恋の駆け引き after OPENING 作:しおり@活字は飲み物
ジュエリーブランドの接客は天職だと思う。特に、人生の節目を記念して贈られる物を選ぶ『お手伝い』をさせてもらえる時が好きだ。
平日の遅番シフトは比較的楽なことが多い。でも、気を緩めるのは禁物。関東からこの大阪のデパートに入っている支店に転勤になってまだ日が浅いけれど、一応店長扱いだから細々した事務仕事も多いし。
木曜日の午後、比率は少ないものの一定数は定期的に現れる『男性一人客』が入店。物慣れない様子で店名を確かめ、接客をしながらも挨拶をするガラスケース前の店員に会釈を返しながら、店内奥で売り場全体の様子を観察していた私の方へ近寄ってきた。
彼のオブザーバーは優秀らしい。今込み入った相談をするなら私が適任だろう。
「いらっしゃいませ。何かご相談事ですか?」
彼は少し虚をつかれたような顔をした後、教えられてきたであろう『最初のセリフ』を口にした。
「あの、明日彼女を連れてこちらのお店にお邪魔しようと思っているのですが、事前にご相談したいことがありまして…」
「明日の10時以降でしたら、私がこちらにおりますので承ります。よろしければこちらへどうぞ」
さりげなく店舗奥の椅子とテーブルがある接客スペースへ誘導しながら、隠れた趣味である『お客様の職業当て』を開始した。
歳:10代後半から20代前半
体格:中肉中背、やや猫背
服装:既製品のダブルのスーツ、そこそこ良い革靴、着慣れてる
装飾品:特になし
カバン:その若さでセカンドバッグ?
顔:そこそこ良い方、どこかで見たことある気がする…
言葉遣い:敬語慣れして丁寧
総合評価:若いけど社会人。
サラリーマンではなさそうだから、自営業?
デスクワークっぽいから、IT関係?
それにしては全体的に古めかしいし、キッチリしすぎてるんだよね…
そして謎のセカンドバッグ…
「えっと、こちらで何か買おうと思っているのですが。本題は指輪のサイズを知りたくて…」
「サプライズで婚約指輪を?」
「あ、はい…とりあえず、サイズだけでも知っておきたくて…」
「かしこまりました。では、ある程度候補を絞っておかれた方がよろしいですよね…お相手の方は普段どのようなアクセサリーを身につけていらっしゃいますか?」
「それが、基本的に何にも身につけてないので、何が好きかとかも全然分からないんですよね…」
「左様でございますか。では、ピアスはされていらっしゃいますか?」
「ピアス!? してないと思います…多分、穴開けるの怖いからできないと思うし…」
「では、イヤリングでしょうか?」
「イヤリング…してたことあったかなぁ?」
これは中々の難題。
プロの腕の見せ所ね!
という感じで、明日の本番に向けて作戦会議が決行されたのであった。
一日の仕事を終え、最寄りの駅前で慌ただしく買い物を済ませて、家路に着く。
今日は午後来た男性のお客さんのおかげで、接客スペースで座れた時間がいつもより長かったけど、一日働くとやっぱり足がパンパンになる。ジュエリーブランドの接客は天職だとは思うけど、ヒールの高さまで指定しないで欲しいよなぁ〜と思いながら、自宅のカギを開け、靴を脱ぎ、帰宅後のルーティンでパソコンを立ち上げ、電子レンジで温めた夕飯を掻き込みながらホーム画面のネットニュースをチェックしていたら……
『将棋界にビッグカップル誕生!! 浪速の白雪姫と最年少竜王が婚約宣言!?』
という見出し記事と共に、最近毎日ニュースを賑わせている、初めて将棋の女性プロ棋士になったという銀髪の美人女子高生とお相手であろうスーツの男性の写真が並んで掲載されていた。
んんん??
あれ、この写真の中の男の人、見たことある? さっきまで喋ってた、今日の午後来て、明日の予約していったお客様??
でも、他人の空似だよね。よくいる感じの顔だし。「クズリュウ」なんて珍しい名前だったら絶対忘れないし。予約の名前、キヨタキ様って言ってたはずだし…
あれ? このネットニュースの本文に書いてある文章…
『清滝一門で、弟子としては姉弟の間柄』
清滝一門って、読み方は「キヨタキイチモン」だよね。
もしかして……同一人物??
えーっと、明日連れてくる『彼女』って、もしかして、もしかしなくても『浪速の白雪姫』だったりするの!?
ちょっ、ちょっと待って!?
エリアマネージャーに連絡!?
いや、デパートの外商部!?
でも、大阪に来たばっかりだから、ローカルルール分かんないし!!
でも……
名乗らなかったし、偽名使ったってことは、当然だけど『知られたくない』ってことだよね…
事実上婚約宣言したって言っても、本人と話してた感じ、付き合い出したばっかりでちゃんとしたプレゼントあげるの初めてっぽかったから…
あんまり騒ぎ立てるのはよくないよね?
えっと、どうしよう…?
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金曜の放課後、高校のホームルームが終わったらノータイムで席を立って、クラスメイトが声をかけてきた気がするけど聞こえないフリをして、速攻で自宅に帰る。
家に帰り着いたら、ダッシュでシャワーを浴びて、ドライヤーで髪を乾かしてたら、八一からメッセージが来てた。
内容は、待ち合わせ時間の確認。
今から準備すれば間に合うから、『了解』とだけ送信した。スタンプも押そうかなって思ったけど、どれを押せば今の気持ちを適切に伝えられるのかよく分からないし、悩んでる暇があれば早く会いたいから、そのままにする。
スマホを手に取ったついでに、昨日話したけど母親に一応『夕飯は食べない。今日は研究部屋に泊まる予定』と連絡。何するかとか誰と会うかなんて母親には言ってないけど、多分なぜかバレている気はしてる。
い、いちおう、だもん…!
今日の夜どうするかなんて、あいつから言われてないし、そんな、直接的なことなんて聞けないし…
明日は珍しく土曜なのにオフだし、来週から竜王戦も始まっちゃうし、だから、だから…いちおうだもん…
バスタオルを巻き付けたまま自室に駆け込んで、昨日の夜に悩みに悩んで準備してあった私服に着替える。
トップスは襟ぐりが少し開いた白いニットにベージュのハーフコート、ボトムスはプリーツの効いた
前に対談取材を受けたファッション雑誌を参考にして、全体的に秋の色合いでまとめてみた。
鏡を見ながらキャスケットって名前だと桂香さんから教わった帽子を被って、最終確認で一回転。うん。多分、大丈夫。
研究部屋の鍵を忘れてないか、斜めがけバッグの中の銀将のストラップを念の為に確認して、家を飛び出した。
数日前、八一から急に電話で今日の予定を聞かれた。
てっきり久しぶりに研究会をしたいんだと思って、学校のある日だったから放課後なら大丈夫と伝えたら、外で私服で会いたいと言い出した。
『梅田駅で待ち合わせよう』
『ちょっと人目につくところを通るから、私服に着替えて帽子かぶってきて』
『でも、夕飯は個室のあるところ予約しとくから、ちょっとおしゃれして来て』
状況が飲み込めなくて生返事をしているうちに、これから予定があるからと通話を切られてしまった。通話を終えた後も、色々意味が分からなくて、スマホを
八一が? 私を? 梅田に?
ででで、デートに誘う!?
しかも、ディナーで個室予約しとくってそんなスマートなことできるヤツじゃなくない!?
おちつけ、わたし。
もしかしたら、オレオレ詐欺かもしれない……
念の為にスマホの着信履歴を確認したけど、表示されているのは電話帳登録してある八一の名前だったし、番号も暗記している八一の電話番号だった。
声も口調も八一だったよね?
話も噛み合ってたし…
じゃ、じゃあ、やっぱり八一だったの!?
ま、まあ?
私たち、付き合い始めたんだし?
むしろ、マスコミにバレちゃったから、八一がうちの実家に挨拶に来てくれたし?
その後すぐ、なぜか八一のご両親が挨拶したいって、わざわざ福井から大阪まで出てきてくれて?
師匠にも報告しなきゃってことで、清滝家に集まったら…なんかテレビで見たことがある『お見合い』とか『両家顔合わせ』みたいな雰囲気出ちゃったし?
公式発表だってしちゃったんだから!
むしろ、今までマスコミやファンに追いかけ回されるからしたくてもできなかったけど、お出かけデートくらいしたってバチは当たらないわよね!?
でも、付き合い始めたからといって、今の時期は八一の二度目の竜王防衛戦が始まる直前だから、私と会ってる暇ないんじゃないかと心配していたんだけど。
確認してみたら、むしろ『会わない期間が長過ぎると、駒の銀将が銀子ちゃんに見えて、将棋に集中できない』という謎の将棋星人発言をするから…
だから、仕方ないんだもん。
これも、将棋に集中してもらう為の、姉弟子として、研究会のパートナーとしての勤めなんだから!
あ、あと…いちおう、か、彼女としてのおしごと? になるのかな??
梅田の駅で待ち合わせて八一と落ち合ったと思ったら、そのまま目の前で考え込まれてしまった。
なに!?
私服、変だった!?
一応目立ち過ぎない程度に、オシャレしたつもりだったのに!
私服の中では割とかっちり目なジャケットを着た八一は、顎に手を当てて無言で考え込んでいたけど、おもむろにセカンドバッグから対局用の眼鏡を取り出して、私にかけさせた。
「うん。ないよりはマシかな」
「え?」
満足したらしい八一はさっと私の手を取って、気づいたら駅の外に向かって歩き出していた。八一は私の手を握ったまま、スタスタと大阪駅を出て横断歩道を渡り、目の前のデパートに入って行ってしまった。
え?
ええ??
デパート!?
「ね、ねえ、どこいくの?」
「うん? 五階だよ」
聞きたいのは階数じゃないのに!
八一は仕事帰りのお客さんで混み合う夕方のデパートの中を迷う様子もなくスイスイ歩いてエレベーターホールまで進んで行ってしまった。
え? なんで?
八一って、デパートで買い物したりしたっけ?
あ、でも、昔はこども将棋大会とかで通ったりしたけど…
でもなんで、今日デパートなの??
たまたま地下から上がってきた手前のエレベーターにノータイムで乗る。階数ボタンをパッと押して奥の方まで進んだら、繋いでいる手を引かれて壁際まで誘導された。
角に背中をつけたら、なぜか人目から隠すように目の前に立たれて、視界が八一でいっぱいになった。
な、なんか、いわゆる『壁ドン』みたいな体勢なんだけど!?
「ねぇ、やい…」
顔を上げて、呼び掛けようとしたら、唇に人差し指を押し当てられた。急に八一の指の感触が飛び込んできてビックリして、思わず息を止めてしまった。
「しー。名前でバレちゃうといけないから」
そう耳元で、小声で、囁かれた。
コクコク頷くと、人差し指は離れていったけど、ドキドキし始めてしまった心臓の高鳴りは止まらない。
そ、そうか、公表したとはいっても、周りの人にバレて取り囲まれると困るしね。うん。だから、眼鏡かけさせたのね。変装の為に。
でも、不意打ちで唇に触るのやめて〜!
5階でドアが開いたら、手を引かれてエレベーターを降りた。この階の案内表示には『インターナショナルブティックス』って書いてある。『ディ○ール』とか『ブ○ガリ』とか高級ブランドのお店が並んでるけど、なんでこの階なの!?
「ねぇ、どこ行くの?」
「うん。もう少し奥の店」
「な、何するの?」
「何するのって、買い物でしょ? デパートなんだから」
「そ、それはそうだけど…」
なんだか、なんでデパートに来たのかとか、何を買いに行くのかとか聞き出しにくい雰囲気…
だって、会ってからずっと上の空だし、何か時々小声でブツブツ言ってるし、話も噛み合っているようでズレてる。何か他のことに気を取られてるみたい…
長手数の詰将棋でも解いてるの?
デートしながら!?
これ、デートよね??
少し前を歩く八一の顔を見上げながら通路を進んでいったら、突き当たりにあったアクセサリー店にそのまま吸い込まれるようにして入ってしまった。ガラスケースの前にいる店員を会釈でスルーしてお店の奥に進み、奥の方に立っている店員の方に向かっていく。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「お世話になります」
「こちらへどうぞ」
ええ!?店員と知り合い!?
今までにここで誰かにアクセサリー買ってあげてたってこと!?
誰よ!?
こんなちゃんとしたアクセサリー、弟子だからって小童たちにあげるわけないし…
もしかして、あの女狐達が罰ゲームとか交換条件とかで無理矢理ねだったりしたとか?夜中に三人でドライブして賭けがどうとか言ってたこともあったし、あいつらならやりかねない……
せっかくの初お出かけデートなのに、他の女の影らしきものを匂わされてムカムカするけど、店員もいるし今ここで問いただすわけにはいかない…
後で絶対問い詰めてやる! と思いながら二人の後についていった。
通された接客スペースの机の上には、なぜか既に銀色のアクセサリー各種が並べられていた。
「へ?」
なに?
これから何が起こるの!?
次回は、11/19 0:00投稿予定です。