のマグネタイトが凝縮されていた。
ヴィランが、その球根へと近づくと、敵を察知したのか丸太の如く巨大な数本の触手が、威嚇する様に立ち塞がる。
「フン、タダでは寄越してくれねぇってか。 まぁ、良い。 そうでなきゃ面白く無いからな。」
まるで鍵盤の上に指を走らせるかの如く、ヴィランは指先で二対のチャクラムを巧みに操る。
外敵の攻撃を察知したクリフォトの根が、侵入者を排除する為、鏃(やじり)の先端の如く鋭い触手で襲い掛かった。
それを神器『スダルサナ』で、いとも容易く受け止める。
と、瞬く間に巨大な触手が凍り付き、粉々に砕け散った。
魔界樹の球根全体に、激痛が走り、猛獣の如き咆哮が地下道全体に轟き渡る。
「ハハッ・・・・凄い威力だ。 流石、ヒンドゥー教の最高神だぜ。」
17代目・葛葉ライドウから奪い取った最上級悪魔(グレーターデーモン)、魔神・ヴィシュヌで造り出された神器は、想像以上の力を秘めていた。
流石、あの人修羅が使役していた悪魔だけはある。
怒りの雄叫びを上げ、クリフォトルーツが、尚も攻撃を仕掛けて来た。
退路を完全に塞ぐ形で、二本の触手が振り上げられる。
しかし、その鏃(やじり)がヴィランの身体を貫く事は叶わなかった。
それよりも、二対のチャクラムが速く動き、球根の触手を全て氷漬けにしてしまう。
「悪いな? お前さんが集めた蜜は、有難く頂いていくぜ? 」
懐から、注射器のシリンジの様な器具を取り出したヴィランが、最早抵抗の意思を見せない球根へと近づく。
そして、何の躊躇いも無く突き刺した。
再び、地下道全体を襲う地震。
立っている事が困難になり、壬生・鋼牙が思わず石畳に膝を付く。
天井から漆喰が、鋼牙と数歩離れた位置にいるVの頭上に雨の如く降り注いだ。
「ひぃ、さっきから一体どうなっちまってるんだよ? 此処は? 」
地に降りたグリフォンが、自分の羽についた砂粒を払い落とす。
「此処に長くいるのは拙い、一旦外に出るぞ。 」
地上へと続く通路の先へと、Vが杖の先端を向ける。
Vが指摘する通り、地下道の壁や天井には無数の亀裂が走り、今にも崩れ落ちそうだった。
このままでは、最悪、生き埋めにされてしまう。
しかし、”探偵部”の大事な仲間である明を見捨てる訳にはいかなかった。
「待って下さい。この中には、まだ明とダンテさんがいるんですよ? 」
「奴等なら心配ない・・・・特に、ダンテという男はな・・・。」
鋼牙の言葉をVは、冷たく切り捨てる。
「Vの言う通りだぜ。 明も一応は”八咫烏”の一人なんだろ? だったら、心配するだけ損ってなもんだぜ。」
「グリフォン・・・。」
何か言いかけようとした鋼牙の言葉を、黒い体毛をした大鷲が遮った。
確かに、明も鋼牙と同じ”八咫烏”の一員ではある。
冷静沈着で、何事にも動ずる事無く、所長代理である鋼牙を幾度も助けて来た。
この危険な状況下でも、明なら的確な判断の元、安全に対処するだろう。
「そうと決まれば、とっとと外に出ちまおうぜ。 俺っちも生き埋めは、流石に勘弁だぜ。」
一同よりも早く、蝙蝠の姿へと変じた魔神・アラストルが地下道の出口へと向かう。
それに続く、陰気な召喚術師と仲魔の魔獣。
鋼牙も、渋々といった様子で、彼等に従うしかなかった。
東京都港区六本木6丁目、複合商業施設・・・通称、六本木ヒルズ。
様々な企業の店舗や事務所、共同住宅等が入っているその一区画に、彼等はいた。
「ねぇ? アタシの話聞いてるぅ? 偉出夫。」
「聞いてるよ。 横内君の冷静な判断力のお陰で、君が助かり、こうしてお茶が飲めているんだろ? 」
8メートルは優に超える広い室内。
防弾ガラスで造られた特殊なガラスの壁に広がる六本木の街を見下ろし、不貞腐れた顔でデスクチェアにだらしなく座る白川・由美を横目で眺める。
「むぅ・・・・確かにその通りなんだけどさぁ。」
偉出夫に軽く躱され、由美が唇を尖らせて山盛りの様にイチゴが乗ったスムージーボンボンにプラスティックのスプーンを突き刺し、口へと運ぶ。
由美は、数日前に起こった『任務』失敗を、リーダーである狭間・偉出夫に報告している最中であった。
何時もは、勝気な由美ではあるが、己の間違いを素直に受け止める柔軟性は持っている。
「んで? どーするの? マグダラのマリアは”スルトル”と”クズノハ”の手の中にあるわ。 私達だけじゃ近づく事も出来ない。」
「大丈夫、それも想定内だ・・・・わざわざ、此方が迎えに行かなくても、彼女は自分の足で、俺達の所へ来るさ。」
「どういう意味? 」
狭間の意図している事が理解出来ず、由美は眉根を寄せる。
「そのうち分かるよ。」
未だ不満な表情を浮かべている由美に苦笑を浮かべ、偉出夫は東京湾に建てられた巨大な壁へと視線を向ける。
遥か上空へと伸びる巨大な壁は、六本木ヒルズ(此処)からでも、見る事が出来た。
「今は、矢来銀座の”異変”を調べに行かせている大月先生達だ。きっと面白い情報を持って来てくれると思うよ? 」
「良い情報ねぇ・・・・。」
偉出夫は、大分あの化学教師を信頼しているみたいだが、由美は生理的にあの教師が受け付ける事が出来ない。
言動も立ち居振る舞いも何もかもが、気持ち悪い。
尺に触るあの喋り方もだ。
東京矢来銀座、ショッピングモール前。
鋼牙達が、やっとの思いで外へと出ると、既に警察の車両が幾台も地下道入口前に停車しており、警察官や野次馬達でごった返していた。
「おい、壬生・鋼牙。」
黒縁眼鏡の少年の背に誰かが声を掛ける。
振り向くと50代半ばぐらいと思われる、如何にも警察関係者らしい壮年の男が、背後に部下を従えて立っていた。
「百地警部、お久しぶりですね? 」
鋼牙に話し掛けて来たのは、警視庁、生活安全課の課長、百地警部補である。
鋼牙が小等部からの付き合いで、当然、『葛葉探偵事務所』所長である葛葉キョウジとは、旧知の間柄だ。
「何が久しぶりだ。三日前にも会っただろ? 」
苛々した様子で、百地は「警部ではなく、警部補だ。」という言葉を呑み込む。
この小生意気な悪ガキとは、相性が大変悪く、互いに良い感情を持っていない。
鋼牙が態と「警部」と呼ぶのは、単なる嫌味であり、百地もそれを知っているので、敢えて訂正する真似はしなかった。
「あれぇ? 磯野刑事はどうしたんですか? 」
百地の金魚のフンである磯野・省吾の姿が見えない事に、鋼牙は胡乱気に問いかけた。
「奴は、昨日付けで平崎警察署に移動になった。 少年課の課長に昇進したんだよ。」
磯野刑事の名前が出た途端、何故か百地の顔がまるで苦虫でも噛み潰したかの様に渋くなった。
彼の相棒である磯野刑事は、昇進試験に見事合格し、横浜にある平崎署へと移動になった。
階級は、百地より一つ上の警部である。
「んで、コイツが新しい俺の相棒って訳だ。」
「周防・克哉です。」
年齢は20代半ば辺りだろうか。
やや茶色がかった髪を右分けにしており、特徴的なもみ上げをしている。
赤系の四角いサングラスをつけており、如何にも謹厳実直っといった容姿をしていた。
「特殊公安部隊出身のエリート様だよ。」
百地警部補が、嫌味たっぷりに紹介してやる。
何の目的で、警視庁のエリート部隊である”特公”が百地のいる『緊急対策特命係』に配属されたのかは、全く不明である。
『特命』と御大層な役職をつけられてはいるものの、実際は、不要と判断された者が飛ばされるいわば、『追い出し部屋』だ。
本人は、望んで百地の下で働く事を決めたと述べているが、有名大学卒業の輝かしい経歴に泥を塗る真似までして、果たして窓際部屋に来るだろうか?
一通りの挨拶を一同が交わしている時であった。
突然、野次馬の一団から驚愕と悲鳴の声が轟く。
鋼牙達が其方に視線を向けると、地面を突き破り、異形の形をした根- クリフォトの魔界樹がその姿を晒していた。
と、突如その巨大な根が爆散。
ドス黒い鮮血を辺りに振り撒きながら、二つの影が地へと降り立つ。
『葛葉探偵事務所』の調査員、遠野・明と17代目・葛葉ライドウの代理番、ダンテだ。
但し、銀髪の大男は気を失っているのか、長い前髪の少年に担がれていた。
「明! 」
野次馬の波を掻き分け、鋼牙が二人の元へと駆け寄る。
魔界樹の体液を頭から浴びたのか、二人共血塗れで酷い恰好だ。
「おい、ダンテの野郎、酷ぇ怪我してるじゃねぇか。」
黒い毛並みの蝙蝠- アラストルが、明に担がれているダンテを見下ろす。
アラストルが指摘する通り、ダンテの着ている深紅の長外套の腹部分に大穴が開いており、そこから血が滴り落ちていた。
特殊素材で造られているタクティカルアーマーを貫通する程の威力。
普通の人間ならば、即死してもおかしくはない。
「傷は塞がってる・・・・死んじゃいねぇよ。」
体重80kgは軽く超えているダンテの身体を軽々と肩に担いだ明は、煩そうに頭の周りを飛んでいる黒い毛並みの蝙蝠を手で追い払う。
その視線が、鋼牙の背後にいる百地警部補と周防警部の二人で止まった。
何かを問い掛け様としている鋼牙を無言で押し退け、二人の刑事の前まで近寄る。
「すまねぇ、このオッサン、アンタ等に任せるわ。」
有無を言わさず、明が百地警部補に気絶しているダンテを預ける。
慌てた様子で、ダンテを受け取る壮年の刑事。
しかし、自分より遥かに上背があり、おまけに防具と大剣、銃器込みの重量が支え切れず、バランスを崩して、尻餅をついてしまう。
「も、百地警部補!? 」
大男の下敷きになる上司を周防が助け起こそうとする。
しかし、それよりも早く、ダンテの下から這い出してきた警部補が、部下を手で制した。
「俺は、良い! それより早く救命士共を呼んで来い! コイツ、心音が全くしねぇ!! 」
仰向けの状態にしたダンテに覆いかぶさり、百地が必死に心臓マッサージを施す。
上司に怒鳴られ、周防は慌てて救命士達がいる救急車両へと急いだ。
「た、大変だ。 すぐに回復魔法を・・・・。」
「余計な真似は止せ。 このオッサンは”元からこうだ。”」
必死に心肺蘇生を施す百地を手伝おうとする鋼牙を、明が冷たく止める。
訝し気に明を振り向く鋼牙。
メディカルポーチを背負った二人の救命士が駆け付け、未だ気を失っているダンテに適切な措置を施す。
それを横目に、明はさっさと喧噪でごった返す地下道入口から退散した。
黒毛の蝙蝠を肩に乗せた鋼牙も、仕方なくその後に従う。
「いい加減、話してよ。 中で一体何があったんだ? 」
複数の小売店舗や飲食店、美容院等が立ち並ぶショッピングモール内。
矢来区地下道入口から少し離れたモール内に入った黒縁眼鏡の少年は、どうしても我慢が出来ず、自分より遥かに上背がある仲間の背に声を掛けた。
「地下道で、例の掲示板の連中と会った・・・・。」
「え? まさか”エルバの民”を運営している奴等か。」
予想外な明の返答。
『エルバの民』とは、呪いを請け負う掲示板の事だ。
魔神皇というハンドルネームを持つ奴が掲示板の責任者であり、書き込まれた相手を100%の確率で呪殺する。
依頼主である菅沼・真紀は、悪戯半分で、同じ学園に通う八神・咲の名前を書いてしまい、その取り消し方法を鋼牙達『葛葉探偵事務所』に頼んでいた。
「詳しい事は、此処では話せねぇ・・・それと。」
明の視線が、鋼牙の数歩後ろにいる陰気な召喚術師へと向けられる。
豪華客船『ビーシンフル』号に宿泊している、正体不明の謎の人物- Vだ。
何時の間に鋼牙達の後をついていたのか、右手に銀製の杖を持った黒髪の男は、皮肉な笑みを口元に浮かべて、明と鋼牙の様子を伺っていた。
「コイツは、何だ? 」
「ああっ、その・・・・地下道で、偶然一緒になったんだ・・・明も覚えているだろ?三十四代目・村正様の所にいた・・・・。」
「Vだ。 宜しく頼む。」
黒々とした羽を持つ大鷲を従えた、黒髪の召喚術師。
その蒼い双眸が、二人の少年を交互に眺めていた。
何とか投稿出来ました。