恋の駆け引き after OPENING 作:しおり@活字は飲み物
【前半戦】に八一は出てきませんが、次回八銀になります。
ちなみに登龍花蓮ちゃんは、5・9・12巻に登場する僕っ子な女性奨励会員です。
今この時ほど、離島暮らしを恨んだことはない。
僕は
八丈島出身の高校生二年生。
奨励会所属の初段。
プロ棋士を目指す、将棋指し。
僕の目下の懸案事項は、僕の最推しであり、千四百年の将棋の歴史上、最も強く美しい女性棋士である空銀子女流二冠が、ついに
今思えば、空先生が四段に昇段してから熱愛報道を知るまでの僕の幸福感とテンションの高さは、控えめに言っても
それが一転、ネットニュースで『将棋界にビッグカップル誕生!!』とか『浪速の白雪姫、熱愛発覚!!』とかが流れてきてから状況が怪しくなってきた。
またいつものガセネタだろうと最初は気にも留めてなかったけど、週刊誌やテレビでも報道され始めて、証拠と言われる動画や写真が掲載されるようになり…
その内容も、当人達を直接知ってる僕から見ても無視できないくらい、なんだか『ありそうな展開』だったから真剣に情報収集を始めたんだけど…
これは…ガチかもしれない……
週刊誌とネットとテレビのワイドショーの情報で分かることは、神戸で行われた帝位戦第二局の『前夜祭で赤面カミングアウト』とやらをした上、九頭竜先生が鹿路庭先生と二日目の『大盤解説で惚気全開』のトークを展開したこと。
そしてそのトークの中で明かされたのが、三段リーグ最終日、帝位戦第一局に早々と勝利した九頭竜先生が、最終局を戦う空先生に会う為に、東京の将棋会館にバイクで駆けつけたってこと……
『赤面カミングアウト』って何をカミングアウトしたの!?
どうして『大盤解説で惚気全開』にしちゃうの!?
そもそも、なんでこんな一番目立つタイミングで、そんなことやっちゃってんの!?
九頭竜先生!!あなた、将棋界最高位の竜王の癖に、空先生の歴史に残る
大体、竜王とは言え、まだ十代なのに弟子を二人も取って、しかも一人は礼儀の『れ』の字もなってないし…
いやいや、一介の奨励会員が将棋界最高位の竜王に対して、こんな
ブツブツブツ……
一体全体、本当は何があったのか。
誰にどう聞けば、コトの真相が分かるのか。
なんで僕は直接確認ができないこの島にいるのか…
僕の知り合いにも会場にいた人はいるんだろうけど、こんな事、電話やメールでわざわざ聞くのはさすがに『ゴシップ好き』と思われそうで
週末本土に渡るから、その時まで考えないようにしようとは、している。
それなのに、島のじじばば達はみんな僕が空先生推しだって知ってるから、誰も彼もすれ違うたびに、まるで僕自身に彼氏が出来たみたいに大騒ぎしてくる。
しかも、僕がいるせいで将棋部はなくても、多分他の普通の高校よりも将棋界の話題に詳しい八高でも、『浪速の白雪姫』と『最年少竜王』の恋愛模様は関心が非常に高くって…
同学年のクラスメートだけじゃなく、普段あまり話さない他学年の人まで、僕を呼び止めてはアレコレ聞いてくる…
「二人って、いつから付き合ってたの?」
「告白は、どっちからしたのかな?」
「それでさ、もう…えっちなことはしたと思う??」
そんなこと、知るか!!
それを本当に知りたいのは僕の方だよ!!
空先生と九頭竜先生がお付き合いしてるらしいって噂は、前々から定期的に流れてきてはいた。僕が女流タイトル戦の記録係とかで、お二人をお見かけする機会があった時も、なんだかんだとイチャついてるようにしか見えない時もあった。
でも、ご本人達はあくまでも姉弟弟子の関係だと否定してたし、クズ竜…じゃなくて、九頭竜先生にはロリコン疑惑も根強くあったから…
自慢じゃないが、僕は最推しである空先生だけでなく、九頭竜先生にも比較的詳しい。
空先生は
だから、お二人が恋愛関係は抜きにしても『特別な関係』であることはよく知ってるつもりだ。お二人が幼少期から内弟子として二人で
別にお二人がお付き合いするようになったとしても、僕にとっては特に問題はない……はずだ。
でも、推しに迷惑をかけない範囲で、可能な限り最新状況を把握しておくことは、ファンとしては必要不可欠な行動だ。出来る限り調査していかねばならない。
そう、こんなに焦ってるのはファンとして推しの近況が分からない不安のせいなんだろう……たぶん……
そんなことを考えながら、身の入らない授業を終えて、帰宅した。
*****************
実は今週末、東京で空先生と会う機会がある。
空先生が雑誌の対談相手に指名してくれたらしい。前回空先生が載った対談の記事が好評で、
空先生が晴れてプロ棋士になった後、僕のテンションが異様に高かったのも、『次の女性プロ棋士候補』として空先生と一緒に仕事をさせてもらえることが決まったからでもあった。
初仕事が対局でなかったのは、正直悔しい部分もあるけど、今の僕と空先生では手合違いもいいところだし、これからも精進していくしかない。
ファッション雑誌なんて全然ガラじゃないけど、制服でいいって話だったし、参考にと送られてきた前回の対談記事を読んでみたら、大体将棋のことから派生した世間話をすればいいみたいだったから、なんとかなると思う。
さらには日程も僕の東京での対局前日に併せて、連盟経由の仕事だから取材料も貰えて、しかも交通費支給という太っ腹さ加減。
往復飛行機で移動できて、対局終わった日に自宅の布団で寝られるなんて久しぶりだし、ありがたい。
それより何より、遂にガラスの天井を抜けて、史上初の高みへ登ったばかりの推しからの逆指名だよ!?
断わるなんて、そんな恐れ多いこと、できっこないし!!
そんなことを考えながら、日課である帰宅後のネット対局が一区切り着いたところで、背伸びをしていたら、ブブッブブッとスマホが震えて、電話の着信を伝えてきた。
将棋連盟から?
「もしもし。登龍さんですか?土曜日の雑誌の取材の件なんですが、空先生のマスコミ対策で会場を将棋会館に変更したいんですが…よろしいでしょうか?」
「あ、はい。僕はどちらでも問題ありませんが…」
「ご協力ありがとうございます。使用する部屋は、当日事務室に来て頂ければ分かるようにしておきますので」
さっき『マスコミ対策』って言ってたな…こ、これは、連盟から今回の熱愛報道の詳細を聞き出す
正確な情報が手に入るんなら、この際ゴシップ好きと思われても構うもんか!
「あの…先程『マスコミ対策』って仰ってましたが…ちなみに、その、帝位戦の前夜祭で…何があったんですか?イマイチよく分からなくて…」
「ああ…マスコミには伝わってないことも多いんですが、登龍さんにはご迷惑をかけてますし、お伝えしておいた方がいいですね。くれぐれも内密にして下さいね?」
「はい…」
「その…シューマイ先生が会場で例の如く問題行動を起こしまして、空先生と九頭竜先生が…まあ、男女の関係になったと、決めつけまして。それで…突然のことで、お二人ともうまく否定できなくて…」
「あっ……(察し)」
それで『赤面カミングアウト』なのか!
って言うか、シューマイ先生!
なんてことしてくれるんですか!!
「さらに、二日目の大盤解説で飛び入り参加して頂いた鹿路庭先生は、前夜祭のことをご存知なかったので、普段通りのからかい半分で九頭竜先生と空先生の仲が良いエピソードをファンサービス気分でしてしまって…」
「ああ……」
ノリノリで九頭竜先生をイジる鹿路庭先生と、真っ青になって止めに入るけど、結局止められない九頭竜先生が目に浮かぶ…
「
「なるほど…」
「今回の取材も、当初は出版社で行う予定でしたが、他部署が空さんに恋愛絡みの独占取材したいと言い出して揉めたので、将棋会館で行うように変更させて頂きました…」
「そういうことでしたか。よく分かりました……」
「ご協力、よろしくお願いします」
通話の切れたスマホを、
これはガチだ…
職員さんは各方面に気を遣って、オブラートに包んだような言い方してたけど。
つまり、空先生と九頭竜先生は交際してて、えっちなこともしちゃってて、それをシューマイ先生に言い当てられて、真っ赤になっちゃったからみんなにバレちゃったってこと!?
なんだよそれ!?
かわいいかよ!?
どんだけウブなの二人とも!!
別に空先生が恋愛対象として好きなんじゃない……んだと思う。
そんな対象として見れないくらい、空先生は高嶺の花で、至高の存在で、尊敬の対象だ。うん、これは確実!
でも、実際に空先生に『彼氏』が出来て、しかもその相手が雲の上の存在とは言え『知人』ならば、どうしても二人のことを想像してしまう。
さらには、なぜだか分からないけど色々な感情の混ざったフクザツな気持ちになる…
悩んでいても、時は経つ。
最推しとの初仕事に浮かれたい気分と最推しが彼氏持ちになっちゃった…かもしれないショックが混在した、モヤモヤした状態のまま平日が終わった。
*****************
土曜日は朝9時発の飛行機に乗り、羽田に10時頃到着。預け荷物はないからナップザックだけ背負って、そのまま千駄ヶ谷へ向かう。
品川で乗り換える時にいつもは通り過ぎる駅ナカで、ちょっと奮発してお昼用のパンを購入。鳩森神社の境内の人気のない石段に座って手早く食べた。一口サイズのカツサンドが想像以上に美味しい。
船だと竹芝に着くまで10時間はかかるから、1時間で移動できる飛行機は天国だ。早くいつも空路で往復できるくらい稼げるようになりたい。
まぁ、海路も慣れてしまえば、詰将棋を解いたり記譜を読み込んだりに集中できるし、気合いで寝ればあっという間なんだけど。
約束の時間まであと30分。あまり早く行きすぎると誰かと二人きりとかになった時に、話題に困りそうだから避けたい。でも、取材に使う部屋の机とか椅子を移動したりするかもしれないし、早めに行っておこうかな…
将棋会館に入って、事務室を目指しながらオレンジ色の名札を胸につける。
事務室に顔を出したら、職員さんから使用する部屋と取材用の設営が済んでいること、空先生が先程到着して既に部屋で待機していることを教えてもらった。
うわー! めっちゃ緊張するっ!!
部屋の前に着いたものの、すぐに入る勇気が出ない。深呼吸を二回して、掌をスカートで拭ってから、恐る恐る扉を開けた。
扉を開けて室内を覗くと、椅子に腰掛けて俯いてスマホの画面を見ていた空先生が振り返った。
身動ぎしたせいで、照明を反射して輝く銀色の髪。
澄んだ冬の空みたいに蒼い瞳。
初雪みたいに透き通った白い肌に、うっすらと朱に染まった頬。
悲願だったプロ入りを決めて、ますます美しくなった僕の憧れの人が、そこにいた。
前にも思ったけど、白を基調とした高校の制服もよく似合っている。
「そ、空先生…こ、こんにちは…」
「こんにちは。あの…」
「は、はひっ!!」
「今回の取材、引き受けてくださってありがとうございました。会場の変更もすみません…」
「い!いえ!! こちらこそ、僕なんかにお声がけ頂いてありがとうございました!」
「初段に
「とんでもないです! むしろ僕の対局日程に合わせて頂いて、助かりました!!」
「私も、こっちで午前中に別の仕事があったので」
「空先生こそ、四段昇段おめでとうございます!! ああ、これを最初に言うべきでした! すみません! テンパっちゃってて!」
「いいえ、ありがとうございます」
柔らかく笑いかけられて、一瞬頭が真っ白になった。遅れて、心臓がバクバク鳴っていることを自覚した。
空先生、綺麗になった上に、なんだか今までより優しい雰囲気になった?
でもよく考えたら、今まで僕が空先生と直接お目にかかれる機会なんて、タイトル戦か公式戦の対局前後の緊迫した状況ばっかりだった。
対局以外の状況の空先生と接することも初めてなんだと気づいたら、なんだか不思議な気分になった。
ファンを自称して遠くからでもずっと見てきて、空先生のことは詳しく知ってるつもりでいたけど、僕は彼女のことを本当は何にも知らないのかもしれない。
その後すぐに出版社の方々が来て、取材が始まったんだけど、なんだかふわふわしている間に終わってしまった。
大丈夫だったかな?
変なこと、言ってないよね?
取材が一通り終わって、対談相手と編集者が何やら打ち合わせをしていたら、空先生が鞄から何か取り出して、対談相手のところに持っていった。
「あ、あの!」
「どうしました?」
「あの、前回頂いた著書なんですが…さ、サイン下さい!!」
対談相手に向かって顔を伏せて、本を突き出す空先生。緊張しているのか、声が上ずっている。
対談相手はちょっと驚いた顔をしたけど、にっこり笑ってこう言った。
「もちろん、喜んで!役に立った?」
「は、はぃ……」
いつも透き通るように白い肌の空先生の顔が、耳まで真っ赤になっていた。
照れてる!?
か、かわいい!!!!
最後に荷物になっちゃうけどお土産だと言って、紙袋いっぱいのポーチやらコスメやらをくれた出版社の方々は、連盟の職員さんに付き添われて先に退出していった。
使用した部屋を空先生と二人で片付ける。僕が一人でやると言ったけど、まだ帰りの新幹線まで時間があるからと言って聞いてくれなかった。
ほとんどの机と椅子を定位置に戻し終わったところで、空先生のスマホがメールの着信を知らせたようだった。
スマホを確認した空先生は、はっとしたように表情を変え、猛烈な勢いで返信らしきものを打ち、送信が終わったら慌てて荷物をまとめ始めた。
「すみません。急用ができて…後をお願いできますか?」
「はい。もう鍵を返してくるだけですので…」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
空先生は慌てたように、ぱたぱたと部屋から退出していった。
は〜〜。今日は空先生と直接たくさんお話ししちゃったし、かわいく照れる顔まで見れちゃったし、いい日だな〜と思いながら、最後の机を整えて椅子をしまっていたら、座面に本が一冊落ちていた。
先程空先生がサインを書いてもらっていた本だった。慌てていて鞄に入れ忘れたみたいだ。今から追いかければ間に合うかな?
僕はナップザックを背負って、鍵と本を抱えて部屋を後にした。
八丈島のことや移動手段を調べるの楽しかったです!いつか行ってみたい…
花蓮ちゃん、まだイラスト出てないけどすごく好きなキャラクターです。今後もっと活躍してくれると信じてます。