Zの輝き   作:なのでごぜーます

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1.

 ──薄い意識の中で、それを見た。

 

 胸を貫かれた痛みさえ感じられない冷たい淵の前、ぼやけた視界で起こったことを、私はハッキリと覚えている。

 天災が蔓延る、荒れ果てたライブステージで巻き起こった煤を切り裂く群青の嵐。

 その中心に立っている青色の人影。こちらを振り返った銀色の瞳を。

 

 あの人は、一体。

 

「……誰、だったんだろう」

 

 アラームの鳴り響く部屋で、一人夢から覚めた。

 

 

「それで? 今日はどんな理由で遅刻したの?」

 

 親友が呆れた表情のまま、そう問いかけてきた。それに対して立派な答えを持っているわけじゃなく、私はただ行き場のない手を後頭部にやり、苦笑いを浮かべることしか出来ない。

 

「道中で困ってるお婆さんが居たから、心配だったからそのまま駅まで送って……」

 

「……ここから駅、って。バスの終着点だけど……」

 

「そう! バスに乗っていったんだけどね、戻りのバスがなんでか来なくって……! 結局走って学校まで来たんだよ~」

 

「無計画に人助けするからでしょ」

 

 私の親友、未来は呆れを多分に含めた溜め息を溢す。うぅ、理由はあれど自業自得なところもあるから何も言えない。でも人助けは私の趣味なわけだし、困ってる人はどうにも見過ごせない。趣味を越えて、もはやサガなのかもしれない。

 でもそれならそれでもいいかな、って思ってしまう性格だから未来にはこんなに呆れられちゃうんだけど。

 

「もう、本当にしっかりしなよ? 進学できなくっても知らないからね」

 

「うぐぅ。き、気を付けます……」

 

 留年、すごく重い言葉だ。もはや他人事でない、すごく近い将来を予感させるものだから余計に重い。もしなってしまったら、どうしよう。未来と一緒に卒業出来ないのはものすごく嫌だし、でも困ってる人は絶対に見過ごせないし。

 わ、私、やっぱり呪われてるかも……!

 

「……冗談。もしそうなったら、私も一緒に先生にお願いしてみるから」

 

「み、未来!」

 

「でも内申点まではカバーしきれないからね? ちゃんと課題もテストもこなすこと」

 

「うん、うんうんっ! ありがとう未来~!」

 

 感動のあまり思わず強く抱きつく。もう、とか、本当にしょうがないんだから、って言っている未来も愛しくってしょうがない。やっぱり未来は私にとって無くてはならない半身、私の日だまりだ。

 

 私、立花響は今がすごく幸せだ。二年前のあの日から辛いこともあったけれど、今を生きれて本当によかったと思える。もしあの時助けてくれなかったら、今のこの幸せを味わえる一時はなかったのだから。

 だから、ちゃんと一度はお礼がしたい。ツヴァイウィングの奏さんに。

 そして、あの青い人にも。

 

「どうにかして会えないかなぁ……」

 

「またあの青い人のこと?」

 

 腕の中の未来の問いかけに、私は頷いて見せた。

 二年前、ツヴァイウィングのライブで起こった惨劇。多くの人の命が失われた事件で私は胸に大きな怪我を受けた。生死をさ迷うほどのもので、その時の傷は今でも胸に消えない痕となって残っている。

 その時に助けれてくれたのが世界に羽ばたくツインボーカルユニット、ツヴァイウィングの片割れの天羽奏さん。そしてもう一人。

 

「翼さん、とは違うんだよね?」

 

「うん。確かに翼さんも青いけど……あの人はもっと、青空のような澄んでる色だった」

 

 今でも覚えている。あちこちがボロボロになって荒れ果てた会場のど真ん中、突然群青の嵐が巻き起こって一切合切を全部なんとかしてくれた。私がなんとか生き残れたのも、あの人が不思議な光で応急手当をしてくれたから。

 顔は覚えてないけれど、全身が青かったと言うこととあの輝く銀色の瞳だけは強く記憶に残っている。

 

「最近ネットでも噂になってるよね、青い人影が宙を飛んでいたとか」

 

「私は絶対にあの時の人だって思ってる」

 

 何かの根拠があるわけじゃない、でもあの人なら空を飛んでいても何もおかしくない、って思えるんだ。空からやってきた人だから、っていうのは私の妄想なんだけど。でも、あながち外れでもない気がする。

 ネットでも色々と話題になってるのは私も知っている。曰く現実のスーパーマンだ、とか。曰く新しいニチアサヒーローだ、とか。曰く宇宙人である、とか。噂になるってことは、あの人はそれだけ人を助けるために動いているんだ。

 きっとあの人は二年前から、あの時の私と同じような人を助けて回っているんだろう。もしかしたら、会うことで何か邪魔になってしまうかもしれない。

 

「でも、会いたいんだ」

 

 立花響は貴方のおかげで今を幸せに過ごせているから、貴方のおかげで今を頑張ることが出来るから。あの時助けてくれて、ありがとうございましたと。面と向かって伝えたい。

 何年かかるか、わかったものじゃないけれど。

 

「大丈夫、私もちゃんと手伝うよ」

 

「未来……」

 

「だって私もちゃんと伝えたいから。響を、私の親友を助けてくれてありがとうございました、って。」

 

「……うん、二人で一緒に伝えようね」

 

 そうやって私たちはしばらくくっついたまま、お互いの体温を感じ取っていた。

 

 

◆◆

 

 世界には表と裏があり、それを知る人と知らない人がいる。

 知らない人は表の世界で何気ない日常を謳歌し、幸せを噛み締めることの出来る毎日を送っている。

 知っている人は日夜誰かのために戦い、また自分のために戦い、自分の人生と使命を全うしようとしている。それは良い意味でも、悪い意味でも。

 

 そしてそれは話のスケールが大きくなろうとも、宇宙であろうとも変わりはしない。

 どんなちっぽけな星にも善と悪があるように、広大な宇宙にもまた善と悪があり、日々衝突を繰り返している。

 時に勧善懲悪は果たされ、しかし時には善が敗れることもある。そうなれば裏が表を侵食し始める、何も知らない人が利用され犠牲となる。

 それが嫌だから俺は戦っている。地球人ならざる姿、友の姿を借りることで。

 俺の話なんて、それだけ知っていれば十分だ。

 

『────────ッッ!』

 

 異形どもが声なき声をあげる。なんとも形容しがたい、気色の悪い声だ。まさしく不協和音とはこの事、この場に残してはおけない音だ。

 定まった形を持っていないかのように、まるで水のように変幻自在に姿を変えていく。いくつかは槍のようになり、いくつかは鳥のようになり、いくつかはその腕を伸ばし襲いかかってくる。

 迫り来るその数、優に百を越えているのは間違いない。それでも呼吸は乱さない、小さく迎撃が難しいのであればその全てを防ぎきるまでのこと。

 

「シェアッ!」

 

 腕を胸の前に構え直立、その姿勢のまま念動力をかけて高速回転。体から溢れる光のエネルギーは遠心力に従い形となり、身を守る円柱の光のシェルターとなる。

 異形どもにそれを避けると言う思考能力はないのか、はたまたぶち抜けると言う強い自信を持っているからか、真っ直ぐにシェルターに向かってぶつかってくる。

 しかしシェルターに皹一つ入ることはない、それどころか異形たちは絶命し煤へと帰っていく。触れた敵の全てが炭の山へと変わっていく。

 それを不味いと感じたのか、奴らはすぐに攻撃を止めた。しかし残っているのは腕を伸ばしていた奴らだけ。もう二十も残っていない。

 腕を戻しているその瞬間が、貴様らの大きな隙だ。すぐにこちらも回転を止め、異形どもを真っ直ぐ見据えエネルギーをタイマーへと一点に集中させる。

 

「ハッ!」

 

 光輝くZの文字、両腕を構え続けざまにZの文字を描くように腕を振りタイマーから伝わった両腕のエネルギーを高密度に手先へ収束。逃げる姿勢を見せようがもう遅い。これが友直伝の必殺光線。

 

──ゼスティウム光線ッ!

 

 腕を十字に構えクロスしたその瞬間、前方へ高エネルギー光線を放つ。点を穿つようにではなく、線を払う扇のような形で左から右へ、次々と光線が敵を凪払い煤へと帰していく。

 無論爆破など起こりうることもなく、最後に残ったのは異形たちの成れの果てである炭の山だけ。

 

「……また、逃がしたか」

 

「……あなたは、一体」

 

 煤の山が風に払われた後、背後の方から声がする。自分の息子を守るため腕に抱えた、勇ましい母親が問いかけてきていた。

 この戦いを始めて二年、問いかけには必ずこう答えるようにしている。

 

「ゼット」

 

 両足を揃え、腕を天へ突き出し跳躍、そのまま飛行する。どこに行くわけでもない、ただ姿を眩ますためには天へ目指して飛ぶのが礼式なのだとアイツは語っていた。だから俺はそれを真似するだけだ。

 ビルを追い抜き、遠くに見えるタワーを追い抜こうとしている最中、視界を遮る強い光。視線を向けてみれば、十メートルは向こうの方から飛行物体がこちらへ向けて進んでいるのが見えた。そしてそれに乗る地球人の顔も。夕日のような色をした長髪の地球人が、俺をじっと見つめている。

 眼が語りかけてきている。「お前と話がしたいんだ」と。

 けれどそれに応える資格は持ち合わせていない。俺は所詮偽物だ、友である彼の本当の姿にすら成れず、地球人と同じサイズでしか戦えない。

 だからその視線を振り払うように、更に加速を強めた。

 ドン、と空気を突き破るような音が聞こえれば地上なんてあっという間に小さくなっていく。

 

 俺は何者でもない、友の姿を借りているだけ。だから本名を名乗る資格はない。かといって正義の体現者の称号を名乗るなんておこがましい真似も出来ない。だから友の名も一文字だけ借りるようにしている。

 今の俺の名はゼット。異星人だ。

 

◆◆

 

 世界には表と裏があり、表で人を守る存在が警察や法だと言うのであれば、裏から人を守っているのはアタシたちのような世間には知られていない秘密組織だと言える。とは言え、最近は影から守るとも言っていられない状態になりつつあるんだけど。

 そもそも裏側である私たちが何から人を守っているのか、その答えは実に簡単で、すぐにでも答えられる。

 『ノイズ』、それは認定特異災害。人類共通の脅威である、という意味の称号をかけられた人ならざる化物たちのことだ。

 アイツらがどうやって現れて、どこからやって来てるのか。それはわからない。けどアイツらはどこからともなく現れては人を襲い、触れた存在を自身諸とも炭へと変換する、殺人マシーン(本当に機械かどうかは知らないけど)。

 位相差なんとか、っていう能力のせいで通常の兵器は当たることすらせず通り抜け、その癖一瞬でも触れられれば一瞬で炭の山に変えられる。理不尽の極み。アタシらはそれと人知れずに戦っている。

 

 いや、アタシに関しては「戦っていた」っていう方が正しいんだろうな。

 

「翼、お疲れさん」

 

「奏。……うん、でも私はほとんど何もしていないよ。大方はあの人が倒していたみたいだから」

 

 苦虫を噛んだような表情を見せているのを見て、思わず苦笑する。翼はなんでも背負いたがるから、きっと自分の役目をあれに奪われているような気になっていい気分じゃないんだろうな。

 今のアタシじゃ、もう半分は背負えないっていうのもあるんだろうけど。

 

「にしてもゼット、か」

 

 二年前、忌々しいライブの惨劇の日に姿を見せた謎の存在。形だけで言えばアタシらとそう変わらないけど、見た目は大きく違う。全身を包む青い模様、胸を守るかのように着けられている金属製であろうプロテクター、中心部にはZの文字。そして人のものをしているが瞼どころか鼻さえ存在しない、表情筋もあるかどうかわからないその顔。頭頂部には特徴的なトサカ。

 まるでニチアサヒーローみたいだ、とは誰が言った言葉だったか。でもそれを好意的に受け取れそうにないのは、やっぱり本当に見たこともないという未知への恐ろしさのせいなんだろう。ああいうのを、宇宙人と言うのかもしれない。

 まぁ不思議な光を使って戦う様子や空を飛ぶ姿なんかも目撃されているから、一部では本当に宇宙人なんじゃないかって言われてる。

 アタシは宇宙人だろうがなんだろうが、構いやしないけどね。

 

「次の機会があれば、絶対に逃がさない」

 

「そんな物々しく構えなくたって大丈夫だと思うけどね。一応正義の味方らしい動きも確認は出来てるし」

 

「それでも私達と掲げている正義と同じかどうかはわからない。この手で必ず聞き出して見せる」

 

 拳を握り締めるその姿を見ても、何も言えない。この確執はこっちが言ったところでどうにかなる問題でもないし、翼は結構頑固だから表面上は落ち着いても内心ではあんまり考えを改めない。こっちとしては協力体制を築きたいし、なるべくこういう溝は大事になる前に正していくべきだとは分かってるんだけど。

 やっぱアタシが口出ししてどうにかなるって問題でもないしなぁ。

 

「話をするのはいいけどさ、いきなり刀突きつけて「同行してもらおうか」は止めてくれよ?」

 

「そ、それは私だって分かってる! というかもうその話はいいでしょ!?」

 

「いやぁすごかったなぁ。逃げ道を天ノ逆鱗で塞いでからの任意同行を求める、あの時の翼はさぁ」

 

「か、奏っ!」

 

「あははっ!」

 

 流石のZもアタシにはちょっと及び腰に見えたよ。因みに、その後すごく旦那に叱られてた。流石にアタシも擁護は出来なかったなぁ、色んな意味で翼は不器用すぎるんだよね。

 人のこと言えないけど、さ。

 

「もう。今度はちゃんと大丈夫だってば。……私がちゃんと、奏の分も戦うから。だから奏はちゃんと基地で待機しててね」

 

「はいはい、わかってるよ」

 

 アタシはノイズと戦っていた。翼と一緒に、ツヴァイウィングの名の通りに。でも二年前のあの日、ライブ会場の惨劇のその日から戦えなくなってしまった。この手にはもう握るべき聖遺物がない、戦場で歌う手段をアタシは失った。

 それっきり戦うことは相方に任せっきりになってしまって、それがきっと翼にとっての重荷になってしまっている。心と剣とくくりつけてしまっている。

 だからゼットとの協力は是が非でも叶えたい。少しでも多くの人を救いたいから、っていうのはもちろんあるけれど。

 それ以上に、翼の背中にこれ以上の重石はいらないから。自由に駆ける蒼翼がこそが、アタシが今一番見たい姿なのだから。

 

 あとついでに、アイツにはちょいとばかし言っておきたいこともあるしね。

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