偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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登場人物紹介

ニコレット・ゴールドスタイン・・・・東京都の山谷を中心に活動している魔具専門の職人(ハンドヴェルガー)。
ガサツで口は悪いが、職人としての腕前は一級品である。
GUMP等の悪魔召喚器のメンテも行っており、ライドウも彼女に愛用のGUMPの調整を頼んでいる。『聖エルミン学園』の元卒業生。
両親は彼女が幼い時に他界しており、以降は、祖母のニール・ゴールドスタインの元で生活していたが、ある日、仲違いをし、15歳の時に魔道職人の特待生として日本に来日、”エルミン学園”の特殊学科に入学し、首席で卒業した才女である。



第三話 『 ニコレット・ゴールドスタイン 』

東京都千代田区永田町、そこに左右対称型の変わった形をした建物が建っている。

国会議事堂、又は、帝国議会議事堂と呼ばれる建物であった。

その地下数千メートルには、人工知能”オモイカネ”によって環境を完全に管理された広大な世界が広がっている。

 

 

「”ヴィシュヌ”を奪われたそうだな・・・・? 」

 

現、環境設定は夜。

十二夜叉大将の長が生活している東対(ひがしのたい)では、縁側に座した黒髪の青年が池に映る人口の月を眺めていた。

右手に持つ煙管を一口吸い、暗闇に向けて煙を吐き出す。

 

「・・・・失態だ・・・・全て俺の責任だ。 咎は大人しく受ける。 」

 

その数歩離れた畳の上に、長い黒髪を無造作に背後で束ねた眼帯の少年が胡坐をかいて座っていた。

上質な生地を使った、紺色の背広を身に着け、蒼いネクタイをキッチリと締めている。

 

「ふん・・・・咎を受ける・・・・か・・・。」

 

蝋細工の如き白い肌をした青年― 骸は、煙管の煙を肺一杯に吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

此方は、濃い若草色の着物に、目の覚める様な派手な襦袢を羽織っている。

人形の如く整い過ぎたその容姿に妙に合っており、まるで一枚の絵画を見ているかの様であった。

 

「今回の件は、お前一人を派遣させた私にも責任がある。 ”壁内調査”の務めは、猊琳辺りに任せ、無理にでも番である玄武を同伴させるべきだった。」

 

吸い終わった煙草を筒状の火入れに落とし、骸は、無言で座しているライドウへと視線を向ける。

真紅の双眸に射竦められ、ライドウの蟀谷から頬に掛けて、冷や汗が一筋流れた。

 

「私が気に喰わぬのは唯一つ・・・・ダンテとかいう便利屋の小僧だ。」

 

座していた縁側から、ゆらりと立ち上がった骸は、胡坐をかいて座るライドウの傍らへと近づく。

身を屈め、いきなり後ろに束ねている悪魔使いの長い黒髪を掴み、乱暴に後ろへと引っ張った。

余りの仕打ちに、ロクな抵抗も出来ず、後ろへと仰け反る。

その白い首筋には、薄っすらと紅い跡が付いていた。

 

「ふん、此処に来る前に、好き放題されたみたいだな? 」

 

キッチリと締められたネクタイを解き、シャツのボタンを一つ一つゆっくりと外す。

男から放たれる鬼気に、震えが止まらない。

抵抗する意志など、すっかり消え失せていた。

 

「健気だなぁ? ナナシ・・・・・自分の身を犠牲に、私からあの男を護るとは・・・ヒュースリー家の餓鬼みたいには、されたくないか・・・・? 」

 

はだけたシャツから覗く傷だらけの躰。

これら全ては、非力な番達を、命懸けで庇った為に負った傷だ。

数え切れぬ程の古傷の中に、所々、紅い跡が散らばっている。

ダンテが所有物として残した、マーキングの跡であった。

その紅い噛み跡を、骸は細い指先で、ゆっくりと辿る。

 

「俺が・・・誰を番に選ぼうが、アンタには関係無い筈だ。 」

「確かに・・・・そこまで、お前に付けた手綱を縛るつもりはない・・・だが。」

 

紅を引いたかの如く、紅い唇を三日月の形へと歪め、骸は悪魔使いの耳元で、そっと残酷な言葉を囁く。

 

「奴の目的は、どうやら私のこの首だ・・・・組織を裏切る可能性がある危険分子は、早めに排除しなければな・・・。」

「・・・・・いっ!!! 」

 

鋭い犬歯が、ライドウの白い首筋に深々と突き立てられる。

突然、襲った激痛に、悪魔使いの細い躰が仰け反る。

牙を突き立てられた箇所から、真紅の血が、白い肌を伝って落ちた。

 

 

 

 

菅沼真紀からの調査依頼を受けてから数日。

『エルバの民』と呼ばれる掲示板に、名前を書かれた八神・咲の身辺調査をしているが、芳(かんば)しい結果は得られてはいなかった。

呪いが執行される気配が微塵もしないどころか、術者の影すらも見当たらない。

無為に時間だけが過ぎ、ストレスだけが否応も無く溜る。

探偵にとって忍耐力が、一番大事ではあるが、こうも動きが無いと、『魔神皇』の噂は出鱈目では無いかと勘繰りたくもなる。

 

 

「どうした? 少年。 何か嫌な事でもあったのか? 」

 

山谷の裏街道にある小さなガレージショップ。

車の車体に潜り、仕事用のバンの修理をしている明に向かって、店のオーナーである20代半ばぐらいの女性が声を掛けて来た。

オイルと埃で汚れたシャツを身に着け、下には大分経年劣化したジーンズを穿いている。

手足に奇抜な入れ墨を入れたこの女性の名前は、ニコレッタ・ゴールドスタイン。

自称『武器アーティスト』を名乗る職人(ハンドヴェルガー)だ。

 

「別に・・・・ただ、仕事が上手くいかねぇだけだ。」

 

簡易椅子の背凭れを抱える様に逆に座った女職人に向かって、寝板(クリーパー)を使ってバンの下へと潜っている明が、素っ気なく応える。

明は、車やバイク等の組み立てや改造、修理等が結構好きだ。

今は、政府によって閉鎖されている危険区域にある店舗等に入り込んでは、使えそうな部品を回収して、ニコのガレージで組み立て作業をしている。

ニコのガレージに置かれているバイクや軽乗用車等は、明が旧市街地で拾って来た部品で組み上げた作品達であった。

本人曰く、こういった作業をしていると、心が落ち着くのだという。

 

「今はどんな仕事を請け負っているんだよ? 」

「守秘義務で話せねぇ。」

「ちぇ、つまんねぇ奴。」

 

探偵稼業は、依頼主のデリケートな内容が含まれるのが大半な為、おいそれと人には話せない。

ニコもその事は十分理解している為、それ以上しつこく聞いて来る事はしなかった。

 

「そういや、前にお前の親父さんがアタシの店に来たぞ? 馬鹿デッカイ男を連れてな? 」

「・・・・・・。」

「特にお前の事は聞かれなかったけどな・・・・・偶には、家に帰ってやれよ? 」

 

寝板(クリーパー)を蹴って車体の下から出て来た明に、ニコは、余計な事だとは承知しつつも、一応、年長者として釘を刺しておく。

 

明の養父である17代目・葛葉ライドウは、自身が愛用しているGUMPの定期検査をニコに依頼していた。

GUMP(ガンタイプコンピューター)の定期検査ならば、何もニコの様な無名の職人に頼む必要は無い。

『クズノハ』程、巨大な組織なら、幾らでも腕のいい職人を多く雇用しているからだ。

17代目が何故、山谷の寂れた裏街道にあるニコの店に、大切な仕事道具であるGUMPの定期検査を依頼しているのは、義理の息子である明の安否を確認する為である。

 

「アタシも婆ぁの事があるから、あまり人の事は言えないけどさ・・・・それでも、何時か後悔する日が来るぞ・・・・アタシみたいに・・・・。」

 

自然と、ニコの視線がガレージの壁に飾られている古臭い金属のプレートへと向けられた。

そこには、『BY .45 ART WARKS』という、ロゴが刻まれている。

今から、数年前、レッドグレイブ市で起こった人為災害により起こった火災でニコの祖母、ニール・ゴールドスタインが死亡した。

警察のモルグで、見るも無残な姿へと変わり果てた祖母が、脳裏に焼き付いて離れない。

祖母の遺体を、両親の眠る墓地へと埋葬したニコは、唯一、焼け残ったこのプレートを遺品として日本に持ち帰ったのである。

 

「・・・・俺が居ない方が、あの人の為なんだよ。」

「え・・・・? 」

「つまんねぇ事、気にすんな。 それより腹が減っちまったよ。適当に飯作るけど良いよな? 」

 

油塗れの汚れた軍手を作業台に置き、明は、キッチンがある扉の中へと消えていく。

料理などロクにしない女主人の冷蔵庫は、飲料水かビールの類しか入っていない。

野菜や肉、その他、総菜や調味料が収まる様になったのは、明がこの店に入り浸る様になってからだ。

お陰で、ニコも何とか健康的な食事にありつける事が出来る。

 

「本当、こういうマメな所は、17代目に良く似てるわ。」

 

店に立ち寄る時、ライドウは必ず、自家製のカットケーキを持参して来る。

甘さ控えめで、味わい深いチョコレートやフルーツをふんだんに使用したカットケーキは、ニコの大好物だ。

何時も息子が迷惑をかけて申し訳ないという、ライドウなりの心配(こころくば)りなのだろう。

 

 

二人が、少々、早目の昼食を取っている最中、ニコのガレージショップに、『葛葉探偵事務所』所長代理の壬生・鋼牙が訪れた。

その隣には、『聖エルミン学園』に転入してきたばかりのネロを連れている。

学校が終業したそのすぐ後で来たのか、二人共、エルミン学園の制服と学校で支給されているボストンバッグ、それとネロは右手に紫色の布で包まれた長い棒状のモノを持っていた。

 

「ニコ姐、元気ぃ? 」

「元気ぃ? じゃねぇーよ。 飯食ってる最中に来やがって・・・この常識知らずが。」

 

明特性のふわとろオムレツを堪能している最中に、邪魔されたのだ。

当然、ニコの機嫌は、すこぶるつきに悪い。

 

「ごめんごめん。あ、ニコ姐に紹介するよ。今日からウチの学校に転入してきたネロ君だよ。 」

 

鋼牙が、傍らにいる銀髪の少年を紹介する。

日本に来たばかりで慣れていないネロの為に、観光がてら、天鳥市を案内するらしい。

丁度、港にも用がある為、明にも同伴して欲しいのだそうだ。

 

 

「別に構わねぇけど・・・・お前等、昼飯は・・・・・? 」

 

ダイニングルームから、出て来た明が、ネロと鋼牙の所に顔を出す。

高身長である筈の自分より、遥かに上背がある明に、鋼牙の隣で立っているネロは、驚いて眼を見張る。

 

「うん、実は腹ペコなんだよねぇ・・・・ネロはどうする? 」

「え?あ、うん。 俺も腹が減ってる。」

 

いきなり話を振られ、ネロが一瞬、返答に窮する。

 

慣れない異国の地という事もあり、多少の不安が無かったと言えば嘘になる。

オマケに、幼少時のトラウマが原因で、学校という狭いコミュニティが、大の苦手であった。

しかし、壬生・鋼牙や特殊学科の生徒である日下・摩津理、その親友である八神・咲のお陰で、学校という場所も、それ程悪い所では無いと考えを改め始めていた。

 

 

「ならコッチに来い、飯を喰ってから天鳥港に行こうぜ。 」

「ヤッター! 明のふわとろオムレツ大好きなんだよねー♪」

 

勝手知ったる他人の家。

ニコの了解を得ずに、図々しくも鋼牙は、キッチン兼ダイニングルームがある室内へと上がり込んでしまう。

多少、戸惑いながらも鋼牙の後に続くネロ。

何時もの事なのか、女店主は呆れた様子で、黒縁眼鏡の少年と見事な銀髪の少年二人を腰に手を当てて眺めていた。

 

 

6畳ぐらいの広さがあるダイニングキッチン。

木製の丸テーブルには、緑色の椅子が四脚、置かれ、壁の棚には小さな観葉植物の鉢植えが並べられている。

綺麗に清掃がいきとどいた室内には、ゴミどころか埃一つも無く、食器棚にはコップや皿等が綺麗に整頓されていた。

 

物珍しく室内を見回しているネロの前に、大皿に盛られたオムライスが置かれる。

キノコのデミグラスソースに甘い臭いがする卵の生地。

上には乾燥パセリがトッピングされている。

普通の飲食店で出されても、何ら遜色ないふわとろオムレツだ。

 

「いただきまーっす! 」

 

早速、鋼牙が食事の挨拶をすると、スプーンでオムライスを掬い一口食べる。

特性チャーハンとトロトロな卵の生地が、絶妙なハーモニーを奏で、口内を幸せいっぱいにしてくれた。

 

「う、美味い・・・・。」

 

ネロもスプーンに一口掬って食べてみる。

むきエビとピーマンに赤パプリカの特性チャーハンにキノコたっぷりのデミグラスソースが上手くマッチしている。

おまけに口の中でとろける卵の生地が、何とも言えなかった。

 

「でしょ? 僕も色々、料理は作るけど、明のオムレツには負けちゃうんだよねぇ。」

 

スプーンを忙しなく口の中に運びながら、鋼牙は心底悔しそうに呟く。

 

「何しに、天鳥港まで行くんだよ? 」

 

絶品オムレツを平らげたニコが、二杯目のお代わりを明に要求しつつ、黒縁眼鏡の少年に問い掛ける。

 

「コイツを三十四代目・村正って人に、渡す為だよ。」

 

そう応えたのは、鋼牙では無く、その隣に座る銀髪の少年―ネロ、であった。

壁に立て掛けてある紫色の布で包まれた棒状のモノを手に取り、包んでいる布を取り去る。

中から、黒い鞘に収まった日本刀が姿を現した。

 

「ふーん、”無銘の刀”ねぇ・・・・もしかして、お前、悪魔召喚術師(デビルサマナー)かぁ? 」

「違う・・・・てか、アンタ、コイツが何なのか知っているのか? 」

「もちのろん、こう見えてもアタシは、魔具(デビルアーツ)を専門に造る職人(ハンドヴェルガー)なんだぜぇ。」

 

お代わりのオムレツを口に運びつつ、ニコが自慢気に胸を張る。

 

この女店主は、山谷を中心に活動している職人(ハンドヴェルガー)だ。

主に、魔具の修繕や鍛え直しを専門にしている。

裏社会で長年仕事をしている為、当然、ネロが右手に持っている物の正体も知っていた。

ネロが持っている刀は『無銘の刀』。

それ自体は、何の力も持たぬ普通の刀だが、悪魔の力を喰わせる事で、真の力を引き出す事が出来る。

 

「でも、何だってそんな貴重なモン、学生のお前等が持っているんだよ? 」

 

ニコが不思議に思うのは、当然であった。

合体剣の元となる”無銘の刀”は、その特性から入手困難と言われている。

一体どんな製法をしているのか、誰が造り出しているのかも謎。

唯、土御門一族に認められた者のみが、その刀を持つ事が許されていると聞く。

 

「特殊学科の先生が、彼に渡したそうです。 コレを持って天鳥港に停泊している”ビーシンフル号”のシェフに会えってね・・・・。」

 

学校の正門前で、池上組のヤクザ数名と大立ち回りをしている明を止める為、一旦、鋼牙はネロと別れた。

その時、薬学部を受け持っている悪魔講師、トロルから、”無銘の刀”を渡されたのだという。

ネロがトロルに理由を尋ねると、『聖エルミン学園』の理事長、土御門・清明に、頼まれたと言っていた。

 

『ハルアキラ・・・・お前に召喚術師(サマナー)の才能があると言っていた・・・俺もそう思う・・・・だから、この刀、お前にやる。 どう使うかは、お前が決めろ。』

 

自分の工房に案内したトロルは、作業場から出来上がったばかりの刀をネロへと渡す。

今現在、天鳥港に、超豪華客船”ビーシンフル号”が停泊しているのだという。

”ビーシンフル号”は、表向きは上流階級の人間達が利用する娯楽施設兼ホテルなのだが、裏の顔は、悪魔召喚術師(デビルサマナー)達が、更なる力を手に入れる場所であった。

そこに、合体剣を専門とする刀鍛冶がおり、彼に渡せば使役する悪魔を材料に魔法剣を精製してくれるらしい。

 

(て、言われても・・・・正直、どうして良いのか分からねぇ。)

 

自分に悪魔召喚術師(デビルサマナー)の資質がある。

そんな事を言われたのは、生まれて初めてだ。

召喚術師(サマナー)は、数ある魔導師職(マーギア)の中でも異質な存在である。

常人よりも、遥かに優れた精神感応力を必要とし、上質なマグネタイトと魔力保有者である事が求められる。

それ故、召喚士の数は極めて少なく、悪魔に唯一対抗出来うる存在であると言われていた。

 

「自慢に思って良いんだよ? 迷う必要何て何処にもないじゃん。 」

 

ネロの前に置かれたオムレツの前で、一緒に食べていた小さな妖精が、此方を見上げる。

 

「超国家機関『クズノハ』総元締めの晴明お墨付きなんだよ? これって物凄い事なんだからね。」

「マベル・・・・・。」

 

器用に、自分の目線の高さまで跳んでいる妖精を見つめる。

不思議と彼女の言葉は、ネロの心の内にある蟠(さだかま)りや不安を掻き消してくれた。

フォルトゥナの時も、幾度、彼女に救われたか知れない。

 

 

昼食後、一同は、ニコが運転する大型のバンに乗って天鳥港へ向かっていた。

本当なら、三人で行く予定だったのだが、予定の客が全部はけて暇だし、久し振りに業魔殿の悪魔工房に顔を出したいというニコの申し出があった為、有難く、彼女の仕事用の車に乗せて貰う事になった。

 

「あの女って、お前等とどういう関係があるんだよ? 」

 

移動式作業所も兼ねている為、車内は想像以上に広い。

後部座席のシートに脚を組んで座るネロが、車に設置されたジュークボックスを弄る黒縁眼鏡の少年に問い掛けた。

 

「ニコ姐は、元『エルミン学園』卒業生で、トロル先生のお弟子さんなんだ。 特殊学科を首席で卒業した才女だよ。」

 

鋼牙が、煙草を片手に器用に車を運転している眼鏡の女性を軽く紹介する。

 

「あの薬学部講師の悪魔が・・・・職人(ハンドヴェルガー)だったのか。」

「昔の話さ・・・・噂じゃ、元薔薇十字結社(ローゼンクロイツ)お抱えの職人(ハンドヴェルガー)だったらしい。 どういった経緯で、うちの薬学講師になったのかは知らないが、今はその腕を封印して、学生相手に薬草の育て方や魔法薬の精製方法を教えてる。」

 

助手席に座り、ニコの煙草から無断に一本拝借した明が、自分のライターで火を点ける。

助手席の窓を開け、煙草を吸いながら、明は、学園の地下にある妖牧場で生活しているトロルの経歴を説明した。

 

「薔薇十字結社(ローゼンクロイツ)? もしかして、現剣聖・アルカード・ヴィラド・ツゥエペシュが所属している東ヨーロッパ最大の秘密結社(フリーメーソン)の事か? 」

 

妙に気色ばんだ表情で、ネロが明の居る助手席の近くへと移動する。

 

「そうだけど、それが一体どうかしたの? 」

 

気に入った曲が見つかったのか、鋼牙はジュークボックスのボタンを押す。

すると、軽快なポップミュージックが車内に流始めた。

 

「ばっか、お前、剣聖と言ったら、世界最強なんだぞ? 剣士職(ナイト)なら誰だって憧れるだろーがよ。」

「成程、 つまりお前は、”東の暴風王(エスト・ミストラル)”の熱烈なファンって事なんだな? 」

 

ハンドルを握るニコが、ニヤニヤ笑いながら、ネロをからかう。

 

”東の暴風王(エスト・ミストラル)”とは、現剣聖・アルカードに付けられた通り名だ。

曰く、彼が通った後は、全て破壊され、ぺんぺん草すら生えないのだという。

まるで竜巻(ハリケーン)が通り過ぎた様な跡から、人々が皮肉を多分に含めて付けた仇名であった。

 

「確かに、彼には信じられない逸話が幾つもあるけどね・・・・そういえば、17代目は現剣聖殿と何度か任務が一緒になったと聞いた事があるね。」

「ライドウさんが? 」

 

ネロの隣へと移動した鋼牙が、後部座席のシートへと腰を下ろす。

興味深々と言った様子で、後ろにいる黒縁眼鏡の少年を振り返るネロ。

助手席と運転席に座るニコと明は、何故か共に渋い顔をしている。

 

「君も知ってるだろ? 東京湾を覆う様に建てられた巨大な壁。 その壁内調査に、”東の暴風王(エスト・ミストラル)”も同行したみたいだよ? 残念ながら、詳しいことは超極秘事項で、教えては貰えなかったけど。」

 

元・天海市があった東京湾沿いは、今は、巨大な壁によって完全に隔離されている。

突如、現れた異界の穴―”シュバルツバース”の拡大を防ぐ為に、人類が取った最善な措置であった。

規模は、今も徐々にではあるが広がっており、超国家機関『クズノハ』宗家である四家当主達の高度な呪術によって辛うじて喰い止められているのだという。

 

「オラっ、お前等、もう少しで港に着くから、大人しく席に座ってな。」

 

バンを運転している女店主が、後部座席にいるネロと鋼牙に向かって言った。

助手席に座る明は、開けた窓に煙草の煙を吐き出しながら、天鳥町の街並みを無言で眺めていた。

 

 

流石、世界最大の港に数えられるだけはあり、天鳥港には沢山の巨大タンカー船や、クルーズ船等が停泊していた。

超豪華客船”ビーシンフル号”もその中におり、その美しい船体から、一際目立って見えた。

 

「あ、あれが”業魔殿”? 」

 

その威風堂々とした大型豪華客船に、ネロは思わず気後れしてしまう。

この巨大な船の何処かに、悪魔工房があり、そこで、多くの召喚士達が、更なる力を得ているのだ。

 

「ホラホラ、何やってんだよ? 置いてっちまうぞ? 」

 

豪奢な照明に、傷一つ無い清潔な白い壁。

時間が早い為か、客の姿はチラホラ見える程度で、ひっそりと静まり返っている。

初めて脚を踏み入れる超豪華クルーズ船に、興味深々と言った様子で辺りを見回すネロに対し、数歩前を歩くニコが呆れた様子で声を掛けた。

 

「ビックリするのも無理は無いよね? 僕も初めて此処に来た時は、君と全く同じだったよ? 」

 

ネロの隣を歩く鋼牙が、その時の情景を思い出したのか、クスリと柔らかい笑みを浮かべた。

 

総トン数22万8081トン。

全長362メートル、全幅65メートルの超巨大豪華客船。

様々な施設があり、遊園地、流れるプールにサーフ・シミュレーター、ウォータースライダーに、ロボットバーテンダーがシェイカーを振るバイオニックバーまである。

最先端の美容整形室や、各国の料理が楽しめるレストラン。

果ては、ロッククライミング用ウォールやワイヤースライダー等、スポーツを楽しむ遊戯施設も豊富だ。

 

「そうそう、言い忘れていたけど、君に一つだけ注意しておく事がある。」

「何だよ? 」

 

物珍しそうに、各種施設を楽しんでいる客達を眺めているネロの背に、鋼牙が想い出したかの様に声を掛けた。

 

「此処は、中立区域だ。 各国の秘密結社(フリーメーソン)が、普通に利用している。 当然、ヴァチカン13機関(イスカリオテ)もね。」

「・・・・・っ! 」

 

ヴァチカンという名を聞いた瞬間、ネロの眼の色が変わった。

フォルトゥナ公国を滅茶苦茶にし、挙句、義理父であるクレドの命を奪った怨敵。

ネロの脳裏に、巨大な鎌を持つ、自分と同色の髪をした少年の姿が思い浮かぶ。

魔剣教団の騎士団長であり、尊敬する父親。

その父を無慈悲に殺した異端審問官の少年― アレフ・マクスゥエル。

 

「御免、最初に謝っておく・・・・君の経歴は調べさせて貰った。当然、君の家族の事も・・・・。」

「・・・・・。」

 

鋼牙が何を言いたいのか、何となくではあるが分かる。

 

”この船で、奴等を見かけても無視しろ”

 

鋼牙は、ネロにそう伝えたいのだ。

 

黙したまま、その場に立ち尽くすネロ。

数歩前を歩いていたニコと明も、そんな二人のやり取りを黙って眺めている。

 

「もし、此処で問題を起こしたら、組織『クズノハ』にも多大な損害が出る。だから・・・。」

「分かったよ。 あの狂信者共を見つけても、シカトすりゃ良いんだろ? 」

 

まだ何か言いたそうな鋼牙から背を向け、ネロはニコと明の所へと向かう。

そんな銀髪の少年に、鋼牙は、深い溜息を零した。

 

 

 

「お待ちしておりました。お話は、土御門晴明様より伺っております。」

 

第三十四代目・村正に会う為、彼の仕事場である”厨房”へと向かう途中、一人のメイドらしき少女に声を掛けられた。

肩口で綺麗に切り揃えられた黒髪と、蝋細工の如く病的に白い肌。

人形の如く整った容姿に、紅玉の様な紅い瞳をしている。

鋼牙達に礼儀正しく一礼するこの少女の名は、メアリー。

ヴィクトール・フォン・フランケンシュタインが創り出した、造魔である。

 

「よぉ! 久し振りだな? メアリー。 」

 

そんな彼女に、ニコは気さくに声を掛けてやる。

ニコがまだエルミン学園の生徒だった頃、修行に明け暮れ、トロルの工房で24時間詰めていた時があった。

その時、主人であるヴィクトルの使いで、工房を訪れた彼女と何度か顔を合わせていたのである。

 

「ニコレット様も、お元気そうで何よりです。」

 

旧友との出会いに、無表情だったメアリーの口元に、柔らかい笑みが浮かぶ。

 

トロルの工房に幾度か脚を運んだ折に、ニコと打ち解け、時折、得意の焼き菓子を造っては、彼女の所へ持って行った。

 

「では、どうぞ此方へ。」

 

軽く再会の挨拶を交わしたメアリーは、映画等で登場しそうな旧式のエレベーターへと一同を案内した。

作りは前時代的だが、構造は流石に最新式の機材を使用している。

メイド姿の少女は、ポケットから鍵束を取り出すと、階下を押すパネルの下に備え付けられた鍵穴へと小さな鍵を差し込んだ。

超豪華クルーズ船の最下層は、秘密の工房になっている。

そこには、悪魔合体をする実験場は勿論の事、第三十四代目・村正のアトリエもあった。

メアリーは、最下層を指定するボタンを押す。

一同を乗せ、鉄の箱は、悪魔工房のある最深部へと向かった。

 

「いっつも思うんだけどさぁ、こーんな薄暗い所で年がら年中引き籠ってて、頭がおかしくならないのかねぇ。」

 

エレベーターの壁に背を預けたニコが、呆れた様子でメイドの少女へと問い掛けた。

 

ニコの言う通り、この豪華客船”ビーシンフル号”の持ち主は、かなりの変わり者で通っている。

乗客達には、決して姿を見せず、悪魔合体を行う召喚士達しか相手にしない。

噂では、食事や睡眠すらもせず、四六時中、悪魔に関する研究を行っているのだという。

 

「ヴィクトル様は、日の光を浴びれぬお方です。 それに、人間があまりお好きではないと仰っておりました。」

 

この船の主、ヴィクトルは、不老長寿の力を得る為に、長命種(メトセラ)の代表格である吸血鬼(ヴァンパイア)一族と取引を行い、彼等の血から血清を造り出して、それを己の躰へと定期的に投薬している。

しかし、その副作用により、太陽光線に含まれる紫外線を浴びてしまうと、火傷の様な炎症を起こしてしまう様になった。

しかし、元が相当な変わり者であるヴィクトルは、己の身に起こった不幸を嘆くどころか、人に会う煩わしい事をしないで済む口実が出来たと、内心喜んでいるのだという。

 

「人間嫌い・・・・・ね。」

 

ネロの脳裏に、ある悪魔の姿が浮かんだ。

後頭部まで覆う特殊なヘルメットに、頭部側面から後頭部にかけて生える黒色で先細りの無数の管。

250メートルを優に超える慎重に、筋骨隆々な肉体美をしていた。

その戦士の名は、スカー。

妖鬼・ベルセルクの種族であるが、スカーは、彼等とは決定的に違っていた。

元々は、ネロと同じ人間であり、アバター体を利用して、悪魔の身になったのだという。

これは、ベルセルクの中にある氏族の一つ、ドルイド族の戦士、ボーグが口を滑らせた時にネロに洩らした話だった。

 

 

「此方が、第三十四代目・村正様の工房になります。」

 

エレベーターから降りたネロ達は、紅い絨毯が敷き詰められた長い廊下をメイド長・メアリーの案内で暫く歩いていた。

すると、工房がある部屋の前に20代半ばぐらいと思われる一人の青年が、壁を背にして立っている。

痩せた躰に全身を覆う入れ墨。

ノースリーブの黒皮のコートに、同色のレザーパンツを履いている。

右手には詩集らしき本を持ち、熱心に読み耽(ふけ)っていた。

 

「こんにちは、V様。 もう部屋を出ても大丈夫なのですか? 」

「・・・・・ああ、今日は珍しく体調が良くてね・・・ついでだから、野暮用を済ませようと思って此処に来た。」

 

病弱な質なのか、肌は驚く程白く、頬は大分コケている。

整った容姿をしており、落ち窪んだ眼下で、頭一つ分、背が低いメアリーへと視線を向けた。

 

「客か? 」

「はい、晴明様のお知り合いです。」

 

Vの問い掛けに、メアリーは応えると、手短にネロ達を紹介する。

彼等は、土御門・晴明が理事長を務める『聖エルミン学園』の特殊学科の生徒達であり、講師であるトロルが造った『無銘の刀』を村正に見せる為に、業魔殿に来たのだと伝えた。

 

「・・・・・? グリ助? お前、もしかしてグリ助か? 」

 

それまで黙って、Vとメアリーのやり取りを眺めていたニコは、入れ墨の青年の足元に巨大な鷲がいる事に気が付いた。

 

「どうしたの? ニコ姐? 」

 

無遠慮にVの足元にいる鷲を覗き込む女店主に、鋼牙が胡乱気に声を掛ける。

 

「グリ助だよ・・・ホラ、お前んとこのエロ所長が使役してた。」

「・・・っ、本当だ。 グリフォン、僕だよ? 鋼牙だ。覚えているだろ? 」

 

Vの足元で、ニコの視線から顔を背けているのは、『葛葉探偵事務所』所長、13代目・葛葉キョウジの仲魔である魔獣であった。

正確には、造魔であり、主の命令で本来の姿である大剣へと変わる事も出来る。

 

黒縁眼鏡の少年と女店主に顔を覗き込まれ、黒い毛並みの魔獣は、困った様子で、主である黒髪の青年へと無言で助けを求める。

しかし、主であるVは助ける気持ちなど一ミリも無いのか、完全に無視をしていた。

 

「確かに、その造魔は13代目が使役しておりました。 ですが、とある事情でV様に譲渡なされたのです。」

「譲渡・・・・? それは、本当なのか? グリフォン! 」

 

困り果てているグリフォンを見かねて、メアリーが助け舟を出す。

だが、良かれと思ってした事は、この眼鏡の少年には逆効果だったらしい。

 

「一体、何がどうなっているんだよ? 」

 

何時も冷静な鋼牙らしからぬ態度に、ネロが訝し気な表情になる。

 

「一週間以上も、所長と連絡が取れないんだよ。 アイツにとって13代目は、剣の師匠であり肉親同然の存在だからな。 気が気じゃねぇんだろ? 」

 

明の説明によると、『葛葉探偵事務所』所長である13代目・葛葉キョウジは、実父に見放された鋼牙にとって恩人以上の存在であるらしい。

天真正伝香取神道流を鋼牙に教え、人の道を指し示してくれた。

キョウジが、あの閉鎖された世界にある”葛城の森”から連れ出してくれたから今の自分があると、鋼牙は常日頃、友である明に言っている。

 

「そっ、そうだよ! 極秘任務のせいで、一度、契約を解除したんだ。」

 

あまりにしつこく詰問してくる鋼牙に、辟易したのか、グリフォンがやけくそ気味に応えた。

 

「でも、親父さんはピンピンしてるからな? 余計な心配だけはすんじゃねぇぞ? 」

「極秘任務・・・・そんなの初めて聞いたぞ。」

 

使い魔からの思わぬ返答に、鋼牙は憮然とした表情で、自分から視線を逸らせる魔獣を見下ろす。

 

8歳の時に、13代目に誘われ、聖地”葛城の森”から、都心に近い『矢来銀座』へとやって来た。

悪魔召喚術師(デビルサマナー)の才が無い鋼牙は、周囲・・・・特に実父と曾祖母である壬生・綾女に見放され、居場所を失っていたのである。

それを見兼ねたキョウジが、幼い鋼牙を引き取る形となった。

母親の血が濃い為か、鋼牙は、キョウジの元で、剣と魔導の才能を開花させていった。

組織『クズノハ』の中でも、精鋭部隊である”十二夜叉大将”の一人となれたのも、全てはキョウジの指導があったからである。

 

 

 

「つ、杖が出来たぞ? ずっどぉーん! 」

 

その時、工房の扉が物凄い勢いで開いた。

中から、上質な紫色の布の包みを持つ、メイド姿の少女が立っている。

固まる一同を他所に、右眼に眼帯をしたメイド姿の少女は、Vにその包みを押し付けた。

 

押し付けられたVは、呆れた様子で溜息を零すと、早速、包みの中身を確認する。

まるで蛇の様な鱗を持つ湾曲した柄と、槍の様に鋭い先端をした杖だった。

 

「むむっ、うぉまえらぁ! もしかして『エルミン学園』の生徒かぁ? 」

 

右眼に眼帯をしたメイドが、今度はネロ達に向き直る。

 

「そ、そうですけど? 」

 

完全に毒気を抜かれた鋼牙が、殆ど条件反射で応えた。

 

「清明様の学生だなぁ? 話は、聞いてるぅ、ご主人様がお待ちかねだから、とっとと中に入れぇえええええ!! 」

 

懇切丁寧な接客態度とは、とても言い難い。

しかし、本人はとても真剣らしく、唯一覗く左眼は、殺気すらも宿っていた。

逆らう気力も無く、ネロ達は、眼帯の少女に渋々従う。

工房内へと入る一同を見送ったVは、黒い大鷲を従え、自室に戻るべく、踵を返した。

 

 

ネロ達が、剣合体が行われている工房へ入ると、黒いマスクをした30代ぐらいの男性が待ち構えていた。

マスクと同色のコックコートを身に着け、肌は蝋細工の如く、不気味に白く、バセドウ病を思わせるかの様に、両眼が飛び出ている。

メアリーの説明によると、彼はこの豪華客船”ビーシンフル号”のお抱えコック長らしい。

料理の腕前は、前任者である第三十三代目・村正と遜色く無く、刀匠としても前任者を越える程の実力なのだという。

ただ、性格に難があり、部下達から気味悪がられていた。

 

「おおっ、待ち兼ねていました。 早速、刀を見せては貰えないでしょうか? 」

 

メアリーから紹介を受けたコック長は、大分・・・否、かなり興奮した様子で、場の雰囲気に呑まれ、硬直するネロから”無銘の刀”を受け取る。

 

「す、素晴らしい! 流石、炎の巨神・スルトル様が直々に打った刀だ。この見事に反り返った峰! 硝子細工の如く繊細な匂口(においくち)! 細部にまで施された装飾の鍔は、最早芸術作品ですぅ! 」

 

一人大興奮しているコック長を、大分引き気味で、一同が見守る。

 

「ほ、炎の巨神って・・・・もしかして、トロルって悪魔講師の事か? 」

「そうだよ。 彼は、”霜の巨神・ヨトゥンヘルム”と双璧を成す”炎の巨神・ムッスペル”一族の長だ。 大昔は、人間と敵対的な立場にいたらしいんだけどね。」

 

ネロの疑問に、鋼牙が応えてやる。

 

かつて、ムッスペル一族は、アース神族と人間族に敵対し、領地を巡って幾度も戦争を起こしていた。

しかし、今現在は、改心したのか、人間達と友好的な関係を持ち、絶大なる巨神の力を自らの意志で封じているのだという。

 

「フフッ、有難うございます。十分、堪能させて頂きました。」

 

未だ興奮冷めやらぬ村正が、恭しく刀を鞘へと戻すと、丁寧にネロへと返す。

 

「さてと、晴明様から”無銘の刀”について、貴方方にご説明するという事になっておりますが? 大変失礼とは思いますが、この中に悪魔召喚術師(デビルサマナー)殿がおられるのですかな? 」

「いえ、残念ながら・・・・でも、トロル・・・いえ、スルトル様の話では、彼に召喚術師(サマナー)の類稀な才能があると・・・。」

 

鋼牙が、『エルミン学園』地下にある妖牧場での出来事を村正に説明した。

悪魔講師であるトロルは、初対面のネロに「悪魔召喚術師(デビルサマナー)の才能が、ネロにある。」と断言していたのだ。

それは、理事長である晴明も承知している事で、彼の依頼で、ネロの為に”無銘の刀”を打ったのだという。

 

「ほほぅ、確かに、彼からは我々、一般人とは桁違いの上質なマグネタイトの波長を感じますな? 宜しい・・・・イッポンダタラ君! 」

 

コック長は、一人納得すると、背後に控えている眼帯の少女を指を鳴らして呼んだ。

 

「17代目から預かっている”七星村正”と”アリラトの管”を持って来なさい! 」

「りょ、了解だ!ずっどぉおおおおおん!! 」

 

主から指示を受けたメイドは、そそくさと工房の奥へと姿を消す。

 

「口で一々、説明するより、実際その眼で見た方が宜しいでしょう。」

 

コック長は、ネロ達を巨大な炉の前まで案内する。

製品を加工する為に使用される真空炉を思わせる形をしたその巨大な機械は、室内の優に半分以上の体積を占めていた。

天井部分には、冷却装置らしき円筒形の機械が設置され、ヒーターからは、まるで車のエンジン音の様な唸り声が終始轟いている。

 

「すっげぇな、 これで魔法剣と悪魔を合体させるのか。」

 

改めて、その巨体さを認識したニコが、思わず口笛を吹いていた。

 

「はい、初代様からお使いになられている炉ではありますが、最近、老朽化が進みましてね? 私自身の手で、ちょっとした改良を加えてみました。」

「改良? 」

「この船の主、ビクトール様の錬金術を参考にさせて貰ったのです・・・・悪魔同士を合体させ、新たな悪魔を生み出す・・・・それが、魔法剣にも出来ないかと思いましてね? 」

 

三十四代目・村正の話によると、悪魔と魔法剣を合体させる他に、ニコ達職人(ハンドベルガー)が手掛ける魔具と魔法剣を合体させ、更に強力で優秀な武具が出来ないかと試行錯誤したのだという。

その結果、魔法剣と魔具の相性さえ良ければ、特殊な能力を持った武具を造り出せる事に成功した。

 

「私は、元々、お嬢さんと同じ職人(ハンドヴェルガー)だったのです。 先代に刀匠としての才能を見出され、三十四代目の銘を襲名しましたがね。」

 

その時の経験と知識が、今、こうして実を結んだ、という事である。

そんな過去の話をしている時に、アシスタントであるイッポンダタラが大きなワゴン車を押して一同の前に姿を現した。

台の上に乗っている紅いフェルト生地の布を取り払うと、中から絵に七星の文様が刻まれた刀剣と、銀色に光る管が現れる。

 

「こ、これが、ライドウさんの剣? 」

 

異様な気配を放つ魔剣に、ネロは思わず固唾を呑んだ。

 

「その一つですな。 あの方は、魔法剣コレクターとしても、非常に有名ですからねぇ。」

 

村正曰く、17代目・葛葉ライドウは、かなりの魔具や神器の蒐集家らしい。

その数、有に40は軽く超え、他に対悪魔用の特殊防具等が、成城の葛葉邸の地下に眠っているのだという。

本人に言わせると、悪魔との戦闘が激しい、召喚術師(サマナー)は、別段珍しい事では無いのだそうだ。

同業者の中には、己の身を護る為に、より優秀な武具や魔法剣を求める輩が多く、その中でも、ライドウは所持する武具が少ない方なのだという。

 

「では、早速始めましょう・・・イッポンダタラ君! 魔法剣と管を炉にセットしたまえ! 」

「い、イエスサー!!!!! 」

 

主人の命令に、メイドの少女は、ビシッと敬礼を決めて返事をする。

そして、慣れた手付きで炉を操作した。

濛々(もうもう)と水蒸気を吐き出し、炉の重い鉄の扉が開く。

イッポンダタラは、刀の窪みが出来ている場所に七星村正を収め、その下にある管を挿入する口に威霊・アリラトが封じられている召喚器を入れ、蓋をした。

パネルを操作すると、再び、炉の扉が閉まる。

 

「この特殊な炉により、管に封印された悪魔が魔法剣に喰われるのです。」

「く、喰われるって、この機械に入れると魔法剣が悪魔を喰っちまうのか? 」

「オフコース。 魔具と魔法剣の決定的な違いは、合体剣は、素材となる悪魔の力を吸収する事で、より優れた剣へと成長する事が出来るのです。」

 

村正がニコに説明している間に、アシスタントのメイドの少女は、黙々と作業を続けている。

厚い鉄の塊の中に収められた剣と、管の中に封印された悪魔が、炉の力でドロドロに溶けあい、一つに融合していく。

 

「が、がが合体剣、七星村正誕生なんだ!ずっどぉおおおおん!! 」

 

メイドの少女がレバーを引くと、再び炉の扉が開き、凄まじい量の水蒸気が辺りに流れ込んで来た。

見ると、炉の中に、眩い光を放つ剣が浮遊していた。

威霊・アリラトの力を喰らい、新しく生まれ変わった『七星村正』である。

 

「こ、これが合体剣か・・・。」

 

イッポンダタラが出来上がった剣を再びワゴン車に乗せ、一同の元へと持って来る。

やや反り返った太刀は、繊細な装飾が施された白い鞘に収まり、ネロ達にも伝わる程の禍々しい気を放っていた。

 

「先程も申しましたが、合体剣は素材となる悪魔のレベルによって、その性能は大きく変わっていきます。 そして・・・・これが最も一番の特徴なのですが、素材となる悪魔の属性にも影響を受けるのです。」

「属性・・・・もしかして、五行思想の事ですか? 」

 

流石、母親が魔導士の家系だけあり、鋼牙はその手の話に詳しい。

五行思想とは、古代中国に端を発する自然哲学の事である。

万物は、火・水・木・金・土の5種類の元素からなるという説があり、それは悪魔(デーモン)も同様であった。

悪魔が炎属性であるならば、合体剣は炎の力が宿り、又、反対の氷結属性であれば、剣は、凍結の属性を帯びるのだという。

 

「悪魔の中には、どちらの属性にも当てはまらぬ無属性という輩がいます。今、剣合体を行った威霊・アリラトがそうですね。 そういった特殊な悪魔達は、合体剣の素材にすると、特別な力を宿した”神器”に生まれ変わります。」

 

村正の説明によると、神や魔王に匹敵する力を持つ者達を素材にすると、通常の法則を無視した武具が生み出される。

彼等、刀匠達は、そういった武器や防具を『神器(デウスオブマキナ)』と呼び、その力は正に奇跡そのものなのだという。

 

「まぁ、残念ですが”アリラト”は神器にはなりませぬが、それに遜色ない力を持ちますね。 たった一振りで、魔王の首を跳ね飛ばす力がありますから。」

「た、確かに、コイツなら魔王をぶっ飛ばせそうだぜ。」

 

村正の言葉に、一人納得したネロが、ワゴンの上に置かれた『七星村正』に触れようとする。

しかし、それを眼帯のメイドが邪魔をした。

 

「力持たぬ者が、その剣に触れると呪われるぞ!ずっどぉおおん!! 」

「うわっ、何だよっ! 」

 

いきなり大声で叫ばれ、ネロが驚いて眼帯のメイドを睨み付ける。

そんな二人の様子に、三十四代目・村正が苦笑を浮かべた。

 

「フフッ、失敬。 イッポンダタラ君が言いたいのは、知識も経験も持たぬ者が、神の力を宿す剣に不用意に触れると破滅する、と言いたいのだよ。」

 

ネロに対して、かなり失礼な事を言っているのだが、村正自身、余りその事について気が付いている様子は無かった。

ワゴンに乗っている『七星村正』を手に取り、鞘から刀を抜き放つ。

威神の力を宿した刀身は、全身に紫色の輝きを放っていた。

 

「この剣を操れるのは、我々の想像を絶する苦難を乗り越え、執念とも言える強さを持った者のみ・・・・そう、”人修羅”殿のみなのです。」

「つまり、17代目以外が触れると呪われるっと、仰りたいのですか? 」

「いえ・・・・言葉の例えです・・・・普通の人が触っても、何の支障もありませんよ。」

 

口元に皮肉な笑みを浮かべたコック長は、刀を再び鞘へと納め、憮然としている銀髪の少年へと渡した。

 

「しかし、精神的にも肉体的にも未熟な輩が、過ぎた力を欲すれば破滅するのは必然・・・貴方も、その事だけは努々(ゆめゆめ)お忘れにならぬよう・・・。」

「・・・・・・。」

 

村正の言葉は、何処か重く、ネロの心に突き刺さった。

両手の中に納まる魔法剣へと視線を落とす。

一年前、自分は愚かにも”ミティスの森”で、”ソロモン12柱の魔神”の一人を解き放ってしまった。

魔神―堕天使・アムトゥジキアスは、ネロの体内に宿り、魔具『閻魔刀』の力で、深い眠りへと就いている。

アムトゥジキアスが憑依した影響で、ネロの右腕は異形の姿へと変貌してしまった。

今は、17代目・葛葉ライドウが施した封魔の腕輪で、人間の腕に戻ってはいるが、腕輪を外せば、再び異形の”悪魔の右腕”に戻ってしまうのだ。

 

 

 

三十四代目・村正の一件後、”魔法剣”の概要を聞いたネロ達は、ラウンジに戻って軽く一服する事になった。

因みに、アリラトの力が宿った剣は、眼帯のメイドに返している。

メイド長であるメアリー特性のパウンドケーキに舌鼓を打ちつつ、一同は、甘さ控えめのアップルティーを飲んでいた。

 

「やっぱり、凄い・・・・・。」

「あん? 」

 

フォークで分厚いパウンドケーキを口に運んだニコが、真向いにすわるネロを胡乱気に眺める。

 

「凄ぇよ! ライドウさんは、俺が想像する以上に凄い召喚術師(サマナー)だったんだ! 」

 

まるで英雄(ヒーロー)に憧れる少年少女の如く、銀髪の少年は、キラキラと双眸を輝かせ、何故かガッツポーズを取っている。

途端、白けるニコ達。

否・・・・驚く所はそこじゃないだろ? という、無言のツッコミが、ネロへと刺さる。

 

「じゅ、17代目が凄いのは、皆知っているけどね。 」

「・・・・・。」

 

苦笑いを浮かべる鋼牙と、無言になってしまうニコと明。

特に、義理父である17代目との確執を知っているニコは、隣に座る明を眺め、いたたまれない様な気分になってしまう。

当の明自身は、メアリー特性のパウンドケーキには、一切手を付けず、無言で座っていた席から立ち上がった。

 

「用事は済んだんだろ? だったら、俺は仕事に戻らせて貰う。 」

 

それだけをネロ達に伝え、引き留める間もなく、ラウンジから去って行ってしまった。

 

「何だよ? アイツ・・・。」

「まぁまぁ、 今、僕達”探偵部”は大事な仕事を抱えているからね。明には、ソッチの調査を頼んでいるんだよ。 」

 

明の態度に、憮然とするネロを鋼牙がそれとなくフォローする。

 

「仕事・・・・・? 」

「そうそう、コイツ等は、一応”葛葉探偵事務所”の調査員らしいからなぁ? 」

 

胡乱気に聞くネロに対し、ニコがからかい気味に応える。

 

明と鋼牙は、矢来銀座を中心に活動している”(自称)探偵”であった。

浮気調査から、失せ物探し、果ては迷子になった飼い犬や飼い猫まで探す、いわば街の『何でも屋』である。

 

「ニコ姐は、僕達の活動を馬鹿にしてるけど、一応、市民の安全を守る為に、悪魔退治もちゃんとやってるからね。」

 

鋼牙は、甘い香りがするアップルティーを一口啜ると、右隣に座る女店主をジロリと睨んだ。

 

未成年であるという事から、餓鬼のお遊戯だと思われがちだが、仕事内容は、何処の調査事務所よりも誠実で、それなりの結果を出している。

現に、鋼牙達の地道な活動のお陰で、依頼件数も徐々にではあるが、増えているのも事実であった。

組織”クズノハ”の掟に従い、矢来銀座の市民達や、天鳥町の住民達を悪魔の脅威から護ってもいる。

 

「そうだ、これから僕達の活動拠点である”葛葉探偵事務所”に来ないか? 君にも見せたいモノがあるし。」

「え?うん。 別に構わねぇけど。」

 

鋼牙の提案に、半ば流される形で、ネロが頷く。

 

どうせ、成城の葛葉邸に帰ったところで、義理父であるライドウは屋敷にはいない。

”壁内調査”と”表の仕事”で、屋敷に帰る事は殆ど無く、此処数日、ロクに顔を合わせてはいなかった。

それに、あの厭味ったらしい銀髪の大男と顔を合わせると、必ずと言っていい程、口喧嘩になってしまう。

 

ネロは、テーブルの上にちょこんと座って此方を見上げている小さな妖精と視線を合わせた。

居心地の悪い屋敷に居るより、気の合う鋼牙達となるべく一緒にいたいネロの気持ちが分かるマベルは、「別に構わないよ。」と微笑む。

 

「良し、アタシも仕事に戻らなきゃならないから、ついでにお前等を事務所がある矢来銀座の近くまで乗っけてってやるよ。」

 

気前の良いニコの申し出に、ネロ達三人は、一路、『葛葉探偵事務所』がある矢来銀座に向かう事になった。

 




何とか投稿出来ました。

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