偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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登場人物紹介

シフ・・・・渋谷センター街付近で生活する、難民達のリーダー。
大変面倒見が良く、不法就労者達から慕われている。
とある事件でいわれなき罪を背負わされた夫、農耕の神・トールが投獄された為に、アスガルドを追放処分にされ、息子のウルと共に日本へと流れ着いた。



第5話 『葛葉探偵事務所 』

ネロ達が、天鳥港に停泊している超豪華客船『ビーシンフル号』で、第三十四代目・村正から、合体剣の話を聞いてから数時間後。

明が「仕事に戻る。」と一方的に別れ、ネロと御目付け役のマベルは、鋼牙の誘いで天鳥港から車で30分程度の距離にある『矢来銀座』へ行く事になった。

 

「じゃ、またな? 学生諸君。」

 

『ビーシンフル号』のメイド長であるメアリー特性の極上スィーツを堪能した、女性職人(ハンドヴェルガー)、ニコは、上機嫌でネロと鋼牙、そしてハイピクシーのマベルに手を振り、依頼主がいる仕事場へと車を走らせる。

後に残される三人。

時刻は既に、夕方の6時近くである。

11月に差し掛かるこの季節は、夜になると流石に寒さが身に染みた。

『葛葉探偵事務所』が入っている、少々年季が入ったテナントビルに入り込む。

時代遅れの昇降機に乗り込むと、それまで我慢出来なかったネロが、口を開いた。

 

「見せたいモノって何だよ? 」

 

この小さな島国に来てから、驚きの連続だ。

最新鋭の機材が揃えられた特殊学科の地下施設。

禁断の悪魔合体が行われていると噂される、超豪華客船。

そして、合体剣を造り出す魔の工房。

フォルトゥナ公国では、決して見る事が出来ないモノばかりだ。

 

「それは、事務所に着いてからのお楽しみ。 」

 

終始興奮するネロを嗜め、鋼牙は探偵事務所がある3階を指定する。

暫くすると、涼やかな音色と共に、昇降機が目的の3階へ到着。

案内役である鋼牙を先頭に、狭い廊下を歩くと『葛葉探偵事務所』と書かれた大きな看板がドア横に取り付けられている部屋の前へと辿り着いた。

 

「此処が、僕達の仕事場兼住居だよ。」

 

頑丈な扉を開くと、中は応接間になっており、依頼客を応対する為のソファーと灰皿が乗った机、その少し離れた場所には、樫の木で出来た豪奢なデスクと最新鋭のPCが一台置かれている。

天井にはシックなシーリングファンが規則的に回り、壁に取り付けられた本棚には、魔導書らしき分厚い本が、ぎっしりと隙間なく詰められていた。

 

黒縁眼鏡の少年は、暖房をつけると脱いだジャケットをハンガーに掛け、魔導書が並ぶ本棚へと向かう。

赤味掛かった背表紙の厚い本を後ろに僅かにずらすと、重い音をさせて本棚が右へとずれ、人が一人通れるぐらいの通路が現れた。

 

「ついて来て、この奥が武器庫なんだ。」

「・・・・。」

 

まるでスパイ映画を観ているかの様な気分だ。

確か、鋼牙達は探偵業の他に悪魔退治をしていると言っていた。

自宅に、対悪魔用の装備を隠していても、何ら不思議な事は無い。

 

武器庫内は、予想外に広く、壁にはポケットの中に忍ばす事が出来るぐらいの大きさをしたデリンジャーの他に、大型の重機関銃。

一目で合体剣だと分かる数本の刀剣類と、各種防具が飾られていた。

 

「此処に飾られているのは、ニコ姐の作品ばかりだよ。所長が使っている武器や防具は、矢来銀座にある貸金庫に保管されてる。」

「貸金庫? 此処でも別に問題ねぇだろ? 」

「そうはいかないんだよ・・・このビルには、一般企業も幾つか入っているからね。もしもって事態を想定して、魔法剣や魔具、神器を専門に扱っている貸金庫を借りてるのさ。」

 

魔具(デビルアーツ)や神器(デウスオブマキナ)は、強大な力を持った悪魔や神が封じられている。

故に、扱い方を間違えると未曽有の大惨事が起きる可能性があるのだ。

 

鋼牙は、武器庫から目的のモノを見つけると、ソレを室内の中央にある作業机へと置いた。

エナメル質の光沢を持つアタッシュケースである。

蓋を開けると、中には銃型のハンディコンピューターが収まっていた。

 

「・・・っ? これ、もしかしてライドウさんが使っているヤツと同じ? 」

「型は大分違うけどね、因みにコイツは、ウチの所長が使っていたヤツだよ。」

 

鋼牙、曰く、とある任務で故障した為、ニコの所で修理に出していたらしい。

それが、先日返って来たのだが、肝心の持ち主は、現在、音信不通で、何処にいるのかも分からない状態であった。

 

「あ、悪魔が入っているのか? 」

 

探偵事務所の持ち主であり、鋼牙の師匠は、超国家機関『クズノハ』の幹部である。

組織を創設した四家の当主なのだから、当然、この中には相当強力な悪魔達が封じられているに違いない。

 

「残念だけど、コイツの中身は空っぽさ。 一応、悪魔召喚プログラムとアナライズ機能は付いているけどね。」

 

鋼牙は、苦笑を浮かべるとケースに納まっているGUMPを取り出す。

トリガーを引くと、モバイルPCの様な形へと変形した。

 

「ネロ、召喚術師(サマナー)になるつもりはないかい? 」

「え? 」

 

鋼牙から、GUMPを受け取り、興味津々で眺めていたネロが素っ頓狂な声を上げる。

 

「もし、君が本気で悪魔召喚術師(デビルサマナー)になる気があるなら、そのGUMPを君に譲ってあげても良い。」

「ゆ、譲るって・・・・これは、お前の大事な師匠の持ち物だろ? そんな勝手な事して大丈夫なのかよ? 」

 

ネロが疑問に思うのは、当然であった。

幾ら行方不明とはいえ、師匠の大事な仕事道具である。

おいそれと他人に・・・・しかも、今日会ったばかりの相手に渡して良い代物ではない。

 

「良いんだ・・・・それは、元々、師匠(せんせい)が僕の為に、用意していたモノだからね。」

 

そう言って、鋼牙は寂しそうに笑う。

鋼牙自身、自分に召喚術師(サマナー)の資質が無い事は、百も承知である。

キョウジは、何とかして鋼牙から、召喚術師としての才能を引き出そうと、色々苦労していたが、結局、芽が出る事は叶わなかった。

 

「・・・・・マベル、・・・・俺がライドウさんみたいな召喚術師になれると思うか?」

 

ネロの脳裏に、銀色に光る翼を持つ大天使の姿が浮かぶ。

アルブム大橋で、十二夜叉大将が一人、摩虎羅大将の猿飛・佐助と共に見た光景である。

醜い怪物―カルキの体内から現れた機械仕掛けの天使は、まるで宗教画に登場する大天使の如く神々しい程、美しかった。

 

「召喚術師(サマナー)は、生まれ持った資質で、全てが決まる職業だからね・・・マダムやトロルの言葉を思い出してみて・・・答えはもう出ていると思うよ。」

「・・・・・。」

 

それまで黙って、ネロの頭の上で胡坐をかいて見守っていたマベルが、徐に口を開く。

その言葉を黙って聞くネロ。

右手に持つGUMPの液晶画面が、ネロの真剣な表情を鏡の様に写している。

 

「どうやら決まり・・・みたいだね? 」

 

ネロの表情で、彼の決意を悟った鋼牙が、口元に柔和な笑みを浮かべる。

 

 

『聖エルミン学園』の特殊学科には、召喚術師(サマナー)になる為の部が当然存在する。

”悪魔召喚プログラム”が開発され、一般人も下級ならば悪魔を使役する事が可能になったとはいえ、それ以上の悪魔を操る為には、生まれ持った資質が物を言う。

それ故、学科を専攻する者達の数は極めて少なく、特殊学科でも4、5人しかいないのだそうだ。

 

「学園理事長が、直々に選んでいるっていう理由もあるんだけど、今年は、召喚術師の学科を学ぶ生徒達が非常に少なくてね・・・二人しか今の所いないんだ。」

「二人・・・・? あれだけ特殊学科の生徒がいてか・・・。」

 

隠し部屋から、事務所のダイニングルームへと移動した二人は、テーブルに座って熱いココアを飲んでいた。

ネロの座っているダイニングチェアの傍らには、鋼牙から譲られたGUMPが入ったアタッシュケースが立て掛けられている。

 

「”エルミン学園”(あそこ)は、組織の新人召喚術師(サマナー)を育成する場所でもあるのよ。下手な奴等を組織に入れる訳にもいかないし、かといって、才能が無い輩は悪魔召喚術師にはなれない。 だから、マダム直々に厳しく審査する必要があるの。」

「そう・・・・因みに、僕は見事に落とされちゃったけどね。」

 

マベルが、学科の概要について軽く説明する。

『聖エルミン学園』は、組織”クズノハ”の若手育成所としての顔も持っていた。

超国家機関『クズノハ』は、人類の護り手として名高いヴァチカン市国と並び称される程、有名な組織だ。

それ故、才能に溢れる人材を常に欲しがっている。

元締めであるマダムの厳しい審査を通る事が出来た者だけが、召喚術師としての技術を学ぶ権利を得る事が出来るのだ。

 

「後、もう一つ・・・・これは、強制じゃないんだけど・・・・もし良かったら、僕達”探偵部”に体験入学してみる気はないかい? 」

 

甘いココアを一口啜った鋼牙が、悪戯っぽく真向いに座るネロを眺める。

途端に、銀髪の少年の頭の上に座る小さな妖精が不機嫌になった。

 

「ちょっと、まさかこの子を悪い道に誘う気じゃないでしょうね? 」

「えー、心外だなぁ・・・・僕達が”クズノハの役目”をちゃんと全うしている事ぐらい、君だって知っているだろ? 」

 

口調こそふざけてはいるが、鋼牙や明は至って真面目だ。

悪魔の脅威から、力無き人々を常に護っている。

その証が『葛葉探偵事務所』であり、事務所を円滑に運営する為に、鋼牙達は日夜努力を重ねているのだ。

 

「良いぜ、退屈な学生生活なんて真っ平御免だし、お前等の”探偵部”ってヤツにも興味があるからな。」

「ちょっとぉ・・・ライドウが聞いたら絶対、猛反対するわよ? 」

 

面白い遊びを見つけた子供の様に、ニヤニヤと笑うネロに対し、御目付け役のマベルは渋い顔だ。

 

ライドウが、ネロを養子として日本へ連れて来た理由は、隣国”ディヴァイド共和国”の厳しい監視の元、彼が理不尽な扱いを受けない為である。

それに、唯一の肉親であった義理姉のキリエが病死。

支えを失ったネロが、精神不安定となり、又、”ソロモン12柱”の魔神を暴走させないとも限らない。

その老婆心故であるが、当の本人は、ライドウのそんな気遣い等、まるで知らないかの様に、自分から敢えて危険な場所へと飛び込もうとしている。

 

「大丈夫だって、こう見えても俺は、元魔剣教団の騎士なんだぜ? 」

「そうそう、それに悪魔召喚術師を学ぶにあたって、実際、経験を積むのも大事だろ? 君の主がそうだったじゃないか。」

「うっ・・・・アンタ等ねぇ・・・・。」

 

ライドウが、『クズノハ』に入る以前の経緯は、超極秘事項となっている。

唯、噂によると召喚術師の経験も知識もない、一般人であったライドウが、ひょんな出来事から、召喚器である『GUMP』を手に入れ、巧みに悪魔を操ってみせた。

そして、組織『クズノハ』と対立的関係にある『ファントムソサエティ』と呼ばれる犯罪組織の幹部2名を殺害した・・・と、嘘か誠か分からぬ武勇伝が、組織内で広まっている。

マベルも当然、その噂は知っていた。

本人の口から実際、事の真意を確かめた訳ではないが、その噂は概ね合っているだろうと思っている。

 

「どうやら決まりで良いみたいだね? それじゃ、早速、明日から仕事をして貰うよ。」

「仕事・・・・? 」

「そっ、ちょっとしたお使いと、軍資金稼ぎだよ。 今日はもう遅いから、矢来銀座駅まで僕が送ってあげるよ。」

 

話は纏まった所で、鋼牙は飲み干したコーヒーカップを流しへと置く。

時刻は既に6時を軽く回っていた。

此処から成城の葛葉邸に帰ると、軽く7時は過ぎてしまうだろう。

 

 

 

翌日、渋谷駅、スクランブル交差点前。

早朝という事もあり、駅を行き来する人々の数はまばらだ。

最も、現在復興作業中であり、一般市民が普通に生活するのはまだまだ先の話。

駅前には、工事用のトラックやダンプ、油圧ショベル等の建築用の建機等が多数停まっていた。

 

「ふわぁ・・・・。」

 

背に機械仕掛けの機動大剣を背負ったネロが、大きな欠伸をする。

その頭の上には、同じ様に目をショボショボさせた小さな妖精が、乗っていた。

 

「全く、折角の祝日なのに、何が哀しくて開発途中の渋谷に・・・しかも、早朝から来なきゃならないのよ? 」

 

不満そうに唇を尖らせたマベルが、体育座りで不満を零す。

 

「知るかよ・・・・所長代理が言うには、目的の店が朝の5時頃と夜中の2時ぐらいにしか開かないらしいからな。」

 

昨日、二人乗り用の大型スクーターで、矢来銀座駅まで送られたネロは、その道すがら、鋼牙から”軍資金稼ぎ”をする前に、渋谷駅の近くにある店で買い物をする約束をさせられた。

悪魔召喚プログラムに付属するソフトを専門に取り扱っている店で、開店時間が5時から7時の2時間、深夜の0時から2時までの2時間という限られた時間内しか店が開いていなのだという。

 

「ふうん、悪魔が最も活動する時間帯にしか店を開けない何て、随分と変わっているわね。」

「そうなのか? 」

「え? アンタ・・・・まさか知らなかったの? 」

 

余りにも常識知らずな質問に、ネロの肩に座っていたマベルが、驚いて目を見開く。

 

平騎士の身分とはいえ、一応、ネロも魔剣教団に属していた剣士だ。

当然、悪魔が最も活発に活動する時間帯ぐらい、把握しているのが当たり前だと思っていたからである。

 

「義理父(とうさん)や教団上層部の指令で動いていたからなぁ。あんま、深く考えて無かった。」

 

そういえば、悪魔討伐をする時は、何故か深夜帯が多かった。

余り、物事を深く追求せず、与えられた仕事だけを黙々とこなしていたので、そこまで考えが及ばなかったのである。

意外と抜けている事が多いネロを見て、マベルは呆れた様子で溜息を吐いた。

 

「御免! 待ったぁ? 」

 

そんなやり取りをする二人の所に、駅の改札口から黒縁眼鏡の少年が息を切らせながら、走り寄って来た。

背には、少々大きなバックパックを背負っている。

 

「遅いよ、後、30分ぐらいで店が閉まっちゃうわよ。」

「悪い悪い・・・換金出来そうなマグネタイトがあったから、それ搔き集めていたんだ。」

 

此処まで走って来たのか、鋼牙の額にはびっしりと細かい汗が浮かんでいる。

どうやら、背負っているバックパックの中身は、対悪魔用の武器と生体エナジー協会に換金する為のマグネタイトが詰め込まれていた。

 

「あ、そうそう。 ちゃんと”証明書”は持って来たよね? 」

「勿論、コイツが無くちゃ中に入れないんだろ? 」

 

ネロは、尻ポケットから、銀のチェーンが付いて免許証入れを取り出す。

中には、『魔狩人(デビルハント)』の許可証が収まっていた。

 

スクランブル交差点を挟んだ向こう側、渋谷センター街は、未だに復興作業が続けられている。

しかし、小鬼(ゴブリン)が住み着き、食糧や資材を求めて作業員を襲う為、遅々として進んでいないのが現状であった。

数台の装甲車が止まる、検問所。

センター街を取り囲む様にして、強固なバリケードが張り巡らされ、遮断機の前には自衛官らしき防護服を着た二人組が立っている。

詰め所らしきプレハブ小屋と、その真向いには、高台があった。

 

「良し、通って良いぞ。」

 

ネロと鋼牙から渡された許可証を確認した自衛官は、相棒に遮断機を上げる様、片手を上げる。

無言でセンター街へと入る二人。

ネロが訝し気な表情で、防護服を着る自衛官達を振り返った。

 

「やけに簡単に通してくれるんだな? 」

 

もう少し突っ込まれるかと、内心構えていたネロであったが、あっさりと中へと入れてくれた。

いくら『悪魔狩人(デビルハント)』の許可証が本物とはいえ、不用心過ぎるのではないのか?

 

「あの人達は、僕が”クズノハ”の人間だと知っているからね・・・下手に拘わるとロクな目に合わないと思っているのさ。」

 

防衛省の自衛官達にとって、組織『クズノハ』は、目の上のたん瘤どころか、疫病神とすら思っている者達が殆どだ。

確かに、悪魔に対抗しうる能力が無い彼等にとって、『クズノハ』の人間達は、人外の化け物に映るだろう。

彼等の中には、あからさまに「怪物」と謗(そし)る輩までいる。

 

「分かっているなら、顔パスでも通してくれたんじゃねぇの? 」

「多分、通してはくれると思うよ? でも、誰が見てるか分かんないからね? 一応、形だけはちゃんとしとかないと。」

 

ネロの皮肉に、鋼牙が苦笑を浮かべる。

 

「そういや、お前、武器はちゃんと持って来てるのかよ? 」

 

ネロは、改めて前を歩く鋼牙を、頭の先から下まで眺める。

愛用の機動大剣に、六連装大口径リボルバーを胸に忍ばせているネロと違い、鋼牙は、大き目のバックパックを背負っている以外、これといった武器がまるで見当たらない。

 

「勿論、ほれこの通り。」

 

胡乱気に眺めるネロの前に、背負ったバックパックから、60CMのアクリル製の定規を取り出し、見せる。

 

「はぁ? 舐めてんのかよ? お前。」

 

鋼牙が手に持っているのは、文房具店に普通に販売されている唯の定規だ。

こんなもので、一体どうやって悪魔と戦うと言うのだ?

 

「舐めて何かないよ。 悪魔狩りの時は、何時もコイツとコレで戦っているからね。」

 

バックパックを背負い直し、ダウンベストのポケットから一本の鉛筆を取り出す。

器用に片手で一回転させると、何の躊躇いも無く、倒壊したビルの壁面へと投げつけた。

まるでライフル弾の如く、音速を超える速度で飛んで行く鉛筆。

隕石が落下したかの様なクレーター状の穴を、硬いコンクリートの壁に穿つ。

 

「あっ、ヤバっ、力加減を間違えちゃった。」

 

大きな瓦解音を上げて崩れる壁を眺め、鋼牙が茶目っ気たっぷりに舌を出す。

口をあんぐりと開けて、固まるネロ。

その肩には、呆れた様子のマベルが、本日二度目の溜息を零した。

 

「ちょっと抜けている所があるけど、鋼牙はアンタの父親と同じ剣豪(シュヴェアトケンプファー)の称号を持っているからね。」

 

マベルが言う通り、鋼牙は母親の魔導士(マーギア)の力と父親の剣士(ナイト)の能力を両方併せ持っていた。

師である13代目・葛葉キョウジもその事は知っており、鋼牙の眠っている膨大な潜在能力を活かす訓練を行っている。

 

 

開発区へと無事入り込んだ二人は、悪魔召喚術師を相手に補助ソフトを造っているという店に行く事になった。

 

「悪魔の姿が全然、見えねぇんだけど? 」

 

倒壊したビルや商店街を歩くが、ネロの予想に反し、悪魔の姿は影も形も見えない。

 

「深夜帯に、大掛かりな討伐任務が行われたって情報が入ってる。多分、その影響かもね。」

 

『悪魔狩人(デビルハント)』達が情報交換をする掲示板に、センター街一帯を棲家にしている小鬼(ゴブリン)共の掃討作戦が実行されたと書かれていた。

違法就労者達が生活しているキャンプの備蓄庫を、小鬼(ゴブリン)共が荒らしているらしい。

見兼ねたキャンプの責任者が、自警団を兼ねている『轟探偵事務所』の調査員達に依頼し、何名かの腕の立つ”狩人(ハンター)”達と一緒に、大規模な駆除を行った。

それが終了したのが、明け方の3時頃だから、センター街一帯に悪魔の姿が見えないのは当然だと言える。

 

「此処だよ。 」

 

狭い路地裏を抜け、古いテナントビルの地下へと入った鋼牙は、一目で飲み屋だと分かる店の前で立ち止まった。

罅割れたスタンド看板には、『ファンタズマ』という文字が印字されていた。

 

「此処、酒場じゃねぇかよ。」

「そうだよ。普段は”狩人(ハンター)”や不法就労者達を相手に、お酒を販売してる。」

 

鋼牙が、酒場のドアを開けると取り付けられている呼び鈴が涼やかな音色を奏でた。

店内は、右側にバーカウンターがあり、左側には合計8席の椅子と机が整然と並べられている。

持ち主は、相当神経質なのか、床に塵一つとして落ちてはいなかった。

 

「ちっ、まだ開店前だ・・・・とっとと帰んな。」

 

カウンター内で、食器と水回りの掃除をしていたらしい、店の店主が、面倒臭そうに出入り口に立つ鋼牙達を睨み付ける。

年齢は50代ぐらいだろうか。

パイナップルの様なドレッドヘアーには、幾つか白いものが混じり、口と耳、そして鼻にはピアスを付けている。

がっしりと鍛え上げられた肉体をしており、シャツとジーンズ、腰には前掛けを巻いていた。

 

「ランチさん、お久し振り。」

「何だ、13代目んところの坊主か・・・・。」

 

黄色いサングラス越しに、店内へと入って来る少年二人組を眺める。

と、その視線がネロの背負っている機動大剣で止まった。

 

「・・・・・魔剣教団か・・・・一年前の戦争で、ぶっ潰れたとラジオで聞いたんだがな? 」

「・・・・・・。」

 

如何にも犯罪者を見る店主の視線に、ネロの表情がみるみる険しくなった。

 

一年前、隣国”ディヴァイド共和国”との戦争で、ネロの生まれ故郷である”フォルトゥナ公国”は政府首脳の殆どが戦争犯罪者として収監され、北の大国”ロシア”に吸収された。

マスコミは、挙(こぞ)ってフォルトゥナをテロ国家と非難し、”ディヴァイド共和国”を救い、世界に平和を齎(もたら)したヴァチカン市国を英雄と褒め湛えた。

戦争の真実を全て闇へと葬りながら・・・・。

 

「あ、あのっ・・・・・彼は、確かに元魔剣教団の人間ですが・・・。」

「知ってるよ・・・・・こう見えても、昔は、フリーの記者だったからな・・・。」

 

ネロに興味を無くしたのか、ランチは洗い終わったグラスを布巾で綺麗に拭くと、食器棚へと並べていく。

 

「何で、俺が魔剣教団の人間だって、分かったんだ? 」

 

至極当然の疑問。

確かに、ネロはウクライナ人独特の顔をしているが、それだけでフォルトゥナ公国の人間であるとすぐに判断は出来ない。

 

「お前の背負っているその剣・・・・ソイツを設計したのが俺だからだよ・・。」

「え? 」

 

予想外の店主の言葉に、ネロと鋼牙の表情が固まる。

 

「昔の話さ・・・・・・フリーの記者をやる前に、職人(ハンドヴェルガー)の道を志した事があった・・・・力を持たない連中でも、悪魔と対抗出来る武器を造ろうとしたんだ・・・・。」

 

今から30年前、ランチは、とある事件で悪魔と拘わる様になった。

しかし、並みはずれた身体能力も魔力もない彼では、悪魔に抗う術など当然無かった。

故に、彼は、一般人でも下級や中級悪魔と対等に渡り合える武器を造ろうとしたのだ。

その過程で生まれたのが、ジェット推進器付きの機動大剣・・・『レッドクィーン』である。

 

「でも、いかせん肝心の開発資金が無くてな・・・・・そんな時にRAS(ロシア科学アカデミー)の研究員が近づいて来たんだ。」

 

何処でランチの噂を聞いたのか、そのRASの研究員は、是非うちでその武器を開発してみないかと話を持ち掛けて来た。

RASは、世界でも有数の科学研究施設である。

おまけに余りの好待遇に、ランチは深く考えずにあっさりと了承した。

しかし、それが間違いの始まりだったのである。

 

「途中で、奴等が、戦争目的で『イクシード』を造ろうとしていた事に気が付いた俺は、自分の死を偽装して、国外から逃亡した・・・・あのまま、残っていても殺されるのは分かっていたからな。」

 

研究中の事故に見せかけ、RASから逃亡したランチは、知り合いのツテを使い、新たに戸籍を取得し、整形で顔を変えた。

そして、フリーのジャーナリストとして各国を転々とし、今現在に至るという訳なのである。

 

「何で、コイツが魔剣教団専用の武器になったんだ? 普通ならロシア政府が使うのが筋だろ? 」

「”フォルトゥナ公国”は、ロシア政府の実験場も兼ねてる・・・・こんな事を言うと気分を悪くするかもしれんが、魔剣教団の奴等に『イクシード』を使わせて、その成果を逐一ロシアに流していたんだろ。」

「酷いな・・・・。」

 

利用するだけ利用し、価値が無くなれば、国連を動かして証拠隠滅する。

大国同士の思惑に踊らされ、切り捨てられた”フォルトゥナ”の哀れな末路を想い、鋼牙は無意識に呟いた。

 

「まぁ、世間話はこれぐらいにして、インストール・ソフトを買いに来たんだろ? そこに座れ、今用意する。」

 

ランチは、少年二人組をカウンター席へと座る様促すと、商売道具を用意するべく、店の奥へと姿を消した。

 

 

 

 

 

何時頃だろうか?

常に誰かに監視されている様な、視線を感じる様になったのは。

特殊学科の授業が終わり、幼馴染みであり親友の日下摩津理と別れ、家路へと急ぐ道すがら、咲は誰かの突き刺す様な視線を背に感じ、背後を振り返る。

時刻は既に、夕方の6時頃になっていた。

辺りは薄闇で沈み、この通りを歩くのは、咲、唯一人だけである。

 

(・・・・気のせいかな・・・・最近、神経質になっているのかもね。)

 

言い知れぬ不安に、胸に吊るした木の御守りをギュッと手で握る。

自分と摩津理が専攻している薬学部の講師、トロルが造ってくれた護りの札だ。

類稀なマグネタイトを持つ咲の身を案じた顧問が、念の為にと渡した代物であった。

 

何時までもそこに立っている訳にもいかず、咲は踵を返すと両親が待っている家路へと急ぐ。

早く帰らないと、母親が帰りが遅い自分の事を心配する。

それだけなら良いが、父親に話されると後が面倒だ。

また普通学科に戻れと口煩く小言を言われる。

 

そんな暗い気持ちを抱えたまま、歩いている咲の背後で異変が起こった。

壁から血錆びが浮いた巨大な鋏を両手に持つ怪物達が、4体姿を現したのだ。

不気味な仮面を被り、黒いガス状の肉体をゆらゆらと揺らすその姿は、さながら亡者を死の国へと誘う死神そのものであった。

 

何も知らずに前を歩く、黒髪の美少女目掛け襲い掛かる。

しかし、その刃が少女へと届く前に、何処からともなく飛来した業務用のカッターが、死神の一体の額へと深々と突き刺さる。

仮面が爆ぜ割れ、四方へと霧散する死神。

仲間の唐突な死に、怪物達の動きが一瞬止まる。

 

「えっ!? 何??? 」

 

突然、咲の傍らを突風が駆け抜けた。

背後を振り返ると、2メートル近い体躯をした男が、巨大な鋏を持つ悪魔達に躍り掛かっているのが見えた。

グローブを付けた両手が、仮面の怪物達を屠(ほふ)っていく。

突き刺そうと振り上げられる血錆びの浮いた鋏をあっさりと躱し、カウンターに繰り出した膝蹴りが仮面を割る。

体重を乗せた右ストレートが、仮面をぶち割り、魔法の如く取り出したハンドガンが、火を吹いた。

対悪魔用に造り出された特殊弾が、怪物達を黄泉へと強制送還する。

時間にして数秒。

それで、決着はついてしまった。

 

「・・・・・も、もしかして、遠野君・・・・? 」

 

実体化が保てず、塵へと還る悪魔の死体を無言で眺める男。

目元を完全に隠す程に長い前髪。

2メートル近い長身に、鍛え上げられ、鎧の如くがっしりとした体躯。

自分と同じ、『聖エルミン学園』の特殊学科に在籍する生徒― 遠野・明が右手にハンドガンを持って立っていた。

 

「怪我は無いか? 八神。」

 

周囲に敵の姿が無い事を確認した明が、右手に持つハンドガンを腰のホルスターへと戻し、咲の傍まで歩いて来る。

 

「い・・・・今のって・・・・悪魔・・・・? 」

 

特殊学科を専攻する以上、咲も悪魔の存在は知っている。

しかし、咲の住んでいる田園調布に、悪魔が目撃された事例は殆ど無い。

 

「家の近くまで送ってやる。 」

 

怯え、戸惑う咲を尻目に、明があっさりと通り越してしまう。

その後を、釈然としない表情の咲が、渋々と言った様子で追い掛けた。

 

 

「・・・・・今の悪魔達って、勿論、私を狙ったんだよね? 」

「・・・・。」

「私の持っている生体マグネタイトが目的なのかな? 先生が言ってた・・・・私は、普通の人達と違って、濃度が濃いって・・・・。」

「・・・・・・。」

 

悪魔の襲撃があった数分後、数歩、前を歩くクラスメートの背に、咲が懸命に話しかける。

返事など返らぬ不毛な会話。

しかし、そうでもしないと、恐怖で胸が八切れそうになる。

次第に声が震えて来る。

みっともなく泣き喚きたくない。

完全に血の気が失った真っ青な唇を噛み締めるが、スクールバッグを持つ手が震える。

 

「”エルバの民”という掲示板に心当たりはあるか? 」

 

後もう少しで、咲が住んでいる田園調布の屋敷に到着する頃、それまで黙していた明が漸く口を開いた。

 

「え・・・・”エルバの民”? もしかして、呪いの掲示板? 」

 

その名前なら、学生同士の噂で聞いた事はある。

殺したい程、憎んでいる相手の名前をその掲示板に書き込むと、『魔神皇』が現れ、呪いを成就させてくれるのだという。

 

「その掲示板に、お前の名前を書いた奴がいる。 俺は、ソイツに依頼されて、お前を護衛する事になった。」

「護衛・・・・どうして・・・・? 」

 

頭の中を無数のクエスチョンマークが飛び交う。

自分を呪い殺したい奴がいる? その人物の依頼で、明が護衛しに来た?

分からない・・・・何も、理解出来ない。

 

「守秘義務で、詳しい事は話せねぇ・・・・だが、ソイツは、掲示板にお前の名前を書いた事を激しく後悔してたよ。」

 

依頼主である菅沼・真紀は、悪戯目的で、呪いの掲示板に咲の名前を書いた事を猛烈に悔やんでいた。

事実、咲と菅沼は、顔見知りでも何でもない、赤の他人同士である。

名家の生まれで、容姿端麗、おまけに学業も優秀である咲を妬んだ行動であった。

 

「これは、俺の携帯番号とラインアドレスが書いてある。何かあったらすぐ連絡しろ。」

「・・・・・。」

 

明から渡された名刺を無言で受け取る。

表には、『葛葉探偵事務所』と印字されており、探偵事務所の住所と電話番号、メールアドレスが表記されており、裏に返すと明の携帯番号とラインアドレスが手書きで書かれていた。

 

「・・・・っ、待って! あの・・・・・。」

 

用は済んだとばかりに背を向ける明を、咲は咄嗟に呼び止める。

立ち止まり、黒髪の美少女へと振り返る明。

暫しの沈黙が二人を包む。

 

「助けてくれてありがとう・・・・それと、依頼主の人に伝えて・・・・自分を責めないで・・・・って。」

「・・・・・分かった。」

 

咲の言葉を無表情で、明が受け止める。

そして、踵を返し、暗闇の中に溶け込む様にして消えた。

 

 

 

翌日、早朝、渋谷センター街メイン通り。

109など、かつての商業ビルが立ち並ぶ繁華街を、奇妙な4人組が歩いていた。

 

 

「ちっ、何でこんな奴等と一緒に、悪魔討伐しなきゃいけないんだよ。」

 

不貞腐れた様子で、銀髪の少年― ネロが、数歩離れた位置で歩く武装した二人組を睨み付ける。

 

「まぁまぁ、タダで手伝ってくれるんだから、儲けものだと思っとこうよ。」

 

忌々しそうに背後を振り返るネロに対し、黒縁眼鏡の少年― 壬生・鋼牙が窘めた。

 

 

センター街入り口付近にある闇市で、鋼牙とネロは、任務を終えたばかりのダンテ達と運悪く、ばったり出会ってしまった。

何とか煙に巻いて立ち去ろうとしたが、そんな程度で実質上、上司である佐助を誤魔化しきれる筈も無く、現在に至るという訳なのである。

 

ランチの経営するバーで、悪魔交渉を有利にするソフトと、エネミーソナーを強化するソフトを購入した二人は、軍資金稼ぎにと、闇市を経営する責任者の所へと向かった。

そこは、悪魔討伐を旨とする受付所になっており、『悪魔狩人(デビルハント)』達が、自分の実力に見合ったクエストを受注出来る仕組みになっている。

ネロ達は、壁一面を覆う掲示板から、Aランクの少々危険度の高いクエストを選んだ。

クエスト内容は、井之頭通りにあるテナントビルの地下にボブゴブリンや小鬼(ゴブリン)の群が住み着き、物資が調達出来ず困っている。

何とか始末出来ないか、というモノであった。

 

「この時間帯、奴等は巣で眠っている筈だからね。 その隙を突けば、奴等の統制を乱す事が出来る筈だ。」

 

問題のビルに到着した鋼牙達が、5階建ての建物を見上げる。

時刻は、既に9時を回っていた。

悪魔が最も活発になるのが、深夜0時から、明け方の7時までの間。

今は、彼等にとって就寝時間という訳なのである。

 

「そんじゃ、とっとと行って、とっとと終わらせようぜ。」

 

幾ら亜種が混じっているとはいえ、下級悪魔の寄せ集めに変わりは無い。

そんな連中に時間を掛けるのは惜しいと、ダンテが背負っている大剣『リベリオン』を引き抜き、さっさと問題のテナントビルへと入って行ってしまう。

 

「ちょっと! 慎重に行かないとヤバイって!! 」

 

何の躊躇もなく、小鬼(ゴブリン)共の巣がある地下へと向かうダンテの背を、赤毛の忍が慌てて止める。

しかし、全ては遅すぎた。

薄汚れ、所々錆びの浮いた扉を開けた途端、ガラス瓶が砕け落ちる音が周囲に響き渡る。

侵入者避けの為に、ドアノブを開けるとロープで縛りつけていた空き瓶の塊が落ちる仕掛けになっていたのだ。

 

「”サウンドトラップ”だ! 皆伏せて!! 」

 

殆ど条件反射で、鋼牙が隣にいるネロを押し倒す。

その頭上を通過していく鉛の塊達。

一番前に居たダンテが被弾し、衝撃で後方の壁へと激突する。

 

「あーあ、だから言ったのに・・・・・。」

 

彼等の頭上を掠め跳んで行ったのは、XM806LW50から吐き出された銃弾だ。

ブローニングM2重機関銃の後継として開発が進められていた、50口径重機関銃である。

 

扉の影に逸早く逃れた佐助が、忌々しそうに壁に減り込んでピクリとも動かない銀髪の大男を睨み付ける。

ベルト鉛弾を数十発まともに喰らったのだ。

いくら半分悪魔の血が流れているタフガイとはいえ、只で済む筈がない。

 

「ダンテ!! 」

 

ネロの頭にしがみついていたハイピクシーのマベルが、壁に埋もれてピクリともしない大男の傍へと跳んで行く。

 

「い、今のは一体何なんだよ? 」

 

ダンテの治療は、一旦マベルに任せ、ネロが重機関銃が吠えた方向を睨み付けた。

 

「どうやら、米陸軍の置き土産らしいね。 確か、此処はシュバルツバース発生時に激戦区となった一つだから、ああいった武器がゴロゴロ落ちてるって聞いた事がある。」

 

今から数十年前、突如、東京湾沖から発生した異次元へと通じる巨大な穴。

そこから吹き荒れる瘴気の嵐が、数多(あまた)の悪魔達を呼び寄せた。

悪魔の群は、餌である人間達を襲い、多くの犠牲者を出した。

事態を収束させようと、日本政府は、国連軍に救援を出し、急遽、悪魔討伐部隊が編成されたのである。

 

「悪魔が、人間の武器を使うのか? 」

「小鬼(ゴブリン)の知能は、人間の5歳児ぐらいだと思われているけど、中には跳び抜けて賢い輩もいるからね。 大戦の生き残りなら、武器の扱いぐらい見て覚えている個体がいても可笑しく無いよ。」

 

ダンテを真っ先に倒され、動揺するネロと違い、黒縁眼鏡の少年は至って冷静であった。

13歳の頃から、師である13代目と共に戦場に立ち、様々な修羅場を経験している。

ちょっとやそっとの事では、取り乱さない胆力を持っていた。

 

「カウンターに2匹、右の商品棚と左の商品棚に1匹ずつ・・・・計4匹か。」

 

ほんの僅かな時間ではあったが、鋼牙の鋭い洞察力が敵の正確な位置を把握させていた。

元は、CDショップだったのだろう。

商品棚は倒れ、床には売り物であるCDジャケットや、楽器の部品が散乱している。

 

「佐助、ネロ、僕が囮になるから後頼んだよ。」

 

背負っているバックパックから、アクリル製の60CM定規を取り出し、止める間もなく店内へと走り出す。

 

「鋼牙! 」

 

地を這う様な前傾姿勢で、店内へと跳び込む鋼牙。

それを狙い、鉛の弾が雨の如く降り注ぐ。

 

「坊ちゃんなら大丈夫だよ。 それより、指示ざれた通りにお仕事しましょ。」

「クソ! 無茶しやがって!! 」

 

腰に吊るしてある巨大な卍手裏剣を取り出す佐助と、右脇のガンホルスターから、六連装大口径リボルバーを引き抜くネロ。

特殊ワイヤーで操作された卍手裏剣が、左の商品棚に隠れている小鬼(ゴブリン)の胴体を両断し、続いて六連装大口径リボルバー、”ブルーローズ”が火を吹き、右の商品棚でアサルトライフルを構える怪物の頭を大きく抉る。

瞬く間に仲間が殺され、焦る小鬼(ゴブリン)達。

XM806を構える大柄の小鬼(ゴブリン)が、倒れた商品棚の隙間を縫って接近する鋼牙を狙い撃つ。

しかし、当たらない。

まるで、ベルト鉛弾の軌道が見えているのか、黒い突風と化した鋼牙は、前後左右に激しく動き、凶悪な鋼の牙を悉(ことごと)く躱(かわ)して行く。

 

「シッ! 」

 

歯の間から、短く呼気を吐き出し、床板を蹴り割り、一気に敵との間合いを詰める。

斬撃を放ちながら敵を切り裂く天真正伝香取神道流”抜討之剣(ぬきうちのけん)”だ。

無数の刃が、カウンターを粉砕。

中にいた小鬼(ゴブリン)二体を細切れの肉片へと変えた。

血飛沫が天井や床、周囲の壁をどす黒く汚す。

 

「MK17か・・・・小鬼(ゴブリン)のくせに、良い武器使っているじゃないの。」

 

この武器は、特殊部隊の為にFN社が製造した多機能性と汎用制に優れたアサルトライフルである。

佐助は、足元に転がる小鬼(ゴブリン)の死骸から、MK17を拾い上げた。

 

「死体漁りかよ・・・みっともねぇ。」

「なーに、言ってるの。コイツをキャンプに持って行けば、高額で買い取ってくれるのよ? それに、また悪魔共に悪用されないという保証も・・・。」

 

そう、佐助が言い掛けた時であった。

突然の爆発音。

何者かが、カウンターの奥にある従業員専用扉を破壊したのだ。

 

「あれは・・・・。」

 

戦利品として回収したXM806を肩に担ぎ、鋼牙は大きく後方に跳躍して爆散した扉から離れる。

通常の小鬼(ゴブリン)は、数十匹からなる群を成して行動する。

どうやら表の騒ぎを聞きつけて、様子を見に来たらしい。

暗闇からのっそりと現れる巨体。

それを見た瞬間、一同が思わず息を呑んだ。

 

「ら・・・ラクシャーサ? 上位悪魔が何でこんな所に・・・・? 」

 

燃える様な鬣(たてがみ)に、奇妙な鉄の仮面。

鎧の如く筋骨隆々な巨躯を誇り、血が全く通わぬ真っ青な肌をしていた。

腰には、装飾品の様に人間の頭蓋骨を下げ、ボロボロの腰布を巻いているのは、上級悪魔の邪鬼・ラクシャーサであった。

 

「詮索は後! ネロ、君はコレとダンテさんを引きずり起こして、地上に出るんだ! 」

 

鋼牙が、すぐ後ろにいる銀髪の少年に向かって、重機関銃を投げ渡す。

条件反射で受け取るネロ。

しかし、総重量18kgの機関銃を受け止めきれず、床に落としてしまう。

 

「お、お前はどうするんだよ!? 」

 

律義にも、何とかMK806を肩に担いだネロが、黒縁眼鏡の少年へと問い掛ける。

 

「決まってる、コイツを討伐するのさ。」

 

彼等が今現在いる商業用のテナントビルのすぐ近くには、不法就労者達のキャンプがある。

もし、このままラクシャーサの様な上位悪魔を野放しにしていれば、キャンプにどんな被害が及ぶか分からない。

そうなる前に、今すぐコイツを叩く。

 

「なら、俺も一緒に・・・・! 」

「あー、駄目駄目。 ダンテの旦那をあのままにする訳にはいかないでしょ? 代理とは言え、一応、17代目の番なんだし。」

 

一歩前に出ようとするネロを、赤毛の忍が手で制した。

背後では、重機関銃からの速射砲をまともに浴び、壁を破砕して埋(うず)もれたダンテが未だに白目を剥いて気絶している。

念の為にと着込んだタクティカルスーツのお陰で、致命傷は負っていないが、夥しい血を流していた。

 

「ネロ・・・・。」

 

銀髪の大男に、回復魔法を施していたマベルが、助けを求める様に銀髪の少年を見上げる。

忌々し気に、舌打ちするネロ。

今は亡き義理の父親、クレドと同じぐらい尊敬し、又、僅かに恋慕に近い感情を抱くライドウに酷い仕打ちをしたダンテを助ける気持ちなど一ミリとて無いが、かと言って、このまま見捨てるのも忍びない。

 

「分かったよ! 言う通りにしてやるから、絶対死ぬなよ! 」

 

上位悪魔と対峙する所長代理と赤毛の青年の背に、それだけ吐き捨てると、ネロは、ダンテが埋まっている所へと足早に近づく。

と、その脚が途中で止まった。

気を失い、血塗れで倒れていたダンテが幽鬼の如く、ゆらりと起き上がったのだ。

刹那、その姿が消失。

赤き突風となった銀髪の魔狩人は、鋼牙と佐助の両脇を吹き抜け、大剣『リベリオン』を駆り、ラクシャーサの右腕をあっさりと斬り落とす。

 

「ぐぎゃぁあああああっ!! 」

 

予想外の出来事に呆然とする一同。

上位悪魔が悲鳴を上げ、斬り落とされた傷口から、間欠泉の如く、青紫色の体液が噴き出す。

 

「ちっ、冗談じゃねぇ・・・・情けねぇ姿を晒したまま、餓鬼に助けられて堪るかってんだ。」

 

頭から血を流すダンテが、口内に溜まった血を唾と一緒に吐き出す。

その銀髪の大男に向かって、ラクシャーサが怒りの咆哮を上げる。

火炎系上級魔法”アギダイン”を唱え様とする悪魔。

しかし、ダンテが繰り出す必殺の一撃の方が、遥かに早かった。

大剣『リベリオン』が旋回し、ラクシャーサの胴体を両断する。

下半身から吹き上げる青紫色の体液。

斬り飛ばされた上半身が、駒の如く、宙でクルクルと回り、床へと落ちて行った。

 

 

 

ライドウがその知らせを聞いたのは、八王子にあるH・E・C(Human electronics Company)の本社で、山積みとなった書類を片付けている時であった。

今朝方、スペイン坂通りに面して建てられている元ラジオ局の建物に、喰種の群が住み着いた。

討伐に佐助とダンテが派遣され、無事任務を終えたが、その後の消息がぷっつりと途絶えてしまったのだという。

事の真意を確かめるべく、早々に表の仕事を切り上げ、件の渋谷センター街へと向かう。

処理班の報告の中に、どうやらあの二人がセンター街に向かったらしいという旨があったからだ。

 

時刻は既に、昼の1時を優に超えていた。

苛立つ心を必死で抑えつつ、不法就労者や狩人達が屯(たむろ)する闇市へと足を踏み入れる。

 

「おやおや、血相を変えて何しに来たんだい? 人修羅さん? 」

 

狩人達が悪魔討伐や、その他の仕事を受注する詰め所らしき建物から、一人の妙齢な女性が姿を現した。

彼女の名は、シフ。

闇市、並びに不法就労者達を取り纏める総責任者である。

 

「済まない。ウチの人間が貴女の所で迷惑を掛けたと聞いて、跳んできた。」

 

見事なブロンドの髪を、頭の頭頂部で結い上げた美女に向かって、何の躊躇いも無く頭を下げる。

実を言うと、目の前に対峙している女性は人間では無い。

アース神族に属する女神であり、雷神と異名をとる農耕の神、トールの正妻だ。

今は、身分を隠し、息子のウルと共に、難民達のリーダーをしている。

 

「ふん、何だその事か・・・・アタシ等は、邪魔臭い小鬼(ゴブリン)共を始末して貰えて大助かりなんだけどね。」

 

シフは、口元に皮肉な笑みを浮かべ、自分に頭を下げる律義な悪魔使いを眺める。

彼は、きっと自分の部下が此処で迷惑を掛けたと思い込んでいるのだろう。

確かに、難民達にとって、政府と昵懇な関係にある組織『クズノハ』は、目の上のたん瘤どころか、蝦蟇(がま)や蟒蛇(うわばみ)の如く嫌われている。

 

「アンタん所の奴等は、三平の診療所にいるよ・・・引き取りたいなら勝手にしな・・・それと・・・余計な事かもしれないけど、貧民窟の卑しい奴相手に、簡単に頭下げるんじゃないよ・・・アンタ、一応『クズノハ』幹部なんだろ? 」

「・・・・・っ。」

 

シフに痛い所を突かれ、ライドウは、思わず赤面する。

彼女が言う通り、このキャンプは、違法に造られた場所だ。

都市再開発の為、悪魔が跳梁跋扈するこの地帯は、大変危険であり、国の法も此処まで手が届かない。

故に、態と見逃されている部分が殆どなのである。

日の本の守護者である『クズノハ』が、異端の徒である彼等に頭を下げるという行為は、組織の名に泥を塗りたくると同じ事であった。

 

「まぁ・・・・アンタのその糞真面目な所は、嫌いじゃないけどさ・・・・ウチの旦那みたいに損するよ? 」

 

顔を真っ赤にして俯く悪魔使いを、シフは面白そうに眺める。

葛葉四家当主の一人でありながら、ライドウは、下級市民どころか、シフ達の様な難民にすら紳士的な態度を崩さない。

上級市民なら、犯罪者と蔑む彼等を、一人の人間として尊重している。

シフの夫、トールもライドウと同じで、どんなに生まれが卑しくとも、対等な立場として接する一面があった。

それが、他のアース神族達には、大変面白く無く、実父・オーディンからも不当な扱いを受け続けていた。

 

「・・・・肝に銘じておきます。」

 

そう、心にもない事を述べ、もう一度、一礼したライドウは、ダンテ達が収容されている三葉診療所へと向かった。

その後ろ姿を無言で見送るシフ。

 

「本当・・・・ウチの旦那に似て、この先も苦労しそうだね。」

 

人込みに紛れ、その小さな背中が消えるまで、見事な金の髪をした女神は、その場で佇んでいた。

 




最近、メイドインアビスにハマりました。
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