偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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横内健太・・・・・『エルバの民』の構成員の一人。
戦争を司る騎士‐レッドライダーと契約している。
自衛隊時代、悪魔討伐の為、派遣されたギザフで脚を失い除隊。
階級は一尉だった。
フリージャーナリストの婚約者がいたが、第二次関東大震災が人為的に起きたものだという真相を探っている過程で、何者かに殺害されてしまう。
恋人の仇を討つ為、現在は狭間・偉出夫に従う。




第24話 『平崎古墳地下大迷宮 』

意識が朦朧とする。

心臓が破裂するぐらい鼓動を繰り返し、手足の感覚が無くなり、思う様に動かす事が出来ない。

しかし、それでもV‐バージルは、歩みを止める事はしなかった。

仮初の造魔の入れ物は既に限界で、身体のあらゆる部分に亀裂が入り、人工の皮膚がボロボロと崩れ落ちている。

 

「親父さん達がいる玄室まで、あともう少しだぜ。」

 

そんなバージルの傍らを飛ぶ、黒い毛並みの大鷲。

魔道具(デビルアーツ)のグリフォンは、諦めたかの様に、溜息を一つだけ零す。

 

今から思えば、この計画が無事遂行する補償など何処にも無かった。

豪華客船『ビーシンフル号』の奥にある船室に閉じ込められた一人の魔導士。

12世紀に記されたブリタニア列王史に記された、伝説の魔導士・アンブローズ・マーリン。

豪華客船の船長であり、業魔殿の主であるビクトール・フォン・フランケンシュタインは、この魔術師こそが、『賢者の石』を精製する方法を知っていると言った。

『賢者の石』を使用すれば、崩壊したバージルの肉体を再生する事が出来る。

藁にも縋りたい心境であったバージルの養父、13代目・葛葉キョウジは、二つ返事で了承した。

彼は、愛する息子を救う為に『鬼』となった。

マーリンの走狗となり、管轄している矢来区に、クリフォトの魔界樹を解き放った。

人間の生き血を糧とする魔界樹は、予想通り、そこに住む市民や調査に来た東京都の職員を餌食にした。

 

(分かんねぇよ・・・親父さん。 何で、こんな餓鬼の為に全てを捨てるんだ?)

 

血も繋がらぬ悪魔と人間の混血児。

生き抜く為にあらゆる技術を惜しみなく与えた。

にも拘わらず、この餓鬼は恩を仇で返した挙句、これまで築き上げて来た13代目・葛葉キョウジの名声をも失墜させ様としている。

キョウジを主と慕い、護ろうとするグリフォンにとって、そこだけは理解が出来なかった。

 

 

矢来古墳第一階層。

 

赤き死神‐レッドライダーの大剣『カオスイーター』が唸りを上げ、銀髪の魔狩人に襲い掛かる。

それを紙一重で躱すダンテ。

大剣の切っ先が、硬い石畳を大きく割り、衝撃波が銀髪の大男の身体を叩く。

 

(ちっ、なんて攻撃しやがる!)

 

パワー、技術共に今迄戦って来た悪魔共とは比べ物にならない。

ヴァチカン13機関・異端審問官第9席、『銃使い(ガンスリンガー)』こと射場・守と強さは同クラスである。

否、パワー面でいえば、レッドライダーの方が遥かに上か。

一方、レッドライダー‐横内・健太も内心焦りを覚えていた。

ある程度、予想していたとはいえ、ダンテの強さは、初めて出会ったキザフの悪魔討伐作戦時とは比べ物にならない。

従軍時代よりも、実力は格段に上がっている。

当時のままの強さだったのならば、まだ勝機は此方にいくらでもあったのだが。

 

(まだ、魔人化しないのか・・・・人間体でも十分倒しきれると思っているな・・・。)

 

魔神皇の使い魔として、下に見られている。

確かに、そう思われても致し方ない。

悔しいが、自分の実力は、メンバーの中でも最下位である事は、十二分に自覚している。

 

大剣の切っ先に紫電の蛇が絡みつく。

レッドライダーが、己の魔力を大剣の刃に宿したからだ。

続いて、裂帛(れっぱく)の気合の元、放たれる雷の斬撃。

ショックバウトは、古墳の石壁にぶち当たると大きく周囲に放電した。

 

「ぐぁあああああああっ!! 」

 

何とか直撃は躱せたものの、そこから放たれる電撃を浴びてしまった。

吹き飛ぶ、銀髪の大男。

咄嗟に石畳に大剣『リベリオン』の切っ先を穿ち、何とか止まる。

 

「何て身体だ・・・・普通なら、今の一撃で炭化しているんだがな。」

 

流石、伝説の魔剣士・スパーダの血族である。

肉体の強度は、そこらに徘徊している悪魔共とは比べ物にならない。

 

「へっ、良い感じのシャワーだな・・・お陰で眼が覚めた。」

 

そんな軽口を叩き終わる寸前に、魔狩人の大きな体躯が消失。

石畳を蹴り割り、レッドライダーとの間合いを一気に詰めたのだ。

悪魔本来の姿へと変わるダンテ。

繰り出される大剣『リベリオン』の切っ先と、『カオスイーター』の刃が激しくぶつかり合う。

 

「何処までも傲慢な男だ・・・・・その傲慢さが命取りだとブラウン大佐から指摘されなかったのか? 」

「何? 」

 

師であるケビン・ブラウンの名前が出て、胡乱気に紅き死神へと視線を向けたその時であった。

四肢を凄まじい激痛が襲う。

見ると、魔人化した肉体に異変が起きていた。

全身を覆う赤褐色の鱗に色が無くなり、みるみるうちに灰色へと変わっていく。

身体全体が麻痺し、思う様に動けない。

 

「なっ!? 何だぁ? こりゃぁ? 」

「何も考えず、無暗に得物を振り回すからそうなる。」

 

レッドライダーは、身動き一つ出来ないダンテの腹を蹴り飛ばす。

後方へと大きく吹き飛ばされる魔狩人。

魔人化が解け、背中から硬い石の壁へとぶち当たる。

 

「私は・・・・あの四人の中で一番弱い事を自覚している。」

 

大剣『カオスイーター』の切っ先を、瓦礫の山に埋もれた銀髪の大男に向ける。

良く見ると、大剣の切っ先が緑色に変色していた。

 

「だからどんな汚い手段も使う・・・・自分より強い相手に勝つ為なら何をしても構わない・・・・こんな弱者の気持ち、生まれながらの強者である貴方には一生理解出来ないだろう。」

 

恨めし気に此方を見上げる銀髪の大男の元へと、徐に歩を進める。

 

この大剣『カオスイーター』は、横内が自作した代物であった。

魔界でも、毒素が強いヒュドラやバジリスク等の鱗を素材にしている。

その為、敵に小さな掠り傷を与えても、『石化の呪い』が発動し、致命傷となってしまうのだ。

 

「くっ・・・・・糞が・・・・・っ。」

 

見事に敵の術中にハマり、してやられた。

怒りの炎が腹腔を焼き尽くすが、最早後の祭りである。

『石化の呪い』は、両手足どころか身体全体を犯し、舌を痺れさせていた。

 

この赤き死神の正体は、間違いなく人間だ。

しかも、かなりの切れ者であり、自分の事を良く知っている。

ダンテの脳裏に、バージニア州にあるFBIの訓練施設での出来事が思い出された。

 

「お前さんに面倒で嫌な奴っているか? 」

「はぁ? 面倒な奴だと? 」

 

訓練後の気怠い休憩時間。

何気ない師の言葉に、芝生の上で胡坐をかいていたダンテが訝し気に聞き返す。

 

「荒事専門の便利屋だったんだろ? だったら一人ぐらいそんな奴がいただろう。」

「・・・・いたにはいたぜ、叩きのめしても何度も噛みついて来た奴がな。」

 

ダンテの脳裏に、一人の男の姿が浮かんだ。

『狂犬デンバーズ』

誰彼構わず、自分が気に入らないと判断した人間には噛みついて回る裏社会の厄介者であった。

当然、荒事専門の便利屋をしていたダンテも目を付けられた。

 

「何でそんな事を聞くんだ? 」

 

師匠であるケビンの意図が全く読めない。

胡乱気に聞き返す教え子に、壮年の男は苦笑いを浮かべた。

 

「・・・・・人を強くする原動力は、執念だ。 お前さんに絡んだ奴は、相当な執念を持っていたんだろうな。」

「・・・・・・。」

「人間相手の痴話喧嘩ならまだ可愛いもんだ・・・しかしそれが人間以外を対象にすると途端に厄介になる。」

 

どこか重みがある言葉。

恐らくではあるが、ケビン自身の事を語っているのだろう。

師の視線が、失った左腕と脚に降りる。

 

「どんな手を使ってでも勝つ・・・・例えそれが人間(ヒト)の道を外れていようが構わない・・・・泥水を啜り底の底まで落ちた連中程、恐ろしいモノはいない。」

「・・・・・。」

「気を付けろ、闇社会に生きていると必ずそういった連中と対峙する。 そうなった時、足元を掬われるのがお前さんだ。」

「分かった・・・肝に銘じておくよ、先生。」

 

何時も直球な言葉しか話さない師匠であるにも拘わらず、今回は大分遠回しな言い方であった。

ケビンは、ダンテの無防備過ぎる戦い方に苦言を呈しているのだ。

魔界でも最強と謳われる剣士・スパーダの血を引くが故に、ダンテは並外れた再生力を持つ。

弾丸で額を抉られようが、剣で心臓を貫かれ様が、お構いなしに再生し、ものの数分で元通りだ。

だから、戦い方が大雑把になり、敵の攻撃を受け易い。

 

 

(成程な・・・・これが”執念”って奴か・・・。)

 

石化により、皮膚が灰淡色へと変貌し、痺れて何時もの軽口が出て来ない。

霞む視界の中、此方へと歩み寄る紅き死神の姿が、悪魔達から「人修羅」と呼ばれ、恐怖の対象となっている一人の悪魔召喚術師と重なった。

 

17代目・葛葉ライドウの強さは、想像を絶する程の執念で出来上がっている。

かつて、ケビン・ブラウンが言った言葉だ。

上級悪魔と融合し、膨大な魔力を手に入れたが、彼はそれで良しとは思っていなかった。

身体能力は、人間並みであり、悪魔特有の再生力すら無い。

にも拘わらず、17代目は、剣士職を幾つか取得し、魔力で貧弱な膂力をカバーし、剣豪(シュヴェアトケンプファー)並みの技術を会得している。

 

 

 

「小僧!! 」

 

最早抵抗する手段を失い、無抵抗に紅き死神の一撃を受けようとしている銀髪の魔狩人の姿を視野に納めた女剣士‐鶴姫が、助太刀に向かおうとする。

しかし、その行く手を、坂本晋平二等陸佐が繰り出す斬撃が阻んだ。

寸での所を後方に大きく跳び、回避する鶴姫。

苛立ちに鋭く光る眼光を、坂本二等陸佐は軽く受け流してみせた。

 

「いけませんなぁ、他者の心配をする余裕が貴女にありますかな? 」

「玄信・・・・。」

 

数歩、離れた距離で対峙する二人の剣豪。

吉岡一文字成宗を構える坂本二等陸佐には、一分の隙も無く、容易に躱せる相手ではない。

 

「かつては、水野 勝成に仕え、日の本の民の為にその生涯を尽くしたお前が、何故、護るべき尊き国民達を犠牲にする? 」

 

無駄だと知りつつも、目の前に対峙する宮本武蔵に訴えかける。

 

「はぁ・・・・・冥府の王ともあろう方が、言葉による懐柔ですか・・・全く情けないですなぁ。」

 

一つ溜息を零す壮年の男。

不意にその姿が消失、音速を軽く超える速度で移動し、一気に間合いを詰めたのだ。

鼓膜を激しく叩く程の金属同士がぶつかり合う音。

吉岡一文字成正と七星剣村正の刀身が、橙色の火花を散らす。

 

「剣人同士の闘いに言葉は不要、己の太刀で押し通すのみ。」

「馬鹿者め・・・。」

 

この男は生まれながらの狂人だ。

フレーム無の眼鏡越しに見える双眸は、とても常人とは言い難い狂気の色を浮かべている。

 

楽しいのだ。

何の手加減も無く、思う存分、己の実力をぶつける好敵手と巡り会えた事に、剣鬼としての魂が歓喜で打ち震えている。

それは、対峙する鶴姫とて同じであった。

己の中にある剣鬼としてのおぞましい感情に、鶴姫は唇を噛み締めた。

 

 

一方、絶対絶命の窮地に立たされるダンテ。

石化の呪いは、瞬く間に進行し、身動き一つとる事も出来ない。

目の前に立つ紅き死神。

その手に持つ大剣『カオスイーター』が頭上へと振り上げられる様子を見た銀髪の魔狩人は、諦めたかの如く双眸を閉じた。

と、その耳にバイクのエキゾースト音が轟く。

平崎古墳大迷宮を爆走する一台のバイク。

漆黒の車体が、大きく宙を跳びその姿が、巨大な二対の大鎌へと変貌する。

横薙ぎの一撃を、大剣『カオスイーター』で受け止める紅き死神。

しかし、その程度で巨大鋸の勢いは止まらない。

遠心力を活かし、まるで駒の如く回転すると連続攻撃を死神に放つ。

凄まじい威力を殺しきれず、大きく後ろへと後退するレッドライダー。

再び、バイク形態へと戻った闖入者が、華麗に地へと降り立つ。

 

「じ、爺さん。」

「マスターだ。」

 

窮地に追い込まれたダンテを救ったのは、借り番契約をしている17代目・葛葉ライドウであった。

 

 

平崎古墳最深部、かつて秦氏の国の姫君であった伊那瑠奈姫が眠る霊廟。

その場所には、壁を埋め尽くすかの如く、魔界樹の蔦がびっしりと貼り付き、クリフォトの血溜まりが醜悪な姿を晒していた。

その室内の中央。

見事に成長したクリフォトの魔界樹。

その枝には、一つの真っ赤な果実が実っている。

人間の毛細血管の様な外果皮から覗く六角形の形をした真紅の内果皮。

人間(ヒト)の命の結晶体である『賢者の石』が、膨大な魔力を周囲へと放っている。

 

「後、数刻もしないうちに”賢者の石”は完成する・・・・これで、君の望みが叶うという訳だ。」

 

濃いグレーのダウンジャケットと黒のチノパンを履く白髪の少年‐アンブローズ・マーリンが、完成間近の”石”を満足そうに見上げる。

その傍らに立つ、漆黒の長外套(ロングコート)を纏う大柄な男。

フードの下から覗く双眸は、無感情であり、今何を考えているのか判断出来ない。

 

「もう少し喜んだら? 世田谷と平崎市の人間達の命を対価に、君の大事な息子は救われるんだよ? 」

「・・・・・。」

「・・・・・・黙ってないで何とか言えよ? 僕に対して感謝の言葉ぐらい言っても罰は当たらないだろ? 」

 

中性的な美貌を皮肉に歪め、マーリンは数歩離れた位置に立つ男‐ 13代目・葛葉キョウジへと視線を移す。

 

「お前さんが素直に石を渡してくれるなら、泣いて感謝するさ・・・・。」

 

漆黒の鞘に収まる日本刀の鯉口を親指で押し上げる。

フードの下から覗く、炯々と光る双眸。

大柄な身体から殺気が溢れ出し、肌を突き刺す程の緊張感が辺りを包む。

 

「ふふっ、慌てるなよ? まだ、役者は揃ってないんだぜ? 」

 

流石は、13代目・葛葉キョウジと言ったところか。

この男は、自分の本心を既に悟っている。

マーリンは、皮肉な笑みで口元を歪めると、紫色の双眸を霊廟の出入り口へと向けた。

すると、石の扉が僅かに開き、そこから病的に蒼白い肌をした黒髪の青年が現れる。

 

漆黒の毛並みをした大鷲を従えるノースリーブの長外套(ロングコート)を纏う青年は、V‐ バージルであった。

身体中には罅が入り、苦しそうに喘鳴を繰り返している。

恐らく、異質な肉体に無理矢理魂を憑依させている為、拒絶反応を起こしているのだろう。

誰の目から見ても、バージルが限界である事が分かる。

 

「バージル!? 」

 

予想外の展開に、常に冷静で飄々とした態度をしているキョウジの様子が変わった。

動揺を隠しきれていない。

 

「と・・・・父さん。」

 

漸く巡り会えた愛する父親の姿を認め、バージルの顔に安堵の色が浮かぶ。

しかし、それも束の間、足元から突如現れたクリフォトの魔界樹に四肢を絡め取られ、抵抗する間もなく、拘束されてしまった。

 

「マーリンっ!! 」

 

あまりに無体な仕打ちに、キョウジが怒りの声を数歩離れた位置に立つ小柄な少年に浴びせる。

だが、白髪の少年‐ マーリンは、全く怯む様子は見せなかった。

逆に、薄ら笑いを浮かべ、魔界樹の根を巧みに操作する。

石の壁へと縫い留められる黒髪の青年。

と、その壁がブヨブヨと醜悪な形へと変形。

巨大な顎となり、何の躊躇いも無く青年を呑み込んでしまう。

 

「バージルっ!! 」

「慌てるなよ? 君の大事な息子を違う場所にご招待しただけだ。」

 

愛息子を呑み込んだ巨大な穴。

壁に穿たれた異界へと続く穴は、ぽっかりと口を開き、第二の犠牲者を誘っているかの様であった。

怒りに煮えたぎる双眸を、白髪の魔導士へと向ける。

 

「でも、早くした方が良い・・・・あの様子だと、下級悪魔の餌食になるのは時間の問題だ。」

 

魔王クラスの悪魔(デーモン)ですら、恐れおののかせる程の殺気を当てられても尚、マーリンは平然とした態度を崩す事は無かった。

 

「おっ、親父さん・・・・・。」

 

黒毛の大鷲‐ 造魔・グリフォンが戸惑いの表情で、本来の主である13代目・葛葉キョウジへと視線を向ける。

 

これは、自分自身の失態だ。

12世紀を代表する伝説の魔導士であるマーリンが、まさか此処まで外道な手段を使うとは思っていなかった。

 

一方のキョウジ。

龍神・ヴリトラを素材にして造り出した魔法剣‐冥府破月を鞘に納め、愛息子を呑み込んだ穴へと歩み寄る。

 

「親父さん、駄目だ! 」

 

主の意図を読み取ったグリフォンが、思わず制止の声を上げた。

キョウジは、義理の息子であるバージルを救い出す為に、敢えてマーリンの計略にハマろうとしている。

何事に対しても私情を挟まないこの男にしては、何とも愚かな選択だと言えた。

 

壮年の男は、仲魔の声を完全に無視し、何の躊躇いすらも見せず、異界の穴へと入っていく。

舌打ちし、主の後へと続くグリフォン。

 

「ふん、だから人間(お前達)は、愚かなんだ。」

 

異界の穴へとキョウジとグリフォンの姿が完全に消えると、マーリンは、指をパチリと鳴らす。

術師の意志に呼応し、異界の穴はゆっくりと閉ざされていった。

 

 

 

今でも、地面に捻じ伏せられ、砂利が頬の肉を抉る感触を覚えている。

目の前に展開される悪夢の様な光景。

最愛の人が、幾人もの男達に嬲られ、凌辱されている。

今すぐにでも、自分を組み伏せている大男‐招住羅大将(しょうとらたいしょう)を跳ね飛ばし、外道共を血祭りにあげてやりたい。

しかし、自分はあまりにも無力であった。

抵抗したくても大男の力は強大で、自慢のESPすらも効かない。

否、恐らくこの男も自分と同じ能力(ちから)を持っているのだろう。

どんな手法を用いているかは知らないが、少年のESPを完全に無力化していた。

 

 

「おい、明、聞いてんのかよ? 」

 

元魔剣教団の平騎士‐ ネロの声に、明の思考は現実へと引き戻される。

女職人(ハンドヴェルガー)ニコレット・ゴールドスタインが所有する、移動用作業車。

元々は、キャンピングカーを改造した代物で、革張りのソファの他に年代物のジュークボックスやキッチンまで完備されている。

 

「もうすぐ平崎古墳に到着するってよ。」

 

ジュークボックスを背に銀髪の少年は、呆れた様子でソファに座る長い前髪の少年を見下ろす。

 

現在、彼等は事件の首謀者である13代目・葛葉キョウジと元四大魔王・ユリゼンが潜伏していると思われる平崎古墳へと向かっていた。

因みに『葛葉探偵事務所』の代理所長である壬生・鋼牙は、助手席に座りぼんやりと外の景色を眺めている。

 

「そうか・・・・。」

 

訝し気に此方を眺めるネロに短く応え、明は座っているソファから立ち上がる。

そして、鋼牙が座っている助手席のシートへと軽く触れた。

 

「無理ならお前は外れても良いんだぞ? 鋼牙。」

 

此処まで平常を保っているかの様に見えるが、黒縁眼鏡の少年が、かなり追い詰められている事は、長い付き合いで痛い程理解している。

それは、ニコも同様で、言葉にこそ出さないが、歳の離れた仲間を気遣っていた。

 

「大丈夫、 僕はそんなに柔(やわ)じゃないよ。」

 

そう応えたものの、内面では動揺を隠しきれずにいた。

それ程までに、マベルが彼等に告げた事件の真相は、衝撃的だった。

 

鋼牙にとって、13代目・葛葉キョウジは人生の師であり、恩人でもある。

名家、”壬生家”の人間として生まれ、幼い時より実の父親である25代目、葛葉猊琳の手で厳しい英才教育を受けた。

しかし、自分の息子に悪魔召喚術師としての才が無いと知った瞬間、実父の態度は豹変した。

壬生家を取り纏める祖母、綾女も同じで、召喚術師としての適性が無い鋼牙に対し、冷淡とも取れる態度を示した。

幼い鋼牙は、一族から村八分の様な扱いを受け、唯一彼の味方になってくれたのが実母のレイだけだったのである。

そんな不遇な幼少期を送って来た鋼牙に、突然、転機が訪れた。

実母、麗鈴舫のかつての相棒である、13代目・葛葉キョウジが幼い鋼牙を自分の弟子として引き取ってくれたのである。

 

『師匠(せんせい)がいなかったら、今の僕は存在してなかった。』

 

鋼牙の何時もの口癖。

キョウジが、現世と完全に隔離された『葛葉の里』から連れ出してくれた。

剣士としての類稀な才能を開花させてくれた。

組織『クズノハ』の暗部である十二夜叉大将の中で、メキメキと頭角を現す事が出来たのは、一重に全て師であるキョウジのお陰である。

 

 

「おっ、着いたぜ。」

 

ハンドルを握る女職人(ハンドヴェルガー)、ニコレットことニコが分厚い鉄板に囲まれた平崎古墳の前で、大型のバンを停車させた。

そこには既に先客がおり、警察の覆面パトカーが停まっている。

 

「おい、此処は一般人は出入り禁止だぞ? 糞餓鬼共。」

 

覆面パトから降りて来たのは、百地・英雄警部補であった。

苦虫を1000匹噛み潰した様な苦い顔で、大型トレーラーを見上げている。

 

「この一帯は危険だ。 大人しく矢来区のシェルターに避難してろ。」

「うっせぇな、オッサン。 アンタこそシェルターに避難してろよ。」

 

巨大な機動剣‐クラウソラスを肩に担いだ銀髪の少年、ネロがバンから降りると眼前に立つ壮年の刑事を睨み付ける。

 

「こらこら、警部殿に対して失礼だろ? 」

 

皮肉を多分に含んで窘めたのは、探偵部部長の壬生・鋼牙だった。

愛刀‐備前長船を手に、トレーラーから降りると大きく背伸びをする。

そんな二人の悪ガキを尻目に、遠野・明が大型のアサルトライフルを肩に担いで車から降りた。

防護壁に囲まれた平崎古墳を無言で見上げる。

 

「警部補だ。 それと、此処には既に初代殿と17代目が来ている。お前等餓鬼共の出番はねぇ。」

 

百地警部補は、面倒臭そうに手で悪ガキ三人組を追い払う。

しかし、そんな程度で素直に従うネロ達では無かった。

警部補を完全に無視し、各々、得物片手に平崎古墳へと向かう。

 

「おい、餓鬼共! 」

「止めときなって、アンタが喚いたぐらいじゃコイツ等を止める事は出来ないよ。」

 

蟀谷に青筋を立てた警部補を大型トレーラーの運転席から、身を乗り出したニコが止める。

頭に湯気を登らせて歯軋りする警部補とは対照的に、女職人(ハンドヴェルガー)は、呑気に煙草の煙をくゆらせていた。

 

 

気が付くとバージルは、とある住宅の玄関口に立っていた。

硝子製の花瓶に生けられた薔薇の花。

塵一つない綺麗に清掃された玄関には、サンダルと靴が二足並べられている。

 

「こ、此処は・・・・・? 」

 

玄関の壁に飾られている鏡へと視線を向ける。

するとそこには、何時もの蒼い長外套(ロングコート)ではなく、フレーム無の眼鏡とダウンジャケットとマフラーを巻いた自分自身が映し出されていた。

見事な銀色の髪は降ろされ、教科書とテキストが入ったトートバッグを下げている。

 

「これは一体どういう事だ? 」

 

7年前の悪夢が蘇る。

此処は・・・・・この場所は、かつて大学院に在籍していた時に家庭教師のアルバイトをしていた場所だ。

 

「はーい、今ちょっと手が離せないので待っていて下さい。」

 

ダイニングへと続く廊下の奥から、若い女性の声が聞こえる。

 

日本で名の知れた建築家、狭間・健太郎の後妻、美帆だ。

離婚した前妻との間に、克美(かつみ)という今年17歳になる長女がおり、バージルは彼女の家庭教師を勤めていた。

 

ドクッドクッと、バージルの鼓動が胸を叩く。

 

―駄目だ、家の中に入ってはいけない。

 

頭ではそう理解しつつも、身体が無意識に動く。

靴を履いたまま、上がり框(かまち)を登りそのまま美帆がいると思われるダイニングへと向かう。

リビングとキッチンが続いている広い空間。

揺れる視線が、キッチンの冷蔵庫へと向けられる。

床の上に広がる血溜まり。

冷蔵庫の前に、血塗れになった美帆が俯(うつぶ)せで倒れていた。

一目で彼女が死んでいるのが分かる。

せり上がる悲鳴を押し殺し、バージルは若い女性の身体を調べた。

何度も包丁で刺されたのか、元は白だったセーターが、真っ赤に染め上がっている。

死亡してから少しだけ時間が経過しているのか、美帆の身体はすっかりと冷たくなっていた。

 

「・・・・・っ、克美っ! 」

 

立ち上がり、美帆の死体から離れたバージルは、慌てて二階へと向かう。

 

二階には、この家の長女である狭間・克美の私室がある。

教え子の安否を確認する為、銀髪の青年は、ダイニングルームから飛び出す。

一気に階段を駆け上がり、克美がいる部屋の前へと辿り着いた。

震える手が、教え子のいるであろう部屋のドアノブを回す。

予想外に鍵は掛かっておらず、ドアはすんなりと開いた。

鼻孔をくすぐる鉄臭い匂いに、バージルの顔色が真っ青になる。

部屋は荒らされ、床や壁には血が飛び散り、惨たらしい地獄絵図を描いていた。

部屋の片隅に、17歳ぐらいの少女が、壁に背を預けた形で俯いている。

よろよろと覚束ない足取りで、バージルが教え子の亡骸へと近づく。

どうやら、足元に転がる金属バッドで滅多打ちにされたらしい。

屈み込んで調べて見ると、頭蓋は拉(ひしゃ)げ、そこから脳漿(のうしょう)と思われる桃色の欠片が零れ落ちていた。

 

「先生。」

 

耳元で聞こえる教え子の声に、バージルが思わず顔を上げる。

視線を出入り口へと向けると、小さな影が横切るのが見えた。

 

「い・・・偉出夫君? 」

 

この家には、もう一人子供がいる。

美帆と健太郎の間に、小学校低学年の長男がいた。

 

― バージル正気に戻れ!!

 

その時、何者かの声がバージルの脳内に響き渡った。

50代半ばと思われる聞き知った男性の声。

 

― 目を覚ませ!

 

「と、父さん? 」

 

正体不明の男性の声は、バージルの養父である13代目・葛葉キョウジのモノであった。

それを自覚した時、周囲の情景がドロドロと崩れていく。

気が付くと、自分の身体は醜悪な形をしたクリフォトの根に囚われ、鋭い牙がずらりと並んだ花弁が、目の前に迫っていた。

 

「うわぁあああああっ! 」

 

口腔から絞り出される悲鳴。

まるで大蛇を思わせる巨大な魔界樹の花弁が、獲物を喰らわんとそのアギトをガバリと開ける。

刹那、何処からともなく繰り出される斬撃。

大蛇の頭部が両断され、バージルを拘束していた魔界樹の根が細切れになる。

 

「バージル! 」

 

地へと投げ出される愛息子の元へと、漆黒の長外套を纏う義理の父、キョウジが駆け付けた。

その傍らには、彼の仲魔である造魔・グリフォンを従えている。

 

「と、父さん・・・・何故、此処に・・・・? 」

 

只でさえ、仮初の肉体が衰弱している上に、地面へと乱暴に落とされたのだ。

身体中を襲う激痛に呻きつつ、バージルは義理父へと問い掛ける。

 

「そりゃ、コッチの台詞・・・・・おっと、どうやら家族団欒(だんらん)の時間はくれないらしいな。」

 

よろよろと立ち上がる息子に手を貸しつつ、キョウジが軽口を叩いた。

見ると、妖獣エンプーサクィーンを筆頭に、幽鬼や外道等の魑魅魍魎の群れが、キョウジ親子を取り囲んでいる。

皆、飢えており、久しぶりに現れたご馳走に涎を垂らしていた。

 

『この虫けらが、人の餌を横取りするとは良い度胸だな! 』

 

眼前に立つクリフォトの魔界樹から、邪龍、ニーズヘッグが姿を現した。

目や鼻、口が無いのっぺりとした肉人形は、ぶよぶよとその醜悪極まりない姿を揺らしている。

 

「うぇええっ、ニーズヘッグかよ・・・相変わらず汚い上に臭い奴なんだぜ。」

 

黒毛の大鷲、グリフォンが、顔を歪める。

大鷲が指摘する通り、ニーズヘッグは生ごみの様な饐(す)えた匂いを周囲に撒き散らしていた。

 

「グリちゃん、バージルを頼む。」

 

左手に持つ漆黒の長剣、冥府破月の鯉口を切る。

数にして数百体。

その中には上位種の幽鬼・ヘルジュディッガとエンプーサクィーン、そして邪龍・ニーズヘッグも含まれている。

まともに相手をすれば、かなり骨の折れる奴等ばかりだ。

 

「父さん・・・・・今すぐ契約を破棄・・・・。」

「それだけは駄目だ。 今グリちゃん達を失えば、お前は肉体の維持が出来なくなる。」

「でも・・・・・。」

「諦めるな、バージル。 生きて此処を出る事だけを考えるんだ。」

 

生きてこの異界から現世へと逃げ延びる。

しかし、この空間は、大魔導士・アンブローズ・マーリンが創り出した牢獄だ。

出口など、当然何処にも存在してはいなかった。

 




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