ヒトとヒトのシンクロは、元来不可能だ。ヒトの身体はATフィールドを自在に操る程のエネルギーを有していない。精々が、魂の器として肉の身体を保つのが精一杯である。
それを克服するには、使徒の身体を利用するか、或いは強大な魂を宿すか。
前者の代表例はエヴァンゲリオンだろう。使徒の身体にヒトの魂。魂が脆弱でも、準完全生物としての規格外の肉体が、ATフィールドの出力を可能とする。
そして後者の代表例は綾波レイ。リリスの魂を持つ少女だ。サキエル達使徒を生み出した始祖がアダムならば、それ以外の全生命の始祖がリリスである。アダムと同格の魂を宿す彼女ならば、ATフィールドを自由に操る事も可能……な筈なのだが、彼女の場合はその肉体が余りにも脆弱すぎるのだ。宿しているのがリリスの魂でなければ、培養液の中以外では生きられないと断言できる。
つまり、レイは強大な魂の力を殆ど生存の為に使用する必要がある為に、ヒトの域を脱せていないのである。
では、ここで冒頭の話に戻ろう。ヒトとヒトのシンクロは不可能。故にヒトは分かり合う事もなく相争うのだ。
親しい友人であれ、家族であれ、究極的には『分かったつもり』にしかなれないのがヒトという生き物の限界なのである。
だが。ATフィールドの操作に長けた使徒が協力するのならば。
ヒトとヒトとのシンクロは夢物語ではなくなるのである。
* * * * * *
暗い空間に、スポットライトに照らされた椅子。それが碇シンジという少年の余りに寂しい心象風景。だが、この日、スポットライトが照らすのは、三者三様な「心のカタチ」であった。
綾波レイは手術台に腰掛け、サキエルはただ立つのみ。しかし、直後その光景は、3つのソファーが向かい合う、ちょっとした個室へと変化した。
「ナチュラルに心を触れ合わせるのも良いけど、今日は話をする為にシンクロしているからね。ザッとこんな感じでどうかな?」
そう言って率先してソファに腰掛けたサキエルは、レイとシンジの着席を確認すると言葉を紡ぐ。
「シンジ君とレイちゃんが兄妹だ、という話なんだけどね。アレはまぁ、正確にはもう少し込み入った話になるんだ」
「……父さんの不倫とか?」
「いや、シンジ君。僕が君のお父さんの不倫を知っていると思うかい? 会ったことすらないんだよ? 僕にわかるのは、シンジ君とレイちゃんの遺伝子の異様な近似性だ。遺伝子多型の合致率50%、これは親子のそれと同じレベルだよ。あ、遺伝子サンプルは2人の抜け毛だから、別に血を抜いたりはしてないよ?」
父親への信頼感ゼロなシンジ君の予想に対し、そう告げたサキエル。だがそれに疑問を呈したのは、もう1人の当事者である綾波レイだ。
「私と碇君は親子じゃないわ。私、産めない身体だもの」
「……綾波、それって、その」
聞いてはいけない言葉を聞いてしまった。そんな表情でしばし沈黙するシンジ。
母でないのは承知の事。だが、産めない身体というニュアンスは、何らかの病気を示唆しているようにしか受け取れない。言葉を言い淀むのも当然である。
そんな微妙な空気の中で、話の続きを切り出したのはサキエルだ。
「まぁ、レイちゃんは病弱だからね。……さてシンジ君。親と同じレベルで遺伝子が一致していて、病弱な女の子がいるとしよう。そして君には妹や姉がいた記憶なんて全くない。……君ならその正体はなんだと思う?」
「……クローン?」
「素晴らしい。僕もそう思っているんだよシンジ君。綾波レイ、レイちゃんは、君のお母さんのクローンだ。……どうかな、レイちゃん。君の事について少し教えてあげても良いと思うんだけど。彼には知る権利があると思わないかな?」
「……そうね。……碇君。私は死んでも代わりがいるのよ。血を流さない女。培養液の中の無数の身体。それが私。……でも、碇君のお母さんのクローンなのは、知らなかった」
「……そっか。……それで父さんは、綾波に優しいのかな」
「碇司令はいつも……私じゃなくて、私を見ながら、誰かの事を考えていたわ。きっと、碇君のお母さんね」
互いの認識する情報をすり合わせる程に確度を増す『綾波レイ、碇ユイのクローン説』。シンジとレイの両名が動揺しつつも『本当かもしれない』と思ってしまうその説に対して、サキエルは更に踏み込んだ自説を投下する。
「シンジ君、レイちゃん。エヴァンゲリオン初号機は君たちにシンクロできる。この原因はなんだと思う?」
「え? いや、そんなのわからな……。あー、兄妹だからなのかな……?」
「うん。じゃあ、何故兄妹だとシンクロできるんだろう?」
「……碇君のお母さんがエヴァに関係しているの?」
「そうだねレイちゃん。僕はそう思っている。今こうして僕が君達2人のシンクロを手伝っているみたいに、シンクロというのは、『協力しないとできない』ものなんだ。つまり、エヴァンゲリオンには君達に協力してくれる誰かの魂が組み込まれている。ならばそれは君達に近しい人ではないか、とね」
論理的に述べられたそれは『エヴァンゲリオン初号機碇ユイ説』とでも言うべきもの。サキエルが、シンジとレイの記憶から演算し、演繹したその説は、シンジとレイが『受け入れざるを得ない』と思ってしまうほどの説得力を帯びていた。
「母さんが、エヴァに……?」
「碇君のお母さん。私のオリジナル……」
「サキエル、それって、父さんの————」
「いや、シンジ君の生い立ちを聞く限り、故意ではなく事故だと僕は予想している。レイちゃんはおそらく、シンジ君のお母さんの魂がエヴァンゲリオンに取り込まれた後の抜け殻がベースになっている筈だ。……レイちゃんの魂の性質からして、そこで『入れ変わった』可能性が高いからね」
「……そうね」
「……魂の性質?」
「こればっかりは僕の口で説明するよりは、シンジ君とレイちゃんがシンクロする方が早い。2人さえ良ければ、魂を触れ合わせてみれば良いんじゃないかな?」
「え、サキエル、魂を触れ合わせろって言われても……」
どうするんだろう? と顔に書いてあるシンジに対して、やはり魂には心得があるのか、レイの行動は早い。椅子から立ち上がると、シンジを抱きしめようとして……顔を真っ赤にしたシンジに肩を掴まれて制止された。
「こう?」
「ちょっと綾波!? 近い! えっ!? こういうことなのサキエル!?」
「そうだね。そのままレイちゃんのハグを受け入れてあげればシンクロできる筈だよ。この場の君達は魂の状態にあるんだから」
「えっ、えっ、うあ、いや、いやいやいや……それは、その」
「碇君は私とシンクロしたくないの?」
「いや、そういうわけじゃないけど、恥ずかしいというか……」
「そう。……碇君の、ATフィールドなのねそれが」
レイがそう告げた直後、シンジの中の拒絶の意思が、急激に萎んで、レイを制止していた力が抜ける。
「ちょっ、綾波……!?」
互いの魂が強く重なり合い、深いシンクロ状態に移行するその最中。
シンジの最後の表層意識は、『おっぱい、おっぱい当たってるから!? だめだいい匂いするし! うわあああ!?!!?』という随分と思春期らしいものだった。