恋の駆け引き after OPENING   作:しおり@活字は飲み物

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《16》アクセサリーの贈り方【その二】

 銀子ちゃんとの初の『お出かけデート』はデパートでのアクセサリー選びになった。

 なぜそうなったのかというと、話は数日前に(さかのぼ)る。

 

 発端は帝位戦第三局が終わった二日後に送られてきた、大阪のプロ棋士と結婚している女流棋士、花立薊さんからのメールだった。

 

『ニュース見たわよ〜 やっと腹をくくったのね〜 おめでとう!(忙しいだろうから、返信は不要です)』

 

 タイトル戦真っ最中の俺に気を使って返信不要と書いてくれたんだろうけど、彼女には折り行って相談したいことがあったから、渡りに船だと思った。  

 メールを受信してすぐ読んだから、今なら電話をしても大丈夫かもしれない。子育て中の主婦に相談するタイミングなんて、いつがいいか全く分からないから、もし今忙しそうならまた改めればいいと思い切って電話をかけた。

 

「八一くん?ごめんね! 忙しいだろうけど、ついメールしちゃったわ! ニュース見たわよ〜色々おめでとう!」

「花立さん、ありがとうございます。それでその、折り入ってご相談があるのですが、今お時間はよろしいでしょうか?」

「あら、私に? 今子ども達が二人揃ってお昼寝してくれたところだから大丈夫よ! 何かしら?」

「そ、その…花立さんが婚約…とかした時って、やっぱり旦那さんから何かもらったりしたんですか?」

「そりゃあ、もらうわよ〜」

「やっぱり、振袖ですかね?」

「…………はぁ?」

「え、違いました? でも、女性の棋士に贈る高価な物って言ったらやっぱり振袖じゃないかと! 姉で…空はもう何着も持ってるし、女流棋戦出なくなったら着る機会減るかもしれませんけど、イベントとかで着るかもしれないし、何着あっても困るものじゃありません…し……はなだち、さん?」

 

 リアクションが不機嫌そうだったから、焦ってずっと喋っていたけど、電話越しにもなんとなく花立さんの相槌(あいづち)がなくなり、様子がおかしくなってきた気がした。

 

「……八一くん? 今どこにいるの?」

「はい? 自宅ですけど…」

「和室ある?」

「はい…隣の部屋ですけど…」

「ちょっと、移動して畳の上で正座しなさい」

「ええ?」

「早く!!」

「は、はい! ……移動して、正座…しましたけど…」

「す〜は〜す〜…… なんで! 将棋界の男どもは! みんな! そんなに! 常識がないの!? なんで結婚の約束する時、ミコン女性が着る服を贈ろうとするのよ!?」

 

 ミコン女性が着る服?

 『ミコン』って『未婚』か!?

 

「ええ!? 振袖って既婚者は着ちゃいけないんですか!? てっきり、若ければいいんだと…」

「一般的には、袖の長い振袖は未婚の女性、既婚者は袖が短い留袖(とめそで)を着るの。うちの主人も婚約だなんだって話の時に振袖贈ってきたから、人のことは言えないけど。特にあなたはタイトル戦で和服着るんだし、日本の伝統文化をもっと学びなさいよ」

「返す言葉もございません…」

 

 あっぶね〜〜!!

 花立さんに相談しないで、うっかり銀子ちゃんに振袖渡したりなんかしてたら、『なんで振袖!? 私と結婚なんかしない、ずっと未婚でいろってこと!?』とか誤解されて、15歳の誕生日の時みたいな大惨事になるところだった…

 

「まぁ、結納(ゆいのう)とか正式なことは各お家の習慣とか常識によって違ったりするから、その辺は親御さん達を(まじ)えてきちんと話し合った方がいいと思うけど」

「はい…」

「大体ねぇ、銀子ちゃんだって、棋士である前に女の子なんだからね。婚約する時に贈るのにもっと『普通で、一般的で、オーソドックスなもの』があることくらいは知ってるでしょ!?」

「婚約…指輪ですかねぇ…」

「そうよ!」

「でも、姉弟子はアクセサリーとかチャラチャラしたもの興味ないと思うんですよ」

「……付き合い始めてから、本人がそう言ったの?」

「い、いえ」

「じゃあ、八一くんの思い込みかもしれないじゃない? そりゃ、世の中には金属アレルギーで付けられない人とかアクセサリー自体が苦手な人とかもいるけど。銀子ちゃんだって普段着けてなくても彼氏から貰ったものなら、着けたいかもしれないでしょ?」

「確かに…」

「大体、私から女王のタイトル奪った時から着けてる雪の結晶の髪飾り、八一くんがあげた物なんでしょ? あれだけ大事にしてるんだから、普通に考えて他の物だって喜んで着けると思うんだけど 」

「そ、そうですね…」

 

 なんか、その件を改めて人から指摘されると、『あなた達二人がラブラブなのは、ずっと前からみんな知ってましたけど?』って言われてるみたいで、 猛烈(もうれつ)に恥ずかしい…

 

「まぁ、プロポーズしたんなら、何が欲しいか世間話感覚で聞いてみればいいじゃない? 女性側だって男性に『お返し』を贈ることだってあるんだし、意見のすり合わせは大事よ?」

 

 ぐっ…!!

 そ、そうなるよな、普通…

 さらに怒られそうだけど、今後のアドバイスを貰うためには隠している訳にはいかないし…

 

「そのことなんですが……してないんです。まだ…」

「……何を?」

「その、プロポーズ的なこと……」

「????」

「なんか、タイミングを逃したというか、気づいたら外堀(そとぼり)を埋められていたというか……」

「タイミング? 外堀?」

「この前、清滝家で両家顔合わせみたいなことをしたら、両親同士が盛り上がっちゃって。銀子ちゃん病弱だったから結婚式なんて見られないと思ってたとかで、銀子ちゃんのご両親泣き出すし…うちの両親も師匠も桂香さんももらい泣きし出すし。その勢いで、するなら早い方がいい、高校卒業したらでいいんじゃないかみたいな感じになって……まぁ、俺たちもそのつもりではあったので、いいんですが」

「はぁ…」

「そしたら、事情を知ったらしい月光会長が公式発表する時『結婚前提』って寄せ切っちゃった方がマスコミも静かになるんじゃないかって。男鹿さんもご丁寧にそんな感じの草案(そうあん)作ってくれちゃって…それであんな感じの発表になったんですけど…」

「……ま、まぁ、二人が納得してるんなら今の時代、絶対はっきりプロポーズしなきゃいけないってことはないと思うけど。でも、デートでお出かけした時とかにアクセサリー店の前通って、欲しい物ないかくらいは聞いてもいいんじゃないかしら?」

「…………」

「え? 今度は何の沈黙?」

「……してないんです…まだ…」

「何を??」

「その、いわゆるお出かけデート的なデート……付き合い出してからは一度も……」

「…………」

「言い訳みたいですけど! 連日マスコミやら白雪姫ファンに追いかけ回されて、出かけたくても出られなかったんですよ! しかも、俺はタイトル戦中だし、銀子ちゃんは取材三昧で高校もあるし…」

 

 電話越しにも、花立さんの深〜〜い溜め息が聞こえてくる。

 うう…気まずいけど、仕方がない…

 俺だってこのままじゃいけないとは思っているから、一番銀子ちゃんに立場が似ていて、話を聞きやすい花立さんに恥を忍んで教えを()うているのだから。

 

「つまり、話を要約すると、八一くんの私への質問内容は、『まだお出かけデートもしたことないけど、結婚前提でお付き合いしているって公表しちゃった幼馴染みの彼女に改めてプロポーズする時には何をどうやって贈ればいいか?』であってる?」

「そうです! さすが花立さん!!」

「これは、難題ね…」

 

 初代女王『茨姫』が長考に入ったのが分かる…

 これは、正座で待つしかない…しかし正座慣れしているとはいえ、こんなに長時間正座させられるんなら座布団くらい敷けばよかった…どうせ見えないんだし。

 かと言って、子ども達がお昼寝している貴重な休息時間を割いて相談に乗ってもらっている手前、見えなくても今更少し離れたところにある座布団を持ってきて座るのは礼儀に反する気がする……

 

「今スマホで通話してるのよね? じゃあ、紙とペン用意して!」

「は、はい!」

 

 そんなこんなで、俺は畳の上に直で正座をしたまま花立先輩からデートとプロポーズ準備の徹底指導を受けたのである。

 まずは相手の好みを聞き出し、指輪のサイズの確認をする為にもアクセサリー店に連れていくこと。

 その際はスムーズに確認できるように、事前に店員さんと打ち合わせておくこと。

 素材はゴールドかプラチナの二択。シルバーはくすんできてメンテナンスが大変だからNG。

 平日夕方から誘うなら夕飯の予約をしておくこと。出来れば相手の好きなジャンルで、有名人なんだから個室でプライバシー守れるところ。などなど…

 

 今後の作戦の詳細と膨大な注意事項に、久しぶりに紙とペンでメモを取る手が追いつかない。

 普通の人達はこんなにたくさんのことに気を使いながらデートしてるのか!?

 こんな面倒くさいこと、相手が銀子ちゃんだから、やる気になるけど。普通はちょっと気になるくらいの女性とのデートとかでもやらないと、そのあと付き合ったりできないのか? そんなことしてる暇があったら詰将棋の一問でも解いていたいと思うだろうな。そもそも、将棋以外の話題で雑談なんてできないし…

 そう考えると、銀子ちゃん以外の女性が『俺の彼女』になってくれる可能性なんて、無いのかもしれない…

 

 そして今はその作戦の第二段階、『左手の薬指のサイズ確認&アクセサリーを買ってあげて好みを把握』の真っ最中なのである。

 

 それにしても、銀子ちゃんの私服姿はかわい過ぎて破壊力がヤバい。危うく暗記してきた今日の作戦と注意事項が全部吹っ飛ぶところだった。

 制服の時よりスカート丈短いし、いつもの黒ストッキングにローファーじゃないよ。

 ブーツに生足!?

 いや、ストッキング履いてるの!?

 どっちだ!?

 しかも、今通り過ぎた男、銀子ちゃんの脚をチラ見してたぞ!?

 念の為に帽子は被って来てもらったけど、それだけじゃ銀子ちゃんの芸能人みたいなオーラは全然隠しきれてなかった。

 とりあえず俺の対局用の眼鏡をかけさせてみたけど、それはそれで眼鏡萌えにはたまらない逸品(いっぴん)に仕上がってしまった。より目立っちゃうかもしれないけど、外してしまうのはもったいない気がしたから、『変装』という(てい)にして、そのままにすることにした。

 

 今度どこかに出かける時はいっそのことウィッグでも着けてもらった方がいいのかもしれん…

 黒髪ロングとかどうだ!?

 うん、より目立っちゃうかもしれないけど、絶対似合う。

 ウィッグってどこで買えばいいんだ!?

 

 といった感じで、身バレ防止対策をあれこれ考えながら、銀子ちゃんの手を取って駅からデパートに向かった。エレベーターホールの前でも銀子ちゃんをこっそり見てる若い男がいた。同じエレベーターに乗り合わせたけど、これ以上見られるのもなぜだかムカつくし、正体がバレるのも危険だ。

 銀子ちゃんを奥の壁際に誘導して、目の前に立って他の人からの視線を防ぐ。

 いわゆる『壁ドン』みたいになってしまった。なんか恥ずかしいけど、銀子ちゃんも思いの外文句も言わずに大人しくしてくれてるし、背に腹は変えられない。

 

 しかも、銀子ちゃんが俺の名前を呼びそうになった時、咄嗟(とっさ)に指で銀子ちゃんの唇に触っちゃったけど……

 何あの柔らかさ!?

 マシュマロみたいだったよ!?

 この前は、あの唇に、何度も……

 ごくん。

 

 い、いかん!

 作戦に集中せねばっ!

 でも、指で触ったのは初めてだったけど意外と怒られなかったし、今度もうちょっとじっくり触ってみるか…

 

 とか考えながら歩いていたら、あっという間に昨日協力を依頼したアクセサリー店に到着した。

 

*****************

 

 

 本当に来ちゃったよ。

 『浪速の白雪姫』が。

 昨日気づいてなくて、突然今日来ていたら、さすがに動揺が顔に出てただろうな…と思いながら、営業スマイルで今大阪で一番、いやもしかしたら日本で一番かもしれない有名なカップルを出迎える。

 一応、事前にエリアマネージャーとデパートには報告しておいたけど、デパートの古株スタッフはこども将棋大会の担当をしてたこともあったらしく、「そっか〜あの子たちが〜僕も歳を取るわけだ〜」といった感じで、親戚のおじさんみたいにニッコニコだった。

 

 接客スペースに誘導しながら彼女の方を観察するけど、写真で見るより小柄で美少女なのに、すごいブッスーとして不機嫌そうなんですけど……

 なんで??

 

 とりあえず、接客スペースに誘導したらめっちゃ驚いてるじゃん!

 ちょっと、彼氏!!

 もしかして、アクセサリーを選びに来たってちゃんと説明しないで連れて来たの!?

 そりゃ、指輪のサイズ測るのは内緒にしたいんだろうけど、アクセサリーをプレゼントすることまでサプライズにしなくていいのよ!?

 

 でももう、しょうがない。

 彼女がびっくりしているうちに色々調べちゃおう!

 

 

*****************

 

 

 なんだか訳の分からないうちに、にこやかな店員にうながされて椅子に座らされ、金属の輪っかがたくさんついた道具みたいな物で指を何本も測られた。

 

「3号! 細いですね〜」

 

 とか褒められたのか何なのかよく分からないけど、そんな呪文みたいなことを言われた。

 

「サイズに合ったリングを持って参りますので、いましばらくお待ち下さい」

 

 店員が席を離れた隙に、隣に座ってニコニコしてる八一に食ってかかる。

 

「ちょっと!どうなってるのよ!?」

「どれか欲しいのないの?」

「きゅ、急にそんなこと言われても…」

「やっぱり、アクセサリーとかは嫌い?」

「そうじゃなくて! なんで急に?」

「特に理由はないけど…」

「けど?」

「付き合い始めたばっかりなのに、これから忙しくなって、今年中はあんまり一緒にいられなくなるし。なんかあげときたいなと思って…」

「なんのよ……もう……ばか…」

「今日は特別に好きなもの何個でも買ってあげますよ。ほら、これとかイヤリングとネックレスセットになってるらしいですよ」

「一つでいいわよ。その…せっかく買ってもらうなら…」

 

 指輪を色々並べたトレーを持って帰った店員に進められるままに指輪やらイヤリングやらブレスレットやらを次々と試着させられるけど、どれも綺麗は綺麗だし、『これがいい』って基準がないから選びようがない…

 

「こちらのネックレスはいかがでしょう?試しに、彼氏さんに着けて頂いては?」

「「え!?」」

 

 『着けて頂く』ってどういうこと!?

 え、あれなの?

 キザな男が女の後ろに立ってネックレスを着けてあげるやつ!?

 

「お、俺が付けるんですか!?」

「せっかくですので。これから付けて差し上げる機会もあるでしょうし。ここの金具を押して頂くと開きますので、反対の輪になっている部分に通してから離していただければ大丈夫です」

「は、はい…」

 

 店員に指導されて、勢いでネックレスを手に取った八一が椅子から立ち上がって私の後ろに回る。それだけでなぜか緊張する。

 ネックレスの両端を持った八一の両腕が私の頭の横を通過していく。銀色のチェーンが胸元にかかって、金属特有の冷たい感触が首筋を伝う。

 八一の視線が、自分のうなじに向けられているであろうことを意識してしまったら、真夏の太陽に(あぶ)られてるみたいにジリジリと熱くなっていく気がした。

 

 はっ、恥ずかしい〜!!

 

 何度も失敗されると余計に恥ずかしいから、着けやすくなるようにと思って、髪の毛を触ってうなじが見えるようにした。少し首を前に傾けたら、真後ろにいる八一の手がピタッと止まった気配がした。

 

「??」

 

 なんだろう。うなじに視線は感じるのに、首に半ば掛けられているネックレスは全然動かない。

 様子を伺いたくて視線を上げてみるけど、目の前にいる店員さんも困った顔をしている。

 

 私の首にネックレスを回した状態で急に微動だにしなくなった八一をゆっくり振り返ってみたら、あの帝位戦第二局の前夜祭の時みたいに顔を真っ赤にさせて固まっていた。

 

「やいち?」




次回は、11/20 0:00投稿予定です。
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