ナターシャ・ローエル・・・・ニーナ・ローエルの母であり、パティの祖母。
ジョルジュ・ジェンコ・ルッソと巡り合う前は、アメリカの国防総省で、特殊工作員をしていた。裏社会では『ゴルゴン三姉妹』という通り名で恐れられ、アステカの最高神・オメテオトルを使役。
数々の任務を遂行させた。
当時は、『黒手組(ブラックハンド)』の首領・アポフィスとは好敵手(ライバル)関係にあり、ナターシャが病死した時は、身分と姿を隠して告別式に参加した。
底の見えない暗く凍てついた谷底へと、果てしなく堕ちて行く感覚。
耐え切れず、ネロは悲鳴を上げて、硬く閉じていた双眸を見開く。
木材で組まれた見知らぬ天井。
背に感じるざらついた感覚から、自分が畳に寝かされている事が分かる。
「あれ・・・・? 此処は一体何処だ? 」
脳内に激しく飛び交う、クエスチョンマーク。
自分は確か、春山壮門前で、同じ”探偵部”に所属する遠野・明の知り合いという正体不明の怪物と交戦していた筈だ。
「気が付いた? 」
傍らから聞こえる女性の声。
未だ、ぼやける視界を其方に向けると、見事な金の髪を持つ美女と視線が合う。
ネロの傍に坐した女性‐ ニーナ・ジェンコ・ルッソは、柔らかい微笑を銀髪の少年へと向けた。
「わっわっ! 一体誰なんだよ? アンタ! 」
正体不明の美女の出現に、ネロは慌てて起き上がる。
良く見ると、制服の上半身は脱がされ、制服のズボン一枚の姿だった。
当然、下に着ていたシャツも脱がされている。
ニーナも、博物館清掃員の作業服を拝借しており、素肌に身に着けていた。
「お前を治療してくれた術師だ。」
黒毛のハムスターへと姿を戻した、妖魔シウテクトリが呆れた様子で、己の主を見上げている。
良く見ると、自分達二人以外、人の気配は微塵もしなかった。
「明は? てか、あのデカブツは一体何処に行ったんだよ? 」
傍らにいる小さな相棒に向かって、ネロは矢継ぎ早に質問する。
堕ちていく戦闘ヘリ。
”探偵部”の仲間である明と対峙する、異形の怪物。
自分の腹を貫く、鋭い尾。
そこから後の記憶が、ぶっつりと途絶えている。
「ふむ、やはり何も覚えておらぬか・・・・。」
ネロの狼狽ぶりを予め分かっていたのか、シウテクトリは思案気に腕を組む。
そして、もう一度、主の顔を見上げた。
「お前は、一度、ソロモン十二柱の魔神に、身体を乗っ取られたのだよ。」
気絶したネロを茶室にいるニーナに預け、稲荷丸古墳へと向かう明。
距離にして数分程度の道程ではあるが、異界化が進み、空間が歪んでいる。
普段、観光客の眼を潤す美しい庭園も、悪夢の様な光景へと様変わりしていた。
異形の根が地面から突き出し、樹々も歪な姿へと変わっている。
池は、血の色へと変わり、鼻孔に血液独特の生臭い匂いを漂わせていた。
今から数分前、明と”探偵部”の仲間、ネロは、三島重工が対悪魔用として開発したBOW、Ne‐α型と交戦していた。
鬼人化した明の猛攻に、対処しきれなくなったペイルライダーこと、黒井・慎二は、実母であるテレジアに命じて、BOWのリミッターを第一段階だけ解除。
拘束具を除去し、素体となった悪魔の姿を露わにした。
機動力も格段に上がり、おまけに魔具との併用技に、明は瞬く間に劣勢を強いられた。
その時に、三島重工の戦闘ヘリを撃墜したネロが、駆け付けたのだ。
「止せ!来るんじゃない! 」
敵の気配から、チャーリーがネロを次の標的へと選んだ事が分かる。
自分を攻撃するより、ネロを殺害した方が、精神的ダメージがあると判断したからだ。
明が、制止するよりも早く、銀髪の少年の身体に、怪物の尾が突き刺さる。
衝撃で、両手から離れるアサルトライフル。
血反吐を吐いたネロの両眼が白目を向く。
「へっ、まずは一匹。」
何処か勝ち誇ったチャーリーが、死の痙攣を繰り返すネロの身体を明の方へと向ける。
「どうした? まさか仲間殺やれてビビッてんのかよ? 」
「・・・・・・。」
幸い心臓等の重要な臓器は、破壊されてはいないが、早く救い出さねば、出血多量で手遅れになってしまう。
いくら、魔剣士・スパーダと霜の巨神・ヨトゥンヘイムの血が流れているとはいえ、人間である事には変わりが無いのだ。
真紅の鬼が、静かに息を吐き出すと、両脇に収まっている二振りの刀を抜き放った。
「ち、調子に乗るなよ? クズ。」
緊張感が高まる両者の間を、唐突に割って入る第三者の声。
力無く項垂れていたネロの両腕が、己の腹を貫いている尾を掴み、右脚の蹴りで引き千切る。
「なっ!? 」
余りの出来事に、対処が出来ず、チャーリーが二歩、三歩と後退する。
そんな四つ脚の怪物を他所に、ネロは地へと降り立つと、突き刺さっていた兇悪な尾を、無造作に引き抜いた。
「小僧・・・・否、アムトゥジキアスか。」
右腕の機械仕掛けの義手『デビルブレイカー』に憑依した妖魔・シウテクトリが、主である銀髪の少年を見上げる。
「久しぶりだな? シウテクトリ。 独立戦争以来だ。 」
ソロモン十二柱の魔神が一人、堕天使・アムトゥジキアスは、己の右腕へと視線を降ろす。
今から数百年前、メキシコ独立革命時に、二人は敵味方に分かれて戦っていた。
戦争は一時、泥沼化したが、政教分離や自由主義を掲げ独立を望むリベラル派と、カトリック及び君主制の権威の尊重や身分制を重んじる保守派が手を組み、メキシコは無事、スペインから独立する事が出来たのだ。
「貴様・・・・・何故? 」
「説明は後にしよう、それより、身の程知らずの馬鹿を始末するのが先だ。」
炯々と赤く光る双眸が、怒りの呻き声を上げる怪物へと向けられる。
「嘘だ・・・・何なんだよ? お前! 」
咆哮を轟かせ、チャーリーがガトリング形態へと、複製体『パンドラ』を変形させる。
少年の肉体を引き千切らんと、迫り来る数百発の鋼の牙。
しかし、当たらない。
不可視の壁が、豹変したネロの眼前に展開され、悉く弾き飛ばしてしまう。
「何だ? 手伝ってくれるのか? 」
「貴様の為ではない、小僧に死なれてはワシの面目が立たんからだ。」
物理反射防壁(テトラカーン)を唱え、ネロを護ったのはシウテクトリであった。
憎まれ口を叩く火の神に、ソロモンの堕天使が皮肉な笑みを口元へと浮かべる。
そんな二人の様子を、侮辱と受け取ったチャーリーは、歯ぎしりし、『パンドラ』をブレード形態へと変化させ、銀髪の少年へと襲い掛かる。
だが、その巨大な刃がネロを両断する事は叶わなかった。
堕天使の左腕の一振りで、怪物の右腕が肘から、綺麗に切断されてしまう。
間欠泉の如く噴き出す、紫色の体液。
悲鳴を上げる怪物が、体制を崩し、無様によろめく。
その隙を突いて、妖魔・シウテクトリが火炎系最上級魔法”アギダイン”を放つ。
900から1300度の高熱が、怪物の上半身を焼く。
吹き飛ばされ、魔界樹の樹々を薙ぎ倒し、大の字に倒れる生物兵器。
その衝撃で、チャーリーの意識は飛び、二度と起き上がる事は出来なくなっていた。
「そう・・・・だったのか・・・・俺・・・・。」
仲魔であるシウテクトリに、事の経緯を聞かされた銀髪の少年は、綺麗に塞がっている自分の腹を見下ろす。
Ne‐α型を倒したアムトゥジキアスは、16代目・葛葉忍が施した術式が発動し、再び深層意識の底へと眠りについた。
力を失い倒れるネロを、鬼人化を解いた明が担ぎ、この茶室へと運んだのである。
「すまんな? お嬢さん。 アンタには迷惑を掛けてしまった。」
「いいえ、私の能力(ちから)がお役に立てて、良かったです。」
堕天使の力で、損傷した臓器の応急措置は出来た為、命に別状はなかったが、重傷である事に変わりは無い。
未だ血を流すネロを茶室へと運んだ明は、そこで医術士(ドクター)の資格を持つニーナと出会った。
彼女は、すぐにネロの容態を見て、必要な治療キットを明から預かり、適切な処置を行ったのである。
「そういえば、まだお前さんの名前を聞いていなかったな? 」
黒い毛並みのハムスターは、見事な金色の髪を持つ30代半ばぐらいの美女を見上げる。
瀕死のネロを治療するのが精一杯で、ニーナの名前を聞く余裕が無かったのだ。
「私は、ニーナ・ローエルと言います。」
4年前に起こった『ヴァチカン法王暗殺事件』の事を気にしたニーナが、敢えて父方ではなく、母方の性で名乗る。
「ローエル? するとお前さんは、ナターシャ・ローエルの娘か? 」
「!? 母をご存知なんですか? 」
シウテクトリの口から、実母の名前が出た事に、ニーナは驚く。
母親が、SS級の悪魔召喚術師である事は知っていた。
しかし、彼女の記憶の中にある母は、ガーデニングを趣味とした、心根の優しい女性である。
とても、血生臭い世界にいたとは到底思えない。
「知っているも何も、お前の母親とは敵対関係にあった。 当時は、”ゴルゴン三姉妹”と名乗り、アメリカ国防省(ペンタゴン)の工作員として活動していた。 ワシの同胞が大勢、お前の母親に殺されたよ。」
「っ!・・・・・そう、だったんですか・・・・・御免なさい。」
シウテクトリから思わぬ母の過去を聞かされ、ニーナの顔から血の気が引く。
「おい、その女性(ひと)と母親がした事は、全く関係がないだろ。」
シウテクトリの心無い言葉に傷つき、俯くニーナの姿に、ネロが流石に黙っていられず、傍らにいる仲魔を睨み付ける。
ニーナの母親が、一体どんな人物であったのかは知らない。
だが、親の犯した咎を子まで受けるのは、理不尽過ぎる。
自然と、ネロの脳裏に育ての親である、魔剣教団の騎士団長、クレドの姿が浮かんだ。
「むっ? た、確かにその通りだな? スマン、お嬢さん。」
「いいえ・・・・母が普通の人間では無い事は知っていました。生前のあの人は、決して子供である私に、自分の過去を明かさない人でしたから。」
ネロに指摘され、慌てて謝罪するシウテクトリに、ニーナは寂しそうに首を横に振る。
「んで? 何で、アンタがこんなヤバイ場所にいるんだ? 誰かに依頼されてって訳でもなさそうだな? 」
銀髪の少年は、綺麗に畳まれている『聖エルミン学園』の制服とシャツを身に着けながら、目の前にいる女性を改めて眺める。
見事な金色の髪に、新雪を思わせる白い肌と、整った容姿。
その為か、拝借している作業員のツナギが、大分不釣り合いに映る。
「私の娘・・・・パティと一緒にアンブロシウス・メルリヌスという少年に、無理矢理此処に連れて来られたのです。」
ニーナの脳裏に、何処か寒気を感じさせる笑みを浮かべた一人の少年の姿が過った。
異界化が進んだ五島美術館別館前、そこには、三島重工の私設部隊『トライセル』が所有する数台の装甲車が停まっていた。
身体の半分を吹き飛ばされ、醜い骸と化したNe‐α型が処理班達によって回収される姿を化学班主任補佐である宮崎が黙したまま、眺めている。
不図、その視線の先が、主任であるテレジア・黒井・ルドルフ親子がいる黒塗りの大型装甲車へと向けられた。
誰もいない最新型の機材が積まれた車内。
その後部座席には、息子に膝枕をしてやる母親の姿があった。
「ううっ・・・・・糞・・・・・何で・・・・こんな・・・・。」
冷やしたタオルで両眼を覆った黒井・慎二が、口惜しさに啜り泣く。
綿密な計算と戦略の元、自分の立ち回りは完璧であった。
その証拠に、鬼人化した遠野・明を追い詰め、その仲間である元魔剣教団の騎士、ネロに瀕死の重傷を負わせたのだ。
後、もう一歩で勝てる。
そう確信した時、慎二の予想を遥かに上回る出来事が起こった。
「アレは、恐らく最上級悪魔(グレーターデーモン)の一種ね。 まさかSS級の召喚術師だったとは、予想外だったわ。」
膝に乗せた息子の頭を優しく撫でてやる。
あの元魔剣教団の少年は、完全な番狂わせな穴馬であった。
彼女達が最も恐れていたのは、”十二夜叉大将”の一人である”毘羯羅大将”只一人だけであった。
故に、その仲間であるもう一人の少年を度外視していたのである。
「主任、 検体の回収が終わりました。」
何時までも臍(へそ)を曲げ、中々機嫌を直してくれない息子に辟易している母親の元に、部下である20代後半辺りの青年が現れた。
「”ピスハンド”は無事です。 ラボに戻れば先程の戦闘データを解析出来ますね。」
「そう・・・・なら、すぐに足立区の研究所に戻りましょう。 この子もそこで適切な措置をしてあげたいし。」
部下の報告に、テレジアは満足そうに頷く。
”ピスハンド”とは、Ne‐α型の脊髄に寄生している妖虫の事である。
宿主の脳下垂体に侵入し、成長ホルモンをコントロールする他、コントロールが難しいNe細胞を統制するのに最も適した悪魔であった。
因みに、”ピスハンド”には小型の爆弾が仕掛けられており、最悪の事態を想定して、自爆する様に設定されている。
「魔神皇様達は、どうされますか? 」
この魔の森には、三島重工の会長、三島・喜作が神と崇める少年がいる。
彼等を置いて、足立区の研究施設に戻る訳にはいかない。
「大丈夫、彼から”私達の仕事が終わったら引き上げて良い”と、了解を得ているわ。」
テレジア達の目的は、Ne‐α型の起動実験であって、”賢者の石”回収ではない。
元々、そんな御伽噺を信じる訳も無かった。
彼等が、”宝探し”をしたいなら、勝手にすれば良い。
「先生・・・・俺・・・・。」
「駄目よ、シンジ・・・・これ以上の戦闘は認められないわ。」
まだ、戦えるというチャーリーの言葉を、母親が有無を言わせず遮る。
「次は、もっと強い身体を貴方にあげる・・・・それまで、我慢しなさい。」
「・・・・・ちっ、分かったよ。」
彼にとって、母親の言葉は絶対だ。
逆らう事等許されない。
故に、不承不承頷くより他に術が無かった。
狭間・偉出夫によって腹を裂かれ、滝壺へと落ちたダンテ。
何とか、血生臭い池から這い出した魔狩人は、力尽き、大の字になって仰向けに倒れる。
斬り裂かれた腹の傷が、中々再生しない。
恐らく、偉出夫が使用した武器は、”神器(デウスオブマキナ)”だろう。
再生機能が、完全に殺され、皮膚がドス黒く変色し、腐敗しているのが分かる。
「・・・・糞・・・・俺とした事が、しくじったぜ。」
相手が子供だと思って油断した。
脳裏に、無邪気な笑顔を浮かべ、右手に蒼白く光る剣‐アスカロンを握る16・7歳ぐらいの少年の姿が過る。
微塵も殺気を感じなかった。
身体が無意識に反応し、後方へと二歩・三歩と下がっていたお陰で、胴体を両断される憂き目には合わなかった。
しかし、悪魔特有の再生機能が戻らなければ、動く事もままならない。
もし、万一、森を徘徊する悪魔共に見つかりでもしたら、対処する術がまるでない。
口惜し気に唇を噛み締めるダンテの耳に、小枝を踏みしめる音が聞こえた。
痛む身体に鞭打ち、其方へと視線を向けると両手にアサルトライフルを持つ、長い前髪の少年‐ 遠野・明の姿が映る。
負傷し、倒れている相手が、ダンテだと分かると、長い前髪の少年は、呆れた様子で溜息を吐き出した。
「酷ぇ姿だな? オッサン。」
ダンテから数歩離れた位置に立つ明は、構えていたアサルトライフルを降ろし、背へと担ぐ。
矢来区地下水道の時と言い、今の状況と言い、自分はほとほと損な役回りを押し付けられる質らしい。
「言ってろ・・・・糞餓鬼・・・・。」
それは、魔狩人も同じであった。
何が哀しくて、自分にとって天敵ともいえるこの少年に無様な姿を二度も晒す羽目になるのか。
唇の奥から呻き声を漏らしながら、気力だけで立ち上がる。
裂かれた腹から、血が噴き出し、革のズボンと地面を血で真っ赤に汚した。
こんな無茶な真似をしたら、傷口から大腸が零れ落ちてしまう。
だが、ダンテは止めない。
今にも噛みつかんばかりの鋭い視線で、眼前の少年を睨み付けつつ、震える手足を叱咤し、身体を起こす。
刹那、口から大量の血が吐き出された。
どうやら、肺にも相当な量の血が、溜まっていたらしい。
抑えていた傷口から、柔らかい内臓の感触を感じつつ、男の思考は暗転した。
古経楼と呼ばれる茶室にいたニーナ・ローエルに、気絶したネロを預け、目的地である稲荷丸古墳へと向かう明。
その視界の隅に、人影が映る。
脚を止め、崖下へと覗き込むと、血の池から這い出す人間らしき姿を見つけた。
どうやら、世田谷区の生存者らしい。
このまま見捨てる訳にもいかず、明は崖下へと降りる。
かなりの重装備であるが、少年は全くそれを感じさせず、器用に足場を使って、生存者が倒れる血の池へと近づいた。
「全く、泣けるぜ。」
気絶したダンテを背負い、一路、医術士(ドクター)の資格を持つニーナがいる茶室へと戻る。
一応の応急措置はしたものの、再生機能を殺されている為、このまま放置すれば、いずれ出血多量で死んでしまうだろう。
別に、この男がどうなろうが、明には全く問題が無いのだが、義理の父親である17代目の大事な代理番だ。
なるべくなら、義理父が悲しむ姿は見たくない。
「明っ! 」
不図、誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
立ち止まり、声がした方向へと顔を向けると、全身に刺青を入れた黒髪の青年‐Vと、小さな妖精‐マベル、そしてVの使い魔であるグリフォンの姿を認める。
一体どういう経緯で、共に行動しているのかは知らないが、Vとマベルは、銀髪の大男を背負う明の元へと近づいた。
「何でアンタが此処に・・・・? てか、その背負っているのって、もしかしてダンテなの? 」
明に背負われたダンテは、誰の目から見ても、瀕死の重傷である事が分かる。
マベルが、魔狩人の顔を覗き込むと、苦痛で顔を歪ませ、荒い吐息を忙しなく繰り返しているのが分かった。
「丁度良い、応急措置は一応したが、傷の周りが壊死を起こして手がつけられん。アンタの魔法で治す事は出来ないか? 」
明が、魔界樹が生い茂る幹の根元へと、銀髪の大男を寝かせる。
破損したタクティカルアーマーと、アンダーシャツは、とても使い物になりそうになかったので、破棄していた。
見事に鍛え上げられた上半身の腹部には、包帯が巻かれており、どす黒い血で汚れている。
「これは神器でやられた傷ね。 再生機能が完全に死んでいるわ。」
流石に、医療系魔法に長けているだけはあり、マベルは一目で、付けられた傷が神器によるものであると見抜く。
死んだ再生機能を何とか蘇らせようと、回復系中位魔法『ディアラマ』を唱えた。
「グリフォン、アンタ確か補助系魔法と回復系魔法が使えたわよね? 」
「ん? あぁ、一応な。」
「なら、マカカジャで私の魔法を底上げしつつ、ポズムディで毒素を抜いて上げて、上手くいけば死んだ再生機能が回復するかもしれないわ。」
「はぁ? 何で俺様がそんな面倒臭い事しなきゃならねぇんだよ。」
「良いからさっさとやる! いう事聞かないと唐揚げにしちゃうからね! 」
マベルの剣幕に、黒い毛並みの大鷲は、渋々といった様子で従う。
幾つもの法陣が展開され、早速、ダンテの治療が始まった。
そんな二人の様子を黙って眺める明。
視線が、病的に白い肌をしたノースリーブの長外套(ロングコート)を着る陰気な召喚術師へと向けられる。
「・・・・・・・世田谷区にあるショッピングモールで、同級生(クラスメート)の妹が死んだ。」
唐突に切り出された話に、Vが弾かれた様子で、明へと蒼い双眸を向ける。
「小児喘息を患っていた。 今日、退院してショッピングモールでケーキ屋を経営している叔母の所に預けられていた。 その時に、悪魔が起こしたパンデミックに巻き込まれたんだ。」
感情がまるで無い、硝子玉の様な双眸が、コートの下からでも見える全身にタトゥーが彫り込まれた召喚術師に向けられる。
「何が言いたい? 」
「別に・・・・只、アンタの済ました面を見ていたら、無性にムカついただけだ。」
「・・・・・・。」
黙したまま、一言も反論せず、陰気な召喚術師は、長い前髪の少年を睨み付ける。
「”俺は関係ない。””こんな事になるとは知らなかった。”そう思ってんだろ? 」
Vの目の前へとゆっくりとした歩調で近づき、自分より若干背丈が低い陰気な男を見下ろす。
長い前髪の隙間から見える双眸は、静かな怒りの炎が灯っていた。
「一体、俺にどうしろと言うんだ? 」
「話せよ。 知っている事、全部。 洗いざらい、包み隠さずな。」
嘘偽りを吐く事は、決して許さない。
そんな無言の威圧感に、Vことバージルは唇を噛み締める。
明の言う通り、まさか被害が此処まで拡大するとは夢にも思ってはいなかった。
四大魔王が一人、ユリゼンことアンブロシウス・メルリヌスは、東京23区に住む人々の命を糧に、『賢者の石』を造りだそうとしている。
そして、義理の父親である13代目・葛葉キョウジも・・・・・。
暫しの逡巡後、バージルが重く閉じていた唇を開こうとした刹那、マベルとグリフォンから治療を受けていたダンテが微かな呻き声を上げた。
地に深々と穿たれる大剣‐カオス・イーター。
最上級悪魔(グレーターデーモン)の力を借り、警視庁の刑事‐周防・克哉が逸早くその場から逃れる。
「止めろ!横内! 俺は、お前とは戦いたくない! 」
真紅の長外套(ロングコート)を纏い、髑髏の仮面を被る魔人に向かい、周防刑事は懸命に呼びかける。
しかし、その悲痛な声が相手に届く事は無かった。
大地に穿たれた大剣が、空を薙ぎ、衝撃波が色眼鏡の刑事へと襲い掛かる。
真横に跳び回避するが、衝撃波の余波をまともに浴び、吹き飛ばされた。
魔界樹の幹へと容赦なく叩きつけられる周防刑事。
頭を打ち付け、意識が飛びそうになる。
「何故、分かって貰えないんだ? 克哉。 僕と君は同じ被害者じゃないか。」
「よ・・・・・横内・・・・。」
「物心ついた時から、化け物の内臓を移植され、家畜みたいに番号を刻まれ、国に対し、絶対服従を誓わされた・・・・ギザブでの一件を忘れたのか? 」
横内の言葉に、朦朧とする意識の中、周防刑事は遠い過去を想い出していた。
今から4年前、アフガニスタンにある都市― ギザブで悪魔による大規模なパンデミックが発生した。
当時、陸上自衛隊に入隊したばかりの周防と横内は、対悪魔を想定とした特殊部隊に所属し、彼の地へと派遣された。
だが、いくら魔導士や剣士の役職を持つ特殊部隊とはいえ、実戦経験が浅い連中ばかりだ。
隊は総崩れとなり、唯一生き残ったのが、横内と周防の二人だけであった。
「君は、視力を奪われ、僕は右腕と左足を失った。 用済みとなった僕達を国は僅かばかりの報奨金を与えてあっさりと捨てたんだ。 役立たずの烙印を押してね。」
「・・・・・。」
「克哉、君の中にも僕と同じ怒りと哀しみはある筈だ。 頼む、僕達の理想を叶える為に力を・・・・。」
「断る。」
懇願とも取れる友の言葉を、周防刑事は冷酷に切って捨てる。
横内の気持ちは痛い程良く分かる。
しかし、今の自分は警察官なのだ。
力無き市民の生活と安全を守らねばならない。
「俺は、東京都に住む市民達を護る義務がある。 もし、彼等に被害を与えるなら、俺はお前と戦わねばならん。」
左脇のガンホルスターから自動式拳銃を抜き放ち、眼前に立つ真紅の長外套(ロングコート)を纏う魔人へと向ける。
背後に立つ最上級悪魔(グレーターデーモン)太陽神・ヘリオスが両腕に備え付けられた鋭い鉤爪を構え、戦闘態勢へと入った。
五島美術館前にいる百地警部補率いる特殊機動隊に、負傷した佐助を預け、一路、異変の原因たる稲荷丸古墳へと向かう鶴姫。
背筋を走る殺気に、殆ど条件反射で、身体を右方向へと捻る。
頬を掠める銃弾。
魔界樹の太い枝を蹴り付け、華麗に地へと降り立つ。
その薄紫の視線の先には、フレーム無の眼鏡を掛けた50代半ばと思われる壮年の男が立っていた。
防衛省、陸上自衛隊、坂本晋平二等陸佐だ。
背後に、悪魔討伐隊第二師団『飛竜』を従えている。
「一体何の真似だ? 玄信(はるのぶ)。」
薄紫色の双眸が、数歩離れて対峙する小柄な眼鏡の男を睨み付ける。
常人ならば、震え上がる程の殺気を当てられても尚、男は眉根一つ動かす事は無かった。
「見ての通り、貴女の足止めです。初代殿。」
手信号で、部下達に指示を与え、鶴姫の退路を完全に断つ形で散開させる。
頭の中に埋め込まれている制御チップによって、あらゆる感情を抑制された彼等は、まるでロボットの如く忠実に、坂本二等陸佐の命令に従っていた。
「貴様、自分達が何をしているのか分かっているのか? 」
「ええ・・・・十分承知してますよ? だから、貴女の足止めをしているんじゃないですか。」
パルスライフルや最新型のM56スマートガンを構える強化歩兵達を、横目で眺める美貌の剣士に向かい、坂本二等陸佐は朗らかな笑みを口元へと浮かべた。
自身の腰には、二振りの刀剣『吉岡一文字』を帯刀している。
「申し訳ありませんが、”賢者の石”が完成するまで、此処で私共のもてなしを受けては下さいませんかねぇ。」
「・・・・・・っ、やはり、防衛省(貴様等)が13代目に手を貸していたのか。」
「いいえ、あの方は、我々に賢者の石に関する情報を漏らしただけです。 実在すると分かれば、防衛省(我々)がどんな行動に出るか見越した上でね? 」
「・・・・・クズ共が・・・・・多くの市民があの石のせいで犠牲になったんだぞ? 国を護る者が民を皆殺しにされて何とも思わんのか? 」
「さぁ・・・・私は只の公僕です。 政府の命令に従って動いているだけですよ。 文句があるなら永田町で胡坐をかいてふんぞり返っている政府官僚の方々に言って下さい。」
最早、これ以上の会話は不要だった。
鶴姫は、腰に帯刀している魔法剣『七星村正』の柄を握り、坂本二等陸佐との間合いを一気に詰める。
金属同士がぶつかり合う音と、橙色の火花が激しく散った。
音速を軽く超える鶴姫の居合斬りを、坂本二等陸佐が難なく受け止めたのだ。
激しく繰り出される互いの斬撃。
炎が吹き荒れ、剣圧によって台地が抉れる。
「ほとほと呆れるな? 貴様等はあんな御伽噺を本気で信じているのか? 」
「御伽噺(おとぎばなし)? 馬鹿を言っちゃぁいけない。 貴女は自分の甥っ子を信じられないのですか。」
数合の撃ち合い後、再び、微妙な間合いを取って離れる二人。
あれだけの息詰まる斬り合いを繰り広げても尚、互いに息切れ一つとして無かった。
「この世にメルリヌス殿が残した文献が幾つあるかご存知なのかな? そのお陰で、我々は悪魔(デーモン)共の侵攻を喰い止めている。これら全て、貴女の甥御殿のお陰なのですよ? 」
「確かにな・・・・納得出来ぬが、それだけは認めよう。」
ゼウスの正妻、ヘラとオルフェウスの義理父・オイアグロスとの不義の子であるアンブロシウス・メルリヌスは、幼少の時から、その類稀な才能を発揮していた。
彼が持つ魔導の知識は、後世に広く語り継がれ、今も尚、対悪魔(デーモン)の討伐に活用されている。
その証拠に、東京湾一帯を覆う分厚い壁に施された術式は、メルリヌスが考案した封術を参考にしていた。
「だからと言って”賢者の石”が実在するとは限らん。 奴の戯言だと思わんのか?馬鹿め。」
鶴姫は、自分の死角に立つ強化歩兵に向かって真空刃(ソニック・ブレード)を放った。
避ける事等叶わぬ、絶妙のタイミング。
だが、真空の刃は、不可視の壁によって弾き飛ばされてしまう。
「・・・・・っ! 」
「おっと、言い忘れておりました。 彼等が来ている防護服は特殊でしてね? 対物理防御壁が自動的に発動する仕掛けになっているんですよ。」
対悪魔討伐部隊『飛竜』の隊員が装着しているタクティカルアーマーは、三島重工が、『シュバルツバース』から得た情報を基に開発されている。
対物理の他に魔法防御力も高く、”シュバルツバース”調査隊が着用している『デモニカスーツ』にも使用されていた。
「成程・・・・私も少々、貴様等を舐めていたな。」
鶴姫が、静かに息を吐き出し、腰だめに威神『アリラト』が宿った魔法剣を構える。
刹那、その姿が消失。
巨大な竜巻と化し、周囲を取り囲む強化歩兵達を次々と薙ぎ倒していく。
時間にして数秒。
周りには手足や胴体を両断され、死屍累々と横たわる兵士達の死骸があった。
「生憎だが、私は佐々木小次郎の様にはいかんからな? 」
自衛官の背後に立つ、美貌の剣士が長い前髪を掻き上げる。
流石は、初代剣聖。
いくら対物理に特化した強化歩兵の軍隊でも、全く問題にならない。
「くくくっ・・・・素晴らしい。 骸様が貴女を心酔する気持ちが痛い程分かります。」
手塩にかけて育てた部下達をあっけなく倒されたにも拘わらず、坂本二等陸佐は怒りの表情を微塵も見せなかった。
それどころか、凄絶な笑みを顔面に張り付け、右脚を一歩前に出し、二振りの刀を構える。
二天一流の基礎の構えであった。
稲荷丸古墳、最下層。
その玄室に、漆黒の長外套(ロングコート)を纏い、顔に同色の包帯を巻いた剣士、13代目・葛葉キョウジがいた。
「ちょっとしたアクシデントはあったものの、此処までは予定通りだ。」
右手に持つ愛用のGUMP(ガンタイプコンピューター)を慣れた手つきで操作し、空中に幾つかの映像を展開させた。
豪奢な玉座に座る主‐ 反逆皇・ユリゼンが肘掛に頬杖を付き、無感情で空中に浮かぶ映像に視線を向ける。
その真紅の双眸が、ある一点で止まった。
映像の中に、愛する番を見つけたからだ。
「ナナシ・・・・・。」
前室と呼ばれる場所に、一人の少年の姿が映し出されている。
右眼を残し、真紅の呪術帯で顔を覆った17代目・葛葉ライドウがそこにいた。
背には、真紅の魔槍・”ゲイ・ボルグ”を背負い、肩には代理番である黒毛の蝙蝠‐魔神・アラストルを従えている。
「なぁ、今更何だが、そのやり方は少々頂けないと思うぜ? 火に油を注ぐと思うんだがなぁ? 」
呆れた様子で、キョウジが、ユリゼンの右掌に浮遊する深紅のクリスタルへと向けられる。
クリスタルの中には、10歳ぐらいの少女‐パティ・ローエルが、仮死状態で閉じ込められていた。
「ふん、アステカの最高神・オメテオトルの血族だぞ? 大分、雑種の血で汚されているとはいえ、神代としてもこの娘は十分使える。」
ユリゼンは、クリスタルの中で眠る全裸の少女を、まるで珍しい玩具でも弄るかの様に掌で弄ぶ。
ニーナの母、ナターシャは数あるネイティブアメリカンの部族、ホピ族の巫女であるのと同時に、アステカの最高神・オメテオトルの純潔な血が流れていた。
幼少時から、”稀人”として強大な霊力を持ち、最上級悪魔(グレーターデーモン)として、オメテオトルを使役していた。
当然、アメリカ国防総省は彼女を国の工作員としてスカウト、彼等の期待通り、ナターシャは数々の任務を遂行し、ゴルゴン三姉妹と呼ばれ、裏社会から恐れられるまでに至った。
その恐るべき血が、孫であるパティにも脈々と受け継がれている。
平凡な人間として、その一生を閉じさせるには勿体ない逸材だ。
「分かってねぇなぁ・・・17代目は、子供・・・・特に10歳ぐらいの女の子が殺されるのを毛嫌いする。 余り下手やり過ぎると、今度はマジでぶっ殺されちまうぞ? 」
キョウジの警告に対し、魔王は鼻で笑い飛ばす。
ユリゼンとて、”人修羅”の恐ろしさは、身に染みて知っている。
だが、それで良い。
愛するナナシが、自分に対し、怒り狂い、その牙を向けられる事に震える程の愉悦を感じるのだ。
まだまだ長くなりそうです。