【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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怪我の功名

輸送に際して用意された、コンテナ型の簡易格納庫。そこにうつ伏せに寝る形で収容されているエヴァンゲリオン弐号機を前に、シンジとレイ、サキエル、そしてアスカの4名が集まっていた。

 

「おぉ、赤くてカッコいい……」

「ふふ、わかってるじゃないシンジ、この弐号機こそ、エヴァの完成形! 零号機と初号機は、開発過程のプロトタイプとテストタイプ。けどこの弐号機は違うわ。これこそ実戦用に作られた、世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ! 正式タイプのね」

「あ、初号機ってテストタイプだったんだ。……何か僕初耳の事が多いような」

「……いや、教育とかされてないわけ?」

「いきなり父さんに呼び出されて『お前初号機で出撃しろ』だったからね……」

「……七光りシンジって呼ぼうかと思ってたけどやめとくわ。バカシンジね」

「いや、確かに知らない事は多いけどバカは酷くない……? あと碇と七光りで韻踏むのはちょっと腹立つ」

「アスカ、私の渾名は?」

「今の流れで欲しがるの……? レイ、あんた変わってるって言われない?」

「そう?」

 

そんな会話を交わす3人。和気藹々とした雰囲気の中、行われているのはプラグスーツへの着替えだ。

 

チルドレン達3名の周囲には衝立のようにサキエルの張ったATフィールドが貼られており、光を遮断することで互いの姿を覆い隠している。

 

そんな事が可能なのは3着もプラグスーツを持ってきていたアスカの几帳面さ故。

 

ただ、その内1着は予備の予備。ドイツでの試験で使用していたテスト用スーツなのだが……。

 

スケスケスケルトンなそのスーツは、なぜかシンジが着る羽目になっていた。

 

「なんで僕がこんな目に……」

「仕方ないじゃない。カップが無い奴それだけなんだから。アタシたちがそれ着るならヌーブラが要るわよ」

「えええ、じゃあなんでわざわざ持ってきたのさ」

「そりゃあ、まさかの時には全裸でソレ着て出撃するからでしょーが。でも今はまさかの時じゃ無いしね。普通のを着るわ。————で、レイ、まだ?」

「着替えたわ」

「よっしゃ、じゃあ乗るわよ!」

 

そう告げて、アスカはエヴァによじ登り、シンジとレイもそれに続く。そしてアスカがコンソールを操作すれば、エントリープラグが飛び出し、搭乗ハッチが展開。アスカを筆頭にしたチルドレン3名は勝手知ったるエントリープラグに侵入し、インテリアにはアスカが着席する。

 

「LCL Füllung. Anfang der Bewegung. Anfang des Nervenanschlusses. Auslösung von Linkskleidung. Synchro-start.」

「なんて?」

「————げ、バグった。ちょっと、レイ、シンジ、アンタらドイツ語で考えなさいよ!」

「……Baumkuchen」

「……Stollen」

「ええい、日本人が食い意地張ってるってのはマジね! ————思考言語を日本語に変更!」

 

若干呆れた風にそう告げて、エヴァのシンクロシステムを切り替えたアスカ。その直後、シンジとレイも、若干の『シンクロ感』を体感する。

 

「あー、思考ノイズが酷いわね流石に。シンクロ率16%って、まったく。で、シンジ、レイ、エヴァに相乗りさせてあげたんだからとっとと始めなさいよ。何かするんでしょ?」

「うん、ちょっと待ってね……」

「アスカ、シンクロに集中して」

「はいはい。……って、シンクロ率23%? ちょい上がってる?」

 

首を傾げたアスカの両脇で、瞑目するシンジとレイ。————彼らが試みているのは、アスカのエヴァである弍号機との対話だった。

 

(初めましてアスカのお母さん、僕は碇シンジです。アスカちゃんの同僚でエヴァ初号機のパイロット、碇ゲンドウと碇ユイの息子です。中学2年生、14歳で、趣味はチェロと音楽鑑賞————)

(私は綾波レイ。応えて、エヴァ弐号機の人。私はアスカの友達。友達……? 知り合い? 多分?)

 

そんな思念をぶつける行為が、果たして正解なのか否か。

 

その正否で言えば、正解ではある。しかし、その作業を外で見守るサキエルの見立てでは、エヴァ弐号機の魂は深く眠っており、応答が鈍いように思われた。

 

————正式なエヴァというのは、魂の束縛強度が強いのだろうか?

 

そんなことを思いつつ、サキエルはそっと、エヴァの外部から、少しだけシンジとレイに手を貸してやる。

 

エヴァ弐号機の複製元はアダム。サキエルにとっては、干渉しやすい機体だ。その内部の魂にモーニングコールをくれてやる事ぐらいなら、朝飯前である。

 

 

————そして、その反応は劇的だった。

 

 

「え、ちょっと、何これ!? インテリアどんどん下がって、嘘、シンクロ率98.6%!? ちょっとコレどういう————」

 

————アスカちゃん?

 

「えっ」

 

————アスカちゃん?

 

「ま、ママ? えっ、えっ? なんで?」

 

————アスカちゃんなのね?

 

「嘘、えっ、だってママは————シンジ、レイ、どういうこと!? なんでエヴァからママの声がすんのよ!?」

「……エヴァには、僕達チルドレンの、大切な人の魂が封じ込められてる。僕はアスカと同じで、初号機に母さんが。レイは————」

「零号機の中に姉さんが居るわ」

「それって、えっ、ネルフがやったってこと!?」

「いや、どうだろう……僕の母さんはエヴァの開発中に事故で飲み込まれたって」

「私の姉さんは……ノーコメント」

「アタシ、アタシは、ママは……事故、事故だってパパが言ってたけど、それって、じゃあ、ママがおかしくなったのって……エヴァに? エヴァに入っちゃったっていうの? ママの心が?」

 

————ごめんなさい、アスカちゃん。心配かけて……。

 

「……アスカのお母さん、お喋りだね」

「零号機は感情のイメージを伝えるだけ」

「初号機もそうだよ。……弐号機はやっぱ特別なのかな?」

「……わかんないわよ、そんなの。……うぅ、頭の中ゴチャゴチャする……」

 

唐突に叩きつけられたエヴァの真実。それに対して、アスカが困惑するのも無理はない。

 

シンジやレイが行った手法は無理矢理なもの。エヴァの中のアスカの母を引き出せば確かにアスカに『真実』を教えられるだろうが、そこからサキエルを信用して良いという方向に話を持っていく案がガバガバだった。

 

まあ仕方がない。中学生なのだ。精一杯考えたとしても、発想力には限界がある。

 

そう考えて、サキエルはこのタイミングでの介入を決断した。

 

ATフィールド同調による、強制シンクロ。

 

その対象は、シンジ、レイ、アスカ。————そして、エヴァ弐号機だ。

 

 

* * * * * *

 

 

一面のひまわり畑。その中にあるちょっとした広場に、レジャーシートが敷かれている。

 

気がつけば、シンジ、レイ、アスカの3人は、そんな状況で仰向けに寝転んでいた。

 

真上から照りつける太陽は眩しく、自分が誰かの膝枕で寝ていることはわかっても、それが誰かは分からない。

 

目を瞬きながら、起き上がり、自分が今まで寝て居た膝の主へと向き直り————シンジとレイはサキエル、アスカは金髪の美しい大人の女性をその目に捉えた。

 

その直後、女性に向けてアスカが飛びついたのは言うまでもない。

 

————期間にして10年。アスカがその人生の7割以上の間、離れ離れで、焦がれ続けた相手なのだ。無理もない。

 

「ママぁ!」

「あらあら、アスカちゃんはこんなに大きくなったのに甘えん坊のままなの? ————ううん。違うわよね。私はずっと、アスカちゃんが頑張ってたのを知ってるもの」

「ママ、ママなのよね? 本当の本当にママよね? アタシのママよね?」

「ええ、貴方だけのママ、惣流・キョウコ・ツェッペリンよ」

「……ぅ、ぅあ、ゔぁぁぁあぁあぁ————!」

 

母の胸に抱かれ、泣きじゃくるアスカ。

 

その感動的な親子の再会の傍で、サキエルはシンジとレイに軽いお説教を小声で行っていた。

 

「シンジくん、レイちゃん。発想は悪くなかったけど、一歩間違えばアスカちゃんの心を壊していたかもしれないよ? ————いやまぁ、そうなる前に僕が助けるけどね」

「ごめんなさい」

「……エヴァに乗るのが楽しくなると思ったの」

「うーん。アスカちゃんの場合、努力と根性でエリートに成り上がったプライドと、お母さんを求める内心が複雑に絡んでいて難しいんだよね。……って言っても、ATフィールドを読み取れないんだから仕方ないし……うーん。レイちゃんが思うよりヒトの心は複雑なのさ。————僕はヒトじゃないから逆に落ち着いて見れるけど、ヒト同士だとシンクロしないと難しいかなぁ」

「ああ、それで、サキエルがシンクロで割って入ってくれたんだね。……ってことはここは」

「アスカちゃんと、アスカちゃんのお母さんの心の原風景だよ」

 

抜けるような青空と、一面のひまわり。心に花畑を宿すアスカという少女は、レイとシンジには随分と眩しく映る。

 

この光景はきっと、アスカという少女の魂の煌めきなのだ。そして同時に、彼女とその母にとって1番の思い出なのだろう。

 

————母の記憶があるのは羨ましいな。

 

そう思ってしまったシンジとレイの内心を察してか、サキエルは彼らの頭を優しく撫でてやる。

 

そうしている内に、涙を流し切って落ち着いたのか、アスカがスッキリとした面持ちでシンジとレイに声をかけて来る。

 

「シンジ、レイ。……これが、この心の中の世界が、アンタ達がサキエルを信用してる理由?」

「うん。……サキエルに手伝って貰えば、僕たちは、シンクロ出来る。分かり合える。……それって凄く、幸せな事だから」

「私とシンジもシンクロして仲良くなった。だからシンクロしましょう、アスカ、シンジ」

「え、ちょ、レイ? さっき僕らサキエルに叱られ————」

「ちょっとレイ、アンタ急に抱きついて————」

 

言うが早いか、レイはシンジとアスカに大胆にも抱きついて、3人纏めての魂のシンクロを開始させる。

 

ここ最近、レイは妙に思い切った行動力を発揮しているが、もしかするとレイの素の性格は存外にアクティブなのかもしれない。

 

ともあれ、しばらくして3人が離れる頃には、レイも、アスカも、シンジも、お互いの境遇と記憶を共有出来ており、レイの行動は短絡的だが無意味とは言えなかった。

 

「アンタらも苦労してんのね……」

「アスカもね……で、レイ。ちょっとは考えてから行動しようね……」

「結果オーライ」

「そんなミサトみたいなこというのねアンタ」

「葛城一尉に教えてもらったもの。『何やっても最終的に勝ちゃあ結果オーライよね』って言ってたわ」

「うわぁ、ミサトさん言いそう」

「絶対言うわね」

 

そう言って笑い合う3人にはもう蟠りはない。魂を重ね合った彼らは、万の言葉を交わすよりも深くお互いを知り合ったのだから、当然だろう。

 

「さて、シンジくん、レイちゃん、アスカちゃん。この空間には名残惜しい事だろうけど、あんまり長居すると勝手にエヴァを動かしてるのが艦長にバレる。一旦現実世界にもどろうか」

「……そうね。————ママには、エヴァに乗ってればずっと会えるんだし」

「アスカちゃん。大丈夫。エヴァに乗っていなくたって、ママはいつも貴方のそばにいるわ————だから、またね。それと……シンジくん、レイちゃん。アスカは不器用だけどとっても強くて優しい子なの。仲良くしてくれたら嬉しいわ」

 

キョウコのそのお願いに、シンジとレイは「もちろん」と即答して、アスカと共に現実世界に帰還する。

 

やがてキョウコもまた同様に現実のエヴァの身体へと帰還。無事全てを丸く収められたという安心感からかホッとひとつ息を吐いて、サキエルはシンクロ能力を停止させる。

 

 

そして。

 

 

格納庫を激烈な衝撃が襲ったのは、その直後のことだった。

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