ラジオやテレビで勉学に励む昼下がり。サキエルが奇妙な感覚を覚えたのは、『超高速で飛来する物体の直撃を避けるにはどの程度の横方向ベクトルを与えるべきか』という先日見たネルフの超兵器対策について考えていた頃の事だった。
————この感覚には、心当たりがある。
そう感じて思考を巡らせたサキエルはすぐにそれが、紫色の巨人に乗っていた『白い小さいヒト』とATフィールドを重ね合わせた際の感覚だと思い出し、自身のATフィールドの位相を、接触してきた何者かの位相に調整する。
そうして、サキエルの精神世界に現れたのは、1人の少年だった。
「うわっ!? ミサトさん、リツコさん!?」
『落ち着いてシンジ君。すぐ側で貴方をモニターしているわ。何が見えるの?』
「使徒が、えっと、第3使徒がいます。周りは、わかりません。暗くて……」
『ありがとう。……使徒の様子は?』
「こ、こっちを見てます。あの、襲って来ないんですよね」
『大丈夫よシンジ君。貴方の身体はアタシ達と一緒に指揮通信車に居るんだから。危なくなったらすぐ逃げ出すわ。……ほら、アタシが手を握ったのわかるでしょ?』
『葛城一尉、勝手にテスト中のパイロットに触らないで頂戴。……まぁ心理グラフが安定したから良いけれど、実行する前に一言欲しいわね』
『えひひ、ごみん』
————賑やかだな。
そう感じたのは、サキエルの偽らざる思いだ。バラエティ番組だったか。何やらそういった、和気藹々とした雰囲気を感じる。
意外だったのは、少年の反応だ。
「えっと……賑やかだな、って」
『シンジ君?』
「えっと、その、使徒が」
『使徒の声? それとも思念?』
「えっと、ごめんなさい……」
『あら……いえ、こちらこそごめんなさい。精神活動の中でその区別は無意味ね。……シンジ君、では使徒へのコミュニケーションをはかってみて。……さっきミサトが言った通り、すぐ逃げられるわ。心配はしなくていいのよ』
「え、あの、はい。————えっと、その……こんにちは?」
少年の声に戸惑いつつも、サキエルは少年に声を掛けようとして。そのATフィールドが間違いようもなく『恐怖』の色に染まって居るのを鋭敏な感覚器官で察知した。
恐怖心は、負の感情。折角の『起きている』ヒトとの接触なのだ。出来れば沢山の情報を得たいものである。ならば、余計な警戒を抱かれて良いはずが無い。
であれば、彼にとって好ましい姿であった方が良いだろう。そう考えて、サキエルはこっそりと、精神の繋がりを通して少年の心を覗き込む。
彼の欲望を探る事で、好意を引き出そうと考えたのだ。もちろん、少年の側からは察知されぬ様に、慎重に、繊細に、彼の心の蓋を開ける。
————『誰か僕を無条件に愛して』『僕を認めて』『僕を守って』『1人にしないで』『捨てないで』『虐めないで』『誰か僕を抱きしめて』『他人を好きになってみたい』『他人に好かれてみたい』『可愛い彼女が欲しい』『友達が欲しい』『家族が欲しい』————
その中に見えるのは孤独感と、他者を求める保護欲求。……その心理の根幹にあるのは、父に捨てられた記憶、親戚に疎まれた記憶。
だが、その更に奥に、妙に鍵を掛けられた記憶がある。
その、小さな記憶を、サキエルは細心の注意で開封した。
————眼前には巨人。これはきっとあの紫の巨人だと、サキエルは即座に理解する。
————そして、その胸に輝く『コア』の上で、さまざまな器具を装備して微笑む女性。少年の母。
————「この子には、人類の明るい未来を見せておきたいんです」そう告げる彼女はしかし、紫の巨人のコアに飲み込まれ、そして。
————帰って来なかった。そして父も狂ってしまった。
————親を、失ってしまった。
なるほど、コレが原初のトラウマかと、サキエルはただ冷静に演算する。そこに少年への同情はない。だが、少年の望む存在への手掛かりと、『紫の巨人への対抗手段』を手にしたサキエルは、精神世界での自分の姿を即座に再構成してみせた。
キーワードは『父と母』。少年が求めるのは父性と母性と自身への肯定感である。
であれば、男であっても、女であっても不都合だ。故にサキエルは、TVを参考に若い男女の外観を平均化し、余計な要素を削ぎ落とした『中性的』なアバターを構成する。意識したのは、若い大人である事。少年の望む母性と父性は幼少期の自身の父母であり、若い男女のイメージなのだ。
そして完成したのは、優しげな女性とも青年とも取れる『ヒト』の姿。一応元の名残は残しておくべきかと考えて、仮面の白を髪色として残し、身体は少年の着込んでいる『プラグスーツ』を参考に、サキエルの肉体をそのまま落とし込んだデザインに。
見ようによっては少し胸がある様な、無いような、絶妙に中性的な体型と、髪が長めの男性ともショートカットの女性とも取れる髪型。
誤算とすれば、サキエルの参考資料がテレビだったせいか、アイドル、女優、俳優の平均化された姿として『妙に美形』な事ぐらいだろうか。
目の前で突然ヒトの姿になった使徒に、警戒を隠せないシンジ少年の心理は、サキエルには手にとる様に察知できる。
何しろ心が繋がっているのだ。当然と言えるだろう。
それ故に、冷徹な打算と計算の下、サキエルは自身の心象イメージを操って、これ以上ないほど優しげな微笑みで少年へと手を差し伸べた。
「こんにちは、碇シンジ君。僕はサキエル。よろしく」
よく響くアルトのその声は、シンジにとっては不意打ちで。
それでも、差し出された手と優しい微笑みに、14歳の少年の心は、好感を覚えてしまった。
「えっと、その、よろしく」
ぎこちなく差し出された彼の手を、優しく握り返すサキエル。常時自身の心が監視されているなど思いもよらず、シンジはその温かな感触に安堵を覚えてしまう。
シトとヒトの初接触は、サキエル優位の状態で、進行しつつあるのだった。
サキエルくんちゃんのイラストが欲しいの民
中性的人外おねにーさん、良いよね……(性癖の闇