Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 BBちゃんとオリエゴたちの顔見せ。
 こちらのBBちゃんはEXTRA materialに載っている没案、ゴシック風の中身も黒いブラックブロッサムなルッキングです。
 Fox tail要素とも言います。


Hypogean Gaol:Ⅳ

「初めまして、岸波白野さん。私の名は“BB(ビィビィ)”――この虚数の海を統べる、影の女王です」

 

 声は静かに。

 少女の声が世界を覆う。

 屍のような肌を、黒いドレスで覆う。

 頭からつま先まで、木乃伊の如く死化粧。

 長いスカートは秘密を守る鉄の監獄。

 黒いドレスの封印から免れた片脚は、痛々しい血色の紋章が浮かんでいる。

 桜と同じ顔で、BBと名乗った。

 虚ろな真紅の瞳を伏せて、一礼。

 丁寧な所作もどこか虚しい。

「影の女王? つまりあなたが黒幕だと。そう判断してよろしいですね?」

 バーサーカーへ目だけを向ける。

「影の虜囚、裏切りの狂女と手を組むとは。やはり旧モデルは愚かに過ぎる」

「月の裏側如き、手にしたところでなんの価値がありましょう。廃棄物の処分地など」

「サーヴァントを得たのであれば警告します。この旧校舎から一歩でも出た時点で、生命の安全は保障しません。これは最終通告です」

「マスター、あの尼僧の言葉は忘れなさい。知ったような口で真理を騙る聖職者など、破戒僧にも劣る愚物です」

 ……衝撃と恐怖で立ちすくむ。

 キアラを殺した透明人間。そして“BB”

 二人の存在だけで空間が悲鳴を挙げている。

 サーヴァントとは比べものにならない情報量が、この小さな中庭へ負荷を与えているのだ。

 とくにドレスの少女が話すだけで、小さな地震が起きるほどだ。

 絶対に勝ち目がない。マスターとしての経験を失った今でも確信できる。

 生物としての本能が規格レベルでの敗北を告げる。

 逃げようもない。

 教会の階段を昇るにしても背中はがら空き。

 どうぞ刺してくれと言うようなものだ。

「大馬鹿者め、まさか己の出番すら分からんほど茹だった頭とはな! これほどの馬鹿とは思わなかった。ああまったく脚本家だった俺のミスだとも認めてやろう! 三流以下の駄脚本家だっととも! ――だが、これで芝居もご破算だ。物書き崩れには相応しい結末だがな。ま精々、大根役者だけでどうするか座からじっくり――」

「――――――」

 もう下半身を失った童話作が悪態をつく。

 今際の際だろうと辛辣な言葉は尽きない。

 そんなアンデルセンを、透明人間は一瞬で細切れにしてしまった。

 手にした槍が腕ごと消えたかとえば、それまでの仏頂面が嘘のように愉快げな表情もろとも、極小のデータ片にまでカッティングされた。

 痛みを味わう間もなく彼の意識は途絶えたと思う。

 そう感じるほどの業を見せつけられたのだ。

 心臓が早鐘を打つ。

 私の敵は、こんなにも強い。

 勝てるのか。サクラメイキュウに入れば、いずれ彼女たちと相対する運命なのに。

 今の岸波白野はただ恐怖に縛られ、膝が笑うのを堪えるので精一杯だ。

「では作業がありますので。私はこれにて失礼します」

 そう告げて、BBは姿を消した。

 立ち姿が影になり、黒一色のシルエットが切り取られて消えた。

 もう一人の透明人間もいつの間にか見えなくなっている。

 背後に現れやしないかと身構えていると、

「心配要らないよ。あの子も帰った、仕事が済んだからね」

「……サーヴァント、ですね?」

「はは。ご明察、まぁそんなところさ」

 噴水の脇に立っている少年が笑っている。

 青みがかった暗い紫色の髪に、時代がかった男性用の礼服。

 背丈や線の細さはどことなく少女のようだけれど、声自体は変声期の男子のそれだ。

「アナタ、誰。BBの仲間?」

「仲間、ではないかな。もしアイツが誰かに殺されかけても、助けるつもりはないし」

「なにしに来たの」

「いやなに、ちょっとしたお願いというか、取り引きをしたくてね」

 取り引きという言葉も信用できない。

 ついさっきキアラとアンデルセンを死なせた陣営の一員だろうに。

 図々しいとかそんな次元を超えている。

「持ち物を寄越せとかじゃない。聞くだけ聞いてくれてもいいんじゃないかな?」

 そのくらいならなにも損しないと思うけど、と。

 名前も名乗らない相手の話を聞くほどお人好しじゃない。

「ああ、これはウッカリしていた。申し訳ない。ボクはチョコラリリー、立場上はBBの側にいる。けれど心情はそちら側を応援している」

「こちらから話を伺うことは出来ない、そう仰るのですね」

「BBは自分の不利益を認めないからね。こればかりは難しい」

 あちらの手の内を掴めない。その代わりこちらへの援助は例外になるようだ。

「そういうこと。取り引きと言っても簡単だ、迷宮内で見つけたマスターやAIをこちらに引き渡して欲しい。代価としてボクから相応量のサクラメントを支払おう」

 もちろん物々交換、レートは適正価格で。

 後払いも先払いもないクリーンでフェアな条件である。

 旧校舎改造の件もあるが、今の時点では即答できない。

 私は生徒会役員で、会長はレオだ。まずはコトの流れを伝えなければならない。

 こちらの状況もあるので、ひとまず保留させて欲しいと伝えたところ、チョコラリリーは「ボクは迷宮内の安全地帯にいる。いつでも返答を待つよ」とにこやかだった。

 丈の短いマントをはためかせて踵を返すと、彼もまたするりと虚空へ消えた。

 いったいぜんたい、なんだったのだろう。

 影の女王を名乗るBBに、仕事人めいた透明人間、それにあの謎めいた美少年。

 謎が謎を呼ぶではないが、もう少しペースを落として欲しい。

 それにバーサーカーのキアラへ手厳しい言いようも気になる。

「命が失われたのは残念ですが、悔やむのは契約の完了まで持ち越しです。さ、急ぎましょうマスター」

 促されるままに旧校舎の中へ戻る。

 背後で聳え立つ教会の建物には、なんの変化もなかった。

 

 

 

 

 中庭での一件をレオに報告しなければ。

 生徒会室に戻ると、ホワイトボードに教会の中が映っている。ミナカタはモニターで参加するようだ。

「ああ……お帰りなさいハクノさん、お疲れ様でした」

 エメラルドグリーンの瞳が疲れ切っている。

 こんなに消耗したレオは初めてだ。

 恐るべきはガトーモンジ、なかなかの働きというべきか……。

 ユリウスも困った様子で目を伏している。

 いつも通りなのはガウェインだけだった。流石は円卓の騎士である。

 レオとともにデスクを囲んでいるのは、ゾッとするほど色白の女子生徒。

 名前は北上 環。ライダーのマスターである。

 今はガトーの淹れた番茶を啜っている。記憶通りのマイペースだ。

「殺生院キアラの件はミナカタさんから聞いています、BBを名乗る襲撃者の手にかかったそうですね」

 一瞬で会長モードに切り替えたレオ。

 瞳も再び輝いている。

 チョコラ・リリーと名乗った少年について報告する。

 BBへの忠誠はなく、心情的には生徒会側だと語ったことも。

「黒ずくめのサーヴァントについては保留せざるを得ません。現時点で“六本腕”と“透化能力”しか情報ありませんからね。問題はむしろチョコラ・リリーでしょう。保護したNPCやマスターとリソースを交換……でしたか」

 そうだ。

 彼はサクラメイキュウの安全地帯にいると言っていた。

 それがどこなのかはさておき、取り引きの目的はハッキリしている。

「旧校舎のリソースは現状、常に枯渇気味です。それを解消しつつ設備強化も可能となれば願ったり叶ったりと言えるでしょう。問題は人身取引をしなければならない点ですが――」

『急場しのぎであれば案もなくはない』

 レオはホワイトボードへ目線を送る。

 ミナカタの言う急場しのぎの案、その資料がボードに映し出された。

 何色かに分けられた円グラフだ。赤色と青色が目立ち、白色は薄い。

『反生徒会派のNPCがBBへの接触を試みている。今後、こちらの情報が漏れる恐れもある。対処は速い方がいい』

「情報が漏れるって、この部屋にハッキングしてるってこと?」

『そうだ。複数回起きている、迷宮探索の最中では即時対応も難しい。面倒が増える前に、不穏の芽は摘んでおくべきだ』

「同感だ。BBと結託し、人類浄化を望む個体も存在している。本拠地に敵がいる状態は好ましいとは言えん」

 ミナカタとユリウスは意見が一致している。

 ガウェインも「本陣の防備を固めることは戦の基本、常識中の常識です」と肯定的だ。

 資源の枯渇に内憂外患。そんな状況を解決できる手段が“粛清”というのは……。

 こうして敵の敵を作るため、黒幕はNPCたちに自由行動を許可したのだろう。

 だが彼らにも人格がある。

 それを無視して、潜在的脅威だからと排除するのは納得できない。

「私からも、ムーンセルに与えられたAIとしての役割を全うすべきと説得してみたんです……けれど、誰にも話しを聞いてもらえなくって……」

 沈痛な面持ちの桜に、心が揺れる。

 もはや解決策は一つだ。とびっきり酷い選択肢しかない。

 きっと聖杯戦争でも味わっただろう、神経を抉るような苦さが下を痺れさせる。

 逃げ道はないんだ、ちゃんと言葉で示そう。

「私も――」

『我も、そなたらの理屈は分かる。眼前を羽虫が飛べば気が散るというものだ……しかしな、たかだか通常型のAIになにが出来る? 奴らの権限であれば覗きと盗み聞きが精々であろうよ』

 甘い女性の声が遮った。

 ホワイトボードに映った黒いドレスのサーヴァントが、ふうとため息をつく。

 教会と繋がっているということは、彼女がミナカタと契約したサーヴァントか。

「ですがセミラミス、既に彼らの脅威は現実のものです。このまま放置しておくにはあまりにリスキーと言わざるを得ません」

 真名で呼ばれたサーヴァントはくすりと笑う。

 黒い髪に黒いドレス、切れ長の瞳で送ってくる流し目が退廃的な印象を与える。

 真名の通り女帝らしい威圧感を放ちながら、セミラミスは囁いた。

『奴らの首魁は元風紀委員だ。その長、あの黒服の上級AIを見せしめに使えばよい。我らの意思を行動で示してやれば、末端の心を折る程度の役には立とう』

「それでなお志を貫徹する者は容赦する必要もない、か」

『そうだとも。まあ所詮はNPC風情、出来ることなど高がしれている。すぐに手を下さねばならんことでもない。なぁ、ハクノよ?』

 微笑みを向けられてドキリとする。

 値踏みするような冷たい目で心の底まで見透かされているようだ。

 その隣にいるミナカタは無表情なままだ。

 セミラミスの言葉には一理あった。

 手を打つにせよ、明確な被害はないのだ。

 そして、迷宮の探索だけでもいっぱいいっぱい。人員的にも余力はない。

 レオは元風紀委員たちの件を棚上げにした。

 事実、彼らに出来るのは生徒会室のハッキングくらいなのだから。

「僕と桜で突入チームの観測を。現状で迷宮へ踏み込むのはハクノさんお一人が限界ですが、そちらは校舎機能の拡張や人員次第です」

「そーゆーことなんでヨロシクね」

 何杯目かの番茶を飲み終えたマドカが会釈する。

 今はあらゆる面でリソースが不足しているだけだ。

 サクラメントの回収量次第で今後の探索もスムーズに進むはず。

 それでも命がけには変わりない。

「健康管理AIとして、桜の樹に入るのは反対なんですけれど……だから、私もレオさんと一緒にバックアップをお手伝いします!」

「今回の目標は入口付近の調査です。可能であればポータルを設置して、そのまま帰還してもらいます。これだけでも後方の人手不足は否めませんね……」

『なによりリソースが足りない。BBが締め上げているんだろうな』

「月の表側へ戻るためだ、他のマスターも協力せざるをえなくなるだろう」

 ユリウスの言うとおり。シンジも覗いているのは間違いないようだ。

 ……あと二人ほど優秀なマスターがいたはずだが、思い出せない。

 まずは内部の状況を簡単に調べて、今後の足がかりとなるポータルを設置。

 迷宮に取り残されているマスターがいれば救助。

 これからの探索はこの繰り返しになるだろう。

 なに、アリーナと違って出入りそのものに制限はないのだ。

 身体を壊さないよう注意して、効率良く進めていけばいい。

「その通りです。こちらの準備は既に整いました、ハクノさんは桜の樹へ向かってください。ゲートはサクラが開けてくれています」

「………………はい。管理者権限で特別措置として許可しました。ゲートの設置も完了しています、あとは岸波さん次第です」

「小生が行ってはいかんのか?」

「やめておけ。アリーナであればエネミーがいる、あれはマスターに太刀打ちできるものではない。俺やお前であれば一体は仕留められるが、それが限界だ」

 ガトーは「う、うむ……」と押し黙る。

 血に飢えた修羅を求めているのだから、アリーナが気になるのだろう。

 だが、原則としてサクラメイキュウへ入るにはサーヴァントが必須になる。

 そして――バックアップ能力も、ユリウスのような優れた戦闘技能もない。

 サーヴァントと契約するのが精一杯の自分に出来る“最大限の事”は、足での現地調査だ。

 自分も生徒会の一員、出来ることは全力でやろう。

 この旧校舎に囚われている人たちのためにも。

「以上です。校庭に向かってください。サクラ迷宮、初突入ミッションを開始します。いわゆる処女航海というヤツですね」

 最後の一言で生徒会室の空気が凍る。

 教会の二人も、絶句しているのが分かるほど目が冷たい。

 あ、通信を切った。

「? どうしたのですか? きわめてノーマルな単語をチョイスしたのですが」

 首を傾げる生徒会長に、苦笑する従者と嘆息する兄。

 きょとんとしたガトーはさておき。

 空になった急須の蓋を転がしながら、マドカは呆れて一言。

「レオさあ、いくらNPCでも女の子相手に『処女』とか『雫』とかどうなのよ。もの凄く誤解を招くんじゃないの?」

 それでようやく察したレオが口を開く前に、ユリウスはさっと背後から手で塞いだ。

 本当に仲の良い兄弟だ。

 ガウェインの「他意はないのですよ。ええ、本当に」という微笑も、心なし苦しげだった。

 

 

 

 

 購買はやはり無人のままだった。

 まだ準備が出来ていないらしい。

 そのまま商品棚の前を通り過ぎて校庭へ出る。

「これが桜、という植物なのですね」

 生まれも育ちもスペインのバーサーカーが桜の木を見上げている。

 確かに、中世のヨーロッパに桜の木はなかっただろう。

 自分も直に見るのは初めてだが、なるほど。日本人が古くからこの花を好む気持ちも分かるような気がした。

「あ、あの……」

「――桜?」

 校舎から出た直後、桜に呼び止められた。

 見送りに来てくれたのだろうか。

「……気を付けてください。迷宮の中は“彼女”の領域です。もし出会ってしまったら……絶対に逆らったりしないように」

 彼女……BBのことだ。

 迷宮の主、という風には聞こえなかった。

 やはりあの不気味な少女が事件の元凶……なのだろうか。

 そうだとして、桜はBBが何者であるのが知っているのだろうか。

「そう……ですね、私が言える事じゃありませんでした。危なくなったら、すぐに帰ってきてくださいね」

 BBについて聞こうとしたが、口を開く前に桜は消えてしまった。

「校内への強制退去でしょう。桜様も上級AIとは言え、校舎の外に出るのは機能にないこと。相当に消耗なさるはずです」

「それって、本当ならかなり不味いことにならない?」

「月の裏側である限り、違反すれば即処罰ということにはならないでしょう。それでも、ムーンセルの取り決めには逆らえないのですけれど」

 バーサーカーから微笑みが消えた。

 表情そのものが変わったのではなく、花を愛でる穏やかな雰囲気が、哀れみへと入れ替わったのだ。

「一般のNPCはさておき。よりオリジナルに近い上級AIは役職で機能を制限されています。例えムーンセルの観測外にあろうと、彼女に自由はないのです」

 曰く、私たちが旧校舎の囚人であれば桜は月の囚人。

 聖杯の人形以外の存在にはなれない――と。

 そこまで語り、バーサーカーは霊体化した。

 この話はここまで。今はサクラ迷宮の調査が先決。

 桜の樹に近づくと、古めかしいデザインのエレベーターが扉を開く。

 中は真っ暗闇で風一つない。当然、目をこらしても何も見えない。

 月の裏側に構築された未知のアリーナ、はたして何が待ち受けているのだろうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

The First Chapter:Hypogean Gaol...End

Next Chapter:Underground Corpse Pille




 次回からサクラメイキュウへ突入。
 ゲーム的には『オープンワールドをNPC連れて探索』です。
 ただしストーリー進行度やサブミッションのクリア率で連れて行けるNPCが増える仕様、今はまだ一人でウロウロするだけですね。
 セブンスドラゴン2020みたいな感じでしょうか。
 集めた素材で拠点を改築したりサブクエを進めるとアイテムが増えるみたいな。

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