遠野・明・・・・日本編主人公、『聖エルミン学園』の高等部2年生。
組織”クズノハ”の暗部・八咫烏の中でも、精鋭部隊として名高い”十二夜叉大将”毘羯羅大将(びきゃらたいしょう)の銘を持つ。
法具を使用する事により、”鬼”に変身する事が可能。
元少年兵であり、そこで殺人技術を学んだ。
頬に感じる地面の感触。
四肢を男達に抑え付けられ、身動き一つ出来ない。
悔しさと怒りで涙が頬をとめどなく伝う。
歪む視線の先には、最愛の人が複数の男達に弄ばれる姿が映っていた。
右耳から鮮血を流し、苦痛と堪える事が出来ぬ快楽で、美しい顔を歪めている。
覆い被さる男に激しく突き上げられ、華奢な肢体が人形の様に揺れた。
「うぐっ!うううううっ!! 」
止めろ!汚い手でその人に触れるな!
血を吐く様な、声にならぬ叫び。
怒りで真っ赤に染まる視界。
刹那、凌辱される最愛の人と、視線が合う。
「お願い・・・・見ないで・・・・。」
快楽の喘ぎを洩らしつつ、血も繋がらむ子へと懇願する義理の父。
怒りの咆哮が喉を突き破る。
目覚めは唐突だった。
まず最初に視界に飛び込んで来たのが、薄汚れた天井とクルクルと回るシーリングファン。
狭い室内には本棚が並び、様々な魔導書が収まっている。
樫の木で出来たデスクには、最新式のPCが1台置かれ、スタンドライトが炯々と机の上を照らしていた。
何時も見慣れた『葛葉探偵事務所』の光景である。
(糞・・・・・またあの夢か・・・・・。)
硬い革張りのソファに横になっていた少年― 遠野・明は、粗い呼吸を繰り返しつつ、忌々し気に舌打ちする。
こうして悪夢にうなされるのは、もう幾度目だろうか?
4年前に起こった情景を想い出し、その度に、例える事が叶わぬ怒りの炎で腹腔を焼き尽くす。
「あれ? 起きたんだ・・・。」
その時、ダイニングへと通じる扉を開き、そこから同年代と思われる少年が姿を現す。
名前は、壬生・鋼牙(こうが)。
明と同じ組織『クズノハ』に所属する剣士(ナイト)だ。
「お昼ご飯出来てるけど食べる? 」
「・・・・・喰う。」
起き上がった明が、短く応える。
気が付くと、躰に毛布が掛けられていた。
何時もの”撮影”を終え、山谷から此処に戻って来た時は明け方になっていた。
睡魔に勝てず、倒れ込む様にソファで寝たのだけは覚えている。
どうやら、見かねた鋼牙が風邪を引かぬ様にと、態々、毛布を用意してくれたらしい。
「すまねぇ・・・。」
ダイニングテーブルの席へと腰掛けた明が、開口一番そう言った。
「何が? 」
ナポリタンが盛られた皿とフォークを並べる眼鏡の少年が小首を傾げる。
「別に・・・・コッチの事だ。」
「そう・・・。」
この短い会話のやり取りが、彼等二人の日常会話だ。
口下手で必要以上の事を喋らない明に、鋼牙はもう慣れっこである。
超国家機関『クズノハ』暗部、”八咫烏”に所属し、知り合ってから数年、寝食を共にしているのだ。
明のちょっとした仕草だけで、彼が何を伝えたいのか大体分かる。
「今日、何か予定ある? 」
「特にない。 」
「そう、なら仕事に付き合ってくれる? 2時頃に依頼人(クライアント)が来る予定なんだよ。」
「依頼人(クライアント)? 珍しいな。」
この探偵事務所に、客が来るなど何カ月振りだろうか?
一応、DDSと呼ばれる掲示板に探偵事務所の宣伝はしているが、一度としてまともな依頼が来た事が無い。
来るとしても、迷子になったペット探しや、用水路に落とした指輪探し、果ては浮気の素行調査みたいな仕事ばかりである。
それでも、一応、探偵事務所としての仕事を行わなければならない。
そうしないと、最悪『組織』から、活動資金を止められた挙句、事務所を閉鎖しろと命じられる可能性もあるからだ。
鋼牙曰く、相手は自分達と同じ、十聖高校の生徒らしい。
聖エルミン学園は、初等部から高等部まであるエスカレーター式の学園で、葛葉の縁者が理事長を務めている。
国際学校・・・・俗にいうインターナショナル・スクールとしても有名で、様々な国籍の子供達が通う。
自由な校風を掲げ、国際交流を旨とするイベント等が盛んな学校だ。
午後2時頃、指定した時間より10分早く、依頼主は事務所を訪れた。
どうやら部活動の帰りらしい。
聖エルミン学園の制服を着用し、吹奏楽部に所属しているのか、楽器が入った大きなケースを背負っていた。
「あ、貴方達が、探偵なの・・・・・? 」
事務所に入った女生徒は、明と鋼牙を見て戸惑いの色を浮かべた。
無理もない。
自分とそう歳も変わらぬ少年二人組が、探偵事務所にいるのだ。
想像とは、天と地程も掛け離れている。
「はい、貴女が依頼人の菅沼真紀さんですね? 」
鋼牙は、人好きする笑顔を浮かべると来客用のソファに座る様、女性徒―菅沼真紀へと勧めた。
渋々と言った感じで、真紀がソファへと座る。
コーヒーを入れる為、明がダイニングキッチンへと消えると、鋼牙が早速、依頼者である真紀の話を聞く態勢に入った。
「これ『探偵管理者資格書』です。僕達は、国が規定した調査員なので安心して下さい。」
未だ、警戒の色を隠しもしない真紀に対し、鋼牙が革のパスケースを見せる。
中には、顔写真の貼り付けられた資格カードが入っており、国家公安委員会の判子が押されていた。
「・・・・本物・・・みたいね・・・・やっぱり麻津里が言ってた事は本当だったんだ。」
「日下・麻津里さんのお友達ですか? 」
「そうよ・・・中等部の時は同じクラスだった・・・高等部に進級してからは、クラスがバラバラになっちゃったし、お互い部活動で忙しいから、疎遠になったけど。」
真紀は、そこで一旦言葉を切ると、探る様に真向いに座る鋼牙を見つめる。
「麻津里(あの子)が言ってたんだけど、幽霊とか怪物退治もしてるって本当? 」
「ええ・・・一応『悪魔狩人(デビルハント)』の資格もありますよ? 」
真紀の質問に、鋼牙は躊躇いを一切見せず、素直に応える。
そんな二人の間に、熱いコーヒーを二つ、盆の上に乗せた明が、事務所内へと入って来た。
無言で、依頼主である真紀と鋼牙の目の前へと置く。
「・・・・・貴方達・・・・『魔神皇』って知ってる? 」
「『魔神皇』? 今、SNSで有名な呪い執行者の事ですか? 」
「そう、 恨んだ相手を100%殺してくれる、呪いの執行人よ。 」
真紀は、鋼牙の隣に腰を下ろし、自分専用のマグカップで熱いカフェオレを啜る明を横目で眺めつつ、慎重に言葉を選びながら話し始めた。
『魔神皇』とは、数年前からネット上に噂される怪人の事である。
『エルバの民』と呼ばれる掲示板に、恨んだ相手の名前と内容を書き込むと、魔神皇と名乗る人物が現れ、事故に見せかけて相手を呪殺してくれるのだという。
真紀は、その怪人に、とある人物を呪い殺してくれる様に『エルバの民』に書き込んだのだ。
「さ、最初は、ちょっとした憂さ晴らしみたいな気持ちだった・・・でも、段々、怖くなっちゃって・・・・それで、掲示板の書き込みを消そうとしたんだけど・・・。」
『エルバの民』が何者かに消され、見つける事が出来なかったのだという。
「ありもしない掲示板を俺達に探させて、呪いを取り下げろってのか? 随分と無茶な依頼だな。」
「おい、明・・・・。」
久し振りの客に対しての、余りな態度に、傍らにいる鋼牙が思わず窘める。
詰問された女生徒は、何かを思い悩んでいるのか、終始俯いたままであった。
「分かってる・・・・自分でも何を言いたいのか正直分からない・・・でも、でも目の前であんなモノ見せつけられたら、怖くて頭がおかしくなるでしょ!? 」
余りの恐怖の為か、真紀の顔色は紙の様に蒼白く、血の気が全く通ってはいなかった。
完全に怯え切っているのか、躰が小刻みに震えていた。
菅沼真紀は、聖エルミン学園高等部2年生であった。
吹奏楽部に所属し、秋の全国大会に向けて日々、忙しく練習をしている。
当然、練習によるストレスと大会の緊張により、フラストレーションは否が応でも貯まる。
そんな折、友達数名とちょっとした遊びをした。
現在、学生の間で噂になっているネットの掲示板に、気に入らない先生や生徒の名前を書いて呪い殺して貰おうとしたのである。
流石に、当初は躊躇いを覚えたが、科学が進んだ現代で、呪殺など御伽噺と同じ。
絶対有り得ないだろうという、軽い気持ちである生徒の名前を書きこんでしまった。
「馬鹿だった・・・・何であんな事しちゃったんだろ・・・・今でも物凄く後悔してる・・・。」
終始下に俯き、真紀は、嗚咽交じりに話しを続ける。
彼女が掲示板に書いたのは、同級生の女性徒の名前であった。
八神・咲。
彼女は、聖エルミン学園内では、ちょっとした有名人である。
曾祖父から続く官僚の血統であり、成績優秀、容姿端麗、少々内向的な性格をしているが、それでも人付き合いは至って良好であった。
しかし、それでも彼女に対し、悪い感情を持つ者達は、少なからずいる。
菅沼真紀も、そんな連中の一人であった。
「本当に軽い気持ちだったの・・・・・学園内でチヤホヤされてるアイツが気に喰わなかった。 だから、ストレス発散の為に、有る事無い事書き捲ってやった・・・呪いなんて、絶対に存在しないと思ってたから・・・。」
「でも、それは間違っていた・・・・。」
鋼牙の指摘に、真紀は力無く頷く。
ある日、彼女は修理に出していた楽器を受け取ろうと、矢来銀座へ訪れた。
ついでに何か買い物でもしようかと、街中を散策していた彼女は、とある事件に巻き込まれたのである。
「びっくりした・・・・まさか、目の前で飛び降り自殺の現場を見るとは思わなかった。」
歩道を歩いていた彼女は、数メートル先を歩いていた女子大生らしいグループの頭上から何かが落ちて、激突する瞬間を目撃してしまったのだ。
女子大生のグループ数名を襲ったソレは、6階建てのテナントビルの屋上から、飛び降り自殺した男子学生であった。
運悪く、彼女達の頭上に落ちてしまったのである。
男子学生と激突した女子大生は、即死。
余りにもショッキングな場面を見た真紀は、呆然とその光景を眺めていた。
「後で、家に帰って調べて見たら・・・・自殺に巻き込まれた女子大生の一人が、例の掲示板に名前を書かれていた奴だったらしいのよ・・・・。」
家に帰った真紀は、先程起こった事件の詳細を調べ様と、スマホで検索してみた。
すると、SNSに死亡した女子大生の事が書かれていたのである。
その女子大生の名前を『エルバの民』に書きこんだのは、高校時代から付き合いのある同性の友達であった。
当時、付き合っていた男性をその女子大生に横取りされての恨みと嫉妬が、原因であった。
「成程、だから貴女は怖くなって、僕達に相談しに来たんですね? 」
「そうよ・・・・貴方達、怪物退治の専門家なんでしょ? 呪いを取り消しする方法とか知らないの? 」
無茶な依頼である事は、百も承知だ。
しかし、今の真紀は、藁にも縋りたい心境であった。
「因みに、”魔神皇”という掲示板の主は、貴方に呪い殺したい相手の爪とか髪の毛とか要求して来ませんでしたか? 」
「・・・・・ない。 一度も掲示板の主から私に連絡何て来なかった。」
掲示板の主は、真紀に対し、一切の接触をしていない。
彼女は、只、八神・咲に対する誹謗中傷を書き殴っただけである。
咲の父親は、経済産業省大臣、八神・誠で、各メディアに広く顔と名前は知られている。
故に、彼女の事を調べるのは容易いだろうが、果たして、何の見返りも無く、リスクが高い呪殺など簡単に請け負うだろうか?
「成程、分かりました。 僕達も出来るだけの事をして、その『魔神皇』なる人物を調べてみますよ。」
「・・・・ほ、本当に引き受けてくれるの? 」
雲を掴む様な、不可解過ぎる内容の依頼だ。
いくら『悪魔狩人(デビルハント)』の資格者だとしても、そう簡単に引き受ける訳が無いと半ば諦めていた。
しかし、返って来たのは、真紀が予想もしなかった応え。
戸惑うのは当たり前である。
「相手が、禁術とされる外法に手を出しているとするなら、放置する訳にはいきません。僕達の役目は、日ノ本の民を守護する事にありますからね。」
「あ、貴方達、一体何者なの? 」
強い、使命感を帯びた双眸に見つめられ、真紀は訝し気な表情になる。
とても同年代の少年とは思えなかった。
「僕達は、只の私立探偵ですよ。 真紀さんみたいな迷える子羊は、放っておけないだけです。」
不思議そうに此方を見つめる真紀に対し、鋼牙は、まるで何でもないかの如く、朗らかに笑う。
その隣では、何時もの病気が始まったと、明が、呆れた様子で肩を竦めていた。
東京都大田区にある日本最大の空港・・・・・東京国際空港。
一般的に、羽田空港という名前で知られている。
その巨大な空港の到着ロビーに、10代後半と思われる一人の少年の姿があった。
蒼を基調とした長外套(ロングコート)に、黒のレザーパンツと革製のブーツ。
見事な銀の髪を短く刈り込み、大きなキャリーバッグと、肩にはバックパックを引っ掛けている。
「見つけたぁ! ネロぉおおおっ!! 」
余りの人込みの多さに面食らっているのか、思わず尻込みしている少年の耳に、甲高い少女の声が聞こえた。
其方の方へ視線を向けると、淡い光を放つ小さな妖精が、手を千切れんばかりに振っている。
「マベル? 何で、お前が此処にいるんだぁ? 」
ロビー内は、忙しなく一般人達が行きかいを繰り返している。
そんな中を、いくら小さい体躯をしているとはいえ、悪魔が平然と飛び回っていたら、パニックが起きるかもしれない。
「アンタを探す為に決まってるでしょ? 因みに、普通の人間には私の姿なんて見えないわよ。」
少年が危惧している事等、既にお見通しだ。
マベルは、満面の笑みを浮かべると、気易い態度で、ネロの肩に座る。
「ホラ、あそこにライドウが居るよ? 」
「ライドウさん? 」
マベルが自分の主がいる方向へ、指を刺す。
ネロが、其方の方に視線を向けると、人込みの中に見知った人物がいるのを発見した。
黒のキャップの上に、大き目なメンズパーカーのフードを目深に被り、ビンテージのジーンズにスニーカーという軽装をしている。
その背後には、ジャケットにシャツ、その下は茶のスラックスという恰好をした銀髪の大男を従えていた。
長い髪を無造作に後ろで一纏めにしているが、モデル並みの長身と整った彫りの深い容姿の為、否が応でも目立ってしまう。
「ちっ、人込みは大の苦手なんだけどな? 」
「だったら、態々ついて来なくて良かっただろうが。」
「アンタに悪い虫が付かない様に、俺がちゃんと監視してるんだよ。」
「はぁ・・・・俺は、いつから従者に監視される立場になったんだぁ? 」
そんな悪態を吐き合いつつ、ライドウとダンテが、ネロの元へと近づく。
「久し振りだね? ネロ。」
ダンテの時とは打って変わり、ライドウが柔和な笑みを銀髪の少年へと向ける。
一年振りに出会う憧れの君に、ネロの頬が微かに紅潮した。
今から一年前、義理の姉であるキリエが、その短い生涯を閉じた。
元魔剣教団の騎士であるネロは、その立場からディヴァイド共和国の厳しい監視の元、窮屈な生活を強いられた。
唯一の身内を失い、悲嘆にくれる彼を救ったのが、ライドウから送られて来た一通の手紙であった。
「随分と大きくなったな? 俺の身長なんてあっという間に追い越されちまったよ。」
「ら、ライドウさん・・・。」
自分の頭に優しく触れるその手に、ネロは、どうして良いのか分からず、頬を更に赤く染める。
1年前と、悪魔使いの容姿は何一つとして変わってはいない。
肉体が大人へと成熟し、がっしりとした体躯へと成長していく自分と違い、悪魔使いはまるで時間が止まったかの様に、あの頃のままで、目の前にいる。
胸の内から込み上げてくる気持ちに耐えられず、ネロは、思わずその華奢な肢体を抱き締めていた。
「ライドウさん! 会いたかった! 」
「ね、ネロ・・・・・? 」
自分より一回り近く大きなネロに抱き締められ、悪魔使いは思わず戸惑う。
そんな二人の様子を、少し離れた位置に立つダンテが、面白く無さそうに眺めていた。
「もしかして、焼き餅でも妬いてるの? 」
何時の間に、ネロから離れたのか、小さな妖精が、銀髪の大男の傍で飛んでいる。
「アホか、餓鬼相手に焼き餅なんて妬くかよ。」
からかうマベルに対し、不貞腐れるダンテは、思わず舌打ちする。
正直に言えば、ライドウがネロを養子として引き取る事に、あまり面白く無い感情があるのは否めなかった。
フォルトゥナの市立病院で、改めて紹介されたが、ネロがライドウに対し、恋愛感情に近い憧憬の念を抱いている事を、ダンテは男の勘で感じ取っている。
否、ネロばかりではない。
組織『クズノハ』の暗部に所属する猿飛佐助という男も、ライドウに対し、邪な感情を持っている。
数日前、東京、成城にある葛葉邸。
ダンテがその知らせを知ったのは、渋谷の地下街に発生した喰種(グール)討伐の任務を終えた時であった。
「ネロを養子として引き取る? 」
「ああ、彼も俺の申し出を快く受け取ってくれた。」
高価な書斎机の前に座るライドウは、最新型のノートパソコンに報告書を打ち込みながら、出入り口の前に立つ銀髪の大男に向かって言った。
10畳以上もある広い室内。
壁にある本棚には、様々な魔導書が隙間なく置かれ、大きな体躯をした成人男性が、優に横になれそうな大きな革張りのソファまで置かれている。
「ディヴァイド共和国が良く頷いたな? 」
「俺達”クズノハ”は、国連の中でも大きな発言力を持っている。 いくら先進国として名高い”ディヴァイド”でも、”クズノハ”の声を無視出来る程の権限は無い。」
それに、本音を言えば、ディヴァイド共和国にとっても、ネロという少年の存在は、腫れ物の如く厄介な代物であった。
ネロの体内には、”ソロモン十二柱”の魔神の一人、堕天使アムトゥジキアスが眠っている。
魔具『閻魔刀』によって、力を封じられているとはいえ、何時暴走して手が付けられなくなるという可能性も否めない。
悪魔の専門家として名高い『クズノハ』が、そんな厄介者を引き取ってくれるなら、喜んで従うだろう。
「親友に対する償い・・・てか? アンタらしいぜ。」
ダンテは、呆れた様子で肩を竦めると、革張りの高級なソファにドカリと腰を下ろす。
「それもあるが、あの子の躰には、アムトゥジキアスが眠っている。 いくら『閻魔刀』の力で強制的に休眠状態にしているとはいえ、何時目覚めるとも限らないからな。」
フォルトゥナ城、地下研究棟で、堕天使アムトゥジキアスと対峙したが、流石、ソロモンに名を連ねし魔神だけあり、その力は上級悪魔のソレを遥かに凌ぐ。
もし、完全に覚醒していたら、最上級悪魔(グレーターデーモン)を召喚する以外、対処は出来なかっただろう。
ネロは、クレドの大事な義理の息子だ。
死んだ友の為にも、ネロには出来るだけ人間としての生を謳歌して貰いたい。
だから、自分の眼の届く範囲に、ネロを置いておきたかった。
「ま、餓鬼の事はアンタに任せるとして・・・・何時になったら、俺を”壁内調査”に加えて貰えるんだ? 」
躰の半分が埋まってしまいそうな程、上質なソファに背を預け、ダンテは、書斎机で仕事をしている左眼に眼帯をした少年を睨み付ける。
レッドグレイブ市にある便利屋事務所を一時、休業してから1年余り。
此処、日本に来てからというもの、与えられる仕事は、下級悪魔の討伐ばかりだ。
東京湾をすっぽりと覆い隠してしまう程、巨大な壁。
あの壁の向こうに、巨大な異空間―シュバルツバースがある。
そこから漏れ出る僅かな瘴気を餌に、下級悪魔が東京近郊に、度々、実体化しては市民に被害を与えているのであった。
「いい加減、雑魚の相手は飽き飽きだぜ。 それに、俺はアンタの番だ。一緒に、壁内調査に参加するのが道理ってもんじゃねぇのかよ? 」
「・・・・・勘違いしているみたいだから、もう一度説明するが、お前は代理番だ。俺の正統な番は、玄武で、お前じゃない。」
噛んで含める様にライドウは、説明すると、ひと段落したのか、ノートパソコンの液晶ディスプレイを閉じた。
この話は、もう何度もこの男にしている。
日本に来てからというもの、ダンテは事あるごとに”壁内調査”に同行すると言い出して、きりがなかった。
「佐助からお前の事は聞いてるぞ。 独断専行が酷過ぎる。アレじゃ、何時取り返しのつかない事態になるか分からない・・・・とな。」
「ちっ、相手は、小鬼(ゴブリン)や喰種(グール)ばかりじゃねぇか。あんな雑魚共俺一人で十分だ。」
「下級悪魔と思って侮るな! 」
ライドウの鋭い叱責に、ダンテは思わず口籠(くちご)もる。
そんな銀髪の大男に、眼帯の少年は呆れた様子で大袈裟な溜息を吐いた。
「お前の言う通り、小鬼(ゴブリン)も喰種(グール)も単体では、人間でも倒せるぐらいの力しかない。 だが、徒党を組まれると途端に厄介になる。 従軍経験のあるお前なら分かるよな? 」
「・・・・。」
「特に、小鬼(ゴブリン)は、人間並みの知能を持つ奴や突然変異体も混じっている。そんな奴等が軍隊を作れば、上級悪魔以上の力を持つんだ。」
ライドウの言う通り、小鬼(ゴブリン)は特殊個体が多く発見されており、そう言った突然変異体を”ボブゴブリン”や”ゴブリンキング”と呼んでいる。
おまけに小鬼(ゴブリン)は、集団で行動する習性があり、その特殊個体が混じると上位悪魔以上の戦闘能力を持つ。
「悪魔討伐は、一人では決して出来ない。 仲間(チーム)の連携があってこそ、初めて成し得るんだ。 故に、仲間(チーム)の足並みを乱す輩は、直接死に繋がる・・・・軍に4年間いたんだろ? だったら、俺の言っている意味が分かる筈だ。」
書斎机の上に手を組み、そこに顎を乗せたライドウが、斜め右隣りにあるソファへと座る銀髪の男に鋭い一瞥を送る。
一応、軍隊時代のダンテの経歴に目を通してはいる。
ライドウの予想通り、チーム内の評価は最低であった。
数々の命令違反、協調性に欠け、単独行動が目立ち、周りの状況判断を顧(かえり)みず、悪魔の群に突っ込んでいく。
それでも、大きな失態なく此処まで来れたのは、全て、ケビン・ブラウンの優れた手腕あってこそであった。
しかし、アフガニスタンにあるキザフでは、堕天使・パイモン討伐で大きな失態を犯し、チームを危険に晒している。
「その傲慢な態度を改めるんだな・・・・そうすれば、”壁内調査”の隊員に加えてやらん事も無い。 」
「随分な言い草だな? 爺さん。」
「”マスター”だ。 立場上、俺の方が上だという事を忘れるな。」
仮番の契約を交わしたとはいえ、ダンテの態度は相変わらずであった。
その気になれば、契約を一方的に破棄し、アメリカ本国へ強制送還してやっても構わなかったが、ライドウはあくまでもそれをしない。
佐助には、その甘さを再三、指摘されたが、どうしてもダンテに対しては、厳しい態度に出られなかった。
主人に叱責され、腹の虫が治まらないダンテは、忌々し気に舌打ちすると、徐(おもむろ)に座っていたソファから立ち上がる。
そして、ライドウが座っている豪奢なデスクチェアの後ろへと回り込んだ。
「日本(此処)へ来てから、1年近く、俺は俺なりにアンタに従って来た。」
「・・・・。」
背後から覆い被される。
耳元から囁かれる低く響く声。
ライドウの背をゾクリと、例える事が出来ぬ寒気が走る。
「なのにアンタときたら、日本に還るなり、H・E・C(Human Electrical Company)の仕事が忙しい等何だの言って都心の本社へ行ったかと思えば、今度は、俺に黙って”壁内調査”に出かけちまう。」
「・・・・。」
「半年近く、壁の向こうに行ったっきり全然、連絡も来ねぇ・・・・その間、俺がどんな気持ちだったかアンタに分かるか? 」
「・・・・・お前の事は、佐助に頼んでいる。 それは、お前にもきっちりと伝えた筈だ。」
フォルトゥナ公国から日本に帰国後、ライドウはダンテに、佐助が今担当している”旧市街地調査”の仕事を手伝う様、伝えている。
今から、10数年前、日本全土を第二次関東大震災が襲った。
都心である東京は、八割以上が壊滅。
多くの人命が奪われる、未曽有の大惨事となった。
日本政府は、首都を東京から八王子へと移し、震災が酷い、渋谷、新宿、東京を一時的に閉鎖。
今も尚、復興作業は続けているものの、予想外の事態が発生した。
震災の影響で、シュバルツバースを覆っている壁に穴が空き、地下道を通って悪魔が侵入して来たのだ。
その為、”クズノハ”は、急遽、討伐部隊を派遣する羽目になってしまったのである。
「だから、あの忍者野郎の仕事を手伝っているんじゃねぇか。 そのご褒美ぐらい貰っても罰は当たらないぜ? 」
「・・・・・っ! 止せっ!! 」
大男の不埒な手が、フォーマルベストの中に忍び込み、シャツの上から乳首をなぞる。
もう片方の手は、キッチリと結んだネクタイをあっさりと解いてしまった。
「こ、これから、永田町に行って、定例会議に参加しないといけないんだ。 お前の悪ふざけに付き合っている時間なんてねぇんだよ! 」
「あの蝮野郎に抱かれに行くのか・・・。」
心にもないダンテの一言に、抵抗していたライドウの動きが止まる。
図星を刺され、固まるライドウを見下ろし、ダンテは自嘲的な笑みを口元へと浮かべた。
「こんな時間に会議か・・・・俺を騙すにも、もう少しまともな嘘を言えよな?爺さん。」
時刻は、既に夜の8時近くになっている。
成城にある葛葉邸から、永田町に向かえば、会議を終え再び邸宅に戻る時には、既に深夜帯を回っているだろう。
「どうせ、今夜も屋敷(ここ)に帰って来る気はねぇんだろ? だったら、蝮野郎に分かる様に、マーキングを付け直してやるよ。」
「ダンテ!! 」
強引に椅子を回転させ、その華奢な肢体を抱き上げる。
逞しい腕から逃れようとするが、当然、そんなか弱い力が通じる筈も無い。
軽々と肩に担ぎあげられ、革張りのソファへと連れていかれる。
「・・・・・っ!! 」
いくらスプリングが十分効いているとはいえ、乱暴に投げ落とされれば、流石に痛い。
抵抗する間もなく、先程、解かれたネクタイで、細い両腕を頭の上で縛り上げられた。
完全にスイッチが入ったダンテは、誰にも止められない。
ライドウは、諦めた様に双眸を閉じると、せめてもの抵抗の為と、覆い被さる男から顔を背けた。
「聞いてるか? 蝮野郎。 」
そんなライドウの顎を乱暴に掴み、ダンテが無理矢理、自分の方へと顔を向けさせる。
「ライドウは、俺のモノだ。 爺さんを縛り付けて良い気になってるみたいだが、必ずてめぇをぶちのめして、奪い取ってやるから覚悟しな。」
ライドウの躰に、蟲術を使って式神を寄生させている事は知っている。
式を通して、四六時中、玩具であるライドウを監視しているのだ。
なので、敢えて式を通して、ダンテは、十二夜叉大将の長である骸に、挑発しているのであった。
「うっ!ぐぅ!! 」
ダンテの挑発を聞いた刹那、ライドウの細い四肢がまるで電流に打たれでもしたかの如く、反り返り痙攣した。
暫くすると、ライドウの意思に反し、口が勝手に動き始める。
「ふふっ・・・・君がダンテ君か? ナナシから話は聞いているよ。」
戸惑うライドウを他所に、情夫である骸が式である巫蟲を使い、話を続ける。
「残念ながら、君の一途な想いは決して報われない・・・・君達二人はそういう宿星(しゅくせい)にあるのだよ。」
「宿星(しゅくせい)だと・・・・? 」
骸の言葉に、ダンテの秀麗な眉根が怒りで歪む。
「君がどんなにナナシを愛そうとも、この子は私を裏切らない・・・・否、裏切れないと言った方が正しいか。」
「どういう意味だ? 」
「そのままの意味さ・・・・私から、ナナシを奪い取ると言ったな? ならば、永田町にある国会議事堂に来たまえ、私は何時でも待っているよ。」
「ハッ! 上等だ。」
骸はそれだけ伝えると、呪力によって拘束していたライドウを解放する。
途端に、悪魔使いは苦し気に身体を折り、激しく咽込(むせこ)んだ。
「だ・・・・ダンテ・・・・帝国議会議事堂へは行くな・・・・行けば、殺される・・・。」
粗い息の元、ソレだけを必死に銀髪の男へと告げる。
骸の強さは、桁違いでは図れない。
最早、この世ならざぬ存在だ。
ダンテと骸では、強さの次元が違い過ぎる。
まんまと情夫の挑発に乗り、国会議事堂へと向かえば、そこに待つのは確実な死だ。
「悪いな? 爺さん。 俺は相手に舐められるのが大嫌いなタチでね? 倍に返してやるまで気が済まないのさ。」
「止めろっ! 骸は、お前を玩具にして遊びたいだけだ! 躰と心を壊されるぞ! 」
感情のまま、ライドウはダンテの胸倉を掴み、自分の方へと引き寄せる。
かつて、ケビン・ブラウンが、愛する女を救う為に、単身、骸の元へと赴き、見事返り討ちにされた。
命までは取られなかったものの、肉体と精神を壊され、二度と現場復帰出来ぬ程の怪我を負わされた。
ダンテには、師と同じ道を辿って欲しくない。
「あの男に、世間一般の道徳は通用しない! 頼む! 永田町へは行かないでくれ! 」
血を吐く様な懇願であった。
悪魔使いの脳裏に、地獄を彷徨っていた自分を救ってくれた男の姿が浮かぶ。
目の前にいる大男と同じ、銀の髪を持つ、美青年であった。
仲間想いで、優しく、義理人情に厚い男であった。
あの時の様に、かつて愛した男の面影を色濃く残すダンテを失いたくはない。
「頼むから行かないでくれ・・・・・お前まで失ったら、俺は・・・・。」
逞しい男の胸元へと顔を埋め、ライドウは華奢な躰を震わせる。
どんな言葉を掛けて制止しても、この男は止まらないだろう。
故郷であるアメリカを捨て、この小さな島国へと来たのも、全ては自分を”人喰い龍”から救う為だ。
所詮、両者の激突は避けられない。
肩を震わせ泣くライドウを、ダンテは優しく抱きしめてやるより他に術が無かった。
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