恋の駆け引き after OPENING   作:しおり@活字は飲み物

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《17》アクセサリーの贈り方【その三】

 なんでこんな抜き差しならないことになったかというと、それはもう自業自得としか言いようがない。

 

 事前の打ち合わせも功を奏し、銀子ちゃんも戸惑いながらもアクセサリー選びに協力的になってくれていたところだった。気を利かせてくれた店員さんにうながされ、銀子ちゃんにネックレスを着てあげようとしたのが、想定外の大悪手だった。

 

 他の誰にも分からない、俺の中でだけ、大問題が起こっていた…

 

 

 それはちょっとした出来心だった。

 

 首筋と背中の境目辺り、ここなら銀子ちゃん自身を含めて誰にも見られないだろうと、試しに付けてみた所有の証。

 小さい頃、庭に積もった初雪に最初に足跡を付けるみたいに、無意識に証拠を残したいと、そう思ったのだったと思う。

 

 彼女が恥ずかしがって後ろを向いて寝てしまった後で、自分も猛烈な睡魔に襲われながらも、なんとなく彼女の白い首筋と背中をぼんやりと見つめていたら、ふとやってみたくなってしまったのだ。

 

 いわゆる、その……キスマーク……

 

 付けてみた時は、銀子ちゃんは疲れ果てて熟睡していたから、気づかなかっただろうし、俺自身も朦朧(もうろう)としていた時だったから、後先考えずにやってしまったのだが…

 

 なんでそんな数日前の恥ずかしい過去の遺物を、金属や宝石や、特に女性の肌が映えるように、計算された照明の下で眺める羽目になったのか…

 この前、公衆の面前で赤面して一晩中延々とからかわれ続けるという生き恥を(さら)したばかりなのに…

 

「やいち?」

 

 動揺してネックレスを持ったまま動かなくなった俺を不審に思ったのか、ゆっくり振り向く銀子ちゃん。

 俺の眼鏡の奥に見える灰色の瞳が俺を見つめる。

 

『やい、ち…?』

 

 アノ時の銀子ちゃんの潤んだ瞳とその前後の情景が脳内で勝手に再生されていく……

 

 ネックレスを着けるためには、首元を見なければならない。

 首元を見るとキスマークが見えちゃうから、アノ時を思い出しちゃう。

 アノ時を思い出して動揺すると、ネックレスが着けられない。

 ネックレスが着けられないと、この悪循環は終わらない……

 

 

 集中だ! 集中!!

 今は、この金具を留めることにだけ集中しろ!

 

 それだけに意識を集中しさえすれば、ものの数秒で金具は留まった。

 やり切った! と思って金具から手を離したら、当然だがネックレスは吸い込まれるように銀子ちゃんの真っ白な首筋を流れてピタリと止まった。

 そして、その様子と首筋の下に秘められたキスマークが、マトモに目に入ってしまった。

 完全に自業自得の頓死である。

 

「ちょ、ちょっと、トイレに行ってきます!」

 

 呆気(あっけ)に取られる銀子ちゃんと店員さんを残して、脱兎(だっと)の如く、その場から逃げ出した。

 

 

*****************

 

 

 クールダウンして、エレベーターホールのベンチで相談の電話をかける。

 このままアクセサリー選びが長引けば心臓がいくつあっても足りない。早く目星をつけなければ!

 

「花立さん、花立さん、お忙しいところすみません!」

「八一くんどうしたの? 今子供達お夕寝中だから大丈夫よ!」

「あの、今銀子ちゃん連れてデパート来てまして、指輪のサイズは測れたんですが、何をプレゼントしたらいいんですかね? 指輪はこれからあげるし、それ以外のものがいいんですが…」

「う〜ん。指輪以外かぁ。銀子ちゃんってピアスの穴開けた?」

「いや、開けてないです」

「私が銀子ちゃんの追っかけしてる時から開けてなかったしね。イヤリングだと落とすの怖がる人もいるし…ブレスレットも腕時計しないタイプだし除外すると、消去法でネックレスがいいんじゃない?」

「ありがとうございます! さすが花立さん! 姉弟子のことよく分かってる!」

「ははは…君のそういう鈍感なところ嫌いじゃないけど、そうじゃなかったら、あの頃あんなに悩まずに済んだのかもしれないな…」

「ん?? 電波悪いのか声がよく聞き取れなかったんですが…」

「なんでもないよ〜ネックレスなら対局時も身につけられるし、いいんじゃない?」

「でも、さっきネックレスも色々見てたんですけど、どれもこれも銀子ちゃんに似合い過ぎて、全然選べないんですが…」

「今度は惚気(ノロケ)ですか…気になったもの二個でも三個でも買ってあげれば?」

「いや、せっかくだし、一つでいいって言われてて…」

「はぁ。ごちそうさま。じゃあ、ダイヤが一個ついたシンプルなヤツでもあげとけば? 店員さんにそう言えば、テキトーに見繕ってくれるから、高い方あげれば?」

「なんか急に投げやりになってません!?」

「あ、さーちゃんが起きた! あとは自分で頑張って!! じゃあね!」

 

 ぶつっ

 

「き、切られた…」

 

 

*****************

 

 

 八一が中々帰ってこない。

 店員さんも仕事の電話が入ったらしく、一旦アクセサリーを持って裏へ引っ込んじゃったし…

 

 ずっと一人でここにいるのもつまんないから、気分転換にお店の外に出てうろうろしてみよう。

 帽子を被って、貴重品だけ持って、お店の外に出てみた。すぐ向かいにも高級ブランドのお店が並んでいた。さすがの私も知ってる、今入ってるところよりもっとお高いお店。

 店内に入るなんて気遅れしちゃうから、店舗の外にあるショーウィンドウをなんとなく順番に眺めてみる。大きな宝石がついたピアスに何十個も宝石が付いたネックレスがキラキラ輝いている。

 

 あ、ブライダルのブースだ…

 足を止めたブースには、結婚指輪と思しきペアリング以外に、大きめのダイヤモンドが付いたエンゲージリングが3種類飾られていた。展示用のショーウィンドウだから値段なんて書いてないけど、どれも高そう…

 でも、真ん中の大きなダイヤが一個ドンと立体的についてるのとか、かなり出っ張ってるから着け慣れてないとどこかにぶつけたり、ひっかけたりしそうで怖いな…

 棋士は対局相手の目につくと失礼だからって、対局の時にはわざわざ指輪を外す人もいるくらいだけど。普通の時でもこれをするのは私だったらちょっと目立ちすぎて恥ずかしいと思ってしまうかもしれない。

 

 そうね。右側の、大きめのダイヤの両脇にも小さなダイヤが付いてるリングの方が、凹凸(おうとつ)が少ないけど華やかで好きかもしれない……

 

 そんなことを考えながらショーウィンドウの中をのぞき込んでいたら、不意に真後ろから声をかけられた。

 

「どれが好きなの?」

「わっ!? なんだ八一か。遅いじゃない」

「ああ、うん。ごめん。ねぇ、その中だと、どれが好きなの?」

「え? ああ、右のやつかな? あんまり上に出っ張ってるデザインだとぶつけそうじゃない? これはそうでもないし…」

「そっか」

「ねぇ、それより早く戻ろ?」

 

 置いてきぼりにされて、少しさみしかったから、袖の裾を摘んでちょっと引っ張って言ってみた。

 さっきは唐突だったから恥ずかしかったけど、せっかく八一がアクセサリーを目の前で選んで買ってくれるんだから、満喫しなきゃ。

 

 

*****************

 

 

 花立さんのアドバイス通りのネックレスを店員さんに出してきてもらったら、銀子ちゃんも気に入ってくれたらしく、スムーズにそれに決まった。

 

 接客ブースで銀子ちゃんを待たせて、ガラスケースの方で包装と会計手続きをする。

 個人事業主にありがちな習慣でいつものように領収書を切って貰おうとして、宛名を聞かれて、はたと固まってしまった…

 そういえば、昨日この店員さんには『清滝』って偽名を名乗ってたんだった!!

 どうしよう…今から本名名乗る!?『九頭竜』なんて珍しい名字、近くにいる他のお客さんに聞かれたら、一発でバレないか!?

 どうしよう…と動揺していたら。

 店員さんがサラサラとメモ用紙に何か書きつけてこちらに見せてくれた。

 

「お宛名はこちらで、よろしいでしょうか」

 

 そのメモには『九頭竜 八一様』と書かれていた。

 ば、バレてたのか!?

 まぁ、あれだけニュースになってて、変装してるとはいえ銀子ちゃんを連れて来てるんだからバレるか…でも気を使って、知らないフリしてくれてたのかな?

 

「はい。それでお願いします。ありがとうございます」

 

 気づいてたのに、黙っててくれてありがとうございますという気持ちを込めて言うと、店員さんもにっこり笑って答えてくれた。

 

「とんでもないです。永く使っていただけるといいですね」

 

 

*****************

 

 

 夕飯は駅ビルの最上階にある鉄板焼き屋に連れてきてもらって、和食とステーキを食べた。17階にあって夜景の綺麗な店みたいだけど、個室からはさすがに見えない。

 でも、人目を気にしないで外食出来るのは久しぶり。合流した時に掛けさせられた眼鏡は、出る時はもう暗くなってるだろうし、食事の間まで掛けてるのはなんか変な気がしたから、食べ始める前に返しておいた。

 

「あ〜 食った、食った!さすが鉄板焼き屋で食べるステーキはうまかったね」

「そうね」

 

 お肉はすごく柔らかかったから、多分美味しかったんだと思うんだけど、食べてる間中、向かいの席で八一が私のことを目を細めて微笑みながらじっと見てるから、後半のステーキを食べる頃にはなんだか緊張して全然味を感じられなかった…

 

 デザートのシャーベットをシャリシャリ崩しながら考える。

 今日はずっと主導権を取られっぱなし…狙い通りに行動しちゃってる気がして、なんだかくやしい。

 そもそも、どう考えてみても付き合いだしたからって、八一が一人で急にこんなスマートなデートプラン考えられるはずないのよね…

 

 のんきに食後のお茶を飲んでいる八一に奇襲をかけてみることにした。

 

「ねえ、誰に相談したのよ」

「ゴホッ!! え? そ、相談!?」

「さっきのアクセサリー店とか、この鉄板焼き屋とか、八一が一人で選んだとか不自然じゃない? まさか、誰かと来たことあるとか? 供御飯さんとか、月夜見坂さんとか……」

「はぁ? なんでここで供御飯さんと月夜見坂さんが出てくるのさ!?」

「だって! 店員さんと知り合いみたいだったし! 前に…あのお店で他の人に…何かあげたのかなって……」

「他の人にアクセサリーなんて買わないよ。店員さんを知ってたのは、その…昨日下見に来たから…」

「下見!?」

 

 こいつ、竜王防衛戦の直前だってのに、何やってるのよ!? 今日会ってくれるだけでも、研究の時間を削らせちゃって申し訳ないのに、下見までしてくれてたなんて…女狐達に貢いでたとかは無さそうだし、邪推しちゃって申し訳なかったな。

 しかも、私のカマかけに対して、八一はバツが悪そうにこう返してきた。

 

「そりゃまぁ、確かに、さっきのアクセサリー店とかこのお店とかは、花立さんに相談して決めましたけど」

「はぁ!? なんで、花立さんにデートの相談なんてするのよ!?」

「いや、その! たまたま、この前メールくれたから……」

「ふーん……」

 

 なんか歯切れが悪くて怪しいけど、今はすごく忙しいはずなのに色々準備してくれてたみたいだし、不問にしておこう。

 私だって、貴重なデートを楽しみたいから、まずは溶け始めたシャーベットに集中することにした。

 

 

 食事を終えて、念のため帽子だけかぶって、鉄板焼き屋を出る。廊下を歩きながら、どちらからともなく手を繋いで、エレベーターホールで下ボタンを押して、到着を待つ。

 

 八一は、この後、どうするつもりなんだろう?

 もっと私と一緒にいたいと思ってくれてる? でも、研究の邪魔しちゃわない?

 

 私は、この後、どうしたいんだろう?

 実家に帰るなら、このビルを出たら別れることになるし、研究部屋に行くなら、とりあえずは八一のアパートと同じ最寄り駅まで行けばいいけど…

 

チン!

 

 エレベーターの到着を知らせるベルが鳴った後、静かに扉が開く。誰も乗っていないエレベーターに二人きりで乗り込む。

 確認するなら、今しかない。

 エレベーターを降りた後、人目があるところで話すのは、もっと恥ずかしいから、意を決して声をかけることにした。

 

「「あのさ!」」

 

ひぁ!!

かぶった!?

 

「な、何よ」

「銀子ちゃんこそ」

「八一が先に言ってよ」

「……あのさ、今日は、その、研究部屋と実家のどっちに帰るのかなって…」

「あ、明日は、久しぶりにオフだから? その……研究部屋に泊まろうと思ってるけど?」 

 

 ふと、指を絡めあったお互いの掌が汗ばんでいるのに気がついた。多分二人とも同じ気持ちなんだろうけど、それを確認する方法が分からない…

 最初の時もこの前の時も八一が先手で、私は勢いで同意した感じだったし。

 今日もまたずっと主導権を握られたまま、流れに身を任せるのって、シャクに触るというか、なんというか…

 研究部屋に一緒にいってもいい、口実…

 何かいい口実はないかな……

 そうだ。

 

「ネックレス…」

「え?」

「さっき箱に入れてもらったけど、八一がプレゼントしてくれたんだから、最初はちゃんと八一が着けてくれなくちゃ…」

 

 繋いだ指先にぎゅっと一瞬だけ力を込めてみたら、返事みたいに同じように握り返された。

 

「うん。そうだね。さっき練習したばっかりだし……」

 

 そうそう。

 外で箱を開けるわけにはいかないし? 私の研究部屋か八一のアパートで開けないとね。

 ちなみに、マスコミ対策と八一をタイトル戦に集中させる為、小童は引き続き清滝家で生活してることは調査済みだったりする。

 もう一押しすれば、とりあえず、同じ場所に帰るのは既定路線に出来るかも…

 

 私がなんて言えばいいか悩んでいたら、八一はチラリとエレベーターのドアの方を確認すると、繋いでいる手を引っ張って、デパートのエレベーターの中でしたみたいに壁際に誘導してきた。

 今乗ってるエレベーター内には誰も乗ってないし、バレるはずないのになんでだろう? と思っていたら…

 壁に体を押し付けられたのと同時に、左手でグッと顎を持ち上げられて、八一の唇が降ってきた。

 

「え?……ん!」

 

 最初から深い口づけになって、混乱している間に、口内に八一の舌が侵入してきて、私の舌を捕らえる。

 

 ちょっと待ってよ!?

 人目はないけど、ここ外なのに!

 しかも、こういうホテルのエレベーターって、監視カメラとか付いてるんじゃないの!?

 

「んんっ!」

 

 無性に恥ずかしくなって抵抗を試みるけど、左手は恋人繋ぎをしていてギュッと握られたままだし、右手で押し返そうとしてもキスが気持ち良くて全然力が入らない。

 

 そして、気がついてしまった。

 今から、別々の場所に帰るなんて、そんなの無理に決まってた。

 だって……ご飯を食べている時から、もしかしたらそれよりもっと前から、もう『始まって』いたんだから…

 

 私の顎をとらえていた八一の左手はいつの間にか頬を伝って、後頭部に添えられた。うなじに八一の掌の感触を感じて、ゾクっとした。

 頭が真っ白になって、気づいた時には抵抗するどころか、八一のジャケットを掴んで、不慣れながらもたどたどしくキスを返していた。

 

チン!

 

 エレベーターの停止階を知らせるベルが、私達のしていることを(とが)めるみたいに鳴ったから、二人揃って慌てて飛び離れた。

 一階に着いたらしくドアが開いたけど、息が荒くなってるし、混乱してるしで二人ともすぐに動き出せない。そうこうしているうちに、再びドアが閉まりそうになったから、急いでエレベーターを出た。

 

 エレベーターを出ちゃったら、後はビルを出て電車に乗るのが定跡なんだけど…

 こんな赤い顔で、しかも手を繋いだまま、電車になんか乗れないよ……

 

「あ…」

 

 遠くを見渡した八一が何かを見つけたみたいだったから、同じ方向を見たら、出口の方にタクシー乗り場の案内があった。

 

「タクシーで、帰る?」

「うん」

 

 私と八一はお互いが今まで一番一緒にいた相手で、これからもずっと一緒にいようと思ってる。だけど、性別も性格も好みも違うから、言葉にしなきゃ分からないこともたくさんある。

 

 でも、今だけは言葉にしなくても分かる。

 二人で『帰る』んだ。

 801号室へ。

 

 

 

 

fin.




架空のデートコースを考えるのはすごく楽しかったです。

一応設定としては…
・デパート:阪急百貨店大阪うめだ本店
アニメのオープニングにも出てくる横断歩道を渡って向かってもらいました。
・アクセサリー店:ティ◯ァニー
ネックレスはソレストペンダントでプラチナだと30万弱ってところです。
・鉄板焼き屋:有馬
コースのデザートがシャーベットだったので、10巻特装版小冊子にあやかり出してみました。
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