【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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瓜二つ

やはり端末を作ったのは正解だったな、そう考えつつ、湖底でのんびりと寛ぐサキエルは、新たに手に入れた『インターネット接続』で、莫大な情報を貪っていた。

 

第5使徒ラミエルを仕留めて以降とりあえず使徒が来そうな雰囲気もなく、さりとてサキエルが居座っているので戒厳令は解除できない。そんなネルフの悩みも知らず、自己研鑽に励む日々。

 

というか、使徒の気配が無い以上サキエル本体も暇なわけで、自己研鑽しかやることがないのである。

 

であれば当然、その時間をより効果的に利用するべく、サキエルは中目標②こと『パイロットのメンタルケア工作』を推し進める事となるのだ。

 

 

* * * * * *

 

 

そして、現在。サキエル端末はいとも簡単に、綾波レイの家に上がり込んでいた。

 

————鍵もなければ監視カメラも無い廃墟に少女が独りぼっちというのは随分と不健全に思えるが、良いのだろうか?

 

などと他人事ながらサキエルが心配をしてしまうほどに、綾波レイの暮らす建物は貧相だ。部屋の主がシャワーを浴びている隙に、こうしてサキエルが上がり込んで居られるのがその証左である。

 

レイが実はうっかりさんで鍵をかけ忘れていたのでは? と思って内鍵のつまみを掴んだら、ぽろりと取れてしまった、と言えば、深刻さが察せられるだろうか。

 

そして、ガラリとシャワー室の戸を開けて現れた綾波レイに、サキエルは努めて気安く声をかけた。

 

「やあ、久しぶりだね。レイちゃん」

「……第3使徒?」

「……驚いた。ずいぶん鋭いね」

 

————さすがはリリスだ。

 

そう考えてしまう通り、サキエルは綾波レイの正体を察していた。というより、彼女を見ていたからこそ、この人型端末を思い付いたと言っても過言では無い。

 

身体は人間、中身は使徒。そんなこの少女にとっての『メンタルケア』というのは、シンジ少年とは別種の手法が必要だ。

 

「……戦いに来たの?」

「だったらとうに戦ってるよ」

「じゃあ何故来たの?」

「君に逢いに」

「どうして?」

「レイちゃん、いや、リリス。人に混ざって暮らす君に興味があって来たんだけど……。混ざれてる? 随分と寂しい部屋な気がするんだけれど」

「必要無いもの」

「そうかな。僕は、君には楽しく暮らして欲しいんだけどね」

「どうして?」

「君も僕も、ヒトを模倣するのなら。ヒトを知るのは決して悪い事じゃ無いだろう?」

「ヒト……」

「というわけでだ。レイちゃん、ちょっとデートしよう。人間っぽいコト、してみない? どうせ暇でしょ?」

 

さしあたっては、ナンパから。

 

サキエルのその提案に対し、コクリと頷いたレイを着替えさせ、サキエルはうら若き少女の手を引いて、街へと繰り出していく。だが、造形が似通っている事もあり、周囲から見れば少女を連れたナンパ師というよりはレイの兄姉と言ったような印象だ。

 

「とりあえず、服屋だねえ……」

「……服は着ているわ」

「それどう見ても学生服じゃないか」

「服は服だもの、問題ないわ」

「いや、あるからね? 制服を着るのは学校に行く時ぐらいで良いんだよ」

 

そう呟いて苦笑するサキエルと首を傾げるレイ。自分より余程人外めいている少女を、どうにか人間らしくするべく、サキエルは今日一日、綾波レイを連れ回す事を決意する。

 

————無論、ネルフ保安部が出張ってくることは織り込み済み。サキエルは今日この日の為に、新たなATフィールドの活用法を提げてきている。

 

『認識はされるが記憶される事を拒む』というややこしいそれは、レイとサキエルの事を目撃しても、それを覚えていられなくなるというものだ。

 

人間は他人を割と『雰囲気』で覚えている生き物。それは他者の魂をうっすらと本能で理解しているが故なのである。ATフィールドで魂を隠してやれば、『印象がさっぱり無い』状態になり、覚えられなくなる、という仕組みだ。

 

ちなみに、これに加えて監視カメラなどを欺く為に、サキエルはシンプルかつえげつない手法を取っている。仕事は単純。超感覚で監視カメラを探知して、ラミエルからパクった電気制御能力で電源ケーブルに高電流を注入。大元の監視カメラ制御装置や記録装置を丸ごと焼き切る。

 

この時にポイントとなるのは、芦ノ湖に居る本体も使って第3新東京市内のあらゆる地点でこの監視カメラ破壊工作を実行する事だ。

 

これにより、カメラが破損した順番で足取りを追う、などの手法をも封殺しているのである。

 

そうして、堂々と服屋にやってきたサキエルとレイは、店員を1人『印象阻害』の対象から除外して、レイの服選びを開始していた。

 

この店員、がっつりネルフ購買部の人間なのだが、地上の街に配属されている人員は末端も末端。ネルフの本質的な情報は知り得ず、それ故にレイを『知らなかった』ので対象に選ばれたのである。軽くATフィールドで干渉して記憶を覗いたので間違いない。

 

「あらあらまあまあ! ご姉妹ですか? お二人共すごくお綺麗ですね!」

「……姉妹じゃ無いわ」

「ああ、すいません。照れてるんですよこの子。従姉妹なんですけど、久々に会いにきたら私服持ってないって言い出して。ちょっと不器用な子なんです。……それで、せっかくだから従姉妹同士お揃いの服を探してるんですけど、どういうのが良いですか? 予算はそれぞれ1万ずつくらいで。……ただ、私ちょっとその、セカンドインパクトの時の怪我が残ってて、出来るだけ肌を隠したいんですが……」

「なるほど、それでハイネックをお召しなんですね。そういう事でしたら、襟のある長袖を前提として、お二人のイメージに似合うものを……」

 

なんてやりとりでざっくり店員にお任せしてしばし。サキエルとレイが手に入れたのは、薄い水色のクラシカルワンピースと黒タイツだ。

 

『試着室で着て行くのでタグを外して下さい』を発動して既に装着済み。並んで歩くその姿は、まさに美少女姉妹と言うべき麗しいものである。

 

「レイちゃんでもワンピースなら着れるし、いい買い物だったね」

「……わからない。服は服じゃないの?」

「こういうのは『普段着』や『私服』っていうのさ。ヒトはATフィールドを切り替える代わりに、服を着込んで自身の心を守っている。僕らには馴染みが薄いけど、ヒト用ATフィールドだと思うといい。学校や公式の場では制服。それ以外はこのワンピースを着れば、『心の壁』になってくれるよ」

「……そういうもの?」

「そういうものさ」

「貴方、物知りなのね」

「ふふふ。こう見えて勉強家なんだよ僕は。……そういえば、レイちゃん学校は?」

「貴方が最初に来た時に校舎を壊したから休校になってるわ」

「それは悪かった」

「そうね」

「……なんかちょっと嬉しそうな雰囲気だね」

「学校、嫌いだもの」

「どうして」

「勉強、わからないから」

「……中学生レベルなら教えてあげられると思うよ」

 

そんな会話を交わしつつ、2人が次に向かったのはスーパーマーケットだった。

 

「レイちゃん、あの部屋見た感じ、まともなご飯食べてないでしょ」

「栄養剤は赤木博士がくれるわ」

「ご飯どころか餌以下じゃないかなそれ。……じゃあ今日は、食材と食器と調理器具を買って、何か作るとしよう。……レイちゃん、食べ物の好き嫌いは?」

「お肉は嫌い」

「じゃあ肉を使わない方向で……。うん、今夜はお鍋だね」

「お鍋? 鍋は食べられないわ。鉄だもの」

「その返しはちょっと予想外かなぁ……。鍋料理という調理法があってね……」

 

そんな会話を交わして食材を買い込むサキエルとレイ。そんな2人に、声をかけるものが居た。

 

無論、その存在にサキエルがいち早く気付き、印象阻害の効果範囲外に設定すると同時に、印象阻害効果を付与したが故なのだが。

 

 

「————えっ!? 綾波!?!!?」

「碇くん?」

「ん? おや、シンジ君じゃないか。まさかこんなところで会うとは」

「サ、サキエル!?」

「やあ。僕だよ。……シンジ君も夕食の準備かい?」

「えっと、うん。今日はミサトさん遅くなるからって。だからカップ麺でも……」

「じゃあシンジ君、お鍋食べに来ない? レイちゃんの家で」

「えっ、あの……綾波が良いなら」

「問題ないわ」

「やったねシンジ君。……ところで、さっき随分驚いて居たみたいだけど、レイちゃんが出歩くのはそんなに驚く事かい?」

「えっと、その、いや……おしゃれしてたから、びっくりして」

「それはつまり、レイちゃんが可愛くてびっくりしたと」

「えーっと、その、はい、ごめんなさい」

「ははは、なんで謝るのさ。よかったねレイちゃん。びっくりするほど可愛いってさ」

 

そう告げるサキエルに対し、頬を染めるシンジとレイ。「何を言うのよ」などと言ってモジモジしているレイは、今日1番感情豊かに見えると言っても過言ではないだろう。

 

しかし、その光景を見てふと、サキエルは違和感を覚え————その原因に思い当たって、努めて平静に、2人に声を掛けた。

 

「ちょうど、2人には聞きたい事もあったんだ。続きはお鍋をつつきながらにしよう」

 

そう告げるサキエルに了承を返すシンジとレイ。その顔立ちは、サキエルから見るとやはり。

 

————あまりにも似通いすぎていた。




セブンとちゃぶ台を囲むメトロン星人的な回なのでウルトラマン大好きな庵野監督公認といっても過言ではある。

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