【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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舐犢の愛

————レイ。綾波レイ。今の私。ファーストチルドレン。……碇君の、妹?

 

————シンジ。碇シンジ。サードチルドレン。……綾波の兄?

 

互いのそんな声が響く中、融合した2人の意識は、お互いの過去に潜って行く。

 

2人の共有する、サキエル襲来までの記憶を共に遡り、その後に現れたのは、零号機が暴れ狂う光景だ。

 

————エヴァ零号機。もう1人の私。綾波レイ。1人目の綾波レイ。

 

————1人目の綾波? クローン?

 

————そう、私は2人目の綾波レイ。

 

————綾波は、何人も居るの?

 

————私の魂は、死んだら他の身体に移されるの。綾波レイは、死なないパイロットだから。私が死んでも、代わりがいるの。

 

————それは、その、僕は違うと思う。綾波は綾波だよ。クローンでも。代わりがいても。

 

————そうね。だから、1人目の綾波レイの魂の欠片が、エヴァに入ってしまった。2人目の私が置いてきた1人目の綾波レイが。

 

画面が目まぐるしく切り替わり、次に現れた光景は、狭い物置のような部屋で、1人食事を摂るシンジだった。

 

————先生の所だ。……見られるのは嫌だな。

 

————どうして?

 

————嫌われるから。親に捨てられた孤児だって。

 

————私は嫌わないわ。碇君と私は今、同じだもの。碇君の心。私の心。一つに重なっているのよ。

 

————そうだね。綾波の心、優しい感じがする。

 

————碇君も。ポカポカしてる。

 

場面は更に深く潜り、泣いている幼いシンジを映し出す。だが、シンジはこの時初めて、その時見ていた父の顔を客観的に見ることができていた。

 

————父さん、やつれてる。……母さんはやっぱり、事故だったのかな。

 

————碇君。

 

————綾波?

 

————その答えは私の魂の中にあるわ。……もっと深く、魂を重ねて。もっと奥に……。

 

————暖かい。

 

————ええ、暖かい。

 

 

* * * * * *

 

 

深く、深く。

 

融合したシンジとレイの魂は混ざり合い、その原初の記憶へと潜って行く。

 

次に認識したのは、茶髪の女性を見下ろす光景。余りに小さく見えるそれは、自身が巨大なのだとシンジとレイに自覚させる。

 

視線を動かせば、真新しい管制塔のガラスの向こうに、茶髪の女性に向けて手を振る幼児。

 

ああ、アレは幼い碇シンジなのだと理解した瞬間、この場を補完するように、シンジの奥底に眠る記憶も開いて行く。

 

茶髪の女性、碇ユイによるエヴァ初号機の初起動実験。その際に、碇ユイはエヴァ初号機に取り込まれ、サルベージ作戦を実施した結果、綾波レイが世に生まれ落ちた。

 

その過程で、レイに宿っていた魂。エヴァ初号機に碇ユイが乗り移った事で弾き出されたそれは、即ち————。

 

 

* * * * * *

 

 

「……!」

「大丈夫? 碇君」

「おかえり、シンジ君。レイちゃんにまつわる真実は理解できたかな?」

「えっと、綾波は、エヴァ……?」

「そう。正確には、エヴァ初号機の元になった第2使徒リリスの魂を持つ少女。それがレイちゃんだ。故にまあ、エヴァと碇ユイの血を受け継ぐ子供と言っても良いだろうね。つまり、シンジ君にとっては……種違いの妹とでも言えばいいかな? ————と、これが『込み入った話』の全容なんだけど、どうだろう、ついて来れたかな?」

「……えっと、まだしっかりとは飲み込めてないけど……僕の事も、綾波の事も、よくわかった気がする……」

「……碇君は私が怖い?」

「ううん。怖くない。魂が使徒でも、身体がクローンでも。綾波は、さっき僕とシンクロしてくれた、暖かい心の女の子だから」

「……そう」

「うん。……そうだ、綾波。じゃなくて、えっと、レイ。僕たちは、その、兄妹なんだし。苗字じゃなくて、その、名前で話さない?」

「そうね————。でもシンジ君だと赤木博士やサキエルと、シンちゃんだと葛城一尉と被るわ」

「……そこ気にするタイプなんだ、レイって」

「せっかくだもの」

「ならもう呼び捨てで良いんじゃないかな?」

「そう? ならそうするわ。シンジ」

 

シンクロが解除され、綾波レイの自室に意識が戻ってきたレイとシンジ。

 

随分と仲が良くなった2人の会話を眺める一方で、サキエルの頭脳は冷静にこの状況を評価していた。

 

シンジとレイは自覚的ではないが、彼らのシンクロはサキエルが中継している以上、その内容はサキエルに筒抜けである。

 

それは、ハイライト以外の部分も同様だ。

 

特にレイの記憶は得るものが多く、ジオフロント内のネルフの構造を大方把握できたのは実に嬉しい。

 

一方でシンジに関しては、エヴァンゲリオンが母親であると認識した結果がどうなるのか、経過観察をするべきだろう。

 

それに伴い重要となるのは碇ゲンドウとの関係だ。うまく誘導して情報を引き出す手もあるが、他者を介して他者に干渉するなどという回りくどい手は、それによって不測の事態を引き起こす可能性の方が高いだろう。

 

今回の介入により得られた成果は、シンジとレイの関係性改善と精神バランスの改善。そして『ヒト同士のシンクロ』による小規模な『魂の補完』だろうか。

 

興味深い事に、シンジが持つ欠けた魂は、レイとのシンクロによって少しばかり成長している。

 

————ヒトの持つ欠けた魂とその可能性。

 

少しばかり興味はある。だがそれよりも重要なのは、じっくりねっとり、舐め回すようにヒトの魂を解析できた事だろうか。

 

ほぼ完璧に解析し尽くした知恵の果実の欠片。サキエルはそれを基に、自身の思考システムを更に高度に、更に複雑に発展させて行く。

 

だが、今は頭を動かすよりも、やるべき事があった。

 

「さて、シンジ君、レイちゃん、難しい話は終わりだ。あとは食器を片付けて、寝るとしようか」

 

そう。話が済んだ以上、あとは宿泊によるパイロットの相互交流の続きである。メンタルケアという目的の上で、気心の知れた仲間の存在は重要だ。サキエルとしては心のシンクロだけでなく、

 

「えっと、あやな————レイの家って、予備の布団とかベッドは」

「? ないわ」

「え、じゃあ僕どうすれば良いのさ」

「シンジも一緒に寝れば良いわ。ベッド、大きいもの」

「セミダブルサイズだからまあ、詰めれば3人寝れるんじゃないだろうか。シンジ君は嫌かい?」

「い、嫌というか、2人は嫌じゃないの? 僕、一応その、男なんだけど」

「別に」

「僕に至っては性別が無いからね。……まあシンジ君に配慮して、レイちゃん、僕、シンジ君の順で川の字になるのはどうだろうか?」

 

なんてやりとりの後、順番にシャワーを浴びて、就寝するレイ達。

 

誰かと身を寄せ合って眠る経験のない2人にとって、その経験は心のどこかで渇望していた『ヒトの温もり』を味わうには十分で。

 

寝相でサキエルにギュッと抱きついたのも、そんな心の現れなのだろう。だがプラグスーツ風に偽装したサキエルの肉体はゴム質な質感故に余り抱き心地はよろしくない。

 

それに配慮してか、サキエルは『入手したヒトゲノム』を参考に、肉体を改めて人間のそれに組み変えた。無論、その強度は人間とは全く異なり、柔らかでありながらナイフも銃弾も貫通しない。

だが抱きつく分には、ヒトのそれと全く変わりない質感と言えるだろう。

 

その出来栄えに満足したサキエルは、抱きつく2人を優しくその胸に抱いて、頭をそっと撫でてやる。と同時に、無防備なそのATフィールドにそっと干渉し、2人の夢を覗き込む。

 

そのどちらもが、夢見ているのは朧げなイメージ。大きなヒトに抱かれる子供としての夢。シンジはともかく産まれがヒトとは異なるレイまで同様の夢を見ているのは、シンジとのシンクロ経験が影響しているのかもしれない。

 

そして、サキエルはその夢に干渉する。『親』の位置に自身の姿を投射し、サキエルが赤子の2人に乳を吸わせてやる夢へと書き換えたのだ。

 

母性への渇望をハッキングするその手法は、実に狡猾。現実の2人の肉体が口をモゾモゾしているところに本当に乳を含ませてやるのだから、実に手が込んでいる。

 

エヴァンゲリオンパイロットの精神に根を張るサキエルの作戦は、極めて順調に推移しているのだった。

 

 

 

————なお、翌朝目覚めた2人が、自分がサキエルの胸に吸い付いているのを理解して大いに困惑し、赤面したのは余談である。


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