ケルト神話に登場する四つの神器。
魔の剣・・・・クラウソラス
魔の槍・・・・ブリューナク(作中ではゲイ・ボルグ)
運命の石・・・・リア・ファル(これも作中では、パティの祖母、ナターシャの形見のホープダイヤモンドを指す。)
魔の大釜・・・・ダグダの大釜。
ライドウは、ユリゼン(アンブローズ・マーリン)の真名をゲイボルグに封じていた。
彼女は、美しい金色の髪を持つハーフ・エルフだった。
小さな村で薬師を営んでおり、親のいない子供達の面倒を見ていた。
唄が好きで、気持ちが落ち込んだ時や、泣きたい程辛い時は、唄ってその傷を癒すのだと言っていた。
今でも、瞼を閉じると、彼女の清んだ歌声が、脳裏に木霊する。
芯がとても強く、何事にも対し、恐れを抱かぬ強さは、妻の月子によく似ていた。
17代目・葛葉ライドウは、玄室へと続く巨大な扉の前に立っていた。
鋭い隻眼が、この奥にいるであろう魔王の姿を睨み据える。
ライドウが扉に手を翳すと、まるで入ってくれと言わんばかりに、大扉が重い音を立ててゆっくりと開いた。
「・・・・・ユリゼン。 」
狭い玄室とは思えぬ広い空間。
豪奢な玉座には、かつての魔界での権力者であった反逆皇・ユリゼンが肘掛に頬杖をした状態で座っている。
玉座から伸びた無数の触手が、今も尚、地上に住む人々の血液を大量に吸い上げていた。
「ああ、愛しき我が番・・・・・もっと、近づいてその美しい顔を見せておくれ。」
まるで仮面の如く、クリフォトの根で顔を覆った魔王は、唯一覗く双眸を愉悦で歪ませた。
右の掌を広げ、隻眼の悪魔使いを自分の元へと手招く。
何の躊躇いも見せず、ユリゼンの足元まで歩み寄るライドウ。
呪術帯から覗く右の隻眼は、隠す事が叶わぬ激しい怒りの炎が燃え盛っていた。
「パティ・ローエルは何処だ? 素直に引き渡すなら半殺し程度で許してやる。」
地を這う様な低い声。
常人ならば震え上がる様な鬼気を発しても尚、魔王の相貌は崩れない。
悪魔使いが怒れば怒る程、その愉悦は更に増していく。
「そう焦るな・・・・お前の大事な娘は此処にいる。」
ユリゼンは、怪しい輝きを放つ真紅のクリスタルを眼前へと移動させた。
クリスタルが四方に分解し、中から胎児の如く身体を丸めた全裸の少女が姿を現す。
ニーナの一人娘、パティ・ローエルだ。
ライドウと別れてから約5年。
12歳へと成長したパティは、当時と比べ、身体が大分大きくなっていた。
「この腐れ外道が。」
再び、クリスタルの中へと閉じ込められる少女を見つめ、悪魔使いが呪いの言葉を吐き出す。
ユリゼンは、パティを失った真名(まな)の代わりにしようとしている。
彼女の持つ”稀人”の能力(ちから)を利用し、魔力の増幅装置にしているのだ。
「ふん、基を正せば、お前が私の真名を奪ったのが原因だろうが。 あの時、素直に私のモノになると誓えば、こんな茶番をする必要も無かった。」
ユリゼンから伸びた一本の触手が、ライドウの頬を無遠慮にまさぐる。
代理番であるアラストルが、敵意を剥き出しにするが、悪魔使いは仲魔を手で制し、好きな様にさせていた。
「ああ・・・・ナナシ・・・・僕の愛しいナナシ・・・・。」
ライドウの頬を撫でていた触手に、変化が起きた。
まるで少女と見まがう程の細い腕が、触手の割れ目からズルリと突き出し、続いて白髪の頭と華奢な上半身が露わになる。
紫色の体液で四肢を汚した16・7歳ぐらいの少年は、自分とさして体格が違わない悪魔使いの身体に抱き着いた。
そのあまりにおぞましい光景に、黒い毛並みの蝙蝠が、嫌悪感で顔を歪める。
「ねぇ? 今すぐ僕の真名を返して・・・・そして、再契約してよ・・・また、魔界で一緒に暮らそう。」
悪魔使いに抱き着いている少年は、東京のアクアラインと天鳥町を繋ぐ、サービスエリアで出会った白髪の魔術師であった。
子供の様な無邪気な笑顔を浮かべ、悪魔使いの肩口に魔界樹の体液で汚れた頬を摺(す)り寄せる。
「此処は寒いんだ・・・・人間達は野蛮で冷酷で・・・そして何よりも強欲だ。一分一秒だって、こんな場所にはいたくない・・・・僕の気持ち、君なら分かるだろ? 」
「・・・・・。」
「愛しているんだ、君を・・・・・僕は、絶対に君を傷つけないし、嫌な事もさせない。ねぇ? 魔界に還ろうよ・・・・一からやり直すんだ、僕と君の二人で。」
「マーリン・・・・。」
まるで、夢を見るかの如く語る少年の胸に、ライドウは何の躊躇いも見せず魔法の様な速さでナイフホルダーから引き抜いたクナイを突き刺す。
驚愕の表情を浮かべる少年。
ライドウから離れ、信じられないと言った表情で、己の胸に突き立つ銀色のクナイを見下ろす。
「これが俺の応えだ。 魔界に還りたきゃ一人で還りな。」
感情が全く篭(こも)らぬ、冷たい言葉。
胸に鈍色のクナイを突き立てられた白髪の少年は、一瞬だけ固まるが、すぐに何かを諦めたかの様に俯く。
「そっかぁ・・・・・じゃぁ、仕方ないね。 君を壊して僕のモノにするだけだ。」
水風船の様に弾け飛ぶ少年の身体。
刃を根元まで溶かされたクナイが、乾いた音を立てて地面へと落ちる。
「アラストル! 」
「合点承知!! 」
後方に大きく跳躍した悪魔使いが、代理番である魔神の名を呼ぶ。
蝙蝠の肉体が眩く光り、二振りの双剣へと姿を変えた。
両手に双剣の柄を握ると同時に、ライドウの身体を純白の鎧が包む。
魔鎧化した悪魔使いを、無数の触手が襲い掛かった。
だが、鏃(やじり)の如き凶悪な先端を持つ触手の群れを、白銀の魔狼の一振りが、あっけなく薙ぎ払ってしまう。
辺りに飛び散る紫色の体液。
ユリゼンが、喉の奥で怒りの唸り声を上げる。
五島美術館庭園。
壮絶な死闘を繰り広げる紅き死神と色眼鏡の刑事の闘いは、唐突な幕切れを迎えた。
何処からともなく飛来して来た蒼白い光を放つ投擲物が、死神の肩を貫いたのだ。
それは、何の変哲もない鉛筆であった。
弾かれるかの如く、刑事から離れる紅き死神。
二人の間を割って入る様に、黒縁眼鏡の少年が降り立つ。
「君は・・・・確か、矢来区の地下水道にいた・・・・。」
「葛葉探偵事務所、所長代理の壬生・鋼牙です。」
にこりと微笑む16歳ぐらいの少年は、矢来銀座で探偵事務所を経営している少年‐壬生・鋼牙であった。
世田谷区のシェルターに山谷で職人(ハンドヴェルガー)をしているニコレット・ゴールドスタインと同級生(クラスメート)の日下・摩津理を無事送り届けた鋼牙は、急いで仲間がいる五島美術館へと駆け付けたのだ。
紅き死神‐ レッドライダーは、己の肩に突き刺さっている鉛筆を無造作に引き抜き、へし折る。
いくら年端もいかぬ少年とはいえ、相手はあの『虚実の一族』だ。
どんな手を使って来るかは分からない。
この場は、一時撤退する方が利口と判断した死神は、”強制離脱魔法(トラフ―リー)”を唱えてその場を去る。
周防刑事が止める暇すらも無かった。
「怪我はありませんか? 」
「ああ・・・・君のお陰で何とかね。」
愛用のスマホを操作し、最上級悪魔(グレーターデーモン)、太陽神”ヘリオス”を戻す。
たった数分間の闘いだったとはいえ、やはり長時間の最上級悪魔(グレーターデーモン)の使用は、身体に相当な負荷を与えていた。
倦怠感と疲労が容赦なく肉体を襲い、呼吸が激しく乱れる。
そんな周防刑事に対し、鋼牙は革のウエストポーチから、蜂蜜色の液体で満たされた容器を差し出した。
体力を全回復してくれるマジックアイテム―宝玉だった。
「すまない・・・・・。」
周防刑事は、素直に受け取ると、アルミの蓋を破いて口の中に流し込む。
即効性の『宝玉』は、傷ついた身体を癒し、体力を元に戻してくれた。
「今の悪魔って、もしかして”ユリゼン”の配下ですかね? 」
「否、違う。 奴は、”魔神皇”の仲間だ。」
「・・・・・? ”エルバの民”が此処にいるんですか? 」
思わぬ周防刑事の返答に、訝し気な表情で鋼牙が振り返る。
「何故、その悪魔が貴方を・・・・? 」
「スマン、その事は国の機密事項に触れるから話せない。」
いくら命の恩人とはいえ、話せる事柄と話せない事柄の区別ぐらいは出来る。
国の暗部を知らせる事は、この少年の為にならないと判断した色眼鏡の刑事は、敢えてそれ以上語る事はしなかった。
「それより、君の仲間の一人が、この先にある茶室にいる。私と一緒に来てくれないか? 」
「分かりました・・・・手を貸しましょうか? 」
片膝を付く若い刑事に向かって、鋼牙が右の掌を差し出す。
その腕を、周防刑事はやんわりと断った。
バーモンド州ウッドストックにあるその小さな田舎町は、まるで絵葉書の様に美しい場所であった。
なだらかにうねる丘陵(きゅうりょう)、幾つかの農場に、素朴な納屋が点在している。
ニーナ達親子は、今は魔導士ギルドにより解体された元秘密結社(フリーメーソン)、”KKK(クー・クラックス・クラン)団”の幹部であった、テレサ・ベッドフォード・フォレストの計らいで、この地に親子二人で平穏に暮らしていた。
しかし、そんな彼女達親子に、暗雲が立ち込める出来事が起こったのである。
それは、何時もの休日での事。
午後の昼下がり、庭にある花壇に植えたガーベラの花を世話する娘の所に、手作りのクッキーと紅茶を持って行こうとしたニーナの視線の先に、見知らぬ人物がいた。
娘― パティと楽し気に会話する、白髪の少年。
徐に立ち上がると、掃き出し窓の傍で固まるニーナへとゆっくりと振り返る。
そして・・・・。
「やぁ、君がニーナかい? 」
と、無邪気な笑顔を向けて来た。
「アンブロシウス・メルリヌス・・・・それが、少年の名前でした。」
素肌に作業着を着たニーナが、その時の光景を想い出したのか、蒼白い顔をして真向かいにいるネロと仲魔のシウテクトリに言った。
「アンブロシウス・・・・・・成程、そういう事か。」
ニーナの告白を聞いた黒毛のハムスターが、一人納得する。
「どういう事何だよ? 俺にも分かり易く説明しろっての。」
二人の間に漂う空気が読めず、ネロは少々苛々した様子で仲魔を問い詰める。
「四大魔王(カウントフォー)の一人、反逆皇・ユリゼンは悪魔ではないという事だ。 」
「悪魔じゃない? 」
「そう、ワシの推測が正しければ、ユリゼンはお前と同じ人間だ。」
「はぁ? 一体どういう事だっての? 」
シウテクトリが、何を言わんとしているのか全く理解出来ない。
「彼には、もう一つ名前があるんです。 アンブローズ・マーリン。 ブリテンの王、ユーサー・ペンドラゴンを導いた偉大なる魔術師です。」
シウテクトリの代わりに、ニーナがネロに説明する。
アンブローズ・マーリン。
12世紀の偽史『ブリタニア列王史』に登場する魔術師だ。
グレートブリテン島の未来を予言し、ユーサーの息子、アーサー・ペンドラゴンの助言者として彼に尽くした。
又、イギリス南部に実在するストーンヘンジを建築した事でも知られている。
「まさか・・・・・ユリゼンって野郎は・・・・。」
「そう、アンブローズ・マーリンだ。 何故、奴が魔界に都落ちしたのかは知らんがな。」
魔界を支配する四つの勢力、その四大魔王(カウントフォー)の一人が、12世紀を代表とする魔導士・アンブローズ・マーリンだったとは。
「ま、何はともあれ、相手が相手だ。 ワシらだけではどうにもならん。 此処は『クズノハ』と警視庁の特殊機動隊に任せるより術がないな。」
史実でも、最強の魔術師の一人であると謳われるマーリンが敵では、半人前のネロや鋼牙達ではどうする事も出来ない。
此処は、葛葉四家クラスか、防衛省が誇る、悪魔殲滅部隊が必要になって来るだろう。
「此処には、葛葉四家当主が一人、17代目・葛葉ライドウ様がいます。あのお方なら、きっとマーリンを倒してくれる筈。」
ニーナは、5年前、NYのブルックリンで起きた悪霊”アビゲイル”が起こした大惨事を想い出していた。
17代目・葛葉ライドウは、本番である二代目・剣聖と共に悪霊”アビゲイル”を見事討伐し、NYの街を救った。
あの偉大なる悪魔召喚術師ならば、マーリンを倒し、愛娘のパティを救い出してくれると信じている。
「・・・・・先生が・・・・此処に・・・。」
ネロもまた、ライドウの凄さは知っている。
不意に、一抹の不安が胸中を過った。
脳裏に、枯れ枝の様に痩せ細った姉、キリエの姿が浮かぶ。
紅茶色の髪をした美しい女性だった。
しかし、1年という長い闘病生活で、見るも無惨な姿へと変わってしまった。
その姉の最期の姿と、敬愛する師の姿が重なる。
「お、おい! 小僧! いきなり何をする! 」
ネロが傍らの畳で座り込んでいる黒毛のハムスターをむんずと掴み、立ち上がる。
シャツに開いた穴は痛々しかったが、傷は既に塞がっており、失った体力も元通りになっていた。
「先生がいる稲荷丸古墳に向かう。 もう、これ以上誰も死なせてたまるかよ。」
出入り口に立てかけてある機械仕掛けの大剣『クラウソラス』を背に担ぎ、ニーナをその場に残して、ネロが外へと出ようとする。
と、その背に大分慌てた様子で、ニーナが声を掛けた。
「待って、コレを持って行って下さい! 」
薬指に嵌(はま)っていた指輪を外し、銀髪の少年へと差し出す。
それは、黒い光沢を持つダイヤモンドであった。
「ほう・・・ホープダイヤモンドか。 しかも、かなりの魔力が封じられている様だな? 」
流石、魔導の知識が豊富だけあり、シウテクトリは一目見ただけで、それが何なのか理解出来た。
「はい、私の母・・・ナターシャ・ローエルの形見です。 きっと、貴方の役に立つ筈です。」
このホープダイヤモンドは、ホピ族の巫女が代々受け継いで来た代物だ。
魔導に関する膨大な知識と歴代巫女達の魔力が封じられており、『ヴァチカン法王暗殺事件』後、娘のパティから預かっていた。
父・ジョルジュ・ジェンコ・ルッソは、本当ならば、自分の娘であるニーナに直接渡してやりたかったのだという。
「持って行け。 元来宝石は、膨大な魔力を秘めている。 マーリンとの戦いで役に立つだろう。」
シウテクトリに促され、ネロはその指輪を受け取る。
まるで魂を吸い取られてしまうかの様に、指輪に嵌った小さな石は、怪しい輝きを放っていた。
玉座から立ち上がった魔王・ユリゼンは、優に4メートルを軽く超える巨体をしていた。
魔界樹”クリフォト”の醜悪な蔦(つた)を全身に絡ませ、唯一覗く蒼白い双眸が、鋭く数メートルの間隔で対峙する悪魔使いを睨みつけている。
「こんなに・・・・・こんなに、愛しているのに・・・・・。」
喉の奥から振り絞る怒りの声と呼応して、無数の魔法陣が展開。
光の光弾が無数に放たれ、悪魔使いへと雨の様に降り注ぐ。
それを防御壁(シールド)と、優れた体術で白騎士と化した悪魔使いが躱す。
爆風が周囲へと吹き荒れ、忽(たちま)ち阿鼻叫喚の地獄絵図へと化した。
「何故、分かってくれないんだ? ナナシ。 それとも、あの亜人の娘を殺した事をまだ怒っているのか? 」
今度は、幾つもの魔法陣を一つに収束させ、強力な破壊光線を放つ。
しかし、全てを焼き尽くす破壊の光を、悪魔使いは右腕一本だけで難なく受け止めてしまった。
「馬鹿が、そんな事は関係ない。 俺は、最初からお前を利用するつもりで近づいたんだ。」
白銀の魔狼は、右腕で受け止めていた破壊の光を、あっさりと押し返す。
光弾に、左肩を穿たれ、二歩、三歩と後退するユリゼン。
驚愕に見開かれた双眸が、左眼に蒼白い炎を灯す魔狼を凝視する。
「お前だってそうだったんだろ? 領土を拡大する為に、俺を利用した。」
ユリゼンは、ライドウを己の手駒とし、イェソドの各地を支配している氏族を滅ぼしていった。
ユリゼンは、支配領域を広げ、重い戒律を強いて、その地で暮らす悪魔達を取り込んでいったのだ。
「・・・・・最初はそうだった・・・・でも、今は違う。」
魔法合戦では埒(らち)が明かぬと、今度は背から無数の触手を飛ばす。
鏃(やじり)の如き鋭い先端を持つ触手の群れが、白銀の騎士を襲う。
幾度も閃く斬撃。
魔鎧化したライドウが持つ双剣が、触手の群れを一本も残さず全て斬り落とす。
「愛しているんだ・・・・ナナシ。 気が狂いそうな程。」
繰り出される攻撃を、悉(ことごと)く潰されても尚、ユリゼンは眉根一つとて動かす様子は無かった。
仮面の下から覗く蒼白い双眸が、哀し気に歪む。
「私の全てを捧げても良い・・・・もう一度、私の所に戻って来てくれ。」
右の掌を広げ、数メートルの距離を取って対峙する白銀の魔狼を手招く。
どことなく人間臭いその仕草に、ライドウの代理番であるアラストルは、激しい嫌悪感と吐き気を覚えていた。
「何なんスか? コイツは。 とても魔界の権力者だったとは思えないっスよ。」
悪魔とは、純粋な生存本能の塊の様な生き物である。
その中でも、魔王クラスともなると己の強大な力故に、支配欲が強くなる。
しかし、結局はソレだけで、ユリゼンの様な妄執に近い愛情を持つ悪魔は絶対に存在しない。
「奴は悪魔じゃない。 神族と人間との間に生まれた半人半神だ。 アーサー・ペンドラゴンとの確執が元で、魔界に堕ちたんだ。」
「違う、現世に寄生している人間共にほとほと愛想が尽きたからだよ。」
代理番に反逆皇の正体を説明する悪魔使いに、先程の少年があっさりと否定した。
4メートル以上はあろうかという魔王の胸元の肉が盛り上がり、人の姿へと変わる。
ソレは、先程、悪魔使いに纏わりついた白髪の少年であった。
「この世界にいる人間共は、強欲で権力欲が強く、醜くて残酷だ。 実の親兄弟すら平気で殺す。 でも、悪魔は違うんだ。 彼等はとてもシンプルで純粋なんだよ。」
上半身だけ姿を晒した中性的な美貌を持つ白髪の少年‐ アンブローズ・マーリンは、何処か自嘲的な笑みを口元に浮かべて、饒舌に語った。
神族の血が半分流れている故、マーリンは歳を取る事も無く、数世紀という長い時間を生きて来た。
その中で、権力欲に溺れた人間達が、醜い戦争を繰り返し、力無い民達を虐殺する姿を幾度も見て来た。
かつて、マーリンが心酔していたアーサー・ペンドラゴンも、そんな権力欲に憑りつかれた馬鹿で愚かな連中と同じだったのである。
「悪魔は人間みたいに嘘を吐かない。 彼等は、”生きる”という生存本能だけで獲物を殺す。 僕は、そんな彼等の生き方が非常に気に入ったんだよ。」
だから、魔界に自ら進んで堕ちた。
名を”反逆皇・ユリゼン”と名乗り、持てる魔導の知識をフルに生かしてイェソドにある小さな領土を支配下に置いた。
「規則」や「きまり」を決め、「ルールに反する者」は情け容赦なく罰を下した。
小さかった領土は次第に拡大し、四大魔王(カウントフォー)の一柱と呼ばれるまでになった。
「ねぇ? ナナシ。 お願いだからその背負っている槍に封じられた僕の真名を返してよ。 そしてまた一緒に暮らそう? あの時みたいにさ。」
「しつこい野郎だな? お前の目的が俺じゃなく、”賢者の石”である事は分かっているんだよ。 返した途端、地上の奴等を皆殺しにして、石の材料にするつもりなんだろ? 」
まるで壊れたラジオの様に、同じ事を何度も繰り返すマーリンに、ライドウは呆れた様子で溜息を盛大に吐いた。
マーリンは、幼い子供と同じだ。
欲しいモノがあれば、際限なく求め、思い通りに行かないと癇癪を起す。
1年間という短い付き合いであったが、ライドウは自然と目の前に対峙する魔王の本性を見抜いていた。
「もう、君は相変わらずの臍曲りだね? 」
永遠平行線を辿る会話に、ほとほと疲れ果てた白髪の少年が、半身である魔王の身体を動かし、己の媒体である真紅のクリスタルを目の前へと翳(かざ)す。
真紅のクリスタルは、四方に分かれ、中から胎児の様に身体を丸めた全裸の少女が姿を現した。
「さぁ、パティ。 悪い子にお仕置きしておくれ? 」
「いやぁあああああああっ! 」
全身を襲う激痛に、パティが悲鳴を上げる。
クリスタルが激しい光を発し、悪魔使いが立っている地面が盛り上がった。
危険を察知し、その場から離れるライドウ。
地面から火柱が幾度も上がり、灼熱の雨が降り注ぐ。
「止めろ! マーリン! その子は関係無い! 」
パティの中に眠る潜在能力を無理矢理引き出し、破壊兵器として使用しているのだ。
マグマの雨を防壁(シールド)で凌ぎつつ、悪魔使いは眼前に立つ魔王を睨み付けた。
しかし、そんな事で、非情なる魔王が止める筈が無い。
今度は、無数の魔法陣を展開し、雨の様な光弾を解き放つ。
凄まじい破壊音と瓦解音。
防壁で襲い掛かる光弾の雨を防ぐが、威力まで殺す事は叶わなかった。
衝撃で、華奢な身体が吹き飛び、壁面に叩きつけられる。
「アハハハハッ! 凄いね? パティ、流石、オメテオトルの血が流れているだけあるよ。」
マーリンがまるで子供の様に、無邪気に笑う。
一方、能力(ちから)を無理矢理引き出された少女は、みるみるうちに衰弱していった。
顔は苦痛で歪み、血の気を失った肌は、まるで紙の様に白くなっている。
「後何回もつかなぁ? 次に大技を出したら死んじゃうかもね? 」
「・・・・・っ、マーリン・・・・。」
この冷酷な魔導士は、何の罪も無い少女を本気で殺そうとしている。
腹腔から湧き出る怒りに声を震わせ、ライドウは一度瞑目すると、意を決した様に魔鎧化を解く。
「ひ、人修羅様? 」
暴虐の限りを尽くす魔術師に屈したのだろうか?
狼狽する黒い毛並みの蝙蝠を下がらせ、悪魔使いは背負っていた深紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を手に取った。
「お前の真名は返してやる・・・・だから、今すぐその子を解放しろ。」
魔槍”ゲイ・ボルグ”が、主人の手の中で激しい光を放つ。
槍全体に細かい罅(ひび)が入り、瞬く間に砕け散った。
中から、エメラルドの様な淡いグリーンの光を放つ石が姿を現す。
それはかつて、ライドウがマーリンから奪った真名であった。
「やっぱり、エリンの四至宝の中に隠していたんだ・・・・本当に悪い子だね?ナナシ。」
「・・・・・。」
「でも、君は意地が悪いからなぁ・・・・この娘を先に解放しても、素直に返してくれないかもしれない。」
白髪の少年が、値踏みする様に対峙する悪魔使いを眺める。
この悪魔使いの性格は、十二分に把握している。
組織に人質として囚われている娘と同年代の少女を人質に取っていれば、この悪魔使いは何も出来ない。
しかし、20数年前に自分を騙し、挙句、支配下に置いていたイェソドの街と己の真名を奪った相手だ。
油断していると、何をして来るか分からない。
「なら、同時に手放せば良いだろう。 その間、俺は何もしないし、仲魔にも何もさせない。」
瀬戸際に立たされているのは、ライドウも同じであった。
この交渉が決裂すれば、パティは確実に殺される。
「良いよ・・・・君の言う通りにしてあげよう。」
壁面に叩きつけられた時に、額を切ったのだろうか、蟀谷(こめかみ)から血を流す悪魔使いを、面白そうに眺める。
二人は、同じタイミングで人質の少女と奪った真名を解放する事にした。
互いの手から、少女と緑色の光を放つ石が離れる。
真紅のクリスタルが砕け、真下へと落下する金髪の少女。
浅黒い肌をした漆黒のカソックを纏う神父へと姿を変えたアラストルが、主の命に従い、パティを受け止める。
一方、マーリンも奪われていた己の真名を受け取っていた。
刹那、紅蓮の炎が魔術師を襲う。
火炎系最上級魔法‐ ”マハラギダイン”の灼熱の炎だ。
悪魔使いは、真名を手放すのと同時に、幾つもの魔法陣を高速展開させ、まるで速射砲の如く炎の砲弾を撃ち込んだのだ。
爆風の轟音が、辺りの空気を震わせ、周囲が灼熱地獄へと化す。
「アラストル! パティを連れて此処から離れるんだ! 」
「人修羅様は、どうするんですか!? 」
「俺の事は構わず、早く行け! 」
炎の砲弾を撃ち込みつつ、ライドウはアラストルに命令する。
こんな程度で、真名を取り戻したマーリンを止められるとは思わない。
だが、今はそんな事よりもパティを無事、母親のニーナの元へ還してやるのが先決だ。
そんな主の剣幕に、漆黒の神父が渋々と従う。
だが、そう簡単に逃がしてはくれなかった。
地面からクリフォトサップリングの群れが現れ、神父の行く手を塞ぐ。
爆炎を突き抜け、現れる巨大な手。
幾つもの法陣を展開する悪魔使いの胴体を鷲掴み、空中へと持ち上げる。
「しまった! 」
己の迂闊さに舌打ちする。
悪魔使いを掴み取った魔王は、己の目の前へと悪魔使いを持ち上げた。
「おいたが過ぎるぞ? ナナシ。」
クリフォトの蔦で覆われた仮面が、剥がれ落ちる。
金色の五つの瞳に、両肩に生えた顔。
耳元まで裂けた口に、鋭い牙がびっしりと生えている。
胸部にある巨大な目が、腕の中に囚われた華奢な悪魔使いを睨み据えていた。
「やはり躾が必要の様だな? 」
ユリゼンが握りしめている腕に力を込めた。
ボキボキと嫌な音をさせて、肋骨(あばら)が折れるのが分かる。
余りの激痛に、悪魔使いの口から悲鳴が漏れた。
「人修羅様! 」
金髪の少女を腕に抱く、漆黒の神父が主の名を叫んだその時であった。
硬い古墳の岩盤をぶち破り、真紅の光が反逆皇の右腕へと貫く。
突如、現れた何者かに魔王の腕が斬り落とされる。
握られていた悪魔使いの華奢な肢体が、宙へと投げ出された。
その身体を受け止める真紅の腕。
驚く悪魔使いの視界には、雄々しき二対の角を持つ炎の魔人が映った。
「随分と派手にやられたな? 」
しわがれた老人の声をぼんやりと聞きつつ、64マスの市松模様の正方形の盤を眺める。
真向かいに座る上質な白いスーツを着る老人は、慣れた手つきでチェスの駒を動かしていた。
「相手が子供だと思って油断したか? 確か、4年前も同じ手に引っ掛かって痛い目に合った筈だが? 」
老人に痛い所を突かれ、見事な銀色の髪を持つ大男は、忌々し気に舌打ちする。
ナイトの駒を手に取り、少々乱暴に、盤上の上へと置いた。
「ああ、それはあまり良い手ではないな? ほら。」
枯れ枝の様な指が、手駒であるポーンを動かし、ナイトの駒を取り除いてしまう。
銀色に光る歩兵が、無防備となった王の前へと置かれた。
「チェックメイトだ。 13戦目も私の勝ちだな・・・。」
「ちっ、チェスは苦手なんだよ。」
銀髪の男‐ ダンテは、溜息を一つ吐き出すと、豪奢な椅子の背凭れへと身を預ける。
長い前髪を掻き上げ、真向かいに座る金色の髪をした老人を眺めた。
「そういや、アンタとこうやって会話をするのは何回目だ? 」
「20回目以上かな? 生憎、数を数えてはいないし、どうせ君は忘れてしまう。」
薄いブルーの瞳が、自分よりも遥かに年若い青年を見つめた。
「君の敗因は、ポーンを甘く見過ぎているところだ。 この駒は、戦いに置いてとても重要な役目を担うのだよ? 」
老人は、手元にあるポーンの駒を一つ手に取り、ダンテの眼前へと置く。
手に大剣を握った銀色の駒。
その口元には鋭い牙がズラリと並んでいた。
「手に取り給え・・・・君の新しい力だ。」
「・・・・・・。」
差し出された駒を、ダンテは無言で手に取る。
手の中に納まる小さな駒は、怪しい光を放っていた。
「今は非力な歩兵に過ぎないが、その局面で、ポーンは強力無比な戦士へと変貌する。 敵将の首を意図も容易く取れてしまう程にな。」
無言で、手の中にある歩兵の駒を眺める銀髪の青年に、金の髪を持つ老人が柔和な笑みを口元へと浮かべて説明した。
先程から、老人は妙に饒舌に語る。
初めて出会った当初は、終始無言で、震え上がる程の威圧感を放っていた。
銀髪の青年は、手の中に納まる小さな駒から、真向かいに座る車椅子の老人へと蒼い双眸を向ける。
「アンタは、俺に何をさせたいんだ? 何の為に力を与える? 」
ダンテが、優雅に脚を組み替える車椅子の老人を鋭く睨む。
そんな年若い青年に、老人は皮肉な笑みを口元へと浮かべた。
「決まっている、君を強くする為だ・・・・それに、力を求めるのは君の本質だろ? テメンニグルでの約定を忘れたのか? 」
「・・・・・・ああ、そうだったな・・・・想い出したよ。」
漸く合点がいった。
銀髪の青年は、一人、納得すると右手に持つ歩兵の駒をポケットへと無造作に突っ込む。
そして、豪奢な椅子から立ち上がり、出入り口へと振り返る。
硬い樫の木の扉の前には、漆黒の喪服を身に着けた金髪の淑女が、無言で立っていた。
「そんじゃ、爺さんが待っているから行くぜ、世話になったな? ”ルイ”。」
「ああ、 チェスの再戦なら喜んで受けて立つよ。」
長い金の髪を、背へと垂らした老人が、此方に背を向け、喪服の淑女が立つ出入り口へと向かう青年を見送る。
ダンテは、淑女とすれ違いざま、針で刺す様な、淑女の視線を感じた。
しかし、ソレに敢えて無視をすると、銀髪の魔狩人は、重い扉を開いて外へと出て行った。
六体の石の地蔵が並ぶ、深い森の中。
魔力が枯渇し、力を失った小さな妖精が、へなへなと地面に落下する。
その小さな身体を、長い前髪の少年― 遠野・明が優しく受け止めた。
「大丈夫か? マベル。」
「ううっ・・・・・滅茶苦茶、疲れたぁ。」
血の気を完全に失い、真っ青になった妖精が辛そうに呻く。
意外とピンポイントで目的地に人を送るのは、至難の業だ。
コンピューターの様な精密さと目標物へとの感知能力が必要となる。
優秀な精神感応力と、並外れた技術を持つマベルだからこそ、出来る芸当なのだ。
「おい、何処へ行く? 」
魔法の様な速さで、大型ハンドガン、MAXI8 アンリミテッドリボルバーHWを抜き放った明が、此方に背を向ける陰気な召喚術師を狙う。
下手に反撃しようものなら、即座に額を撃ち抜くつもりだった。
「決まっている、ユリゼン(奴)を止める為に、稲荷丸古墳に行くんだ。」
黒髪の召喚術師が、背後にいる長い前髪の少年へと一瞥を送る。
いくら伝説の魔剣士・スパーダの血脈とはいえ、今のダンテは手負いだ。
一通りの治療は受けているものの、相手が歴史上、最強の魔術師と謳われたアンブローズ・マーリンでは、荷が重すぎる。
「嘘吐き、アンタの目的は、”賢者の石”を掠め盗る事でしょ? バージル。」
「・・・・・? バージル? 」
倦怠感の残る身体を鞭打ち、起き上がるマベルを胡乱気に明が眺める。
「そうよ・・・・マレット島事件で死亡したと思っていたけど、実はそうじゃなかった。 13代目に救助され、彼に仮初の肉体(からだ)を与えられたんでしょ? 」
マベルは、Vことバージルに気取られぬ様、彼の精神に潜り込み、事件の真相を探り当てていた。
今から5年ぐらい前、イギリスの海域にある絶海の孤島”マレット島”にて、四大魔王の一人である魔帝・ムンドゥスによるパンデミックが起こった。
イギリスの諜報員・トリッシュ(後に、ライドウを誘(おび)き出す為の偽物だった。)の依頼で、孤島調査を依頼されたライドウ達は、そこで魔帝の走狗となり、変わり果てた姿となったダンテの双子の兄、バージルを発見したのだ。
「肉体と魂は、決して切り離せない代物。 本体が完全に崩壊する前に、アンタと13代目は、ユリゼンに力を貸し、”賢者の石”を精製させようとした。」
四大魔王の一人、反逆皇・ユリゼンは、錬金術師達が追い求めた”賢者の石”を唯一精製出来る悪魔だ。
13代目・葛葉キョウジは、ユリゼンに協力し、今回の大規模な悪魔によるテロを引き起こしたのである。
「成程な・・・・俄(にわ)かには信じられないが、話の筋は通っている。」
この男と13代目・葛葉キョウジの関係が、一体どんなモノであるかは分からない。
しかし、マベルの推測が正しければ、”賢者の石”精製の為に、世田谷区に住む多くの人々を犠牲にしている。
決して、許される行為ではない。
「ふん・・・・・だからどうした? 同級生(クラスメート)の敵討ちをする為に、俺を此処で殺すか? 言っておくが、俺を殺してもこのパンデミックは終わらないぞ? 」
大型ハンドガンの照準を、己の額へと当てられた陰気な召喚術師は、皮肉な笑みを口元へと浮かべた。
バージルの指摘する通り、彼を殺したところで、この大規模なパンデミックが終わる事は無い。
ライドウが持つ、真名を取り戻したユリゼンは、もっと多くの人々を殺すだろう。
それを止めるには、この男の力が必要になる。
「だからてめぇを信じろと? 裏切るかもしれない奴を野放しに出来るか。」
直接手を下した訳ではないが、この陰気な召喚術師が、日下・摩津理の妹、日下・日摩理殺害に手を貸した事は明白だ。
この男が、ユリゼンを現世に呼び込まなければ、あの幼い少女とその叔母は死なずに済んだ。
否、世田谷区(この街)に住む人々も、いつも通りの明日を迎えていられたかもしれない。
「俺も行く、何かおかしな真似をしやがったら、そのドタマぶち抜くからな。」
「・・・・・・勝手にしろ。」
長い前髪から覗く明の鋭い双眸に、バージルは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
この少年は、危険だ。
義理父である13代目・葛葉キョウジから組織『クズノハ』暗部である”十二夜叉大将”の恐ろしさは知っている。
構成員の殆どが人外の化け物、その中でも、壬生家後継者である壬生・鋼牙と今、目の前に立つ長身の少年、遠野・明は別格らしい。
十二夜叉大将の長、骸が特に目を掛けているのがこの二人であり、明は17代目・葛葉ライドウの義理の息子だ。
バージルは、あっさりと明から背を向けると、仲魔であるグリフォンを従え、目的地である稲荷丸古墳へと向かう。
本体が崩壊するまで、後僅かな時間しか無い。
それまでに、義理父であるキョウジと合流し、ユリゼンから”賢者の石”を強奪する必要がある。
歯の痛みに耐えながら。