【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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汝の敵を愛せよ

「それでシンジ君。君は僕に何の用事かな?」

 

あくまで、穏やかに。ゆっくりとそう問いかけるサキエル。その直後、心象世界の光景は、スポットライトに照らされた、パイプ椅子のある光景へと変化する。

 

————これが碇シンジの心象風景なのだろうか? だとすれば随分孤独を拗らせているようだ。

 

そう思いながらも、言葉や態度には出さず、サキエルは2つ現れたパイプ椅子の一方に腰掛けて、シンジにも着席を促した。

 

「えっと、その。」

「ゆっくりで良い。時間は充分にある。此処は君の心の中でもあるんだ。現実の時間を考える必要はないよ」

「えっと、僕は……その、使徒とのシンクロ実験だって、あの、リツコさんが……」

「そうか。それは大変だね。……君が怖がっているのはわかるよ。でも君はこうして僕と会話をしている。それは素晴らしい勇気だ。……ところで、申し訳ないんだけれど、リツコさんというのは?」

「リツコさんは、その、ネルフの博士で、えっと。なんて言ったら良いんだろう。金髪の……えっと」

「なるほど。博士さんか。ありがとう、教えてくれて」

 

シンジの反応を観察しながら、望む言葉を投げかけて、同時に情報を引き出していく。

 

そんな作業に勤しむサキエルは、その穏やかな笑顔も相俟って、見る間にシンジの隙間だらけの心に入り込んでいく。

 

だが、優しく向き合ってくれるだけで心の壁が緩むというのは、流石に異常だ。サキエルも流石にそれは理解しており、周囲の大人がシンジに対して何をやっているのか、他人事ながら気になってしまうほどである。

 

突き放し、孤立させ、追い詰める。そんな作意を感じずには居られないのだ。

 

何故そんな事を? そう考えて、ふとサキエルは思い当たった。……あの紫の巨人へ依存させる為、というのはどうだろうかと。

 

戦っている時だけ必要とされる。巨人に乗る為だけに必要とされている。そう感じさせる事で、この子供を巨人の原動力として拘束している、という仮説である。

 

サキエルは人間の感情などわからないから、TVドラマやラジオ知識でのガバガバ推理だが、あながち間違って居ないのではなかろうか。

 

もしこの推理が正しければ、この少年の依存先を乗っ取ってしまえばあの巨人の活動を妨害できるかもしれない。

 

そう考えたサキエルは、シンジ少年の好感度を積極的に稼ぐ事を優先させて、言語システムを駆動させる。

 

「僕とのシンクロ実験、というのはよくわからないが、こうして君と心を触れ合わせて居るのが『シンクロ』なのだとすれば、実験は成功だね。おめでとう」

 

そう告げて、よしよしと少年の頭を優しく撫でてやるサキエルは、それだけで随分と心地良さを感じているシンジ少年の心理を把握して、自身の推理がそれほど外れても居なさそうだと安堵した。

 

だが相手は思春期の少年。内心嬉しくても、素直にそれを出すことはせず、少しばかり頬を染めるにとどまっている。

 

だが心の壁は、正直だ。随分と緩んだその壁を通じて、サキエルはより詳細なネルフの内情をシンジの記憶から引き出していく。

 

と同時に、メンタルケアも忘れない。

 

「撫でられるのが嫌なら、ハグの方が良かったかな?」

 

そんな事を言いながら、シンジ少年を優しく抱きしめてやる。————その行為が、シンジの心理防壁を超えて、より仔細なネルフの内情を調べる為だとしても、人肌の温もりは、ささくれたシンジの心にはあまりにも甘い毒となる。

 

ましてや、此処は精神世界。他者の心に包まれる感覚は、シンジの保護欲求をいたく刺激した。

 

……サキエルに心など無く、全てはシンジの心を深く読むための打算であるのだが。

 

特務機関ネルフの内情、構成員の人となり、巨人ことエヴァンゲリオンを操縦する感覚。それらを読み取り、記憶し、応用する。人間の心を切開し、分析して、模倣する事で、サキエルは自身の中の知恵の実の紛い物を、より高性能に加工しているのだ。

 

そして、その改良の成果は、リアルタイムでシンジ少年とのコミュニケーションに反映される。

 

「シンジ君。君はそもそも、どうしてエヴァに乗っているんだい? 君はまだ子供だろう?」

「僕は、僕は父さんに呼ばれて、それで、えっと、サキエルが来て……」

「そうか。あの時エヴァに乗って居たのは君だったのか。……それは悪い事をした。……僕のことが怖いかい?」

「怖かった……でも、えっと……今は……」

 

そんな会話を交わしつつもサキエルはシンジを膝に座らせて、優しくその頭を撫でながら、いつのまにか安楽椅子に変わったパイプ椅子をゆっくりと揺らしてやる。

 

————シンジ自身は気づいて居ない事だが、今の彼の身体は幼児のそれへと回帰して居た。

 

母性や父性に飢えた幼いシンジの意識が、表層に現れているのだ。そして、剥き出しのその『甘えたがり』な心を、サキエルはゆっくりと『甘やかす』。

 

ヒトは誰しも、子供の心の外側に、殻を被って大人になる。だが、その殻の内側でヒトが求め続けるのは、無償にして無尽の愛を注いでくれる、『保護者』なのだ。

 

それは、ヒトの欠けた魂が、自らの空虚を埋めようとするが故のこと。だが、ヒトの親はヒトであり、その魂もまた子と同じように欠けている。

 

故にこそ、魂同士の接触において、シンジがサキエルに言いようもない安堵を感じたのは無理もない事なのだ。

 

巨大で、完全な、無欠の魂に保護される安心感。圧倒的上位者の庇護というのは、甘美なるものなのだ。長いモノに巻かれたい、寄るなら大樹の影がいい。そう感じてしまうのは、ヒトの本能なのだから。

 

だが、その時間も長くは続かない。外部でリツコたちが試験を止めようとしているのか、シンジとの繋がりが急速に薄れ始めたのだ。

 

「えっ、そんな、待ってよ、僕、戻りたくない……まだ、まだもっと此処にいたいのに……!」

「大丈夫さシンジ君。君が望むなら、必ずまた会えるよ。僕はこの湖にしばらく居るからね。……それに、きっと、現実の世界にも良いことはあるとも。……今度はお友達と一緒においで。あの白い女の子は、君の仲間なんだろう?」

「えっと、綾波……?」

「きっとその綾波さんだ。……ふふ、心配しなくていい。この心の世界ならきっと、普段より上手く話せるさ。僕も手伝うからね」

「……あの、その、サキエルさん、えっと、また!」

「ああ。また会おう、碇シンジくん」

 

その言葉を交わした直後、完全にシンジとの繋がりが絶たれた事を確認したサキエルは、自身の心象アバターの肩をゴキゴキと回して、恐ろしく平坦な声でつぶやいた。

 

「演技というのも中々重労働だな。演算負荷が高い。……だが、理解した。汎用ヒト型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。父たるアダムと母たるリリスの複製。……そんなモノにヒトの魂を食わせて、やる事など一つだろう。……ヒトめ、完全生物になるつもりだろうが、そうはさせん。私は無限に生きて居たいのだ。アンチATフィールドの奔流で溶けて消えるなど冗談ではないぞ。……となるとやはり、パイロットのデストルドーを取り除いてやらねば。……難しいが、これもまた戦い。頑張らねばな」

 

新たに得た情報から、そう行動指針を掲げたサキエルは、使徒撃滅とエヴァパイロットのメンタルケアを同列の課題に掲げることに決めて、今後の計画を練り始める。

 

自己保身全開のその思考回路は、今日も実に勤勉に、生存戦略を組み立てるのであった。

ところでこのお話のヒロインなんですが

  • LAS(ラブラブアスカシンジ)こそ至高。
  • カヲシンは乙女の嗜み。
  • LRS(ラブラブレイシンジ)こそ究極。
  • 全員サキエルが抱く。

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