造魔・プロトアンジェロ・・・・・フォルトゥナ侵攻戦の最中、偉出夫達が持ち帰った”クリフォトの種籾”を三島重工の科学研究所が品種改良する事によって生み出された人造人間。
同じ過程で生み出されたプロトアンジェロの指揮を行う。
血を提供した術師の意志に従い、目的を遂行する殺戮人形。
白銀の鎧を纏った髑髏の騎士が、身の丈以上もある巨大な槍を一振りする。
巻き起こる突風。
振り下ろされる槍の切っ先が、石畳を大きく割る。
「ちっ! 」
一撃を紙一重で躱したものの、そこから発生する衝撃波を喰らい、純白の鎧を纏った魔狼が後方へと吹き飛ばされた。
何とか、空中で態勢を直し、華麗に地へと着地する。
流石、ブリタンニアでその名を轟かせた騎士だけはある。
アーサー王に従う円卓の騎士の一人であり、槍、剣術、乗馬のどれも彼の右に出る強者はいなかった。
それは、死してグールに身を堕とされても尚、健在で、実力は剣豪(シュヴィアエートケンプファー)を軽く超えている。
(まともに戦っては勝ち目は無い・・・・。)
パワー、スピード、共に彼方の方が遥かに上。
同じ土俵で戦えば、此方が不利になるのは明白だ。
獣を模した面頬の下で、筋力増加の魔法を唱える。
こうなったら、魔法と併用して手数で押していくしかない。
ライドウは、全身の筋力を撓(たわ)め、石畳を蹴り割り、音速で髑髏の騎士との間合いを詰める。
主の危機を察し、左右から襲い掛かる白狼。
しかし、それは悪魔使いが仕掛けた罠であった。
鋭い牙と爪が、白銀の騎士の四肢を引き裂こうとした刹那、煙の如くその姿が霧散。
二頭の巨獣は、避ける間もなくぶつかり合い悲鳴を上げる。
その様子に驚く髑髏の騎士。
が、次の瞬間、その相貌が苦痛で歪む。
何時の間に足元に忍んでいたのか、悪魔使いが持つ二振りの双剣が、巨漢の騎士の脚を斬り裂いたのだ。
瞬間移動(トラポート)を使い、紙一重で魔狼達の攻撃を回避した悪魔使いが、髑髏の騎士の足元へと移動。
気配を消し、敵の機動力である脚へと斬撃を繰り出したのだ。
両脚の後脛骨筋(こうけいこっきん)を深く斬り裂かれ、バランスを崩す喰種の騎士。
それでも、何とか態勢を立て直し、怒りの一撃を白銀の騎士へと放とうとする。
しかし、それは叶わなかった。
頭上に高速展開した魔法陣から、無数の岩の竜が顕れ、巨漢の騎士へと襲い掛かる。
成す術も無く、圧し潰される騎士。
石畳を大きく破壊し、最下層へと堕ちていった。
古墳大迷宮最下層8階。
地中から姿を現したクリフォトサップリングの群れを相手に、幾何学模様が入ったマスクを被るトレンチコートの男が大立ち回りを演じていた。
魔神・ヴィシュヌが宿る神器『スダルサナ』を巧みに操り、醜悪な触手の大軍を斬り裂いていく。
「大将、ちったぁ手伝ってくれよ。」
氷の盾で、サップリングの鋭い爪を防ぎつつ、ヴィランが情けない声を上げる。
「すまん、もうすぐ此処に”彼”が来るんだ。 なるべく力を温存しとかないとこの後が辛い。」
二体の妖獣・ケイオスに自分の身を護らせながら、狭間・偉出夫が苦笑を浮かべる。
「彼? 」
ヴィランが訝し気な表情で、問い返したその時であった。
突然、硬い天井の壁を突き破り、巨大な塊が降って来る。
続いて起こる激しい地響きと振動。
霊廟内を砂煙が濛々と立ち込める。
「あれは・・・・・? 」
肉の巨人と一体化したマーリンが、頭上から降って来たソレを見下ろした。
特徴的な髑髏の仮面と、白い鎧。
そして、その心臓部分へと二振りの刃を突き立てる真紅の背旗を持つ白銀の獣。
代理番の魔力を借りて魔鎧化した、17代目・葛葉ライドウだった。
完全に命の火が消えているのを確認した悪魔使いは、胸に突き立てていた刃を引き抜く。
蒼い炎が灯る左眼が、目の前に立ち塞がる巨人を睨み据えた。
ゾクゾクと得も言えぬ寒気が、巨人と一体化した魔導師の背を走った。
「・・・・っ、糞! 何で”人修羅”の野郎が。」
予想外の闖入者に、ヴィランは覆面の下で忌々し気に舌打ちする。
先程から、神器『スダルサナ』のコントロールが上手くいかない理由がこれで分かった。
神器に封印されている魔神・ヴィシュヌが、主の元へと還りたがっているのだ。
「ハハッ、 派手な登場だなぁ。」
事態がどれだけ深刻なのか、全く理解していないのだろうか。
偉出夫は、呑気に天井から降って来た白騎士と怪物を面白そうに眺めている。
そんな主の様子に、ヴィランはやれやれと肩を竦めた。
「やはり此処に来たか・・・・ナナシ。」
愛しい番の姿に、四大魔王の一人、”反逆皇・ユリゼン”が愉悦に双眸を細める。
「マーリン・・・・。」
一方のライドウは、全身に殺気を漲(みなぎ)らせていた。
魔狼の視線が、クリフォトの根で出来た台座へと注がれる。
外果皮の中で、六角形の真紅の宝石がゆっくりと回転していた。
「おい、13代目は一体何処に・・・・・。」
と、言い掛けたライドウの背後に、二体の妖獣・ケイオスが躍り掛かった。
悪魔使いの殺気をまともに浴び、恐怖のあまり冷静な判断力を喪失したのだ。
核である心臓に穿たれる氷の槍。
ケイオスの接近に逸早く気づいたライドウが、氷結系中級魔法『ブフーラ』を唱えたのだ。
光速展開した蒼い魔法陣から放たれた、氷の槍に貫かれる二体の怪物。
断末魔の悲鳴を上げる事も叶わず、地へと叩きつけられる。
「・・・・・何て惨い事をするんだ。」
使い魔達の死に、哀し気に偉出夫が秀麗な眉根を寄せる。
そんな主の眼前に、特殊素材で造られたアタッシュケースが差し出された。
仲間のヴィランが、神器『スダルサナ』をアタッシュケースに収納したのだ。
いくら神の血が半分流れているとはいえ、魔神・ヴィシュヌを掌握するのは叶わない。
ならば、一番、扱う可能性が高い偉出夫に渡してしまった方が無難な選択だ。
「おや? 俺にソイツを渡して大丈夫なんですか? 」
「ちっ、さっきも言ったろ? 俺は、一般人なんだ。 化け物同士の闘いに巻き込まれるのは御免だぜ。」
アタッシュケースを偉出夫の足元へと置き、懐からフックショットを取り出すと、天井の一角へと射出。
鉤爪が、硬い天井の壁へと突き刺さり、電動リールを使って、ヴィランが早々に戦線から離脱する。
彼にとって、己の意に従わない武器等不要であった。
ならば「支配」の力が強い偉出夫に押し付け、迷宮から脱出してしまった方が賢い選択だ。
あっさりと主を見捨て、逃走する従者に、偉出夫は大袈裟に肩を竦める。
しかし、その表情は余裕に満ち、ヴィランが逃げ出す事を予め予期していたかの様子であった。
足元へと置かれたアタッシュケースを拾い上げ、開閉ボタンを押す。
すると二対の円盤が飛び出し、悪魔使いのすぐ片割れで倒れる妖獣へと突き刺さった。
みるみるうちに氷に覆われる怪物の死骸。
神器から新たな命を吹き込まれ、氷の鎧を纏った妖獣二体が徐に起き上がる。
「・・・・っ、まさか!! 」
予想だにしない出来事に、何時もは冷静な悪魔使いの双眸が驚愕で見開かれる。
左眼に走る激痛。
蒼い炎が噴き出す眼を抑え、背後を振り返ると、右眼から一筋の血を流す10代後半辺りの少年と視線が合った。
「イタタッ・・・・・もう少し魔力を抑えてくれませんかねぇ、”共鳴”がキツすぎて吐きそうだ。」
「・・・・っ、太陽神・ラーか・・・・。」
間違いない。
この年端もいかない少年は、自分と同じ特異点だ。
特異点とは、この世界の因果律に縛られぬ『絶対者』の事をいう。
魔王・アモン。
太陽神・アメン・ラー。
賢者・アスモデウス。
数歩離れた位置で対峙するこの少年は、その中の一体、太陽神・アメン・ラーを従えていた。
地獄絵図と化した最下層から、何とか逃げ出したトレンチコートの覆面男。
古墳地下大迷宮6階、疲労困憊といった様子で、長い回廊の一区画で、膝を付く。
「はぁはぁ・・・・糞、運動不足な上に無駄な贅肉が付き過ぎて身体が重いぜ。」
インクの染みの様な幾何学模様のマスクを鼻の下までずり上げ、粗い吐息を吐く。
もうちょっとマシな身体を選べば良かったと、今更ながらに後悔する。
しかし、『エルバの民』に潜り込むには、この卑屈で陰気な大月・清彦という数学教師が最適であり、そのお陰で掲示板の管理人と接触する事が出来た。
予想通り、構成メンバーはどれも乳臭い餓鬼共ばかりだ。
夢も無く、目的も無く、ただ惰性で同じ生活のサイクルを繰り返している彼等にとって、『エルバの民』は刺激的な存在であったに違いない。
それに、狭間・偉出夫という少年が生まれながらに持つ『カリスマ』もあった。
偉出夫は、己が持つ天性の『カリスマ』を存分に使い、政財界の大物達すらも従えている。
このままの勢いでいけば、直に魔導士・ギルドの一員に入るのも時間の問題であった。
「こんな所で何をしているんだぁ? ”ロールシャッハ”」
13機関(イスカリオテ)でしか使われない呼び名に、ヴィランは反応する。
そんな数学教師の前に一人の男が姿を現した。
頭頂部から包帯で顔をグルグルに巻き、グレーの上質な背広に右手にはやや反り返った特徴的な刀を持っている。
レッドグレイブのスラム街で便利屋をしているジャン・ダー・ブリンデという名前の男であった。
暗闇に閉ざされた回廊を背に、未だ膝を付いている数学教師を見下ろしている。
「・・・・・サウロンの玩具か・・・・お前こそ何で此処にいるんだぁ? 」
押し上げていたマスクを直す。
この目の前に立つ男は、セルビアを拠点に活動している秘密結社(イルミナティ)”黒手組(ブラックハンド)”に所属する死霊使い(ネクロマンサー)、サウロンの配下だ。
当然、ジャン・ダー・ブリンデという名前も偽名。
本名は、興味が無くて知りたくも無いが、噂によると”人修羅”こと17代目・葛葉ライドウの元番をしていたと聞く。
「サウロンから野暮用を頼まれたのさ。」
ヴィランの問い掛けにあっさりと応えると、包帯の男は、キャリーバッグの様な形をした小型冷凍庫に視線を降ろす。
この中には、クリフォトの血溜まりから採取した種籾が収まっていた。
「それと、ついでだからお前さんがちゃんと仕事をしているかどうかザフキエル殿が確かめて欲しいとお願いされてな? 」
「ちっ・・・・・一々監視しなくても後で報告するっての。」
どうやら上層部の連中は、自分の事を全く信用していないらしい。
まぁ、元世界的テロリストであるヴィランを信用しろというのも無理な話ではあるが。
「魔神・ヴィシュヌを素材にした神器(デウスオブマキナ)は失敗だ。ありゃ、”人修羅”以外じゃ使い物にならない。」
「ほう、女神・イーリスの血を持つアンタでも支配出来ないのか。」
「ああっ、グリッグズ中将殿の手前、断れなかったけどな。」
最初に、渡された時点で嫌な予感はしていた。
ヴィシュヌが宿る神器‐ スダルサナは、使用者に対し、明確な拒絶反応を示していた。
それでも、神の血を引くヴィランの強靭的な精神力で抑えつけてはいたが、それでも限界は必ず来る。
同じ『絶対者』である偉出夫なら、自分よりマシに扱う事が出来るだろう。
「おい、 何処に行こうってんだ。」
小型冷凍庫をヴィランの前に置き、ジャンは回廊の最深部へ向かおうとする。
「記録を撮りに行くんだよ。 こんな一大イベント、見逃すのが損ってなもんだぜ。」
立ち止まり、背後で呆れた様子で此方を眺めている覆面の男に皮肉な笑みを向ける。
「あ、本部に帰るんならついでにソイツも持って行ってくれ。サウロン殿は暫くペンダゴンにいるそうだからな。」
ジャンが、覆面男の足元にある小型冷凍庫を指で指す。
途端、覆面の下で渋い顔をするヴィラン。
困った様子で頭を掻き、「泣けるぜ。」と一言だけ呟いた。
地下大迷宮、最下層8階。
想像を絶する死闘が、繰り広げられている。
ヴィシュヌの宿った神器”スダルサナ”に操られた二体の妖獣が、白銀の鎧を纏う悪魔使いと魔王に襲い掛かった。
「な、何なんだよ!コイツ等、さっきまでと動きが違う! 」
魔具(デビルアーツ)へと姿を変えた魔神・アラストルが泣き言を言った。
アラストルが言う通り、妖獣・ケイオスの身体能力が格段に上がり、中級以上の力を発揮していた。
鋭い爪を一振りするだけで、大気が凍てつき、地面を凍らせる。
一方、魔王・ユリゼンことマーリンも変貌したケイオス相手に、苦戦を強いられていた。
身体にある無数の眼からレーザー光線を放つが、悉く氷の盾で防がれるどころか、跳ね返される。
一撃が、巨人の肉体を裂き、無駄にダメージを喰らっていた。
「糞・・・・これが”絶対者”の力か。」
バランスが保てなくなり、片膝を付く。
そんな二人の怪物を他所に、偉出夫はクリフォトの根で造り出された台座に近づいていた。
戦闘を従者に任せ、外果皮の中でゆっくりと回転する深紅の宝石へと手を伸ばそうとする。
しかし、身を貫く殺気に無意識に後方へと跳び退(すさ)った。
先程までいた場所に、鉄製のクナイが深々と突き刺さる。
神器”スダルサナ”と一体化した妖獣・ケイオスと激闘を繰り広げながら、その隙を突いて、ライドウが得物のクナイを投擲したのだ。
「全く、往生際が悪いですよ? 人修羅さん。」
呆れた様子で、偉出夫が溜息を零す。
すると、硬い石の床を突き破り、数本のクリフォトサップリングが黒髪の少年へと襲い掛かった。
それらを華麗に避ける偉出夫。
首元に下げている銀色の十字架を引き千切り、身の丈程もある刀剣へと変形させる。
神器”アスカロン”から繰り出される無数の斬撃。
醜悪な姿をした魔界樹の根を細切れの肉塊へと変えてしまう。
「盗人猛々しいとは貴様の事をいうんだ。小僧。」
瞬く間に傷を修復した魔王・ユリゼンが徐に立ち上がる。
鋭い牙を剥き出しにして襲い掛かる妖獣・ケイオス。
それを手で無造作に掴むと床へと叩きつける。
成す術も無く、氷の怪物は、粉々に砕け散った。
「私と再契約しろ、ナナシ。 二人でこの小僧を倒すぞ。」
紅色の双眸が、同じく氷の怪物の首を跳ね飛ばす白銀の騎士へと注がれた。
「冗談・・・誰がお前と手を組むかよ。」
だが、返って来た応えは拒絶の言葉だった。
殺意に燃える蒼い炎が、かつての番である魔導師へと向けられる。
そんな二人のやり取りを、何処か楽し気に眺める偉出夫。
砕かれた怪物達は、氷の粒子へと姿を変え、主が翳(かざ)す両掌へと集まっていく。
「ふふっ、どうやら人修羅殿は、未だに殺された亜人の少女に心奪われているご様子。」
偉出夫の言葉に、ライドウが殺気立つ。
「そちらのマーリン殿は、人修羅殿を利用してブリテン諸部族の王を蘇らせたい・・・どちらも救われないね。」
自分の心を見透かされ、今度はマーリンが怒りの双眸を偉出夫へと向けた。
偉出夫の両掌へと集まった粒子は、元の神器”スダルサナ”へと姿を変える。
円盤の形をした凶器は、それ自体に意志でもあるのか、高速回転すると偉出夫の周囲を凄まじい速さで飛び回った。
古墳大迷宮7階。
女剣士・鶴姫を先頭にダンテ達一行は、上位悪魔の群れを相手に大立ち回りをしていた。
巨躯を誇る妖獣・ベヒモスが、ハンマーの如く頭を打ち付ける。
それを華麗に躱す明。
両手に持つ大型ハンドガンが火を吹き、足元へと高速移動した鋼牙が、愛刀を一閃する。
巨躯を支えていた脚を斬り裂かれ、頭上から降り注ぐ鋼の牙が、情け容赦なく妖獣の肉体を引き千切っていった。
体液と臓物を周囲にぶち撒け、ベヒモスが断末魔の悲鳴を上げる。
「つ、強い・・・。」
そんな『探偵部』の仲間達の見事なコンビネーションに、すっかりと魅了される銀髪の少年‐ ネロ。
二人の動きには、一切の無駄が無く、迅速に悪魔達を物言わぬ肉塊へと変えていく。
「小僧、感心している場合では無いぞ。」
そんな主に様子に、妖魔・シウテクトリが呆れた様子で言った。
今は、ハムスターの姿を捨て、ネロが装着している『デビルブレイカー』と一体化している。
角の様に突き出たマフラーから、蒸気が噴き出し、鋼の拳が真っ赤に燃える。
「分かってるって! 」
仲魔の言葉に軽口を叩くと、ネロは躍り掛かる外道・ノーバディの身体に鋼の拳を叩き込んだ。
衝撃に耐えきれず、悪魔の身体が四方に爆散する。
ネロは、そのままの勢いで、直線上にいる悪魔の群れを次々に薙ぎ払っていった。
大きく抉れる石畳。
壁に悪魔の肉片が付着していく。
「本当に、この道で合ってるんだろうな? ワン公。」
「何だ? 私が信用出来んのか? 小倅。」
ネロ達が暴れ回るその傍らで、ダンテは”エボニー&アイボリー”で、的確に悪魔を処理しつつ、背後で華麗に戦う女剣士に問いかけた。
素っ気なく応える女剣士が持つ魔法剣・七星村正の刀身が閃く。
一陣の閃光は、怪物達の身体を両断していった。
「年寄りは忘れっぽいからな? 一応、確認だ。」
「ふん、臍曲りめ、17代目が心配だと素直に言ったらどうだ? 」
皮肉な笑みを向ける美女に、銀髪の魔狩人は、苦虫を噛み潰した様な渋い顔をする。
鶴姫が指摘する通り、主である17代目・葛葉ライドウの身が心配だ。
この回廊の最下層には、ライドウと同じ葛葉四家の一人である13代目・葛葉キョウジと歴史にその名を遺す、大魔導師、アンブローズ・マーリンがいる。
いくら魔界でその名を轟かすライドウでも、二人を相手にしては流石に荷が重すぎる様に思えた。
「案ずるな、17代目には”骸”がいる。もしもの事態になっても奴が手助けするだろう。」
「・・・・・骸。」
失念していたが、ライドウの体内には十二夜叉大将の長、骸から”服中蟲”を仕込まれている。
古代中国で用いられた呪術で、蟲毒、蟲道、蟲術、巫蟲とも呼ばれる外法だ。
無尽蔵な魔力をライドウに与え続けるのと同時に、監視も行っている。
「マレット島でもフォルトゥナでも、幾度も奴はナナシ・・・・17代目を救っている・・・大事な玩具か・・・・それとも又無くすのを恐れているのか。」
「また・・・・? 」
鶴姫の言葉に何かが引っ掛かり、ダンテは思わず背後へと振り返る。
緋色の瞳を持つ妖艶な女剣士と、視線が重なった。
「お前の執着心と同じだ・・・・アマラの深淵に叩き落とされても尚、未だ求めるのか。」
「・・・・・何を言っているんだ? アンタ。」
女剣士が何を言わんとしているのか、理解出来ない。
暫しの沈黙。
すると、突然、回廊全体が大きく揺れた。
頭上から、無数の漆喰が降って来る。
「どうやら始まってしまったか。」
魔狩人から視線を外した女剣士が、暗闇に閉ざされる回廊の先を睨み据える。
鶴姫達よりも逸早く、ライドウが地下最下層の霊廟に辿り着いてしまったのだ。
怪物達の想像を絶する死闘の幕開けに、古墳大迷宮が悲鳴を上げている。
神器”スダルサナ”に封印されている魔神・ヴィシュヌの魔力を借り、偉出夫が氷結系最上位魔法『ブフダイン』を放つ。
白銀の鎧を纏う魔狼が、火炎系最大魔法『マハ・アギダイン』を唱えて対抗する。
ぶつかり合う炎の竜と氷の竜。
魔法合戦は、ほぼ互角、ぶつかり合う事で発生した水蒸気を突き破り、今度は無数の触手が偉出夫を襲う。
魔王・ユリゼンが、人修羅と共闘し、邪魔者である偉出夫から先に排除しようとしているのだ。
神器・アスカロンを駆使し、触手の群れを斬り裂く。
その隙を突いて、ライドウが台座の上にある『賢者の石』を奪おうとした。
が、そうはさせまいとユリゼンが拳を振り下ろす。
「・・・・っ、糞! 」
右へと大きく跳ぶライドウ。
巨大な拳が地面に大穴を穿ち、古墳内を激しく揺らす。
「抜け駆けは駄目だよ?ナナシ、それとお前もな。」
紫色の魔法陣を光速展開し、緋色のレーザーを放つ。
もう少しで『賢者の石』へと手が届きそうだった偉出夫は、神器・スダルサナが張る防護壁諸共、後方へと大きく後退した。
「全く、大人しくソレを渡して下さいよ。 貴方方みたいに無駄な使い方はしませんよ? 」
「黙れ、下郎! その石は私が造ったんだ。」
「多くの罪なき命を犠牲にして出来上がった石等に価値は無い! 」
三者三様に意見が見事分かれる。
偉出夫は、魔導士・ギルドへの献上品として。
ユリゼンは、今は亡き友、アーサー・ペンドラゴンを現世に蘇らす為に。
そして、ライドウは石を破壊する為に、戦っている。
「おやおや、こりゃ見事なまでの石の奪い合いだな。」
そんな、壮絶な死闘を一人傍観する影。
影の正体は勿論、包帯男のジャン・ダー・ブリンデだ。
出入り口のすぐ近くにある柱の影に隠れ、事の成り行きを眺めていた。
ライドウが、地変系最上位魔法・マハマグダインを放つ。
偉出夫へと襲い掛かる岩の竜。
スダルサナで防御壁を張りつつ、氷結系最上位魔法・マハブフダインで反撃する。
愛用のGUMPから、魔具・キャバリエーレを召喚するライドウ。
二振りの大鎌へと姿を変え、駒の如く旋回すると、襲い来る氷の竜を砕きながら、偉出夫へと接近する。
ぶつかり合う鋸の様な大鎌の刃と神器・アスカロンの刀身。
不図、鍔迫り合いを行う偉出夫がある違和感を覚えた。
橙色の火花を散らし、巨大な鋸を手足の如く繰り出す悪魔使いが元の人間の姿へと戻っている。
否、そればかりではない。
仮番である魔神・アラストルの姿が、何処にも見えなかった。
途端、嫌な予感を覚え、『賢者の石』が鎮座している台座へと視線を向ける。
黒い毛並みの蝙蝠が、クリフォトの根で出来た台座から、紅い宝石を口に咥えている姿が映った。
「しまった! 」
魔鎧化を解き、番に石を奪えと命令したのだ。
偉出夫が黒い毛並みの蝙蝠を撃ち落とそうと魔法を唱えるが、そうはさせまいとライドウが斬撃を繰り出す。
忌々し気に舌打ちした偉出夫が、神器・アスカロンを駆り、大鎌の斬撃を受け流す。
「いかせん! 」
霊廟の出入り口に向かって飛ぶアラストルの前を、ユリゼンが立ち塞がった。
拳を振り上げ、小さな蝙蝠をひき肉に変えようとする。
だが、振り下ろされた拳に激痛が走った。
思わず後方へとたたらを踏むユリゼン。
魔具・キャバリエーレと同時召喚されたハイピクシーのマベルが、電撃系中位魔法『ジオンガ』を放ったのだ。
「掴まって! 外に跳ぶわよ! 」
黒い毛並みの蝙蝠を掴み、強制離脱魔法(トラエスト)を唱える。
煙の如く掻き消える二体の悪魔。
命より大事な『賢者の石』を奪われ、魔王が怒りの咆哮を上げる。
平崎市古墳大迷宮前。
一台の覆面パトカーのボンネットに腰掛け、百地英雄警部補が不機嫌な顔をして煙草を咥えていた。
17代目・葛葉ライドウの仮番であるダンテと、初代剣聖である鶴姫が平崎古墳に潜り込んで数時間が経過する。
その間にも、質の悪い餓鬼共三人が、百地警部補の制止を完全に無視して、魑魅魍魎が跋扈する古墳内に入り込んだ。
市民を護るべき公僕としての矜持を傷つけられ、否応にも怒りのボルテージが上がる。
「そんなに怒ると血圧が上がるぜ? 」
大型トレーラーから冷たい缶コーヒーを持って、ニコが百地警部補へと近寄る。
差し出されたコーヒーの缶を、百地警部補は無言で受け取った。
「あの餓鬼共に腹を立てている訳じゃ無い・・・・無力な自分自身に愛想が尽きているのさ。」
プルトップを開け、無糖の苦いコーヒーを喉に流し込む。
自分には、周防克哉警部の様な悪魔に対抗する特殊能力を持たない。
それでも対悪魔の訓練を積み、実戦経験を経て剣士職を二つ取得していた。
警視庁が誇る、対悪魔部隊の特殊公安に所属する若造共とは、引けは全く取らないと自負はしている。
が、現実は余りにも残酷で、周防警部の脚を引っ張るのが関の山であった。
「磯野の奴みたいに、昇進試験を受けて、署でデスクワークでもしてりゃ楽なんだけどよ。 生かせん俺は、現場人間だ。」
悪魔の脅威に苦しめられている人々を救いたい。
その崇高な想いは、今も尚、冷める事は決して無かった。
「大丈夫、アンタは立派な刑事だよ。 ちょっと臍曲りなところが玉に瑕(きず)だけどな。」
「ふん、不良娘に褒められても嬉しくねぇなぁ。」
お互い憎まれ口を叩き合いながら、苦笑いを浮かべる。
ニコがエルミン学園に在学している時代から、この偏屈刑事とは付き合いがあった。
授業をサボり、魔具の材料集めにと、危険な矢来銀座地下水道へと降りるニコを百地警部補が度々、補導していた。
お互い職人気質な所がある為か、二人の間にはシンパシーの様な感情が芽生えている。
父と娘・・・とまではいかないが、女職人と壮年の刑事の間には、しっかりとした絆があった。
そんな一種和やかな雰囲気が流れている時であった。
何もない空間から、一匹の蝙蝠と淡い光を放つ小さな妖精が現れる。
強制離脱魔法で、最下層の霊廟から脱出した魔神・アラストルとハイピクシーのマベルだ。
地面に落ちた拍子に蝙蝠が咥えていた赤い宝石が地面に転がる。
「あ、アレは確か17代目と契約している・・・・。」
足元まで転がって来た宝石を、警部補が無意識に拾い上げる。
慌てた様子で、マベル達の元へ急ぐニコ。
その後に百地警部補も続く。
「駄目! お願い逃げて! 」
此方に向かって来る二人に、マベルが必死に制止の声を上げる。
しかし、それは余りにも遅すぎた。
ニコの背後に突如、何者かが顕れ、女職人の身体を拘束してしまう。
グローブの様に大きな掌で口元を抑えられ、ニコの双眸が驚愕で大きく見開かれた。
「お・・・・お前は・・・・。」
気配を消し、壮年の刑事と女職人の間に割って入って来たのは、漆黒のローブを頭から被り、手にやや反り返った特徴的な刀を持つ大柄な男であった。
フードの下には、同色の包帯が鼻頭まで覆い、顔を隠している。
しかし、その強い意志を秘めた双眸だけで、百地警部補は相手が誰か容易に知る事が出来た。
「・・・・っ、キョウジ・・・・一体こりゃ何の真似だ。」
造魔グリフォンとシャドウを背後に従える漆黒の剣士。
2メートルを誇る巨躯を持つ黒豹は、ノースリーブの長外套(ロングコート)を着る病的に白い肌をした若い男を背負っていた。
「その手に持っている石を大人しく渡せ。」
ローブの男‐ 13代目・葛葉キョウジは、百地警部補が右手に持つ真紅の宝石を指し示す。
そんなキョウジを黙したまま、見据える壮年の刑事。
視線が、右手に持つ紅い石から、黒豹が背負う年若い青年へと移る。
「そうか・・・・・お前は、息子を助ける為に世田谷と平崎市の市民達を犠牲に・・・・。」
キョウジとは、30年以上の付き合いがある。
造魔・シャドウが背負っている青年は、十中八九、バージルで間違いない。
そして、今、自分が持っている石は、初代剣聖が言っていた『賢者の石』。
目の前にいる大馬鹿野郎は、多くの市民達の命を石の贄に捧げ、今にも死にそうな我が子を救うつもりなのだ。
百地警部補は、切れそうな程、唇を噛み締めると腰のガンホルスターから、TANAKA S&W M360Jを引き抜き、照準をキョウジの額に合わせる。
これでも『銃剣士(ベヨネッタ)』の資格は取得している。
確実に当てる自身は十二分にある。
決死の覚悟を示す壮年の刑事に対し、ローブの男‐葛葉キョウジの態度は、あまりにも冷めていた。
突然、拘束していた女職人の背中を思い切り押す。
突き飛ばされ、大きくバランスを崩すニコ。
百地警部補が、一瞬だけ隙を見せる。
「と、父さん! 駄目だ! 」
Vことバージルの声と鮮血が周辺に撒き散らされるのは、ほぼ同時であった。
百地警部補の右肩から胸にかけて、真っ赤な血が迸(ほとばし)る。
斬撃を受けた衝撃で、右手から離れる紅い宝石。
警部補の身体が、ゆっくりと背後に倒れる。
「オッサン!! 」
地へと膝を付いたニコが、真っ青な顔で血塗れた状態で仰向けに倒れる警部補へと近寄る。
キョウジが放つ真空刃(ソニックブレード)をまともに受けた為か、右肩は大きく斬り裂かれ、血を噴き出していた。
「マベル! オッサンが!! 」
泣き濡れ叫ぶ女職人の元に、妖精と蝙蝠が慌てて走り寄る。
「アラストル、アンタの魔力も貸して!」
「あっ・・・・ああ、分かった。」
すぐさま回復魔法を使って、応急処置を施す妖精と魔神。
辛うじて急所を外しているとはいえ、この出血では長く持たない。
何とか止血しなければ、警視庁の救護班が来る前に死んでしまう。
懸命な応急措置を行う傍ら、キョウジは地に転がっている『賢者の石』を拾い上げる。
一瞥する事も無く、その場を去ろうとする壮年の男の背に、震える銃口が向けられた。
「この野郎! よくもオッサンを!! 」
TANAKA S&W M360Jの銃口をキョウジの背に向けているのは、女職人のニコだった。
倒れた拍子で、警部補の手から離れたハンドガンを素早く拾い上げたのだ。
怒りと哀しみで涙に濡れる双眸が、背を向ける壮年の剣士を睨み付ける。
「や・・・・止めろ、ニコレッタ。」
今にも引き金を引きそうな女職人の背に、息も絶え絶えな声が呼び止めた。
妖精の治療を受けている警部補が、意識を取り戻したのだ。
優しく、だが、力強い警部補の眼差しが、怒りで震える女職人を見つめる。
「た・・・・頼む・・・・銃を降ろすんだ、ニコレッタ。」
「オッサン・・・・。」
百地警部補の声に、銃を両手で握り締めたまま、力無く座り込むニコ。
涙で濡れた双眸を仰向けで倒れている壮年の刑事へと向ける。
血塗れの手を女職人へと差し出す刑事。
何の躊躇いも無く、ニコは百地警部補の手を握る。
そんな二人の姿を黙したまま眺めるキョウジ。
右手に持つ魔具・閻魔刀を使い、空間を斬り裂き、仲魔を促して何処ともなく消えた。
平崎古墳から少し離れた臨海公園内。
魔具・閻魔刀の力を使い、キョウジ達が裂けた空間から姿を現す。
「ビクトル、聞こえるか? 」
腰に吊るしてあるガンホルスターから、愛用のGUMPを取り出す。
トリガーを引くと、パネルが回転し、液晶画面とキーボードへと変形した。
慣れた手つきで、超豪華客船『ビーシンフル号』のオーナー、ビクトール・フォン・フランケンシュタインと無線を繋げる。
すぐに受信機から、陰気な男の声が還って来た。
「聞こえている・・・手筈通り、石は手に入れたか? 」
「ああ、此処にある。」
キョウジは、モニターに映るヴィクトルに『賢者の石』を見せた。
「良し、ならばすぐに悪魔召喚プログラムを起動しろ、造魔の肉体をベースに、バージルの身体を再構築させる。」
今は、一刻の猶予も無い危険な状態だ。
元のバージルの肉体は、崩壊がかなり進行し、最早、手の施し様がない状態まで来ていた。
「・・・・・父さん。」
ヴィクトルの指示通り、悪魔召喚プログラムを起動する義理父の背に、バージルの弱々しい声が掛けられる。
キョウジが振り返ると、ベンチに寝かされた息子と目が合った。
「どうして・・・あの刑事を斬ったの? 父さんの大事な友達なんだろ? 」
「・・・・・。」
「俺は・・・・父さんの本当の子供じゃない・・・・なのに何故・・・。」
今迄、抱き続けて来た疑問。
この男は、平崎市を護るという大事な役目を放棄し、7年と言う長い年月を掛けて、魔界へと堕ちた自分を探してくれた。
人間として幸せな人生を送る事を捨て、悪魔として生きる道を選んだ自分を、決して見捨てる様な真似はしなかった。
「・・・・決まってる・・・お前は、俺の大事な家族だからだ。」
口元に巻いた黒い包帯を顎まで降ろし、キョウジが優しく我が子の頭を撫でる。
そして、プログラムを起動させる為にGUMPのトリガーを引いた。
激しく明滅する赤い宝石。
周囲が眩い光に包まれ、二人の頭上に、悪魔を合体させる為の巨大な装置が浮かび上がった。
装置には三つの台座が設置されており、一つに右半身が崩壊したバージルの元の肉体が鎮座している。
キョウジが持つ『賢者の石』が激しい明滅を繰り返しながら、宙に浮く。
それに合わせて光に包まれる、バージルの魂が宿った造魔の肉体。
二つは、合体装置へと吸い込まれ、激しい光の柱が天を貫く。
数時間前、平崎古墳地下大迷宮。
最下層8階、秦氏の王族達が眠る霊廟では、魔王・ユリゼンが怒りの咆哮を上げていた。
「好い加減に目を覚ませ! マーリン! 石を手に入れても、お前が愛した男は生き返らないぞ! 」
『賢者の石』を取り戻さんと、地上へと向かおうとする魔王の背に、何処か悲痛な表情をする悪魔使いが呼び止めた。
「彼は・・・アーサー・ペンドラゴンは、過去の記憶を消し、魂の円環へと還った。 魔導を極めたお前なら、彼が既に存在しない事ぐらい分かっている筈だ。」
「黙れぇ!! 」
怒りの双眸をかつての番へと向け、ユリゼン‐ アンブローズ・マーリンが、拳を振り上げる。
しかし、その腕は偉出夫が操る神器・スダルサナによって、あっさりと切断された。
紫色の体液を撒き散らしながら、腕が地へと落ちる。
「はぁ、全く・・・・これじゃ子供の痴話喧嘩と一緒だ。」
呆れた様子で、偉出夫が肩を竦める。
石がライドウの仲魔二体に奪われた今、自分がこの霊廟にいる理由は無い。
『賢者の石』が放つ膨大な魔力の波動を追えば、奪い返す事は可能だった。
しかし、相手は魔界でもその名を轟かす悪魔召喚術師。
流石に、偉出夫の考えはお見通しで、二対の大鎌へと変形したキャバリエーレの放つ斬撃が、彼の行く手を阻んだ。
「好い加減、しつこいですね? 」
「うるせぇ、糞餓鬼。 お前に石を渡すのは論外なんだよ! 」
神器・スダルサナで造り出した氷の分厚い壁で、斬撃を阻んだ偉出夫を悪魔使いの隻眼が睨む。
そんな膠着状態が続く中、霊廟の出入り口が粉砕される。
濛々と立ち込める砂煙の中から、大胆に胸倉が開いた着流しを着る長い黒髪の美女と、見事な銀色の髪をした大男が顕(あらわ)れた。
「先生! 」
その後から、ネロ達探偵部の面々も続く。
皆、回廊内の悪魔を蹴散らしながら進んで来た為、返り血を浴び、酷い状態であった。
唯一、鶴姫だけが返り血を浴びていない。
流石、初代剣聖と言うべきか。
「おっと、こりゃ拙い事になったな。」
包帯の男‐ ジャン・ダー・ブリンデが、早々にその場から去る。
霊廟内に入り込んだ闖入者の中に、初代剣聖の姿を認めたからだ。
去り際に、一瞬ではあるが、銀色の髪をした少年を眺める。
10数年振りに見る”我が子の姿”。
しかし、包帯の下から覗く蒼い双眸には、まるで感情が無い硝子玉の様であった。
「偉出夫・・・・。」
「やぁ、また逢ったね? 明。」
ダブルイーグル G36Cの銃口を、数メートルの距離を挟んで対峙する黒髪の少年へと向ける。
「酷い有様になったな? メルリヌス。」
一方、呆れた様子で肉の鎧を纏う甥を見上げる女剣士。
この甥と再会するのは、実に900年振りだ。
当時は、少女の如く可憐で礼儀正しい少年であったが、今は見る影すらもない。
「・・・・伯母上。」
元冥府の王であり、オリュンポス神族の中でも最高神の一人として崇められる叔母の登場に、マーリンは狼狽(うろた)えた。
叔母に唯一敵う存在は、叔父の主神・ゼウスか北欧の神・オーディンぐらいだ。
まともにやり合って勝てる相手ではない。
そう判断したメルリヌスは、肉の鎧を巨大な龍(ドラゴン)へと変形させる。
大きく広がる背から生えた両翼。
霊廟の硬い天井を意図も容易く破壊し、空を目指す。
「いかせるか! 」
頭上から降り注ぐ石の大きな塊を、大鎌で薙ぎ払いつつ、魔王・ユリゼンを追い掛け様とする悪魔使い。
キャバリエーレをGUMPに収納し、左腕の義手に仕込んだ電動ワイヤーを放とうとするその腕を仮番であるダンテが抑えた。
「離せ! 邪魔をするな! 」
男の手を振り払おうとする悪魔使いの頬を、ダンテが容赦なく平手で数発殴る。
そして、胸倉を掴み上げると自分の目線まで引き上げた。
「好い加減にしろ! 爺! 」
激しい怒りに燃える蒼い双眸。
今迄、腹の中に溜め込んでいた鬱憤が、耐え切れずに噴き出していた。
「今のアンタじゃ、あのデカブツを捕まえるのは無理だ! アラストルか俺を一緒に連れて行け! 」
「・・・・・っ。」
ダンテの言う通りであった。
”魔力の大喰らい”であるライドウは、常に番と行動を共にしなければ、その能力(ちから)を存分に発揮出来ない。
それはライドウ自身が良く理解している筈であるが、何故かこの男は、一人で突っ走ってしまう。
自分もかなり無謀な質ではあるが、悪魔使いは、更にその上を行っていた。
「今度は、逃がさねぇぞ。 糞野郎。」
機動大剣‐クラウソラスの切っ先を、目の前に対峙する黒髪の少年へと向ける。
殺意を剥き出しにするネロを、狭間・偉出夫は面白そうに眺めていた。
「それが、実の兄さんにする事か? アベル。」
「うるせぇ! 俺の名前はネロだ! 気色が悪い事言ってんじゃねぇよ! 」
何処までも人を馬鹿にした態度を崩さない。
この男の一言一言が、無性に腹が立つ。
そんな二人のやり取りを他所に、瓦礫の山を飛ぶ様に昇る黒い影。
”探偵部”の部長であり、『葛葉探偵事務所』所長代理の壬生・鋼牙であった。
闘気術を使い、膂力を倍加させ、瓦礫を足場に瞬く間に上へと昇ってしまう。
「鋼牙! 一人じゃ無理だ! 」
勝手な仲間の行動に、常に冷静な明が、珍しく声を荒げる。
「御免、先に行ってる。」
鋼牙は、一旦足を止め、一言だけ告げると、あっと言う間に姿を消してしまった。
舌打ちする明。
仲間の後を追い掛けたいが、此処には宿敵とも言える狭間・偉出夫がいる。
因果律を捻じ曲げる『絶対者』を相手に、ネロでは当然勝てる筈が無い。
「ネロ、ソイツには構うな。」
「明? 」
ネロと偉出夫の間を、明が割って入る。
「鋼牙が、ユリゼンの野郎を追い掛けちまった。 アイツ一人じゃ心配だ。」
「・・・・っ、鋼牙の奴。」
仲間の勝手極まる行動に、流石のネロも舌打ちする。
いくら超国家機関『クズノハ』の暗部である”八咫烏”の構成員とはいえ、ユリゼンの正体は、歴史に名を遺す大魔導師、アンブローズ・マーリンだ。
最悪な事態を引き起こす可能性は、十二分にある。
「成程、壬生家の次期当主は、マーリン殿の後を追ったか。」
二人のただならぬ様子に何かを悟ったらしい。
偉出夫は、ウェストポーチから透明のケースを取り出す。
その中には、球体状の植物の種が納められており、蓋を開けると地面へと落した。
解放され、硬い外皮から芽を地中へと突き刺す種子。
まるでソレ事態が意志でも持つのか、自ら硬い岩盤の中へと潜ってしまう。
「悪いね、二人共。 こう見えて俺も内心焦っているんだ。」
ネロと明に苦笑いを向ける偉出夫。
それと同時に、石畳を突き破って何かが飛び出した。
「・・・・っ!コイツ等、確かあの時の!? 」
地中から次々と姿を現す、異形な鎧に身を包んだ人造の悪魔を目に、ネロの脳裏に嫌な記憶が蘇る。
後藤の右腕、坂本晋平二等陸佐が、ネロの身体から血を奪い、改良したクリフォトの根を使って生み出した人造の魔剣士。
その怪物達が、退路を断つ形で、一同を取り囲んでいる。
「俺の大事なパトロンが造った造魔・プロトアンジェロとスクードアンジェロだ。」
「ろくでもねぇモンを造っているな? 三島の連中は。」
偉出夫の説明を聞き流しつつ、明は手にした大型アサルトライフル・ダブルイーグル G36Cを構える。
この人造の悪魔達は、偉出夫の仲間である白川・由美達が持ち帰ったクリフォトの種籾を品種改良する事で生み出した化け物だ。
前もって偉出夫の血を吸わせており、特殊な素材で造った容器に納められている。
「それじゃ、またね? 明。」
神器・スダルサナを氷の粒子に変え、自分の両足に纏いつかせる。
粒子は、スケートボードの様な楕円形の形へと変形すると、氷のスロープを造り出し、主を乗せて外界へと向かった。
「待て! この野郎ぉ! 」
歯を剥き出し、怒りを露わにするネロ。
手を振り去っていく偉出夫を追い掛け様とするが、その行く手を人造の悪魔達が邪魔をする。
方や、悪魔使いの胸倉を掴んだままのダンテと、その傍らに立つ美貌の女剣士。
彼等もまた、身の丈程もある大剣と盾を持つ、甲冑の悪魔達に取り囲まれていた。
「ちっ、あの餓鬼やってくれるぜ。」
氷のスロープを華麗に駆け上がる偉出夫を横目に、ダンテが忌々し気に舌打ちする。
そして、命より大事な主を少々乱暴に肩へと抱き上げた。
「降ろせ! この糞餓鬼!! 」
余りの扱いに、呪術帯の下で顔を真っ赤に紅潮させたライドウが、仮番である銀髪の大男の背を殴る。
「大人しくしろ、爺。 此処で裸にひん剥くぞ?」
非力な悪魔使いに殴られた程度で、大してダメージは無いが、暴れられては厄介だ。
軽く尻を叩くと、「ひっ!」と悪魔使いが変な声を上げて押し黙った。
「俺は、あの餓鬼を追い掛ける。 後の始末はアンタに任せた。」
「やれやれ、仕方あるまいな。」
ダンテの意図を汲み取った鶴姫が、腰に帯刀している魔法剣『七星村正』を抜き放つ。
続く、光速の斬撃。
鶴姫の放った一撃は、スクードアンジェロの群れを一瞬で細切れの肉片へと変えてしまう。
血飛沫が舞う最中、紅蓮の炎を纏う魔人へと姿を変えたダンテが、四枚の羽を広げ、上空へと舞う。
その後を追い掛けるプロトアンジェロ。
しかし、その上半身と下半身が綺麗に切断された。
鶴姫が放った真空刃(ソニックブレード)が、硬い鎧に身を包む人造の魔剣士を撫で斬りにしたのだ。
「何処を見ている? お前達の相手は、この私だ。」
美しい相貌を皮肉に歪め、鶴姫が七星村正の切っ先をスクードアンジェロとプロトアンジェロ達へと向ける。
本来、心を持たぬ人造の悪魔達が、鶴姫の放つ剣気に圧され、一歩後退る。
明の持つダブルイーグル G36Cが火を吹き、ネロの機動大剣『クラウソラス』が人造の悪魔を斬り裂いた。
やっとこさ投稿。