黙示録の騎士・・・・ 『エルバの民』という掲示板の管理者、狭間・偉出夫に従う4人の死神。 またの名を『ヨハネの黙示録の四騎士』。
2000年以上前、”唯一神”に戦いを挑んだセラフの天使長、ルシフェルが『異界の大穴』を開ける際に呼び出した。
戦争終結後、四騎士は、”唯一神”の手により封印、永い眠りへと入る。
そして現代、魔神皇こと偉出夫の手によって現世に蘇る事となる。
四大魔王(カウントフォー)の一柱である反逆皇・ユリゼンの後を追い掛け、17代目・葛葉ライドウを腕に抱えて平崎古墳大迷宮から飛び立つ紅蓮の魔人。
日は、とうの昔に沈み、平崎古墳の周辺は闇に閉ざされ、街路灯の淡い光だけが、アスファルトの道を照らしている。
「ちっ、あの餓鬼・・・・。」
スケートボード状に変形させたスダルサナに駆り、道路を悠然と滑る狭間・偉出夫の姿を見たダンテが、忌々しそうに吐き捨てる。
あの小僧には、五島美術館の日本庭園で、大きな借りがある。
「放っておけ、相手にするだけ時間の無駄だ。」
今にも大剣『リベリオン』を召喚して、黒髪の少年に斬り掛かりそうな仮番を、ライドウが静かに諫める。
後ろを向いている為、主が今どんな表情をしているのかは伺う事が出来ない。
レッグポーチから愛用のスマホを取り出し、何かを調べている様であった。
「このまま、暫く進むと臨海公園に着く・・・13代目とバージルは恐らくそこにいるだろう。」
「”賢者の石”は、どうなった? 」
「・・・・・石は、13代目に奪われた・・・・その際に、百地警部補が負傷し、今、ニコレッタ達と一緒に臨海病院に収容されたらしい。」
仲魔であるハイピクシーのマベルが唱えた『強制離脱魔法(トラエスト)』の力で、古墳大迷宮から脱出する事には成功したが、そこで思わぬトラブルが発生した。
外にいた女職人(ハンドヴェルガー)のニコレッタ・ゴールドスタインと百地英雄警部補と合流したマベル達は、何処からともなく現れた13代目・葛葉キョウジに襲われたのだ。
「あの刑事のオッサンが・・・・? 」
脳裏に、如何にも頑固一徹な警察官の姿が過る。
ライドウの説明によると、百地警部補は、かなりの深手を負わされ、ICUで緊急オペを受けているらしい。
「30年来の友達(ダチ)を平気で斬ったのか。」
「・・・・・平気な訳が無い・・・・13代目にとって百地警部補は、命より大事な存在だ。」
悪魔の脅威から、力無き市民を護るという唯一共通した目的を持つ二人は、言わば戦友の様な存在だ。
あの刑事は、キョウジを全面的にサポートし、且つ、悪魔討伐の専門的部署『特命課』を立ち上げた功労者の一人だ。
只の、頭の固い昔気質(むかしかたぎ)の刑事では無い。
若手育成の為に、あらゆる悪魔の情報を集め、様々な対処法を研究しているのだ。
「親友(ダチ)よりも、息子(バージル)の命を選んだという訳か。」
「そうだ・・・・心を鬼に喰わせ、己の信念を貫いたんだ。」
「信念・・・・ね。」
ダンテの脳裏に稲荷丸古墳での出来事が想い出される。
生身の人間が、新たな力を得たダンテの一撃をまともに受け、軽々と弾き飛ばしてみせた。
その時、キョウジがダンテに「お前には信念が無い。」と吐き捨てた。
一方、魔王・ユリゼンを追い掛け、逸早く平崎古墳大迷宮から離脱した壬生・鋼牙。
黒縁眼鏡の少年は、左手に愛刀『備前長船』を持ち、頭上を飛ぶ漆黒の龍(ドラゴン)を追い掛けていた。
― どうして? 師匠(せんせい)。
心の中に幾つもの疑問が浮かぶ。
13代目・葛葉キョウジは、壬生家の現当主、21代目・葛葉猊琳(ゲイリン)と曾祖母・綾女に見捨てられ、行き場を失った自分を拾ってくれた。
平崎市にある『葛葉探偵事務所』に幼い鋼牙を迎え入れ、持てる技術の全てを叩き込んでくれた。
お陰で、剣士としての才覚が見事開花し、超国家機関『クズノハ』暗部の先鋭部隊『十二夜叉大将』の一員になれた。
13歳という最年少で”剣豪(シュバリエーレ)の称号を女王陛下から拝命されたのも、全てはキョウジのお陰だ。
しかし、少し前から師の態度がおかしくなり始めた。
事務所から度々姿を消し、長期間、空ける様になった。
理由を問いただしても、只、笑ってはぐらかすだけで、何も教えては貰えなかった。
これら全て、バージルという兄弟子の行方を捜す為だったのだ。
そう考えると、全ての辻褄が合う。
「バージル・・・・・っ。」
例える事が出来ぬ「怒り」と「嫉妬」が、鋼牙の心の中を支配する。
キョウジは、自分にとって指針であり、又、愛する父親と同じ存在だ。
日本を守護する悪魔召喚術師(デビルサマナー)として尊敬していた。
現剣聖である、アルカード・ヴュラド・ツゥエペシュに実力人格共に認められ、剣士達にとって栄誉ある『剣聖』の称号を自ら蹴った不届き者。
しかし、その無礼千万な行為が、鋼牙には堪らなく恰好良く映る。
それは、若き剣士達も同じであった。
誰もがキョウジの様な自由奔放な生き方に憧れた。
そんな尊敬する師の功績を、全て叩き壊したのは、バージルという名の一人の男だ。
平崎古墳を抜け、海が見える臨海公園へと辿り着いたその時であった。
凄まじい地震が、黒縁眼鏡の少年を襲う。
見ると上空を眩い光を放つ柱が、臨海公園全体を包んでいた。
「・・・・っ! アレは!? 」
光の柱の中から何かが見える。
天鳥町の港に停泊している超豪華客船『ビーシンフル号』に隠された、『業魔殿』と呼ばれる工房。
悪魔合体と言う禁忌の秘術を行う巨大な祭壇が、光の中に突如浮かび上がる。
「やれやれ、始まってしまったか。」
その異変は、当然、臨海公園へと向かう、狭間・偉出夫も目撃していた。
偉出夫が持つ”帝王の瞳”の力は、『未来予知』。
数分前の出来事を”見る”事が出来る。
故に、この光景は予め見て知っていた。
「なるべく、石を使用される前に回収したかったんだけどな。」
今後、どのような形であれ、キョウジとバージルの親子は、自分達『エルバの民』の障害となるだろう。
出来る事ならば、どちらか一方を潰し、削ぎたかったが、”唯一神”が定めた運命という道筋を変える事は、そう容易ではない。
「父よ・・・・それでも、私は貴方に挑む。 弟の願いを叶える為に。」
右眼に灯る紅い炎。
それはまるで少年自身の意志を表しているかの如く、激しく揺らめいていた。
平崎市臨海公園。
そこでは今正に、禁忌の御業が行われようとしていた。
破壊され尽くした息子の肉体を、造魔を基本(ベース)に再構築する秘術。
この施術を行う為には、『賢者の石』が必要不可欠であり、死したバージルの肉体を蘇らせる事が出来る。
石の材料は、大量な人間の”命”。
中央の台座に鎮座する小さな紅い宝石には、何百人という人間の命が詰まっている。
元の肉体と仮初の入れ物が一つに融合する様子を、黙したまま眺める漆黒のローブを纏った剣士。
右手には、かつて愛息子であったバージルの愛刀『閻魔刀』が握られている。
「キョウジ!! 」
頭上から轟く聞き知った声と、地響き。
濛々と立ち込める砂煙の中に、巨大なシルエットが浮かぶ。
肉の鎧を龍(ドラゴン)形態へと変形させた、世紀の大魔導師、アンブローズ・マーリンだった。
賢者の石が放つ魔力を頼りに、此処、臨海公園までやって来たらしい。
肉の一部が盛り上がり、白髪の少年がそこから姿を現す。
「僕の石を返せ!! 」
硬い鱗に覆われた雄々しき翼を持つ龍に乗る、人形の様に整った容姿を持つ少年。
少女の如く美しい顔を怒りで歪ませ、歯を剥き出しにして13代目・葛葉キョウジを恫喝する。
「騙し討ち同然で、異界に俺達を飛ばした癖に、随分と粋がるじゃないか。」
「黙れ! 下等な猿の分際で、僕に意見をするな! 」
巨大な龍(ドラゴン)が、尾を振り上げ、キョウジに叩きつける。
それを華麗に躱すキョウジ。
カウンターで、左手に握っている『閻魔刀』の鯉口を斬り、光速の斬撃を放つ。
意図も容易く斬り落とされる龍(ドラゴン)の尾。
紫色の体液を撒き散らし、轟音と共に地へと落ちる。
「傲慢だな・・・・お前さんが忌み嫌っている神族と同じだぞ?」
「煩い! その石は僕のだ! 」
瞬く間に、斬り落とされた尾を再生すると、マーリンは合体装置の台座に置かれた赤い宝石へと近づく。
だが、それをキョウジが許さない。
音速の連斬が、硬いドラゴンの鱗を粉砕する。
堪らず後方へとたたらを踏むマーリン。
その間にも、合体の儀式は進み、3つの台座から眩い光の柱が天を貫く。
口惜しそうにその様子を眺めるマーリン。
『賢者の石』による膨大なエネルギーが、破壊された肉体と仮初の肉体が、光の粒子となり、一つに重なる。
続く鳴動。
膨大な量の光の渦が、周囲を包み、耐え切れずマーリンとキョウジが目を庇う。
その神秘の御業は、少し離れた位置にいるライドウ達も見る事が出来た。
「一体、何が起こっているんだ? 」
愛しい主を腕に抱いた煉獄の魔神が、空中で静止して、天を貫く光の柱を眺める。
「悪魔合体だ・・・・・どうやら、全てが遅すぎたみたいだな。」
真紅の呪術帯で、右眼だけを残して顔を覆った悪魔使いが、全てを諦めたかの如く、小さく呟く。
キョウジの目的は、死に瀕した愛する息子を蘇らせる事。
その為だけに、護るべき日の本の民を犠牲にした。
多くの命を奪い、魔導士・マーリンを利用し、『賢者の石』を造り出した。
「おいおい、アンタらしくねぇな? 爺さん。」
「・・・・。」
この絶望的状況に反し、真紅の魔人・ダンテは軽口を平然と叩く。
落ち窪んだ眼窩から見える双眸は、揺るがぬ決意を秘めていた。
「どんな状況でも希望は決して失わない・・・・今からでも、クソッタレな石を破壊するのに遅くはないぜ? 」
「・・・・・ああ、そうだな。」
番の軽口に、ライドウは忘れかけていた笑みを口元へと浮かべた。
この男と一緒にいると、懐かしい気分に浸れる。
見事な銀色の髪に、アングロサクソン特有の堀が深い顔立ち。
ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリー。
フォルトゥナ公国の第三皇子であり、ネロの実父。
そして、自分の心を救ってくれた恩人でもある。
その異変は、当然、マーリンを追い掛け、疾走する壬生・鋼牙にも見る事が出来た。
街路樹の樹々を飛ぶ様に移動しながら、天を貫く光の柱を見上げる。
(師匠・・・・どうして?)
疑問、怒り、悲しみ、言葉に出来ない負の感情が、少年の心をどす黒く染め上げる。
自分が感情に流され易い質である事は、十二分に理解していた。
だから、己を律し、常に荒れ狂う暴風の様な感情をコントロールする事に務めた。
これらは全て、師・葛葉キョウジの教えである。
凄まじい「怒り」は、己から冷静な判断力を失う。
その事は、痛い程理解している。
理解はしているが、今はソレが出来ない。
全ては、バージルと言う兄弟子と、師であるキョウジの裏切りにあった。
無意識に手が、制服のポケットに入っている法具を掴む。
息を吹きかけ、法具に気を送り、額に翳す。
額に現れる鬼の文様。
身体を風が包み、蒼を基調とした三本角の鬼人へと姿を変える。
「師匠(せんせい)・・・・・っ!」
鬼人化したお陰で、筋力が倍加する。
速度が上がり、身体を包む真空の壁が、アスファルトの地を抉り、樹々を薙ぎ倒していった。
臨海公園全体を包む光の柱。
数分後、漸くソレが晴れると、蒼い長外套(ロングコート)を纏う、見事な銀色の髪をした青年が、キョウジとマーリンに背を向ける形で立っていた。
「漸く逢えたな? バカ息子。」
黒い包帯で覆われたキョウジの口元に笑みが浮かぶ。
一方、キョウジとバージル親子にしてやられた魔導士・アンブローズ・マーリンは、怒りの形相を露(あら)わにしていた。
此方へと振り向く銀髪の青年‐ バージル。
目深に被っていたフードを取り去り、鼻頭まで覆った黒い包帯を顎下まで下ろす。
そして、右手に持っている義理息子の愛刀‐魔具『閻魔刀』を投げ渡してやった。
無言で、受け取るバージル。
優しい眼差しが、最愛の義理父へと向けられる。
「返せ・・・・・僕の大事な石を返せぇ! 」
漸く巡り会えた親子の邂逅を、マーリンの怒声が割って入る。
地中を穿ち、外へと這い出してくる牡牛の様な角が生えた巨漢の怪物達。
マーリンが召喚した人造の悪魔‐ 邪神・ゴリアテであった。
三体の怪物達は、主であるマーリンの意に従い、石を奪わんとキョウジ親子へと襲い掛かる。
振り下ろされる拳を躱す二人。
見事に息が合ったカウンターの斬撃が、ゴリアテの一体の胴と頭を斬り飛ばす。
「マーリン、石を手に入れてもアーサーは還って来ないぞ? 」
「黙れぇ! お前に一体何が分かる!? 僕の何が分かるって言うんだぁ! 」
キョウジの言葉に、更に激昂したマーリンが、生き残った二体のゴリアテに指示を出す。
地面を砕き、腹部の口へと岩を押し込む二体の怪物。
そこから吐き出される灼熱の弾丸が、キョウジ達親子を襲う。
しかし、その業火が親子を焼き尽くす事は無かった。
華麗に火炎弾を躱す二人。
『閻魔刀』と『冥府破月』から放たれる斬撃が、二体のゴリアテを粉砕する。
「ちっ! 」
自らが生み出した造魔を破壊され、苛立つ魔導師。
直ぐに数体の”アルテミス”を呼び出す。
「きりがないな? 父さん。」
「そうだな・・・・マーリンをどうにかしなきゃならん。」
数体の飛行型造魔‐ アルテミスに囲まれ、キョウジとバージルが背中合わせに立つ。
この使い魔共を倒したとしても、魔導師であるマーリンが直ぐ様、別の造魔を呼び出してしまう。
このままでは、悪戯に此方の体力が奪われてしまうだけだ。
その時、キョウジの仲魔である造魔『グリフォン』が、此方に急接近する強大な”気”を逸早く察知した。
「親父さん! 何か来るぜ!? 」
グリフォンが主に異変を告げるのと、アルテミスの一体が破壊されるのは、ほぼ同時であった。
突如、出現した暴風が、アルテミスの一体を巻き込み、細切れの肉片へと変えてしまう。
暴風の正体は、鬼人化した壬生・鋼牙であった。
濛々と立ち込める砂煙から、蒼を基調とした三本角の鬼が姿を現す。
「やっべ! 鋼牙じゃん! 」
「鋼牙・・・・・。」
愛弟子の出現に、訝し気な視線を向けるキョウジ。
葛城の森から、養子として引き取った鋼牙が、『八咫烏』に入った事は知っている。
経験と鍛錬を積ませる為、キョウジ自らが『八咫烏』の元締めである骸に掛け合ったからだ。
骸は、剣士としての類稀な才を持つ鋼牙を一目で気に入り、『八咫烏』入りを承諾した。
「こりゃ驚いたな・・・・まさか鬼人化するまでに強くなったか。」
この緊迫した場面で、その台詞はそぐわないと知りつつも、キョウジは逞しく成長した弟子の姿を喜ばずにはいられなかった。
幾多の修練を積み、実力を付けたところで、鬼人になれるのは至極僅かだ。
いくら壬生家の血を引くとはいえ、法具を使用し、鬼となれるかは鋼牙の力量次第だ。
「師匠(せんせい)・・・・。」
そんな感無量な師とは違い、鋼牙の声は暗く凍てついている。
この7年間、師は”極秘任務”を理由に、矢来銀座にある『探偵事務所』を開けがちになった。
時折、荷物を取りに帰る程度で、まともに顔を合わせる事もしてくれなかった。
それでも、辛いと言わなかったのは、17代目や親友である明の存在があったからだ。
言いたい事は山程ある。
しかし、多すぎて何を話せば良いのか理解出来ない。
言葉も無く、棒立ち状態の鋼牙を、造魔・アルテミスが見逃す事は無かった。
これ幸いと、ビットを操り、無数のレーザーの雨を降らせる。
だが、その一撃が鋼牙に当たる事は無かった。
紫色に光るレーザーの前を光速移動で悉(ことごと)く躱し、アルテミスの一体へと急接近。
必殺の間合いに造魔を捉(とら)えると、倶利伽羅之剣(くりからのけん)を一閃する。
頭頂部から、真っ二つに割れる造魔・アルテミス。
硝子を引っ掻く様な悲鳴を上げ、実体化が保てず塵へと化す。
「ずっと・・・・ずっと、待っていたんだ。」
「・・・・・。」
「きっと”弱くて、無力な僕”を巻き込ませまいと、師匠(せんせい)が嘘を吐いていると必死に思い込んでいた。」
「鋼牙・・・・・。」
やっと言葉に出来た独白。
鋼牙の呟く様な小さな声を、キョウジは聞き逃す事は無かった。
「でも・・・・周りの状況や、17代目の様子を見て・・・・僕の幼稚な考えが間違っていたと思い知らされた。」
鋭く突き刺さる殺気。
殆ど条件反射で、キョウジが愛刀『冥府破月』を構える。
凄まじい衝撃と火花。
鋼牙が、父と慕い唯一頼れる大人であるキョウジに刃を向けた瞬間であった。
「父さん!! 」
鋼牙の接近を察知する事が出来なかった。
この少年は、相手の意識外から斬撃を繰り出す事が出来る。
バージルが望み、そして、到達出来なかった剣人の域。
それをこの年端もいかない少年が、既に会得しているのだ。
「・・・・・寂しい想いをさせて済まない・・・・でも、事実を話せば・・・。」
「当然、御屋形様に報告しますよ・・・・そんな人類に対する裏切り行為、許せる筈が無いでしょ。」
橙色の火花を散らす鍔迫り合い。
そんな師と弟子の邂逅を、白髪の少年が黙したまま眺めている。
中々、面白い展開ではある。
あの蒼い鬼が何者かは、皆目見当もつかないが、一番の脅威であるキョウジが全く手が出せない状況にあるならば、石を奪い取る絶好の機会なのではないか?
その結論に至るのと、行動を起こすのは、ほぼ同時であった。
使い魔である造魔達の標的が、一人の銀髪の青年へと絞られる。
無数に降り注ぐ、レーザーのシャワー。
バージルが光速移動を駆使し、アルテミスが放つ死の矢から逃れる。
「バージル! 」
渾身の力で鋼牙を弾き飛ばし、愛息子の元へと駆ける。
だが、それを蒼い鬼が赦さない。
天真正伝香取神道流、居合術、抜討之剣(ぬきうちのけん)から放たれる無数の連斬がキョウジを襲ったのだ。
放たれた斬撃の悉(ことごと)くを受け止めるが、一歩も先に進む事は叶わなかった。
それ程までに、鋼牙の成長はキョウジの予想を上回っていたのだ。
「師匠(せんせい)今からでも遅くはありません、その男の首を御屋形様に差し出しましょう。」
「・・・・っ、鋼牙、まさかお前は・・・。」
愛弟子の邪悪な意図を察し、キョウジの双眸が険しくなる。
「全ての罪は、あの男にあります。 大丈夫、師匠(せんせい)の今迄積み上げて来た功績なら、御屋形様や組織の上層部も納得してくれますよ。」
「・・・・正気で言っているのか? 」
「ええ、勿論です。 貴方はもう少し、自分の価値を考えた方が良い。」
一連の事件の首謀者をバージルに被せ、キョウジは只利用されていただけだという事にしたいらしい。
勿論、そんな見え透いた嘘が、あの骸に通じるとは微塵も思ってはいない。
だが、最愛の息子であるバージルの首を差し出せば、骸も「一時の気の迷い」と目をつぶるであろう。
「お前を裏切り、一人孤独の中で辛い想いをさせてしまったのは、申し訳ないとおもっている。」
「師匠(せんせい)・・・・。」
深い哀しみを湛えた双眸。
鋼牙の心に、一時の迷いが生じる。
「だがな・・・バージルは、俺の大事な家族なんだ・・・お前と同じぐらい。」
意図も容易く弾き返され、鬼人化した鋼牙が二歩、三歩と後ろにたたらを踏む。
その隙に、もう一人の息子の元へと跳ぶキョウジ。
最愛の師に突き離され、余りの驚愕に呆然とする鋼牙。
バイザー越しの虚ろな視線が、造魔・アルテミスの群れを薙ぎ払う師の背中を凝視する。
― また、捨てられた・・・・・あの日の母さんみたいに・・・・。
泣きじゃくり「行かないで」と追い縋(すが)る自分の手を無情にも振り払った最愛の母。
悪魔召喚術師の才が無い鋼牙は、名門・壬生家の中で一人孤立していた。
苛烈を極める父の指導、虐待とも取れる行為を平然と見過ごす祖母と周りの人間。
唯一、母だけが鋼牙の理解者であり、縋る事が出来る寄る辺であった。
そんな母親も、自分を置いて「務め」に出てしまう。
甘えたいのに甘えられない。
幼い鋼牙は、益々孤独になり内へ内へと引き籠る。
そんな少年を救ったのが、剣の師匠である13代目・葛葉キョウジだった。
壬生家を支配していた曾祖母・綾女と父、猊琳を説き伏せ、葛城の森から平崎市へと連れ出してくれた。
剣人として憧れ、又、暗闇の中から救い出してくれた恩人。
「うわぁあああああああっ! 」
喉の奥から吹き上げる怒りの咆哮。
倶利伽羅剣を水平に構え、造魔・アルテミスの最後の一体を斬り伏せる銀色の髪を持つ青年へと襲い掛かる。
「鋼牙止せ! 」
凄まじい斬撃を繰り出す二人の弟子を止める為、キョウジが駆け出す。
だが、それを地中から突如現れた”クリフォトサップリング”が邪魔をした。
白髪の美少年― マーリンが、キョウジの行く手を塞いだのだ。
巨大な龍(ドラゴン)の上に座る大魔導師は、ニヤニヤと冷酷な笑みを浮かべて、殺し合いを始めるバージルと鋼牙の二人を眺めていた。
「マーリン! 」
「あは♡良いねぇ、その顔、滑稽で堪らないよ。」
人間の分際で、神である自分を利用し、出し抜いた不届き者。
それが今は、命よりも大事な二人の息子達が壮絶な殺し合いを始め、苦しんでいる。
愉快だった。
次期剣聖と目され、組織の若者達から絶大な支持を受けている男が、悶え苦しむ姿は、どんな美酒よりも勝る。
「お前がぁ!お前のせいで、僕の大事な師匠(せんせい)がぁ!! 」
鬼人化し、筋力が倍加した鋼牙の一撃はどれも重く、受け止めるので精一杯だ。
オマケに意識外からの斬撃も混ぜている為、とてもじゃないが捌ききれない。
悪戯にダメージを負うバージルは、止む無く魔人化する。
お陰で、基本的能力は此方が上になったが、埋める事が叶わぬ天賦の才が鋼牙にはあった。
右肩と左足を斬り裂かれ、血が噴き出す。
胸板に直撃する蒼い鬼の回し蹴り。
後方に吹き飛ばされ、樹々を薙ぎ倒し、地面を転がる。
「がはっ・・・・・糞・・・。」
力は此方の方が圧倒的に有利なのに、何故か蒼い鬼に圧し負けている。
体力が大幅に奪われ、おまけに回し蹴りの直撃をもろに受け、視界が霞む。
片膝を付く蒼き魔人の頭上に黒い影が降って来た。
倶利伽羅剣を上段に構えた鋼牙が、踊り掛かったのだ。
魔具『閻魔刀』を構え、迎え撃つバージル。
刹那、二人の間を真紅の突風が割って入る。
真魔人化したダンテが、容赦ない一撃を蒼い鬼へと繰り出した。
倶利伽羅剣で、魔人の拳を受け止める鋼牙。
威力を殺しきれず、大きく真横へと吹き飛ぶ。
「よぉ、バージルちゃん、大丈夫か? 」
真魔人化から、元の人間体へと戻ったダンテが、未だ背後で片膝をついているバージルへと振り返る。
「ダンテ・・・・。」
怒りと屈辱で、秀麗な眉根を歪める。
自分より10も年下の子供相手に、良い様に嬲られた。
こんな無様な姿を、双子の弟であるダンテにだけは見られたくは無かった。
一方、ダンテの一撃を受け、大きく吹き飛ぶ鋼牙。
器用に空中で態勢を整え、華麗に地へと着地する。
しかし、突然現れた黒い影が、蒼い鬼の脚を払った。
成す術も無く、地へと横倒しになる鋼牙。
脚で倶利伽羅剣を握る右腕を抑えられ、地へと縫い付けられる。
喉に当てられるヒヤリとした刃の感触。
見ると真紅の呪術帯で顔を覆った17代目・葛葉ライドウと視線が合う。
「鬼人化を解け、鋼牙。 」
「じゅ・・・・17代目。」
葛葉四家当主の登場に、頭に血が昇っていた鋼牙は、唇を噛み締める。
「そ、その男は、13代目と組んで世田谷区と矢来区の住民を・・・。」
「分かっている、後の事は全て俺達に任せるんだ。」
懸命に自分の行いを正当化させ様とする鋼牙に、ライドウは一つ息を吐く。
先ずは、鬼人化を解かせ、頭を冷やして貰わなければならない。
鋼牙も悪魔使いの意図は理解している。
なので、下手に逆らう事はせず、大人しく鬼人化を解いた。
抵抗の意志が無くなったのを確認すると、ライドウは馬乗りになっていた鋼牙から降りる。
そして、鋭い隻眼を右肩と左足から血を流し、ボロボロの状態になっているバージルへと向けた。
「大人しく石を渡せ、そうすりゃ悪い様にはしないぜ? 」
「ふん、断る。 欲しけりゃ力づくで奪ってみろ。」
「可愛気がねぇぜ? バージルちゃん。」
「”人修羅”の走狗に成り果てた愚か者が・・・。」
未だ血を流し、激痛を訴える左足を酷使し、気力のみで立ち上がるバージル。
怒りに燃える蒼い双眸が、眼前に立つ双子の弟を睨みつけている。
その時、クリフォトの醜悪な根が、ダンテに向かって飛んできた。
咄嗟に、大剣『リベリオン』で醜悪な肉の塊を真っ二つにする。
が、続く衝撃波を防ぐ事は叶わなかった。
気を練り込んだ石の礫をまともに喰らい、ダンテの大きな体が後方へと吹っ飛ぶ。
「逃げろ! バージル! 」
「父さん! 」
クリフォトの醜悪な根を囮に、石の礫を投擲したのは、義理の父、キョウジであった。
マーリンの妨害を掻い潜り、最愛の息子の元まで駆け付ける。
それに続く二体の造魔‐ グリフォンとシャドウ。
満身創痍のバージルを庇う様に、ライドウの前へと立ち塞がる。
「自分が何をしているのか理解しているのか? 13代目。」
「ああ、分かっている。」
ライドウに指摘されずとも、己の愚行は痛い程理解している。
大勢の罪なき人々の命を贄に捧げ、最愛の息子を救った。
そこに後悔も懺悔の念も無い。
ビクトルから石の精製法を教えられたその瞬間から、己は咎人になる道を選んだのだ。
「愚かな・・・・日の本の民を護るのが、我等”クズノハ”の使命。葛葉四家当主の一人である貴方なら分かる筈だ! 」
「・・・・・役目なんか糞喰らえ・・・だ。 もし、70億の人命と愛する家族の命を天秤に掛けられたら、俺は間違いなく家族を取る。」
「・・・・・っ! 」
迷いが全く無いキョウジの言葉に、ライドウの心が大きく抉られる。
ソレはかつて、自分が最愛の娘を『人柱』の業から逃れる為に行った行為と全く同じだったからだ。
4年前、愛娘のハルは、天照大神の依り代に選ばれた。
ハルの実母である月子が、依り代の役目を果たせなくなったから、当然だといえる。
依り代に選ばれた者は、その命を一生涯日の本に捧げる義務がある。
日々、その規模を拡大しつつある異界の大穴”シュバルツバース”。
その穴を塞ぐ最後の手段として、国の上層部は、娘を『人身御供』に捧げるつもりなのだ。
「今のお前さんなら、俺の気持ちが理解出来る筈だ。」
「・・・・・っ、13代目・・・。」
互いの双眸が、激しく火花を散らす。
刹那、バージルの苦鳴が、両者の均衡を砕いた。
キョウジと二体の造魔が振り返ると、バージルの背後に何者かが立っている。
『エルバの民』の首領、魔神皇こと狭間・偉出夫だ。
黒髪の少年は、無造作に利き腕を銀髪の青年の背に突き立てていた。
「バージル!! 」
『冥府破月』を鞘から抜き放つキョウジ。
怒りの形相を向ける壮年の男に皮肉な笑みを浮かべると、偉出夫はバージルの背を蹴った。
力無くうつ伏せに倒れるバージル。
偉出夫の手には、赤い宝石が握られていた。
「き、貴様・・・・・っ。」
「安心しろ、お前はまだ殺さない。利用価値があるからな。」
偉出夫がバージルから奪ったのは、『賢者の石』の半分。
もう半分は、バージルの体内に残っている。
そんな魔神皇へと鋭い斬撃を叩き込むキョウジ。
しかし、神器『スダルサナ』が厚い氷の壁を張り、真空の刃を防いでしまう。
「ひゅー、怖いなぁ。流石、剣と雷の神様だ。」
「お前・・・・カインなのか。」
もう用は済んだとばかりに後方へと大きく跳躍する黒髪の少年を、キョウジは鋭く睨む。
逃がさんとばかりに、連斬を繰り出すキョウジ。
だがその悉くを、偉出夫は神器『スダルサナ』で叩き落としてしまう。
「石を返せ! 」
不意に偉出夫の視界が闇で覆われた。
見上げると、凶悪な姿をした漆黒の竜(ドラゴン)が、頭上から偉出夫に襲い掛かる。
真横に跳んで躱す偉出夫。
屈辱と憎悪で燃える緋色の双眸と、何処までも清んだ黒曜石の瞳がぶつかり合う。
「貴方も大概しつこいですよ? ”ブリタニアの魔術師”殿。」
「煩い!”弟殺しの重罪人”が! 」
白髪の少年が、竜形態へと変形した肉の塊に指示を出す。
大きく口を開き、全てを焼き尽くす紅蓮の炎を吐き出す竜(ドラゴン)。
だが、その煉獄の炎が黒髪の少年を焼き尽くす事は無かった。
突如、上空から飛来した赤い長外套(ロングコート)を纏う巨漢の騎士が、大剣『カオスイーター』を盾に、主を護ったのだ。
真っ二つに分かれる炎のブレス。
驚愕に見開かれる白髪の少年の首が、突如、斬り落とされる。
編み笠を目深に被った羽織、袴姿の侍が、名刀『吉岡一文字』を駆り、魔導師の首を斬り落としたのだ。
華麗に地へと着地する編み笠の侍‐ 坂本晋平二等陸佐。
「ふむ、予想通り紛い物か・・・・全く、魔導師風情が。」
刀身に付着した紫色の体液を一瞥し、忌々しそうに刀を一振りして血糊を振り落とすと鞘へと納める。
主を失い力無く倒れ伏す巨大な竜(ドラゴン)。
実体化が保てず、みるみる塵へと還っていく。
「すみません、遅くなりました。」
「否、ナイスタイミングだよ。レッドライダー。」
恐縮する巨漢の騎士に、偉出夫は涼やかな笑みを浮かべる。
そんな少年の眉間を抉らんと、何処からともなく数発の弾丸が発射された。
大剣『カオスイーター』を一振りし、弾丸を全て弾き返す赤い死神。
髑髏の眼窩から光る紅い双眸が、数歩離れた位置で対峙する銀髪の魔狩人を睨み据える。
「ママから教わらなかったか? ”人のモノは、勝手に盗っちゃ駄目よ”って。」
キョウジのソニックブームをまともに喰らった為か、ダンテの額からは夥しい量の血が流れている。
かなりのダメージを負っているにも拘わらず、その蒼い双眸に宿る闘志は、少しも揺らぐ様子は無かった。
「どうしますか? 」
軍隊出身らしく、レッドライダーは主の指示を仰ぐ。
「うーん、アレは中身が入ってない入れ物だからねー。壊しても”彼”がすぐ治しちゃうでしょ。」
まともに相手をしても時間の無駄。
そう判断した偉出夫は、口内で『強制離脱魔法(トラエスト)』を唱える。
瞬く間に消える偉出夫と、二人の従者。
後には、キョウジ達親子とダンテ、それからライドウと壬生・鋼牙が残された。
毎日暑いです。