前回同様、似非科学風味ではありますが多少マシになったかな……?
ああ、素晴らしきかな通信文化。
湖底にてのんびりとラジオを聞くサキエルは、手にした大量の情報に実に満足していた。
あれから色々と工夫した結果、サキエルはラジオのみならず、地上デジタル放送とフリーWifi接続を確立している。
パスワードとかセキュリティとかはさっぱりだったのと、インターネット接続用のプロトコルなんて素敵なデータが無いせいでWifiは完全に無駄になっているが、彼はまずは繋がったことを良しとしている。
テレビに関しても、有料回線は視聴できて居ない。あくまでも「繋ぎさえすれば観れる」ものだけだ。TVチューナーとラジオを幾つか調べられたのは本当に僥倖だったと言うしかない。
そんなサキエルが、最も執心しているのは、『教育番組』や『教養番組』である。中でも『学校放送』——理科や社会など勉学に因んだ知識を放送しているもの——はサキエルの求めていた物にドンピシャであり、自身の記憶領域に録画してガッツリと学習している。
特にNHK高校講座はサキエルが求める高度な知識への足掛かりとなる面が大きく、お気に入りである。
「サイン、コサイン、タンジェント……なるほど、角度を垂直成分と水平成分に分割する……遠方の物体の大きさも距離がわかれば計測できる……では距離は……ほほう、音や光の往復時間で距離の測定ができると……距離の定義はなんだ? ……メートル原器? 私には手に入りそうに……ほー、昔はメートル原器だったが今は真空中での光の速さを299792458m/sと定義する事で測定していると。秒は時報を受信して居るから確実にわかるな。ではさっそく真空化したATフィールド内で光の速度を検証しよう……」
と言った調子で、ひたすらお勉強しているサキエル。彼には『知恵』はないが『知識』によってそれを補おうと考えたのだ。
人工無脳、というのが彼の目指す概念に近い。人工無脳とは入力に対し用意された回答を返す事で『人工頭脳っぽく振る舞うプログラム』のことである。要はAIごっこというか、ある種の『哲学的ゾンビ』に近い。全てに対する回答を用意できれば、側から見れば知恵があるのと変わりない、というわけだ。
そして、サキエルに知恵は無いが、そのカケラはある。ヒトに触れ、知恵の実のほんの一欠片に触れた彼は、大海に水を一滴垂らす程度の『知恵の種』を得ているのだ。
それに積極的に水をやる事で、サキエルは自らの手で『知恵の果実』を手に入れようとしているのである。自作自演の紛い物であればインパクトの心配もないので、自重する理由はない。
だが、そんなサキエルに対し、この日、転機が訪れようとしていた。
* * * * * *
「芦ノ湖から、周辺のフリーWifiに接続……セキュリティは皆無、しかしMAGIによるハッキングは論理回路の異常性から失敗。……間違い無いわ、使徒ね」
ディスプレイを眺めつつ、そう呟くリツコ。コーヒーマグを手にした彼女が見つめて居るのは、MAGIが監視している第3新東京市のトラフィックデータだ。
「……ネットにでも繋いでるっての?」
「いいえ。……インターネット接続プロトコルがインストールされていないから接続出来なかったようね。でも、Wifiを拾って居るなら他の帯域に手を出していないとは考えにくいわ。使徒が求めて居るのが情報だとすれば……ラジオや地上デジタル放送に気づくはずよ」
「……それって、あの使徒が知恵を付けてるかもって事? ウゲェ……リツコ、あのすごい砲台でドカンと倒しちゃいましょうよ」
ミサトのその提案は、対使徒組織であるネルフの意見としては何も間違ってはいない。だが、世の中そう簡単に物事は解決しないのだ。
「難しいわね。……あの使徒は本能的に傾斜装甲を理解している上に、狡猾だわ。直線的な兵器が通用する可能性は低いわよ」
「じゃあどうするのよ」
「正面から当たって勝ち目がないなら、絡め手を使う以外ないでしょう? ミサト、貴女ならどうする?」
「……セオリーで言えば交渉だけど、相手は使徒よ? どうするの?」
「……あの使徒は一度、レイにシンクロしようとしている。なら、チルドレンならシンクロ出来るかも知れないとは思わない?」
「それってつまり……」
「親善大使の役は、シンジ君になったわ」
「シンジ君に!? あの子、一度第3使徒に殺されかけてるのよ!? ……って、それはリツコも知ってるわよね……じゃあ。もしかして」
————この作戦を承認したのは、総司令である碇ゲンドウなのでは?
そんなミサトの視線に、リツコはコーヒーを啜りながら眉間を押さえた。……彼女としては、感情の起伏も少なく、テストパイロットとしての経験も豊富なレイを使う方が安定すると考えている。
しかし、それは碇ゲンドウによって却下されたのだ。
「————碇司令は、レイとあの使徒の接触を望んでいない、ということね。……もちろん、シンジ君だけに無理はさせないわ。私も現場で機器の調整があるからついていくつもりよ」
「……私もついてっちゃダメ?」
「……書類を片付けられるならね」
「よっし! ちょっち青葉君と日向君に押し付けてくるわ!」
「さすが作戦課長、戦況把握はお上手ね?」
「んぐぅ、嫌味が耳に痛い……でも大丈夫、さすがに課長の承認印が必要なやつ以外を頼むわよ」
そう言ってドタバタと走り去るミサトに冷ややかな目線を投げ掛けてから、リツコは溜息を一つ。
あの怪物を相手に、大人が2人付き添ったところでどうなるものでも無い、というのがリツコも認識している非情な現実だ。
————子供には酷な話ね。
そう呟いてタバコを咥えるリツコは、計画を実行に移すべく、プラグスーツの改良に取り掛かるのだった。