【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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浮世の苦楽は壁一重

出張までのエヴァとのシンクロ試験。それに臨んだシンジとレイは、その時間を『大いに楽しんでいた』と言っていいだろう。

 

原因は明白。サキエルの薫陶の賜物だ。

 

いわく、『シンジ君はお母さんにめいいっぱい甘え、レイちゃんはお姉さんにめいいっぱい甘えて来るといい』というもの。

 

それに対して当初は半信半疑だったレイとシンジだが、今となってはその言葉が真実であると確信していた。

 

LCLという生命の海の中、エヴァという巨大な人造人間に浮かぶパイロットは、言うなれば胎児のようなもの。

 

母胎であるエヴァと、その中に封じられた母や姉の魂に対して甘えるのは『胎児』としては実に自然な行動であり、特に母と子の関係であるエヴァ初号機とシンジは完璧なシンクロを実現できたのである。

 

一方レイの方は、最終的に「姉妹で抱きしめあっているイメージ」で落ち着いたらしく「母の胎内に回帰したイメージ」のシンジよりはシンクロ率は低いものの、それでも驚異的なシンクロ率を叩き出している。

 

そして、エヴァとの深いシンクロは、エヴァに封じられた魂との対話に繋がる。

 

もちろんそれは、言語によるものではないが、シンジやレイが思念を投げ掛ければ、エヴァからも朧げながら思念が返ってくる。

 

そうなれば、エヴァに乗ることはシンジにとっては「母との面会」、レイにとっては「始まりの綾波レイとの再会」となる。楽しくないわけがなかった。

 

例えばシンジが『父に捨てられた事実』を語れば『悔恨』や『謝罪』のイメージが。

 

レイが『初めて食べたフレンチトーストの味』を語れば『興味』と『羨望』のイメージが。

 

高レベルのシンクロが齎すそのやりとりは、エヴァとパイロットの結びつきを一層強固にし、じわじわとシンクロ率が向上する。

 

結果、今やシンジとレイは、エヴァを意のままに操ることが可能となっていた。まさに人馬一体ならぬ人機一体。エヴァサイズのモノさえあれば、エヴァンゲリオンでチェロが弾けるとはシンジの弁である。

 

だが、そんなシンジとレイの『エヴァとの楽しいおしゃべり』は、予定通り10時半で切り上げられた。

 

リツコから支給された『ネルフ制服Sサイズ』に袖を通した2人は合流したミサトも含めた4人でVTOLに搭乗し、一路旧東京へと足を運ぶ事と相なったのである。

 

 

* * * * * *

 

 

一方その頃。対外的な『お披露目会』に先んじて行われた日本重化学工業共同体内部での顔合わせにおいて、サキエル————もとい『東京リアクター工業株式会社・代表取締役社長』の『ルイス・秋江』はその場に居合わせた各社開発職、技術職の度肝を抜いていた。

 

と、いうのも、『技術はあるがいかんせんエンジニアばっかりで経理が弱い影響で経営の若干傾いた東京リアクター工業を、札束で叩いてお買い上げした成金野郎』という認識だったはずのその青年が、尋常ならざる知識の持ち主だったからである。

 

————今回は二足歩行とのことですが、バランサーは何をお使いに? なるほど、パッシブジャイロスタビライザーですか。ですがあの巨体でジャイロ制御はエネルギーの無駄食いではありませんか? それよりは3軸リアクションホイールによる作用反作用の法則を利用したアクティブ制御の方が安定するかと思いますよ?

 

————炉心が原子炉? なるほど確かに安価で長寿命でパワフルですね。しかしあまりに危険です。弊社にお任せくだされば、より高性能な水冷式N2リアクターを納入させていただきますよ? 上半身に搭載された制御棒や隔壁を随分減らせるはずですので、重心安定性にも寄与するかと。

 

————ところで外装の素材は? なるほどチタニウム合金ですか。軽量で強靭。悪くはないのでしょうが個人的にはFRPとセラミックの合板などおすすめですね。金属系の材料はいかんせんユゴニオ限界の面でセラミックに劣ります。苛烈な使徒の攻撃には不利といえましょう。しかし一方でセラミックは脆い。そこでその脆性を繊維強化プラスチック————すなわちFRPの柔軟性でカバーするという発想ですね。

 

などなど。開発職の話題に余裕で食い付くその知識量は、どう考えても本職のエンジニアのそれなのである。

 

だがまあ、それでも結局は、ルイス・秋江の評価は『少なくとも馬鹿ではないようだ』で止まっている。むしろ、ここは発表会の前の僅かな時間で『成金素人』のレッテルを剥がせたサキエルを褒めるべきなのだろう。人間とは、第一印象には永遠に囚われてしまう生き物なのだから。

 

 

* * * * * *

 

 

そして、12時。発表会の開催に際しての来賓祝辞においてシンジとレイは壇上に立つ意外な人物の存在に目を丸くしていた。……が、その直後シンクロによって『いわゆる、表の顔というモノだよ。あまり注目しないでくれると助かる』というメッセージを受け取って、極力目で追わないように配慮した。サキエルがネルフから隠れているのは、シンジもレイも知るところだからだ。

 

無論、サキエルを匿う事がネルフへの裏切り行為であることはシンジもレイも理解している。だがシンジやレイは正直言ってネルフにあまり良い印象が無い。————出撃して、入院して、出撃して、入院。の繰り返しなのでさもありなん。

 

『じゃあ僕が代わりに戦ってあげるよ』というサキエルの甘い誘いに乗ってしまった彼らの事を非難する権利は、ネルフには無かった。

 

閑話休題。

 

さて、式典は途中の質疑応答コーナーで時田代表とリツコの口論などを挟んだものの概ねつつがなく進行。

 

そしていよいよお披露目となったのは、防衛庁・通産省・日本重化学工業共同体による共同開発の新型ロボット『ジェットアローン』だ。

 

遠隔操作型核分裂炉搭載人型決戦兵器という、『凄い電池を積んだでっかいラジコン』なのだが、流石に全長40mの巨体が歩く様は壮観だ。

 

その最中、時田代表に張り付いていたサキエルは、彼と実に実りある会話を行っていた。

 

「いやはやお偉方に期日を切られた上での駆け足運行の中、歩行実験機をここまで仕上げるとは素晴らしい。本来の設計通りN2リアクターを搭載した暁には更なる性能向上が期待できそうですね。その際にはぜひ弊社にご相談いただければ幸いです」

「いやはや全く。パーティー会場ではお偉方の手前啖呵を切りましたが、現状ではエヴァンゲリオンを超えたとは言い難いですからな。……飛び蹴りを行える巨大ロボット、正直にエンジニアとしていえば、『維持費が莫大になるのも仕方ないのでは?』と思ってしまう代物ですからね」

「いやあ全くです。一体どんなアクチュエーターを積んでいるのやら。————しかし、時田代表がパイロットを積んで居ては非人道的だと仰られた際はヒヤヒヤしましたよ。防衛庁は戦略自衛隊において少年兵を投入した有人巨大兵器の開発に関わっているとの噂ですから」

「それは……いやはや、確かに危ないところだったかもしれませんな。しかし……」

「正義の味方の巨大ロボット、にはまだまだ乗り越えるべきハードルが多いという事でしょうね」

「ははは、青臭いところをお見せしてしまいました」

「いえいえ、エンジニアたるものロマンがなくては。……個人的には多脚ロボットもロマンがあるとは思いますがね?」

「ほう?」

「エヴァンゲリオン用の装備の流用が前提ですから上半身のヒト型化は据え置くとして、下半身を神話のアラクネーのように多脚化してしまうのです。当然安定性は向上しますし、ペイロード向上も見込めます。そうなれば、胴体後部に冷却システムを堅牢化したN2リアクターを搭載しての安定長期稼働も可能かと。それに演算機能をある程度本体に持たせてやれば今のように複雑なコンソールも必要なくなる事でしょう。どうせ冷却機関を積むのですから、スパコンも積んでしまえばよろしい」

「おお、確かに……しかし大型化すれば予算が……今だって試験機流用ですし……」

「そこは、確かに。ですがその件に関しては私も協力致しましょう。……成金と呼ばれているのは伊達ではありませんよ?」

「それは心強い。……いやはや、しかし、秋江社長は実に多角的な視野をお持ちであられる————」

 

と、両名が談笑する最中、突如としてJAの指揮所に警報が鳴り響いた。

 

「ん? どうした!?」

「変です、リアクターの内圧が上昇していきます! 一次冷却水の温度も上昇中!」

「バルブを開放して、減速材を注入しろ!」

「だめです、ポンプの出力が上がりません!」

「いかん、動力閉鎖、緊急停止!」

「停止信号、発信を確認! ————受信されず!? 無線回路も不通です! 制御不能!」

「……時田代表、越権行為を失礼。————オペレーター君、無線回路に予備は?」

「そちらも不通です!」

「計器類のデータを送っている回路がありますよね?」

「それは確かにそうですが」

「そのコンソールを使わせてください。割り込んでみましょう」

 

言うなりコンソールに組みついたサキエルは、高速でタイピングを実施しつつ、得意の電子戦能力でJAそれ自体に干渉する事で、臨時の通信経路を確保。加えて攻性プログラムで内部OSを乗っ取る事で無理矢理原子炉を停止させる事にどうにか成功する。

 

「……よし、止まりましたね。いやはや、危ないですな時田代表。リアクター屋として言わせていただければ、電子回路に依らない機械式の制御装置を一つぐらいは組み込んでもバチは当たりませんよ? 何しろ歩く核兵器なのですから」

「いや、その、仰る通りで」

「……しかし、今まで無事に試験を繰り返しておられた以上油断するのも仕方ない面はありますな……ううむ。しかしきな臭いのは……」

「……どうされました? 秋江社長」

「私が触っていたコンソールのログを回収していただければわかるかと思いますが、OSをどうにかこうにか止めようとして居たのですが、『私は間に合っていません』……何者かが、暴走を仕組んだ可能性があります。いやまあ、暴走を仕組めてしまうOSの脆弱性自体が問題なんですが、それはそれとして、今件は人為的工作の可能性が……」

 

などと言ってはいるが嘘である。サキエル自身の特殊能力で干渉したので、ログに残らない方法で無理矢理サキエルが停止させたのが実情だ。

 

だがあえて嘘をついたのは、『外部の工作』という虚構をでっち上げれば、サキエルにとって優位に働くのは間違いないと判断しての『方便』だ。

 

「防衛庁、通産省あたりの権力闘争か、はたまたネルフの差し金か。……何にせよ、どうやら日本重化学工業共同体を潰したいものがいる様ですな」

「ネルフはともかく防衛庁や通産省が……?」

「民間企業の予算で開発した技術を、倒産を理由にお国が接収。————無くはない話では?」

「むむむ……いや、確かに……」

「……ともかく株価急落は避けられますまい。……私としても悲しい事に……」

「……と、言いますと?」

「プレゼン成功で株価が上がると見込んでそれなりの量を購入致しましたのでね。……手痛い出費になりそうです」

「お互い、憂鬱ですな……」

「しかしまあ、なんです。無事に歩行し、トラブルはあったもののキチンと緊急停止したとも見れます。まだ挽回のチャンスはあるでしょう。……乗りかかった船ですし、私もいっそ更なる資金注入を行いましょうかね」

「……それはつまり?」

「……赤字覚悟の買収になります」

「……お願いしても良いのでしょうか?」

「どうにか資金を調達致しましょう。なぁに、私は成金野郎ですからね、ハハハ……」

 

そんな乾いた笑いを『演じる』サキエルの姿は、時田からすれば『ロマンを理解し、エンジニアとしても優秀な資産家』として酷く信頼できる人物に見えたのだが、悲しいかなそれは、サキエルのATフィールド干渉による心理操作と弁舌の合わせ技である。

 

何しろ暴走を仕組んだ下手人としてはルイス・秋江も候補に上がるべきなのに、時田は終ぞその発想に至らなかったのだから。

 

 

————だが、サキエルも、とある可能性を見逃していた。

 

————この事故が『マジで仕組まれていた』というパターンである。

 

当初予定されていた謀略を意図せず上書きしたルイス・秋江という存在。元々接触予定だった上に当初の謀略に深く関わっていた『男』がルイスへの警戒を強め、早期に接触を図ろうと暗躍したのは言うまでもなく。

 

サキエルは資産家になった目的の一つである『ネルフからの干渉』を、早くも受けようとしていた。


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