7月26日の晩、日本から離れること南東へ2400キロメートルあまりの海上で、私は一人寂しく波に揺られていた。
私はただのしがない潜水艦である。今夜この付近を通る深海棲艦を捜索し、12時きっかりに攻撃する役目を帯びている。
出撃にあたって内地で下された命令は、実に微に入り細を穿つものだった。
例えば、作戦予定海域に到着したら潜航せずに浮上航行にて敵を捜索せよ。その際は電探の使用を躊躇してはならない。日が変わる直前に、電探が敵を捉える。そうしたら直ちに潜航し、潜望鏡にて敵影を捉えよ。敵が巡洋艦級の場合は即座に攻撃し、それ以外の艦影である場合は作戦を中止し帰投すること。その他転舵を行う位置や魚雷攻撃を実施するべき射点、果ては使用する魚雷の本数や発射管の番号に至るまで、うんざりするほど細かく指定されていた。
はっきり言って奇妙な作戦で、提督も、軍令部から受け取った作戦要綱を読み上げながら「これ、何なんだろうね」と首を捻っていた。こういう時、あれこれと憶測を巡らすのは野暮なものだと相場が決まっている。私は黙って任務に服することにした。
そういう訳で、私は今太平洋上にこの身を晒し、電探もがんがんに使用して敵を捜索している。大体潜水艦というものは、作戦海域に着いたならば隠れに隠れて一撃必殺の機会を狙うのがセオリーである。このように堂々と浮上航行で敵を待ち構えるというのは、まるで露出狂のようで恥ずかしくてたまらない。こんな命令さえ下っていなければ、敵の出現を待たずして一刻も早く潜航してしまいたいところだった。
果たして日が変わる直前、電探は敵艦らしき反応を捉えた。眠い目をこすり、反応のあった左舷方向を凝視すると、暗闇の中にぼんやりと艦影が浮き上がっている。水上艦だ。距離はおおよそ10kmといったところか。
接敵まで時間がないと判断し、直ちに潜航して射点へと急ぐ。夜間潜望鏡を上げ、照準をビタリと敵影に張り付ける。敵艦は西南西へ向かって、15.7ノットで航行していた。私は極力平静を保ちつつ射撃装置へ諸元を入力し、虎視眈々とその時を待った。
お互いの距離が縮まるに連れて、敵艦の姿が段々と鮮明になっていく。巡洋艦級の艦影であることはもはや疑いようもなかった。魚雷の最終調定を行う。緊張の糸が張り詰めていく。
息を呑むような対峙が続いた後、遂に運命の時が訪れた。開かれた発射管から、必殺の刃が音も無く解き放たれていく。潜望鏡を通して、私は依然敵影を捉え続ける。魚雷は青白い航跡を引いて敵艦へと真っすぐに突き進み、瞬く間にその航行能力を奪った。
私の役目は確かに敵深海棲艦を攻撃することにあったが、撃沈までは命令されていなかった。私が仰せつかっていた任務の性質から言えば、敵艦の撃沈はむしろ不都合であった。
煌々と照る月の下に、黒煙を立ち昇らせた一人の少女の姿が映し出されている。一見、彼女は私たち艦娘と同類のように見えたが、ひび割れた表皮の下からは深海棲艦独特のてらてら黒光りする装甲と、青白く燐光を放つ内部構造物とが顔を覗かせていた。
深海棲艦も立派に人真似をするようになったのか、と一瞬嫌な気持ちになりはしたが、私は構わず、付近に漂流している彼女の艤装へと近づいた。今回の任務の主目的は、敵深海棲艦が輸送していると考えられる新兵器の部品を回収することにあった。
残骸たちの中から件の部品を発見した直後、右肩にごん、と鈍い衝撃が走った。私が撃破した少女の、最後の力を振り絞った渾身の砲撃だった。それは私の肩の肉を少し抉り取っていっただけに過ぎなかったが、私の手を止めさせるには十分すぎる一撃だった。露わになった上腕の骨の内側から、あろうことか青白く淡い光がぼんやりと滲み出ていた。
思い返せば、事のはじめから気色の悪い任務だった。あんな作戦は敵の動向をつぶさに知っていなければ立てられるものではない。まるで敵味方を超越した立場にいる何者かが全ての筋書きを書いたような、そんな印象さえ受ける。そしてその疑念は、知らぬ間に同類同士で殺し合いをさせられていたという事実を知るに至って、遂に極限に達した。
私は手にした部品を投げ捨て、その場を後にした。これからどう身を振るかなど、まだ決めてはいない。しかし、これ以上艦娘という役目を演じることだけはまっぴら御免だった。
どうにか身を隠したいところだが、この損傷での潜航は厳しいだろう。せめて日の下にだけは出るまいと、私は沈みゆく月を追いかけ、孤独な航海を始めた。