偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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悪魔紹介

うつろわぬ神・イナルナ・・・・かつて大和朝廷に次ぐ勢力を誇る大国の姫。
朝廷との壮絶な権力争いの末、敗れ去り、一族郎党全てを滅ぼされた。
後に彼女は祟り神となり、日本最強の怨霊、崇徳上皇に次ぐ悪霊となり、日ノ本の民を苦しめる事となる。
30数年前にダークサマナー、シド・デイビスの手で復活。
13代目・葛葉キョウジの手で討伐された。


第22話 『 目覚め 』

その覚醒は、あまりにも唐突であった。

蒼い双眸を開くと、眼前に幾つも展開されている魔法陣が飛び込んで来る。

そのすぐ傍らには、ライドウの仲魔である小さな妖精と、見た事も無い黒い毛並みの大鷲が傷つき、重傷を負った自分を懸命に治療していた。

 

「ダンテ、 目が覚めたんだね? 」

 

魔力を相当消費したのだろう。

疲労し、蒼白い顔色をした妖精が、此方の顔を覗き込んで来る。

 

「チビ助・・・・そうか・・・・俺は・・・・。」

 

走馬灯の如く記憶の断片が、目まぐるしく走り回る。

 

自分の腹を斬り裂いた16・7歳ぐらいの少年。

血を噴き出し、谷底へと堕ちる自分。

自力で何とか這い出したが、再生機能を完全に殺され、おまけに出血多量で力尽きた。

最後に残っているのは、此方を見下ろす長い髪の少年の姿。

右手には、スーツケースらしき箱を持っていた。

 

刹那、銀髪の大男は、突然、上半身を起こす。

あまりの出来事に、驚いてダンテから離れる妖精と大鷲。

蒼い双眸が、自分を此処まで運んだであろう長い前髪の少年を探す。

目的の人物はすぐに見つかった。

太い魔界樹の樹に背を預け、大型のアサルトライフルと黒い光沢を持つスーツケースを傍らに立て掛けている。

その少し離れた位置に、見知らぬ人物がいた。

大岩に腰を降ろす黒髪の病的に白い肌を持つ青年。

暗く淀んだ視線が、上半身を起こす銀髪の大男を眺めている。

 

「糞餓鬼・・・・・。」

 

怒りと屈辱の業火が腹腔内を焼き、燃え盛る炎の吐息を吐き出す。

 

二度もこの少年に救われた。

否、無様な醜態を晒したと例えるべきか。

未だ、激痛を訴える躰を叱咤し、何とか立ち上がろうとする。

それを小さな妖精が、慌てた様子で押し留めた。

 

「駄目だよ! まだ傷は完全に塞がりきれていないんだよ? 」

 

マベルが指摘する通り、出血は収まり肉が辛うじて癒着したものの、未だに再生機能が復活していない。

ダンテが、狭間・偉出夫に斬り裂かれた腹部へと視線を落とす。

鍛え上げられ、見事に割れた腹筋には、真横に一文字、醜い傷跡が残っていた。

 

「俺が言うのもなんだけどよぉ、今は安静にしといた方が良いぜぇ、折角塞がった傷がまた開いたら、面倒だからよぉ。」

 

マベル同様、かなりの魔力を消費したのは、グリフォンも同じだ。

いくら造魔とはいえ、疲労もそれなりには感じている。

 

しかし、そんな二体の悪魔の苦言など、今のダンテには全く届いてはいなかった。

鋭い双眸が、魔界樹の幹にいる長い前髪の少年と、陰気な召喚術師に向けられたままだ。

 

 

「どうやら、かなり恨まれているみたいだな? 」

 

ダンテと明の確執を知らないV‐バージルは、皮肉な笑みを口元へと浮かべ、隣にいる少年を眺める。

 

「・・・・・5年前に、一回ボコしてドタマに鉛の弾をぶち込んだからな。」

「・・・・・・。」

 

意外な明の告白に、Vは無言で明からダンテへと視線を移す。

 

俄(にわ)かには信じられない話ではあるが、この少年なら、いくら伝説の魔剣士の血を持つダンテでも敵わないだろう。

それだけの威圧感(プレッシャー)を、この一回りぐらい歳下の少年は持っている。

 

怒りと屈辱で血が出る程、唇を噛み締めたダンテは、傍らに無造作に置かれた真紅の長外套(ロングコート)へと手を伸ばした。

血と泥で所々汚れてはいるが、着れない事は無い。

それに、流石に2月に入ったばかりのこの寒空で、上半身裸はキツ過ぎる。

 

「チビ助、ライドウの正確な位置は分かるか? 」

「え?う、うん・・・・・分かるけど、それがどうしたの? 」

 

嫌な予感がする。

この後に続く言葉を聞きたくない。

 

「そうか・・・・なら、俺を転移魔法(トラポート)でそこまで送ってくれ。」

「だ・・・・駄目だよ、それは・・・・・。」

「そうそう、その傷じゃ行ったところで、足手纏いになるだけだぜ? 」

 

どう説得すれば良いのか分からない小さな妖精に対し、黒い毛並みの大鷲が助け舟を出した。

 

先程も言った通り、偉出夫の持つ『アスカロンの剣』で腹を斬り裂かれ、瀕死の重症を負わされたのだ。

幸い、再生機能が戻り初め、傷口が徐々に修復されているとはいうものの、全快とはとても言い難い。

 

「心配すんな・・・・俺には”力”がある。」

 

右手が、無意識にコートのポケットへと忍び込む。

指先が、硬いチェスの駒に触れた。

 

「ダンテ・・・・・。」

「良いじゃねぇか・・・・オッサンの好きにさせてやれよ。」

 

そんな二人のやり取りに、突然、明が割って入った。

背には大型のアサルトライフルを担ぎ、右手には巨大なスーツケースを持っている。

そのスーツケースは、Ne‐α型を操作していた黒井・慎二が持っていた魔具”パンドラ”の複製体であった。

ネロ― (アムトゥジキアスに憑依された)が、Ne‐α型を撃破後、何かに使えるのではと思い、明が回収したのである。

 

「明・・・・・。」

「転送魔法(トラポート)で稲丸古墳の手前まで送ってやれ。」

「正気で言ってんのかぁ? 坊主。」

 

無責任とも取れる明の言葉に、グリフォンが大袈裟に肩を竦める。

普段の明は、唯我独尊を絵に描いた様な人物で、他者に対し余計な詮索や介入は一切しない。

口数が少なく、積極的に友達を作らない性格で、唯一心を開くのが、義理の父親である17代目・葛葉ライドウと幼馴染の壬生・鋼牙の二人だけだ。

 

「・・・・・分かった。 その代わりどうなっても知らないからね。」

「おいおい、マジかよ。」

 

暫し、明の双眸を凝視していたマベルは、諦めたのか銀髪の魔狩人へと顔を向ける。

明の意図は全く読めないが、彼がこれだけ言うのだから、何かしらの確信があるのだろう。

それに、ダンテは己の主である17代目の代理番だ。

主が窮地に立たされているなら、何かの役に立つかもしれない。

 

マベルは、口内で転移魔法(トラポート)の呪文を詠唱する。

ダンテの足元に法陣が展開され、眩い光が魔狩人を包んだ。

男の輪郭が光の粒子へと変換され、瞬く間にその場から消えた。

 

「何を考えているんだ? 」

 

それまで黙って事の成り行きを眺めていた陰気な青年が、長い前髪の少年の背に声を掛けた。

 

いくら半分悪魔の血が流れているとはいえ、今のダンテは、誰の目から見ても、重症である事が分かる。

そんな奴を17代目の元へ送れば、逆に足手纏いになると容易に分かる筈だ。

 

「別に・・・・・あのオッサンが、死のうがどうなろうが俺には関係ねぇ・・・只(ただ)。」

「只・・・・? 」

「気になったんだ・・・・オッサンの持ってる隠し玉にさ。」

 

明は、己が持つ本能で、ダンテが只、強がりであんな事を言ったのではないと、見抜いていた。

それが不発に終わり、四大魔王の一人に八つ裂きにされようが、全く意に返さない。

死んだら死んだで、それまでの奴だったと諦めるだけだ。

 

 

 

突如、空から降って来たソレは、華奢な悪魔使いの身体を握り締めている魔王の右腕を意図も容易く斬り落としていた。

宙へと投げ出されるライドウ。

その傷ついた身体を、何者かが優しく抱き留める。

 

二対の螺旋型の雄々しき角。

真紅の燃え盛る鬣(たてがみ)に、紅蓮の炎を纏う鋭角的な鎧に六枚の羽根。

番契約をしているから分かる。

新たな力を得たダンテだ。

 

「だ・・・・・・ダンテ・・・なのか? 」

 

へし折れた肋骨から来る激痛に呻きつつ、ライドウは自分を抱く魔人の顔を見上げる。

炯々と光る真紅の双眸が、腕の中にいる愛おしい主を見下ろしていた。

 

「貴様・・・・一体、何者だ? 」

 

愛する元番を奪われ、魔王・ユリゼンが怒りの形相で侵入者を睨み付ける。

切断された右腕から、無数の触手が現れた。

地に落ちた腕を拾い上げ、元通りに修復してしまう。

 

一方、紅き紅蓮の魔人は、主を地へと降ろし、数メートル離れた位置に立つ魔王へと振り返った。

右掌を開き、本来の姿へと戻った大剣『リベリオン』を喚び出す。

 

「ま・・・・待て! 奴は四大魔王(カウントフォー)の一人・・・・。」

 

苦痛に呻きつつ、己の番を呼び止めようとするが、その声は、魔人化したダンテの雄叫びによって搔き消えた。

六枚の羽根を広げ、魔王へと躍り掛かる。

それを迎え撃つ反逆皇・ユリゼン。

眼前に幾つもの法陣を展開させ、光の弾丸が放たれる。

 

「大丈夫っすか? 人修羅様! 」

 

魔王との激闘を繰り広げるダンテを、茫然と眺める悪魔使いの背に、仲魔である魔神アラストルが声を掛けた。

その両腕には、全裸の少女が抱かれている。

 

「・・・・・・一旦、此処から離れる・・・・ついて来い。」

 

アラストルの腕の中で眠る金髪の少女を暫し眺めていたライドウは、魔王と魔人の闘いからあっさりと背を向け、玄室の出入り口へと向かう。

主の急激な態度の変化に戸惑うアラストル。

しかし、何時までも此処に立っている訳にもいかず、主の後を追い掛けた。

 

 

 

稲荷丸古墳前。

巨大な大穴を前に、黒髪の美少年‐ 狭間・偉出夫は思案気に繊細な指先を顎に当てた。

 

「うーん、やっぱり始まってしまったか・・・・。」

 

口元に微笑を浮かべた少年が、かつて円墳があった巨大な大穴を眺める。

この下には、四大魔王(カウントフォー)の一人である反逆皇・ユリゼンの玉座があった。

 

「んで? どうするんスか? ユリゼンの野郎は、人修羅から”真名”を取り戻したんでしょ? だったら・・・・。」

「この下に、”賢者の石”は無いよ。」

 

化学教師の大月‐ 今はヴィラン、の言葉を偉出夫は、あっさりと切って捨てる。

途端、覆面の男は訝し気な視線で、傍らで魔界樹の巨木に背を預ける主を眺めた。

 

「一応、”賢者の石”の在処は大体予想しているけどね。 生かせん、肝心の”真名”が無ければ完成しない。」

「はぁ・・・・んじゃ何で、こんな辛気臭い場所に来たんですか? 」

「決まってる・・・・友達に逢う為だよ。」

 

偉出夫がそう言い終わるのと、ヴィランの背を例える事が叶わぬ怖気が走るのはほぼ同じであった。

暗闇に閉ざされた魔界樹が生い茂る獣道(けものみち)。

そこから、強い気を持つ人間が、此方に向かって近づいて来る。

 

「泣けるぜ・・・・・全く。」

 

ヴィランが、少々大袈裟に頭を抱える。

”気”の正体は、何となくではあるが分かる。

組織『クズノハ』暗部に属する”十二夜叉大将”が一人、毘羯羅大将こと遠野・明だ。

彼の他にも、二つほど、大きな”気”の持ち主が、此処、稲荷丸古墳入口へと接近しているのが分かる。

 

「どうする? かつての教え子に逢うのが嫌なら、離脱しても構わないですよ? 大月先生。」

「アホ言え、大将を見捨てたら由美(姫)にドヤされちまうだろうが。」

 

ニヤニヤと偽悪的な笑みを浮かべる偉出夫に対し、ヴィランはマスクの下で渋い顔をしていた。

昔、教え子だった少年に突き刺された左わき腹が無性に痛い。

何回か”肉体”を乗り換えている筈なのに、”あの少年”の事を想い出すと、無い筈の古傷が痛みを訴えた。

 

 

 

何時も脳裏に浮かぶのは、清潔な病院の白い壁とリノリウムの床材。

そして目の前のベッドには、かつて義理の姉であった最愛の女性(ひと)。

あれ程、美しかった髪は、抗がん剤の副作用で全て抜け落ち、新雪の如き白い肌は、骨と皮ばかりになっている。

 

「・・・・・ネロ・・・・・。」

 

落ち窪んだ眼窩が、弱々しく病室の出入り口に立つ銀髪の少年を見つめた。

薄茶色の瞳から、涙が一筋流れ落ちる。

 

「お願い・・・・・私を見ないで・・・・・。」

 

心電図のモニターが、規則正しく波形を描き、人工呼吸器の音が室内を埋め尽くす。

今、義理の姉― キリエは、一歩、一歩と死への階段を昇っている。

それは、誰にも止められる事は叶わない。

例え、伝説の魔剣士と霜の巨神の血を引く自分でさえも。

 

 

 

「糞ッ!! 」

 

魔界樹が生い茂る森の中を、ネロは目的地である稲荷丸古墳へと疾走していた。

途中、森を徘徊する悪魔共に襲われたが、その全てを背負っている機械仕掛けの大剣『クラウソラス』で薙ぎ払っている。

 

「小僧、もう少しペースを落とせ! 目的地に着く前にヘバってしまうぞ!?」

「へっ、そんなに軟じゃねぇよ。」

 

仲魔の言葉を軽く受け流し、ネロは大きく前方に跳躍。

樹々を突き抜け、稲荷丸古墳がある大きな広場へと躍り出る。

 

 

「へぇ、意外な人物が到着したじゃない。」

 

クレーターの如き巨大な底なし穴を茫然と眺めるネロの背に、同年代と思われる少年の声が掛けられた。

ネロの蒼い双眸が、中性的な美貌を持つ黒髪の少年へと向けられる。

1年程前、ミティスの森で出会ったあの日本人だった。

 

「お前・・・・確か、フォルトゥナに居た・・・・。」

「狭間・偉出夫だよ。 そういえば、あの時は自己紹介をしてなかったね? 」

 

グレーのダウンジャケットと黒のスウェット姿の少年の背後には、薄茶のトレンチコートと中折れ帽を被る覆面の男が立っていた。

どうやら偉出夫の仲間らしい。

幾何学模様のマスクを被る男からは、背筋に怖気が走る程の威圧感を放っていた。

 

「何でお前が此処にいる? 俺をスカウトするつもりなら残念だったな・・・・お前の仲間になるつもりなんてねぇよ。」

「フフッ・・・・・だろうね。 今の君はあの時みたいに一人じゃないからね。」

 

一年前、北の小国”フォルトゥナ”で、理不尽な暴力に晒され、やり場のない怒りに震えていた少年と、今現在、この場に立つ彼は明らかに違う。

 

日本というこの島国で、初めて心を許せる友達と巡り逢えた。

失った愛する家族の代わりであり、召喚術師の師匠である人物を得る事が出来た。

恐らく、彼はこの16年間と言う短い人生の中で、初めて幸せを実感しているのかもしれない。

 

「でも、残念ながらその幸せは長く続かない・・・・・すぐに何もかもを失いまた孤独になる・・・・君はそういう宿星(しゅくせい)に生まれているんだ。」

「はぁ? 何言ってんだぁ? お前。 」

 

全てを見透かした様な偉出夫の口調が、やけに気に障る。

いきり立つネロに反し、その頭上にいる黒い毛並みのハムスターは、冷静に数歩離れた位置に立つ二人組を観察していた。

 

端的に言うと、此方が圧倒的に不利だ。

人数だけの問題ではない。

今、目の前に立つこの狭間・偉出夫という少年は、あらゆる因果律に干渉されない『絶対者』と呼ばれる存在だからである。

そして、その背後に従える男は、恐らく自分と同じ神族の血を持つ人間。

否、果たして人間と言う分類で表現して良いのだろうか?

 

「旧約聖書”創世記”に記されているアダムとイヴの息子達の逸話を知っているかい? 遊牧民だったアベルは、農耕民だった兄、カインに殺害され、全てを奪われるという哀しいお話だ。」

「・・・・・・。」

「君はさ・・・・ネロ、その遊牧民のアベルなんだよ。 兄よりも優秀だった為に妬まれ、挙句、殺されてしまう可哀想な弟だ。」

「ハッ! 訳の分からねぇ事を言ってんじゃねぇぞ! このサイコ野郎が! 」

 

激昂したネロが、魔法の様な速さで、六連装リボルバー『ブルー・ローズ』を脇のホルスターから抜き放つ。

その照準は、寸分違(たが)わず偉出夫の眉間を狙っていた。

 

「小僧!止せ! 銃などこの怪物には効かぬ! 」

「煩せぇ!てめぇは黙ってろ! 」

 

主の暴挙を止めようとする仲魔の言葉を、ネロは一切無視する。

腹腔からマグマの如く湧き上がる怒り。

”フォルトゥナ公国”でも、この日本人と対峙した時、同じ様な苛立ちを感じていた。

 

歯を剥き出し、怒りを露わにするネロに対し、偉出夫は至極冷静であった。

何処か儚げな笑みを口元へと浮かべ、一歩、また一歩とネロに近づく。

 

「まだ記憶が戻らないのか・・・・・仕方ない、”あんな死に方”をしたんだからな? 」

 

銃口を向けられても尚、偉出夫の歩みは止まらない。

哀し気な表情で、大型リボルバーを構えるネロへと尚も歩みを進める。

繊細な指先が、震える銃身に触れると無造作に鷲掴み、自分の額へと押し当てた。

 

「撃て、アベル。 俺の命でお前の気が済むなら・・・・くれてやる。」

「なっ・・・・・何なんだよ? てめぇ・・・・。」

 

この少年は、死ぬのが恐ろしくないのか? 

戸惑いが震えとなり、トリガーに掛けた指先の力が緩む。

刹那、何者かがネロに足払いを掛けた。

不意を突かれ、成す術も無く背後へと倒れる銀髪の少年。

薄茶のトレンチコートを着る覆面の男が、慣れた手つきで、ネロの腕をねじり上げ、抑え込んでしまう。

六連装大口径リボルバー『ブルー・ローズ』が、乾いた音を立てて地面に転がった。

 

「冗談はそれぐらいにしろ? 偉出夫。 お前を慕って付いて来た連中をあっさりと見捨てるつもりか? 」

 

何時もの飄々とした態度ではなく、背筋を凍らせる程の冷たい声で、茫然と佇む少年を叱責する。

 

「誰にも束縛されない自由な世界を造るんだろ? 新世界の神になるってのは真っ赤な嘘だったのか? え? カインさんよぉ。」

「・・・・・・そうだったな・・・・・すまない。」

 

ヴィランの言葉に漸く正気に戻ったのか、偉出夫は自嘲的な笑みを口元へと浮かべる。

そんな二人のやり取りを黙って観察する黒い毛並みのハムスター。

組み伏せられている主を救いたいが、偉出夫とヴィランには全く隙が無く、下手に手が出せない。

 

「小僧を離せ、ソレはワシの大事な主人だ。」

 

主であるネロから離れたハムスターが、本来の悪魔の姿へと戻る。

真っ赤な紅蓮の炎を纏う、炉の姿をした悪魔は、炯々と金色に光る眼窩で、狭間とヴィランを睨みつけていた。

 

「アステカ神話の火の神か・・・。」

 

ネロを組み伏せる覆面の男が、何処か感心した様子で炎の柱を見上げる。

 

シウテクトリは、炎の神であり、又、戦士達の守り神として崇拝されている。

その力は相当なモノで、あの”ソロモン十二柱”の魔神に匹敵するとまで言われていた。

 

「シウテクトリ、俺に構わずお前は逃げろ! 」

「聞けんな・・・・それに、ワシ等の役目は既に終わってる。」

「・・・・? 何? 」

 

シウテクトリの言葉に、ネロが胡乱気な返事を返したその時であった。

魔界樹の生い茂る薄暗い森から、何者かが飛び出して来る。

警視庁『特命係』に所属する刑事‐ 周防克哉警部であった。

色眼鏡の刑事は、黒い光沢を持つ巨大なスーツケースを頭上へと掲げる。

すると、スーツケースが眩い光と共に変形。

巨大なブーメラン形態に変わり、ネロを組み伏せている中折れ帽の男へと投擲する。

ネロを離し、常人離れした脚力で大きく跳躍する覆面の男。

周防刑事の背後から、二つの影が飛び出し、一人が狭間へと襲い掛かり、もう一人が未だ茫然とした様子で地面へと転がっているネロを担ぎ上げた。

 

「こ、鋼牙! 」

「御免、遅れた。」

 

ネロを担いでいるのは、『葛葉探偵事務所』所長代理の壬生・鋼牙であった。

稲荷丸古墳へと向かう道すがら、明とV、そしてライドウの仲魔であるハイピクシーのマベルと合流していたのだ。

 

 

「フフッ・・・・随分と刺激的な挨拶じゃないか? 明。」

「もうちょっと激しいのが良いなら、そうしてやるぜ? 偉出夫。」

 

鈍色に光るコンバットナイフと神器『アスカロン』が激しくぶつかり合う。

数合の撃ち合い後、橙色の火花を散らして離れる二人の少年。

互いに軽口を叩き合うが、その視線は獰猛な肉食獣と同じだ。

 

そんな乱戦状態を冷静に眺めるもう一つの影。

仲魔である大鷲と共に、魔界樹の巨木の陰に隠れているのは、病的なまでに白い肌をした陰気な召喚術師、Vことバージルであった。

全身を襲う激痛に、秀麗な眉根を寄せ、大量の汗が噴き出ている。

 

「おい、大丈夫かよ? バージル。」

 

バージルの体調が悪いのは、誰の目から見ても明らかであった。

恐らく、本体の方が限界を迎え初めているのだろう。

監視役に残った小さな妖精も、気遣わし気に、バージルを眺めている。

 

「ああ・・・・何とかな・・・・・。」

 

懐から霊酒(ソーマ)の入った小瓶を取り出し、口に含む。

 

まだ死ねない。

こんな所で倒れる訳にはいかない。

何とかこの乱戦を切り抜け、玄室にいるであろう義理の父、葛葉キョウジと合流しなければならないのだ。

 

 

 

一瞬、何をされたのか分からなかった。

目の前が真っ赤に染まる。

グラリと倒れる視界の中に、スローモーションの如く周囲の情景が映る。

此方に人差し指を突きつける金色に髪を染めた長身の男。

濃いサングラスの下、格下の自分を嘲る双眸が見える。

この男の名は、玄武。

十二夜叉大将の長・骸の側近、四神の一人であり、17代目・葛葉ライドウの本番だ。

そして、三代目剣聖の称号を持つ最強の男。

 

 

「ウォオオオオオオオオオッ!! 」

 

魔人と化したダンテの雄叫びが、稲荷丸古墳の玄室全体を揺るがす。

真の姿へと戻った大剣『リベリオン』が唸りを上げ、襲い来る無数の触手を全て薙ぎ払った。

 

(コイツ、一体何者なんだ!? )

 

かつてイギリス大陸で名を馳せた伝説の魔導士、アンブローズ・マーリンは興味津々と言った態(てい)で、対峙する悪魔を眺めた。

渾身の魔力によって放たれる光弾の雨を悉(ことごと)く弾き飛ばし、真名を取り戻した自分の一撃を意図も容易く受け止めて見せる。

魔王クラスに匹敵する程の力だ。

 

(ナナシの番か? こんな能無しを本番に選ぶなんて、愚かな。)

 

突如として、目の前に現れた強大な力を持つ魔人に対し、マーリンは心の中で嘲笑する。

 

確かに力だけを見るなら、魔王クラスとほぼ同等の能力を持つだろう。

しかし、所詮それだけだ。

力の本質を全く理解していない。

無尽蔵の魔力を有している様だが、これでは宝の持ち腐れだ。

 

戯れも、そろそろ飽きた。

この辺で、本格的に潰してやろうと思った刹那、何処からか放たれた衝撃波が、魔人化したダンテの身体に叩きつけられる。

咄嗟に、大剣で受け止めるが、その勢いまでも完全に殺す事は叶わなかった。

吹き飛ばされ、地表を削りながら数メートル後退する。

 

「一体何の真似だ? キョウジ。」

 

目の前に降り立つ黒い影は、葛葉四家当主が一人、13代目・葛葉キョウジであった。

黒い漆塗りの刀剣を左手に持ち、漆黒の長外套(マント)にフードを目深に被り、口元には同色の包帯で覆っている。

 

「スマンが時間が無い。早めに切り上げて欲しいんだ。」

 

目的のモノは、既に手に入れてある。

ならば、これ以上の戦闘は無意味だ。

キョウジは、背後に立つ魔王へと一瞥(いちべつ)を送る。

 

「俺等は、お前さんの望みを叶える為に、多くの犠牲を払った・・・・次は、お前さんが俺達の望みを叶える番だ。」

「フン・・・・仕方が無いな。」

 

”賢者の石”を造り出す事。

それが、この悪魔召喚術師との約定であった。

ユリゼンは、諦めたかの様に小さな溜息を零す。

すると、突然、呻き声を上げ、膝を付き四つん這いの状態になった。

両肩の肩甲骨辺りが盛り上がり、巨大な羽へと変化。

四肢が獣の如く折れ曲がり、首が伸びていく。

その姿は、一言で現わすと西洋の御伽噺等に登場するドラゴンそのものであった。

 

「ちぃ! 逃がすかよ!! 」

 

雄々しき両翼を広げ、天高く舞おうとする巨大な龍に向かって、真紅の魔人が大剣『リベリオン』を構えて襲い掛かろうとする。

しかし、その行く手を漆黒の外套(ローブ)を纏う剣士が塞いだ。

大剣の刃とやや反り返った刀身を持つ剣が、橙色の火花を散らしてぶつかり合う。

 

「人間如きが! 邪魔をするなっ!! 」

 

怒りで金の双眸が醜く歪む。

鋭い牙を剥き出しにする魔人を前に、キョウジは呆れた様子で溜息を零した。

 

「はぁ・・・・お前さん、今の姿を17代目が見たらどう思う? 」

「何ぃ!? 」

「悪魔だよ・・・・そこら辺でウロチョロしている悪魔(ヤツラ)と全く同じだ。」

「ぬかせっ!! 」

 

男が持つ刀身を弾き飛ばし、音速を遥かに超える無数の斬撃を放つ。

だが、当たらない。

人間の動体視力では、到底見切れぬ斬撃を、キョウジは全て往なし、カウンターの一撃をダンテの胸元へと炸裂させる。

大きく吹き飛ばされる魔人。

硬い岩盤へと叩きつけられ、衝撃で元の人間の姿へと戻ってしまう。

 

「ううっ・・・・・ば、馬鹿な・・・・この俺が・・・・何で・・・・。」

「ひ弱な人間に勝てないのか?だと・・・・答えは簡単だ。」

 

キョウジは、刀剣を一振りし、黒塗りの鞘へと戻す。

目深に被ったフードから覗く双眸は、何処か憐みの色を含んでいた。

 

「信念だよ・・・・・信念の無い奴に俺は倒せない。」

 

キョウジは、それだけを伝えると、闘気術で膂力を倍加し、大きく跳躍。

龍形態へとメタモルフォーゼしたユリゼンの背へと飛び乗る。

キョウジが乗り込んだのを確認し、巨大な翼を広げるワイバーン。

巨体が宙に浮かぶと、瞬く間に遥か上空へと飛び立つ。

 

 

 

五島美術館、庭園、六地蔵前。

その異変は、初代剣聖・鶴姫と女剣士と対峙する自衛官、坂本晋平二等陸佐にも伝わった。

極彩色の火花を散らし、数歩離れた位置に対峙する両者。

大地を揺るがす激しい振動が、二人を襲う。

 

「こ、これは一体何事だ? 」

 

自然、鶴姫の視線が震源地たる稲荷丸古墳へと向けられる。

天を貫く光の柱。

その中に、蝙蝠の翼を持つ怪物のシルエットが見える。

 

「ふむ、どうやら我々は体(てい)良く利用されていた様ですな? 」

 

二振りの刀剣『吉岡一文字』を鞘に納め、坂本二等陸佐が、一歩後退する。

 

「逃げるのか? 玄信(はるのぶ)。」

 

死亡した部下達の亡骸を平気で見捨て、この場から去ろうとする自衛官に、鶴姫が鋭い双眸を向ける。

 

二天一流の開祖であり、優れた兵法家として名高い男ではあるが、裏を返せばどんな汚い手口も眉根一つ動かさず、平気でやってのける冷酷な本性を併せ持つ。

天下分け目の関ヶ原の闘いでも、天才剣士として名高い佐々木小次郎との巌流島での闘いも、全て己が生き残る為に、様々な汚い手段を使ってみせた。

今も、形勢が不利と判断するとすぐに逃げへと転じる。

武人としては下劣だが、兵法家としては優秀と言う事か。

 

「ええ・・・・残念ですが、私の役目は、あくまで”賢者の石”回収ですからねぇ。貴女との死合いは二の次です。」

 

鶴姫に痛い所を突かれ、坂本二等陸佐は、苦笑いを口元に浮かべる。

そして懐から一枚の札を取り出した。

強制離脱魔法(トラエスト)と同じ効果を持つマジックアイテムだ。

 

「では・・・・また・・・・。」

 

慇懃無礼な仕草で一礼すると、自衛官は札の力を使ってこの場から去る。

後に残されたのは、変わり果てた無惨な亡骸達と、一人の女剣士だけ。

 

「ちっ・・・・・馬鹿弟子め・・・・・。」

 

忌々し気に舌打ちすると、女剣士は魔法剣『七星村正』を鞘へと戻した。

 

 

 

厄災兵器『パンドラ』の複製体を持つ色眼鏡の刑事は、魔具をマシンガン形態へと変形させ、覆面の男を狙い撃つ。

しかし、魔神・ヴィシュヌが宿った神器・スダルサナの能力(ちから)で、無数の鋼の牙は、悉く氷漬けにされ虚しく地面へと落ちた。

 

「へぇ、まさかこんな所にナンバーズの生き残りがいるとはな? 」

 

二対の円盤型の武器”スダルサナ”を手足の如く操り、覆面の男‐ヴィランが皮肉な笑みをマスク越しに浮かべる。

 

「我々の事を知っているという事は、お前は国防総省(ペンダゴン)の人間なのか。」

「まぁ、そんな様なもんだ・・・・今は、違うけどな。」

 

”スダルサナ”を操り、鏃(やじり)の如き鋭い切っ先を持つ氷柱で、色眼鏡の刑事へと襲い掛かる。

それを色眼鏡の刑事は、魔具を鋭い刃が備わっている円盤形態へと変え、迎撃。

襲い掛かる氷柱を全て斬り落とし、手元に帰って来た魔具を今度はボウガン型のミサイルランチャーへと変化させる。

何の躊躇いも無く覆面の男に向かって、ミサイルを撃ち込んだ。

だが、突如目の前に真紅の長外套(マント)を纏った巨人が降り立ち、二発のミサイルをあっさりと握り潰してしまった。

 

「横内・・・・。」

 

周防刑事の前に現れたのは、かつての同胞、横内・健太であった。

紅き死神‐ レッドライダーの姿へと魔人化した横内は、髑髏の仮面越しに、色眼鏡の刑事を見下ろす。

 

「どーこで油を売っていたんだよ? 死神さん。」

 

覆面の男が、呆れた様子で大袈裟に肩を竦める。

 

「国津神共が裏切った・・・・・やはり、奴等は信用出来ない。」

 

紅き死神は、背後にいるヴィランではなく、数歩離れた位置で、明と対峙する偉出夫へと視線を向ける。

 

何処で石の情報を手に入れたのか、この森の中に防衛省の特殊部隊『飛竜』の工作員が数名潜り込んでいた。

狭間達を出し抜いて、”賢者の石”を強奪するのが目的らしい。

 

「そうか・・・・上手くガイア教団の連中を手懐ける事が出来ればと思ってはいたんだけどな。」

 

どうやら偉出夫の予想は、大きく外れたらしい。

その時、一同の立つ周辺が大きく鳴動した。

揺れ動く台地。

立っている事が叶わなくなり、明が地面に膝を付く。

 

突然の大爆発。

稲荷丸古墳のあった大穴から巨大な炎の柱が天を貫き、続いてワイバーンの巨影が姿を現す。

龍形態へと変貌した魔王・ユリゼンだ。

背に協力者である13代目・葛葉キョウジを乗せ、遥か上空を飛翔する。

その姿は、まるで絵本等に登場するドラゴンそのものであった。

 

「? 父さん。 」

 

上空を舞うワイバーンの背に、義理の父親の姿を見つける。

どうやら、無事人修羅から真名を取り戻す事が出来た様であった。

 

「ちょっと! 何処に行くつもり? 」

 

平崎市方面へと飛翔するワイバーンの姿を認めたバージルは、造魔”グリフォン”を従え、稲荷丸古墳から去ろうとする。

その背をマベルの鋭い声が呼び止めた。

右掌をバージルの背中へと向け、何時でも電撃魔法が撃てる体勢になる。

 

「・・・・・平崎市古墳・・・・かつて破壊神・イナルナ姫が眠っていた大迷宮だ。」

 

V‐ バージルは、それだけをマベルに伝えるともう一人の造魔”シャドウ”を召喚する。

黒い粒子の塊へと姿を変える黒ヒョウ。

主の足元へと纏わりつき、宙へと持ち上げる。

 

「待って! 素直に行かせると思っているの? 」

 

何の代償も支払わず、まるで他人事の様に平気でその場を去ろうとするV‐ バージルに、例える事が出来ぬ怒りが湧き上がる。

電撃系下位魔法”ジオ”の雷の光弾が、陰気な召喚術師の背に狙いを定めた。

 

「・・・・・・。」

 

しかし、そんな怒りの形相を浮かべる小さな妖精に対し、バージルは一言も喋る事はしなかった。

只、黙って背後にいる妖精に一瞥を送ると、仲魔に命じて魔界樹が生い茂る獣道へと向かってしまう。

消えていく黒髪の青年を、黙って見送る妖精。

光弾が、霧散すると大きく溜息を吐き出し、ガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

明滅する赤色回転灯(せきしょくかいてんとう)。

警視庁が所持する数台の装甲車と、救急病棟の特殊車両が、五島美術館前に停車している。

17代目・葛葉ライドウは、痛む脇腹を抑え、担架で運ばれていく少女をぼんやりと眺めていた。

その傍らには、母親らしき女性が付き添い、数名の救命士達と共に、娘と同じ車両へと乗り込んでいく。

 

「先生・・・・・。」

 

愛弟子である少年の声に、隻眼の悪魔使いが其方へと視線を移す。

そこには、黒い毛並みのハムスターを頭に乗せた、銀色の髪をした少年が、傍らに小さな妖精を従えて立っていた。

 

少年‐ ネロは、大分戸惑いつつも、装甲車に背を預ける師の元へと歩み寄る。

 

「先生・・・・怪我・・・・。」

「何故、此処にいる・・・・訓練中は、不用意な悪魔討伐は控えろと言った筈だ。」

 

気遣う言葉を師に遮られ、ネロの顔色が忽(たちま)ち真っ青に変わる。

 

召喚術を学ぶ際、ネロは『不必要な悪魔狩りは慎め。』と師であるライドウから忠告を受けていた。

この場にいる以上、何の言い訳も師には通用しない。

どうしたものかと考えあぐねるネロに対し、意外なところから助け舟が来た。

 

「俺が無理矢理誘ったんだ・・・・流石に、鋼牙と二人じゃ心許なかったからな。」

「明・・・・・。」

 

二人に近づく大柄な影。

それは、ネロと同じ”探偵部”に所属する遠野・明であった。

長い前髪の下から、鋭く義理の父親を見つめている。

 

「本当なのか? 」

 

疼く様な脇腹の痛みを無視し、ライドウは愛弟子へと鋭い隻眼を向ける。

 

「ち・・・・違う、俺は・・・・・。」

「コイツは何も悪くねぇ・・・・査問委員の連中に報告したきゃ勝手にしろ。」

「・・・・・・。」

 

まるでネロを庇う様に、明が隻眼の悪魔使いの前へと割って入る。

ぶつかり合う義理父と息子の視線。

しかし、先にソレを外したのは義理父のライドウであった。

息子の頑固さは、身に染みて思い知っている。

どんなに詰問しても、決して本当の事は話さないだろう。

 

不穏な空気が流れる中、ボロボロの真紅の長外套(ロングコート)を纏う銀髪の魔狩人が姿を現した。

背には、元の姿へと戻った大剣『リベリオン』を担いでいる。

崩れていく稲荷丸古墳玄室から、何とか這い出して来たダンテであった。

 

「今は行かない方が良いと思いますよ? 17代目、物凄く不機嫌みたいだから。」

 

主人の元へと行こうとするダンテの背に、黒縁眼鏡の少年‐ 壬生・鋼牙が呼び止めた。

太い針葉樹に背を預け、腰に備前長船(びぜんおさふね)を帯刀している。

 

「・・・・・”魔神皇”の連中は一体どうなった。」

 

右手の指先が、無意識に腹に刻まれた刀傷へと触れる。

 

異界化した五島美術館の庭園には、自分達の他に”エルバの民”‐ ”魔神皇”一派も紛れ込んでいた。

奴等の目的が一体何かは、未だ皆目見当もつかないが、恐らく四大魔王(カウントフォー)の一人、反逆皇・ユリゼンに関わる何かだろう。

 

「へぇ、”エルバの民”をご存知だったんですか? 」

「名前だけはな・・・・頭のイカレた餓鬼共の集まりだと聞いている。」

 

現在、SNS上では、『エルバの民』と呼ばれる掲示板が噂になっている。

何でも恨んだ相手の名前をその掲示板に書き込めば、”魔神皇”と呼ばれる祟り神が現れ、呪った相手を呪殺してくれるらしい。

当初は、餓鬼同士の下らない噂話だ、程度にしか思えないが、事実、その掲示板に名前を書き込まれた人物は、数週間以内に悲惨な死に方をしていた。

 

「残念ながら逃げられてしまいました。 あの時の騒ぎに乗じてね。」

 

鋼牙は、大分大袈裟に肩を竦める。

 

稲荷丸古墳跡地である巨大な大穴から、突如出現した巨大な龍(ドラゴン)。

驚愕する一同を尻目に、魔神皇一派は、忽然と姿を消していた。

痕跡を残さず、綺麗さっぱりとである。

 

「へっ、”八咫烏”の天才君も、案外大した事がねぇな? 」

「それ、そっくりそのままお返ししますよ・・・・伝説の魔剣士・スパーダの血族も案外大した事がないんですね? 」

 

殺気を多分に含んだ両者の双眸が、激しく火花を散らす。

 

見た目の容姿から、鋼牙は大人しい秀才タイプに見られがちだが、実際は大分違う。

壬生家の苛烈極まる呪われた血は、確実に引いており、おまけに母親譲りの気性の荒さまで備わっているのだ。

師、13代目・葛葉キョウジから、『己を律し、冷静な判断力を持て。』と厳しい指導を受けている為、深層心理に内在する凶暴な獣を強靭な精神力で抑えつけているだけだ。

 

「俺に喧嘩を売ってんのか? 坊主。」

「先に売って来たのは、貴方でしょ? 」

「いい加減にせぬか、二人共。」

 

今にも互いの得物を抜きかねない二人の様子に、第三者が割って入った。

初代剣聖・鶴姫だ。

大胆に胸倉の開いた着流しを身に着けた絶世の美女は、呆れた様子で、二人の男を腕組みして眺めていた。

 

「今は一刻を争う非常事態だ・・・・早く奴等を止めねば、この国が地獄に変わる。」

 

まるで新雪の如き真っ白い肌と、濡れ羽色の長い黒髪。

美しく整った容姿を持つ美女は、呆れた様子で溜息を吐き出す。

 

鶴姫が指摘する通り、この大規模な悪魔によるテロ事件を起こした首謀者二人組は、何処かへと姿を消している。

警察関係者や防衛省も、緊急事態宣言を発令し、各特殊部隊が厳しい検問を強いていた。

だが、これだけ行方を捜索しているにも拘わらず、四大魔王(カウントフォー)の一人、ユリゼンとその協力者の足取りは全く掴めていない。

無駄に時間だけが、経過するだけであった。

 

「ダンテ、奴等の居場所はマベルから聞いている。 今すぐついて来い。」

「初代様、この男は危険です。 彼を連れて行くより僕達の方が・・・・・。」

「お前達は、馬鹿弟子がこれ以上、余計な事をしない様に監視だ。」

 

銀髪の大男を引き連れ、予め警察関係者に用意させた車両へと向かおうとする女剣士の背に、鋼牙が慌てて呼び止めた。

しかし、それを鶴姫は、無情にも切って捨ててしまう。

 

「今の奴は、相当自暴自棄になっとる。 誰かが見守っていないと何をするか分からん状態だ。」

「・・・・・・初代様。」

 

まだ何かを言いたそうな黒縁眼鏡の少年をその場に残し、鶴姫は銀髪の魔狩人を促して、警視庁が用意した車両へと踵を返した。

 

 

 

ダンテが車に乗り込むと、運転席には百地警部補が座っていた。

部下であり相棒の周防刑事は、慣れない魔具の連続使用と、最上級悪魔(グレーターデーモン)の召喚により、異界化した庭園から脱出した直後、倒れてしまったらしい。

今現在は、救命病棟が用意したもう一つの特殊車両で、消耗した体力回復の治療を受けているとの事であった。

 

「全く、よりによってもう一度、あの薄気味悪い平崎古墳に行く羽目になるとはな。」

 

愛用の煙草に使い捨てライターで火を付けつつ、壮年の警部補は、忌々しそうに舌打ちする。

少々、乱暴に平崎市に向け、急発進する警察車両。

五島美術館前の喧騒がどんどん、遠ざかっていく。

 

「何で俺なんだ? 爺さんの方が実力経験共に俺より遥かに上だろう。」

 

流れていく景色を眺めつつ、ダンテが悪態を吐いた。

 

「消去法だ・・・・・さっきも言ったが、17代目は精神的に不安定だ。 組織からの援軍も望めないし、お前なら、私でも御しやすいからな。」

「ひでぇ、言い草だな。」

「何を言っている・・・・13代目とケリを付けたいんだろ? 」

「13代目? 」

「葛葉四家当主が一人、13代目・葛葉キョウジ、今回のテロの首謀者の一人だ。」

 

シートに深々と身を預けた初代剣聖・鶴姫が、事件の大方のあらましを説明する。

 

反逆皇・ユリゼンことアンブローズ・マーリンは、20数年前に17代目・葛葉ライドウの手で討たれた。

しかし、奇跡的に一命を取り留めたマーリンは、何の因果か、現世に落ち延びていたのだ。

そして、詳しい経緯(いきさつ)は知らないが、マーリンの存在を知ったキョウジは、ライドウから奪われた『真名』を取り戻す為に、一時的な協力関係となった。

 

「信じられねぇな・・・・俺は、キョウジとは30年以上も付き合いがある。アイツはド助兵衛で、金遣いが荒い奴だが、こんな大それた事をしでかす奴じゃない。」

 

百地警部補とキョウジは、共に悪魔の脅威から矢来区に住む市民達を守って来た、いわば戦友ともいえる間柄だ。

お互い利用し合う関係であったが、正義に対する志は、同じである。

 

「・・・・・私も警部補と同意見だ・・・が、今の奴は昔とは大分違う。」

「違うって? 」

「愛する家族が出来た・・・・・自分の命を捧げても構わぬと思える存在がな。」

「家族? もしかして、壬生の跡取り息子か? 」

「違う、警部補は知らぬと思うが、実はもう一人いるのだ・・・・命に代えても守らねばならぬ息子が・・・・。」

「まさか・・・・・。」

 

それまで、黙って警部補と女剣士の会話を聞いていたダンテは、ある結論に至り驚愕する。

 

「そう、お前の予想通りだ。 13代目は、お前の双子の兄を養子として引き取っていたのだ。」

 

 

 

葛葉四家当主が一人、13代目・葛葉キョウジは、東京都矢来区を中心に活動していた悪魔召喚術師である。

剣士職を全て取得した到達者(マイスター)であり、剣聖級の実力を持っていた。

その証拠に、現剣聖である4代目、アルカード・ヴェラド・ツゥエペシュは、キョウジの実力と優れた人物像に惚れ込み、剣聖の座を彼に譲り渡そうとまでしていた。

しかし、剣聖の名を手に入れたら、要らぬ敵が寄って来るという勝手極まる言い分を理由に、襲名を辞退。

以降は、矢来区で探偵事務所を営み、悪魔の脅威から人々を護り続けていた。

 

 

「お前には話していなかったが、私は一度だけバージルに会っている。当時は、奴も大分幼く、私の事等、とっくに忘れているだろうけどな。」

 

新月期に元の姿へと戻った鶴姫は、何かの用事で矢来銀座に立ち寄った事がある。

その時に、『葛葉探偵事務所』で身の丈程もある日本刀を抱えた銀髪の少年‐バージルと出会った。

 

「成程・・・・・道理で、太刀筋が似ている訳だ。」

 

異界化した五島美術館の庭園と、稲荷丸古墳での死闘で、嫌になる程思い知らされている。

バージルの師は、13代目で間違いない。

キョウジは、幼いバージルを引き取り、彼に剣士としての英才教育を施した。

 

「どんな汚い手を使ってでも、我が子を救う・・・・・キョウジは形振(なりふ)り等構わぬ状態だろうな、我々もそれ相応の覚悟で挑まねば、簡単に返り討ちに合う。」

 

それ程までに、キョウジにとってバージルと言う血も繋がらぬ我が子は、大事な存在なのだろう。

本来、護らねばならぬ市民の命を、”石”を生み出す為の贄に捧げてしまう程に。

 

「・・・・・大馬鹿野郎だぜ、バージルは・・・・そんな良い親父がいながら何故、道を踏み外したんだ? 」

 

物心ついた時から、施設の無機質な壁を眺め、職員達から口煩い小言と、虐待とも取れる体罰を受けてきたダンテにとって、バージルが育って来た環境は妬ましく映る。

鶴姫や百地警部補の話を聞く限り、13代目という人物は、義に厚く、文武共に素晴らしい男なのだろう。

そんな人物の傍で、大事に育てられながら、何故、『テメンニグル事件』等という大規模な悪魔によるアウトブレイクを引き起こしたのか。

 

 

 

平崎市、中央区古墳。

かつてこの地には、大規模な領地を誇る王国があった。

イナルナ王国という名の国は、大和朝廷と対立し、凄惨な戦の末、一族郎党皆殺しにされた。

当時、王国を納めていた姫は、日ノ本を憎み、呪い、様々な厄災を貴族やその地に住む豪族、果ては一般の人々にまで及ぼした。

故に、彼等はイナルナ姫の怒りを鎮める為、彼女が治めていたこの平崎市の地に古墳を建造したのである。

 

「”まつろわぬ神”・・・・・か。」

 

病的にまで白い肌とノースリーブの長外套(こーと)を着た黒髪の召喚術師は、古墳大迷宮の入口を見上げる。

 

今から30年程前、此処で祟り神・イナルナ姫による大規模なパンデミックが起こった。

当時、義理の父親である13代目・葛葉キョウジは、相棒であり番のレイ・レイホゥと、共にイナルナ姫を討伐、彼女の霊を見事鎮めてみせた。

しかし、未だに祟り神であるイナルナ姫の影響は色濃く、古墳迷宮入口は、誰も立ち入れない様に、硬く入口を閉ざしている。

4メートルを軽く超える巨大な塀が、古墳周辺を取り囲み、入口は常に施錠されていた。

黒髪の青年‐ Vは、鉄の扉の前へと立ち、慣れた手つきで電子ロックのキーナンバーを押していく。

ロックが外れる音と共に、扉が開いたのが分かった。

 

「おい、バージル。 親父さんの言いつけ通り船で待機していた方が良いんじゃねぇのか? 」

 

Vことバージルの傍らにいる黒い毛並みの大鷲が、窘める様に主に忠告した。

彼等の本来の仕事は、既に終了している。

反逆皇・ユリゼン‐ アンブローズ・マーリンは、無事に17代目から己の”真名”を取り返し、後は『賢者の石』が完成するのを待つばかりだ。

”石”が完成し、義理父であるキョウジがソレを手に入れれば、崩壊したバージルの肉体を修復する事が出来る。

 

「奴は信用出来ない・・・・必ず父さんを裏切る。」

「でもよぉ、今のお前が行ったところで親父さんの足手纏いになるだけじゃねぇのかぁ? 」

 

グリフォンの危惧は至極当然だ。

第三者が見て分かる通り、バージルはかなり衰弱している。

その一番の理由が、元の肉体が既に危険な状態まで崩壊しているという事だ。

一刻も早く、肉体を修繕しなければ、バージルの魂までもが消失してしまう。

 

「それでも行かなきゃならないんだ・・・・俺は、全てを見届ける義務がある。」

 

粗い吐息を吐き出しつつ、バージルは古墳大迷宮へと一歩踏む出す。

 

父さんだけに・・・・あの人だけに、大罪を背負わせる訳にはいかないからだ。

 




毎日暑いです。
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