光輪を頭上に輝かせ、夕暮れの赤い水面へと浮上したサキエルを迎えたのは、国連軍によるN2爆雷投下だった。
炸裂する熱と爆風。だがその全ては、サキエルが頭上に展開した巨大なATフィールドによって防がれる。
そして、サキエルが放った反撃の怪光線が上空の重爆を跡形もなく消しとばし、雲を貫き十字架状の爆炎を炸裂させた。
コレに泡を食ったのは、国連軍だ。N2爆雷が有効であるという一点を頼みにしていた彼らにとって、サキエルがN2爆雷を完封してみせたこの瞬間は、あまりに衝撃的だったのである。
だが、彼らの悪夢はコレで終わらない。
日中の第一次侵攻においては、あくまで反撃のみを行なっていた筈の使徒が、積極的な攻撃を開始したのである。
上空の哨戒機、付近を飛ぶ戦闘機、高高度を舞う管制機、その全てに対し、執拗なまでに光線を照射するその有り様は、昼間とは全く別物だ。
————敵を全て排除した後、侵攻する。
学習の結果、不安要素をとにかく除外するべくひたすらに攻撃を繰り返すサキエル。その結果生み出されるのは、派遣された国連軍の完全壊滅という、地獄めいた惨状だ。
再上陸を阻止すべく沿岸に集結した自走砲や戦車も悉く破壊され、爆炎が山に燃え広がって地上は火の海。サキエルはといえば、その火すら『障害』と見做しているのか、光線によって侵攻方向の地表を吹き飛ばし、土を露出させることで火の手のない『道』を作り出す。
そしてその間も、サキエルは絶えず自身を進化させ続けていた。胸のコアを覆う外殻の形成、夜間に対応するべく、反響定位やレーダー撮影の導入まで行うその様は、ひどく臆病で慎重だ。
そして、その慎重さ故に、人類は類を見ない大打撃を被ったのである。
国連軍第一機甲師団、戦車130両、消滅。
国連軍第一、第二、第三飛行師団、VTOL253機、消滅。
巡洋艦4隻、轟沈。
相模湾から迫るサキエルを迎え撃とうと、水没した旧根府川に展開していた部隊を文字通りに『消し飛ばして』進撃を再開したサキエルは、その双眸から放つ怪光線で大地を焦土に変えながら、目的地たる第三新東京市へと突き進む。
こうなってはもはや、国連軍のメンツもプライドもあったものではなかった。手間隙を掛けて錬成した大部隊が、一瞬にして蒸発したのである。
如何に権力に目が眩んだとて幕僚も軍人。失われた資産の重みをしっかりと理解するが故に、項垂れる彼らは、ネルフへと指揮権を移譲した。
そして、ようやく出番を迎えたネルフは、虎の子の最終兵器、汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン初号機を強羅最終防衛戦に展開し、サキエルを迎え撃つ。
はず、だったのだが。
* * * * * *
遠目に見える、紫色の巨人。自らと同等の体躯を持つその存在に対し、サキエルが覚えたのは恐怖の感情だった。
故に、狙撃した。撃って撃って撃ちまくった。
立ち昇る爆炎、跡形もなく吹き飛んだ周囲一帯。
一方的な猛攻撃によって謎の紫巨人は、呆気なく消し飛んでしまったのではないか。サキエルのそんな淡い期待は、彼自身が進化させた優れた知覚能力によって、否定される。
炎の中で、うごめく何か。そして、雄叫び。
それを聞いた瞬間のサキエルの行動は早かった。光の輪を発生させて、急浮上。要するに、飛んで逃げたのである。
脇目も振らず全速力での退却。その決断は成る程正解。怒り狂う謎の巨人が投げつけてくる電信柱やビルの一部をATフィールドで弾き飛ばしつつ逃げたものの、何度かこちらに向けて跳躍してきた凶悪な紫色は、サキエルの心胆を寒からしめるに充分。
人類の最終兵器は、使徒に対し十二分に有効であることが示されたのである。
* * * * * *
「勝った……な」
「……ああ」
気まずい沈黙。エヴァの暴走を以って使徒の撃退に成功したといえば聞こえは良いかもしれないが、実態は獲物に逃げられた猟師だ。
暴走により自己修復したことで、エヴァの修繕費が軽減されたのは、不幸中の幸い。だが第3新東京市の地上部分は中々の惨状である。
何しろあの使徒は徹底して遠距離からの引き撃ちに努めており、初号機の周囲は執拗に爆撃を受けたのだ。
流石にネルフ本部の外殻を超遠距離から貫通することはなかったとはいえ、兵装ビルの被害は甚大だ。シェルターに避難した住民についても、死者こそ出なかったものの、天井の剥落などで打撲を負ったものも居る。
だが、それよりも重大なのは、サードチルドレンこと碇シンジの容態であった。
エヴァ暴走までの間、全身を灼熱の怪光線に焼かれ続けた彼は、その痛みもさることながら、急激なエントリープラグ温度の上昇による熱中症で、昏睡状態に陥ったのである。
ネルフ本部内の医療棟に緊急搬送され、集中治療室で胃、肺、腸、膀胱への冷却LCL注入による深部体温の強制低下と血液透析によって、なんとか神経や内臓の異常はなかったものの、どう考えても重症である。
プラグスーツの生命維持機能があって、コレなのだ。もし、使徒が一時撤退せず、『学生服のままでエヴァに乗る』などということになっていれば、間違いなく碇シンジは死んでいただろう。
だが、命を拾ったとして、未だ目覚めず、悪夢に魘される彼が再びエヴァに搭乗できるのか?
未だ使徒は健在。にもかかわらず被害は甚大。
幸先の悪い幕開けに、ネルフ本部内の雰囲気は暗くなっていた。
————だが、使徒が人間の都合を考慮する訳もなく。
数日後、ネルフ本部に再び警報が鳴り響く事となる。