偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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登場人物紹介

J・Dモリソン・・・・ 闇の請負人(ダークブローカー)。
密航等の”逃がし屋”もしており、同業者のマリーの依頼で日本にやって来た。


悪魔特捜隊・・・・警視庁が持つ対悪魔公安部隊。
構成員が全て特Aクラスの術者や剣士で構成されているエリート部隊。
かつて周防克哉警部も此処に配属されていた。



第29話 『 終わりと始まり 』★

平崎市古墳大迷宮前。

後味の悪い想いを噛み締めながら、ネロ達は古墳から外へと出る。

 

事件の首謀者の一人であるアンブローズ・マーリンは、玄武と白虎が率いる『十二夜叉大将』によって囚われた。

”探偵部”の仲間である壬生・鋼牙は、マーリンの複製体を追い掛け、臨海公園へ。

その後を、17代目・葛葉ライドウと仮番であるダンテも追っている。

 

「取り合えず、俺は臨海公園に向かう。 17代目は兎も角、鋼牙の奴が心配だからな。」

 

明が、ベルトに着けてあるポーチからスマホを取り出し、何桁か打ち込む。

 

「行ったところで、そこに17代目達はいない。 向かうなら大井埠頭だな。」

「大井埠頭? 」

 

鶴姫の言葉に、ネロが訝し気な表情で問い掛ける。

 

「そこに強い”気”を二つ感じるからだ・・・・スパーダの小倅・・・17代目の仮番もそこに向かっている。」

 

流石は、神と言ったところか、優れた感知能力で今現在のライドウ達の位置を意図も容易く割り出してしまう。

 

「そうか・・・・ならグズグズしている暇はねぇ。」

 

スマホをウェストポーチに仕舞うのと、遥か上空から、ジェットエンジンの轟音を轟かせ、何かが此方へと向かって来るのはほぼ同時であった。

2メートルを遥かに超える巨大な影。

それは、人型形態へと変形したモンスター・バイクであった。

真紅の外装をしたロボットは、主の傍らへと着陸すると、元のモーターラッド形態へと戻る。

 

「凄ぇな・・・・何でもアリかよ。」

 

まるで、映画でも見ている様な気分であった。

ネロは、少々引き攣った表情で、モンスター・バイクへと跨る探偵部の仲間を眺める。

 

「アンタは、どうする? 」

 

自立型変形ドロイド・・・・『ルージュ』に跨る明は、美貌の女剣士へと視線を向けた。

 

「私は、墓所に戻る。 少し疲れた。」

 

甥であるマーリンが、骸の手に堕ちた事で、自分の成すべき役目は無くなった。

出来る事ならば、自分の手でケリをつけてやりたかったが、『賢者の石』を精製する方法を唯一知るマーリンを骸が放置する筈が無い。

最悪なシナリオが脳裏を過るが、今の無力な自分では、どうする事も出来なかった。

 

「ま、待ってくれよ・・・俺も一緒に・・・・。」

 

ハンドルを握り、エンジンを吹かすクラスメートに、ネロは慌てて後部座席へと座ろうとする。

と、突然、呻き声を上げて、頭を抱えると、地面に蹲(うずくま)った。

 

「どうした? 小僧。」

 

ネロの異変に、鶴姫が膝を折って、その顔を覗き込む。

 

「し・・・・死んだ・・・・あの刑事のオッサンが・・・・。」

 

苦し気に胸を抑え、双眸からボロボロと涙を流す。

傍から聞けば、全く的を得ていない言葉の羅列に過ぎなかった。

しかし、鶴姫だけは、『あの刑事』というネロの言葉だけで、古くから付き合いがある百地・英雄警部補が死亡した事を悟った。

 

 

数分前、平崎市臨海病院、西病棟。

右腕を斬り落とされた壮年の刑事が、フレーム無のオールバックと黒い背広を着た40代半ばの男に、やや反り返った特徴的な刀で、胸を貫かれていた。

 

「家族に対する贖罪か? 百地。 哀れな奴め。」

 

眼鏡越しに見える冷酷な双眸が、夥しい量の血を吐血する同僚を無感情に眺める。

ゆっくりと引き抜かれる鈍色の刀身。

百地警部補の身体が、スローモーションの様に、冷たいリノリウムの床へと崩れ落ちる。

 

「オッサン!! 」

 

血の気を完全に失い、ニコレッタ・ゴールドスタインが、倒れた刑事の元へと駆け寄る。

その様子を顔面蒼白で見つめるマベル。

奥原・修一郎警視長の刀は、確実に警部補の心臓を貫いていた。

あの傷では、上級治癒魔法を使用しても助ける事が出来ない。

 

「オッサン! オッサン! 」

 

血塗れの警部補の身体を、ニコが懸命に揺らす。

半分見開いた状態の双眸は、既に命の火が消え、誰の目から見ても、警部補が死亡している事が理解出来た。

そんな女職人(ハンドヴェルガー)と同僚を冷たく見下ろす奥原警視長。

すぐに興味を失い、部下に死体処理班を呼ぶ様指示を出す。

 

「な・・・・何故ですか? 何故、百地警部補を・・・・。」

 

暫しの間、放心状態だった周防・克哉警部は、激しい怒りと非難の眼を黒い背広を着た上司へと向ける。

 

殺す必要は無かった。

瀕死の重傷を負った警部補の拘束等、何時でも振り解く事は可能だった。

 

「奴は銃を持っていた・・・・だから正当防衛の為に処分した・・・それだけだ。」

 

「処分」という言葉に、周防は目の前が真っ赤に染まる。

激しい怒りに理性が飛び、無意識に眼鏡の男の胸倉を掴み上げていた。

 

「克哉! 駄目!!」

 

今にも上司を殴り飛ばそうとする色眼鏡の年若い刑事を、小さな妖精が必死で止める。

ギリギリと唇を噛み締める刑事。

胸倉を掴まれた眼鏡の刑事が、そんな部下を無感情で眺めている。

周囲にいる特殊公安部隊の面々が、周防を取り押さえ様とするが、それを意外にも眼鏡の男が止めた。

 

「あ、貴方の言っている事は正しい・・・・しかし・・・だからこそ”対話”での説得を優先して欲しかった。」

 

震える手を抑え、掴んでいた胸倉から手を離す。

周囲を取り囲む公安部隊が、迅速に反応。

周防警部の両腕を後ろに回し、手錠を嵌(は)め、未だ百地警部補の死体に泣き縋る女職人を有無を言わせず引き剥がす。

 

「畜生! オッサンに触るんじゃねぇよ! 糞野郎共!! 」

 

髪を振り乱し、ニコが暴れる。

だが、所詮、か弱い抵抗でしか無かった。

幾ら暴れても掴まれた両腕を振り解く事は叶わず、口惜し気に、特殊公安部隊に運ばれていく百地警部補の死体を眺めるしか無かった。

 

 

 

同時刻、大井埠頭。

まるで壁の様に積み重なるコンテナヤード内で、バージルと壬生・鋼牙が凄まじい死闘を繰り広げていた。

交錯する二振りの太刀。

橙色の火花が散り、発生する真空刃がコンクリートの地面を抉る。

 

(糞っ! この小僧、本当に人間なのか!?)

 

臨海公園でも数合撃ち合ったが、鋼牙の強さは、人間のレベルを遥かに超えていた。

闘気術で、膂力を数倍に底上げしてはいるが、所詮は人間。

伝説の魔剣士”スパーダ”の優秀な血を引く自分なら、簡単に取り押さえる事が出来るだろうと高を括っていたのが大間違いだった。

意識外からの斬撃が、バージルの脚を斬り裂き、右肩から血が噴き出す。

 

「ぐあっ! 」

 

バランスを崩し、地へと膝を折るバージル。

その首筋に、『備前長船』の銀色に光る刀身が押し当てられる。

 

「大人しくして下さいよ・・・・抵抗するとその分、苦痛が長引きますよ? 」

 

疲労困憊なバージルと違い、鋼牙は息一つすら乱してはいなかった。

黒いフレームの眼鏡越しに、口惜し気に此方を見上げる兄弟子を、冷たく眺める。

 

「流石、父さんが選んだだけあるな・・・・強い。」

 

実力の差は歴然としていた。

鋼牙は、鬼人化していない。

にも拘わらず、自分はこの少年に一太刀すら返す事が叶わないでいる。

悔しいが認めてやる。

コイツは、本物の”天才”だ。

 

「おい! 止せって鋼牙! 親父さんに恨まれるぞ! 」

 

死を覚悟したバージルを救ったのは、養父・・・13代目・葛葉キョウジの仲魔である造魔・グリフォンであった。

闇の仲介屋(ダーク・ブローカー)の如月・マリーが逸早くコンテナ・ヤードから姿を消してしまった為、止む無く二人の喧嘩を仲裁する羽目になった。

 

「なぁ? 親父さんにとってバージルは大事な息子なんだ、此処は、見逃して・・・・。」

 

煩く少年の周りを飛び回る黒毛の大鷲の身体が、突然、コンテナの硬い壁へと叩きつけられた。

鋼牙が、指弾(しだん)を放ち、鷲型の造魔を吹き飛ばしたのだ。

 

「煩い、僕に命令するな。」

 

感情が全く篭らぬ絶対零度の如き、冷たい声。

そこに、常に礼儀正しく、飄々とした黒縁眼鏡の少年の面影は微塵として無かった。

 

「僕は貴方の事何て知らない・・・・当然、貴方も僕と師匠の関係を知らないでしょ? 」

「・・・・・。」

「それで良いんだ・・・・だって、その方が、相手の命を刈り取るのに、何の躊躇いも必要無くなる。」

 

備前長船の刀身に、少年の闘気が流れ込む。

蒼白く光る刃。

バージルの首を斬り落とさんと繰り出される必殺の斬撃を、何処からともなく飛来した鋼の牙が邪魔をした。

数発の銃弾を、鋼牙が悉(ことごと)く刀で撃ち落とす。

 

「そこまでだぜ? 探偵小僧。」

 

上空から、地へと華麗に降り立ったのは、目の覚める様な銀色の髪をした赤い長外套(ロングコート)の男‐ ダンテだった。

両手に巨大なハンドガン‐ エボニー&アイボリーを持ち、銃口を黒縁眼鏡の少年へと向けている。

 

「ソイツは、俺の獲物なんでね? 大人しく・・・・。」

 

何時もの軽口は、鋼牙の斬撃によって遮(さえぎ)られた。

備前長船を駆り、光速の連撃を放ったのだ。

咄嗟に、真横に跳んで躱すダンテ。

身に纏う長外套の裾が斬り裂かれる。

 

「こ、このガ・・・・。」

 

闘気を纏った鉛筆の速射砲に、悪態を吐く余裕すらも無い。

鉄のコンテナに大穴が幾つも穿たれ、コンクリートの地面が抉れる。

 

「僕の邪魔をするなら、貴方も容赦しませんよ? ダンテさん。」

 

大剣『リベリオン』を盾に、粗い息を大きく吐き出す銀髪の魔狩人を、鋼牙が冷たく眺める。

言葉による懐柔等、壬生家の後継者には、無駄であった。

バージルの首を持ち帰り、主である十二夜叉大将の長、骸へと差し出し、師である13代目・葛葉キョウジの潔白を証明する事に躍起になっている。

 

その時、身を貫く殺気に、鋼牙は備前長船を構えた。

数秒間ではあるが、乱入者に対して意識が向いた為、好機と判断されたらしい。

バージルの持つ魔具『閻魔刀』と神器『備前長船』の刀身から、橙色の火花が散る。

 

「言っておくがな、小僧。 俺の首はそう易々と手には入らないからな。」

「良いですよ、その方が、薄汚い悪魔を処分するのに、何の気兼ねも無くなる。」

 

すぐに離れ、光速を超える互いの連撃が、火花の雨を降らす。

 

「止めろよ!二人共! こんな事しても親父さんは喜ばねぇぞ! 」

 

殺し合いを再び始めた二人の弟子を、キョウジの仲魔であるグリフォンが悲鳴を上げて止めに入る。

 

二人の師であるキョウジにとって、バージルも鋼牙も目の中に入れても痛くない程、可愛い教え子達だ。

そんな二人が、キョウジの教えた剣技を繰り出し、死闘を演じている。

正に悪夢と言って良い程の悲惨な光景であった。

 

そんな二人に向かって放たれる鋼の弾丸。

バージルと鋼牙は、得物である日本刀を華麗に操り、凶悪な鋼の牙を全て叩き落とす。

 

「全く、今日ほどムカつく日は、初めてだぜ。」

 

怒りに秀麗な眉根を歪ませ、ダンテが対峙する二人を睨み付ける。

 

腹腔内に溜め込んでいた怒りのマグマが、爆発寸前であった。

主である17代目・葛葉ライドウの命令など糞喰らえ。

二人共、半死半生にして主の元へと引きずってやる。

 

真魔人化するダンテに呼応するかの如く、鋼牙とバージルの二人が異形の姿へと変わる。

三つ巴の戦いが始まった。

 

 

大井埠頭から感じる巨大な気のうねり。

二つの大きな”気”は、キョウジの愛弟子であるバージルと鋼牙のモノだろう。

しかし、もう一つの膨大な魔力の持ち主に、壮年の探偵は焦りを覚える。

この魔力は、稲荷丸古墳で自分に噛みついて来た半人半魔のモノだ。

17代目・葛葉ライドウの仮番であり、義理の息子であるバージルの双子の弟。

 

「何とか間に合ってくれ。 」

 

大井埠頭に向け、モンスターバイクの形態へと変形した造魔・ナイトメアを駆る。

ハンドルを握る手に力が篭(こも)った。

 

 

同時刻、臨海病院に向けて疾走する深紅の車体をした大型バイクの姿があった。

見事な銀色の髪を持つ少年‐ネロと、目元が隠れる程、長い前髪をした少年‐ 遠野・明であった。

ライドウの仲魔である、ハイピクシーのマベルの思念を敏感に感じ取ったネロが、鋼牙の事を初代剣聖である鶴姫に任せ、一路、明と共に警視庁の刑事である百地・英雄警部補が収容された臨海病院へと向かう事にした。

 

大型バイクを走らせる事、約二十数分。

目的地に到着した少年二人は、数台の警察車両が病院前に停車している事に驚きを覚えた。

何処か、不穏な空気を漂わせる病院前の様子に、二人共眉根を寄せる。

一目で警察関係者と分かる防護服を着た隊員二人が、黒い袋を担架に乗せ、病院正面入り口から出て来るのが見えた。

アサルトライフル等の銃器で武装した隊員達に守られ、鋼の光沢を持つ装甲車に死体袋を乗せた担架を入れる。

 

「ネローっ! 」

 

そんな物々しい様子を茫然と眺めるネロの耳に、マベルの声が聞こえた。

振り返ると、泣き濡れた顔をした小さな妖精が、胸元へと縋りついてくる。

 

「ま、マベル・・・・ニコの奴は一体何処に・・・。」

「畜生! 離せって言ってんだろ! 」

 

突然の出来事に戸惑うネロの耳に、女職人(ハンドヴェルガー)の怒鳴り声が聞こえた。

見ると、防護服に身を包む隊員に後ろ手に拘束されたニコが、無理矢理警察車両に乗せられ様としている姿が見える。

 

「ニコ! 」

 

慌てて駆け寄るネロと明。

しかし、その眼前を重武装した警視庁の対悪魔掃討部隊の隊員達が立ちはだかる。

 

「何だよ!? コイツ等! 」

「警視庁の悪魔特捜隊だ・・・隊員の殆どが特Aクラスの奴等で構成されている。」

 

あまりに理不尽な光景に、怒りで歯を剥き出しにするネロに、明が簡単に解説してやる。

長い前髪の下から覗く鋭い眼光が、隊員達から数歩離れた位置に立つ一人の男に向けられた。

黒い背広に身を包み、縁無しの眼鏡に右手には、やや反り返った刀身が特徴的な日本刀を持っている。

 

「・・・・毘羯羅大将か・・・久しぶりだな。」

「真達羅・・・・・。」

 

髪を後ろに撫でつけた40代半ばぐらいの背広の男も、明達の存在に気が付いたらしい。

悪魔特捜隊司令、奥原警視長は、まるで硝子細工の如く、無機質な光を放つ双眸を二人の少年へと向けた。

 

「知り合いか? 」

「ああ・・・俺の元同僚だ。」

 

明は、ネロにそれだけ応えると、目の前に立つ隊員達を押し退け、奥原警視長へと一歩近づく。

途端に、重武装した隊員達が、明とネロの二人を取り囲んだ。

 

「何があったか知らないが、彼女はこの事件とは関係ない。すぐに解放しろ。」

 

アサルトライフルの銃口が向けられても尚、明は全く動ずる様子は微塵と見せる事は無かった。

鋭い眼光が、自分より一回り以上離れている黒い背広の男へと向けられている。

 

「そうはいかん。この女は犯人の一人と昵懇(じっこん)にしていた。調べる必要がある。」

「犯人? どういう事だよ? 」

 

奥原警視長が言っている意味が全く理解出来ない。

否、理解は出来る。

マベルの眼から通して、あの悲惨な映像を無理矢理見せつけられたのだ。

この男が、百地警部補を殺害した。

あの右手に持つ日本刀を使って。

 

「理由は・・・・私が説明するより、そのピクシーに聞いた方が良いんじゃないか? 」

 

奥原警視長の冷たい視線が、ネロの肩に座る小さな妖精へと向けられる。

ネロと明、二人の視線を向けられ、真っ青になるマベル。

仕方なく、しどろもどろになりながらも、事の経緯を二人に語って聞かせる。

 

百地警部補が、実は裏で平崎区と世田谷区で起きた大規模な悪魔によるパンデミックを引き起こした首謀者の一人、13代目・葛葉キョウジと繋がっていた事。

警察が内通者がいると疑っていた事。

自分の存在が知られるのも時間の問題だと判断し、百地警部補が13代目に「自分を殺せ。」と指示を出していた事。

 

「嘘だろ・・・・何であの刑事さんが? 」

「警部補は、家族を失う苦しみを13代目に味わって欲しく無いと思っていたからよ。 キョウジに対してある種のシンパシーを感じていたのね。」

 

それがどんな結果を生んでしまうのか、分からない筈が無い。

現に大勢の人間が、このパンデミックで失われた。

百地警部補は、その罪をキョウジの代わりに背負って死ぬつもりだったのだろう。

 

「下らん。 人間一人救うのに、大勢の罪なき人命が失われた。 私に言わせれば、独り善がりの狂人の戯言だ。」

 

奥原警視長は、心底呆れた様子で、眼鏡を押し上げ、位置を正す。

 

警視長が言っている言葉は正しい。

何の事情も知らず、クリフォトサップリングの餌食となった市民達にとっては、二人の取った行いは、大規模テロ以外の何者でもない。

 

「分かったのなら、もう帰り給え。見たところ、君達は未成年だろ。」

 

もう用は済んだとばかりに、奥原警視長はネロと明に背を向ける。

彼にとって、これ以上の問答は時間の無駄であった。

 

「ニコはどうするつもりだ? 」

 

尚も喰い下がる明。

明が言う通り、今回の一件でニコは全くの無関係である。

いくら百地警部補の知り合いとはいえ、あの扱いはあまりにも理不尽だ。

 

「大丈夫、取り調べが一通り済んだら、私が責任をもって、君達の所へ帰すよ。」

 

そう応えたのは、奥原警視長ではなく、色眼鏡を掛けた年若い青年刑事であった。

信頼し、又、尊敬する警部補を失い、大分顔色が悪い。

それでも、悪魔特捜隊の連中に弱味を見せるのは尺なのか、気丈に振る舞っていた。

 

「分かった・・・・アンタがそう言うならな。」

 

まだ何か言い足りないネロを促し、明は乗って来たモンスターバイクへと向かう。

そんな二人の少年達の後姿を、周防警部はやるせない気分で眺めていた。

 

 

大井埠頭、コンテナターミナル。

まるで壁の如く積み上げられたコンテナの群れ。

そこでは、想像を絶する死闘が繰り広げられていた。

 

魔具『閻魔刀』から繰り出される連撃。

それらを受け流し、神器『備前長船』がカウンターの一撃を放つ。

真っ二つに斬り落とされる鉄の箱。

双子の巨銃‐ エボニー&アイボリーの銃口から、鉛の弾丸が吐き出され、二振りの刀が全て叩き落としてしまう。

 

「やべーって、これガチでヤバイってよ。」

 

最早人の域を軽く超えた三人の死闘に、造魔・グリフォンは真っ青になる。

コンクリートの地面が抉れ、コンテナの塔が幾つか破壊されている。

このまま、無駄な戦いが続けば、騒ぎを聞きつけた港の作業員に知られるのも時間の問題だろう。

 

そんな時、不意に巨大な魔力の気配を察知した。

見上げると美しい月の光をバックに、小柄な影が舞い降りる。

 

「喝!! 」

 

死闘を繰り広げる魔人達の中央に降り立った着流しを纏う美貌の女剣士は、凄まじい闘気の衝撃波を放った。

不意を突かれ、吹き飛ばされる三人の男達。

成す術も無く、地へと叩きつけられ、それぞれ魔人化が解ける。

 

「全く・・・・この愚か者共が。」

 

濡れ羽色の美しい黒髪を頭頂で結わえ、大胆に胸元が開いた着流しを着る女剣士は、地面に這いつくばる三人の男達を見下ろす。

初代剣聖・鶴姫だった。

平崎市古墳前でネロ達と別れた美貌の女剣士は、バージル達がいるであろう大井埠頭にやって来たのだ。

 

「わ・・・・ワン公。」

「鶴姫だ。 」

 

衝撃波をまともに喰らい、未だ立ち上がれない銀髪の魔狩人に、呆れた様子で溜息を零す。

その緋色の視線が、鬼人化が解けた黒縁眼鏡の少年へと向けられた。

 

「鋼牙、お前の気持ちは分らぬでもないが、怒りをぶつける相手を間違えているぞ? 」

「・・・・っ、で、でも初代様! 」

 

鶴姫に諭され、鋼牙が悔しそうに唇を噛み締める。

 

この美貌の剣士が言う通り、例えバージルの首を自分の主である骸に差し出したところで、キョウジが自分の元に帰って来る事は無い。

逆に、最愛の息子を殺した怨敵として、恨まれるのが関の山だ。

 

「それとバージル、もう逃げるのは止めろ。 現実と向き合い人間として生きる道を探すんだ。」

「・・・・・っ! 」

 

鶴姫に内心の葛藤を見透かされ、バージルは口惜しそうに歯噛みする。

 

半人半妖として生まれたバージルは、その異質な出生が故に、人間社会に溶け込めず一人悩んでいた。

それでも大学院に通い、養父であるキョウジの願い通り、人間として生きる道を模索しようと努力はしたのだ。

一体何時からだ? 自分の人生が狂いだしたのは。

 

そんな時だった。

此方の様子を伺う人間の気配を感じた。

それは、美貌の女剣士も同様で、コンテナのある一区画へと鋭い視線を向ける。

女剣士の鬼気に当てられ、コンテナの物陰から転げ出る一つの影。

大井埠頭で働く、港湾作業員だった。

騒ぎを聞きつけ、様子を見に来たらしい。

30代半ばぐらいの作業員は、顔を真っ青にして、仲間がいる詰所へと一目散に逃げて行った。

 

「拙いな・・・人を呼ばれるぞ。」

 

半ば呆れた様子で、美貌の女剣士が両腕を組む。

一般人にとって、自分達は紛れも無く人外の化け物だ。

あの作業員が、仲間に伝えれば、警視庁の悪魔特捜隊が間違いなく動く。

責任者である奥原警視長は、元”八咫烏”の人間。

特Aクラスの隊員達を引き連れ、情け容赦無く、殲滅しに来るだろう。

 

一同の注意が、逃げた作業員へと逸れた隙を狙い、蒼い長外套の青年が大きく跳躍、何処かへと姿を消す。

 

「バージル! 」

 

往生際の悪い双子の兄に、舌打ちし、その後を追い掛けるダンテ。

鋼牙も後を追い掛け様とするが、当然、鶴姫に止められる。

 

「後のことは17代目の番に任せ、お前は明達が来るのを待つんだ。」

「ダンテさんに? 正気で言っているのですか? 初代様。」

 

17代目の仮番であるダンテは、バージルの双子の弟だ。

肉親の情に負け、首謀者の一人と目されるバージルを見逃すかもしれない。

 

「大丈夫、あの男はそんな愚かな真似はしない。」

 

何を根拠にしているのか、初代剣聖こと鶴姫は、ダンテと言う半人半妖の男を信じている。

それが、鋼牙には不満に思えて仕方が無かった。

 

「何故、そう言い切れるのですか? あの男はバージルの血縁者ですよ? 」

 

鋭い眼光で、目の前に立つ妖艶な女剣士を睨む。

恩人とも言える13代目の道を踏み外す要因を造ったバージルを、鋼牙は到底許す事は出来ない。

今でも兄弟子のそっ首を叩き落とし、主人である骸に差し出し、13代目の処遇を見逃して貰う様、懇願するつもりではいる。

 

「17代目が認めた相手だからだ。 あ奴は、自分の意に添わぬ相手を番に選ぶ事は決して無い。」

 

鶴姫が言う通り、ライドウは人を見る目はかなり優秀だった。

魔剣教団の騎士団長から始まり、今日に至るまで、ライドウは簡明直截(ちょくせつかんめい)な人間を番にしている。

 

「17代目? 申し訳ありませんが蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)の血に連なる人間以外を信用する気は毛頭ありませんよ。」

 

ゾッと背筋に寒気が走る程の冷たい言葉。

それを聞いた途端、鶴姫の緋色の双眸が、哀しい色へと染まる。

 

「そういう選民的な思想は、曾祖母の綾女に似ているな? 」

「・・・・・っ! 」

「お前は誰よりも弱者の気持ちを理解出来ると思っていたのだが、どうやら私の見込み違いだったか。」

 

女剣士に痛い処を突かれ、鋼牙は唇を噛み締めて押し黙る。

 

かつて、幼き頃から、召喚術師としての才が無いという理由だけで、壬生家の中で肩身の狭い想いをして生きて来た。

キョウジがあそこから自分を救い上げてくれなければ、今の自分は決して存在しない。

 

「・・・・今は、ダンテを信じよう。 どの様な結果になったとしても、最悪な事態にだけは決してならない。」

 

鶴姫に諭され、鋼牙は渋々と言った態(てい)で頷く。

未だ、納得出来ぬ、理不尽な想いを受けた怒りは腹腔内に留まっている。

しかし、執念深く、逃亡したバージルの後を追い掛ける気持ちは、もう湧く事は無かった。

 

 

上空を舞う黒い毛並みの大鷲。

その下を、見事な銀色の髪を持つ青年が疾走していた。

 

彼等の目的地は、密輸船が停泊している第7バース。

その船を経由し、天鳥空港へと向かい、グラマティクス社の社員と落ち合う手筈になっている。

 

「バージル!! 」

 

自分の名を呼ぶ声と共に、全身赤褐色の鱗で覆われた魔人が目の前へと降り立つ。

双子の弟‐ ダンテだ。

進行方向を完全に塞いだ魔狩人は、魔人化を解くと相棒の大剣『リベリオン』の切っ先を双子の兄へと向けた。

 

「もう、鬼ごっこはお終いだぜ。」

「・・・・・。」

「ワン公の言う通り、逃げるのは止めろ。 大人しく俺と一緒に来るなら、悪い様にはしねぇよ。」

「・・・・・断る。」

 

双子の弟は、自分を主人である人修羅に差し出すつもりだ。

殺される可能性は無きにしも非ずだが、『賢者の石』を持つ自分が只で済む保証は何処にも無い。

一生、暗い檻の中で閉じ込められるならば、此処で戦って果てる方が、数百倍マシである。

 

「テメンニグルの時と一緒だな? アンタは何一つとして変わってない。」

 

刀の鯉口を斬り、臨戦態勢に入る双子の兄に、ダンテが呆れた様子で溜息を零す。

 

兄であるバージルは、選民思想が強く、目的達成の為ならば、どんな残虐な行いも平然と出来る冷酷な人間だ。

鶴姫から、バージルの生い立ちはある程度聞いてはいる。

劣悪な環境下で育った自分と違い、双子の兄はかなり恵まれた場所にいた。

義理の父親であり、師でもある13代目・葛葉キョウジは周囲から慕われる人格者だ。

そんな男の下で幼少期を過ごしたというのに、何故、バージルは道を踏み間違えたのだろうか?

 

「変わってない? そうだな・・・・・俺は、あの時と全く同じだ。」

 

自嘲的な笑みが、口元へと貼り付く。

暗く淀んだ蒼い双眸には、対峙している双子の弟‐ダンテの姿が映っていた。

 

「今迄、俺は訳の分からぬ恐怖に縛られていた・・・・でも、今こうやってお前を目の前にして、その恐怖の対象が一体何かを知る事が出来た。」

「・・・・・? 」

「お前だよ・・・・ダンテ、お前と言う存在が、俺に恐怖を与えていたんだ。」

 

兄の独白とも取れる言葉に、ダンテは訝し気に秀麗な眉根を寄せる。

 

「思い出したんだ・・・全て・・・・母さんを殺した悪魔の正体がな。」

 

スラリっと鞘から抜き放たれる魔具『閻魔刀』の切っ先を、対峙する双子の弟へと向ける。

 

「お前だ・・・・・お前が母さんを喰い殺したんだ。」

「・・・・・っ! 」

 

衝撃的とも取れる兄の告白に、ダンテの双眸が見開かれる。

 

バージルは、一体何を言っているんだ?

自分が母を殺した?

分からない・・・・分からないが、兄の言葉が深く己の心へと突き刺さる。

 

「バージル!! 」

 

あまりの驚愕に、動けぬダンテの耳に、バージルの養父である13代目・葛葉キョウジの声が聞こえた。

頭上を巨大な影が飛び越える。

キョウジを乗せたモンスターバイクは、バージルの傍らへと急停車した。

 

「乗れ、バージル・・・俺の知り合いがこの先の埠頭で待っている。」

「父さん。」

 

予想だにしなかった義理父の登場に、バージルが思わず困惑する。

 

漸く全てを想い出した。

幼少期に体験した、想像を絶する恐怖の記憶。

母だった肉片を貪り喰らう紅い悪魔。

怨敵とも呼べる相手が目の前にいるのに、無様に逃げる選択肢等、あろう筈が無い。

しかし、バージルはキョウジに逆らう事は出来なかった。

死に瀕した自分を蘇らせる為に、13代目は全てを捨てた。

日ノ本の守護者であるにも拘わらず、矢来区と世田谷区に住む多くの住民を『賢者の石』の糧へと捧げた。

超国家機関『クズノハ』を裏切り、咎人へと身を堕とした。

 

「バージル! 」

 

再度名前を呼ばれ、バージルは渋々、モンスターバイクの後部座席へと座る。

 

「いっ、行かせるか! 」

 

暫し茫然としていたダンテは、そこで漸く正気に戻る。

右手に持った巨銃‐エボニーの照準を、バイクに跨る壮年の探偵へと向けた。

刹那、頭上から降り注ぐ落雷。

キョウジの造魔・グリフォンが、雷系中位魔法『マハジオンガ』を唱えたのだ。

殆ど条件反射で、真横へと回避するダンテ。

モンスターバイクは、エキゾースト音を轟かせ、あっと言う間にダンテの視界から消えていく。

主が無事逃げた事を確認した黒毛の大鷲は、雄々しい羽を広げ、後を追い掛けた。

 

 

 

同時刻、永田町、帝国議会議事堂。

顔に掛かる熱い湯の感覚に、深い眠りへと入っていたライドウは、急速に意識を取り戻す。

 

「こ、此処は・・・・。」

 

独特な硫黄の香りと微かに漂う、檜の匂い。

どうやら、自分は屋外の風呂に入れられているらしい。

呪式が施された防具は全て外され、一糸纏(いっしまと)わぬ裸身を晒している。

 

「何だ? やっと目が覚めたのか。」

 

耳元から聞こえる情夫の声に、隻眼の悪魔使いは弾かれた様に後ろを振り返った。

 

「骸・・・・。」

「ふむ、どうやらまだ足りぬらしいな? 」

 

未だ血の気が昇らぬライドウの白い頬に、骸の繊細な指先が優しく触れる。

 

平崎市臨海公園での激闘から数時間。

骸の折檻(せっかん)と神器『草薙の剣』による膨大な魔力消費により、ライドウは意識を失墜した。

応急措置として自分の血を与えたが、ライドウが負ったダメージはかなり深く、体内の巫蟲(ふこ)でも、癒す事は出来なかった。

なので、仕方なく転移魔法(トラポート)を使い、帝国議会議事堂の数千メートル下にある天津神の居城へと連れて来たのだ。

 

「なっ、何でお前が・・・・てか、13代目はどうした? 」

 

情報が余りにも乏しく、処理しきれない。

それでも何とか骸から離れようとするが、身体が意に反し、思う様に動けなかった。

 

「そう慌てるな・・・・13代目は生きている、それとその義理の息子もな? 」

 

嫌悪感も露わに、自分を見上げる愛しい弟を見下ろし、骸が自嘲的な笑みを口元へと浮かべる。

向かい合う形になった二人。

骸の指先が無遠慮に、ライドウの尻の割れ目へと入り込む。

 

「やっ、やめ・・・・・。」

 

慣れた行為とはいえ、密口に指を無理矢理入れられる違和感だけは耐えられない。

倦怠感に身体は、抵抗したいという脳からの指示を無視する。

一本だった指は二本、三本と増やされた。

 

「ご老人方は、今すぐ処刑せよと騒いでいたが、姉上がソレを赦さなくてな・・・国外追放という温情を出した。」

 

ご老人方とは、超国家機関『クズノハ』を創設した7人の天津神達だ。

国之常立神(くにのとこたちのかみ)を筆頭に、神世七代と呼ばれる天津神の主神達が存在している。

 

「み・・・・命様が・・・・。」

 

愛しい愛娘の姿が、脳裏を過る。

もうこの世にはいない、妻の月子が唯一残した生きた証。

 

「今頃はもう、息子共々国から出ている。」

 

多くの死傷者及び、甚大なる被害を出しておきながら、これは随分と甘すぎる処遇と言えた。

超国家機関『クズノハ』の象徴である天照大御神が、どれだけ13代目を特別視していたのかが良く分かる。

ライドウは、情夫の胸に縋る形で、己の不甲斐なさに唇を噛み締めた。

 

「13代目が生きていると知って、少しは安心したか? ナナシ。」

「あっ! 駄目っ! 」

 

腰を引き寄せられ、硬い肉槍に貫かれる。

熱い湯が跳ね、涙の飛沫が飛ぶ。

 

「凄いな? 全部入ったぞ? 」

 

紅を差した様な唇を弧の形へと歪め、情夫は悪魔使いの華奢な肢体を持ち上げる。

繋がったまま持ち上げられ、悪魔使いが思わず悲鳴を上げた。

ソレを完全に無視した骸は、浴槽の傍にある安山岩(あんざんがん)の大きな石へと悪魔使いを降ろす。

背に硬い岩の感触と、密口に突き刺さる肉槍の熱。

痺れる様な快感が背を走り、紅く染まった頬に涙の粒が転がり落ちる。

 

「あの堕天使をまだ想っているのか? 須佐。」

「・・・・? 」

 

情夫の言葉に、硬く閉じていた双眸を薄っすらと開く。

涙で歪む視界の中で、能面の如く感情が無い骸の整った容姿が映った。

 

「お前の想いは成就する事は無い、2000年前と同じく、裏切られ、惨い死の末路があるだけだ。」

「何を言って・・・・・?」

 

その後に続く言葉は、激しい突き上げによって悲鳴へと変わる。

悪魔使いの華奢な四肢が、自分を責め立てる情夫の背へと周り、無意識に抱き着いていた。

 

 

 

大井埠頭、第7バース。

コンテナを乗せた貨物船の前に、13代目・葛葉キョウジとその義理の息子であるバージルがいた。

モンスターバイクへと変形した造魔・ナイトメアは既に、キョウジのGUMPへと収まり、黒毛の大鷲‐造魔グリフォンは、鉄の箱の上に停まり主人とその息子を見下ろしている。

 

「マリーの婆さんから話は聞いているな? 」

「・・・・うん、でも、父さんの分が・・・・。」

「俺の事は気にするな、日本(此処)でやり残した仕事を片付けたら、必ずお前の所に行く。」

 

闇の請負人(ダークブローカー)である如月・マリーが用意したパスポートと偽造IDは、一人分しかない。

バージルは頻(しき)りにその事ばかりを、気にしていた。

そんな二人の傍に、上品な茶の外套(コート)とシックな黒のスーツを着た壮年の男が近づいた。

 

「お取込みの所申し訳無いが、早くしてくれないか? さっきの騒ぎを聞きつけて公安警察がコッチに向かっているみたいなんだ。」

 

中折れ帽を取ったその素顔は、60代に差し掛かった黒人男性であった。

綺麗に整った口髭をした情報屋‐ J・Dモリソンは、人の良さそうな柔らかい双眸で、義理の親子を眺めている。

 

「分かった、息子を頼んだぞ? ミスター・モリソン。」

 

キョウジは、未だ未練がましい息子の背を軽く叩く。

これ以上の会話は、時間の無駄だ。

あの糞婆ぁの同業者であるが、一応その道では優秀らしい。

 

「父さん・・・・。」

「生きろ、バージル。 それがお前の唯一の贖罪に繋がるんだ。」

 

生きて、生きて、生き抜き、天寿を全うする。

かつてテメンニグル事件で、多くの犠牲者を出したが、バージルは、7年間という長い月日、想像を絶する苦痛の中にいた。

罪は十分償っている。

後は、今後、どう生きるかという大きな課題が残されているだけであった。

 

「今回の件は、全て俺一人がやった。 お前は何も気に病む必要は無い。」

「・・・・。」

 

有無を言わせぬ義理父の言葉に、バージルは口惜し気に唇を噛み締める。

 

本当なら、もっと義理父と話をしたかった。

今迄、本当の息子として愛情を惜しみなく注ぎ、成人するまで面倒を見てくれた義理父に一言謝罪を述べたかった。

義理父の期待を、理不尽に踏みにじった。

生きる為の技術と知識を与えてくれたキョウジに対し、一言礼を言いたかった。

だが、今は時間が無い。

警視庁の悪魔特捜隊が、大井埠頭に向かっている。

奴等が此処に到着する前に、離れる必要がある。

 

無言で、初老の仲介屋の所へと向かうバージル。

まさかという一抹の不安はあるが、今は、義理父を信じるしか術が無い。

 




毎日、熱くて死にそうです。
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