偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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人物紹介

奥原・修一郎・・・・警視庁に勤務する刑事、階級は警視長。
元”八咫烏”の一人で”十二夜叉大将・真達羅大将の名を持っていた。
柳生新陰流の継承者、愛刀は神器『柳生の大太刀』
剣士職を全て取得した到達者(マイスター)であり、剣豪(シュヴァリエーレ)の称号を持つ。冷酷非道な性格をしており、目的達成の為なら手段を選ばない。
日下・摩津理と日摩理の実父。妻とは魔津理が幼い時に離婚している。



第28話『愛する者の死 』

事件終結から一週間後。

神奈川県横浜市中区山手にある外国人墓地。

洋型の墓碑の前に、濡れ羽色をした長い髪の少女が、白い百合の花束を手に立っていた。

少女の名前は、八神・咲。

『聖エルミン学園』の制服を着た彼女は、身を屈め、花束を墓碑の前へと置く。

この墓は、咲の親友である日下・摩津理の母が眠っている。

そして、歳が離れた彼女の妹、日摩理の遺骨も納められていた。

 

「日摩理ちゃん、退院して摩津理と一緒に”ノイシュヴァン”で暮らすのを楽しみにしていたのに・・・・。」

 

ノイシュヴァンとは、聖エルミン学園の地下に建設されている特殊学科専用の私設だ。

そこでは、多くの妖精族や地霊族が生活しており、勿論、人間も何人か暮らしている。

 

不図、咲の目頭が熱くなる。

脳裏に、無邪気な笑顔で実姉と遊ぶ愛らしい日摩理の姿が過った。

嗚咽が零れ落ちそうになり、必死で口を抑える。

熱い涙がボロボロと頬から落ちて行った。

 

「八神、犯人は必ず俺が捕まえる。」

「・・・・・。」

「それと、”エルバの民”の連中も、俺がぶっ潰す。」

「・・・・・遠野君。」

 

涙で充血した双眸を背後に立つ、長い前髪の少年へと向ける。

 

あの壮絶な戦いから一週間。

その爪痕は、未だに世田谷区と矢来区に深々と残っていた。

大勢の市民が、魔界樹‐クリフォトに襲われ、見るも無惨な姿へと変えられた。

そして、新宿衛生病院から退院した摩津理の妹も、父方の妹と一緒にその命を理不尽に奪われた。

 

「窮屈だろうとは思うが、お前はそれまでトロル先生の傍にいてくれ。」

「・・・・・うん。」

 

”エルバの民”は、『聖母』の能力(ちから)を持つ咲を執拗に狙っている。

勿論、気を付けなければならない奴等は、”エルバの民”だけではない。

咲の潜在能力を他の秘密結社(イルミナティ)が知れば、何をしてくるか分からない。

咲自身も、『薬学部』顧問であるトロルからその事を知らされている為、自分自身が置かれている複雑な状況は理解していた。

今、現在は、両親を説得し、学園長である安倍晴明の監視が行き届いている寮で日々の生活を送っていた。

 

 

 

一週間前、平崎古墳大迷宮。

兇悪な鋼の牙が、スクードアンジェロの頭部を粉砕する。

頭を吹き飛ばされ、力無く地へと崩れ落ちる人造の騎士。

機動大剣『クラウソラス』が、プロトアンジェロの身体を両断し、美貌の女剣士が駆る『七星村正』の刀身が、まるでバターの如く、硬い甲冑で覆われている魔剣士達を斬り裂いていく。

 

「良し、これで邪魔者がいなくなったぜ。」

 

死屍累々と横たわる人造の魔物達を見回し、銀髪の少年‐ ネロが身の丈程もある機械仕掛けの大剣を肩に担ぐ。

 

「まて、まだ肝心な大物を仕留めていない。」

 

『探偵部』の仲間と師である17代目達を追い掛け様と、地上まで続く瓦礫の山へと向かう二人の少年を、美貌の女剣士が呼び止めた。

 

「大物? 」

「そうだ、この事件のもう一人の首謀者であり、私の甥・・・・。」

 

長い前髪の少年‐ 遠野・明の問い掛けに応えると、緋色の双眸をした女剣士‐ 鶴姫が、視線を秦氏の姫が眠る棺へと向けた。

 

「アンブロシウス・メルリヌス・・・何時までそこで隠れているつもりだ? 」

 

研ぎ澄まされた刃の如き殺気を、石の棺にぶつける。

すると棺の一部が歪み、白髪の少年が姿を現す。

髪と同色の純白のローブを身に纏い、金の刺繡があしらわれたズボンと革のブーツを履いていた。

 

「流石、伯母上・・・・良く分かりましたね? 」

 

石の棺の上に立つ中性的な美貌の少年は、呆れた様子で此方を睨み付ける女剣士に肩を竦めてみせた。

 

「腐肉に混じって、ブルーベルの香りがした・・・・お前の実母、ヘラが愛した花だ。」

 

イングリッシュ・ブルーベル・・・・春に咲く球根性多年草の事である。

英国では『野生生物及び田園地帯保護法』で守られている種であり、紫色のベルの形をした愛らしい花であった。

 

「大人しく縛(ばく)に就け、そうすれば悪い様にはせぬぞ? 」

「お断りします。 20数年振りに漸く外に出られたんだ。 存分に自由を満喫したいんですよ。」

 

ぶつかり合う、両者の双眸。

鶴姫が、魔法剣『七星村正』の鯉口を斬り、マーリンが、アカシアの木を素材にした杖を召喚する。

と、白髪の少年の背後に大柄な影が突如現れた。

気配を消した明が、マーリンの背後へと忍んでいたのだ。

新雪の如き白い喉を掻き切らんと、鈍色に光る銀製のナイフが襲い掛かる。

しかし、届かない。

常に自分の周囲に張り巡らせている壁(シールド)が、凶器を弾き飛ばしたのだ。

後方へと吹き飛ぶ、明の大きな躰。

器用に宙でトンボを切り、石畳へと着地する。

 

「怖いなぁ・・・・この中で、君が一番厄介そう・・・・。」

 

マーリンの皮肉を掻き消す様に轟く、爆発音と瓦解音。

吹き飛ぶのと同時にピンを外した手榴弾が、破裂したのだ。

濛々と砂煙が周囲に充満する。

堪らず、ネロと鶴姫は、眼と鼻を塞いだ。

 

「明の野郎、滅茶苦茶しやがって・・・。」

 

煙を吸い込んでしまった銀髪の少年が、むせ込みながら悪態を吐く。

 

「爆弾等、奴には無駄だ。」

 

鶴姫も立ち込める煙に辟易しつつ、白髪の魔導士が立っている棺を睨み付ける。

案の定、マーリンは無傷だった。

石の棺は、粉々に砕け散ったが、白髪の魔導師には傷一つ付ける事は叶わなかった。

蒼白い光を放ち、マーリンが宙へと浮遊している。

 

「危ない危ない、”モルガンの護符”が無かったら、死んでいたな。」

 

皮肉な笑みを浮かべたマーリンが、此方を睨みつけている長い前髪の少年へと視線を向ける。

モルガンとは、マーリンの盟友である女魔術師、モルガン・ル・フェイの事である。

アーサー・ペンドラゴンの実姉であり、不仲になった実弟を憎み、彼の持つ聖剣『エクスカリバー』の力を奪い、死に至らしめる要因を作った。

 

「おっと、僕は貴方方とは喧嘩するつもりは毛頭ありません。 特に、伯母上とはね。」

 

今にも斬り掛かりそうな、美貌の女剣士に敵意が無い事を告げる。

鶴姫の正体は、オリュンポス神族の最高神の一人、冥王・ハデスだ。

そんな怪物相手に、歯が立たない事ぐらい、十二分に知っている。

 

「そうかよ! なら、俺とはどうだぁ! 」

 

仲魔である妖魔・シウテクトリを右腕の機械仕掛けの義手‐ デビルブレイカーと一体化させたネロが、白髪の魔導師へと躍り掛かる。

放たれる、巨大な炎の拳。

護符では、護り切れないと悟ったマーリンが、後方へと跳ぶ。

それを追い掛け、アサルトライフルを構えた明が引き金を引く。

火を吹く銃口。

しかし、光速展開した物理反射魔法(テトラカーン)の壁が、全て弾き返してしまう。

 

「全く、これだから低能な猿は。」

 

絶妙な連携攻撃に、マーリンは舌打ちする。

 

何時までも、叔母や猿二匹と相手をしている暇は無かった。

早く、此処から離脱しなければ、事態を不信に思った”人修羅”が来てしまう。

防衛庁の自衛官が、クリフォトの根で造った複製体を始末した事は、既に知っている。

魔力の波動を辿り、此処に戻って来るのは時間の問題だった。

 

「悪足掻きは止せ、メルリヌス。 大人しく罪を償うんだ。」

 

二人の少年を相手に、大立ち回りを演じる甥を、鶴姫が説得する。

 

「罪? 一体何を償えと? 」

 

叔母の綺麗事には、反吐が出る。

自分は、人間の男に現を抜かし、大事な政務を姪に押し付け、挙句、天津神の下僕に成り果てた。

この世に住む多くの人間達も同じだ。

自分の力を利用し、国益を満たそうとする愚か者ばかりだ。

 

「僕は何も悪くない、”賢者の石”を精製しただけだ。 悪いのは、僕を解放し、そそのかした”葛葉四家当主”の一人、13代目・葛葉キョウジだ。」

 

ネロと明の波状攻撃を往なしつつ、マーリンは勝手極まる戯言を吐き捨てる。

 

そう、自分は何も悪くない。

力を失い、現世へと落ち延び、かつての弟弟子、ロバート・ウォルトンの元で余生を送っていた。

そんなマーリンを、現世に引きずり出したのは、葛葉四家当主の一人、葛葉キョウジだ。

 

「ふざけんな! てめぇのせいで大勢人間が死んだんだぞ! 」

「は? だから? 人間なんてそこらにいる蟲と一緒だ、時間が経てばすぐに個体数を増やすだろ? 」

 

『賢者の石』を精製する為、矢来区と世田谷区で行った殺戮劇は、単なる間引きと一緒だ。

人間と言う種が、増えすぎたから減らしただけ。

故に、罪悪感等抱く必要すらない。

 

人形の如く整った美貌を冷酷に歪める魔術師に、長い前髪の少年が、渾身の一撃を放った。

当然、不可視の壁によって阻まれるが、明の勢いは止まらない。

凄まじい量の『発剄(はっけい)』に耐え切れず、壁が崩壊。

魔術師の背後にある石の壁に、巨大なクレーターを刻む。

 

「お前・・・今、何て言った? 」

 

煉獄の炎の如く噴き出す怒気。

数千年を生きる魔術師の双眸が、紙の如く白くなる。

それは、明の傍らに立つネロも同じであった。

常に無口で、感情を表に出さない明が初めて見せた『純粋な怒り』に、表情が固まる。

 

重苦しい沈黙。

そんな一同の耳に場違いな拍手が聞こえた。

 

「はいはい、餓鬼同士の喧嘩はそこまでや。」

 

霊廟の出入り口に、金色に髪を染めたヒョウ柄のファーコートを着る濃いサングラスの男が立っている。

手には、『阿修羅』と刻まれた樫の木で出来た木刀を持ち、黒いタートルネックのセーターに同色のスラックスを履いていた。

 

「朝孝(ともたか)・・・・貴様、今更何しに来た?」

 

鶴姫が、嫌悪感を露わに、金髪の男‐ 四神の一柱・玄武を睨み付ける。

 

「決まっとりますやろ、大将の命令で、アンタの甥っ子を捕まえに来たんですわ。」

 

玄武が嘲りの笑みを口元に浮かべ、指をパチリと鳴らす。

それを合図に、マーリンの首に鉄の鎖が巻き付いた。

胴と腕、そして両脚にも鎖は巻き付き、マーリンを玄武のいる所まで引きずり倒してしまう。

持ち前の魔法で、鎖を焼き切ろうとするが、何かの呪いでも施されているのか、呪文を唱えても発動する事は無かった。

 

「無駄な抵抗は止せ、その鎖はお前の魔力を喰らう。」

 

数本の鎖を手足の如く操り、魔導師を捕縛したのは、銀色の髪をした浅黒い肌の青年であった。

澄んだ蒼い瞳をしており、無感情で石畳に転がる哀れな魔術師を眺めている。

玄武と同じ、四神の一柱、白虎であった。

 

「お、お前等・・・・この僕にこんな真似をして・・・ぐっ! 」

 

呪詛を吐き散らすマーリンの頭を玄武が踏みつけ、黙らせる。

濃いサングラスの下の双眸は、まるで害虫を見るかの如く、嫌悪感に染まっていた。

 

「全く、神族って連中は、悪魔より質が悪すぎて始末に負えんわぁ。」

 

もう用は済んだとばかりに、相棒の白虎に命じ、地に這いつくばる魔術師を無理矢理立ち上がらせる。

鎖の力で魔力をかなり消失したのか、マーリンに抵抗する気力は無く、口惜し気に叔母へと視線を向けた。

 

「おい! てめぇら、勝手にソイツを連れて行くんじゃねぇ! 」

 

理不尽極まる玄武達のやり方に、ネロが怒りの咆哮を上げた。

六連装大口径リボルバー、ブルーローズを魔法の様な速さで右脇のホルスターから抜き放つと、二人の男へと狙いを定める。

 

「ソイツには、キッチリと落とし前を付けさせる必要があるんだよ!部外者がしゃしゃり出て来るんじゃねぇ! 」

 

この血も涙もない悪党は、年端もいかないクラスメートの大事な家族を奪った。

それだけではない。

全く関係が無い、多くの市民を殺害し、『賢者の石』の材料に変えた。

コイツが、醜悪な魔界樹を解き放たなければ、今も矢来区と世田谷区の住民達は、何時もと変わらぬ日常を送る事が出来ただろう。

 

「止めろ、小僧。銃を降ろすんだ。」

 

怒り心頭のネロの眼前に、大胆に胸倉の開いた着流しを着る美貌の女剣士が立った。

深い哀しみを湛えた緋色の双眸が、鋭い牙を剥き出しにする若い騎士を見つめている。

 

「退け! このまま終わらせて堪るかよ! 」

「冷静になって周りを見ろ、引き金を引いた瞬間、お前の頭が落ちるぞ。」

 

無造作に大口径リボルバーの銃身を掴み、己の心臓へと当てる。

唐突な鶴姫の暴挙に、顔を真っ赤にしたネロは、沸騰していた頭を漸く冷やす事が出来た。

大きく息を吐き、言われた通りに周囲の状況を伺う。

すると、数か所の瓦礫を陰に、四つの人影が確認出来た。

どれも動物を模した奇妙な仮面を被っている。

皮の胸当てと鉄の徹甲と具足を履いている事から、師である17代目・葛葉ライドウと同じ、暗殺者(アサシン)である事が分かった。

 

「宮毘羅・・・・。」

 

明は、四つの影の中に、見知った姿を認めて、鋭い眼光を向ける。

犬を模した仮面をつける十二夜叉大将が一人、宮毘羅大将は、別段気後れする様子も無く、気安く明に向けて手を振ってみせた。

 

「何なんだ? コイツ等。」

「十二夜叉大将・・・・”八咫烏”の長、骸子飼いの暗殺者(アサシン)共だ。」

 

戸惑うネロに、鶴姫は簡単な説明をしてやる。

 

十数年前の第三次関東大震災により、元来、12人いる構成員の半数が死亡した。

明と鋼牙の加入もあったが、それでも未だ、半分が空席のままだ。

 

「ほな、還るで? 白虎ちゃん。」

 

玄武に促され、黒い鎖で囚われたマーリンを引き立て、銀髪の青年が従う。

そんな彼等の後姿を、ネロが口惜し気に眺める。

物陰から、明達を監視していた四つの影も、何時の間にか霧散していた。

 

 

 

平崎市、臨海公園。

『賢者の石』の半分をバージルから奪った”エルバの民”の指導者、狭間・偉出夫が仲間を促し姿を消した。

後に残される一同。

数歩離れた位置を挟んで、鋭い睨み合いを続けている。

 

「逃げ切る事は出来ない、諦めろ。」

 

真紅の呪術帯で、右眼以外を覆った17代目・葛葉ライドウが、腰にあるナイフホルダーに収まっているアセイミナイフの柄へと手を伸ばす。

 

「当然、見逃しては貰えないよなぁ。」

 

造魔・グリフォンとシャドウを従える13代目・葛葉キョウジが、この緊迫した場にはそぐわぬ軽口を叩いた。

壮年の探偵の背後には、義理息子のバージルが、ボロボロの状態で立っている。

怒りで逆上した鋼牙の猛攻を受け、騙し討ち同然で、偉出夫に『賢者の石』の半分を奪われた。

残された石の力を使えば、こんな程度の傷、瞬く間に完治出来るが、何故か、バージルがその行為を拒んでいる。

その為か、出血は殆ど止まっているが、大幅に体力を失っていた。

 

「何時まで逃げてんだよ? バージル、好い加減腹を括(くく)れ。」

「煩い、”人修羅”の下僕に成り果てたお前の言葉など、従う気は毛頭ない。」

 

義理父から渡された宝玉を口に含み、鋭い眼光を双子の弟へと向ける。

7年前は『テメンニグル事件』で、4年前は、『マレット島事件』で、バージルはライドウに二度負けている。

たかが召喚術師だと、侮(あなど)っていた。

素手の相手に、良い様に翻弄され、心まで覗かれた。

挙句、ライドウの仲魔の一人に、父の形見である『フォースエッジ』を奪われ、その刀身で袈裟懸けに斬られた。

あの時の屈辱と痛みは、決して忘れる事が出来ない。

 

「師匠(せんせい)。」

 

そんな両者から、少し離れた位置に立つ鋼牙。

備前長船兼光(びぜんおさふねかねみつ)の柄を握り締め、殺気の篭った視線を最愛の師から、事件の元凶である兄弟子へと向けた。

 

父親同然であるキョウジを狂わせたのは、間違いなくバージルだ。

葛葉一族、発祥の地である『葛城の森』で、曾祖母や実父、周囲の人間達から疎まれていた鋼牙を救ってくれたのは、同じ四家当主のキョウジだ。

当然、鋼牙はキョウジの事を、人生の師と仰ぎ、修練に励んだ。

自分を、一人の人間として認めてくれた。

13歳で女王陛下から”剣豪(シュヴァリエーレ)”の称号を拝命する事が出来た。

遠野・明やネロという、掛け替えの無い友を得る事が出来た。

これ等全て、13代目・葛葉キョウジのお陰である。

そんな尊敬する師を狂わせたバージルを、どうしても許す事が出来なかった。

 

「法の裁きを受け、罪を償え。」

 

ナイフホルダーから、アセイミナイフを抜き放ち、逆手持ちで構える。

近接戦闘の基本的構えだ。

 

「厄介事が全部片付いたら、幾らでも償うさ。」

 

腰を落とし、冥府破月の鯉口を斬る。

此方も、居合抜刀術の基本的構えだ。

両者の殺気がぶつかり合い、氷点下まで場の空気を凍らせる。

 

先に均衡を破ったのは、キョウジだった。

造魔・グリフォンが『強制離脱魔法(トラエスト)』を唱え、蒼い長外套(ロングコート)の青年と共に、何処かへと消える。

余りの出来事に、狼狽するライドウ。

すぐさま、バージルの魔力を辿り跳ぼうとするが、ソレをキョウジが邪魔をした。

空間を抉り取る程の斬撃に、ライドウとダンテが左右に跳ぶ。

 

「13代目、貴様っ! 」

「この事件でバージルは、無関係だ。 むしろ、あの子こそが被害者なんだ。」

 

嘘偽りの無い、キョウジの言葉。

ビクトルの甘言に乗り、『ビーシンフル号』の隠し部屋で、匿われていたアンブローズ・マーリンと出会い、魔界樹を野へと放ったのは、紛れも無いキョウジ自身である。

人間の生き血を求める習性があるクリフォトの魔界樹を利用し、罪なき人々の命を糧に、『賢者の石』生成に加担した。

そこに、バージルの意志など当然無い。

ビクトルが用意した造魔の肉体に、無理矢理、バージルの魂を宿らせ、半ば強制的に石精製を手伝わせた。

バージルは、人間等、一人も殺してはいない。

マーリンと共に無慈悲な殺戮を行ったのは、13代目・葛葉キョウジ本人である。

 

「俺の首を骸に差し出せ、その代わり、今後一切、あの子に関わるな。」

 

鬼神の如き気迫。

ライドウとダンテ、そして鋼牙までもが言葉を失う。

今、目の前に対峙するこの男は、紛れも無く家族を必死で護る一人の父親であった。

 

「・・・・ダンテ、矢来銀座にある地下水道に行け、そこにバージルがいる。」

 

レッグポーチから愛用のスマホを取り出すと、傍らにいる銀髪の魔狩人へと渡す。

スマホの液晶画面には、地下水道の見取り図が映し出されており、赤い光点で抜け道らしき通路が示されていた。

 

「成程、バージルの奴を国外から出すつもりなのか。」

 

赤い光点で示されている場所は、大井埠頭へと抜ける隠し通路であった。

キョウジは、何らかの方法を使って義理の息子を国外へ逃がすつもりなのだ。

そんな二人のやり取りを、少し離れた位置で聞く鋼牙。

師である13代目の意図を知り、移動魔法(トラフ―リー)と同じ作用がある特殊な札を取り出す。

 

「あの餓鬼っ! 」

 

鋼牙が、札の力を使用して矢来銀座に跳んだ事を知り、ダンテが舌打ちする。

鋼牙の目的は、己の愛する師を狂わせた兄弟子への報復だ。

早く止めにいかなければ、双子の兄の命が危うい。

 

「行け! 鋼牙を止めるんだ! 」

「でも、アンタ一人じゃ・・・・。」

「俺の事は良い! 早く行け! 」

 

ライドウの剣幕に、ダンテは止む無く従う。

13代目の実力は、五島美術館の日本庭園での死闘で嫌と言う程思い知らされている。

実力は、師であるケビン・ブラウンと同等かそれ以上。

そんな化け物相手に、番無しでライドウが勝てるとは到底思えないが、バージルの首を狙う壬生の次期当主を放置する訳にもいかない。

 

真魔人化したダンテが、雄々しき六枚の翼を広げ、上空へと舞い上がる。

そうはさせまいと、キョウジが斬撃を放とうとするが、ライドウが唱える火球の方が速かった。

『冥府破月』の刀身で、炎の弾丸を真っ二つに斬り裂く。

睨み合う両者。

 

「良いのか? あの兄ちゃん無しで俺と戦うにはちと分が悪すぎると思うが。」

「確かにな・・・・今の俺じゃ、アンタの足元にすらも及ばない。」

 

魔人と化したダンテが、矢来銀座に向かったのを確認すると、ライドウは顔を覆っている深紅の呪術帯を外す。

露わになる人形の様に整った容姿。

その白い首筋から右の蟀谷(こめかみ)に掛けて、どす黒い痣が浮き出ている。

 

「”コイツ”を使うのは、流石にムカつくが・・・今は、贅沢なんて言ってられねぇ。」

 

レッグポーチから、血液で満たされた細長い筒状の容器を取り出す。

器用に親指で、容器の蓋を外し、口に咥えて喉へと流し込む。

容器の中に入っていたのは、巫蟲(ふこ)の好物である”悪魔の血”だ。

何かしらのトラブルが発生したのを前提として、予(あらかじ)め何本か携帯している。

 

「蟲術(こじゅつ)か・・・・骸の力を借りるつもりなんだな。」

 

まるで百足の様に蠢く痣を見つめ、キョウジが小さく呟く。

ライドウの体内には、骸の半身であるマガタマが寄生している。

17代目の監視を名目に、骸自身が術を施した。

 

身体中を蟲が這い回る嫌悪感に耐えつつ、同じくレッグポーチから封魔管を取り出す。

管の中に封じられているマグネタイトの淡い緑色の光と共に、赤身の鞘に納められた日本刀が姿を現した。

歴代ライドウが代々所有する神器『草薙の剣』である。

 

 

 

同時刻、矢来銀座地下水道。

怒りに燃えるバージルが、その元凶である造魔・グリフォンの首を掴み、硬いコンクリートの壁に叩きつけていた。

 

「何のつもりだぁ!? 貴様ぁ! 」

 

蛙が潰れた様な悲鳴を上げる黒毛の大鷲を、更に締め上げる。

 

「し、仕方無かったんだ! 親父さんの命令だったんだよ! 」

 

バージルを何とか生かしたい養父は、自分を囮にし、仲魔であるグリフォンに”強制離脱魔法(トラエスト)”を唱える事で、逃がしたのだ。

 

「今すぐ父さんの所に戻らないと・・・・。」

「お待ち、アンタ、キョウジの想いを無駄にするつもりなのかい?」

 

グロッキー状態の大鷲を離し、バージルが地下水道の出入り口へと向かおうとする。

その背を聞き知った声が呼び止めた。

矢来銀座で闇の仲介人(ダーク・ブローカー)を営んでいる如月・マリーだ。

何時もの派手なピンク色の衣装では無く、シックな黒いジャケットとレディーススーツを着ている。

 

「マリー? 何でアンタが・・・・。」

「キョウジに頼まれたのさ、お前を国外に逃がして欲しいってね。」

 

マリーは呆れた様子で溜息を一つ吐くと、右手に持っているアタッシュケースを蒼い長外套(ロングコート)を纏う青年のすぐ傍らに置いた。

 

「この中には、偽造パスポートとID、それから当面の生活費が入ってる。」

 

マリー曰く、このすぐ先にある出口は大井埠頭に繋がっており、そこに密輸船が停泊しているのだという。

 

「父さんは、最初から俺一人を逃がすつもりで・・・・。」

 

足元に置かれた黒いアタッシュケースへと視線を落とす。

 

「密輸船は、湾岸空港に向かうからね。そこでグラマティクス社の社員と合流するんだ・・・後は、ソイツが上手くやってくれる筈さ。」

「グラマティクス社・・・? 何で、東ヨーロッパの大企業が俺達親子に手を貸してくれるんだ? 」

 

グラマティクス社とは、東ヨーロッパを拠点に活動している貿易会社である。

日本の大企業であるHEC社と並ぶ大企業で、ヨーロッパの各企業を吸収合併して大きくなったコングロマリットであった。

 

「詳しい事は知らないよ、アタしゃ只、アンタの親父に密輸船の手配を頼まれただけだからね。」

 

何時、超国家機関『クズノハ』の暗部共が、この隠し通路を嗅ぎ付けて来るか分からない。

一刻も早く、バージルを密輸船に乗せてしまいたいのか、マリーの口調は少々苛立っていた。

 

 

臨海公園で、バージルから『賢者の石』の一部を強奪した偉出夫達。

坂本晋平二等陸佐が運転する公用車に乗り、『エルバの民』の拠点である六本木ヒルズへと向かっていた。

 

「申し訳ありませんが、此処で降ろして下さい。後は、地下鉄を使って帰りますから。」

 

目的地である港区の手前まで来た偉出夫は、ハンドルを握る坂本二等陸佐に車を停める様に言う。

此処は、異界化の影響を受けていない為、通常通りバスや電車等が運行している。

地下鉄に乗れば、六本木六丁目までは目と鼻の先だ。

 

「横内一等陸士は、大丈夫なのかね? 大分、顔色が悪そうだが。」

 

バックミラー越しに、後部座席に座る横内・健太を眺める。

相当、具合が悪いのか、顔色は真っ青で、苦しそうに眉根を寄せていた。

 

「はっ・・・・ま、魔力のリバウンドです・・・・じ、時間が経てば・・・。」

 

濃い群青色の着流しを着るかつての上司に、横内は荒い吐息を吐きつつ応えた。

そんな従者の頬に、軽く手を翳す偉出夫。

忽(たちま)ち、びっしりと掻いていた汗が嘘の様に引き、顔色もみるみる元通りになっていく。

 

「無理のし過ぎだ。 素直に還っても良かったんだよ? 」

「申し訳ありません、マスター。」

 

枯渇した魔力を分け与えられ、体調がすっかり元通りになる。

 

敬愛する主ならば、あの状況下を抜け出す事は幾らでも出来た。

まさか、同じ『エルバの民』である大月・清彦が裏切るとは想定していなかったが、主である偉出夫ならば、大して問題にもならなかっただろう。

 

「あ、そうそう、コレ、約束の報酬です。」

 

地下鉄駅の乗り場付近に停車した車から、降りようとした偉出夫は、右手の中で弄んでいた赤い石を自衛官に渡す。

 

「流石に、貰い過ぎだとは思うが・・・・・。」

 

意外にも、素直に『賢者の石』を渡した事に、坂本二等陸佐は、少々面喰う。

 

「良いんです、俺達には意味の無い玩具ですから。」

 

巨漢の男を従えた偉出夫が、涼やかな笑みを二等陸佐へと向ける。

 

偉出夫の言う通り、『因果律』を捻じ曲げ、自分の思い通りに操る『特異点』の彼等にとって、石等何の意味も無い。

逆に、各国の秘密結社(イルミナティ)から、要らぬ諍いを招き入れる要因ともなる。

そんな厄介な代物は、さっさと”信用出来る大人”に渡してしまった方が良い。

 

「それじゃ、後藤事務次官に宜しく伝えて下さい。」

「ああっ、分かったよ。」

 

石を胸元に仕舞った坂本二等陸佐は、それだけ応えると、公用車を走らせ、車の波に呑まれていく。

後に残される、偉出夫と横内。

 

「良かったんですか? 奴等は分が悪くなると、平気で我々を斬り捨てますよ? 」

 

あれだけ苦労して手に入れた石を、あっさりと渡してしまった事に対して、何か思うところがあるらしい。

横内は、疑問を階段を降りる主の背にぶつけた。

 

「知ってる、でも同じ目的を持つ者同士、国津神(かれら)と仲良くしておいて損は無いだろ。」

「しかし・・・・・。」

「今は、魔導師ギルドに”我々の存在”を知らしめるのが先決だ。 それまでは、我慢するしかない。」

 

狭間・偉出夫と言う男は、一見して破天荒な人物だと思われがちだが、実はそうではない。

綿密な計算の元、動いており、必ず結果を残している。

故に、『エルバの』信者達から絶大な支持を受けており、偉出夫のアドバイス通りに動けば、大きな恩恵を受ける事が出来る。

日本の大企業の重役達や、政府官僚が、偉出夫のパトロンになっているのはその為であった。

 

 

 

マリーの説得を受け、矢来銀座地下水道の抜け道から、大井埠頭の一区画へと出たバージル。

密輸船が停泊している場所まで、あと少し、という所で思わぬトラブルが発生した。

『瞬間移動魔法(トラポート)』と同じ効力がある札を使用し、逸早く先回りをしていた壬生・鋼牙がバージル達を待ち受けていたのだ。

 

「師匠(せんせい)を置き去りにして、何処に逃げるつもりなんですか? 」

「み、壬生家の鬼子。」

 

『聖エルミン学園』の制服を着た黒縁眼鏡の少年を一目見た如月・マリーが、慌てて物陰へと隠れる。

 

13代目・葛葉キョウジが、壬生家の跡取り息子を養子として引き取り、育てている事は知っている。

実際、仕事で何度か顔を合わせているし、世間話も交わしている。

物腰が柔らかく、学業は常にトップクラス、武術にも秀でており、特に目立った短所は何処にも無い。

正に非の打ち処が無い、非常に優秀な天才剣士であるが、”占い師”という職業で培われた経験から、この少年の中に宿る「危うさ」を本能的に悟っていた。

 

「えーい、糞、選りによって”壬生家の鬼子”と出くわす何て、運が無いねぇ。」

 

最年少で剣士職の到達者と言われる『剣豪(シュヴァリエーレ)』の称号を得ている”1000年に一人”の逸材である事は、承知している。

事実、仕事の関係で、鋼牙の強さは嫌と言う程、見せられてきた。

 

「婆さん、一緒に戦ってくれねぇのかよ? 」

 

キョウジの仲魔である造魔・グリフォンが、あからさまな皮肉を言う。

 

「馬鹿、お言いでないよ! アタしゃアンタ等化け物共と違って、れっきとした一般人・・・・。」

 

そう言い掛けたマリーの声を、金属同士がぶつかり合う、耳障りな音で掻き消された。

見ると、両者が互いの得物を抜き放ち、壮絶な撃ち合いを始めている。

剣の技術は、弟弟子である鋼牙が一枚上手であるが、バージルが本来持つ『悪魔の血』が抑え込んでいた。

パワーとスピードで、見事、力不足な面をカバーしている。

 

「ひぃっ、悪いけどアタしゃ此処で退散させて貰うよ! アンタ等二人と関わると本当にロクな目に合いやしない! 」

「”アンタ等二人”? 」

 

顔を真っ青にして、悪態を吐き散らす老婆を、グリフォンが不思議そうに首を傾げる。

 

事件の首謀者は、確かにアンブローズ・マーリンと葛葉キョウジの二人だ。

身体を無事修復したバージルを、国外へと逃がす役目を担うマリーは、当然、マーリンとは面識が無い。

 

「知らなかったのかい? 密輸船の手配や、逃げ道の確保、それから、グラマティクス社に取引を持ち掛けたのは、警視庁の警部補だよ。」

「何だってぇ!? 」

 

マリーの口から出た衝撃の事実に、黒毛の大鷲が驚愕で双眸を見開く。

 

確かに、百地・英雄警部補は、主人である葛葉キョウジと30年来の付き合いがある。

しかし、例え親友とはいえ、相手は、警視庁の刑事だ。

悪魔の脅威から、力の無い市民を護るという、使命を持つあの刑事が、何故、今回の大規模なテロの首謀者であるキョウジに手を貸す必要があるのだ?

 

 

 

同時刻、臨海病院。

ICU(集中治療室)に収容された百地・英雄は、無事、緊急手術を終え、個室へと移動していた。

 

「に・・・ニコレッタ・・・。」

 

麻酔が解け、深い眠りから覚めた壮年の刑事は、自分の手を握る女職人(ハンドヴェルガー)へと、弱々しい視線を向けた。

 

「お、オッサン・・・・意識が戻ったんだな? 」

 

散々、泣き濡れ、真っ赤に腫れた双眸を、清潔なベッドに横たわる刑事へと向ける。

病衣から覗く白い包帯には、幾つもの心電図モニターに繋がるコードが取付られ、顔には酸素マスクを装着されていた。

大量出血が原因で、ショックバイタルを起こし、意識を失っていたのだ。

一時は、心肺停止状態まで陥ったが、ハイピクシーのマベルの応急措置が功を奏し、何とか持ち直している。

 

「そうか・・・・・俺はまだくたばってねぇのか・・・・。」

 

麻酔で朦朧とする視線を、真っ白な病室の天井へと向ける。

 

平崎市古墳大迷宮前で、親友と思わぬ再会を果たし、娘同然であるニコを人質に捕られた事までは覚えている。

左肩から胸にかけて、斬り裂かれたが、不思議と痛みを感じる事は無かった。

只、猛烈に熱く、力が抜けて、身体を動かす事が叶わなかった。

 

「悪運が強いんだよ・・・・糞爺。」

 

百地警部補の意識が戻った事で、大分安心したらしい。

ニコの眼から、ボロボロと涙の粒が転がり落ちる。

そんな二人を、窓辺に腰掛けるハイピクシーのマベルが、優しく見守っていた。

不図、出入り口のドアを叩く音が聞こえる。

三人が其方へ視線を向けると、百地の部下である周防・克哉警部が、引き戸のドアを開けていた。

 

「気が付いたんですね? 警部補。」

 

百地警部補が、テロ事件の首謀者に襲撃され、瀕死の重傷を負わされたと聞き、自分の治療をそこそこに急いで来たらしい。

右頬には湿布が塗布され、五島美術館での死闘で、折れた腕は、三角巾で吊っていた。

 

「死にぞこなっちまったよ・・・・。」

 

可愛い部下の登場に、ホッと安堵の吐息を吐く。

しかし、そんな上司に対して、部下の周防は厳しい表情をしていた。

どうやら、百地警部補の病室に来たのは、別の目的があるらしい。

空気でソレを察した百地警部補は、ニコとマベルに退室して欲しい旨を伝えた。

渋々、警部補の言葉に従う二人。

後には、周防警部と百地警部補の二人が残された。

 

「警部補・・・・実は、今回の件で、一つだけ気になる事がありました。」

 

躊躇いがちに周防警部が、口を開く。

一方の百地警部補は、黙したまま、病室の天井を眺めていた。

 

「これだけ大規模なパンデミックが起こっているにも拘わらず、我々は犯人の手掛かりを得る事が出来ませんでした。」

 

周防が抱く疑問は、犯人の行動である。

犯人・・・・13代目・葛葉キョウジは、警察機構に気取られる事無く、矢来区と世田谷区に『魔界樹』の種籾を解き放った。

そればかりではなく、その後の行動も疑問が多々残る。

まるで警察の裏を掻く様に、各地の検問を突破し、未だ、その足取りを掴める事が出来ない。

 

「そして、一つの答えに辿り着きました・・・・警察内部の人間が、犯人に情報を漏洩(りーく)しているのではないかと思ったんです。」

「・・・・・。」

 

色眼鏡の奥から覗く双眸が、哀しくベッドの上で横たわる上司を見つめる。

百地警部補も、既に覚悟を決めているのだろう。

口を挟むでもなく、静かに部下の言葉を聞いていた。

 

「警部補・・・・何故なんですか? 何故、13代目・葛葉キョウジに手を貸したんですか? 本当の親友なら、身体を張って止めるべきでは無かったのですか? 」

 

怒りと哀しみで握る拳が震える。

 

信じたくは無かった。

戦争で視力を失い、人間兵器としての価値を失った克哉は、奥原警視総監に拾われ、特殊公安部隊に配属された。

悪魔が起こす事件を担当する過程で、百地・英雄警部補と知り合い、彼の思想に深く感銘を覚え、窓際部署として嘲られていた『特命係』に配属願いを出した。

― 力無き人々を悪魔の脅威から護る。

その強い想いを胸に、百地警部補と今迄歩んできた。

決して、順風満帆な道程では無かった。

 

「応えて下さい・・・・警部補! 」

 

頼む、否定してくれ。

お前の思い過ごしだと、怒鳴りつけてくれ。

しかし、そんな克哉の願い虚しく、返って来た言葉は、あまりにも無情であった。

 

「そうだ・・・・お前の推測通り、俺がキョウジに警察の内部事情を漏らした。」

 

何か憑き物でも落ちたのか如く、その表情は和やかだった。

 

「今から、半年前以上か・・・・アイツが俺の前にふらりと現れ”面倒事が出来た、手を貸して欲しい”と言って来た。」

 

キョウジ曰く、組織内のいざこざに巻き込まれ、暫く姿を隠したい。

上手く国外から出る方法を教えてくれ、という事だった。

 

30年と言う長い付き合いがある百地警部補は、当然、すぐにソレが嘘であると見抜いた。

しかし、敢えてそれを問いただす事はしなかった。

その理由は、キョウジの様子が常になく真剣であったからだ。

 

「・・・・・何故、その時止めなかったんですか? もし説得が上手く行っていれば、こんな大惨事には・・・・。」

「なっていたさ、俺が説得したところで、アイツの信念を曲げる事なんざぁ出来ねぇ。」

 

年若い刑事の言葉をあっさりと、一蹴する。

百地警部補が知る葛葉キョウジは、一見、不真面目で怠惰的だが、己の信念を貫き通す強い意志を持っている。

あの時のキョウジは、何かを覚悟していた。

己の命に代えても、護り通す強い意志を秘めていた。

 

「・・・・・周防、俺にはな、家族がいたんだ。」

 

言葉を失い、項垂れる部下に対し、百地警部補は自分の過去を少しだけ話す事にした。

 

「嫁さんと娘が二人・・・・至極、平凡な、何処にでもいる家族だった。」

 

百地警部補の家族は、東京の都内に住んでいた。

何事に対しても、仕事を優先する性分であった為、家族関係は良くなかった。

娘がインフルエンザに掛かり、手伝って欲しいと妻から言われたが、百地は無視した。

仕事を幾つも抱えており、家庭を顧(かえり)みる余裕が無かったからである。

今迄積み重なっていた不満が爆発し、妻は幼い娘二人を連れて、借家から出て行った。

幸い、妻の実家は都内近郊にあった為、様子を見に行く事は出来たが、妻は頑(がん)として百地と話し合う事はしなかった。

 

「馬鹿だった・・・・俺は、刑事である前に、一人の父親だった。 もっと、家族の事を考えるべきだった・・・・。」

 

幾ら後悔しても後の祭りである。

当時は、頭が冷えれば帰って来るだろうと、軽く考えていた。

だが、例の関東一体を襲った大規模地震が、百地警部補の小さな幸せを全て奪ったのである。

 

「10年近く別居状態だったが、それでも子供達とは会えた・・・・長女は、結婚して家庭を持ち、次女は成人式を翌日に控えていた。」

「・・・・・。」

「あの糞ったれな震災が起こって、嫁さんと次女は、瓦礫に圧し潰されて即死した。長女は、都内から大分離れた場所で生活していたから、難を逃れる事が出来たが・・・・。」

 

それ以上は、言葉に出来なかった。

あの日の出来事は、昨日の様に想い出す事が出来る。

 

暗く冷たい霊安室。

幾つも並ぶ棺の列。

その前に佇む長女。

振り返ったその瞳は、父親に対する疑惑と怒りに満ちていた。

 

「何もかも無くなっちまった・・・・唯一生き残った長女に絶縁され、俺は天涯孤独の身になっちまったのさ。」

「だから、13代目に手を貸したんですか? 大規模なパンデミックが起こると分かっていて。」

 

余りにも理不尽な動機に、周防刑事は例える事が叶わぬ怒りがこみ上げる。

確かに、第二次関東大震災は、日本全土を襲う未曽有の大災害だった。

多くの人命が奪われ、国として一時的に機能出来なくなった。

それでも、人々は立ち上がり、日常生活が普通に営めるまで、復興したのである。

 

「お前の言う通りだ・・・・返す言葉なんざねぇ。」

「警部補・・・・。」

「でもな、あの時はこう思っちまったんだよ。 ”コイツを放置したら、どうなっちまうんだろう?”かと・・・・。」

「・・・・・。」

「自分が味わった”痛み”をコイツに与えたら、どんな風に壊れちまうのかと・・・そう考えたら、勝手に身体が動いていた。」

 

詳しい事情を聴く事も無く、百地警部補は、警察の監視が一番手薄な場所をキョウジに教えていた。

13代目の要望通りに動き、逃走ルートを確保し、密航船を用意し、昵懇にしていたグラマティクス社の幹部にキョウジの事を話した。

グラマティクス社は、東ヨーロッパを拠点に活動している秘密結社(イルミナティ)、『薔薇十字結社(ローゼンクロイツ)』の隠れ蓑である。

元々、キョウジはローゼンクロイツと面識があった為、彼等は諸手を上げて受け入れを歓迎した。

 

 

百地警部補と周防警部がいる個室から、少し離れた場所にあるラウンジ。

そこに、小さな妖精を肩に乗せた女職人(ハンドヴェルガー)が、ラウンジ内にある自販機の前にいた。

 

「どうしたんだぁ? シケた顔して。」

 

時間帯が遅い為、見舞客の姿は当然無い。

数台の自販機と来客用の丸いソファが置かれているだけであった。

そのソファの背凭れに座る小さな妖精の隣に、ニコが行儀悪く座る。

 

「・・・・・ニコ・・・・あの刑事さんと知り合いなんだ。」

 

缶コーヒーのプロトップを開け、喉へと流し込む女職人を横目で眺める。

因みに、同じ仲魔であるアラストルは、百地警部補の応急措置に大分魔力を消費した為、そこで力尽き、ライドウのGUMPへと強制送還されている。

 

「ああ、アタシが学生時代からの腐れ縁ってヤツさ。 」

 

百地警部補との付き合いは5年に及ぶ。

学生時代に学校を抜け出しては、悪さを繰り返すニコに対し、百地警部補は決して見捨てる事無く、根気強く付き合ってくれた。

学校を無事卒業後は、仕事の関係で、幾度か顔を合わせている。

 

「そっか・・・・・ニコの大事な人なんだね・・・・。」

 

精神感応力が高いマベルは、ニコがあの刑事を実の父親以上に慕っている事を分かってしまう。

だからこそ真実を言えない。

あの刑事が抱えている大きな闇を。

 

そんな迷いをマベルが抱えている時であった。

淡い照明が灯る廊下から、数名の足音が聞こえて来る。

縁無しの眼鏡を掛けた背の高いオールバックの男を先頭に、厳つい防護服に身を包んだ一目で警察関係者と分かる警官達が、ニコとマベルがいるラウンジを横切る。

手には重機関銃を形態しており、真っ直ぐに百地警部補がいる病室へと向かっていた。

 

「お・・・・奥原警視長・・・・何でアイツが? 」

 

防護服に身を包む特殊公安部隊を指揮する男を見た途端、マベルの顔から血の気が引いた。

奥原警視総監は、警視庁の対悪魔討伐特殊公安部隊を立ち上げた人間の一人だ。

周防警部と百地警部補の上司に当たり、かつては超国家機関『クズノハ』の暗部”八咫烏”に在籍していた。

 

「オッサン・・・・・。」

 

殺気立つ男達の気配に、ニコが何かを悟ったらしい。

呑み掛けの缶をテーブルに置いたまま、立ち上がる。

慌てた様子で百地警部補がいる病室へと向かう女職人の後を、小さな妖精が追い掛けた。

 

 

唐突に開かれる病室の出入り口。

対悪魔用の防護服に身を包んだ公安の刑事達が、室内へと雪崩れ込む。

訓練された一分の隙も無い動き。

次々と向けられるアサルトライフルと軍用拳銃の銃口。

ベッドに横たわる上司の傍に居た年若い刑事の表情が強張(こわば)る。

 

「久しぶりだな? 百地。」

「奥原・・・・。」

 

痛む身体を酷使し、百地警部補が起き上がる。

麻酔が効いているとはいえ、右肩から斬り裂かれた痛みが、断続的に壮年の刑事を苛(さいな)む。

 

「まさかお前がテロリストの片棒を担いでいたとはな・・・・・失望したぞ。」

 

ノーフレームの眼鏡越しから見える、冷酷な双眸。

 

百地警部補とは、奥原警視長が”八咫烏”に在籍している時に、幾度か顔を合わせている。

『悪魔の脅威から人間を護る』という確固たる信念を互いに持ちつつも、ソリが全く合わず、水と油の様な関係であった。

 

防護服に身を包んだ警官隊が、周防警部と百地警部補を取り囲む。

完全に退路を断たれ、逃げ場は無い。

 

「ま、待って下さい!奥原警視長! 百地警部補は先程まで意識不明の重体だったんですよ? 」

 

年若い警部が言う通り、百地は13代目に深手を負わされ、出血多量の重体だった。

あそこに、回復系に優れたマベルがいなかったら、確実に命を落としていただろう。

 

「だから何だ? 悪逆非道な犯罪者に情けをかけろと? 」

 

壮年の警部補を庇う若い刑事に、奥原は氷点下の如く、凍える視線を向ける。

途端、言葉を失う周防。

背後にいる百地が、何かを諦めたのか吐息を一つ吐く。

 

「周防、キョウジ達親子はまだ国外を出ていないのか? 」

 

百地警部補の言葉に、若い刑事は驚いて振り返る。

そんな部下の様子に、まだ親友は国内にいる事を悟り、百地は苦笑いを口元へと浮かべた。

 

「そうか・・・・なら仕方ない。」

 

突然、百地警部補は、部下の身体を羽交い絞めにする。

魔法の様な速さで、周防警部が携帯しているハンドガンを引き抜くと、その銃口を蟀谷(こめかみ)に押し当てた。

 

 

平崎市、臨海公園内。

そこでは、鎧を纏った騎士達が、互いの得物を手に壮絶な死闘を繰り広げていた。

 

「はぁあああっ!」

 

裂帛の気合と共に、赤身の鞘を持つ白銀の魔狼が一気に間合いを詰め、神器『草薙の剣』から連撃を放つ。

それを魔剣『冥府破月』で往なす、漆黒の魔狼。

造魔・シャドウを魔鎧化し、身に纏った13代目・葛葉キョウジである。

ライドウの放つ光速剣を全て弾き飛ばし、返しに重い一撃を放った。

橙色の火花を散らし、白銀の魔狼が真正面から受け止める。

 

「諦めろ! アンタに逃げ場は何処にも無いぞ! 」

 

左眼から、蒼い炎を噴き出す白銀の騎士。

体内に寄生している巫蟲の影響が出ている為か、面頬の右側がどす黒く変色していた。

 

「分かっているさ。それぐらい・・・・。」

 

怒りに燃える17代目と違い、キョウジはあくまで冷静だった。

 

この大規模なパンデミックを起こした当初から、無事に逃げ切ろう等と思った事は一度も無い。

『賢者の石』を使い瀕死のバージルを救う。

そして、愛息子を国外に出し、信頼のおける友人の元で保護して貰う。

その一念だけが、今、己を突き動かしていた。

 

金属同士がぶつかり合う、耳障りな音を響かせ、互いに大きく離れる。

実力は互角。

否、骸の膨大な魔力を得ているライドウの方が、やや有利であった。

神器『草薙の剣』を正眼に構え、対峙する漆黒の騎士を睨み据える。

 

「俺達、悪魔召喚術師(デビルサマナー)は、因果な商売だ・・・そうは、思わんか? 17代目。」

「・・・・・。」

「強力な悪魔を召喚する度に、感情を一つ一つ失っていく・・・・そして、最後は肉体そのものが変質し、本物の怪物になっちまう。」

 

独白とも取れるキョウジの言葉。

しかし、そのどれもが大変重く、ライドウ自身、共感出来る所が多々ある。

 

「俺達は、常にそんな恐怖と戦い続けて来た。 その過程で、多くの者達が闇に堕ち、シドみたいなダークサマナーになったんだ。」

 

シド・デイヴィス・・・・かつては、闇社会でその名を轟かせていた『ファントムソサエティ』に所属する悪魔召喚術師だった。

30数年前、秦氏の姫、”イナルナ姫”の膨大な魔力を手中に納め、世界全体を異界化させようと大規模なパンデミックを起こした。

しかし、13代目・葛葉キョウジに阻止され、重症を負い敗走。

組織からも見放されたシドは、一時地下へと潜り、力を付け、十数年後、アメリカのスラム街に再び現れ、古の塔”テメンニグル”を復活させた。

 

「だから何だ? 闇に堕ちるのは、確固たる信念が無い弱者だ! アンタもその一人だと言いたいのか? 」

「そうだ、俺は・・・否、俺達悪魔召喚術師は弱いんだよ、17代目。」

 

何かに縋るモノが無ければ、我々は真っ直ぐ立つ事すらも叶わない。

キョウジにとって、葛葉一族の掟よりも、バージルと言う『家族』を護る事が大事だった。

幼い少年の手を握り、生きる為の糧を教え、共に生きた歳月のお陰で、キョウジは人間の心を失わずにいる。

 

「例え咎人になろうが、同胞を殺害しようが、俺は家族を護ると誓った。」

「愚かだ! 」

 

一気に間合いを詰め、必殺の一撃を放つ。

それを受け止めるキョウジ。

大地が大きく割れ、衝撃波で樹々が薙ぎ倒されていく。

 

「ならば鋼牙はどうする? 貴方を慕って”組織”に入った若者達は? 彼等の想いを裏切って、貴方は何とも思わないのか? 」

 

キョウジの吐く言葉が、どれも薄汚く欺瞞に満ちている様に聞こえる。

理由の分からぬ怒りが腹腔内を荒れ狂い、口から炎の吐息を吐きだす。

 

「すまないとは、思っている。」

 

怒りの連撃を受け流しつつ、キョウジは深く瞑目する。

 

鋼牙も”葛葉”の門をくぐった門下生達も、彼にとっては『大事な家族』だ。

彼等の想いに報いるのも大事な役目だと承知している。

 

「分かっているのなら、何故裏切った! 」

「決まってる、俺にとってバージルも大事な家族だからだ・・・見殺しにする事等、俺には出来ない。」

「黙れ! 偽善者め!! 」

 

草薙の剣から放たれる斬撃が、漆黒の鎧を身に着ける魔狼の右肩を斬り裂く。

真っ赤な血を噴き出し、二歩、三歩と後退する黒騎士。

ライドウが火炎系上級魔法”アギダイン”を唱えて追撃する。

光速展開した法陣から放たれる炎の龍。

凶悪な顎を開き、獲物を呑み込まんとする龍を、漆黒の鎧を纏う魔狼が、一刀両断で斬り捨てる。

 

「なぁ、17代目。 お前さんにも大事な家族がいるだろ? 」

「・・・・・っ! 」

「ハルちゃんだったか・・・・月子の忘れ形見。」

「黙れ! 」

 

愛娘の名前が出た途端、ライドウの中で、張り詰めていた何かがキレた。

大地を踏み割り、白銀の閃光と化した白騎士が神器”草薙の剣”で鋭い刺突を放つ。

それを魔法剣”冥府破月”で受け止めるキョウジ。

橙色の火花が散り、数メートル地面を削り取って停止する。

 

「お前さんがやろうとした事と、俺がやった事は同じだと思うんだがな? 」

「・・・・・。」

「娘を”人柱”にしたくなかった・・・70億の人類を見捨てても、我が子の命を救おうとした・・・違うか? 」

 

本心を無遠慮に暴かれ、ライドウは怒りと迷いが入り混じる双眸を、眼前にいる黒き魔狼へと向ける。

獣を象った面頬の窪んだ眼窩から覗く双眸は、あくまで穏やかだった。

そこに何の戸惑いすらも無い。

 

「今回の事件は、全て俺の一存でやった。 首はお前さんにくれてやる。」

 

ライドウが持つ草薙の剣の刀身を無造作に掴み、己の首に押し当てる。

肉が斬れる感触。

鈍色に光る刀身を真っ赤な血が伝い落ちる。

 

キョウジは、既に死を覚悟している。

『賢者の石』を使い、破壊された息子の心臓と肉体を無事、再生させた事で、彼の目的は幾らか達成していた。

後の心残りは、愛息子のバージルが、無事、生きて日本から脱出する事。

 

暫しの沈黙。

何処までも穏やかなキョウジと違い、ライドウは激しく動揺していた。

獣の面頬から覗く双眸が忙しなく揺れ、刀を握る手が震える。

後、少し。

ほんの僅か、力を込めるだけで、目の前の憎い男を殺す事が出来る。

だが、それが出来ない。

脳裏に浮かぶのは、修業時代の想い出ばかり。

キョウジに稽古をつけて貰う二人の少年。

「兄様」と慕い、抱き着く長い黒髪の美少女。

 

「だ・・・・駄目だ・・・・出来ないよ・・・キョウジさん。」

 

神器の柄から手を離し、ガックリと地へと膝を折る。

戦意喪失した為か、白銀の鎧は霧散し、真紅の呪術帯で顔を覆った人間体へと戻る。

 

「あ・・・・アンタは、俺や三太・・・・同期の奴等の憧れだった・・・皆、アンタの背中を追い掛けた。」

 

唯一覗く、右の隻眼から涙の粒がボロボロと零れ落ちる。

 

泥水を啜り、暗闇の中を這い回るライドウにとって、13代目・葛葉キョウジは眩しい太陽の様な存在であった。

”八咫烏”に入り、初代剣聖・鶴姫の指導を受け、暗殺者(アサシン)の中でも精鋭部隊の集まりである『十二夜叉大将』に抜擢された。

毘羯羅大将の銘(な)を骸から頂き、『クズノハ』の為に暗殺稼業に明け暮れた。

何の苦労も知らず、蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)の直系の血筋であるが故に、周りからもてはやされるキョウジを妬んだ。

恩人とも呼べる桜井雅宏を殺害した『ファントムソサエティ』への報復を忘れ、只、キョウジを超える存在になろうと努(つと)めた。

狭量で浅はかで、愚かな自分。

 

「だから言っただろう・・・お前じゃこの男を殺す事は出来ない。」

 

そんな二人の間に、何者かが、無遠慮に割って入る。

キョウジが、神器”草薙の剣”から手を離すと、刀自体意志でも宿っているのか、暗闇に佇む人物へと吸い寄せられていく。

 

「む・・・・骸・・・・何で此処に? 」

「偶には、外の空気を吸いたいからな・・・・それに・・・・。」

 

月明かりに照らされ、姿を現したのは、十二夜叉大将の長、『薬師如来』の名を持つ男であった。

蝋細工の如き、白い肌と濡れ羽色の長い黒髪。

紅を引いた様な赤い唇が弧の形をしている。

 

「やはり、造り物の月より、本物の方が数倍美しい。」

 

手元に戻って来た愛刀を一振りし、左手に持つ赤身の鞘へと納める。

 

「骸・・・・・。」

 

帝国議事堂の地下に住む魔人の登場に、キョウジの身体から常には無い、殺気が漏れ出る。

そんな漆黒の魔狼の様子に、骸は微かな微笑を口元へと浮かべた。

 

「ダヴェドの皇子と一緒になって、姉上の大事な庭を此処まで汚すとはな・・・・正直、お前には愛想が尽きたぞ? 13代目。」

 

紅玉の如き双眸が怪しく光る。

刹那、鮮血が地面を真っ赤に汚した。

不可視の刃が、漆黒の魔狼の四肢を斬り裂いたのだ。

衝撃で魔鎧化が解け、造魔・シャドウが地へと転がる。

 

「キョウジさん! 」

 

四肢を斬り裂かれ、地面に膝を付く壮年の探偵を護るかの如く、ライドウが骸の眼前へと立つ。

炎の法陣が幾つも展開。

骸の退路を完全に断つ形で、周囲を取り囲む。

 

「一体、何の真似だ? ナナシ。」

 

愛人の思わぬ暴挙に、骸の秀麗な眉根が不快気に歪む。

 

「13代目を殺すのは俺だ! アンタは引っ込んでろ! 」

 

露わになった左眼の魔眼から、蒼い炎が噴き出す。

13代目・葛葉キョウジは、日乃本を護る守護者の一人でありながら、己の欲望に従い、多くの民人を殺害し、『賢者の石』の贄へと変えた。

十分、万死に値する行為ではあるが、ライドウはどうしても粛清する事が出来ない。

それどころか、咎人を護り、主人に牙すら向けている。

骸にとっては、理解し難い行動であった。

 

「止せ、 これ以上俺に構うな。」

「うるせぇ! アンタが死んだら、月子に合わせる顔がねぇ! 」

 

退(ど)く訳にはいかない。

例えどんな悪逆非道な行いをした咎人でも、月子が慕った縁者である事に違いは無いのだ。

出来る事ならば生きていて欲しい。

しかし、罪なき人々を殺害した犯人である事に違いは無い。

相反する二つの思考に、ライドウは呪術帯に覆われた唇を噛み締める。

 

と、突然、想像を絶する激痛が、ライドウの身体を襲った。

右の蟀谷から首筋にかけて、どす黒い痣が浮き出し、まるで百足の如く、体内を這い回る。

術者の異常に、骸を取り囲んでいた炎の法陣が霧散。

頭を抱え、ライドウの身体が地へと堕ちる。

 

「雨宮!! 」

 

地面の上でのたうち回るライドウの身体を、キョウジが抱き起した。

骸によって埋め込まれた巫蟲が体内で暴れ回っているのか、ライドウの鼻腔と右眼から血が流れ出し、白目を剥いて痙攣している。

 

「お前の生殺与奪を握っているのが誰か、もう一度教える必要があるな? 」

 

冷酷な深紅の双眸が、キョウジの腕の中でもがき苦しむ愛人へと注がれる。

 

正直、不愉快だった。

懐かぬ猫を力で捻じ伏せるのは、ある種、快感だったが、それが度を超すと、怒りと憎しみしかわかない。

こんな感情に支配されたのは、数千年振りであった。

 

「止めろ!月読尊(ツクヨミ)! 弟の須佐を殺すつもりか? 」

 

キョウジの鋭い双眸が、目の前で対峙する蝋細工の如く白い肌をした美青年を睨む。

 

「人間(ヒト)の欲望に負け、愚行に走ったお前に言われる筋合い等は無いのだがなぁ? 建御雷神(タケミカヅチ)。」

 

人間の理(ことわり)を捨て、天津神の一人として骸は、問い掛ける。

骸の指示で、巫蟲の動きが収まったのか、ライドウは糸の切れた人形の様に意識を失った。

 

「天津神としての俺は、2千年前の大戦で死んだ。 今、此処にいるのは、人間の建御・渉(たけみ・わたる)だ。」

「ふん・・・下らん屁理屈を。」

 

見下ろす裏切者の顔が、2千年前の最終戦争で共に戦った同志と重なる。

我々、神族に物理的死は存在しない。

器が壊れれば、また違う器に変わるだけの話だ。

 

「姉上は、お前の所業についてお心を大変、痛めている・・・償うには、バージルとかいう若造の首を差し出すしかない。」

「バージルは、関係ない。 代償を求めるなら、今すぐ俺の首を天照に持って行け。」

「お前の首・・・・? そんな程度で償えるとでも? 」

 

この雷と剣の神は、相当、あの銀髪の若者にご執心の様だ。

骸にとっては、路傍の石程度の存在でしか無いが、養父のキョウジはそうではない。

当初は、知り合いから預かった子供だったが、次第に我が子としての愛情を持つまでになった。

常に正気と狂気が入り乱れる召喚術師の世界で、バージルと言う若者は、たった一つの寄る辺だったのだろう。

 

「いくら堕ちたとはいえ、お前は我等、天津神の一柱である事に変わりは無い。姉上もお前の事に関しては、特別な感情を持っている。」

 

何かの諦めたのか、骸はそこで一つ息を吐いた。

 

今回の一件に関し、実姉である天照大御神は、建御雷神の処分をどうするか決めあぐねている。

此処で首を刎(は)ねるのは、容易いが、その後の姉の悲しむ顔を見るのは、流石に忍びない。

 

「このまま大人しく消えろ・・・・二度とこの国の地を踏む事は赦さぬ・・・それが、お前が姉上に出来る最低限の償いだ。」

 

冷酷非道な”人喰い龍”が出した最大級の恩情に、気を失ったライドウを木の根に寝かせるキョウジは、思わず苦笑いを浮かべた。

 

「スマンな・・・。」

 

血塗れの探偵は、立ち上がると愛用のGUMPを取り出し、地に横たわる仲魔のシャドウをストックに戻す。

振り返ったその表情は、何処か憑き物が落ちた様な清々しい笑顔をしていた。

 

 

 

平崎市臨海病院の一室。

部下である周防の蟀谷に拳銃を突きつけた百地警部補が、奥原警視長率いる公安の特殊部隊を牽制しつつ、廊下へと出ていた。

 

「オッサン・・・・。」

 

ラウンジから、百地警部補がいる病室へと向かっていたニコは、予想もしない光景に唖然となる。

その傍らにいる小さな妖精も、言葉を失い立ち尽くしていた。

 

「百地、馬鹿な真似は止めろ。」

「悪いな? 奥原・・・・俺の最期の悪足掻きに付き合って貰うぜ? 」

 

全身を襲う苦痛に脂汗を浮かべた壮年の刑事が、苦笑いを浮かべる。

 

部下を人質に捕ったところで、時間稼ぎにもならない事は十二分に理解している。

しかし、八方塞がりな今の現状で取れる唯一の行為が、コレしか無かったのだ。

5分でも1分でも構わない。

キョウジとその息子であるバージルが、国外へと出る時間稼ぎになれば、それで良いのだ。

 

「・・・・・分からんな。 何故、そうまでして13代目・葛葉キョウジを護ろうとするんだ? お前には何の得にもならんだろうに。」

「得? はっ・・・・男同士の友情に、損得なんざぁ関係ねぇ。」

 

奥原警視長率いる公安部隊の足止めをする為、壮年の刑事は、あからさまな挑発を続ける。

そんな上司の態度に、羽交い絞めにされている周防警部は複雑な表情をしていた。

 

「百地警部補・・・・まさか、貴方は・・・・。」

「すっ・・・・すまねぇな? 周防、俺の下らねぇ意地にお前まで巻き込んじまった。」

「警部補・・・・。」

 

この男は死ぬ気だ。

周防警部がその気になれば、何時でも振り解く事は出来る。

しかし、そんな真似をすれば、信頼し、尊敬する上司が、どうなってしまうのか分からない。

公安部隊が、上手く取り押さえる事が出来ればそれで良い。

だが、もし失敗すれば・・・・。

 

「オッサン!! 」

 

廊下から聞こえる女職人(ハンドヴェルガー)の声に、周防は現実へと引き戻される。

見ると、二人の背後に、顔面を蒼白にさせてニコが立っていた。

 

「ニコレッタ・・・・。」

 

百地警部補の視線が、女職人(ハンドヴェルガー)へと向く。

そのコンマ何秒かの隙を見逃す警視長では無かった。

右手に持つ愛刀『柳生の大太刀』を鞘から引き抜き、光速を超える斬撃を放つ。

斬り落とされる百地警部補の左腕。

真っ赤な鮮血が散り、周防警部補の身体が離れる。

その隙間をすり抜ける鈍色の太刀。

刀の切っ先が、壮年の刑事を貫き、背中へと抜ける。

 

「オッサン!! 」

「警部補!! 」

 

奥原警視長が繰り出した刺突が、百地警部補の心臓へと突き立つ。

驚愕に見開かれる百地警部補の双眸。

そんな壮年の刑事を、冷酷な眼差しで奥原警視長が見下ろす。

 

「家族に対する贖罪か? 百地。 哀れな奴め。」

 

口から血の泡(あぶく)を吹き出す壮年の刑事から、愛刀を引き抜く。

胸を抑え頽(くずお)れる刑事。

ニコの悲鳴が、病院の廊下に虚しく響く。

 




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