偽典・女神転生~偽りの王編~   作:tomoko86355

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悪魔紹介

妖魔・シウテクトリ・・・・アステカ神話に登場する神。
種族は、妖魔に分類されるが、一応、神である。
力の源である真名を邪神ゴリアテに奪われ、代理の入れ物としてアパートを棲家にしていたハムスターに憑依している。



第八話 『シウテクトリ 』

今でも想い出すのは、自分に差し伸べられた優しい腕。

向けられたその眼差しが、忘れかけていた人間としての暖かな感情が蘇るのを感じる。

 

 

「遠野君・・・・遠野君・・・。」

 

聞き知った少女の声。

思考の淵から、現実(リアル)へと浮上した明が、傍らにいるクラスメートの少女へと視線を向ける。

『聖エルミン学園』が支給している運動用のジャージを着た黒髪の美少女は、不安そうに此方を見上げていた。

 

「御免、もしかして疲れてる? 」

「否・・・大丈夫だ。」

 

不安そうに見上げる八神・咲に、遠野・明は、何でも無いと被(かぶ)りを振る。

 

現在、二人は『聖エルミン学園』の地下にある特殊学科の実技施設に来ていた。

新宿衛生病院に入院している日下・摩津理の妹、ヒマリの見舞いを終えた一同は、その足で、再び学園に戻り、薬草茶の原料となるオオナルコユリの収穫をしていた。

 

「アンタって意外にマメなのねぇ。態々(わざわざ)、私達の仕事まで手伝う必要無いのに。」

 

収穫したオオナルコユリの入った籠を持つ摩津理が、自分達と同じ格好で農作業をしている明を呆れた様子で眺めていた。

その傍らでは、部のマスコットであるJFこと、妖精ジャックフロストが、籠を頭に乗せて忙しなく働いている。

 

摩津理も、親友の咲が妙な事件に巻き込まれており、明が護衛として彼女の送り迎えをしている事を知っていた。

なので、部外者である明が彼女達の仕事場に出入りしている事を敢えて黙認していたが、まさか仕事まで手伝ってくれるとは予想していなかったのである。

 

「暇だからな・・・・手持ち無沙汰なのは嫌なんだよ。」

 

ステンレス製の家庭用鍬(くわ)を持った明が、収穫した畑の土地を慣れた手付きで整地していく。

テキパキと無駄が全く無いその動きに、摩津理と咲は関心した様に眺めていた。

 

「遠野君って、何でも出来るんだね。」

 

普段は、頻繁に暴力沙汰を起こし、学園内でも問題児の一人である明であるが、意外にも学力は常に学園内でトップクラスの位置にいる。

文事武備を絵に描いた様な生徒であるが故、風紀委員の顧問である教頭の反谷も強く出れないでいた。

 

「餓鬼の頃に妖牧場で、家畜の世話や畑仕事を手伝っていたからな。」

 

傍らにある袋から、石炭を取り出し土に混ぜて鍬で整地していく。

 

明が武術の修行をしていた『クズノハ』の聖地”葛城の森”では、広大な妖牧場があり、見習い生達は、そこで寝泊まりをする決まりとなっている。

早朝、農作業に駆り出され、昼に学問と武を学び、夕方に再び家畜や畑の手伝いをしていた。

 

「お前等こそ、何で”薬学部”なんて選んだんだ? 将来は薬学師(アポテーカー)を目指しているのか? 」

 

此処にいる以上、彼女達二人の目的はソレしかないだろう。

実際、この部では、優秀な薬学師(アポテーカー)を何人も輩出(はいしゅつ)している。

 

「うーん、私の場合は違うな・・・私はお婆ちゃんの後を継ぐって決めてるから。」

 

摩津理が、収穫したオオナルコユリの入ったコンテナを手押しの荷台に置く。

直ぐにJFが、作業所へと荷台を押して行った。

 

「うちのお婆ちゃん、ドラッグ・ギア(魔法薬専門店)してるの。 ギルド内でも結構、有名なのよ? 」

 

摩津理の祖母が経営しているドラッグ・ギアは、様々な種類の魔法薬を揃えている為、魔導師や剣士達からの評判が大変良い。

魔導師ギルドからの信頼も厚く、態々祖母の店に発注を掛ける程であった。

 

「お前、理事長から悪魔召喚術師(デビルサマナー)の適正に選ばれたんだろ? 勿体ねぇとは思わなかったのか。」

 

摩津理は、特殊学科に在籍する多くの学生達から、悪魔召喚術師(デビルサマナー)の才があると、理事長直々に選ばれた稀有(けう)な生徒だ。

幾ら年収が良いとはいえ、悪魔召喚術師の方が、薬学師よりも様々な恩恵を国から貰える。

普通なら、其方の道へと素直に進む筈だ。

 

「私は、悪魔(この子達)を戦いの道具にはしたくない。 」

 

作業所からコンテナを降ろして、再び空になった手押しの荷台を押しながら農場へと戻って来るJFの姿を眺めながら、摩津理が言った。

 

悪魔(デーモン)は、確かに恐ろしい生物かもしれない。

人間を襲い、マグネタイトを奪う輩がいる事を摩津理も当然、知っている。

しかし、だからと言って、悪魔を使役し、戦争の道具にする等、彼女には到底受け入れる事が出来なかった。

 

「八神は、どうなんだ? 」

「え? 私?・・・・・私は、植物を育てるのが好きだから・・・・かな? 」

 

いきなり明から話を振られ、黒髪の美少女は戸惑う。

 

咲が特殊学科にいる理由は、単に幼馴染みであり、親友の摩津理に誘われただけだ。

摩津理の様に、祖母が魔法薬専門店を経営している訳でも、魔導師(ソーサラー)の家系であった訳でもない。

 

「危険だな・・・・。」

「え? 」

 

明の指摘に、咲が戸惑う。

長い前髪で、双眸を隠してはいるが、漂う雰囲気がかなり真剣なのだけは伝わって来た。

 

「お前は、もう少し、自分の中に秘めている能力(ちから)を自覚した方が良い。でないと、周りのゴミ共に利用されるぞ。」

「・・・・・っ。」

 

かなりキツイ物言いではあるが、妹の件がある以上、明にはとても他人事には思えないでいた。

 

咲の持つ霊格は、周囲の者達より遥かに高い。

妹のハルや養父である17代目と同クラスだ。

そう言った者達は、『神の憑代』に祀り上げられ、時の為政者達に死ぬまで利用される。

 

「ちょっと、咲を怯えさせる様な事言わないでくれる? 」

 

あまりな明の物言いに、摩津理が黙っていられなくなり、二人の会話に口を挟む。

 

生まれ持った美しい容姿でかなり助けられてはいるが、咲は、内向的で引っ込み思案な性格をしている。

おまけに『エルバの民』に悪戯で名前を書かれた挙句、悪魔達に命まで狙われているのだ。

普通なら、恐怖で叫び出したいのをグッと堪える咲が、不憫で堪らない。

 

「トロルや理事長でもいい、優秀な魔術師(ソーサラー)に、能力(ちから)をコントロールする術を学べ、そうすれば、自分の身ぐらい護れる様になる筈だ。」

「・・・・・・・。」

 

そんな親友の摩津理を他所に、明は、むしった雑草を持ったまま固まる咲に、厳しく諭してやる。

 

優しい気遣い等、不器用な自分には出来ない。

只、彼女を妹と同じ目にだけは遭って欲しくないと、心の何処かで強く願っただけであった。

 

 

 

 

東京都台東区北東部・・・・通称『山谷のドヤ街』。

その清川二丁目に、大分寂れたボロアパート、『かさぎ荘』がある。

 

異界化した空間、軍用拳銃M1911が火を吹き凶鳥・ピロバットの胴体を吹き飛ばす。

ガチンっと嫌な音をさせ、空薬莢が上手く排出出来ず、弾詰まりを起こした。

 

「ちっ! これだから安物の密造銃は使えねぇ! 」

「そんな事言わないでよ。 ソレ、一応ニコ姐の作品なんだからさ。」

 

苛々した様子で舌打ちするネロに、背後で数羽の凶鳥と対峙する鋼牙が窘めた。

 

ネロが現在使用している銃は、ニコが学生時代に対悪魔用武器として改造した軍用拳銃である。

元が闇市で販売されていた粗悪品の密造拳銃を、ニコが安く買いたたいて改造した代物なので、何時動作不良を起こすか分からない。

一応、威力だけはあるので、御守り代わりに装備して来ただけである。

 

「やっぱ、コイツに頼るしかないか。」

 

銀髪の少年が、銅で出来ているブレスレットが嵌った右腕に視線を落とす。

 

この腕輪は、日本に来た当日に、17代目・葛葉ライドウから付けられた呪物であり、悪魔の右腕『デビルブリンガー』を封じている。

 

「駄目よ! ライドウの言った言葉を忘れたの!? 」

 

ネロの右肩にしがみつく小さな妖精が、必死で銀髪の少年を制止した。

悪魔の右腕『デビルブリンガー』には、ソロモン十二柱の魔神の一人、堕天使・アムトゥジキアスが眠っている。

故に、『デビルブリンガー』を使い続けると、ネロの精神は徐々に魔素に侵(おか)され、最悪、アムトゥジキアスに乗っ取られてしまうのだ。

 

「僕も、その腕はあまり使わない方が良いと思うけど? 」

 

我が物顔で宙を飛び回り、ネロ達へと襲い掛かるピロバットの群に、黒縁眼鏡の少年が、鉛筆を数本投擲する。

闘気の籠もった木の棒は、次々と凶鳥の群に突き刺さり、爆散していった。

 

(凄ぇ・・・これが”クズノハ”暗部の実力か・・・。)

 

まるで舞う様に、ピロバットと幽鬼・ヘルカイナの群を薙ぎ倒していく鋼牙の姿に、ネロは戦慄を覚える。

 

 

渋谷のセンター街での一件後、成城の葛葉邸へと戻ったネロは、当然の如くライドウから説教を受けた。

いくら『狩人(デビルハンター)』の資格があるとはいえ、ネロはまだ未成年である。

それに、遠い北の国からネロを養子に引き取ったのは、組織の走狗にする為ではない。

全ては、今は亡き親友、クレドとその妹キリエの想いに報いる為であった。

 

「何でだよ? 俺は、”悪魔狩人(デビルハンター)”だ! 人間に害を与える悪魔を倒して何が悪いんだ! 」

 

有無を言わせず、武器と防具、その上、狩人の証である『狩猟許可証』を没収されたネロは、怒りの声を上げた。

 

「お前は、もう魔剣教団の騎士じゃない。 それに、この国では未成年の悪魔討伐は禁止されていると、最初に言っておいた筈だが? 」

 

屋敷の主であるライドウの私室兼仕事場。

広い室内で、豪奢なデスクに座るライドウは、鋭く目の前に立つ銀髪の少年を睨み付ける。

悪魔使いの鬼気に軽く当てられ、銀髪の少年は、それ以上何も言えなくなってしまった。

悔し気に押し黙るネロを眺め、ライドウは座っているデスクチェアの背凭れに身を預けると、深い溜息を一つ零す。

 

「全く・・・・マダムにも困ったものだな・・・・まぁ、壬生の跡取りがいる以上、こうなる事はある程度予想はしていたが・・・。」

 

マダムとは、『聖エルミン学園』の理事長を務めている安部・晴明(ハルアキラ)の事である。

組織『クズノハ』に属する召喚術師達の元締め的存在で、ライドウ達からは、『マダム・銀子』の名で通っていた。

 

「ネロ・・・・君は、壬生・鋼牙の事をどう思う? 」

「え・・・・? どう思うって言われても・・・・。」

 

いきなり話を振られ、ネロはどう応えて良いのか分からなくなる。

 

「いくら歳が同じぐらいだとはいえ、何故、禁止区域のセンター街までついて行ったんだ? 普段の君らしくない行動だ。」

「・・・・。」

 

確かに、ライドウの言う通りであった。

 

ネロは、その生まれから、周囲の人間達に腫れ物を触る様な扱いを受けて育てられた。

生まれ持った悪魔の力が災いし、不図した事から、他者を傷付けてしまう。

故に幼い時から不遇の扱いを受けて来た為、唯一心を許せるのは、養父であるクレドとその歳の大分離れた妹のキリエだけであった。

 

「俺は別に君や鋼牙君を責めている訳じゃない。 逆に、君達二人が仲良くなる事に大歓迎だ。」

「・・・それって・・・どういう意味? 」

「そのままの意味だよ。 君を『エルミン学園』に通わせた事は大成功だって事さ。」

 

先程までの、張り詰めた空気が嘘の様に晴れていく。

両腕をデスクの上で組み、その甲に顎を乗せたライドウは、優しい眼差しで戸惑う銀髪の少年を眺める。

見惚れる程の美貌。

ネロの頬が、僅かに紅くなる。

 

「あの時・・・君とキリエをフォルトゥナ公国に残した事を後悔していた・・・出来る事なら、君達姉弟を日本に連れて行きたかった。」

 

溜息交じりにライドウは、本心を語る。

 

キリエは、20数年前に起こった『タンカー座礁事件』が原因で、多発性骨髄腫という病に掛かり、余命1年と医師から診断されていた。

とても遠い日本まで渡る程の体力は無い。

彼女の最期を弟のネロに看取らせる事に対し、ライドウはかなり抵抗を覚えていたのだ。

しかし、自分には大事な役目がある。

長期間、日本を留守にする余裕が無かった。

 

「だから、キリエに変わる存在が出来ればと思ったんだ・・・君が、心から許せる友人が現れる事を願った。」

「ライドウさん・・・・。」

 

ネロを高校に通わせたのは、勉学をさせる為ではない。

『聖エルミン学園』に通う事によって、心の隙間を埋める友達が出来ればと思ったからだ。

 

 

 

「ちょっと、何でニヤケているのよ? 」

 

呆れた様な妖精の声に、ネロは思考の海から無理矢理現実へと引き戻される。

目の前に、心底軽蔑しきった顔をしているマベルと目が合った。

 

「ライドウに怒られた事を思い出して、ニヤニヤするなんて・・・・変態。」

「てっ!てめぇ! また俺の心を読んだな? 」

 

無遠慮に、人の心を覗き込むマベルの無神経さに、ネロは真っ赤になって怒りを露わにする。

と、その時、壁に空いた穴から何かが飛び出して来た。

悲鳴を上げて、マベルがネロの顔に張り付く。

 

「ネズミ・・・・? 否、ハムスターか・・・。」

 

一同の前に躍り出て来たのは、握り拳程の大きさをした茶色い毛並みの小動物であった。

鋼牙達の前に現れたハムスターは、立ち止まり、一同の顔を見上げる。

刹那、壁を突き破って、数体の円盤状の何かが現れた。

狭いアパートの廊下。

鋼牙とネロの退路を断つ形で、円盤状から鋭利な鱗を持つ爬虫類へと姿を変える。

血に飢えた妖獣・ケイオスだ。

 

「ちぃ、しつこい連中だ。 」

 

取り囲む妖獣の群に、忌々し気に舌打ちしたのは、何と目の前にいる小動物であった。

そして、何故か顔面に小さな妖精を張り付けているネロに向って突進。

銀髪の少年の足元に張り付く。

 

「召喚術師(サマナー)! この下郎共を今すぐ排除しろ! 」

「はぁ? いきなり出て来て一体何様のつもりなんだぁ? てめぇ!? 」

 

人語を話すハムスターが突如現れ、訳も分からず命令している。

余りの理不尽さに、逆らうのは当然だと言えた。

 

「ワシを助けろ! そうすれば、特別サービスでお前の仲魔になってやっても構わんぞ? 」

「馬鹿言え!誰がお前みたいなネズミを・・・。」

「ネロ!避けろ!! 」

 

脚に纏わりつくハムスターを振り払おうとしたネロに向って、数体の妖獣が襲い掛かる。

ノコギリの様に、鋭利な鱗を逆立て、高速回転で突進する妖獣・ケイオス。

顔にへばりついた妖精をそのままに、殆ど条件反射で、ネロが真横へと跳ぶ。

高速回転する刃の群が、先程までネロがいた場所を大きく抉り取って行った。

 

「極意居合術・・・雲切之剣・・・。」

 

鋼牙が腰だめにステンレス製の60cm定規を構える。

音速を超える速度で放たれる無数の斬撃。

妖獣・ケイオスの強固な鱗を粉々に砕き、四肢を切断していく。

 

「大丈夫か!? ネロ?? 」

 

群の半数を血祭に上げた黒縁眼鏡の少年が、横倒しになっているネロの傍まで駆けて来ようとする。

しかし、その背後に、生き残った妖獣、数体が躍り掛かった。

 

「鋼牙! 後ろだ!! 」

「・・・・っ! 」

 

ネロの指摘に、ポケットから取り出した鉛筆を鋼牙が、背後へと投擲しようとする。

しかし、間に合わない。

一体目の眼球に鉛筆を突き立てる事に成功したが、残りを捌ききれなかった。

ケイオスの巨体に圧し掛かられ、容赦なく背を床へと打ち付ける。

 

「鋼牙!! 」

 

鋭い咢にステンレス製の定規を噛ませる事で、何とか怪物の攻撃を凌いではいるが、膂力に差があり過ぎる。

口元を抑え、悲鳴を上げる妖精。

ケイオスの凶悪な牙が、鋼牙の喉を引き裂こうとした刹那、唐突に、その巨体が引き剥がされた。

見ると、ケイオスの長い尾を異形の腕がむんずと掴んでいる。

ネロが、封印の呪式が組まれた銅の腕輪を外し、『デビルブリンガー』を解放したのだ。

 

「うぉおおおおっ! 」

 

頭にハムスターを乗せたネロが、気合の雄叫びを上げる。

宙を舞う巨体。

妖獣・ケイオスが『悪魔の右腕』に引きずり回され、周囲にいる仲間達を巻き込み、壁や床、天井等に叩き付けられる。

 

「おととい来やがれ! 糞ったれがぁ!!」

 

止めの一撃とばかりに、ネロが渾身の力で妖獣の胴体を殴りつける。

風船の様に爆散する異形の怪物。

肉片が周囲に飛び散り、真っ赤に染める。

 

「鋼牙! 大丈夫!? 」

 

呻きながら起き上がる黒縁眼鏡の少年に、マベルが慌てた様子で近づいた。

見た所、それ程大きな怪我を負っている様子はない。

額を切ったのか、血が一筋、頬を伝わっていた。

 

「僕なら心配ない・・・・それより、ネロが。」

 

回復魔法を施そうとしている妖精を手で制し、鋼牙がネロの方へと視線を向ける。

矢無負えない状況とは言え、右腕の封印を外してしまった。

ネロの精神状態が非常に気になる。

しかし、そんな鋼牙の動揺を他所に、ネロは頭の上に乗っているハムスターを無理矢理降ろし、自分の目線の高さまで持って来ていた。

 

「気安く人様の頭の上でくつろいでんじゃねぇーぞ? 糞鼠。」

「キャンベルハムスターだ。 裏ルートでしか手に入らない希少なハムスターなんだぞ? 」

 

長い尻尾を掴まれ、逆さ吊にされているにも拘わらず、黒毛のハムスターは、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった呈で、何故かドヤ顔を決めている。

その姿が無性に癪に障り、ネロは思い切り地面に叩き付けてしまおうかと思った。

 

「駄目! そいつは悪い悪魔じゃないよ! 」

 

マベルに止められ、振り上げていた腕を仕方なく降ろす。

額から流れ出る血をガーゼで抑えた鋼牙と、ハイピクシーのマベルがネロの所へと近づいた。

 

「何で止めるんだ? コイツのせいで危うくやられそうになっちまったんだぞ? 」

 

未だ、人語を話すハムスターの尾を掴んでいるネロが、憤懣やるかたないと言った様子で、小さな妖精を睨む。

 

「あの状況下は、油断した僕達に非がある。 彼に責任は無いよ。」

 

怒り心頭のネロに、苦笑を浮かべた鋼牙が、改めて逆さ吊にされている黒い毛並みのハムスターへと視線を向けた。

 

「かなり高い霊格を感じる・・・・恐らく彼は、悪魔ではなく神族だろうな。」

「神族? コイツが・・・・? 」

 

何処からどう見ても、ペットショップで売られているハムスターにしか見えない。

鋼牙の霊視を疑う訳では無いが、このハムスターが神様とは到底思えなかった。

 

 

 

 

ネロ達の前に突如現れた闖入者の名は、『シウテクトリ』と言った。

一旦、態勢を立て直す為、異界化したアパートの一室へと入り込んだ一同は、『シウテクトリ』が何故、ハムスターの躰を間借りする羽目になったのか、その経緯(いきさつ)を聞く事にした。

 

「お前等も知っての通り、ワシはこの地の神ではない。ワシはとある召喚術師と番契約をしておったのだ・・・しかし、その主は、10数年前の”シュバルツバース破壊計画”で命を落とした。」

 

『シウテクトリ』の話によると、彼と番契約をしていた召喚士は、とある秘密結社(フリーメーソン)に所属する悪魔召喚術師(デビルサマナー)だったらしい。

国から召集を受け、『シュバルツバース破壊計画』に参加したが、ミッションは失敗。

『聖櫃(アーク)』の暴走に巻き込まれ、遭えない最期を遂げた。

 

「主は大分お人好しな性格をしておってな・・・自分の命より従者であるワシの命を優先した。 強制離脱魔法(トラエスト)で”シュバルツバース”から、外へと弾き飛ばしたのだ・・・気が付いたら、この山谷と呼ばれる土地にいた。」

「優しい人だったんですね・・・。」

 

自分の命を犠牲にする事を厭わない程に、シウテクトリの主人は、彼を大事に想っていたらしい。

 

「フン・・・・ワシに言わせると救いが無い愚か者だ。 本来、召喚術師(サマナー)とは、仲魔の命を使い捨てにする者・・・・それは、番とて同じだ。」

 

シウテクトリの脳裏に、小麦色の肌をした少女の姿が過った。

類稀な召喚術師(サマナー)の資質を持ち、組織からの期待も大きかった。

しかし、召喚術師(サマナー)としての非情さを最後まで持てなかった。

それが、彼女の死期を早めてしまったのだ。

 

「んで? お前はどうしてそんなナリになっちまったんだよ? 仮にも神様だったんだろ? 」

 

所々、罅の入ったアパートの壁に背を預けたネロが、足元に座る黒い毛並みのハムスターを見下ろす。

 

「大事な香炉を奪われたのだ。 あの中には、ワシの力の源である真名(マナ)が封じられている。それが無くば、如何に神とて無力化してしまうのだ。」

 

神族の力の源は、人間達の信仰心の他に、神が唯一持つと言われる真の名がある。

普段は、神器と呼ばれる遺物に封じてあるのだが、シウテクトリの場合は、真名を香炉の中へと隠してあった。

 

「一体誰がアンタの真名を奪ったの? 」

「灼熱の獣王と呼ばれる悪魔、邪神・ゴリアテだ。 奴は、ワシの真名を利用して、この辺一帯を異界化している。」

 

邪神・ゴリアテは、元々、魔界を縄張りにしていた悪魔であった。

四大魔王(カウントフォー)の一人、反逆皇・ユリゼンの配下で、ユリゼン亡き後は、人間界へと堕ち延びていたらしい。

 

「ゴリアテ・・・・まさか邪神クラスの奴が”かさぎ荘”を棲家にしていたとはな。」

 

シウテクトリの話が本当ならば、今の装備だけでは心許ない。

しかし、ゴリアテを倒さない限り、この異界から脱出する術が無いのだ。

鋼牙は、一つ溜息を零すと、ダッフルコートのポケットに右手を忍ばせる。

指先に伝わる法具の硬い感触。

念の為を考えて、常に持ち歩いていたが、まさか役に立つ時が来るとは思わなかった。

 

 

 

数時間前、東京都世田谷区、成城にある葛葉邸。

防具一式を革製のトランクケースに収めた屋敷の主、17代目・葛葉ライドウは、デスクチェアに引っ掛けてあるチェスターコートと紅い布にくるまれた魔槍”ゲイ・ボルグ”を手に仕事場兼私室である書斎から出て行こうとした。

 

「また”壁内調査”か・・・精が出るな? 爺さん。」

 

その出入り口に、一人の男が立っている。

銀色の長い髪を後ろで無造作に束ね、シャツにスラックスというラフな格好をしているのは、代理番のダンテだ。

 

「暫く留守にする・・・・大人しくしてたら、土産の一つぐらい買って来てやるよ。」

 

不貞腐れた様子で、出入り口のドアに背を預ける銀髪の大男に、ライドウが何時のも軽口を叩いた。

厚手のチェスターコートに腕を通し、大きな革製のトランクケースへと手を伸ばす。

その細い二の腕を、大男の逞しい腕が少々乱暴に掴んだ。

 

「暫くって、何時までなんだよ・・・半年? それとも、一年以上か・・・? 」

「・・・・・。」

 

一目で、男が相当、腹を立てている事が分かった。

苛立ちを多分に含む蒼いその双眸を、ライドウの黒曜石の隻眼が静かに見据える。

 

「何時まで、俺をこんな所に押し込んでおくつもりだ? フォルトゥナでおかっぱ野郎に力を示せと言ったのは、アンタだろうが。」

 

代理番の契約を結んだあの日、悪魔使いは確かに言った。

”力を蓄え、己を磨け・・・・そして、玄武に自分の力を示すんだ”と・・・・。

 

「今のお前じゃ、玄武の足元にも及ばん。地道に研鑽(けんさん)に励み、実力を付けろ。」

「またそれか・・・餓鬼のお使いみたいな仕事ばかりさせやがって。」

 

もういい加減うんざりだ。

レッドグレイブで便利屋をしていた頃と違い、悪魔絡みの仕事ばかりで退屈こそしないが、それでも、組織のルールに拘(こだわ)るライドウのやり方には反吐が出る。

本音を言えば、ライドウと共に『壁内調査』に就きたいのだ。

盾と成り、刃となって愛しい悪魔使いを護りたい。

 

「腕を離せ、外に車を待たせているんだ。」

「防衛省、直々の送り迎えか・・・・・流石、葛葉四家当主様だ。」

 

蒼い双眸が、書斎の窓へと向けられる。

そこから、屋敷の豪奢な門構えの前に停車する黒塗りのハイヤーが見えた。

車の傍には、屈強な体躯をした二人の男がいる。

防衛省に所属する自衛官達だ。

 

「分かっているのなら手を離せ、彼等を何時までも待たせる訳にはいかないんだ。」

 

黒い眼帯を左眼にした少年は、敢えて抵抗はしなかった。

ダンテ、自らの意志で手を離すのを待っているのだ。

まるで聞き分けの無い幼子を諭す様なライドウの態度に、銀髪の大男は舌打ちする。

 

「アンタ・・・・それで良いのか? 国の言いなりになって、生きる自由すら奪われ・・・まるで奴隷じゃねぇか。」

 

1年間、この悪魔使いを見て来た。

その時に分かった事は、彼が組織の賤民(せんみん)であるという事だ。

命を削る任務を終えたと思ったら、休む暇を惜しんで、八王子の本社へと赴き、CEOとしての役目を務め、再び、死地へと向かう。

手を貸してやりたいが、本人が完全に拒絶している為、どうする事も出来ない。

それが、どんなに歯痒い事なのか、この悪魔使いは分かっているのだろうか?

 

「前にお前に言ったと思うが、俺は、日本と言う国家の所有物だ。 それを覚悟したうえで、17代目の銘を背負っている。」

 

有無を言わさぬ強い瞳。

その隻眼を向けられ、ダンテが諦めたかの様に掴んでいた細い腕を離す。

親に叱られた幼子の様に項垂れるダンテに、ライドウは溜息を一つ零すと、自分よりも遥かに高い位置にある顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫だ。 五体満足で、ちゃんと此処に戻って来るよ。だから、お前も謹慎期間の間だけは、大人しくしておいてくれよ? 」

「・・・・・分かったよ。」

 

銀髪の青年は、自分の顔を覗き込んで来る隻眼の少年の頬へと手を這わせる。

軽く、触れる様な口付け。

離れていくその温もりに、ダンテは唇を噛み締めた。

 

 

 

”かさぎ荘” 204号室前。

小さな妖精を肩に乗せた黒縁眼鏡の少年と、黒い毛並みのハムスターを頭に乗せた銀髪の少年がそれぞれの得物を手に、立っている。

 

「言っておくが、此処はあくまで奴が造り出した異界の入り口に過ぎない。 この先が一体どうなっているのか、流石のワシでも皆目見当がつかんからな。」

 

シウテクトリの説明によると、”かさぎ荘”は、邪神・ゴリアテが造り出した異界の入り口の一つらしい。

奴が造り出した異界の穴は、山谷のあちこちにあり、餌である人間を誘い込む罠として、甘い匂いを漂わせながら、凶悪な咢を開いているのだという。

 

鋼牙が、204号室のドアノブに手を掛ける。

予想外にも、扉はあっさりと開かれた。

 

 

 

冬空を舞う、一羽の大鷲。

黒々とした巨大な羽をはためかせ、大型猛禽はある一点に向って飛ぶ。

暫くすると、簡易宿泊所やテナントビルが立ち並ぶ、東京山谷の独特な街並みが眼前に広がって来た。

大鷲― 造魔・グリフォンは、古びた商業ビルの屋上へと舞い降りる。

高いフェンスの前に、一つの影があった。

漆黒のローブを頭から被った、大きな体躯をした人影。

金色の龍の姿が刻まれた黒色の鞘に収まる日本刀を右手に持ち、鼻頭から首元まで、黒い包帯できっちりと巻かれている。

目深に被ったフードの下から覗く双眸は、商業ビルから少し離れた位置に立つ、古い鉄筋コンクリート製の3階建てのアパートを見据えていた。

 

「一足遅かったぜ・・・・人修羅ちゃんは、”壁内調査”に出かけちまった。」

 

グリフォンは、フェンスの上に舞い降りると、フードの男を見下ろす。

 

「丸瀬の豚親父が、連絡に渋りやがって・・・・こっちは、時間の余裕がねぇってのによぉ。」

 

吉祥寺を中心に、銃器の密売をしている元陸曹長の顔を思い出し、グリフォンが忌々しそうに溜息を零した。

 

「否・・・・逆に好都合だ。 まだ下準備に時間が掛りそうだからな。」

 

フードの男は、グリフォンからの報告を一通り聞くと、視線を古びたアパートへと向けたまま、静かにそう応える。

 

「・・・・・本気でやるつもりなのか? 今ならまだ引き返せるぜ? 」

 

そんなかつての主の姿に、グリフォンは無駄と知りつつ、何とか思い留まらせようとする。

一度、こうと決めたら梃でも動かない性格をしている事は知っていた。

もう20数年以上の付き合いなのだ。

この男の性格は、嫌と言う程、理解している。

 

「悪い・・・・もう決めちまったんだ。 どんな手を使ってでも、あの馬鹿息子を助けるってな・・・。」

「・・・・・・。」

 

男の覚悟は本物だ。

最早、どんな言葉を掛けても、その信念を揺るがす事は叶わないだろう。

 

「しょうがねぇ・・・・一旦、詩人ちゃんの所へ戻るよ。」

 

グリフォンは、諦めたかの様に、もう一度溜息を一つ零すと、大きな羽根を広げ、天高く舞い上がった。

 

 

 

 

「何だ? こりゃ? 」

 

ネロは、目の前に聳(そび)え立つ、大聖堂の建物を見上げ、呻く様に呟いた。

ゴシック風の左右対称の巨大な建物。

ロンドンにあるウエストミンスター大寺院と良く似ている。

 

「成程、良い趣味をしてるじゃないか。」

 

銀髪の少年から、少し離れた位置に立つ黒縁眼鏡の少年が、感心した様子で周囲を見渡す。

一目で、この空間が異様である事が分かった。

破壊され尽くした街並みに、蒼白い空に浮かぶ二つの月。

眼前に建つボロボロの寺院が、更に異様さを醸し出していた。

 

「来るぞ! 奴だ!! 」

 

ネロの頭にへばりついているハムスターが、少年達の頭上に向って大きな声を上げた。

条件反射で、左右へと飛び退く二人。

刹那、上空から黄色い車体をした商業用のワンボックスカーが降って来る。

車が地面へと激突し、ボールの様に回転しながら、崩れ落ちた建物の壁へとぶち当たる。

その様子を二人の少年が、呆れた様子で眺めていた。

 

「人間か・・・・まさか、此処まで辿り着く奴がいるとはな・・・。」

 

寺院の建物から、人間のモノとは判別し難い重低音の声が聞こえた。

振り返ると、何時の間にそこに居たのか、小山の如く巨大な陰が、二人の少年を見下ろしている。

雄叫びを上げ、寺院から飛び降りる巨大な魔物。

横倒しになっている商業用のワンボックスカーの上へと、地響きを轟かせて降り立つ。

 

「コイツが、例の邪神様か? どう見ても弱そうだぜ。」

「聞いた事も無い悪魔だからねぇ・・・・人間界(ここ)へ堕ち延びたぐらいだから大した事が無いかも。」

 

常人ならば、震え上がる程の鬼気を放つギガント級の悪魔でも、二人の少年は、別段臆する様子は無かった。

まるで見世物小屋の珍獣を見るかの様な気易さで、巨大な魔物を見上げている。

 

頭頂部にある二本の捩(ね)じれた角。

金色に光る左右、横並びになった四つの眼。

耳元まで裂けた凶悪な咢に、丸太の如く太い両腕と牡牛の様な脚。

太い腕の甲には刃の如く鋭い突起物が並び、四本の指は、矢尻の様な爪と硬い鱗で覆われている。

 

「全く、見た目だけで判断するな。 奴は元四大魔王(カウントフォー)の一人、反逆皇・ユリゼンの配下だったんだぞ? 」

 

軽口を叩き合う二人の少年に、黒毛のハムスター― シウテクトリが、呆れた様に言った。

因みにマベルは、ゴリアテが姿を現したのと同時に、怯えて鋼牙の着ているダッフルコートのフードに潜り込んでいる。

 

「生意気な餓鬼共が・・・・どうやら俺の事を知らんと見える。」

 

喉の奥から唸り声を上げると、ゴリアテは、二人の少年に向って腕を振り上げた。

硬い鱗に覆われた巨大な腕が、地面を抉りながら薙ぎ払う。

しかし、そこに銀髪の少年と黒縁眼鏡の少年の姿は、影も形も無かった。

何時の間にそこへと移動したのか、常人よりも遥かに優れた膂力を使って、二人の少年は、それぞれ、倒壊したビルの上や、瓦礫の山に移動している。

 

「知ってるぜ? 頭の中身が空っぽな邪神様だろ? 」

 

倒壊したビルの壁面へと背を預けたネロが、腕組みをして軽口を叩いた。

 

「ゴリアテさんだよ? ちゃんと名前を呼んであげないと可哀想だろ。」

 

瓦礫の山へと腰掛けた鋼牙が、大袈裟に肩を竦める。

 

「ぐぐっ・・・・この糞餓鬼共がぁ!! 」

 

身の程知らずな二人の少年に、怒り心頭の巨人が周囲に轟き渡る程の怒号を上げる。

足元に転がる瓦礫の塊を無造作に掴み取ると、腹にある口が凶悪な咢を開く。

ゴボゴボと煮えたぎるマグマが溢れるその咢へ、瓦礫の塊を押し込んでいくゴリアテ。

興味深々に二人の少年が眺める中、邪神の腹にある咢が再び大きく開き、マグマの塊を大砲の弾の如く吐き出す。

 

凄まじい、破壊音と瓦解音。

二人の少年の間を突き抜け、マグマの塊が倒壊したビルへとぶち当たる。

 

「ハハッ! 凄ぇ手品だな? 」

 

球体の形で抉り取られ、無残な姿を晒す街並みの様子に、倒壊したビルから飛び降りたネロが、おどけてみせる。

腹から溶解液の涎を零しながら、邪神・ゴリアテが生意気な小僧へと四つの眼球を向けた。

と、その視線が途中で止まる。

― 餓鬼の姿が一匹足りない・・・・? ―

先程まで、瓦礫の山で腰掛けていた黒縁眼鏡の少年の姿が、忽然と消えている。

慌てて、ギガント級の巨体を誇る怪物が、周囲を振り仰ぐ。

すると、背後から凄まじい衝撃が走った。

 

「ぐおぉおおっ!! 」

 

予想外の出来事に、対応が出来ず、二歩三歩と大きく多々良を踏む巨人。

背を走る激痛に凶悪な相貌を歪めつつ、背後を振り返ると、そこにアクリル製の60cm定規を右手に持った黒縁眼鏡の少年が立っていた。

闘気術で、筋力を強化し、大きく跳躍した鋼牙が、ゴリアテの背後へと回って、渾身の一撃を浴びせたのだ。

だが、邪神の肉体を覆う鱗は、予想以上に強固であった。

辛うじて傷を付ける事には成功したが、刃が通らず、両断出来ない。

 

「うーん、 流石、邪神様の端くれだね。 このままじゃ倒しきれない。」

 

60CM定規で肩を叩きつつ、鋼牙が、怒りで顔を歪める邪神を見上げる。

着ているダッフルコートの右ポケットに手を突っ込み、あるモノを取り出した。

 

「危ないから下がっててね? マベル。」

「鋼牙? 」

 

コートのフードから、小さな妖精を外へと出した黒髪の少年が、先端がU字型をしている法具に息を吹きかける。

すると、低周波音が発生し、周囲の空気を震わせた。

鋼牙の額に、伐折羅大将を現す梵字が浮かび上がり、突如、足元から突風が吹き荒れる。

 

「なっ・・・・何だよ? アレ・・・・? 」

 

風の柱が晴れた瞬間、そこには三本の角を持った鬼が立っていた。

 

光沢のある黒い管で覆われた肉体に、蒼い手甲。

金の鎧を纏い、バイザーに覆われた眼鼻の無い顔には手甲と同色の蒼い縁取りと金の角が左右の蟀谷と中央の額に生えている。

 

「ほぉ・・・・鬼人化か・・・・どうやらあの小僧、鬼の血を引いているらしいな。」

「鬼・・・? 」

「この島に古来より棲む魔物だ。 人に身を変え、この国を悪魔(デーモン)共から護り続けている守護者の血族よ。」

 

ネロの問い掛けに、頭の上でしがみついている黒毛のハムスターが簡単に応える。

 

鬼とは、昔話に登場する悪役と一般では伝えられているが、史実は違う。

日の本の民を悪しき魔物達から護り抜く使命を帯びた、修験者達の事なのだ。

極限まで肉体を鍛え抜き、高い霊格を持つ者だけが、”鬼”へと転身出来る。

 

「ネロ、君は後衛、僕は前衛だ。良いね。」

 

鬼人化した鋼牙は、ネロへと指差すと、アクリル製の60CM定規を構える。

瞬く間に姿を変えるアクリル製の定規。

三又の特徴的な柄に、一匹の龍が纏い付いた黄金の刀身へと変化する。

 

「おい! 待てって!! 」

 

ネロの制止を完全に無視し、蒼き鬼が小山の如く巨大な邪神に向って疾走する。

灼熱の獣王が、丸太の如く太い腕を振り上げ、身の程知らずな餓鬼を叩き潰そうとした。

地へと撃ちつけられる邪神の右腕。

地面が大きく陥没し、その衝撃で、大地が大きく揺れる。

 

しかし、愚鈍な邪神の攻撃など、音速を超える速さで移動する鋼牙を捕らえる事等敵わない。

表居合術、六か条― 抜討之剣(ぬきうちのけん)により、太い右足の腱を切り刻まれ、無様に転倒してしまう。

 

「ぐがぁあああああああっ! 」

 

先程とは、比べ物にならないぐらいの激痛が、その巨体に走った。

躰を支える脚を潰され、邪神が屈辱の苦鳴(くめい)を上げる。

 

「小僧、今だ! ワシをゴリアテの口の中に押し込め! 」

 

ネロの頭にしがみつく黒毛のハムスターが、唐突に怒鳴った。

 

「口? 二つあるけど、もしかして腹の方か? 」

「馬鹿者!上の口に決まっているだろうが! 」

 

分かっている癖に、態ととぼけるネロに、シウテクトリが怒りの声を上げる。

溶解液が溢れ出る腹の口に押し込まれたら、小さなハムスターなど跡形もなく溶けてしまうだろう。

 

「了解、言っとくが死んでも文句言うなよ? 」

「腐ってもワシは神の端くれだ、物理的な死など存在せんわ。」

 

悪魔の右腕― デビルブリンガーに掴まれたハムスターが、ドヤ顔で応える。

 

人間と神の血を引く者は、現物質の肉体を持つが故に死という概念はあるが、シウテクトリの様な元素(エレメント)は、死そのものが存在しない。

只、入れ物であるハムスターの躰が消失するだけだ。

 

「何か、お前のその顔見てると無性に腹が立つんだよなぁ。」

「うん? 何か言ったか? 」

「いいや、何でもねぇよ。」

 

ネロは、ハムスターを握るデビルブリンガーへと意識を集中させる。

それに呼応するかの如く、”デビルブリンガー”から、蒼白く光る巨大な悪魔の腕が出現した。

 

 

「ぐぅううう・・・まさか”人修羅”と同じ力を持つ奴がいるとは・・・。」

「”人修羅”? まさか17代目の事か? 」

 

ゴリアテの口から予想外の名前が出た。

油断なく、両手に持つ俱利伽羅剣(くりからのつるぎ)を構え、右脚から夥(おびただ)しい血を流す巨人を見上げる。

 

「我が主、”反逆皇・ユリゼン”様の寵愛を受けていた召喚士だ・・・・あの売女め、”アモン”の力を手に入れたら、あっさりと我々を裏切りおったわ。」

 

シウテクトリの真名のお陰か、切り刻まれた右脚は瞬く間に再生していく。

僅か数秒で、跡形もなく治癒してしまった。

巨体を揺らめかせ、徐に立ち上がるゴリアテ。

怒りの感情を必死に押し殺した四つの眼が、数メートルの間合いを開けて対峙する蒼い鬼へと向けられる。

 

「おい! 良いモンやるから口を開けろよ? デカブツ! 」

 

緊張高まる二人の間を引き裂く様に、ネロの声がゴリアテの背後から掛けられた。

何事かと邪神が振り返ると、突然、その口腔に何かがねじ込まれる。

衝撃に、ゴリアテの巨体が背後へと轟音を轟かせて倒れた。

 

「ネロ、”悪魔の右腕”を使い過ぎるとまた・・・。」

 

今迄、瓦礫の影に隠れていたマベルが、ネロの傍らへと近づく。

 

いくら魔具『閻魔刀』の力で、堕天使・アムトゥジキアスを封じているとはいえ、それも何処までもつか分からない。

少年の体内で、魔素が蓄積されれば、再び肉体を乗っ取られる憂き目に会うかもしれないのだ。

 

「大丈夫だよ。それに、シウテクトリがあのデカブツの口の中に入れてくれと言ってきたんだ。だからその通りにしてやったんだよ。」

 

心配そうに此方を眺める妖精を安心させるかの様に、ネロはおどけた様子で両腕を広げた。

 

「こ、こ、この餓鬼共がぁあああああああっ! 」

 

大の字に倒れていたゴリアテが、勢い良く起き上がる。

全身の毛は怒りで逆立ち、四つの眼は、鮮血の色へと変わり禍々しい光を宿していた。

 

「やれやれ、完全に怒らせちゃったじゃん。」

 

常人離れした筋力を活かし、鋼牙が大きく跳躍。

ネロ達の傍へと降り立ち、怒りの咆哮を上げる巨人を見上げる。

 

一方、憤怒の塊となったゴリアテは、足元に転がる巨大な瓦礫を無造作に掴み取り、腹の口へと押し込んでいった。

腹腔に力を溜め、灼熱弾を放つ態勢へと入る。

 

「来るぞ!! 」

 

溶岩の塊を放とうとするゴリアテ。

しかし、蒼き鬼は避けない。

俱利伽羅剣を両手に構え、巨人の腹から放たれた灼熱弾を迎え撃つ。

 

「鋼牙!! 」

 

殆ど条件反射で、ネロが小さな妖精を肩に乗せてその場から飛び退く。

その視線の先で、蒼き鬼が、巨大な炎の塊を俱利伽羅剣で受け止めている姿が映った。

裂帛の気合と共に、鋼牙は灼熱弾をゴリアテの顔面へと撃ち返す。

 

「ばっ、馬鹿な!! 」

 

余りの出来事に、避ける暇すらもない。

巨人は、己が吐き出した灼熱弾をまともに喰らい、再び地面へと沈む。

 

「うーん、意外と頑丈なんだなぁ。 僕の闘気も上乗せして弾き返してあげたんだけど。」

 

額の角を一本へし折っただけで、致命傷を負わせる事は叶わなかった。

鋼牙は、困った様子で、頭を掻く。

 

「全く、無茶しやがって。」

 

背後から、ネロの呆れた声が掛けられた。

敵の攻撃を細い剣一本であっさりと受け止め、その上、顔面に向けて押し返す。

普通ならば、到底考えられない芸当だ。

 

 

同時刻、邪神ゴリアテ体内。

黒毛のハムスターが、気管を抜け、食道を転げ落ち、胃の腑へと辿り着く。

 

「痛タタタタ・・・我ながらちと無理をし過ぎたか・・・。」

 

ハムスター・・・シウテクトリが、額を抑え、周囲の様子を伺う。

 

矢無負えぬ状況とはいえ、流石に”悪魔の右腕”を使って、無理矢理ゴリアテの大顎をこじ開けるのはやり過ぎだった。

五体満足なのが不思議なぐらいだ。

 

「さて・・・ワシの真名は何処にあるやら・・・。」

 

意識を集中し、奪い取られた己の半身を探し出す。

この近くに真名があるのは、分かっている。

早く回収しなければ、外にいる小僧共が危ない。

 

シウテクトリの優れた探知機能が、高濃度のマグネタイトを感知した。

この奥に、己の真名が封じられている香炉がある。

胃液溜りを器用に避けつつ、シウテクトリは香炉がある場所へと急ぐ。

暫く進むと、胃壁に埋まる様な形で、自分の身長より二回り程デカイ石の香炉を見つける事が出来た。

間違いない。

真名が封じられている香炉だ。

 

「フン、ゴリアテめ・・・今迄の借りを何倍にもして返してやるわい。」

 

漸く探し当てる事が出来た己の半身を前に、シウテクトリは皮肉な笑みを口元へと浮かべた。

 




最近、寒くて辛いっす。
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