【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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反間苦肉

「また君に借りができたな……」

『返すつもりも無いんでしょう? ————彼らが情報公開法をタテに迫っていた資料ですが、ダミーも混ぜてあしらっておきました。政府は裏で法的整備を進めていますが、近日中に頓挫の予定です。で、どうです? 例の計画のほうもこっちで手を打ちましょうか?』

 

ネルフの総司令室。天井にも床にも怪しげな紋様が描かれたその場所で、碇ゲンドウは『ある男』と連絡をとっていた。

 

「いや、君の資料を見る限り問題はなかろう。————しかし。君には会場でルイス・秋江と名乗る男に接触してもらいたい」

『ほう。あの成金の? 確かに怪しげな男ですがまたまたどうしてです?』

「……我々のシナリオを揺るがしかねん男だ」

『なるほど、そいつは随分とまた厄介そうだ。……それ以外は予定通りで?』

「ああ」

『では、シナリオ通りに』

 

そんな会話の後、受話器を置いたゲンドウは、ポツリと疲れたような呟きを零した。

 

「……シナリオ通りに、か」

 

その苦悩の矛先が何であるかは、言うまでもない。

 

 

* * * * * *

 

 

一方その頃。父の苦悩の根源と同衾したり食事を共にしている碇シンジ少年は、同居人である葛城ミサトの醜態に苦悩していた。

 

「ミサトさーん? 何で朝からビール開けてるんですか?」

「げ、シンちゃん……」

「今日非番でしたっけ?」

「いやー、たはは、迎え酒的な……?」

「はぁ……」

 

以前の余裕のないシンジであれば、ブチ切れていただろう。食事当番である事を忘れて朝酒となれば、まぁ普通ルームメイトならキレる権利はあると言える。

 

だが今のシンジは「仕方ないなあ、この人は」と苦笑するにとどめ、インスタントのしじみ汁に湯を入れて、ミサトの前に置いてやる余裕すらあった。

 

「あらシンちゃん優しいわね」

「『ミサトの保護者として頑張ってねシンジ君』ってリツコさんにも頼まれてるのでこれぐらいは……」

「うぐ……」

 

更には皮肉すら言って見せるその姿は、大人の余裕めいたものすら感じさせる。

 

(……やっぱり、お泊まりでレイとヤっちゃったのかしらシンちゃん。明らかに一皮剥けちゃってるし……それに————)

「じゃあミサトさん、僕はレイを迎えに行ってから先にネルフに行きます。今日は食事当番だったんですから、お弁当がコンビニ弁当なのは我慢してください」

(シンちゃんもレイも下の名前で呼び捨てしてるのよねえ。それに、レイも『女の子らしい部屋が欲しいの』なんて言っちゃってこっちに引っ越してきたし。……いやまあコンクリ打ちっぱなしの部屋が嫌なのはアタシも分かるけど、多分シンちゃんを部屋にあげた時に恥ずかしかったのよね、レイは……あーあ、若いって良いわね)

「ミサトさん?」

「あ、ごみん。いってらっしゃいシンちゃん」

「行ってきます」

 

かくして、葛城家の平穏な日常は、ミサトの少しの勘違いと共に続いていく。

 

実際にはシンジもレイも貞操は守っているし、彼が大人びたのは別の要因だ。

 

葛城家を出て、2つ階を降りた先の綾波家に移動したシンジは、レイから渡されている合鍵で扉を開くと勝手知ったる同じ間取りのその場所へと足を踏み入れる。

 

玄関から続くダイニングキッチンの扉を開けば、ダイニングテーブルに肘をついて本を読むレイと目があった。今日の彼女の装いは、ボートネックの白襟が映える青のワンピース。最近私服を着るようになったレイは、ネルフ職員からも可愛らしいと好評だ。

 

「おはようレイ、迎えに来たよ」

「おはよう、シンジ。……朝ごはん食べた?」

「いやまだ。レイは今から?」

「ええ」

 

そう言ってレイが視線を向ける先。キッチンに立つのは、ワイシャツとジーンズをラフに着崩してエプロンをかけたサキエルだ。

 

このマンション、コンフォート17はネルフの官舎であり、そのセキュリティは大変厳重なのだが、全ての電子記録を誤魔化し続ける事で、サキエルはこのマンションに住み着く事に成功していた。

 

その目的は当然、レイとシンジのメンタルケア。同じマンションの2階上ぐらいなら余裕でシンクロ干渉が可能なので、シンジが在宅中ならいつでもシンクロが可能なのである。

 

「はい、フレンチトーストとシーザーサラダ2人前。シンジ君も食べていくだろう?」

「あ、うん。おはようサキエル」

「おはよう」

 

柔らかな微笑みと、美味しそうな朝ごはんの香り。実に『お母さん的』に振る舞うサキエルのその姿にレイとシンジはすっかり順応し、懐いてしまっている。

 

それは夢への干渉や様々な現実での心理誘導によって生み出された作為的なものだが、それに気付けというのは難しいだろう。

 

もちろん、別にフレンチトーストに毒が入っていたりはしない。だが、それを食べている隙だらけの心には、甘い甘い母性愛のカタチをした毒が流し込まれているのだ。

 

そんな、誰も不幸にならない洗脳の朝食を経て、ネルフに出勤していくレイとシンジ。彼らを送り出し、全ての片付けを終えたサキエルは、スーツに着替えて旧東京へと移動を開始する。

 

日本重化学工業共同体の新兵器お披露目会。今日はその当日なのである。

 

 

* * * * * *

 

 

『エヴァ初号機、シンクロ率97.2%で安定』

『同じくエヴァ零号機、シンクロ率89.7%で安定』

 

オペレーターの声が響く実験用管制室。その中でデータ分析にあたっているマヤとリツコは、思わずその結果に嘆息した。

 

「……すごい数値ですね先輩。2人ともここ最近、急に高水準で安定してます」

「……ミサトの冗談が当たったのかしらね? ……使徒へのシンクロ試験の結果だとすれば、レイまで上がっているのが説明できないし……」

「……えっと、葛城一尉が何か言ってたんですか?」

「ええ。2人がセックスしたかもしれないって真面目な顔でね。……でも、定期検診の時にレイの処女は確認済み。ミサトの勘違いだと思うわ。……ただ、夕食を共にして同衾したのは事実みたいだけど」

「健全なお泊まり会って事ですか?」

「そうなるわね」

「となると、やっぱり友達が出来て精神的に安定したって事なんでしょうか?」

「そうね……でもマヤ、友達じゃなく、彼氏彼女かもしれないわよ?」

「え、いや、えええ……?」

「……レイも最近は私服に気を使い始めたようだし」

「あー……だとしたらなんだか甘酸っぱいですね」

「そうね。若さが眩しい————私もそろそろおばさんなのかしら」

「そんな事ないですよ!」

 

そんな軽口を叩きながらキーボードを叩くリツコ。だが、その心中は割と穏やかでは無い。

 

(レイはまだしも、シンジ君の数値は異常そのもの……エヴァとのシンクロ率、その真実を知ってしまったとでもいうの?)

 

そんな危惧と共に、コックピット内のモニター画面を見つめるリツコ。その視線の先には非常に安らかな表情で瞑目し、シンクロに集中するレイとシンジの姿があった。

 

「……そういえば先輩、今日は出張って話でしたけど」

「正午から旧東京で開催の日本重化学工業共同体主催のパフォーマンスにね。10時半に出れば十分に間に合うわ」

「誰か同行されるんですか?」

「ミサトとシンジ君とレイね。……パイロット宛に招待状が届くなんて、諜報部は何をやってるのかしら、全く」

「……影武者とかじゃなくて良いんですか?」

「どうせ写真も流出してるわ。コソコソ隠れるより堂々とした方が守りやすいわよ」

「そういうものなんですかね……気をつけて下さいね、先輩」

「ありがとうマヤ。……じゃあ、出張準備の為にも、実験をテキパキ終わらせましょうか」

 

そう告げて高速でキーボードを叩くリツコ。その表情には、出張に対する彼女の思い——くだらないし面倒くさい——が溢れていたのだった。


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