恋の駆け引き after OPENING   作:しおり@活字は飲み物

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《1》研究会 in 801号室

 秋の気配を感じるある日の午前、俺は今、付き合い始めたばかりの彼女の部屋に向かっている。

 三段リーグが終わり、イベントやら取材やらがやっと落ち着いてきたので、今日は久しぶりに銀子ちゃんの研究部屋で研究会をする予定だ。

 一度は取り上げられた合い鍵もその約束をした時、返してもらえた。急に行かない、行く時は事前に連絡するという条件付きで。

 封じ手を開いて大分経つが事前に約束をして研究部屋で会うのは今日が初めて。こ、これが初のおうちデート…になるのかな?

 デートなら色々なところに遊びに行きたいところではある。でも、連日の報道で今まで以上に世間からの注目を浴びている『浪速の白雪姫』が街中を不用意に歩くのはデートでなくても非常に危険だ。その為、近場で落ち着いてデートできるのは今のところ銀子ちゃんの研究部屋くらいしかない。

 

 最初に研究部屋に行った時を思い出して、途中でお昼用に寿司と飲み物を購入。あの時は銀子ちゃんを膝に乗せて寿司を食べさせたんだっけ。「あーん♡」もいいけど、研究をしながらなら、あっちの方がいい。

 

 彼女の部屋にお呼ばれしたからには必要になるかもしれないオトコの(たしな)み的な物も一応準備した。いちおうな?

 

 しかしである。

 がっつき過ぎは良くない。

 

 不用意に序盤から急戦を仕掛けて寄せきれなかったら勝ちを逃す。

 同様に、初のおうちデートでがっつき過ぎれば二度と呼んでもらえなくなるかもしれない。

 それは困る。非常に困る。

 

 恋人らしいことをしたい気持ちも山々だが、帝位戦が近づいている今は将棋の研究も重要。

 プロになったばかりとは言え、三段リーグを突破する中で棋力が飛躍的に向上したと評価され、しかも奨励会での最新研究に精通している姉弟子と研究会ができるのは俺にとっても有益だ。

 天使みたいにかわいくて、一緒に将棋ができて、タイトル戦の研究の手伝いまでしてくれる、かわいい彼女………

 銀子ちゃんが俺にとってどれだけ稀有な存在かは十分理解しているつもりだ。下手を打って一時的にでも嫌われたくない。絶対に。

 

 よって、本日の作戦は受けを重視した持久戦を選択。銀子ちゃんからの明確な戦法明示がない限りは清く正しく研究会を終えるつもりである。

 

 まあ、それでも封じ手の一つや二つやもう少し先まで…したいところではあるけど…ぐふふ……

 

 

*****************

 

 

 そんな決意と妄想に思いを馳せていたら、あっという間に目的地に到着。合い鍵を使ってオートロックを抜け、エレベーターで八階へ。

 

 ピンポーン!

 

 もうすぐ着くと連絡してあったから、インターホンで確認もせずパタパタと廊下を進んでくる足音が聞こえる。

 

 ガチャ

 

 ドアが開いて、白い子猫が顔を出した。

 

「どう………も?」

「うん」

 

 銀子ちゃんは俺の顔を確認すると、そのまま踵を返して部屋の中に戻っていった。けど、俺は開けてもらったドアを辛うじて押さえたまま一歩も動けなくなっていた。

 

 なぜなら、銀子ちゃんが見慣れない服を着ていたから。

 あの服はなんだ?

 ルームウェア?

 なんだか白くてモコモコして柔らかそうなパジャマみたいなの着てるけど。もう秋口だからか上着は長袖だけど、下は見えるか見えないかの丈のショートパンツだよ?靴下もモコモコしたのはいてるけど膝上までのニーソックスだよ?

 つまり太ももだけ生足だよ??

 

 俺あのふわふわしたかわいい生き物膝に乗せるの?

 しかも彼女なの?

 確実に死ぬよ、理性が。

 即死魔法じゃん。

 部屋に入る前からすでに詰んでない!?

 

 中々入ってこない俺を不審に思ったのか、廊下の途中まで進んでた銀子ちゃんがくるっと振り返る。反動でフードの紐の先のポンポンが揺れる。

 なんだこのかわいい子……

 萌え殺す気か!?

 

「なに?」

「い、いえ」

「入って。早く」

「お、お邪魔します…」

 

 入室を促されてギクシャクと玄関で靴を脱ぐ。廊下をのろのろ歩いて時間を稼ぎながら考える。

 

 これはあれだ。

 『ロリコンを殺す服』と同様の破壊力だ。でも銀子ちゃんはその手の服をリサーチして買うキャラじゃないと思ってたんだけど……

 か、彼氏ができて変わったの?変わるの早すぎでは!?

 

 部屋に入っても動揺を隠せない俺は、不審に思った銀子ちゃんに問い質されてしまった。

 

「八一、さっきからどうしたのよ?」

「そ、そういう服、初めてみるなと思って…」

「ファッション雑誌の対談取材受けたらくれた。ルームウェアで有名なブランドの最新作なんだって。肌触りいいから部屋着にしてる。……似合わない?なら着替え…」

「めっちゃ似合ってる!かわいすぎて目のやり場に困ってるだけ!!」

「ふーん……」

 

 しまった!!

 先手を取られた上に、序盤の主導権を握られてしまった。しかもこのふわモコ銀子ちゃんを膝に乗せずに済む千載一遇のチャンスを逃したっ!!

 

 

*****************

 

 

 話題を変えねば…

 とりあえず持ってきたビニール袋を床に置いた。

 

「お昼に食べれる様に寿司買ってきましたよ。とりあえず飲み物も」

「ありがと。気が利くじゃない」

「それにしても未だに何もないんですね」

「三段リーグ終わってからは取材やイベントばっかりでこの部屋にも全然来れてなかったから…」

「確かに連日テレビに出まくりですもんね。毎日見てるから久しぶりな感じがしないくらいですよ」

「……ずるい。私はやいちに会えなくて…その……寂しかったのに……」

 

 や、やめて!!

 シャツの裾つまんでうつむきながらそんな素直な感じのこと言わないで!

 

「いや、俺だって寂しくなかった訳じゃないよ?だからこの時期だけど研究会しようって誘った部分もあるわけだし…」

「それは、分かってるけど…」

 

 い、いかん。

 これじゃあ、研究会を始める前からそういう雰囲気になっちゃう!

 

「な、何にしても、将棋に集中する為にも冷蔵庫位あった方がいいんじゃない? 食べ物は出前で済むかもしれないけど、飲み物一々買いに行くの面倒でしょ」

「確かにそうね」

「これからここで一緒に研究会するなら俺も使うことになるし、必要そうな物買ってあげるから」

「さすが金持ち。気前がいいわね?」

「いや、15でマンション買ったやつに言われたくねーし」

「せっかくだから、高〜い家具とか買ってもらおうかしら?」

「ここは将棋の研究部屋でしょ?ちゃんとした家具買うなら住む場所決まってからでいいんじゃない?ここのは長時間研究しても体の負担にならない程度の必要最低限のものがあれば」

「へ!? す、住む場所って……気が早いわよ………まだ……」

 

 ん? なんで赤くなってるんだろ?

 

 

「でもなぁ〜今姉弟子と家具屋とか家電量販店なんか行ったら即バレするだろうしなぁ……とりあえず冷蔵庫だけでもネットで注文するか〜」

 

 今はなんでもネットで注文、家まで配達してもらえる時代。有名人な女の子の一人暮らしで配達員さんを部屋の中に上げるのはちょっと心配だけど、受取りの時俺が立ち会えば問題ないかとあれこれ考えつつ、手元にあった銀子ちゃんのタブレットの画面を無意識に立ち上げた……ら、ロック画面に俺がいた。

 

「????」

 

 俺が将棋指してる。

 おれ?

 俺だな。

 なんで???

 

「キャーーーーーー!!!!」

 

 画面を凝視していると悲鳴と共にすごい勢いでタブレットを引ったくられた。

 

「こ、これは!!その……将棋!将棋が強くなるジンクスで!!」

 

 タブレットを抱き抱えながら、耳まで真っ赤になる銀子ちゃん。

 

「俺の写真が??」

 

 何かの写真を待ち受けにすると願いが叶う的な?竜王ってそんなご利益あるの??

 

「な、なんでもない!忘れろっ!!」

「忘れろって言われましても…」

 

 そう言えばさっきの写真、俺が駒持って打つ瞬間だったけど、もしや俺の右手コレクションを待ち受けにしてたの?それが将棋強くなるジンクスって、この子どんだけ俺のこと好きなのさ?まぁ俺だって人のことは言えないけど。

 そんなことをつらつらと考えていたら、あたふたとタブレットの設定を変更していた銀子ちゃんと目があって、頭の中で考えてることがバレた。

 

「に、にやにやするな〜!!」

 

 

*****************

 

 

 先手のミスで序盤の劣勢は挽回できた。これは攻撃の主導権を握るチャンス!

 

「とりあえず、研究始めましょうか」

「そ、そうね」

 

 俺はあぐらにした足の位置を整えると銀子ちゃんに向かって両手を広げて言った。

 

「はい、どうぞ」

「な、なによ?」

「何ってここで研究会やる時は俺を椅子にするんでしょ?早く座ってよ」

「っ!! 〜〜〜うう〜!!」

 

 お、恥ずかしがってるな。

 もじもじしてるふわモコ銀子ちゃんはそれはそれで破壊力抜群ではあるけど、自分から誘導する分には受けきれる自信がある。

 と言うか、向こうから不意打ちで来られたら詰んじゃうから!

 何が詰むかって?

 俺の理性だよ!!

 

 

 銀子ちゃんはしばらく 逡巡(しゅんじゅん)してたけど、覚悟を決めたのかタブレットを抱えたまま、俺の膝にストンと腰を下ろした。もぞもぞ座り心地を確かめてるけど、何だか前より緊張気味で密着感が足らない…

 

 うーん、じれったいなぁ〜〜

 ええい! もう付き合ってるんだし、これくらいは許されるだろう。

 試しに後ろからお腹の辺りを両手で抱きしめてみた。

 

「ひゃっ!」

 

 は〜〜癒される〜。

 久しぶりの銀子ちゃんの感触と香り。会えても中々ぎゅっとまでは出来なかったからすごく久しぶりに感じる。元々ほっそりしてるのに、何だか前より細くなった気がするのが心配だけど。

 抱きしめた時に触れたルームウェアは想像以上に滑らかで柔らかくて、ずっと撫でていたくなるような心地よさだった。猫を飼ったことないけど、こんな肌触りなのかな?

 もうちょっと力入れちゃお。

 

「ちょっと!」

「胸には触ってないでしょ?」

「で、でも、触りすぎ!」

「これくらいいいでしょ?」

「だ、ダメったらダメ〜〜!!」

 

 銀子ちゃんはジタバタしながら俺を振り払おうと手を伸ばしてきた。手と手が触れ合った瞬間、今まで感じたことのない衝動が電流みたいに流れて、俺は思わず抱きしめていた手を離した。

 銀子ちゃんも俺の反応にビックリしたようで固まっている。

 何だかよくわからないけど、肌が直接触れ合うのは危険。

 理性が詰んじゃう…

 

 

 将棋! 今日の本題、将棋の研究に切り替えよう!

 

「ほ、ほら前回はこの辺りまでやったから、とりあえずその続きから始めましょ!」

「う、うん」

 

 この後は二人とも無理やり意識を切り換えて、将棋の研究に集中した。

 

 

*****************

 

 

「ふぅ〜。大分進みましたね。こんな時間か」

「お腹すいた」

「はいはい。寿司食べますか」

「うん」

 

 銀子ちゃんはさっきの椅子の件で学習したのか、俺が寿司を食べさせようとするのにはあまり動揺を見せなかった。むしろ主導権を奪い返そうと思ったのか、しなくてもいいネタの指定までしてきた。

 

「マグロ」

「分かってますよ。その次はサーモンでしょ」

 

 俺はちょっとカチンときたので、強気で攻めてみることにした。前回はなるべく接触しないように、寿司を放り込む感じで食べさせてたけど、今回の方針はあえての「あーん♡」のスプーン無しバージョンだ。ギリギリまでちゃんと口に入れてやる!!

 

「はい、あーん♡」

 

 俺は寿司の真ん中辺りを摘んで口の中に入れて、銀子ちゃんが口を閉じる前に指を離す作戦でいた。

 ところが……

 

「あ………む??」

 

 銀子ちゃんの方も (ひる)んでいると思われたくなかったのか、前回よりも食い気味に寿司を口に入れてきた。

 その結果、引き抜くタイミングもなく寿司を持つ親指と人差し指の先が生暖かいもので包まれる。

 寿司と一緒に指まで食われた。

 歯には当たってないけど口内の温かさと柔らかさがダイレクトに伝わってくる。

 

 やばい!!

 慌てて寿司を離して指を口から引き抜いたけど、それはそれで別の問題を発生させた。

 

 チュッ

 

「「っっ!!」」

 

 唇をすり抜ける感触と共にキスした時みたいな音が聞こえてきて……

 二人揃って悶絶した。

 詰むとか詰まないとかとは別次元の問題。恥ずかしくて頓死するレベル。

 

 肌に触れたら詰む危険性が高いのに、まさかの口の中、唇だったからか理性も気絶していたのかギリギリセーフだったけど、非常に危なかった。

 

 銀子ちゃんは銀子ちゃんで俺の右手が好きって言ってたのにその右手が口の中に入ってきたわけだから平静でいられるはずもないだろう。

 

 

*****************

 

 

 プロにあるまじき初歩的ミス。盤面の優劣が判断つかない混沌状態に陥ってしまった。

 この状況は今の俺たちには刺激が強すぎた…けど、一度始めてしまったことを途中で止めるわけにもいかず、お互い前回よりなるべく触れ合わない様に注意しながら、研究そっちのけで黙々と食べ進めることに……

 

 

 そんでまぁ、お互い遠慮しあってたら、いつかはこうなるよね。

 

「「あっ」」

 

 食べかけの鉄火巻きを落とした。

 幸いタブレットの上にもショートパンツの上にも落ちなかったんだけど、俺的には最低最悪の場所に落ちた。つまり銀子ちゃんがぴったり閉じた太ももと太ももの間…

 しかもとっさにどこに落ちたか確認しようとして銀子ちゃんの肩越しに足元を覗きこんだから顔がめっちゃ近い。

 悪手だ。

 やっちまった。

 心臓がドクドク鳴る音を感じながらも、次の一手を高速で考える。

 

1、俺が取る。

どう頑張っても取る時太ももに触っちゃう。詰みだ。

 

2、銀子ちゃんに取ってもらう。

でもどうやって頼む?太ももに触ったら詰みだから自分で取って? 言えるわけない。

 

 どっちが最善手なのか、他にいい手はないかと無意識に長考に入っていたら。

 

「ち、ちょっと、ちゃんと口に入れてよ」

 

 銀子ちゃんが自分で拾ってくれた。

 やれやれ、助かった。なんとかこの危機的局面を打開したぞと気を緩めたのが運の尽きだった。

 

「八一、今度は私が…」

 

 銀子ちゃんが急に俺の方に振り向こうと体の向きを変えたせいで、元々近くにあった銀子ちゃんの頬に俺の唇が当たってしまった。突然飛び込んできたふにっとした柔らかい感触とすべすべした肌触りに驚いて息を飲んだ瞬間、鼻腔いっぱいに銀子ちゃんの甘い香りまで飛び込んできて、頭の中が真っ白になる。

 

 あ…………………詰んだ。

 まごうことなき一手詰みである。

 俺の理性は潔く投了した。

 

「銀子ちゃん………参りました」

 

「へ?」

 

 

 

 翌朝俺は、冷蔵庫とセミダブルのベッドを注文した。




ふわモコ銀子ちゃんが着ているルームウェアのモデルは『ジェラート・ピケ』というブランドです。
二話は銀子ちゃん視点。
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