偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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登場人物紹介

里美・忠・・・・『轟探偵事務所』の調査員。
悪魔召喚術師(デビルサマナー)であるが、中々芽が出ず、B級止まりである。
師匠である轟曰く、「その気になれば、特Aクラスぐらいは狙える。」との事。

小金・田牧・・・・『轟探偵事務所』の調査員。
忠の番(パートナー)で、特A級の魔導士(マーギア)。
口は悪いが、仲間想いで、何かと忠を助けている。



第四話 『 闇市 』

アメリカ合衆国バージニア州、アメリカ国防総省本庁舎。

数千メートルもの地下に、”ネスト”と呼ばれる極秘研究施設があった。

 

研究所の長い廊下を、漆黒のカソックを纏い、両肩に真紅のストラを垂らした赤い髪の青年が歩いている。

歳の頃は20代前半ぐらいだろうか?

前髪を後ろに撫でつけ、人形の様に整った容姿をしていた。

 

「うわぁあああっ!!! 」

 

突然、研究素体を飼育している個室の扉が開き、中から額に夥しい血を流した小太りの研究員が飛び出して来る。

誰かの返り血だろうか、研究員が着ている白衣は、血塗れであった。

 

「だ、誰か! 誰か、警備員を呼んでくれ!! 」

 

脚をもつれさせ、研究員が廊下の硬い床へと無様に倒れ込む。

余りの恐怖に、両眼は限界まで見開き、目の前にいる赤い髪の異端審問官へと助けを求めていた。

赤い髪の青年― ケン・アルフォンス・ラ・フレーシュが、小太りの研究員のすぐ後ろへと胡乱気に視線を向ける。

すると、飼育部屋から、黒い髪をツインテールにした10歳未満のアジア系の女の子が、右手に看護師らしい女性の髪を掴んで出て来た。

既に女性看護師が絶命しているのは、一目見ただけで分かる。

首があらぬ方向へと捻じ曲がり、目と口、鼻や耳から血を流して、少女に引きずられていた。

 

新しい獲物を見つけ、少女が口元に冷酷な笑みを浮かべる。

しかし、少女の眼前に立つ、紅い髪の異端審問官は、別段、怯える様子は無かった。

少女を眺めていた紅玉の如き、紅い双眸が、怪しい輝きを放つ。

すると、突然、少女が悲鳴を上げた。

恐怖に顔を歪ませ、耳から大量の血を流す。

そして、糸が切れた人形の如く、床に頽(くずお)れると、口から泡を吹き、不規則な痙攣を起こしていた。

 

 

「困るなぁ、大事な実験体を壊して貰っては・・・・。」

 

背後から掛けられた声に、ケンが鋭い視線を向ける。

するとそこには、左胸に幾つかの勲章を付けた陸軍制服を着る60代前半らしき、初老の男が立っていた。

この地下研究所の総責任者を任されているアメリカ陸軍中将、ウィリアム・グリッグスである。

 

「なら、もう少し獣共の躾をしておけ。」

 

心底、軽蔑しきった眼差しを、グリッグス中将へと向ける。

 

正直、この男は気に喰わない。

いくら大統領直属の部下とはいえ、この生理的嫌悪感を抑える事は叶わない。

 

そんな同胞の様子など、一切意に介さず、グリッグス中将は、背後に控えている不気味な仮面を被った医師達に、後片付けを命じる。

テキパキと無駄な動きを一切見せずに、黙々と作業を続ける白衣の集団。

 

「此処で立ち話も何だから、執務室に来ないか? ウリエル。」

 

まるで人形の様に投げ出された看護師の遺骸を死体袋に詰め、廃人と化した実験体と未だ腰を抜かしている医師を回収する白衣の集団を、無言で眺める赤毛の異端審問官の背に、グリッグスが声を掛ける。

 

「私に言いたい事があるんだろ? ついて来たまえ。」

「・・・・。」

 

踵を返し、自室(プライベートルーム)へと向かう初老の男。

ケンは、無表情のまま、男の後を追い掛けた。

 

実験施設から少し離れた、居住区内の近くにある執務室。

持ち主の趣味なのか、上品な高級家具が置かれ、壁にはミケランジェロ作の『アダムの創造』という宗教画が、飾られている。

豪奢なデスクの置かれた背後の壁は、強化ガラスになっており、そこから”ネスト”の様子が一望出来た。

 

「まだ、あんな野蛮な実験を続けているとはな・・・。」

「野蛮とは心外だな・・・・此処の研究成果のお陰で、今の13機関(イスカリオテ)は成り立っていると言っても過言ではないのだよ? 現に、君の上司であるジョン・マクスゥエルは、此処の出身だ。」

「・・・・・。」

 

口では、不平を洩らしつつも、グリッグスの表情は、何処か偽悪的であった。

嫌悪感に歪むケンの様子を横で眺め、楽しんでいる。

そんなアメリカ陸軍中将に対し、赤毛の異端審問官は、一つ溜息を零すと、豪奢なデスクの上に、ポケットから出したUSBを無造作に置いた。

 

「貴様に預けていた筈の”ファティマの書”だ・・・・一体、何故、フォルトゥナの様な小国にあったのか、理由を教えてくれ。」

 

返答によっては唯ではおかぬ。

そんな危険な雰囲気を孕みながら、ケンは、強化ガラス越しに”ネスト”の様子を見下ろす初老の男を睨む。

 

「リブ・トルストイという男を覚えているか? 」

「元RAS(ロシア科学アカデミー)の研究員か・・・・まさか、奴は”天智会”が送り込んだスパイで、まんまと”経典”を奪われたというつもりじゃないよな? 」

「・・・・・・。」

「見え透いた嘘を・・・・・貴様が、トルストイを利用して、フォルトゥナ公国を悪魔の生態実験場にしていた事は知っているんだぞ! いくら姉上の信頼を得ているとはいえ、これ以上の狼藉は・・・・・。」

「言葉を慎め・・・・ウリエル。」

 

グリッグスの一言に、ケンの背を言い知れぬ寒気が走る。

口を噤(つぐ)み、鋭い双眸で、数歩離れた位置に立つ初老の男を睨み据えた。

 

「全く・・・・君は、本当に若いな・・・・綺麗事だけでは、悪魔(デーモン)共には勝てぬぞ? 」

 

ケンの嫌悪感の理由は、至極簡単だ。

神の子である人間を使い、人体実験していた事実を受け入れられないのだ。

任務に対し、恐ろしく忠実であるケンではあるが、非人道的な行為を異様に嫌う。

実姉であるゼレーニンが、甘やかした結果か。

 

「我々は今、悪魔(デーモン)共と未曽有の戦争状態にあるのだ。 防戦一方である我等が、優位に立つには、多少の犠牲も矢無負えぬのだよ。」

「・・・・・。」

「これは、君の愛する姉上・・・・ラファエル様も承知の事だ。」

 

そう、ウィリアム中将が、若きセラフの大天使を諭している時であった。

執務室の扉が開き、中から幾何学的な文様をしたマスクを被る漆黒のカソックを纏った神父が入って来る。

両肩に垂らす真紅のストラに、金の刺繍糸で二つの交差する槌と雷の紋章から、ケンと同じ異端審問官である事が分かった。

 

「おっと失礼、お取込み中だったかな? 」

 

まるで、インクを零した跡の様な文様をしたマスクを被る男は、態とらしく両肩を竦めて見せる。

声の質からして、年齢は40代後半辺りだろうか?

両手には、汚れ一つない、清潔な白い手袋が嵌められている。

 

「”ヴィラン”? 何故、貴様が此処に・・・・・? 」

「私が呼んだ・・・・彼は、貴重な”神器(デウスオブマキナ)”の適合者だからな。」

 

ケンの疑問に、ウィリアム中将が、簡潔に応える。

 

この奇妙なマスクを被った男の名は、”ヴィラン”。

ヴァチカン13機関(イスカリオテ)に所属する異端審問官であり、第10席、『ロールシャッハ』のコードネームを持つ。

神と人とを繋ぐ女神、イーリスの血を色濃く継ぎ、それ故、様々な”神器”を扱う事が出来る。

 

「例の物を引き取りに来たぜ? 中将殿。」

 

厚顔不遜なその態度に、ケンの秀麗な眉根が不快気に歪む。

 

元イギリスの特殊空挺部隊、SAS(Special Air Service)の出身であり、対人格闘術のスペシャリストという肩書を持つヴィランは、主に潜入任務を生業としている。

今現在は、日本を拠点として活動している秘密結社(フリーメーソン)に潜り込み、ヴァチカン市国に逐一情報を流していた。

 

「此処に用意してある。」

 

憮然とするケンを他所に、ウィリアム中将は、デスクの横に建て替えてある特殊合金で出来たアタッシェケースを手に持った。

早速、大きなデスクの上に置き、留め金を外して蓋を開ける。

アタッシェケースの中には、円盤状の刃が付いた武器が二つ収まっていた。

 

「ホォー、 コイツが人修羅からぶん取った魔神・ヴィシュヌで造った神器か。」

「正確に言えば、神獣・カルキだ。 」

 

月の女神・ヘカテーの技術で、四つ足の醜い怪物から、神々しい神器へと生まれ変わった魔神・ヴィシュヌのもう一つの姿。

流石は、最高級の腕を持つ職人(ハンドヴェルガー)だ。

もし、並みの職人が扱ったら、バージニア州どころかアメリカ大陸そのものが消し飛んでいただろう。

 

「フン、貴様に神獣・カルキが扱えるとは、到底思えんがな。」

 

どうやら、陸軍中将はこのテロリストに、カルキの宿った神器(デウスオブマキナ)を扱わせる気でいるらしい。

”炎の剣(フランベンジュ)”の嫌味に、ヴィランは大袈裟に肩を竦めた。

 

「そういうオタク等、天使は”神器(デウスオブマキナ)”が使えるのか? 人間以下の操り人形さんがよぉ。」

「き、貴様!! 」

「止めんか! ウリエル!! ヴィラン、君も言葉には気を付けろ! 」

 

今にも飛び掛かりそうなケンを言葉で押し留め、ウィリアム中将は、奇抜なマスクを被る男を鋭く睨む。

そんな天使達二人に、マスクの男は、大袈裟に溜息を吐くと、アタッシェケースの蓋を閉じた。

 

「全く、天使って生き物は、頭が固すぎていけねぇ。」

 

目的の物を受け取ったヴィランは、険悪な空気が漂う室内から、さっさと退散してしまおうと、踵を返した。

その背に、ウィリアム中将の声が掛けられる。

 

「ヴィラン、分かっていると思うが、くれぐれも扱いには注意してくれ・・・・日本は、我々、合衆国にとって、大事な占領地であるからな? 」

 

悪意が籠もった皮肉の言葉。

それにヴィランは、片手を上げて応えると、執務室から姿を消した。

 

 

 

 

腕の中に納まった温もりは、余りにもあっけなく消えてしまう。

漸く代理とはいえ、番にまでなれたのに。

ダンテの予想とは違い、想い人は決して自分を振り向いてはくれなかった。

一年前、北の台地、フォルトゥナ公国から日本に帰国後、主は休む間もなく永田町へと赴き、丸一日ダンテの元に帰っては来なかった。

成城の屋敷で、赤毛の忍に監視されつつ、ライドウの帰りを待つ。

明け方頃に帰って来た主は、私室で数時間だけ仮眠を取ると、八王子にあるH・E・Cの本社へと向かってしまった。

その間、ダンテはライドウから十二夜叉大将の一人である摩虎羅大将こと、猿飛佐助の手伝いを命じられた。

旧渋谷跡地で、未だに発生している下級悪魔の討伐である。

下級とはいえ、悪魔は悪魔。

一般市民にとっては、十分、脅威になり得る存在だ。

 

都心5区の一つに数えられる渋谷区は、ハチ公前と道玄坂辺りまでの復興は終了しつつあるが、それでも、公園通やスペイン坂等に悪魔が度々、出現する。

井之頭通から渋谷パルコへと続く、100メートル弱の緩い勾配の坂。

その元ラジオスタジオがあった商業ビルに、喰種の群が住み着き、作業員を襲撃しているとの情報を得た。

すぐに問題のあるビルへと向かう二人。

現場に到着したダンテと佐助は、あまりの激臭に思わず顔をしかめた。

 

 

「ちっ、喰種かよ・・・・嫌になっちまうぜ。」

 

喰種討伐は、初めてではないが、この糞尿の臭いだけはどうしても慣れない。

奴等は、群れで行動する習性がある為、コミュニティの仲間を体臭で判断している。

その為、奴等の”巣”がある場所は、肥料と同じ一種独特な臭いがするのだ。

 

「同感、とっとと駆除して帰りましょ。」

 

口布を鼻頭まで引き上げた佐助が、何の躊躇いも無く建物内へと入る。

その後に続く、ダンテ。

脳裏に浮かぶのは、疲れた様子で葛葉邸へと帰って来たライドウの姿であった。

 

フォルトゥナ城の修練場での一件以来、まともに彼に触れていない。

4年前は、毎夜、彼の肉体を求めていたというのに、今は、傷付ける事を恐れて、華奢なその腕に触れる事すら躊躇ってしまう。

 

(糞・・・・餓鬼の恋愛じゃねぇんだぞ? )

 

例える事の出来ぬ苛立ちだけが募り、ストレスとなって胸を圧し潰す。

 

時刻は、朝の6時前。

喰種共の活動時間が終了し、奴らが”巣”へと戻り、眠りにつく時間帯だ。

そこを見計らい、奴等の巣に火炎瓶のプレゼントを届ける。

 

「奴さん達が出て来るよ! 」

 

佐助が投げつけた火炎瓶が、喰種の巣を炎で包んだ。

廃材を搔き集め、まるで鳥の巣の様な形をした穴倉から、炎に包まれた死人達が悲鳴を上げて飛び出して来る。

それを巨大な卍手裏剣で叩き斬る、忍装束の若い男。

ダンテも大剣『リベリオン』を引き抜き、巣から飛び出して来た喰種の一体を兜割りで斬り伏せる。

 

「ライドウを愛している。」その気持ちは、今も尚、変わらない。

フォルトゥナで4年振りの再会を果たし、あの頃と少しも変らぬ姿に、燻(くすぶ)り続けていた情欲の炎が、再び燃え上がるのを感じた。

殺意にも似た激しい激情は、止められる筈も無く、グリューン大歌劇場や、ミティスの森、そして、フォルトゥナ城の修練場で、幾度も彼に無体な行いをしてしまった。

 

 

「ぎゃぁあああああっ!! 」

 

耳障りな悲鳴が、商業ビル内に木霊する。

斬り飛ばした喰種共の手足が、奴等の糞尿で汚れた床に転がる。

ダンテが巧みに操る双子の巨銃、”エボニー&アイボリー”から吐き出される鋼の牙が、喰種の頭を撃ち抜き、柘榴の様に爆ぜ割れる。

特殊ワイヤーで操られている巨大手裏剣が、縦横無尽に飛び回り、怪物達の肉体を両断していった。

時間にして数十分。

辺りは、怪物達の死体で埋め尽くされていた。

 

「はぁ・・・・やーっとこさ、終わったかな? 」

 

奴等の体臭が充満する、建物内。

無数に転がる喰種の死骸を眺め、佐助が口布の下で溜息を零す。

 

喰種の巣は、建物内に合計10か所程、見つける事が出来た。

あんな小さな穴倉の中に、よくもこれだけの数の喰種共がいたと思わず感心してしまう。

食欲旺盛な奴等は、その習性とは反し、どれも骨と皮だらけの見るも無残な姿をしていた。

腹部が異様に膨れている姿は、さながら地獄を彷徨う餓鬼そのものだ。

 

「エネミーソナーに反応はねぇ・・・・どうやら、此処の巣が最後だったみたいだな。」

 

手の中に納まるぐらいの大きさをした、動態検知器を取り出したダンテが、画面を眺めながら、佐助に応える。

彼等の仕事は、無事終了した。

後の事は、処理班に任せる事にする。

 

「ちょっと、何処行くのよ? 旦那。」

 

建物の外に待機している処理班に連絡を終えた佐助が、無言でビルから出て行こうとするダンテを呼び止める。

 

「まだ、暴れ足りねぇ・・・・ここら辺を適当に散歩したら、成城に帰るよ。」

「はぁ? あのねぇ、勝手な事しないでくれる? もしもって事があったらどーすんのよ? 」

 

今の所、この一帯では下級悪魔しか出現報告は受けていない、とはいえ、不測の事態が起こらぬという保証はない。

この銀髪の大男が、アシスタントとして自分をカバーしてくれるのは、大変有難いが、度々、こういう勝手極まる行動を取られるのが、頭痛の種であった。

 

「ハプニングが無いパーティー何て、楽しくねぇーだろ? 」

「俺様は、穏便に終わる方が嬉しいけどね。」

 

悪態を叩き合う二人。

そんな彼等を他所に、防護服を着た処理班が、建物内へと続々入り込んで来る。

彼等は、厚生省に所属する魔導師(マーギア)達だ。

主に、数法系の術師で構成され、悪魔の遺体から生体組織を採取したり、マグネタイトや瘴気から生み出された希少な鉱物を回収している。

 

仕事は終わったとばかりに、赤毛の忍から背を向け、未だ開発途中であるセンター街へと向かおうとするダンテ。

その後を、盛大な溜息を零した佐助が追い掛ける。

 

「餓鬼じゃねぇんだけどな? 」

 

保護者は要らないとばかりに、ダンテが数歩離れた位置でついて来る佐助を鋭く睨む。

 

「センター街は、小鬼(ゴブリン)の亜種体が多く目撃されてる。アイツ等は、喰種と違って頭が働く分、厄介だ。 旦那、一人で行かせる訳にはいかないよ。」

 

ダンテが一人になりたい理由は、痛い程分かる。

主であるライドウと上手くいっていないから、悪魔共で憂さ晴らしがしたいだけなのだ。

そんな子供の我儘を、素直に聞いてやる程、佐助は甘くない。

 

「ちっ、勝手にしろ。」

 

忌々し気に舌打ちし、センター街へと歩を進めるダンテ。

その後ろを佐助が、黙ってついていく。

 

このダンテという元便利屋をライドウから無理矢理押し付けられ、共に旧市街地に出没する悪魔共を討伐する様になってから、1年弱。

佐助なりに分析した結果、戦闘能力は大したものだが、性格面に随分問題のある男である事が分かった。

ライドウからの情報によると、4年間、ケビン・ブラウンの指導の元、軍に従軍していたらしいが、チームとして行動するには、扱い辛く、良く、今迄大きな事故が起きなかったものだと感心する。

まぁ、CSI(超常現象管轄局)のNY支部は、変わり種が多い事でも有名だ。

戦闘能力は跳び抜けているが、性格面にやや難があり、チームとも馴染めなかった連中が、最後に辿り着く場所が、CSIのNY支部だと聞く。

そういった連中を見事に扱っているケビンだからこそ、ダンテの性格を逸早く掴み、彼の長所を最大限に引き出したのだろう。

お陰で、従軍時代は、輝かしい戦歴を残している。

軍に残っていれば、それなりのポストが用意されただろうに、ダンテはそれをあっさりと蹴り、再び、古巣であるレッドグレイブ市に戻って、便利屋家業を再開した。

その矢先、ケビンから北の小国、フォルトゥナの内部事情を探る依頼を受け、4年振りにライドウと出会ったのである。

 

 

「此処の近くに、不法就労者のキャンプがあるから寄ってかない? 」

 

時刻は、朝の8時前。

通勤や通学の人々が、忙しなく活動する時間帯である。

喰種討伐の任務が終了して、数時間。

当然、朝食など採っていない二人は、空腹を感じていた。

 

「キャンプ・・・? 」

「そう、不法就労者や俺達みたいな『狩人(ハンター)』相手に色々と店が出てるんだ。そこに、美味い料理を出してくれる大衆食堂があるからね。」

 

センター街で、小鬼(ゴブリン)駆除をする前に腹ごしらえしようと言う佐助の提案に、ダンテは素直に従う事にした。

 

 

 

第二次関東大震災が起こってから十数年。

国民の約、八割を失った日本は、一時的に国としての機能を失った。

政府上層部は、国連に復興支援を要請。

立て直しを図る為、多くの移民達を受け入れた。

その結果、母国語は廃れ、世界共通言語となりつつあるゲルマン祖語が国中に浸透。

コーカソイド(白人)、モンゴロイド(黄人)、ニグロイド(黒人)、オーストラロイド(オーストラリア先住民)等、種々雑多な人種が住む国へと変貌した。

当然、治安は一気に低下。

関税執行局が厳しく取り締まり、永住ピザの取得が更に難しくなったのである。

しかし、”シュバルツバース”による恩恵に預かろうと、”一攫千金”の夢を見る難民達は多く、不法に入国して来る者達は後を絶たない。

彼等は、治安の行き届かぬ危険開発地域へと、無断で住み着き、小規模であるがコミュニティを作る様になった。

センター街の近くにあるキャンプも、そんなコミュニティの一つである。

 

 

「やけに詳しいじゃねぇか? 」

 

何の迷いも無く、大衆食堂へ向かう佐助の背に、ダンテが呆れた様子で言った。

 

「こういう仕事してると情報が命綱になるからね。 不法就労者のキャンプは、結構貴重な情報が飛び交っているから、それを収集する為に度々、立ち寄っているんだよ。」

 

当然、関税執行局に見つかれば、只では済まない。

しかし、此処は、危険度の高い悪魔が生息する危険区域だ。

流石に、日本の法も此処まで届かない。

 

「それにしても、意外と人が多いな。 」

 

ダンテが指摘する通り、キャンプ内には、大勢の人々が行き来していた。

通りらしき場所には、出店のテントが張り巡らされ、様々な野菜や果実、肉や魚、缶詰等の食料品の他に、銃器等が普通に売り買いされている。

 

「世界大恐慌だからねぇ、どの国も職にあぶれた一般市民がヒィヒィ言ってる。そんな彼等にとって、日本という小さな島国は、宝の山に見えるんでしょ? 」

「宝の山? 悪魔だらけの地獄じゃねぇか。」

「でも、”シュバルツバース”から流れ出る瘴気から、希少な鉱石や生体マグネタイト、次世代のエネルギー源だと噂される”エキゾチック物質”が発見されているのは、周知の事実だからね? 国に持ち帰れば巨万の富が手に入る。」

 

貧困に喘ぐ、彼等下級市民にとって、そこから這い出す事が出来るのならば、どんな手を使おうが構わない。

国に残した家族達を養う為に、己の命を溝へと捨てる。

そんな覚悟で、彼等は魑魅魍魎が蠢く、この世界で最も危険な場所へと足を踏み入れて来るのだ。

 

 

「あっ? 」

「うわっ、佐助じゃん。」

 

大衆食堂へと向かう道すがら、佐助は意外な人物とばったり会ってしまった。

壬生家の跡取り息子である、壬生・鋼牙だ。

その後ろには、先日、17代目が養子として葛葉邸に迎え入れた元魔剣教団の騎士、ネロがいる。

 

「ちょっと、ちょっとぉ。 何で壬生の坊ちゃんがこんな所に居るのよ? 」

 

未成年二人組が、不法な闇市に入り込んでいる事に、普段は余り感情を表に出さない佐助が、顔色を変える。

 

「あー、仕事だよ。 ”葛葉探偵事務所”に、依頼が入ったから、その内偵調査をね。」

 

我ながら苦しい言い訳だ。

佐助が、自分と明が探偵稼業をしている事を知っている。

内心では、周りの連中同様「餓鬼のお遊びだ。」ぐらいの認識しかないが、鋼牙が13代目・葛葉キョウジの為に、探偵事務所を護っている事を承知している為、敢えて口には出さないでいた。

 

「仕事? 何時もの猫探しって訳じゃなさそうだけどね。」

 

胡乱気な双眸で、黒縁眼鏡の少年を眺める。

彼等、二人は『聖エルミン学園』の制服ではなく、カジュアルな普段着を着用していた。

鋼牙は、茶のダウンベストに、厚手のタートルネックのセーターに薄い青のジーンズ。

ネロは、グレーのレザージャケットにシャツとジーンズを履いている。

 

「そっちこそ、任務終わり? 元締めに報告しなくて大丈夫なの? 」

 

スペイン坂通りでの喰種討伐を終えたばかりの佐助は、対悪魔用の鎖帷子(くさりかたびら)が仕込まれた忍装束を身に着けている。

ダンテもトレードマークである真紅の長外套(ロングコート)を着用しているが、その下は、組織から支給されている対悪魔用のタクティカルスーツを装着していた。

 

「一応、処理班の班長さんには、任務終了の旨は伝えてあるけどね・・・って、話誤魔化さないでくれる? 」

 

話の論点を何とかずらそうとしている鋼牙を、佐助が鋭く睨む。

 

普段着の少年二人と違い、佐助とダンテは、普通の街並みを歩くにしては、少々奇抜な恰好である。

しかし、周りの連中は、悪魔共から貴重な鉱石や生体マグネタイトを手に入れる為に集まった、不法就労者の集団だ。

その殆どが、武器や防具を身に着けた連中ばかりなので、逆に丸腰同然の鋼牙達の方が、否応にも目立ってしまう。

 

 

「お前・・・・学校はどうした? 」

 

一方、ダンテは自分より、頭一つ分以上低いネロを見下ろしている。

 

「今日は、祝日だ。 休みの日ぐらい何してようがアンタには関係ないだろ? 」

 

銀髪の大男に見下ろされているネロは、大分ご機嫌斜めであった。

 

元々、ネロはダンテを余り好意的には見ていない。

命の恩人とも呼べるライドウに無体を働いた挙句、図々しくも代理番の立場に居座っている。

自分も口が悪い方だが、この大男はさらに性根が捻じ曲がっており、人の気に障る悪態を平気で吐くのだ。

 

「あ、チェン叔母さんの大衆食堂がこの近くだよね? お腹空いたし、こんな所で何時までも立ち話するのも何だから、ソッチ行かない? 」

 

ダンテとネロの間に漂う、一触即発な雰囲気を敏感に感じ取った鋼牙が、そう提案する。

 

「余り目立つのは好きじゃないし、仕方ないよね? 」

 

佐助も、鋼牙と同じく、二人から漂う不穏な空気を感じ取ったらしい。

自分より大分上背があるダンテを見上げる様にして、聞いた。

 

「ちっ、好きにしろ。」

 

周囲から注がれる好奇な視線に、ダンテは忌々しそうに舌打ちした。

 

佐助の言う通り、闇市のど真ん中で、餓鬼相手に喧嘩をするつもりは毛頭無い。

それに、先程、大暴れしたお陰で、腹が空いているのも事実であった。

 

 

佐助と鋼牙に誘われる形で、一同は、不法就労者や狩人(ハンター)相手に、商売をしている大衆食堂へと向かった。

 

 

 

不法就労者達が運営する”闇市”から少し離れた通りに、一軒の廃屋がある。

元は、何かの飲食店だったのだろう。

割れた窓を新しく張り替え、崩れた壁を廃材等で補強している。

店内には、早朝にあるにも拘わらず、多くの客達がいた。

 

「全く・・・・朝っぱらから、良くそんな脂っこいのが食べれるわね。 」

 

窓際の二人掛けの席に、スーツ姿の男女が向かい合って座っている。

上品な茶のスーツを着た20代半ばぐらいの髪を短く刈った女性が、真向いに座る白いスーツの若い男を眺めて、呆れた様子で溜息を零した。

 

「うるせぇなぁ・・・探偵稼業は体力勝負なんだよ。 人より倍喰わねぇともたないの。」

 

相棒兼同僚の小金・田牧(たまき)にからかわれ、スーツの若者―里美・忠(ただし)は、バターの塊が二つも乗った激辛担々麵を啜りつつ、睨み付ける。

 

そんな相方に、呆れた様子で溜息を零した田牧は、緑茶の入った湯呑を一口啜った。

 

二人は、この渋谷センター街を中心に活動している自警団兼興信所、『轟探偵事務所』の調査員だ。

一応、『狩人(ハンター)』の資格も取得しており、必要とあらば、悪魔討伐も行う。

 

「早朝から、お仕事ご苦労様です。」

 

冷たい麦茶のコップを忠の前に置いたのは、雪の様に白い肌をした濃い、緑色の髪をしている10代後半ぐらいの娘であった。

彼女の名は、シルキー。

この大衆食堂の看板娘の一人だ。

彼女の同僚であり、もう一人の看板娘は、忠達から離れた席に座る黒人二人組から、注文を聞いている。

 

「怪我、大丈夫ですか? ちゃんと三葉先生の所で診て貰った方が良いですよ? 」

「大丈夫、大丈夫。 これぐらい大した事無いから。」

 

心配そうに眉根を寄せるシルキーに、忠はへらへらと何処か浮かれた調子で応える。

 

良く見ると、白いスーツの袖口から、包帯が覗いていた。

オマケに、忠の左頬には、少々大き目の絆創膏が塗布されている。

 

「そうそう、何時もの事なんだから、気にしちゃ駄目よ? シルキー。」

 

綺麗で美人な女性にめっぽう弱い、相方に心底呆れてしまう。

 

昨日の深夜、田牧達が所属する『轟探偵事務所』に、悪魔の討伐依頼が来た。

相手は、不法就労者達を取りまとめている人物で、このキャンプの責任者も務めている。

仕事内容は、センター街を棲家にしている小鬼(ゴブリン)共が、繁殖期に入ったのか、急激に数を増やし、キャンプの備蓄を喰い荒らして困っている。

なので、大掛かりな駆除をしたいのだが、人手が足らず、どうしても手伝って欲しいとの事であった。

勿論、此処の不法就労者達と『轟探偵事務所』は、持ちつ持たれつの仲だ。

快く、二人は引き受け、配給用の食糧庫を荒らしていた小鬼(ゴブリン)の群を討伐する事になったのだが、意外と時間が掛ってしまい、全てが終わったのが明け方近くになってしまったのだ。

 

「全く、先走ってドジを踏みすぎなのよ?アンタ。 そんな調子じゃ、次の進級試験も落ちるからね。」

「う、うるせぇ! 次は必ず合格してやるっての! 」

 

小姑の如く、重箱の隅を突く様に嫌味を言う田牧に、忠が歯を剥き出して怒鳴った。

 

こう見えても、忠は、れっきとした悪魔召喚術師(デビルサマナー)である。

未だBクラスから、中々、上に行けないが、師匠の轟所長からは、「やる気さえ出せば、特Aクラスも狙える。」と、太鼓判を押されていた。

 

「いらっしゃいませぇ~♪ 」

 

そんな取り留めも無い会話を交わす三人の耳に、もう一人の給士、モーショボーの声が聞こえた。

何気なく田牧が出入り口へと視線を向けると、大分、風変わりな一団が店の中へと入って来る。

 

10代半ばと分かる少年が二人に、如何にも『狩人(ハンター)』だと分かる武装した二人の男達。

少年達は、二人共軽装で、見事な銀の髪をした少年が、背に身の丈程もある機械仕掛けの大剣を背負っている以外、目立った武器は携帯していない。

20代後半ぐらいの男二人は、一人が迷彩柄の忍装束に、もう一人は、赤い長外套(ロングコート)に、下は特殊ケブラー繊維で造られたタクティカルスーツを着ていた。

 

「あの子・・・・もしかして、13代目のお弟子さん? 」

 

カウンター席に座る客達の一団に、見知った少年の姿を見つける。

黒縁眼鏡の少年は、矢来銀座を中心に活動している『葛葉探偵事務所』の責任者、13代目・葛葉キョウジの弟子だ。

名前は、壬生・鋼牙。

超国家機関『クズノハ』を創設した一族の一人で、邪神”ヤトノカミ”を退治した壬生一族の末裔だった。

 

「壬生家のボンボンと、その御付きの忍じゃねぇか。」

 

忠も、田牧と同じくカウンター席に座る一団を、胡乱気に眺めている。

 

平市民から、裏社会に入った忠にとって、超国家機関『クズノハ』に属する人間達は、鼻持ちならない存在であった。

生まれながらにして、常人よりも優れた身体能力と特殊能力を持つ彼等は、憧れと羨望の存在であり、忠に言わせると「チート能力者」の集まりだ。

血反吐を吐き、泥水を啜りながら、底辺で足掻き続ける忠達、一般の『狩人(ハンター)』達には、妬みと嫉みの存在以外他ならない。

 

「まさか、又、厄介事を持ち込んで来たんじゃねぇだろうなぁ? 」

「馬鹿、聞こえるわよ? 」

 

ブツブツと文句を垂れる忠に、田牧がやんわりと窘める。

そんな彼等の視線を敏感に感じ取ったのか、鋼牙がにこやかに声を掛けて来た。

 

「轟さんの所の調査員さん達ですね? お久しぶりです。」

 

座っていたカウンター席から降りた鋼牙が、忠達のいる窓際の席へと近づく。

 

度の強い黒縁眼鏡の下は、あどけない少年の笑顔があった。

とても、一夜で数千人もの人々を呪殺した蛇神を倒した強の者の一族であるとは思えない。

 

「久し振りね? 鋼牙君。 13代目は元気にしているのかしら? 」

 

警戒心を露わにする忠と違い、田牧は柔和な笑みを浮かべて応える。

 

仕事柄、『葛葉探偵事務所』とは幾度も共同で仕事をした事がある。

勿論、鋼牙とも顔見知りで、共に悪魔討伐に出た事もあった。

 

「はい、別件の依頼で事務所を不在にしておりますが・・・。」

 

田牧の質問に、鋼牙が困った様子で応える。

 

13代目に養子という形で引き取られ、”聖地・葛城の森”から、矢来銀座へと上京して来た鋼牙は、キョウジと寝食を共にし、時には彼の仕事を助手として手伝った。

探偵としてのイロハと、悪魔狩りの技術を13代目から叩き込まれてきたが、危険度の高い任務は決して同行させては貰えなかった。

何時かは、壬生家の家督を継がねばならぬ、大事な後継者だ。

故に、キョウジは危険な激戦区へと鋼牙を同伴させなかったのだが、鋼牙自身はそれが大変もどかしく、「子供扱い。」されている事に、多少は腹を立てていた。

 

 

「坊ちゃん、何注文するの? 」

 

何時までも戻って来ない鋼牙に、痺れを切らした佐助が、カウンター席から呼び掛ける。

田牧達に軽く挨拶し、慌てて仲間が待つ席へと戻る鋼牙。

その後ろ姿を、頬杖を突いた女性調査員が無言で見送る。

 

「良い子よね? 鋼牙君って・・・人当たりも良いし、礼儀正しいし、上級市民なのに、それを全く鼻に掛けない・・・・とても、あの壬生一族の末裔とは思えないわ。」

 

田牧個人としては、鋼牙の事を好意的に受け止めている。

しかし、壬生一族の恐ろしい逸話を知っている為、必要以上に接する事が憚られる。

 

「悪魔の肉体の一部を術者の体内に埋め込んで使役するんだったよな・・・・全く、魔術師(ウィザード)一族ってのは、本当にろくでもねぇ・・・。」

 

担々麵を啜りながら、忠は、吐き捨てる様に言った。

 

何時の時代も、魔術師(ウィザード)の末裔達は、探求心の塊だ。

神の力へと近づくならば、どんな代償とて厭(いと)わない。

それが、自分達の子々孫々に多大なる悲劇を及ぼす事になろうとも・・・・。

 

 

 

「何者なんだ? アイツ等。」

「渋谷(此処)ら辺一帯を中心に活動している”轟探偵事務所”の調査員さん達だよ。」

 

ネロの質問に、鋼牙がそう応える。

 

小金・田牧と里美・忠の二人は、センター街の外れにある『轟探偵事務所』に所属する召喚術師(サマナー)と魔女(ストレーガ)だ。

自警団的仕事もしており、彼等の手に負えない悪魔が出現すると、鋼牙達『葛葉探偵事務所』も手伝いに入る事が度々あった。

 

 

「驚いたな・・・・悪魔が人間の真似事をしてやがる。」

 

カウンター席から、何気なく店内を見回していたダンテが、客に対応している給士の一人を見ていた。

長い黒髪を頭の上で二つの団子に結い上げている小柄な少女は、先程、ダンテ達に声を掛けてくれたモーショボーだ。

その近くでは、濃い緑色の髪をした女性、シルキーが冷たい麦茶の入ったコップを客に出している。

 

「ウチの娘達が、そんなに珍しいかい? 『狩人(ハンター)』のお兄さん? 」

 

銀髪の大男の前に、店主らしき40代半ばぐらいの女性が、胸肉の香草焼定食の乗った大きな盆を置く。

大皿の中には、大きくぶつ切りにされた鳥の胸肉が盛られており、香辛料独特の香ばしい臭いがしていた。

 

「そこら辺で、チャラチャラしている小娘(ガキ)共より、あの娘達の方が100倍働き者だよ。」

 

続いてダンテの隣に座っている赤毛の忍に、大根とひじきの煮物、そして鱈のフライ定食を置く。

 

「この人、元は特Aクラスの召喚術師(サマナー)だからね。」

 

手甲を外し、箸を持った佐助が、大根の味噌汁を啜りながら、軽く説明する。

 

この大衆食堂の店主、ウー・チェンは、純粋な台湾原住民であり、魔導師(マーギア)の中では、それなりに名の知れた悪魔召喚術師(デビルサマナー)であった。

しかし、十数年前のとある事件で、躰を壊し、第一線から退く事になった。

 

「何で、そんな腕の良い召喚術師(サマナー)が、食堂の店主なんてしてるんだ? 」

 

フォークで、適当に切ったハムカツを口の中へ押し込みながら、ネロが興味津々で、厨房に立つ女店主を眺める。

 

ネロが疑問に思う事は当然で、悪魔召喚術師(デビルサマナー)は、生まれながらの資質が重要になる為、その数は非常に少ない。

故に、例え事故や事件で躰を壊し、現役で役目を行えなくなったとしても、手厚い保証をする上に、次の世代である召喚術師(サマナー)育成の為に、指導者というポストも用意される。

しかし、チェンは好待遇を受ける事が出来る母国・台湾へは戻らず、この島国に残り、危険地帯と隣り合わせにあるセンター街の近くで不法就労者達や『狩人(ハンター)』相手に、大衆食堂を営んでいた。

 

「旦那の墓が、この近くにあるからさ・・・・アイツを残して国へは帰れない。」

 

チェンの夫は、純粋な日本人だ。

その為に永住ビザを取得したし、国に帰った所で、彼女の親類縁者は既に亡くなっている。

 

「それと・・・・未練かね・・・・あの糞忌々しい”穴”が、跡形もなく消滅するのをこの目で見届けてやりたいのさ。」

「”穴”? ”シュバルツバース”の事か・・・。」

 

チェンの言う『穴』とは、勿論、東京湾一帯に発生している異界へ繋がる大門―”シュバルツバース”の事だ。

今も尚、異界へと繋がる穴の面積は徐々に拡大し、その度に、『壁』も建て直されている。

 

「チェンさんは、”シュバルツバース破壊計画”に参加していた術師の一人だ。」

 

鳥の胸肉を頬張るダンテに、大盛に御飯が盛りつけられた茶碗を持つ佐助が説明する。

 

今から、十数年以上前、国連は人類の護り手と名高いヴァチカン市国と超国家機関『クズノハ』の協力の元、ある大掛かりのプロジェクトを立ち上げた。

東京湾に突如現れた、あらゆる物質を分子崩壊させながら巨大化する亜空間―”シュバルツバース”の完全破壊である。

”ヴァチカン”と”クズノハ”の他、国連は各国に選りすぐりの術師達や剣士達を招集する様に要請、その中にチェン夫妻もいた。

 

「ウチの旦那は、防衛省所属の術師だった。 アンタと同じ甲賀忍軍の血も引いてて、そのお陰で剣士の能力も持っていたのさ・・・でも、そのせいであの人は寿命を縮めちまった。」

 

チェンの夫は、優秀な自衛官であった。

1等陸尉の階級を持っており、悪魔討伐の経験も豊富で、彼を慕う部下達も多くいた。

 

「あの計画には、”クズノハ”最強と謳われる17代目・葛葉ライドウの他に、コリネウスの生まれ変わりと噂されるヴァチカン13機関最強の騎士、ジョン・マクスゥエルもいたからね。 ウチの人もアタシも・・・・否、あの計画に参加した術師や剣士達全員が、熱病に掛かったみたいに盛り上がっちまった。」

 

それが、間違いの始まりであった。

彼等は、知らなかったのだ。

”シュバルツバース”の中に潜む、想像を絶する恐怖を。

 

「”東の暴風王(エスト・ミストラル)”こと4代目・剣聖、アルカード・ヴェラド、ツゥエペシュ、イタリア最大のマフィア組織”コーサ・コステロ”のビリーザキッドに番のブッチ・キャシディ・・・その他、かなり名の知れた術師や剣士が大勢参加してたね。」

 

流石、十二夜叉大将の一人だけあり、佐助は情報通だ。

闇社会に属する者ならば、誰もが知っている錚々(そうそう)たるメンバーである。

 

「す、すっげぇ・・・・4代目・剣聖の他に、あの『ワイルドバンチ』も参加していたのかよ。」

 

『ワイルドバンチ』とは、ビリー・ザ・キッドとブッチ・キャシディの通り名だ。

1866年、実在したアメリカ合衆国のアウトローが名乗っていた強盗団の名前を皮肉って、態と自分達で付けた仇名である。

 

「ケビン大佐も参加していたのか・・・・? 」

「そりゃ勿論、ブラウン大佐の他に、アラン・シェーファー中将、それから、トレンチ元帥も17代目と同じ最前線に居たんじゃないかな? 」

 

ダンテの問い掛けに、佐助が当然だと言わんばかりに応える。

 

トレンチ元帥は、現、アメリカ陸軍最高司令官の事だ。

アステカ神話の狩猟と戦争の神、ミシュコアトルの末裔で、悪魔(デーモン)達からは、”白い巨神”と呼ばれ、恐れられている。

 

「クッソぉ・・・・めっちゃ羨ましいぜ。 俺も、一度で良いから、そんな凄い人達と一緒に、討伐任務をしてみたいぜ。」

 

佐助の話に、隣に座るネロが無性に悔しがった。

ネロ達、若い『狩人(ハンター)』達にとって、”ワイルドバンチ”や4代目剣聖の様な天上人は、憧れと羨望の的だ。

例えるならば、子供がテレビ等に登場する戦隊モノのヒーローに憧れるのと近い。

 

「フン、どんな英雄や化け物と呼ばれる連中も、所詮、人間さ・・・・神様と違って、全てを救える訳じゃない。」

 

女店主が、勢いを付けてまな板の上に置かれた南瓜を真っ二つに切る。

沈黙する一同を他所に、女店主は慣れた手付きで、南瓜を切り分け、鍋で煮つけを作っていった。

 

「アタシの旦那も、他の連中も、皆あの業火の中で焼かれちまった・・・・アタシは、利き腕と両足を失い、とても召喚術師として仕事が出来る躰じゃなくなった。」

 

チェンの脳裏に、炎獄と化した二上地下遺跡の情景がありありと思い浮かばれる。

悲鳴を上げ、逃げ惑う仲間達。

灼熱の炎から自分を護ってくれた夫は、跡形もなく焼き尽くされた。

 

「”人修羅”? ”宮廷騎士(テンプルナイト)”? そんなもん、あの地獄を見たら、消し飛んじまうよ・・・・誰も、あの穴を閉じる事なんて出来ないのさ。」

 

木のへらで、鍋の中の南瓜を炒めつつ、醤油と味醂(みりん)、砂糖をあえていく。

 

かつては、彼女も今のネロ同様、裏社会でその名を轟かす英傑達と共に、『シュバルツバース破壊計画』に参加する事が出来て、子供の様に心が躍った。

しかし、現実はあまりにも残酷だった。

チームの殆どが死亡。

夫も彼等と同じく、無残な死を遂げた。

 

 

「あの爺さんは、糞ったれな穴を塞ぐのを諦めちゃいないぜ? 」

「・・・・・? 」

 

鍋に蓋をした女店主が、カウンター席に座る銀髪の大男の方を振り返る。

旨そうに豚汁を啜り、香草焼きの胸肉を咀嚼する銀髪の魔狩人は、不敵な笑みを口元に浮かべていた。

 

「日本に還って来てから一年近く、物を喰うのも寝る間すらも惜しんで、”壁内調査”に没頭してやがる。 傷だらけになって、ボロボロの状態になってもな。」

「・・・・・・。」

 

ダンテの言葉を、女店主と忍装束の若い男、そして、その隣に座る少年二人が黙って聞いている。

 

”シュバルツバース”は、想像を絶する地獄だ。

それは誰もが知っている事実である。

チェンも、あの地獄を味わい、二度と召喚術師としての任務が出来ぬ躰にされた。

しかし、17代目・葛葉ライドウは、その恐怖に耐え、幾度も幾度も『壁内調査』を続けて、異界の穴を塞ぐ方法を模索している。

怪我を負い、夥しい血を流しても尚、決して諦める事無く、”シュバルツバース”へと果敢に挑んでいるのだ。

 




PS4版の真女神転生Ⅲの2周目プレイ中。
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