「う、んん……」
ガンガンと痛む頭を抱え、僕は丸まった。起きる気力もなく、ただ頭の痛みを和らげようと縮こまる。
なんなんだ、この痛みは。これが噂の二日酔いか? 僕まだ酒飲んだことないんだけれど。
「――ろ、起きろ、おい!」
「あ、頭、痛い」
突然大声が頭蓋の中で反響し、頭痛を増幅する。僕はそのことに文句を言うが、大声の主はお構いなしに僕の肩をゆする。
やめてください。頭痛いんです。起きるのでやめて。
「やっと起きたか」
半目になりながら、僕はその相手を見据える。
怠い脳みそはその服装を「軍服のようだ」と判断した。
黒と赤。ロッソネロ。かっこいい言い方をしても、気分は晴れなかった。
どこか既視感の有る姿を見ながら、僕は混乱を隠さないことを選択する。
「誰、だ?」
頭を抱えて、そう尋ねる。
僕は普通の学生である。軍服――確かに学生服の起源は軍服と聞くが、うちの学生服はブレザーだ――を着ている人に関わりなんてないし、着ていそうな人に関わりもない。
本当に、極々普通の、一般男子高校生だ。
「そんなことはどうでもいい。お前、僕のマスターだろ。状況を説明しろ。まず、ここはどこだ」
僕は文句を言いたくなった。マスターってなんだよ。状況って、こっちが知りたいよ。そもそもお前誰だよ。
だが、どうにも不機嫌そうな彼にそんなことは言えなかった。
……彼、でいいんだよな? 女っぽい顔してるけど、たぶん男だ。そんな気がする。
それはともかくとして、此処が何処かなんて見渡せばわかる。僕がねるなんて、学校か家か――
「――どこだ、此処」
「僕が聞いてんだよ。どういうことだ、おい。聖杯からの知識もないし……くそっ、ほんと、どうなってんだよ」
聖杯? なにを言っているんだ。
いや、今はそんなことは置いておこう。今は、この風景についてだ。
広がる大草原は、風に吹かれて波を立てる。心地よい風が吹き上げる向こうには、忌々しいほどに青く澄んだ空があり、そして……
「なんだよ、これ」
竜。或いは、ドラゴンと言ってもいいだろう。
空にいるせいで遠近感が分からない。僕から見れば小指の先ほどしかないが、もしかしたらそこら辺の高層ビルより大きいかもしれないと思わせる、そんな圧があった。
新緑の鱗はまさに草原を制する主に相応しい、青々としたすがすがしさがある。頭の痛みも忘れるくらいに美しいその鱗は、何故か大空の青ととてもよく似合った。
「な、なんだあれ、なんだあれ、なんだあれぇぇ!?」
バサリ、バサリと振るわれる翼は、その巨体に見合う揚力を生み出せてるとは思い難い。蝙蝠の翼に似たそれは、明らかに浮かびあげられない巨体を宙に持ち上げ、風を従えて空を行く杖としていた。
まさに幻想的な現実。燦燦と降り注ぐ日光。その温かさが、僕に現実を教える。
生物学的にも物理学的にも存在しえない存在。そもそも、生態系に存在しないであろう、謎の生命。
とうとう気を違えたか。さもなくば、目を壊したか。そもそも僕はなぜこんなところに居るんだ。
何も分からない。
分からなくて怖い。
分からなくて、気持ち悪い。
「うっ、ううう……」
恐怖と混乱に吐き気がこみ上げた。氾濫する感情を押し出すように位からこみ上げるそれらを、僕は気合で何とか押しとどめる。蹲りながらもこらえる僕に、僕を起こした軍服の彼は声をかけない。空気を読んでいるのだろうか。
「はっ、はっ、は――」
喘ぎの様な深呼吸。舌をみっともなく出して、空気を吸い込む。
そうしていると気持ち悪さも恐怖も、ついでに頭痛も引いていく。
落ち着いたところで、僕は体を起こした。
「……もう大丈夫だな」
「うん、ごめんね。えーっと」
「アーチャーと呼べ。業腹だが、僕がアーチャーのクラスで呼ばれた。精々ハズレを引いたことを嘆くんだな」
「アーチャーのクラス? ははっ、それ、まるでFateじゃないか」
「ん? 運命がどうかしたのか?」
「は? いや、だから『Fate/』だよ。型月って言っても――」
あ。
――そこで、僕は目の前の彼に感じる既視感、その正体に気付く。
それは、偉大なる姉を持つ弟。
第六天魔王の覇道の礎となった、徒花。
戦国の世に生まれたのが間違いであった、平時の天才。
名を、
「織田、信勝……!?」
「なんで僕の名前を知ってるんだ? 軍帽の紋章で気付いたのか? それでも普通、姉上の方の名前を出すだろ」
当人が何か言っているが、僕は無視した。
織田信勝。
FGOというスマホゲームの、「ぐだぐだ明治維新」というイベントの折に登場したらしい、第六天魔王信長の弟。
最近始めた僕が彼と初めて出会ったのは、「ぐだぐだ邪馬台国」というイベント。
低レアのサーヴァントに偏って育てると、愛があるように見える。なんて自分の見栄で、使い道のなかった聖杯と伝承結晶を捧げた、思い出深い相手だ。
シスコンでヘタレな軍服のショタという中々に角の立った人物ではあるが、これでもFGOでは普通な方だ。
「いや、家紋で判断したなら明智の名前を出す方が自然……よしんば分かっても、信行の方が一般的。お前、何を知っている?」
「むしろこっちが聞きたいよ! 何なのさこの状況。確かにゲームのような世界に行きたいとは思ってたけど、せめて心の準備ぐらいはさせてよ!」
「はぁ? ゲームぅ? 何言ってんだ。ここは現実だよ。頭大丈夫か?」
「あーいやそうじゃなくって、ゲームって言ったのはというかその……あーもー!」
うがー、と叫ぼうとして、彼方に居る竜が視界に入ったとたんに止まる。
今は興味を持たれていないからいいが、万が一にでも食われそうになったら、僕ではどうしようもできない。
まずは、落ち着こう。
「すぅ、はー。あー、その、僕の名前は
「僕はお前が当てた通り、偉大なる第六天魔王、姉上の弟、
「……よーしよしよし。おちつこう。おちつこう」
「お前が落ち着けよ」
落ち着こう。素数を数えるんだ。
1……あれ? 素数って1を含んでなかったよな? そうだよな?
うん、落ち着いた。素数は偉大だ。
「織田、信勝」
「おう」
「シスコン」
「おう……?」
「マワされる方の織田」
「ちょっと待てなんだそれ」
落ち着いた。目の前で狼狽えている姿を見て、僕は落ち着いた。
「さて、状況を整理しよう。織田信勝君。カッツ君」
「いや今の何だってかいきなり図々しいな!」
「空に居るのは恐らく竜。型月風に言えば幻想種。そして、現実味のないこの光景。これらを総合して仮説を立てると……どうやら、此処は異世界のようだ」
「スルーするなぁ!」
第一特異点の可能性もあるが、空には光輪が無いし、たぶん違う。
ふふふ……なんか僕出来る男みたいだ。格好いい。
「それで、君は召喚されたという話だが……カッツ君。君は、本当に僕に召喚されたのかい?」
「僕の呼び方はもうそれで決まりなんだな。ああそうだよ、ほら、令呪もあるじゃないか」
そうやって指さされたのは、地面に着いた左手の甲。
そこには、三枚の花弁の様な、或いは台のような模様が赤く彫られていた。
「悪戯、じゃあないよね……」
「こんな悪戯できる奴いねーだろ。どこの世界に悪戯で他人に令呪を植え付ける奴がいるんだ」
「僕、魔術回路持ってた記憶なんてないんだけどなぁ……」
「ふぅーん、それはまた……ん? え、ええっ!?」
「うーん、謎だ。僕には実は魔術回路があったのだろうか。それとも、この体が実は別人のものなのか」
「いやいやいや、ちょっと待て! 魔術回路がないなら、なんで僕は現界出来てるんだ!?」
「多分、僕に魔術回路があったんじゃないか? 知らんけど」
「知っとけよ! 魔術師」
「や、僕魔術師じゃねーし。普通の小市民だし。ちょっとカッツ君の世界の上位観測者だっただけで」
「爆弾ホイホイ投げ込むのやめてくれ!」
カッツ君は涙目になっていた。
可愛い。