魔導兵器は、悪魔と現物質(人間界に存在する物質)と融合して造り出す。
作中の”アルテミス”は、クリフォトの魔界樹と光の矢を放つ魔界の銃、そして、動力源となるニーナ・ジェンコ・ルッソを基に製造された。
ニーナが持つ”稀人”としての優れた霊力が、エネルギー源となり通常の威力よりもさらに数倍に強化された光の弾を無数に撃ち出す事が出来る。
思えば、自分の人生は、他者と比べて順風満帆と言えただろう。
ウェールズ南西部の小国、ダヴェドに生まれ、何不自由の無い生活を送った。
父親は、自分に大変甘く、望めば何でも与えてくれた。
しかし、周囲の人間達は違った。
まるで、腫物でも触れるかの様に、自分を遠巻きにして眺めていた。
特に、母親と兄妹達は酷かった。
家族としての会話等、一切無かった。
視野に納めない様にしようと、自分をあからさまに無視した。
だが、それも仕方が無いと諦めていた。
アンブロシウス・メルリヌスは、オリュンポス神族の最高神が一人、女神・ヘラとオイアグロスという人間の間に生まれた不義の子だからだ。
父親はそれを知りつつ、全能神・ゼウスに懇願され、我が子として引き取られた。
父は信心深い人物だった。
神と人間の間に生まれた自分を、この世の救世主として崇め、行く末は、世界を護る守護者の一人となると確信していた。
愚かだ・・・・と、メルリヌスは今でも思う。
あんな凡愚(ぼんぐ)だからこそ、国が衰退し、滅ぶのは当たり前であった。
生まれ故郷を見限り、ダヴェドの外れにあるカーマーゼンという小さな街に引きこもったのは、義理の父や母親の顔を見るのが苦痛だったからだ。
最早戦をする力すらも無く、隣国に吸収される憂き目に合うと知った兄弟達は、自分の下へと態々出向き、助力を懇願した。
しかし、メルリヌスはそれらを全て無視した。
かつて、自分が義理の母親や、兄弟達にされたのと同じ様に、彼等の言葉に決して耳を傾ける事はしなかった。
「煩い。」と跳ね除け、ウェールズ南部にあるガース・ヒルへと住居を移した。
自分が造り出した造魔、”ゴリアテ”や中級からなる悪魔達を現世に召喚し、誰一人として近づけさせない様にした。
それだけ、彼は人間という種族を嫌悪していた。
「野蛮」で「愚か」で「恐ろしい」生き物だと思っていた。
そんな彼の屈折した考えを一変させる人物が現れた。
ブリテン王、ユーサー・ペンドラゴンの息子、アーサー・ペンドラゴンである。
世田谷区上野毛・五島美術館敷地内。
そこに直径20メートル、高さ2メートルの円墳がある。
稲荷丸古墳(いなまるこふん)である。
美術館の庭園にある古墳には、毎年、多くの観光客が訪れ、観光スポットの一つとして数えられていた。
その場所に、身の丈以上のある長い包みを背負った小柄な少年と、この季節にそぐわぬノースリーブの長外套を着た黒髪の青年が立っていた。
「こ、これが稲荷丸古墳(いなまるこふん)? 」
顔に深紅の呪術帯を巻き、右眼だけを露わにした小柄な少年の肩に座る小さな妖精が、天まで伸びた歪な塔を見上げる。
「まさか”異界化”がここまで進んでいるとはな・・・・。」
稲荷丸古墳のある五島美術館、並びに周辺の住宅街が、歪なオブジェと化していた。
周辺住民達は、既に悪魔共の餌食にされたのか、人の気配はまるでしなかった。
「あの上に”反逆皇”は、いるの? 」
周囲を包む瘴気に当てられ、すっかり怯えてしまった小さな妖精が、主の肩にしがみつく。
彼等の眼前には、大地の精を吸収し、すっかり熟した魔界の大樹が、天を貫いていた。
「上じゃない・・・・奴はこの下だ。」
黒髪の青年- Vが、自身に刻まれた刺青から造魔”グリフォン”と”シャドウ”を呼び出す。
この二体の魔物は、元は13代目・葛葉キョウジが使役していた悪魔達だ。
一体、どういう経緯(いきさつ)で、この正体不明の青年と契約したかは知らない。
しかし、この一連の事件の真相を知るのは、このVという若造だけだ。
13代目の行方も知りたいが、今は、”四大魔王”の一人を討伐するのが先決だ。
Vの案内で、”反逆皇”がいるであろう、大樹の入口へと辿り着く。
不思議な事に、此処まで一度も悪魔に襲撃される事は無かった。
「・・・・・・13代目は・・・・・お前の義理の父親は何処にいる? バージル。」
「!? 」
異形の樹が生い茂る五島美術館内。
古墳へと続く庭園入口。
元は、美しい日本庭園であったが、今は見る影も無く、醜い魔界の樹々に覆いつくされている。
「姿形を変えた程度で、俺の”左眼”は誤魔化せない・・・・何故、こんな事に手を貸している? あの糞野郎と手を組んで一体何を企んでいるんだ? 」
「・・・・・・。」
Vの鋭い眼光が、特殊ケブラー繊維のジャケットと、鉄の手甲と具足を装着した、身の丈程もある赤い包みを背負う少年を睨み据える。
「バージル・・・・? 噓でしょ? 」
主の肩にしがみつく妖精が、驚愕で眼を見開き、数歩離れた位置に立つ青年を見つめる。
彼女の記憶の中にあるバージルは、がっしりとした体躯をしており、身長もこの青年より遥かに高かった。
弟のダンテとは、二卵性ではあるが容姿はよく似ており、身長は弟の方が高く、筋肉質な体躯をしている。
「・・・・流石・・・・と言っておこうか・・・こんなに、あっさりと見破られるとはな・・・・。」
「・・・・・。」
巨大な大鷲を従えた黒髪の青年は、口元に自嘲的な笑みを浮かべる。
「それが”帝王の瞳”か・・・・この世の因果律を操り、森羅万象をも歪める魔眼・・・・かつて俺が求めた力を、お前が既に持っていたとはな・・・皮肉だ。」
右手に持つ銀製の杖を弄びつつ、Vはゆっくりとした歩調で、ライドウへと近づく。
「俺に対する復讐か・・・・? だからあの変態の走狗に成り下がったのか・・・・もし、そうなら、お前等親子は救いようが無い愚か者だ。」
ライドウの嘲りを聞いた瞬間、Vの表情が一変した。
悪魔使いの胸倉を掴み上げ、己の目線の高さまで引き上げる。
「あの人を侮辱するな! 俺がこんな姿になったのも・・・・あの人が大罪を犯したのも・・・全ては貴様が・・・・・貴様が俺達兄弟の前に現れさえしなければ!」
「止せって!バージル!! 」
慌てた様子で、グリフォンが黒髪の青年を止める。
しかし、青年の怒りは収まらない。
切れる程、唇を噛み締め、自分より若干背丈の低い悪魔使いを射殺さんばかりに睨んでいる。
「止めて! 今すぐ彼を離さないと酷い目に合わせるわよ! 」
しがみついたいた主の肩から離れた小さな妖精が、電撃系下位魔法”ジオ”を放とうと、右掌を黒髪の青年へと向ける。
バチバチと青白い電気の塊が、Vの陰気な顔を照らす。
下位魔法とはいえ、至近距離で喰らったら一溜(ひとたま)りもない。
Vは、諦めたかの様に掴んでいた悪魔使いの胸倉を離した。
刹那、魔界の樹木が爆散。
驚く一同の眼前に、突如として巨影が姿を現す。
腕は無く、その代わりとして六枚の雄々しき翼が生え、六つの乳房に尾鰭(おひれ)のついた下半身。
頭部は口から上が無く、まるでマスクの如く覆われた鋭い牙が、威嚇する様に大きく割れ、唸り声を上げていた。
「あれは・・・・・? 」
「やべぇ! ”ユリゼン”の野郎が造った魔導兵器だ! 」
ライドウの問い掛けに造魔・グリフォンが応える。
どうやら、自分の居城へと侵入してきたライドウ達を排除する為に、現れたらしい。
敵だと認識した彼等に向かって、無数の光弾が放たれる。
殆ど条件反射で離れる二人。
Vは、グリフォンの脚に捕まり、空中へと逃れ、ライドウはマベルを鷲掴み、魔法防御(シールド)を張り巡らしつつ、後退する。
先程までライドウ達が居た付近に、光の弾が当たり大爆発。
地表が大きく削れ、土煙が辺りを包む。
「こりゃ、一発でも当たったらお陀仏だな。」
右手に妖精を掴んだ悪魔使いが、空中に浮遊する異形の女神を見上げる。
この怪物の名は、魔導兵器・アルテミス。
四大魔王(カウントフォー)の一人、反逆皇・ユリゼンが、魔具・アルテミスを素体にクリフォトの魔界樹と融合させ造り出した破壊兵器である。
「人修羅! 」
小さな妖精を下がらせる悪魔使いに向かって、黒髪の青年が何かを投げて寄越す。
無意識に受け取ったそれは、銀色に光る封魔管であった。
「使え、ソレが無いと本来の力が発揮出来ないだろ? 」
Vに指摘され、ライドウが何の躊躇いも無く封魔管を開放する。
すると、中から一匹の蝙蝠が実体化し、悪魔使いの顔にへばりついた。
「人修羅様ぁあああああっ! 会いたかったでやんすぅうううううう! 」
潰れた鼻をグリグリと押し付けて来るのは、代理番の魔神・アラストルであった。
矢来区地下水道の異変を調べるべく、同じ代理番のダンテと共に調査へ向かったアラストルは、クリフォトの魔界樹により分断。
偶然、その場に居合わせた壬生・鋼牙と共に行動し、現在に至る。
「ううっ、あの陰気な糞野郎が、俺っちを狭っ苦しい封魔管に押し込んだんですよぉ! 地獄の刑務執行官のこの俺様ぉを! 」
えぐえぐと滂沱と涙を流しつつ、アラストルは愛しい主の顔面に貼り付きつつ、大声で喚き続ける。
ライドウに会う為、『葛葉探偵事務所』を出る時に、高鼾(たかいびき)をかいて爆睡するアラストルをVは、管に封じたのだ。
理由は、蹴っても殴っても起きないアラストルに辟易したのと、190cm近い成人男性の肉体になっていたからであった。
「馬鹿! 何やってんだ! ソッチ行ったぞ!! 」
下らない寸劇を繰り広げるライドウ達に向かって、造魔・グリフォンが怒鳴った。
魔導兵器・アルテミスが、侵入者の中でもライドウが一番危険だと判断し、優先的に排除しにかかったのである。
ジェット機の如く、衝撃波を放ちつつ、小柄な悪魔使いに突進する魔導兵器。
激突する瞬間、ライドウの身体が眩い光へと包まれる。
「!!!!? 」
光が晴れた刹那、そこに立っていたのは純白の鎧に身を包む魔狼であった。
深紅の背旗を背負い、右手に大剣形態へと姿を変えた雷神剣『アラストル』を握っている。
左腕一本で、魔導兵器の頭部を掴み、突進を押し留めていた。
「行くぞ、アラストル。」
「合点承知! 」
左眼に灯る蒼き炎。
魔鎧化したライドウに恐怖を覚えたのか、まるでガラスを引っ掻く様な耳障りな悲鳴を上げて、魔導兵器・アルテミスが離れる。
大剣から二振りの双剣へと雷神剣・アラストルが姿を変える。
上空へと逃れる魔導兵器を追い掛け、白銀の魔狼が飛翔。
アルテミスが、自分へと迫る魔狼を撃墜しようと、無数のレーザーを放つ。
しかし、当たらない。
空中で巧みに軌道を変え、ライドウがレーザーの雨を躱す。
鋭い一閃。
斬り裂かれた胸から紫色の体液を零し、アルテミスが悲鳴を上げる。
「す・・・・凄ぇ。」
無意識に、グリフォンが呟く。
それ程までに、眼前に展開される戦いは、彼等の想像を絶していた。
胸部から射出した四つのビットを操り、白銀の魔狼に襲い掛かる魔導兵器。
ホーミングするレーザーを放つが、そのどれもがライドウを捕らえる事は叶わなかった。
まるで、光弾の軌道が読めているのか、悪魔使いは、紙一重でそれらを躱し、ビットを足場に魔導兵器へと接近。
双剣から放たれる斬撃が、アルテミスの身体を深々と抉る。
飛び散る体液。
大きく裂かれた傷口から、人間の女性らしき裸身が覗く。
「あれは・・・・まさか・・・・? 」
どうやらこの魔導兵器は、魔具の他に人間の女性を動力源にしているらしい。
白銀の魔狼は、ビットから放たれるレーザーの雨を回避しつつ、再び地を蹴り上空へと跳び翔(かけ)る。
二振りの双剣が一本の大剣へと変形。
紫電の蛇を纏う刃が、アルテミスの身体を両断する。
真っ二つに斬り裂かれた魔導兵器の肉体から、人間の女性がズルリと宙へと投げ出された。
力無く落下するその裸身を、ライドウが空中で華麗に受け止め、横抱きにした状態で、地へと降り立つ。
「ライドウ! 」
勝負は、一瞬で付いた。
主の下へと駆け寄る小さな妖精。
その姿を口惜しそうに黒髪の青年が眺める。
「化け物め・・・・。」
大事そうに魔導兵器から解放された金の髪を持つ女性を、叢(くさむら)へと寝かせる悪魔使いの姿を眺め、Vことバージルが吐き捨てる。
魔導兵器・アルテミスは、上級悪魔に匹敵する程の力を秘めている。
だが、この悪魔使いは、それすらも歯牙にかけず、あっさりと倒して見せた。
底知れぬ人修羅の実力に、怖気が走る。
「え? この女性(ひと)って・・・・もしかして、パティのお母さん? 」
魔鎧化を解き、人の姿へと戻った主の腕の中にいる女は、4年前に起こった『法王猊下暗殺事件』の首謀者、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソの愛娘、ニーナ・ジェンコ・ルッソであった。
体力をかなり奪われているのか、紫色の体液に裸身を染め、ぐったりと気を失っている。
「何で・・・・? 確か、フォレスト家が所有している土地でパティと二人で暮らしている筈じゃ・・・・? 」
マベルが疑問に思うのは当然であった。
ニーナ親子は、バーモント州にあるウッドストックという小さな田舎町で、幸せに暮らしているとばかり思っていたからである。
一方、主であるライドウの顔は、形容しがたい怒りで歪んでいた。
呪術帯で顔を覆っている為、表情を伺う事は出来ないが、身体から滲み出る気配が、どす黒いオーラとなって噴き出している。
敏感に危険と察知した二体の造魔。
咄嗟に主を護ろうと、バージルの前へと出ようとするが、ライドウの身体から放たれる鬼気に圧倒され、動けなくなってしまう。
ゆらりと、悪魔使いが立ち上がる。
雷神剣・アラストルを双剣の姿へと変え、顔面蒼白なバージルの元へと近づく。
「ま、待ってくれ! 人修羅! 俺達は、何も知らないんだ! 」
怒りを露わにする悪魔使いを前に、グリフォンが必死に弁明する。
「本当なんだって! 全部アイツが勝手にやった事なんだ! 」
何とか怒りを納めて貰おうとするが、そんな事でライドウは止まらない。
茫然自失とするバージルの脚を、あっさりと払い地面へと叩きつけると、その上にのしかかる。
病的なまでに白い喉元に、双剣の切っ先を押し付けた。
「パティは・・・・あの子は何処にいるんだ? バージル。」
地を這う様な低い声。
唯一覗く隻眼が、組み伏せられる黒髪の青年を冷たく見下ろす。
「止めろ! 本当に俺達は、何も知らねぇんだよ! 」
このままでは、バージルが殺される。
主を救い出そうと、二体の造魔が戦闘態勢に入った。
その従者を、ライドウの鋭い隻眼が、睨み付ける。
「やってみろ、お前等が俺の身体を貫くより早く、この餓鬼の首を斬り落とすぞ? 」
「・・・・・・っ! 」
本気だ。
この怒れた化け物は、何の躊躇いも無くバージルを殺そうとしている。
得体の知れない怪物を前に、死をも恐れぬ二体の造魔が、一歩も身動き出来なくなってしまう。
「ライドウ!殺しちゃ駄目! パティは生きてるよ! 」
そんな両者の間に、小さな妖精が割って入った。
気を失うニーナの思考を読み取ったマベルが、必死に主を押し留める。
「それに、コイツを殺したら事件の真相が分からなくなる。お願い、剣を納めて。」
マベルの言っている言葉は、正しい。
この男を殺したら、事件の首謀者の一人、13代目・葛葉キョウジの行方が永遠に分からなくなる。
四大魔王(カウントフォー)の一人である魔王・ユリゼンを倒し、この親子に法的裁きを受けさせる必要があるのだ。
暫くの逡巡後、ライドウは隻眼を固く閉じ、バージルの喉に押し付けていた双剣の刃を降ろす。
鋭利な切っ先が、青年の喉の皮膚を薄く裂いたのか、首筋から真っ赤な血が一筋流れ落ちた。
「パティは、古墳の最下層にいるわ・・・ニーナとコイツは私に任せて、早く行って。」
「分かった。」
抑えつけていた青年を開放し、ライドウが静かに応える。
今は、パティ救出が先決だ。
足元に蹲り、咳き込む青年と未だ意識が戻らぬニーナを仲魔に任せるより他に術がない。
後ろ髪を引かれる想いを何とか断ち切り、ライドウは稲荷丸古墳(いなまるこふん)に向かうべく、庭園の出口へと向かう。
幾重もの罠を張り巡らしているであろう事は明白だが、それに構っている猶予は無かった。
山谷から世田谷区へと続く東名高速道路。
その道を大型のワンボックスカーが疾走していた。
「何もニコ姐まで、一緒に付き合う必要無いのに。」
助手席に座る黒縁眼鏡の少年- 壬生・鋼牙が、ラジオのチャンネルを変えつつ、そうボヤいた。
「馬鹿言うな。 お前等、未成年の糞餓鬼共を放置出来る訳が無いだろ? 」
器用に片腕で運転しつつ、ニコが愛用のシガーケースから、煙草を一本取り出す。
鋼牙がネロに言った通り、自分達がこれからやる事は、矢来区の街を護りたいという建前もあるが、矜持を傷つけられた意趣返し、という意味合いが強い。
鋼牙の場合は、転入生であるネロを勝手に巻き込み、挙句、右腕を切断するという大怪我まで負わせてしまった。
それに、この事件には、恩師である13代目・葛葉キョウジが何らかの形で関わっているという疑問がある。
明の場合も、鋼牙と大体同じだろう。
但し、鋼牙とは違い何か別の思惑があるのか、未だ付き合ってくれる理由は不明だ。
そして、ネロは、自分の右腕を奪った相手への復讐と、新しい力”デビルブレイカー”を試したいという好奇心がある。
出来る事なら、大人しくして欲しいと思うが、この少年の気性では無理だろう。
「そろそろ世田谷だな。」
後部座席に座る長い前髪の少年が、自分のスマホ画面を眺めている。
液晶画面には、世田谷区の地図が映し出されており、稲荷丸塚古墳(いなまるづかこふん)がある五島美術館の辺りに赤い光点が明滅していた。
今朝方、天鳥港に停泊している超豪華客船『ビーシンフル号』のラウンジで、Vという召喚術師と別れ際、ノースリーブの長外套(ロングコート)にGPS内臓の小型発信機を仕掛けたのだ。
「先生も、そこにいるのか? 」
「先生? 」
「ライドウさんの事だよ。 ついでに言うとお前の義理の父親なんだろ? 」
漂って来る煙草の煙に辟易したのか、肩に黒い毛並みのハムスターを乗せたネロが、後部座席の窓を開ける。
「ああ・・・・一応、名目上はそうなってるな。」
脚を組んで後部座席に座る明が、スマートフォンを制服の上着へと仕舞う。
ライドウに対し、肉親としての感情はまるでない。
ベトナムの南部にある森林地帯の奥深くで、彼と初めて出会った当初から、男としてではなく、異性として意識していた。
それでも、家族として接し様と、自分なりに努力はした。
しかし、駄目だった。
あの夜の忌まわしい出来事が、自分の心の中に封じていた”男”としての感情を暴き出してしまったからだ。
「誰からそれを聞いた? 」
予想は出来るが、一応聞いてはみる。
案の定、仲魔を肩に乗せた銀髪の少年は、葛葉邸の執事を務める岡本氏の名前を出した。
「ちっ・・・・・余計なお節介を。」
長年、歴代ライドウの補佐役を務めて来た岡本氏は、明と同年代のネロならば、自分と義理の父親である17代目の橋渡しとして適任だと思ったのだろう。
明は、忌々し気に舌打ちすると、背凭れに身を預け、長い前髪を掻き上げた。
日本人とは思えぬ程、堀が深く、整った顔立ち。
普段、長い前髪で目元を隠しているので、顔は良く分からなかったが、こうして見るとかなりの美貌だ。
「なんだ・・・・? 」
「え? 否・・・・・別に・・・・。」
「何故、前髪で顔を隠す? 男前が勿体ないじゃないか。」
戸惑うネロに変わって、肩にしがみついている黒毛のハムスターが代弁した。
明は、口数も少なく、長い前髪で目元を隠している為、近寄りがたい印象を与える。
が、その容姿は人形の如く整っており、高身長で鍛え抜かれた肉体は、まるで一流モデル並みだ。
現に、彼等が通学している『聖エルミン学園』でも、明は異性達から大人気で、隠れファンクラブなるモノまで存在している。
「別に良いだろ? 大きなお世話だぜ。」
自分の趣味を人にあれこれ詮索されるのは、正直、良い気分はしない。
隣に座るネロを長い前髪越しに眺める。
すると、銀髪の少年は顔を真っ赤に紅潮させ、慌てて視線を外した。
「前にも言ったと思うが、俺はあの人に拾われたんだ。 当然、血の繋がりもねぇし、親として見る気もねぇ。」
「・・・・・。」
「あの人が何を考えているかは知らないが、俺は今の生活を気に入ってんだ。屋敷に戻る気はねぇよ。」
「・・・・・あ・・・。」
何か反論を言いかけようとしたネロの言葉を、スマートフォンの呼び出し音が遮った。
明が、先程制服の尻ポケットに仕舞ったスマホを取り出す。
電話の相手は、八神・咲であった。
世田谷駅・・・東京都世田谷区世田谷四丁目にある駅は、逃げ惑う人々で溢れていた。
駆け付けた警察隊が、市民を懸命に誘導し、怒号と悲鳴が、辺りに響く。
人混みを掻き分け、彼等とは反対の方向へと進む一つの影。
明るい茶の髪を三つ編みに結い上げ、『聖エルミン学園』の制服を着る16歳ぐらいの少女は、日下・摩津理であった。
完全に血の気が失せた青白い顔で、人混みから抜け出し、薄暗い路地裏へと入り込む。
「日摩理・・・・。」
震える手で、レッグホルスターから一本の封魔管を取り出す。
今日は、10歳年が離れた妹、日下・日摩理の退院日であった。
本来なら冬休みであるが、植物生理学研究会が近い為、連日の様に担当顧問が所有している巨大温室に缶詰状態になっていた。
飼育が大変難しい”マンドレイク”が、何とか順調に育ち、研究会に出品出来る段階まで来ている。
研究会で上手く行けば、薬学部の宣伝になる。
部員だって増えるだろし、特許が取れれば、今以上に設備が整って、様々な魔法薬の研究が出来るかもしれない。
夢は無限大に広がるが、一抹の不安が過る。
小児喘息で入院している妹の日摩理の事だ。
生まれつき肺が弱い日摩理は、入退院を繰り返していた。
もう少し、空気の良い場所に引っ越したいが、父親の仕事上、都心から離れられなかった。
マンドレイクを研究し、薬を精製出来れば、妹の持病を治してやれるかもしれない。
それまでは、学園の地下にある魔導施設に部屋を間借りして、妹とそこで生活するつもりでいた。
当然、父親にも相談しているし、理事長からも了解を得ていた。
その矢先に、世田谷区で、悪魔(デーモン)によるパンデミックが起こったのだ。
(お願い! 無事でいて!)
口から漏れ出そうな嗚咽を何とか噛み締め、自分自身を奮い立たせる。
世田谷区には、父方の妹が住んでいる。
薬学部の研究で忙しい自分に代わって叔母に、日摩理を迎えに行って貰っていた。
大きく深呼吸を繰り返し、何とか心を落ち着ける。
不安に揺れる瞳が、叔母の経営しているケーキショップがあるショッピングモールに向けられた。
大分短くなりました。