偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

7 / 30
登場人物紹介

ゴア・アトキンス・・・・『レッドスプライト号』艦長兼調査隊隊長。
アメリカ陸軍大佐。冷静な判断力と大胆な決断力を持つ。
十数年前の”シュバルツバース破壊計画”に、参加。
そのせいで、大量の瘴気を浴びてしまい、肉体が変質、”シュバルツバース”から出られない躰になってしまう。




第6話 『 渋谷センター街キャンプ 』

渋谷センター街、その通りの奥まった場所に、マイアミビルと呼ばれる三階建ての建物がある。

元々は、多数の飲食店が入っていたテナントビルであったが、十数年前の第二次関東大震災により、多くの市民達が犠牲となり、現在、人の気配もなくひっそりと佇んでいる。

 

 

「信じられんな・・・・まさか数時間で、完治しちまうとは・・・。」

 

マイアミビルの地下、『オーラ整体』診療所の医師である三葉三平は、右の隻眼を驚愕で見開いていた。

 

今から、数時間前、何時も通り午前の診療を行おうとした三平医師の元に、急患が運び込まれた。

不法就労者のキャンプに属する『狩人』達が、2メートル以上もある体躯をした全身血塗れの大男を連れて来たのだ。

男の連れらしき赤毛の若い男の話によると、無謀にも小鬼(ゴブリン)の巣へと一人で特攻し、予想通り返り討ちにされたのだという。

すぐさま、三平は、銀髪の大男を担いでいる屈強の狩人達、二名に命じ、処置ベッドへと寝かせた。

 

「だから、何度も言ってるだろうが・・・俺に治療は必要ねぇ。」

 

忌々し気に舌打ちした銀髪の魔狩人― ダンテが、頭に巻かれた包帯を乱暴に剥ぎ取る。

上半身のタクティカルスーツは、外され、鍛え抜かれた胸板と二の腕を晒していた。

 

「アンタねぇ! 安静にしてろって言ってるでしょ? 肋骨が折れて肺に突き刺さった挙句、内臓も破裂してたんだよ? 普通の人間なら即死しても可笑しくないレベルの大怪我だったんだからね? 」

 

逞しい胸板に巻かれた包帯も外してしまおうとするダンテを、赤毛の忍― 猿飛・佐助が必死に押し留めた。

 

井之頭通りにあるテナントビルでの悪魔討伐直後に、他の狩人(ハンター)達に助けを求め、そのまま診療所へ来たのだ。

当然、忍装束の恰好のままである。

ネロと鋼牙は、下手な騒ぎには巻き込まれまいと、ラクシャーサ討伐直後に、何処かへと姿を暗ましていた。

 

「佐助の言う通りだよ。 念の為に精密検査を受けないと・・・。」

「一々、煩ぇんだよ・・・俺の躰は、俺が一番良く理解してる。お前等がゴチャゴチャ言う筋合いはねぇ。」

 

本当なら、上半身に巻かれている包帯も取ってしまいたいが、外野が口煩くて堪らなかった。

ダンテは、目の前で心配そうに此方の顔を覗き込む小さな妖精を完全に無視すると、脱がされたアンダースーツを身に着け、傍らに置かれたタクティカルベストへと手を伸ばす。

すると、診療所の出入り口であるドアを開けて、誰かが入って来た。

 

「ライドウ! 」

「げげっ! 最悪!! 」

 

診療所の扉を開けたのは、葛葉四家当主が一人、17代目・葛葉ライドウであった。

どうやら、八王子のH・E・C本社から、直接此処のキャンプに来たらしい。

何時ものラフな格好ではなく、上品なグレーのスーツに、蒼いネクタイを締め、手にはコートを持っていた。

 

鬼(?) 上司の突然の登場に、佐助の顔色がみるみる真っ青に変わる。

 

「マベル・・・・ネロ達は一体どうした? 何故、君だけ此処に居る? 」

「うっ・・・・御免、ちょっと目を離した隙に、逃げられた。」

 

ライドウに詰問され、マベルが己の不甲斐なさに、思わず俯く。

 

上級悪魔である邪鬼・ラクシャーサを倒した直後、ダンテは出血と全身を襲う激痛で意識を失った。

無理もない、至近距離で重機関銃から発射される、ベルト鉛弾の直撃を受けたのだ。

幾ら耐久性に優れたタクティカルベストでも、防ぎきれる筈はなかった。

マベルと佐助が、再び昏倒したダンテを介抱している最中に、悪餓鬼二人組は、その場から出奔してしまったのである。

 

「それと、二人共、喰種討伐の任務が終了したにも拘わらず、何故、すぐに帰還しなかった? 本部の指示が無い悪魔討伐は、規律違反だぞ。」

「えっ・・・・・あー・・・・それは、ですねぇ・・・。」

「猿(コイツ)は関係ねぇ・・・全て、俺の一存でやった。」

 

上手い言い訳が見つからず、しろどもどろに言い淀む佐助に代わり、ダンテが応える。

下級悪魔の駆除だけでは満足しなかったダンテは、センター街を棲家にしている小鬼(ゴブリン)共にちょっかいをかけようとしていた。

それに関しては、全くこの男の言う通りなので、佐助も敢えて庇いだてするつもりは毛ほども無い。

 

「本当か? 佐助。 」

「え? うん、そうそう、俺様関係なぁーい。」

 

元を正せば、全てダンテの勝手極まる行動が原因なのだ。

自分は、形だけどはいえ、一応、止めた。

だから、咎められるいわれはない。

 

「そうか・・・・なら二人共、今すぐ『狩猟許可証』を俺に渡せ。 それと、今装備している武器と防具一式もな。」

「えー! 何それぇ!! 」

 

鬼上司の余りに理不尽過ぎる命令に、傍らに立つ佐助が情けない声を上げる。

処置台に腰を下ろしているダンテは、鋭い双眸を己の主へと向けた。

 

「今日から、1カ月間、お前等二人は謹慎処分だ。 」

「ひ、酷いよ! 俺様、何も悪い事してないじゃん!! 」

 

余りの暴論に、普段は大人しい佐助もこの時ばかりは、声を荒げた。

謹慎処分という事は、その間、未収入という事だ。

月の給料だけでもカツカツなのに、霞でも喰って生きろと言うのか?

 

「・・・・お前、任務の時、回収した遺物や鉱石をキャンプに横流ししているらしいな? 」

 

黒い眼帯を左眼に付けた少年に鋭く睨まれ、佐助がその場で固まる。

 

「え?・・・・一体何のこと? 俺様、分かんない。」

「とぼけるな、俺が何も知らないとでも思っていたのか? 」

 

明後日の方向に顔を向けて、必死に知らない振りをする赤毛の忍を眺め、眼帯の少年が呆れた溜息を零す。

 

佐助が、悪魔討伐にかこつけて、現地で回収した米軍の武器や鉱石をちょろまかしては、各地にある違法就労者のキャンプに高値で売っていた事は、周知していた。

普通、現地で回収したそれら遺物は、魔導師ギルドに全て提出するのが決まりとなっていた。

この忍は、それを知りつつも、小遣いを稼ぐ為に、遺物を少しだけちょろまかしては、違法に売り捌いていたのである。

 

「アンタ、最低・・・・。」

「成程、道理で闇市について詳しい訳だぜ。」

 

ダンテとマベル、二人から冷たい視線を浴び、赤毛の忍が、全身から大量の汗を流す。

 

「連帯責任だ。 今迄の事は見なかった事にしてやるが・・・次、同じ事をしたら・・・。」

「わーん! 俺様もう二度と悪い事しません! だから、御屋形様にはちくらないでぇ!! 」

 

スライディングで、ライドウの足元へと滑り込んだ赤毛の忍が、床に頭を擦り付けて土下座をする。

幾ら、真面目で超堅物とはいえ、ライドウはまだ優しい方だ。

部下に対する思いやりも強く、面倒見も良い。

しかし、十二夜叉大将の長、骸は違う。

あの男は、気に入らないと判断すると、幾ら忠義深い部下とて、平気で鰐の餌にするだろう。

 

「言っとくが、俺はアンタに従うつもりはないぜ? 爺さん。」

「・・・・・。」

 

大分芝居がかった様子で、オイオイとみっともなく泣く忍を完全に無視し、ダンテは不貞腐れた様子で、脚を組む。

 

元々、好きでこんな小さな島国に来た訳じゃない。

全ては、ライドウの隣に立つ為だ。

心底惚れて惚れ抜いた相手と見合う実力をつけ、あの腐れ外道から奪い取る。

その為だけに、自分は堅苦しい組織の人間になったのだ。

 

「言われた通りの事は、一通りやってんだ。その後の事は、俺の好きに・・・。」

 

手前勝手な言い草を吠え捲るダンテの言葉が、途中で止まった。

ライドウの情け容赦の無い回し蹴りが、ダンテの厚い胸板に炸裂したのだ。

吹き飛ばされ、壁へと叩き付けられる銀髪の大男。

台車が薙ぎ倒され、包帯や血圧測定器等の器具が、床へと散乱する。

 

「ライドウ!! 」

 

あまりに無体な仕打ちに、小さな妖精が、主を咎める様に叫ぶ。

しかし、そんなマベルや呆然とする佐助と三平達を完全に無視し、ライドウは手に持っているコートを処置台へと投げ出し、壁に叩き付けられ、呻いているダンテの傍へと歩み寄った。

 

「こ、この糞爺・・・・・うぐっ! 」

 

手加減等、一切無い一撃で、肋骨が何本かイカレてしまったらしい。

激痛に呻きながら立ち上がろうとするが、それよりライドウの方が早かった。

右足で、ダンテの左胸辺りを思い切り踏みつける。

再び、壁に叩き付けられ、銀髪の大男が苦痛の呻き声を洩らした。

 

(な、何だ? ビクともしねぇ?? )

 

基本能力が、人間と変わらないライドウと、悪魔の驚異的再生力と膂力を持つダンテなら、後者の方が圧倒的に有利な筈である。

にも拘わらず、ライドウの脆弱な力を跳ね飛ばす事が出来ない。

細い、右足一本だけで縫い留められ、ピクリとも動けないでいた。

 

「・・・・・”狩猟許可証”を出せ・・・装備している武器一式もな。」

「ぬかせ・・・糞爺・・・。」

 

踏み付けている脚が更に力を増す。

ギシギシと嫌な音を軋ませる肋骨。

苦痛で顔を歪ませるが、持ち前の胆力で何とか耐える。

 

「なら、二度と生意気な口が叩けない様にしてやるまでだ。」

 

蒼白い電流の蛇が、ライドウの右腕に纏い付く。

右腕に纏い付く電流の蛇は、更に光を増し、薄暗い病室内を真っ白に染めた。

 

「止めろ! 17代目!! 俺の大事な仕事場を滅茶苦茶にするつもりか! 」

 

三葉医師の怒鳴り声に、悪魔使いは漸く正気へと戻った。

電流の蛇が霧散し、辺りを包んでいた光が徐々に小さくなる。

辺りに舞い散る無数のカルテ。

床には、消毒液のボトルや体温計、包帯等が落ち、点滴棒が倒れている。

 

詰めていた息をゆっくりと吐き出し、ライドウが脚を降ろす。

壁に縫い留めていた枷が外れ、ダンテは大きく咳き込みながら、床へと蹲った。

 

「良いか! 患者はお前等だけじゃない! この診療所には、多くの怪我人や病人が運び込まれて来るんだ!喧嘩をしたけりゃ、何処か別の場所でやれ! 」

 

三葉医師の言う通り、この診療所は、毎日の様に怪我人が運び込まれて来る。

彼等を治療出来る施設は、此処しか無い。

国籍も無く、違法に住み着いている彼等を診てやれるのは、この診療所しか存在しないのだ。

 

「すみません。ご迷惑をおかけしました。」

 

ライドウは、無造作に処置台へと置かれているコートを拾い上げ、ポケットから札束が入った封筒を取り出し、眼帯の医師に手渡す。

この金は、八王子の本社を出る前に、念の為にと用意したモノであった。

 

「彼等の治療費です。壊した壁や床の修繕費は、後で支払います。」

 

闇医師に向かい、深々と頭を垂れる。

そこに上級市民特有の驕りは全くなく、深い悔恨故か、唇をグッと引き結んでいた。

 

「あ・・・・否・・・・これだけあれば十分だ。」

 

完全に毒気を抜かれた三葉医師が、狼狽(うろた)えた様子で、頭を下げるライドウを凝視する。

闇医師の少し離れた場所で、12・3歳ぐらいのナース服を着た少女が、倒れている点滴棒を起こしたり、散らばっているカルテや包帯等を拾い集めていた。

どうやら、この診療所のアシスタントらしい。

蒼白い顔をして、ライドウと三葉医師の様子を伺っていた。

 

 

 

数時間後、三葉診療所にいた部下を無理矢理、車に乗せ、成城にある葛葉邸へと引き上げる黒塗りの高級車。

その様子を検問所越しに、難民キャンプの責任者であるシフが腕を組んで眺めていた。

 

「ご苦労さん。 大変だったみたいだね? 」

 

見事な金の髪をした美女が、困った様子で禿頭を掻く初老の医師を面白そうに眺める。

 

「全く、キョウジの事で分かっちゃいたが・・・本当に、”クズノハ”の連中は、ロクでもねぇ。」

 

かつての悪友を想い出し、三葉医師は苦笑いを口元に浮かべる。

彼は、渋谷に来る前は、矢来銀座で裏社会の人間相手に、診療行為をしていた。

勿論、国には無許可である。

表向きは『ボクシングジム』という事にしておいて、”オーラ整体”で高額な治療費を請求し、荒稼ぎをしていた。

しかし、そんな犯罪行為が許される筈も無く、案の定、公安に目を付けられ、矢来銀座で仕事が出来なくなった。

そんな時に、不法就労者のリーダーだったシフに声を掛けられたのである。

 

「母様! 準備が出来ましたよ! 」

 

シフと闇医者の元に、16・7歳ぐらいの少年が駆け寄って来た。

シフの一人息子、ウルである。

母親譲りの美しい金の髪を短く刈り、人形の如く整った容姿に、アイスブルーの瞳をしていた。

 

背中に不釣り合いな大剣を背負った少年は、頭一つ分高い母親を見上げる。

 

「何処に行くんだ? 」

 

時刻は、まだ昼過ぎ。

悪魔が活動する時間帯には、未だ早すぎる。

 

「ちょっと気になる報告があってね・・・・あの”クズノハ”の坊や達が駆除した小鬼(ゴブリン)共の中に、上位悪魔が一体紛れていたらしいんだ。」

 

シフ曰く、センター街の奥にある商業ビルの地下で、上級悪魔の邪鬼・ラクシャーサが小鬼(ゴブリン)共と一緒に住み着いていた。

どうやら、ソイツが群のリーダー格だったらしい。

 

「馬鹿な・・・・渋谷に出現する悪魔(デーモン)共は、中級か下級ぐらいしかいない筈だぞ? 」

「だろ? アタシだって、此処に移り住んで10年以上になるが、上位悪魔の姿を見た事は一度も無いよ。」

 

三葉医師の言う通り、此処、渋谷に出現する悪魔は、下級か偶に中級の悪魔が実体化する程度だ。

これは、”シュバルツバース”から漏れ出る瘴気の濃度に関係し、渋谷は他の地区と比べて比較的薄いのだ。

 

「まさか・・・・・”奴等”が動き出しているのか? 」

「どーだろーね・・・・再調査してみない事には、何とも言えないよ。」

 

息子のウルから、装備一式が入ったバックパックを受け取り、背負う。

問題の商業ビルへと向かおうとするシフの背に、三葉医師が声を掛けた。

 

「あまり無茶をするなよ? 此処の奴等にとってお前だけが心の支えなんだ。」

 

そんな三葉医師の言葉に、シフは無言で右腕を上げる事で応える。

そして、息子と待機していた部下数名を引き連れて、センター街の奥へと姿を消した。

 

 

 

渋谷駅前付近と武蔵野市関前にある境浄水場付近を結ぶ道路。

通称「井之頭通り」と呼ばれる広い公道に、二人の少年の姿があった。

商業ビルでの一件後、騒ぎに乗じて行方を暗ましたネロと鋼牙である。

 

「何で、逃げる必要があったんだよ? 」

 

流石に大怪我を負ったダンテを、問題のビルに置き去りにしたまま、逃げ指したのを多少悔やんでいるらしい。

銀の髪をした少年が、18kgもある重機関銃を軽々と肩に担いでいる黒縁眼鏡の少年を胡乱気に眺める。

 

「第六感ってヤツかな? あのまま、残っていたらロクな目に合わない様な予感がしたのさ。」

 

不貞腐れるネロと違い、鋼牙は思わぬ収穫にホクホク顔だ。

商業ビルの小鬼(ゴブリン)討伐の報酬を貰えなかったのは、大分痛いが、それを上回る程の収入を手に入れられた。

今担いでいるXM806は、製造を中止になった言わば、幻の銃だ。

コイツをその手の店に売れば、良い金で買い取ってくれる。

 

「この先に、密造品を専門に取り扱っている店があるからね。 そこで、コイツを売れば優に三カ月分は、生活出来る。」

 

終点である武蔵野市には、米軍から横流しされた武器等を多数扱っている店がある。

表向きは、不動産なのだが、裏では闇社会の人間相手に、その横流しされた武器を販売しているのだ。

 

「・・・・・・。」

「どうしたの? ネロ。 」

 

そろそろ、武蔵野のアーケード街に到着する。

流石に、この物騒極まりない荷物を丸裸のまま持ち運ぶのは拙いので、鋼牙はバックパックから、小さく折りたためるエコバッグを取り出すと、その中にXM806をしまった。

 

「マベルの奴、置いてっちまった・・・・きっと、俺の事を心配してる。」

 

あの騒ぎで、御目付け役であるハイピクシーのマベルを置き去りにしてしまった。

彼女には、色々と助けて貰った事があるので、心苦しい。

 

「確かに・・・・でも、あの場合は仕方ないよ。 後で、彼女に謝ろう。」

 

ネロが何を言いたいのか、何となくだが分かる。

異国の地である日本で、一番、気を許せる存在は、あのハイピクシーだけだ。

一年前の戦争時でも、彼女が居たから耐えられる事もあった。

 

 

 

吉祥寺駅北口の商店街通り。

別名、「ハーモニカ横丁」と呼ばれる商店が立ち並ぶその通りに、一際、古い建物がある。

”丸瀬不動産”と書かれた看板があるその建物には、硝子壁に、様々な物件が紹介された紙が、隙間なく貼られていた。

 

「HSCか・・・・一体何処でこんなモノを手に入れたんだ? 」

 

オーナーである丸瀬の私室兼仕事場。

壁には、ハンドガンやピストル、ライフルにカービン等、様々な”商品”が飾られ、主である丸瀬の使っている黒檀のデスクには、客が持ち込んだ、ショットガンやM26手榴弾、スタングレネード等が置かれている。

 

「山谷の玉姫公園だ・・・。」

 

来客用のソファーに座った黒髪の青年が、陰気な声で応える。

病的なまでに白い肌には、タトゥーが彫り込まれており、この季節だというのに、ノースリーブのロングコートを着用している。

足元には、彼が使役しているらしい黒豹の悪魔が、呑気に寝そべっていた。

 

「ふん、成程・・・・確か、あそこは上位クラスの悪魔(デーモン)共の住処になっていたな? 良く無事で帰って来られたもんだ。」

 

山谷も渋谷同様、国連軍と悪魔の壮絶な死闘が繰り広げられた場所である。

今も、中級から上級の悪魔が我が物顔で徘徊しており、並みの狩人や盗掘家達も恐れて決して近寄ろうとはしない危険地帯であった。

 

「”山谷の用心棒”様々だぜ。 あの物好きが、上級悪魔共を勝手にぶっ殺して回ったお陰で、仕事がし易かったのさ。」

 

何時の間にそこにいたのか、デスクチェアに座る丸瀬の禿頭頭に、一匹の大鷲が止まっていた。

武器屋の主は、舌打ちし、大鷲を手で追い払う。

 

「おい、コイツは兄ちゃんの仲魔だろうが、ちゃんと躾してくれよ。」

 

ケタケタと大笑いする鷲型の悪魔を、丸瀬は忌々しそうに睨み付けた。

 

この悪魔召喚術師(デビルサマナー)の男― Vが、丸瀬の元に武器を売りつけに来るのは、何も今回が初めてではない。

一般の狩猟者や、警察機構が手を出せない危険地帯に潜り込んでは、そこで回収した戦利品を持ち込んで来る。

今では、すっかり馴染みになり、質の悪いグリフォンの悪戯にも多少ではあるが、耐性が付いていた。

 

「何時になったら、17代目・葛葉ライドウとコンタクトが取れるんだ? 」

 

今時珍しい、そろばんで珠を弾きながら見積もりをしている丸瀬に向かって、Vが言った。

 

「あぁ? またその話かよ。 うちは武器屋で仲介屋じゃねぇ。 あの化け物と話がしたけりゃ、矢来銀座にいる13代目の所に行きな。」

「彼とコンタクトが出来ないから、アンタにしてる・・・元自衛官、丸瀬陸曹長。」

 

昔の役職で呼ばれ、そろばんの珠を弾いていた指が止まった。

濃いサングラス越しの双眸が、鋭く尖る。

 

「今も、防衛省と太いパイプを持っているんだろ? でなきゃ、こんな所で堂々と米軍から横流しされた武器で商売は出来ないもんな? 」

 

何処か勝ち誇った様子で、Vはソファーの背凭れに身を預ける。

丸瀬は、一つ溜息を零すと、胸ポケットから愛用の煙草を取り出し、一本口に咥えた。

 

「誰から、その話を聞いたんだ? 」

「如月マリーという占い師だ。」

 

如月マリーは、矢来銀座を中心に活動しているやり手の情報屋である。

またその他に、仲介屋の顔も持っており、よく13代目・葛葉キョウジの所に悪魔絡みの仕事を持って来ていた。

 

「ち、あの糞婆ぁ・・・・余計な事を喋りやがって・・・。」

 

Vが言う通り、丸瀬は元陸上自衛隊の陸曹長を務める程の人物であった。

しかし、悪魔(デーモン)との戦いにより、怪我を負い、とても自衛官としての務めが果たせなくなった彼は、元々持っていたコネを使い、武器の密売人(ブローカー)となったのである。

 

「ふん・・・・仕方ない。 17代目に話しだけは通してやる。だがその代わり・・・。」

「分かってる。 アンタの素性は、誰にも話さないよ。」

 

これで無事に商談は成立だ。

Vは、満足気な笑みを口元へと刻む。

と、その時、デスクの上に置かれていた内線電話が鳴った。

 

 

 

東京都台東区北東部にあるニコレット・ゴールドスタインの店。

仕事場に敷かれたブルーシートの上には、何かの死骸から切り取って来たのか、巨大な肉塊が数個、無造作に置かれていた。

 

「慎重に斬り落とせよ? 臓物に傷が付いたら売り物にならねぇからな? 」

「分かってる。」

 

ゴム手袋をつけ、血塗れの防水エプロンを着たこの店の店主、ニコが、右手に持った皮剥ぎ包丁で、悪魔の腕らしき部位から、鱗を綺麗に剥がしていく。

そのすぐ後ろでは、明が胴体から切り取った臓物をラップで丁寧にくるみ、アイスボックスへと仕舞っていた。

 

正午過ぎ、学部活動の為、『聖エルミン学園』へと登校する八神・咲の付き添いを終えた明は、南千住を根城にしている難民キャンプから、悪魔討伐の依頼を受けた。

玉姫公園辺りを徘徊している妖獣・ベヒモスが、キャンプ付近まで出没し、食糧や資材を運んでいる仲間を襲っているとの事であった。

 

妖獣・ベヒモスは、その醜悪な見た目からは想像出来ないが、臓物は三大珍味の一つと数えられる程美味で、高級料理店等では、高値で売り買いされている。

その上、肉体を覆う殻は、魔具を造る時の素材となり、職人(ハンドヴェルガー)達からは、”生きる宝物庫”と呼ばれていた。

 

「うぇ、肉が動いてる・・・・こんな細切れにされても生きてるなんて、すげぇ生命力だな? 」

 

鱗を剥がした箇所の肉が、ピクピクと痙攣しているのを見て、ニコが思わず顔を引きつらせる。

素材を手に入れる為に、数え切れない程、悪魔を解体してきたが、流石にコレだけは慣れてくれない。

 

「ベヒモスは、生命力もそうだが、現物質を多く取り込んでいるお陰で、分子崩壊する事が無い。 しかし、生息している数が少ない上に、並みの狩人だけじゃ手に負えない程、狂暴らしいからな。」

 

ニコと同じく、肘まで覆うゴム手袋と防水エプロンを着けた明が、臓物周辺にある脂身を柳刃包丁で、一つ一つ丁寧に削ぎ落していく。

その脂身の一切れを、背後で作業しているニコへと差し出した。

 

「食うか? 」

「い、いらねぇよ! どっかの変態金持ち連中とは違うんだ! そんなモン死んでも喰わねぇよ! 」

 

皮剥ぎ包丁を右手に握り締めたニコが、顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

明が、妖獣・ベヒモスを持ち込んでくれたお陰で、とんでもない高額な臨時収入を得られたのは大いに感謝するが、流石に、珍味とはいえ、悪魔の肉に手を出す程、ひもじい思いはしていない。

ブツブツと文句を垂れながら、解体作業に没頭していく。

 

「そーいや、鋼牙と新入りの餓鬼の姿がねぇけど、アイツ等どうしたんだ? 」

 

新入りの餓鬼とは、当然、ネロの事だ。

万年人手不足の自称『探偵事務所』だから、必ずネロを調査員の一員として鋼牙がスカウトするのは間違いない。

 

「渋谷で買い物してから、キャンプで資金調達するらしい。 ついでにエナジー協会で、集めたマグネタイトを換金するとも言っていたな。」

「ふーん、そんなに金を搔き集めなきゃなんねぇのか? 探偵って職業は? 」

「実績が欲しいんだ・・・・ちゃんと活動しているという”結果”を残さないと、組織に不要と判断される・・・・そうなったら、あの事務所は強制的に取り上げられちまう。」

 

どんな下らない仕事でも、『結果』を残さなければ、組織から容赦なく切り捨てられる。

『葛葉探偵事務所』は、鋼牙にとって大事な居場所だ。

所長である13代目・葛葉キョウジとの思い出が沢山詰まった宝物を無くさないよう、死に物狂いで、頑張っている。

 

「はぁ・・・・のほほんとしている割に、結構、考えてるんだなぁ。」

 

ニコが、関節部に包丁ヤスリを突き刺し、梃子の要領で、殻を剥ぎ取る。

ミチミチと神経線維が千切れる嫌な音と共に、血塗れの上腕部の殻が外れた。

女店主は、大き目の膿盆に殻を重ねて積み上げると、作業場にある流しへと持って行く。

 

「ふう、お前のお陰で何とか終わったな・・・・内臓と肉は、師匠(せんせい)の所に持って行こう。 」

 

『エルミン学園』の薬学部担当顧問であるトロルの所へ持って行けば、すぐに腸詰めに加工してくれる。

それと、先程、明がクーラーボックスに入れた肝臓や心臓、削ぎ落した脂身等を『ビーシンフル号』のメイド長であるメアリーの元へ持って行けば、高値で買い取ってくれるのだ。

 

明が、解体した肉片を冷蔵庫へと仕舞い、血塗れのブルーシートを感染物等を捨てるポリバケツへと捨てる。

血の匂いで、低級悪魔達が寄って来ない様に、聖水を捲き、デッキブラシで綺麗に汚れを落として行く。

その傍らでは、作業場にある水場で、ニコが専用のたわしを使って、剥ぎ取った殻を水道水で綺麗に洗い流していた。

 

「夕飯は、勿論ウチで喰って行くんだよな? 」

 

背後で汚れたデッキブラシをバケツで洗っている明に向かって、ニコが何かを期待したニヤケ面で振り向いた。

長い作業のせいで、時刻は既に夕方の6時を過ぎている。

料理上手なイケメンがいてくれて、本当に大助かりだ。

 

「ああ、もうそんな時間か・・・・・悪いけど、車出してくんね? 」

「はぁ? 何で? 」

 

壁に飾られている大きな木製の掛け時計を見上げる明に、ニコが胡乱気に応える。

 

「護衛対象を迎えに行かなきゃいけないんだよ。」

「護衛対象・・・・? 」

 

明の意味あり気な言葉に、ニコは眉根を寄せた。

 

 

 

数時間後、『聖エルミン学園』地下、”特殊学科実技施設”。

人工知能『アメトリフネ』によって、24時間、365日、完全に環境を管理されたこの地下施設では、まるでイギリスにあるエディンバラ城を彷彿とされる白亜の城が聳え立っている。

その眼下では、地下施設に住む住民達の家が、円形状に広がっていた。

 

 

「ベヒモスの腸詰めだ・・・・血もたっぷり入れてる。」

 

ニコの目の前に、暖かい湯気が立つ大皿が置かれた。

中には、トロル特性のベヒモスの肉をふんだんに使用した真っ赤なソーセージが乗っていた。

 

此処は、薬学部・顧問、トロルの工房兼私室のダイニングルーム。

品の良い食器棚には、硝子のコップや皿などが規則正しく収納され、窓からはトロル達、亜人が住む街が一望出来る。

6人掛けのテーブルには、チェック柄のテーブルクロスが敷かれ、カマンベールチーズやプロセスチーズ、珍しい青カビタイプのゴルゴンゾーラ等が入った皿の他に、焼き立てのパンが詰まった籠が置かれていた。

 

「それと今朝方、アスピドケロンの肉も手に入ったからな・・・・この時期は、東京湾沖で良く漁(と)れるらしい。」

「凄い・・・美味しそう。」

 

怪魚のアルミホイール蒸しを見た日下・摩津理が、目を輝かせて呟いた。

食欲をそそる魚の匂いに、空っぽの胃が空腹を訴える。

普段、見る事が出来ない豪華な食事に、無邪気に喜ぶ女子学生二人組。

その真向いでは、眼鏡の女店主が、顔を真っ青にさせて、人外の料理を眺めていた。

 

「どうした?ニコレット・・・・腹でも壊したか? 」

「ち、違う! 分かっている癖に、本当に性格が悪いな!アンタ!! 」

 

意地悪な師の問い掛けに、ニコが歯を剥き出しにして怒りを露わにした。

 

「護衛対象を迎えに行く。」という明の言葉に、普段から食生活や仕事で借りがありまくるニコは、当然、車を出した。

しかし、それが不幸の始まりだった。

丁度、夕食時という事もあり、またニコ達が腸詰めにして貰おうと昼間狩猟したベヒモスの臓物と肉を大量に持って来た為、トロルが手料理を振舞うと言い出したのだ。

 

「何時まで、昔の事を根に持つ・・・・過ぎた事は綺麗に忘れ去るのがお前等人間の特技だろ。」

「う、煩い! アンタにあの時の苦しみは永遠分からねぇだろうがぁ! 」

 

弟子をからかう師匠に対し、ニコは、目の端に涙を溜めてギャンギャン吠え捲る。

 

「い、一体、ニコレット先輩は、何であんなに怒っているんですか? 」

 

えぐえぐと泣きながら、硬いチーズを齧るニコを眺める、八神・咲が不思議そうに首を傾げる。

 

「ニコは、昔、トロルと一緒に”シュバルツバース”に潜った事があるんだ・・・その時にちょっとした事件があったらしい。」

 

ニコが『聖エルミン学園』に特待生として入学した時、その優秀さを買われ、弱冠16歳で、”シュバルツバース”調査隊の一員に選ばれた。

”役職持ち”は、成人すると従軍し、悪魔と戦闘が行われている地区に派遣されるのが、魔導師ギルドの規則になっている。

しかし、当時のニコは、いくら職人としての優れた技術があるとはいえ、年端もいかない子供であった。

当然、師であるトロルは猛反対したが、当の本人は、未知なる鉱物や魔道具を手に入れるチャンスと俄然、やる気に燃えていたのである。

しかし・・・・。

 

「非常食にと、アーヴァンクの干し肉を渡したら、見事にそれに当たっちまってな、食中毒を起こして、救急病院に強制搬送されたんだ。」

 

明は、アスピドケロンの肉が入ったクリームシチューをスプーンで口に運びつつ、摩津理と咲にそう説明した。

 

不幸にも、ニコは一度も”シュバルツバース”の地を踏む事無く、負傷兵扱いとなって病院に収容された。

以来、ニコは、食用の魔物の肉を一口食べただけで、過去の悪夢が蘇り、嘔吐や下痢等の拒絶反応が出る体質になってしまったのである。

 

「な、何だか可哀想だね・・・。」

 

「アタシのロマンがぁ~、夢がぁ~。」と大泣きしながら、赤ワインをガブガブ飲む女職人を、摩津理が大分引き気味に眺める。

 

「師匠(せんせい)、”シュバルツバース”って、どんな所なんですか? 噂だと滅茶苦茶怖い所としか聞かないんですけど。」

 

余程、”シュバルツバース”に対して未練があるのか、泥酔し、見えない誰かに夢を語り出したニコの姿を見て、咲が疑問に思った事を隣に座っているトロルにぶつけてみた。

 

東京都生まれの都心育ちである咲にとって、東京湾全体を包む巨大な壁は、恐怖の対象であり、未知の世界だ。

同じ特殊学科の学生達は、悪魔が跳梁跋扈する地獄の世界だと言うのが殆どであるが、ニコの様に、希少な鉱石や魔具等を発見出来る夢の世界だと表現する者もいる。

 

「お前達人間が言うところの”ロマン”だな・・・・でも、俺に言わせると、あそこは”罪”の掃きだめだ。」

「・・・・? どういう意味? 」

 

トロルの言葉に、ベヒモスの腸詰めを一口齧った摩津理が、首を傾げる。

 

「人間は、生まれながらにして八つの大罪を背負っている・・・・貧食、淫蕩、強欲、悲嘆、憤怒、怠惰、虚栄心、傲慢・・・・それを体現した世界があそこにある。つまらぬ憧れで行くべき場所じゃない。」

「・・・・・。」

 

何かを想い出しているのか、小山の如く巨大な体躯をした男の表情は、常になく暗い。

それを敏感に感じ取ったのか、咲と摩津理の二人は押し黙り、その真向いに座る明は、無言で、食事を口に運んでいた。

 

 

 

”シュバルツバース”内、”セクター・デルファイナス”。

 

 

「いかん!悪魔のスキルが高すぎる! 一時撤退するぞ! 」

 

対悪魔用特殊スーツ、”デモニカ・スーツ”を装着したゴア隊長が、同じスーツを着た一団に指示を出す。

標準装備されているM41Aパルスライフルを構えた兵士達は、退路を確保しようと悪魔の群に速射するが、いかせん数が多すぎる。

対処しきれず、悪戯に被害が増えるばかりであった。

 

「駄目です! このままじゃ!!! 」

 

兵士の一人が、恐怖の余り悲鳴を上げる。

と、そんな彼等の傍らを一陣の突風が吹き抜けた。

バラバラに引き裂かれる怪物の群。

窮地に陥った調査隊の前に、金色に髪を染めた濃いサングラスの男が現れる。

 

「隊長はーん、此処はワイ等に任せてもらおかぁ。」

 

気だるげに柄に阿修羅と文字が刻まれた木刀で、肩を叩いているのは、四神の一人、玄武だ。

重武装する一団の中で、素肌の上に黒のファーコートを纏い、レザーパンツという奇抜な恰好をしていた。

 

「さ、三代目剣聖殿・・・・し、しかし17代目が・・・・。」

 

玄武の登場は、天の助けとも呼べる存在でもあるが、ゴア隊長は素直に喜べないでいた。

何故なら、玄武のすぐ傍らに、肩で息をし、疲労困憊な17代目・葛葉ライドウの姿があったからだ。

 

此処、セクター・デルファイナスに到着直後、高スキルの悪魔に襲撃され続け、ライドウは、ゴアの部下達を護る為に、大分無理を強いられていた。

幾ら、番の玄武がいるとはいえ、魔法の多重発動の連発は、躰に相当な負荷がかかる。

これ以上、彼に負担はかけられない。

 

「大丈夫だ・・・・アトキンス大佐・・・貴方達が無事”レッドスプライト号”に引き上げられる時間ぐらい稼げる。」

 

苦しい息を吐き出しながら、ライドウは、手に持った真紅の魔槍”ゲイボルグ”を構える。

革の肩当に、柔軟性と耐久性に優れた特殊素材の胸当て。

数本のクナイが収まった革のベルトに、赤い腰布と鉄の手甲を両腕に装備している。

真紅の呪術帯で、左眼と口元を覆い、唯一覗く右眼は、鋭く悪魔の群を見据えていた。

 

「し、しかし・・・・! 」

「ゴチャゴチャ煩いわ、オドレらがどんだけお荷物か分からんのかい。」

 

傍若無人な玄武の物言いに、ゴアは思わず口を紡ぐ。

 

確かに、玄武の言う通りであった。

彼等調査隊を護衛する為に、玄武とライドウの両名は、相当な無理を強いられている。

此処まで来るのに、この程度の被害で済んでいられるのは、全て彼等二人のお陰だと言えた。

 

ゴアは、己の不甲斐なさに唇を噛み締める。

各国から集めた特Aクラスの実力を持つ、優れた調査隊達。

しかし、そんな彼等でも、ギガント級の巨体を誇る怪物や、上級悪魔の群の前では、余りにも無力に等しい。

葛葉四家当主、17代目・葛葉ライドウと四神の一人、玄武の守護無くては、このデルファイナスでは、満足に調査すら出来ないのだ。

 

ライドウと玄武の鬼気に圧され、魔物達が一歩下がる。

そんな怪物達に、皮肉な笑みを浮かべた金髪の男は、ファーコートのポケットから、愛用の煙草を取り出し、1本口に咥えた。

 

「さーて、ほないこかぁ? 」

「ああっ・・・・。」

 

ライターで煙草に火を点けた玄武が、まるでこの近くで用を足すかの様な気易さで、すぐ傍らにいる悪魔使いに声を掛ける。

そんな番に、ライドウは右手に持つ真紅の魔槍”ゲイボルグ”を構え、応えるのであった。

 

 

数分後、ゴア隊長率いる”レッドスプライト号”の調査隊達は、誰一人欠ける事無く無事、帰還する事に成功した。

搭乗ハッチから『箱舟』へと乗り込む隊員達を見守るゴア。

その最後尾には、血塗れのライドウを抱きかかえる玄武の姿があった。

 

「剣聖殿・・・・17代目は・・・・・? 」

 

静まり返る降車デッキ内。

周辺には、バケツ型のヘルメットを被った調査員達が、喋る気力すらないまま、それぞれの持ち場へと戻っていく。

 

「安心せい、全部、化け物共の返り血や。」

 

心配そうに血塗れたライドウの姿を見つめるゴアに、玄武が面倒臭そうに応える。

 

玄武の言う通り、番の腕の中で気を失っているライドウの躰に、目立った外傷は一つも無かった。

革の肩当や胸当て、両腕に装備された鉄の手甲は、悪魔達の血で真っ赤に染まり、悲惨な状態になっている。

それでも、気絶した番に傷一つ負わせず、此処まで無事に戻って来た玄武の力量に、ゴアは寒気を感じずにはいられなかった。

 

「悪いが、部屋に籠もらせて貰うで? コイツに活力やらんとイカンからな? 」

「あっ? ああ・・・・。」

 

玄武の「活力」という言葉に、ゴアは僅かに狼狽える。

 

”活力”とは、勿論、魔力供給の事である。

房中術の間は、決して誰も近づけるなという意味だ。

 

戦艦の艦長兼、調査隊総責任者、ゴア・アトキンスは、小柄な悪魔使いを抱きかかえ自分達の私室へと向かう玄武の姿を無言で見送っていた。

 

 

東京湾を中心に突如姿を現した次元の裂け目・・・・・”シュバルツバース”。

観測器による様々な調査の結果、『次元の多重構造』により成り立っている事が分かった。

簡単に例えるならば、串団子みたいなモノである。

各階層・・・・『セクター』が団子なら、それを繋ぐ串が『量子トンネル』という訳なのである。

”シュバルツバース”を閉じるには、その中心部にあるセクターを調査しなければならない。

しかし、未確認の悪魔達が、彼等の行く手を阻み、思う様に調査活動が進んでいないのが、現状であった。

 

 

「ちっ、意識の無い奴を抱いてもつまらんのやがなぁ・・・。」

 

艦内であてがわれている私室へと気絶した悪魔使いを運んだ玄武は、乱暴な口調とは裏腹に、優しくベッドへと寝かせる。

返り血が、シーツを汚すが、それに構う暇は無い。

魔力を大量に失い、肌は、死人の如く蒼白くなっている。

体温も驚く程、低下し、脈も弱い。

一刻も早く、魔力を与えてやらねば、命に関わる。

 

ファーコートを椅子に引っ掛け、ライドウの身に着けている防具を外す。

アンダーシャツを脱がせると、傷だらけの上半身が露わになった。

これら全て、悪魔との長い戦いによって負った傷だ。

玄武は、節くれだった指先で、白い肌に醜く残る傷跡をゆっくりと辿る。

 

「こんだけやられても、オドレは何も学ばんのか・・・。」

 

サングラスを外したその双眸は、何処か哀し気な光を宿していた。

 

 

1か月後、東京湾アクアライン。

本来、神奈川県川崎市から東京湾を横断し、千葉県木更津市へ至る巨大な高速道路であった。

しかし、”シュバルツバース”の発生に伴い、アクアラインも崩壊。

現在は、改修工事が為され、東京国際コンテナターミナルへと繋がっている。

重い音を響かせ、巨大な扉が開く。

途端に湧き上がる歓声。

命を懸け、無事調査を終えた隊員達をその家族が迎える。

多くの人々が、家族の無事な帰りを喜ぶ中、一人の少年が、憔悴しきった表情で、蒼く澄み渡る冬の空を見上げた。

 

セクター・デルファイナスから、無事に帰還した葛葉ライドウである。

病人の如く、肌は蒼白く、疲れが全く取れていないのか、目に真っ黒なクマが出来ていた。

 

「はぁ・・・・12月ももう終わりか・・・。」

 

仰ぎ見ていた視線を前へと戻す。

すると、視界の端に5歳ぐらいの男の子を抱き上げる、男性調査員の姿が映った。

その隣では、1歳ぐらいの女児を抱っこしている30前後の女性がいる。

恐らく、男性隊員の妻だろう。

目の端に涙を溜め、夫の無事な帰りを素直に喜んでいた。

 

「・・・・・。」

 

無言で、一家団欒の姿を見守るライドウ。

もし、自分も彼の様な普通の人間だったら、あんな風に暖かく迎え入れてくれる家族が出来たのかもしれない。

そんな虚しい想いを噛み締めている時であった。

突き刺す様な殺気を感じ、恐る恐る背後を振り返る。

するとそこには、大型バイクに腰掛ける銀髪の大男が、無言で此方を睨みつけていた。

代理番のダンテだ。

何時もの赤い長外套(ロングコート)ではなく、黒い革のジャケットにチェックのシャツ。

首元にはカシミヤのマフラーを無造作に掛け、ビンテージジーンズに革のブーツを履いていた。

 

(ヤバイ・・・・殺される・・・・。)

 

ダンテが怒り心頭なのは、一目瞭然だ。

腕を組み、まるで射殺さんばかりに、悪魔使いを睨みつけている。

 

「よっ、よう・・・只今。」

 

知らない振りをして逃げてしまおうと思ったが、地獄の果てまで追い掛けそうな雰囲気のダンテを無視する訳にもいかず、当たり障りのない挨拶で誤魔化そう作戦に出た。

 

「ひでぇ、恰好だな? 全然、似合ってねぇぜ? 」

「え・・・・そうかぁ? 」

 

ダンテに指摘され、ライドウは改めて己の恰好を見下ろす。

サイズの全く合っていないドイツ軍支給のレザーフライトジャケットに、特殊繊維の生地で造られたズボン。

脚には、呪式が刻まれた具足を装備し、血と泥で汚れたブーツを履いていた。

今、着ているだぶだぶのジャケットは、デルファイナスで共に調査をした”ギガンティック”号のクルーから貰ったモノである。

 

「デビッドっていう、気の良いアメリカ人から貰ったんだ。 外は、物凄い寒波だから、お嬢ちゃんが風邪を引いちゃ可哀想だからやるよって・・・それと、何か飴玉とか沢山くれた。」

 

ホラっと言って、ポケットからカラフルな包装紙に包まれた飴玉をダンテに見せる。

その包装紙に書かれている文字を見た途端、ダンテが呆れた様子で、眉間に指を当てた。

 

「そりゃ、ラブポーションっていう、大人の玩具だ。」

「ラブポーション? 」

「簡単に説明すると、媚薬入りのキャンディーだな。 アンタ、そのデビッドって野郎にからかわれているんだよ。」

 

ラブポーションというのは、性ホルモン剤入りの媚薬キャンディーで、ポルノショップ等で良く売られている。

ダンテが駆け出しの便利屋をしていた時、プールバーで働いている女性と、遊び半分でその媚薬入りキャンディーを舐めては事に及んでいた。

 

「へぇ・・・・アダルトグッズってのは、こんなお菓子まで売ってるんだな。」

 

ライドウは、取り出したキャンディーをポケットに仕舞うと、改めて目の前の大男を見上げる。

 

渋谷のセンター街での一件から、まだ五日しか経っていない。

しかし、それはあくまで壁内での時間であり、壁外では時間軸が大幅に違う。

外では、1か月以上も経過しており、あれ程長かったダンテの髪も短くなり、顎には無精ひげが生えていた。

その顎へと、乾燥し、傷でボロボロになった右手を伸ばす。

指先に伝わる髭の感触。

ダンテが、主の手を取り、手の甲に唇を寄せた。

 

「まさかとは思うが・・・・アンタ、そのキャンディー喰ったのか? 」

「うん、甘くて美味しかった。」

「はぁ・・・・全く・・・。」

 

ライドウから、微かに漂う甘い匂いに、銀髪の大男は、盛大な溜息を吐き出す。

センター街での一件を、根に持っていないと言えば嘘になる。

こうして、態々、主を迎えに来たのは、理不尽な真似をされた事に対し、嫌味の一つでも言ってやろうと思ったからだ。

しかし、調査隊員の悪戯にまんまとハマリ、無様な醜態を晒すライドウを見て、腹腔に溜まっていた怒りは、完全に消えてしまった。

 

大分薬が効いているのか、酔った様に目元がほんのり紅いライドウを抱き寄せる。

一か月振りに嗅ぐ、主の体臭。

苛立っていた気持ちが不思議と消え去り、愛おしさだけが込み上げる。

 

「お帰り・・・・爺さん。」

「マスターだって言ってんだろ・・・・。」

 

お互いに悪態を吐き合いつつ、ライドウは逞しい男の胸元へと顔を埋めた。

 




レグちゃん可愛いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。