偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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登場人物紹介

坂本晋平二等陸佐・・・・・ 正体、宮本武蔵。
後藤事務次官の懐刀であり、対悪魔殲滅部隊『飛竜』の司令官。
吉岡一文字を帯刀しており、二天一流兵法で敵悪魔を叩き伏せる。
剣士職を全て取得した到達者(マイスター)。



第23話 『まつらわぬ神』

平崎市、中央区にある巨大な古代古墳。

かつて此処には、日本三大怨霊の一人、イナルナ姫が封印されていた。

組織『ファントムソサエティ』に属する召喚術師(サマナー)、シド・ディビスは、彼女の膨大な魔力と魔導に関する知識を我が物にせんが為、数千年の永き眠りから復活させようと画策。

しかし、当時、矢来銀座を中心に活動している超国家機関『クズノハ』の召喚術師(サマナー)、13代目・葛葉キョウジの手によって、その野望は潰(つい)えた。

そして、30数年後、再びその禁は破られようとしている。

 

 

「着いたぜ、此処が”平崎古墳”だ。」

 

覆面パトカーを停め、百地警部補が運転席から外へと降りる。

後部座席から外へと出た銀髪の魔狩人‐ダンテは、その異様極まりない佇(たたず)まいに思わず息を呑んだ。

 

一言で言えば、現世に存在しうる人間が、決して干渉してはならない場所。

悪魔狩人(ハンター)ですら、本能的に近寄ろうとはしない強い瘴気を、その巨大古墳は放っていた。

 

「まさかとは思うが、オタク等二人だけで行くつもりじゃねぇーよな? 」

 

同じく後部座席のドアを開けて外へと出た、美麗の女剣士を眺めつつ、百地警部補は呆れた様子で溜息を吐きだす。

こんな分かり切った質問は、無粋なのは百も承知だ。

しかし、公僕という身分上、確認せずにはおれなかった。

 

「ああ、増援はいらん、私とこの男の二人だけで十分だ。」

「・・・・・。」

 

初代剣聖の実力は、嫌という程承知している。

だから、壮年の刑事は苦虫を1000匹噛み潰した様な渋い顔で押し黙るより他に術が無かった。

 

「剣聖殿・・・13代目の奴は・・・・。」

「大丈夫だ。警部補殿が心配している様な真似はしない。」

 

百地警部補は、鶴姫がキョウジを手に掛けるのでは? と、内心憂(うれ)いている。

この壮年の刑事にとって、あの探偵は無二の戦友だ。

共に平崎市を悪魔の脅威から護り、人々の生活を影日向となって支え続けている。

キョウジを失うという事は、この刑事にとって半身を失うのに等しい。

出来る事ならば、再び生きて再会したいのだ。

 

鶴姫は、口元に柔和な笑みを浮かべ、背後に立つ警部補に微笑みかけると、銀髪の魔狩人を促し、古墳大迷宮へと足を踏み出す。

そんな二人の背を、警部補は黙って眺めていた。

 

 

 

平崎市臨海公園駐車場。

そこに一台の大型トレーラーが停車していた。

女職人(ハンドヴェルガー)ニコレット・ゴールドスタインが仕事に使用している大型車両であった。

 

「平崎古墳か・・・・成程、確かにあそこなら”賢者の石”精製にはうってつけだな。」

 

上着を脱ぎ、見事に鍛え上げられた上半身を惜しげも無く晒した17代目・葛葉ライドウは、仲魔であるハイピクシーのマベルの治療を受けていた。

折れた肋骨は、粗方再生し、失った体力も徐々にではあるが、戻りつつある。

 

「うん・・・・でも、V・・・バージルを止められなかった。」

 

あの時、どうしても自分は電撃魔法を放つ事が出来なかった。

視界から去っていくVの背中を、ただ眺めているだけであった。

 

「君のせいじゃない。 その事に関しては気に病む必要はない。」

 

脱いでいたアンダーシャツを身に着け、特殊繊維で編まれた上着と防具を身に着ける。

漆黒の長外套(ロングコート)を纏い、真紅の呪術帯をマフラーの様に首元へと巻く師の姿を、同じく後部座席へと座るネロがぼんやりと眺めていた。

 

現在、車内にはこの大型トレーラーの持ち主であるニコと、自分以外いない。

『探偵部』の仲間である壬生・鋼牙と遠野・明は、車外でお互いの持つ情報を交換していた。

因みに、クラスメートの日下・摩津理は、世田谷区にあるシェルターに保護されている。

 

「まさか一人で行くつもりじゃないよな? 先生。」

 

身支度を整え、車外へと出ようとする師を銀髪の少年‐ネロが呼び止める。

無言で此方へと一瞥を送る悪魔使い。

その隻眼は、氷点下の如く冷たく、ネロが一瞬気後れしてしまう。

 

「俺も一緒に行く、先生一人だけを危険な場所に行かせられない。」

 

師が放つ怒気に思わず萎縮してしまいそうな己自身を奮い立たせ、ネロはそれだけを言い募る。

今の自分は、失った”デビルブリンガー”の代わりに”デビルブレイカー”を与えられ、最新型の機動剣‐”クラウソラス”を持っている。

それに、頼もしい仲魔もいた。

 

「駄目だ。お前は鋼牙達と一緒に、世田谷区のシェルターに行け。」

「足手纏いにはならねぇよ! 」

「未だに”ソロモンの魔神”を従える事が出来ないお前を連れてはいけない。」

「・・・・・っ。」

 

痛い所を師に突かれ、銀髪の少年は悔し気に押し黙る。

確かに師の言う通りであった。

稲荷丸古墳では、魔神皇一派と交戦になり、ソロモンの魔神こと『堕天使・アムトゥジキアス』を一時的にではあるが、暴走させてしまっている。

仲魔である火の神・シウテクトリがいなければ、どうなっていたか分からない。

 

そんな少年を主の頭に乗った黒毛のハムスターが、無言で眺める。

主の悔しい気持ちは分るが、師であるライドウの言う事は最もであった。

何時、暴走するか分からない時限爆弾を抱えて、戦場に行く事は出来ない。

 

ライドウは、俯く愛弟子に一つ溜息を零すと、仲魔である小さな妖精を肩に乗せ、大型トレーラーから外へと出る。

すると、その目の前に実の息子である遠野・明が立ち塞がった。

自分より遥かに上背がある息子に見下ろされ、悪魔使いの隻眼が不愉快に歪む。

 

「俺達は、誰の命令にも従う気はねぇ。勿論、アンタにもな? 17代目。」

「明・・・・・。」

 

どうやら、車内でのネロとの会話を聞かれていたらしい。

息子の背後に立つ壬生・鋼牙も同じ意見らしく、愛刀である備前長船兼光(びぜんおさふねかねみつ)を手に此方の様子を伺っていた。

 

「同級生(クラスメート)の家族が殺された。 しかも、それだけじゃねぇ。俺達が管轄している矢来区(此処)も危険に晒そうとしている。」

「だから何だ? 未成年のお前達が命を張る必要は無い。すぐに国防省が対悪魔殲滅部隊を派遣してくれる。」

 

明達が何を言いたいのか、大体察しは出来る。

この事件から一切手を引く気が無いのだ。

子供ならではの実に下らない言い分だ。

 

「奴等に落とし前を付けさせるまで、引き下がる気はねぇ。」

「僕も同じです。事件の真相を知る権利がある。」

 

マベルから大体の概要は知らされている。

山谷のかさぎ荘から始まり、世田谷の大虐殺は、四大魔王(カウントフォー)の一柱、反逆皇・ユリゼンによって引き起こされた。

しかも、現世での協力者が、事もあろうに超国家機関『クズノハ』を創設した四家当主が一人、13代目・葛葉キョウジその人なのだ。

本来、日ノ本の民を救う為に存在しうる守り人が、その民に害を与えている。

 

「・・・・お前達の気持ちは分らなくもない。だが、子供を戦争に巻き込む訳にはいかないんだ。」

 

どんな言葉を投げかけたとしても、この二人を止める事は叶わないだろう。

特に、鋼牙にとって13代目は、自分を認め、秘められた才能を開花させてくれた恩人だ。

それに、実父との関係が修復不可能な程、破綻しているこの少年にとって、キョウジは実の父親と同じ存在であった。

 

そんな、永遠平行線を辿りそうな会話をしているその時であった。

彼等がいる臨海公園駐車場に、黒塗りの大型特殊装甲車が現れる。

外装にはH・E・C(Human Erotic Toro ni Kusu Company)のロゴが刻まれていた。

 

「お待たせ致しました、旦那様。」

 

運転席から、燕尾服を着た60代半ばぐらいの男が降りて来る。

成城にある葛葉邸を取り仕切る執事、岡本・兼続(かねつぐ)であった。

 

「否、定刻通りだよ。」

 

超やり手の執事(バトラー)を前に、ライドウが思わず苦笑を浮かべる。

そんな主に対し、忠実な初老の執事は、慣れた手つきで手の中に納まるぐらいのリモコンを操作した。

装甲車の外装が、まるで蝶の羽の如く開く。

流線型の形をした前に車輪が二つ、後ろに一つという独特な形をしたモーターラッドが格納庫に収まっていた。

ライドウが持つ魔具(デビルアーツ)の一つ、キャバリエーレだ。

 

「申し訳ありません。”イクシオン”の調整が間に合わず、取り急ぎダンダリオンに命じて、代わりの魔具(モノ)をご用意致しました。」

 

早速、格納庫から降ろされる、かつて愛用していた魔具。

明と鋼牙の脇を通り過ぎ、モーターラッド型の魔具へと無言で跨る主に、初老の執事(バトラー)は恭しく頭を下げた。

 

「仕方が無い。テュランエンジンが実用化するまで、まだまだ時間がいる。」

「17代目! 」

 

エンジンを吹かし、自分達二人を完全に無視して、その場を去ろうとする悪魔使いの背を、黒縁眼鏡の少年が思わず呼び止める。

何か一言でも、この頭の固い朴念仁に言ってやりたかった。

 

「止せ、あの石頭に何を言っても通じねぇよ。」

「明。」

 

今にも悪魔使いの胸倉を掴みかねない幼馴染を、明が押し留める。

あの悪魔使いが何を言おうが自分達には関係ない、この事件は自分達が納得出来る形で終わらせる。

長い前髪の隙間から見える双眸は、そう、無言で告げていた。

 

 

 

「どうした? 少年。 もしかして凹んでんのか? 」

 

力無く、後部座席に座り込むネロの頭上から、女職人の声が降って来る。

恨めし気に、ニコを見上げるネロ。

車外から、大型装甲車両のエンジン音と、明達とライドウの言い合う声が微かに聞こえる。

 

「・・・・・別に・・・・アンタには関係無いだろ? 」

 

不貞腐れる様に唇を尖らせる。

 

師であるライドウが言う通り、自分は召喚術師(サマナー)としては、まだまだ未熟者だ。

己の中に棲み着く悪魔”ソロモン十二柱”の魔神、堕天使・アムトゥジキアスを使役するどころか、簡単に肉体を奪われる始末。

挙句、精神面では火の神・シウテクトリやハイピクシーのマベルに頼り切り、己一人では何一つとして成し得た事が無い。

 

不図、脳裏に病魔に犯され、死の淵へと彷徨う義理姉・キリエの姿が過った。

自慢の栗毛の髪は、長期間に渡る抗生物質の投薬により全て抜け落ち、食欲は失せ、骨と皮ばかりの無惨な姿へと変わり果てた。

 

(違う! 俺は逃げたんじゃない! キリエを・・・・彼女を見ているのが辛かったんだ!)

 

義理姉が息を引き取る最後の瞬間、ネロは、その場にいなかった。

否、いたことにはいた。

キリエが寝ている病室の外で、只、茫然とその場に立っていた。

 

『言い訳するなよ・・・・本当は、醜く変わったあの女を見るのが嫌だったんだろ? 』

 

自分と全く同じ声が脳内に響く。

弾かれた様にネロは、自分の向かい側へと視線を移す。

するとそこには、車内に積んである古びたジュークボックスを背に、自分と全く同じ容姿をした銀髪の少年が立っていた。

 

『まるでミイラみたいだったもんな? お前の大好きな姉ちゃん。』

「てめぇ・・・・。」

 

生まれ持って備わった本能で、ソレが一体何者なのかを悟る。

堕天使・アムトゥジキアス。

かつてミティスの森の奥深くにある石の霊廟に封じられていた”ソロモン十二柱”の魔神の一人だ。

宿主と全く同じ容姿をした堕天使は、口元に冷酷な微笑を浮かべていた。

 

『怖かったんだよな? 恐ろしかったんだよな? だから、お前は現実から逃げたんだ。』

「うるせぇ! 」

 

一番触れられたくない部分を、無遠慮に抉り出され、銀髪の少年が、思わず激昂して座っていたシートから立ち上がる。

少年の突然の豹変振りに驚くニコ。

二歩・三歩と後退る女職人と銀髪の少年の視線が合う。

 

「い、一体どうしちまったんだよ? もしかして、さっきのアタシの言葉に怒った? 」

「ち、違う・・・・アンタのせいじゃ・・・・。」

「小僧、人修羅を追い掛けろ。」

 

堕天使が見せた幻覚に狼狽し、顔を真っ赤にさせる少年に向かって、それまで黙って主の様子を伺っていたハムスターが言った。

 

「今のお前に一番必要なのは、己の中にあるトラウマと向き合う事だ。」

「シウテクトリ。」

 

この火の神は、主人が過去に犯した罪を見透かしている。

”ソロモンの魔神”を従える事が出来ないのも、己自身が抱えるトラウマを克服する事が出来ない為だ。

 

「ワシの見たところ、お前さんは逆境に立たされれば、立たされる程、成長するタイプだ。今は、大人しく引き下がるより、一歩前に出るべきだと思う。」

「・・・・・・。」

 

器用に、後部座席のシートに後ろ足だけで立ち、偉そうに腕組みする黒毛のハムスターは、主人である銀髪の少年を見上げる。

 

この主が、心身共に強くなれば、”ソロモンの魔神”を従えさせる事が出来るかもしれない。

悪魔召喚術師にとって、一番必要なモノは、折れる事が無い強い『信念』だ。

この少年には、その最も大事な部分が欠けている。

 

「良し、そうと決まれば、外にいる悪ガキ二人組を呼んで、さっさと平崎古墳に向かうぞ! 」

 

シウテクトリとネロとの間に流れる微妙な空気を敏感に感じ取り、ニコはバンの出入り口へと向かう。

ネロと同じ”探偵部”に所属する、遠野・明と壬生・鋼牙の二人を呼び戻す為であった。

 

 

平崎古墳、かつて秦氏の国の姫君であった伊那瑠奈姫が眠る霊廟。

その大迷宮の薄暗い通路を、ノースリーブのコートを身に着けた細身の青年が、覚束ない足取りで歩いていた。

銀色の杖をつき、ゼイゼイと喘鳴を繰り返す。

蒼白い肌には幾つもの罅が入り、その双眸はどこか虚ろであった。

 

「おい、やっぱり無理だ。今すぐビクトルの爺さんに診て貰った方が良い。」

 

青年‐ Vの傍らを飛ぶ漆黒の大鷲が、懸命に主に向かって声を掛ける。

誰の目から見ても、青年が満身創痍である事が分かる。

何処かで適切な措置を受けなければ、確実に命の灯が消えるだろう。

 

「ふ、船には戻らない・・・・俺には、全てを見届ける義務がある。」

 

粗い呼吸を繰り返しつつ、Vは一歩、また一歩と前へと進む。

 

義理の父‐ 13代目・葛葉キョウジは、血の繋がらぬ己の為に大罪を犯した。

肉体が崩壊し、死を待つだけだった自分を生かそうと、魔界を統治していた4大魔王(カウントフォー)の一人、『反逆皇・ユリゼン』を復活させた。

そして、平崎市の地下に”クリフォトの魔界樹”を植え付け、大勢の人間達の命を奪い、『賢者の石』を精製したのである。

この伊那瑠奈姫が眠る大迷宮には、命の糧を吸い尽くし、生み出された『賢者の石』と魔王・ユリゼン、そして義理の父、キョウジがいる。

 

(父さん一人に罪を背負わせない。)

 

脳裏に浮かぶのは、優しく豪快に笑う義理父の姿。

悪魔と人間の間に生まれた自分を慈しみ、実の子と同じ様に育ててくれた。

V‐バージルに普通の家庭を持って、普通の人生を送る事を望んでくれた。

しかし、自分はそんな心優しい父親の想いを裏切ってしまった。

実の父・スパーダの力を欲した。

悪魔として生きる道を選んでしまった。

その結果、キョウジは自分が築き上げて来た輝かしい経歴を全て捨て、自分を生かす為に、大勢の罪なき命を犠牲にした。

 

 

「まさに美しい家族愛・・・・思わず涙が零れてしまいそうだ。」

 

「・・・・一体、どういう意味ですか? 」

 

平崎市へと向かう最新型の装甲車‐セネター APCの車内。

隣に座る主の呟きを横内・健太が胡乱気な視線を向ける。

 

彼等は現在、パトロンの一人である三島重工から借りたセネター APCを駆り、平崎古墳へと向かっていた。

目的は勿論、四大魔王(カウントフォー)の一人、反逆皇・ユリゼンが創り出した『賢者の石』である。

五島美術館での死闘で、チャーリーこと黒井・慎二が負傷し、今は母親のテレジアと共に、三島重工が所有している生体研究所に戻っている。

車内には、運転手である三島の私設部隊の兵士と、『エルバの民』の同志、大月清彦、そして偉出夫と横内の計三名が乗っていた。

 

「この事件の真相さ・・・・愛を欲しがる哀れな子供と、愛を護る為に鬼となった男の哀しい物語だ。」

 

狭間・偉出夫は、まるで独白かの如く、事件のあらましを語り始める。

 

事件の発端は、7年前にまで遡る。

矢来区を中心に悪魔召喚術師(デビルサマナー)として活動していた13代目・葛葉キョウジには、血の繋がらぬ息子がいた。

その息子は、魔界でも最強と謳われた魔剣士・スパーダと人間の女性との間に生まれた半人半妖であった。

当然、息子は自分の出自を隠し、至極普通の人間として一般社会に溶け込み生活を送っていた。

だが、ある日を境に、息子は養父であるキョウジの元を去る事になる。

彼は、実父であるスパーダの力を欲し、NYにあるレッドグレイブ市で大規模なパンデミックを引き起こした。

アメリカ合衆国は、対悪魔討伐専門部隊を持つヴァチカン市国へと依頼。

”虐殺部隊”と異名を持つ『13機関‐イスカリオテのユダ』が動いた。

 

「その事件なら知っています。 確かスラム一番街が異界化し、大量の悪魔が実体化した・・・その討伐の為、13機関は生存者ごと空爆で焼き払った。」

 

無意識に嫌悪感で、眉間にしわが寄る。

傍若無人極まる異端審問官による、大量虐殺。

神の名を平然と語り、奴等は生き残っている市民を悪魔ごと焼き尽くしたのだ。

 

「そう・・・だが、悲劇はそれで終わりじゃなかった。 父親は、義理の息子を探す為に、魔界へと堕ちたんだ・・・・。」

 

父・・・・葛葉キョウジは、息子―バージルを探し求めて、実に7年間という長い時を費やし、等々、変わり果てた息子を見つけた。

肉体の7割以上を破壊され、『ソーマの雫』で辛うじて生きている我が子の姿を。

 

「んで、ソイツが一体どうして、四大魔王(カウントフォー)の一人であるユリゼンと知り合ったんですかい? 」

 

助手席に座り、スマホを弄っていた大月が、視線を手の中にある液晶画面に落としたまま、主である狭間・偉出夫に言った。

どうやら、後部座席へと座る二人の会話を盗み聞いていたらしい。

 

「反逆皇・ユリゼンなんて悪魔は、元から存在しない・・・・だって彼は、アンブロシウス・メルリヌスが創り出した”偽りの王”だからだ。」

 

「何・・・・。」

 

偉出夫の口から語られる衝撃の事実。

そんな覆面の男を他所に、『エルバの民』の主は話を続ける。

 

「愛する者に裏切られ、神からも人間からも疎まれた彼は、この世界に絶望し、魔界へと堕ちた・・・・そして、そこで第二の生を謳歌しようとしたんだ。」

 

全く新しい自分自身を生きるには、”アンブロシウス・メルリヌス”というちっぽけな存在を跡形もなく消し去る必要があった。

メルリヌスは、絶大なる魔術を駆使し、『ユリゼン』という強大な魔王を創り出し、そしてイェソドの地を統べたのである。

 

流石、12世紀を代表する魔術師であるメルリヌス・・・アンブローズ・マーリンは、瞬く間にその地位を築き上げ、四大魔王(カウントフォー)の一人へと上り詰めた。

 

「しかし、またしてもそんな彼の人生を狂わせる存在が現れる・・・・ナナシと呼ばれる一人の召喚術師が、”神殺し”の力を求めて、メルリヌスに逢いに来た。」

 

「・・・・・もしかして、その”ナナシ”ってのは・・・・。」

 

「そう、人修羅だよ。」

 

人修羅‐後の17代目・葛葉ライドウは、”神殺し”という異名を持つ最上級悪魔(グレーターデーモン)を使役する為に、迷いの森を抜け、『ノモスの塔』へと向かう必要があった。

しかし、”神殺し”‐魔王・アモンの封印が解かれる事を恐れた魔界の権力者達は、己が持つ強大な魔力を使い、”迷いの森”に呪いを掛けたのだ。

呪いを解き、アモンが封印されている『ノモスの塔』に向かうには、解術の法を知るマーリンの力が必要不可欠。

ライドウは、マーリンの走狗となり、彼の配下となって領地拡大に力を貸した。

 

「成程な、そんで何かの諍いが起きて両者の間が破綻し、ユリゼン・・・つまりメルリヌスは力を奪われ魔界を追われたって事か・・・。」

 

「その通り・・・因みに、この悲劇には二人程、役者が登場する。」

 

偉出夫は、指を二本突き出す。

登場人物の一人目は、メルリヌスの兄弟弟子であるロバート・ウォルトン。

そしてもう一人が、矢来区で探偵業をしている13代目・葛葉キョウジである。

 

人修羅の怒りを買ったメルリヌスは、神族の命とも言える『真名』を奪われ、強大な魔術師としての力を失った。

辛くも生き残った魔術師は、かつての兄弟弟子、ロバート・ウォルトンの元へと逃げ延びる。

当初、ロバートは、変わり果てたかつての兄弟子を見て戸惑いを覚えた。

しかし、すぐに己の中に押し込めていたメルリヌスに対する劣情が蘇り、業火の如く彼の心を燃やしたのである。

 

「おいおい、まさか数百年も経っても、オルフェウスの弟子共は生きてたって事か? 」

 

前に彼の依頼主の一人から、4年前に起こった『マレット島事件』の詳細は聞かされている。

オークニー諸島にある絶海の孤島‐ マレット島。

その持ち主が、ウェールズ南西部にある小国『ダヴェド』に仕えていた宮廷魔術師・オルフェウスであった事。

彼には、二人の愛弟子がいた事。

その二人の名が、アンブロシウス・メルリヌスとロバート・ウォルトンである事。

 

「ロバートという男も又、咎人だって事さ。 彼は、兄弟子であるメルリヌスへの淡い想いを捨てきれず、せめて彼と同じになりたいと吸血鬼の血から血清を造り出し、ソレを自分に投薬していたんだ。」

 

「はぁ、俺達凡人には理解出来ない所業だぜ。」

 

偉出夫の言葉に、覆面の教師は大袈裟に肩を竦める。

 

ロバートは、名前をヴィクトール・フォン・フランケンシュタインと変え、業魔殿という悪魔合体の為の私設を造り、時の召喚術師達に力を貸した。

現在は、超豪華客船『ビーシンフル号』のオーナーに収まり、天鳥町を拠点に活動している。

 

「ヴィクトール・・・・まさか、”業魔殿”の主が・・・。」

「そう、彼はメルリヌスの弟弟子であり、又、もう一人の登場人物である13代目・葛葉キョウジと盟友だった。」

 

これで漸く、物語は一つの太い線として繋がったのである。

 

 

平崎市に向け高速道路を疾走する一台の大型バイク。

それに跨るのは、真紅の呪術帯で顔を覆った隻眼の悪魔使い―17代目・葛葉ライドウその人であった。

 

(アヌーン・・・・。)

 

脳裏に、見事な金の長い髪と尖った耳を持つ美しい少女の姿が浮かぶ。

ライドウが、初めて魔界を訪れた時に出会った亜人の薬師であった。

かつて、反逆皇・ユリゼンが統べていた地、イェソドにある白エルフ族が拠点にしている渓谷に住んでいた。

優秀な薬師で、彼女の造った回復薬で何度も命を救われた。

親のいない幼いエルフ族の子供達の母親代わりを務め、歌が大好きな心優しい少女。

しかし、唯一、心を許したその少女は、ユリゼンの手に掛かり冷たい骸となる。

彼女の存在を疎ましく感じたユリゼン‐魔導士・アンブローズ・マーリンが、クリフォトの魔界樹を操り、幼い子供達諸共、彼女を喰らわせたのである。

 

陰惨たる光景が脳裏を過り、呪術帯で覆われた唇を噛み締める。

 

ライドウにとって、それ程までにアヌーンという少女は大きな存在であった。

知らず知らず、哀れな最期を遂げた最愛の妻‐ 月子とアヌーンを重ねて見ていた。

過酷な魔界での旅を無事乗り越える事が出来たのは、全てアヌーンのお陰だ。

しかし、彼女はもうこの世の何処にもいない。

自分に対するユリゼンの妄執が、亜人の少女の命を奪った。

 

「・・・・・っ! 」

 

鋭い殺気が肌を突き刺し、ライドウが過去から現実へと戻る。

漆黒の闇を突き破り、鋭い背びれを持つ数体の悪魔達が、高速道路へと降り立つ。

硬い甲殻に覆われた怪物達は、身体を丸め、まるでタイヤの如く高速回転すると、ライドウが駆るキャバリエーレへと並走した。

轢断の背びれという異名を持つ妖獣‐ケイオスだ。

マーリンが愛する元番へのプレゼントにと、送り付けて来たのだろう。

ライドウは、呪術帯の下で小さく舌打ちすると、スロットルを全開にして、バイクの車体如、宙へと高く跳び上がる。

ソレに追随し、悪魔使いの華奢な肢体を斬り刻まんと追い掛けるケイオスの群れ。

兇悪な刃の如く鋭い背びれが、悪魔使いを斬り裂こうとした刹那、ライドウが跨るバイクに変化が起きた。

宙で華麗に一回転すると、ハンドルを軸に車体が真っ二つに割れ、巨大な双剣へと姿を変える。

車輪がまるで電動の鋸(ノコギリ)の如く高速回転すると、飴細工の様にケイオスの硬い鱗を両断していった。

飛び散る紫色の体液。

怪物達の内臓や手足が、アスファルトへとぶちまけられ、グロテスクなオブジェを造る。

時間にして僅か数秒。

ケイオスの群れを薙ぎ払ったライドウは、キャバリエーレを再びバイク形態へと戻し、平崎古墳へと向けて疾走した。

 

 

平崎古墳、地下大迷宮。

かつて”虚ろわぬ神”と称され、平崎市一帯を異界化させた破壊神・イナルナ姫と13代目・葛葉キョウジの激闘から30年以上もの月日が経つ。

今現在は、超国家機関『クズノハ』の厳重な監視の元、幾重もの結界が施され、鼠一匹の侵入すら許す事は無かった。

 

「グギャァアアアアアッ!!」

 

凄まじい悲鳴を上げ、魔界を彷徨う亡者‐ヘルカイナ数体が、鈍色に光る大変に斬り飛ばされる。

悪魔独特の紫色の体液が石畳を汚し、身体を両断された異形の怪物が地面へと頽(くずお)れた。

 

「随分と甘いセコムだな? 悪魔共の巣になってるじゃねぇか。」

 

銀髪の魔狩人‐ダンテが、愛刀『リベリオン』を肩へと担ぎ、周囲を取り囲む悪魔の群れを眺める。

 

「13代目が事件の首謀者なら、それも当然であろう?」

 

ヘルカイナ達を統率する悪魔‐ヘルジュデッカを細切れの肉片へと変えた女剣士・鶴姫が七星剣を手に応える。

指揮官を失い死神達の群れは、明らかに動揺していた。

圧倒的なまでの強さを持つ二人に、感情を持たぬ筈の悪魔(デーモン)達が、恐怖を覚えていたのである。

怯える異形の怪物達。

と、その群れの一角に巨大な氷塊が落ちて来た。

成す術も無く、巨大な氷の大岩に圧し潰される悪魔の群れ。

続く紅蓮の炎を纏う斬撃が、悪魔達を焼き尽くしていく。

 

「・・・・っ、奴等は・・・っ!」

 

爆風で身体をガードしつつ、ダンテが突然の闖入者達へと視線を向けた。

するとそこには、くたびれたトレンチコートを着る覆面の男と、巨大な体躯を持つ剣士が立っている。

そして、両者の背後に立つ10代後半辺りの少年。

グレーのダウンジャケットと黒のスウェット、薄い青のトレーナーにスニーカーというこの場にはそぐわぬ軽装の少年に見覚えがあった。

異界化した五島美術館で、魔狩人の腹を斬り裂いた黒髪の少年であった。

 

「ダンテ!待て!! 」

 

自分に屈辱を与えた人物の登場に、愛用の大剣を構え疾走する魔狩人。

慌てて鶴姫が制止の声を上げるが、ダンテの耳には届かない。

ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる少年‐ 狭間・偉出夫の身体を斬り飛ばさんと振り上げられる大剣の刃。

その切っ先を、真紅の長外套を纏った死神の大剣『カオスイーター』が受け止めた。

橙色の火花が激しく散る。

赤き死神‐レッドライダーは、意図も容易くダンテの大きな体躯を吹き飛ばした。

華麗に宙で一回転した魔狩人が、鶴姫の傍らへと着地する。

 

「馬鹿者! 早まった真似をするな! 」

 

数歩、離れた位置に立つダンテの背に、鶴姫が鋭い一喝を入れる。

 

狭間・偉出夫が従えている悪魔は、黙示録に記されし破滅の騎士だ。

その力は計り知れず、下手をすると魔王クラスを遥かに凌駕する。

 

「あの糞餓鬼には、貸しがあるんだよ。」

 

皮の長外套(ロングコート)の下は、素肌であった。

五島美術館の死闘で、ダンテは不意を突かれ、偉出夫の持つ神器『アスカロン』で腹を斬り裂かれた。

あの時の怒りと屈辱は、決して忘れる事が出来ない。

 

「落ち着け、いくらお前でも”特異点”を殺す事は出来ない。」

 

「”特異点”? 」

 

「簡単に説明すると、あの小僧も馬鹿弟子と同じ”絶対者”という事だ。」

 

”絶対者”とは、哲学的用語の一つで、制限や制約、この世に存在しうるあらゆる事象に縛られる事が無い存在を指す。

4年間、CSI(超常現象管轄局)のNY支部長を務めるケビン・ブラウンの元で、厳しい指導を受けていたダンテは、当然、魔導世界の知識も得ている。

”絶対者”がどんな存在で、彼等が持つ『因果律を歪める力』の事も一応、知ってはいた。

 

「一つ提案なのですが・・・・我々の目的は同じだ。 此処は、無駄な争いは避け、お互い協力するっというのはどうでしょう? 」

 

ダンテは兎も角として、初代剣聖である鶴姫を敵に回すのは得策ではないと判断したらしい。

共通の敵を目の前にしているのだ。

共闘し、目的を達成しようという偉出夫の慇懃無礼な申し出に、ダンテの秀麗な眉根が不快に跳ね上がった。

 

「断る、貴様等の目的が”賢者の石”である以上、我々の敵である事に変わりは無い。」

 

それは、鶴姫とて同じであった。

世田谷と矢来区に住む人々の生き血で造り出した『賢者の石』を手に入れた途端、魔神皇一派が裏切るのは、火を見るよりも明らかだ。

 

「哀しいなぁ・・・・僕達も貴女方と同じ思想で動いているんですよ? 」

 

「同じ思想・・・・? おいおい、いくら何でもいきなり人の腹を掻っ捌くイカレた餓鬼とお友達になる気はねぇよ。」

 

「ああっ・・・・あの時は申し訳ありません。 僕、結構臆病なんです。」

 

銀髪の魔狩人に、皮肉な笑みを向ける。

謝罪の言葉とは裏腹に、その態度は何処までも傲岸不遜だ。

腹腔の底から怒りの炎が燃え上がり、常に飄々としているダンテの表情が常になく険しくなる。

 

「最後通告だ。 大人しく道を開けろ・・・お互い、つまらん事で怪我はしたくないだろ? 」

 

怒り心頭な魔狩人を落ち着ける様に、女剣士が一歩前に出る。

彼等が、大人しく引き下がるとは到底思えない。

一触即発な空気。

女剣士の細い指先が、腰に帯刀している七星剣『村正』の柄に触れる。

 

「はぁ・・・仕方ない。 そういう訳なんで、手を貸して欲しいのですが・・・坂本晋平二等陸佐殿。」

 

鶴姫の鋭い眼光を反らし、偉出夫が暗闇に閉ざされた石の回廊へと声を掛ける。

すると物陰から、小袖と羽織袴姿の武士が現れた。

腰には二振りの刀‐吉岡一文字を挿しており、三度笠を深く被っている。

 

「玄信(はるのぶ)・・・・。」

「暫く振りですなぁ、初代様。」

 

三度笠を押し上げたのは、自衛官の坂本晋平二等陸佐であった。

分厚い黒縁眼鏡はそのままに、まるで時代劇から飛び出した様な恰好をしている。

自然、身体から発する凄まじい鬼気に、何時も軽口が絶えないダンテの背を形容し難い怖気が走った。

 

「ハロウィンにしちゃぁ、時季外れだぜ? 自衛隊のオッサン。」

 

「フフッ・・・それは君も同じだと思うが? ダンテ君。」

 

坂本自衛官が指摘する通り、真冬とも言って良い季節であるにも拘わらず、ダンテは、厚い革の長外套の下は素肌と言う恰好だ。

鍛え上げられ、鎧の様な上半身をしてはいるが、傍から見れば確かに寒そうだ。

 

「二天一流兵法開祖ともあろう男が・・・・情けない。」

 

永遠、軽口を言い合いそうな二人の男の間に、美麗な剣士が割って入る。

嫌悪感に美しい顔を歪め、腰に帯刀している魔法剣『七星村正』を徐に引き抜いた。

 

「全く、その通りですなぁ・・・返す言葉もありません。」

 

口元に愉悦の笑みを浮かべ、坂本二等陸佐が、二振りの刀―吉岡一文字を鞘から抜き放つ。

 

「ですが抑えきれぬのです・・・・私の中に潜む剣鬼としての性(さが)が、貴女の血を求めている。」

 

狂おしい程の渇望に、坂本二等陸佐‐ 宮本武蔵が、凄絶な笑みを鶴姫達に向けた。

 

この男の中に宿る剣鬼としての本性が、五島美術館での死闘で、完全に目を覚ましてしまったのだ。

 

もっと、強い奴と戦いたい。

魔物共の生き血では、到底満たされない。

己の心を震わせる、強の者と斬り結び、心行くまで死合いたい。

 

「・・・・・っ、何者なんだ? コイツ。」

 

恐れを知らぬ筈の自分が、無意識にではあるが一歩、後ろへとさがる。

 

「こ奴の相手は、私がする・・・お前は、あのデカブツを頼む。」

 

新免武蔵と赤き死神‐レッドライダーを残し、ヴィランと共に平崎古墳の奥へと向かう偉出夫達の背を、鶴姫が忌々しそうに睨む。

 

最早、詳しい説明をしている暇(いとま)は無かった。

緊張感が周囲の空間を満たし、死闘のゴングが鳴り響く。

 




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