【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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(● v ●)


危ない事は怪我のうち

————体表の焼却を認識。

————頭部機能、破損。

————再生開始。

 

熱、衝撃、閃光、そして轟音。

 

突如として身を襲った強烈なエネルギーは、生命の果実による無尽蔵のエネルギーとATフィールドによる強固な防御力を誇る第3使徒サキエルにとっても、無傷とはいかない程のものだった。

 

無論、それは決して彼の生命に届くものではない。半日も有れば肉体を完全に再生可能だろう。

 

だが、サキエルの単純な筈の本能は、あろうことかこの一撃に『恐怖』した。

 

————皮を焼く事が可能ならば、肉を焼けぬ理由はない。

 

と、いうほど複雑な判断をした訳ではない。ただ本能的に脅威を認識したのみだ。

 

では、その脅威に対してどの様に対処するのか?

 

そんな湧き上がる疑問に対し、深く考える為の『知恵の果実』は、あいにく彼の肉体には宿って居ない。

 

だが、本能は『脅威に対抗する手段』を求め、彼に焦燥を覚えさせる。

 

そんな状況の中で『このまま、目的地に進む』という選択肢に対し、サキエルが拒否反応を起こしたのは、さほど特異な事象では無かった。

 

ならば、どうするのか。その答えは、本能的には実に簡単な事だ。『闘争か、逃走か』。立ち向かわないのならば、逃げ出すのが生き物の本能的行為である。

 

故にサキエルは踵を返し、高熱に晒されて激しく蒸気を噴き上げる肉体を無理矢理にでも動かして、灼けた体表をボロボロと脱落させつつも海へと逃げ帰ったのだ。

 

 

————それが、如何にイレギュラーな行いなのかを、全く知らぬままに。

 

 

* * * * * *

 

 

「やったぞ!!!」

「奴め怖気付いたか!」

「至急、追加のN2爆雷を手配しろ! 勝てるぞ!」

 

そんな会話の交わされる特務機関ネルフの発令所で、顔を顰める男が2人。

 

「……碇、コレは老人達のシナリオか?」

「……違う、だろうな。……まさか、使徒が恐怖したとでもいうのか?」

「単独で完結している準完全生物がか?」

「……わからんな。だが、奴とてただ逃げる事はないだろう。再起を図る為の一時撤退と見るべきだ。……我々は粛々と計画を遂行すれば良い」

「だと良いんだがな……」

 

会話の主は、特務機関ネルフ総司令の碇ゲンドウと、副司令の冬月コウゾウ。彼らの予定では、N2爆雷すらも決定打とはならず、進撃を再開する使徒に対し指揮権が国連軍からネルフに移行される筈だったのだが、現実はそう上手くはいかなかった様である。

 

「ふはははは! 碇君、君らの出番はなかった様だな!」

 

調子づく国連軍の幕僚に対し、ゲンドウは溜息を1つ吐いて、今しばらく彼らの嫌味に耐える覚悟を決めたのだった。

 

「ところで碇、シンジ君は先程葛城一尉と合流したらしいが……どうする? 彼の出番はしばらく後になりそうだぞ」

「……」

「はぁ……赤木博士のガイダンスで間を持たせるか」

「ああ」

 

 

* * * * * *

 

 

海水に浸かって身体を冷やし、ようやく本能のざわめきが幾分落ち着いたサキエル。

 

取り急ぎ再生した頭部の上には、古い頭部が残ったまま。体表のケロイドも生々しく、本調子には程遠いが、それでもこれ以上のダメージは一旦回避出来た状態だ。

 

そんな状況でようやく、サキエルは生命の果実を口にしたものが持つ、超越的な生命力を活用する事に意識を向けられた。

 

一度脅威を感じてしまえば、追われるストレスというのはなかなかの物。ミサイルを浴びまくりながらの逃避行は、サキエルの原始的な思考回路のキャパシティを随分と消費してしまっていたのだ。

 

だが、今やストレスの元は無くなった。海の底に潜って終えば、さしあたってミサイルは届かない。

 

そんな穏やかな闇の中で、サキエルは、準完全生物たる使徒の持つ「自己進化」——継代することなく、単独で自らの形を作り替える能力——を発揮する。

 

古い頭部は吸収し、体表を修復し、新たな頭部には飛び交う『敵』を打ち払うべく熱線照射能力を付与。より強固に、柔軟に、衝撃と熱に耐えうる肉体を組み上げる。

 

だが、満足出来ない。コレでは足りない。

 

そう訴える本能の命じるままに、サキエルの肉体は、急激に神経系を発達させる。

 

不滅の使徒の身には本来不要である筈の痛覚。より高精度な触覚。それを応用した聴覚。

 

そして、それらの感覚器官から得た情報を精査する神経節を構成したのだ。

 

それ即ち、サキエルに『思考』という機能が備わった瞬間と言っても過言ではない。

 

————我思う、故に我有り。

 

この世全てが欺瞞であったとしても、思考する自己という存在だけは絶対の存在であると説いたその言葉が正しいので有れば、今この瞬間、第3使徒サキエルは誕生したのだろう。

 

そして。

 

『完全な生命として完成する』。

 

本能が訴え、思考回路によって出力されたその命題(テーゼ)

 

その信念を胸に宿し、天使は今再び、水面へと浮上し始めた。


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