【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

25 / 107
虎尾春氷

離脱していく太平洋艦隊。その背を守るエヴァ弐号機はサキエルの助力もあり、巨大なATフィールドを展開することによる『堤防』の役割を果たしている。

 

だが、それは決して並大抵の仕事ではなかった。何万トンという水圧をたった一機で受け止めるその行為はエヴァンゲリオンに負荷をかけ、その骨格は軋みをあげる。

 

それに対抗できているのは、エヴァ弐号機の現状故だ。緑の四つ目を力強く発光させ、隆起した四肢の筋肉が拘束具を吹き飛ばしたその様は、赤いロボットではなく赤い巨人と呼ぶのが相応しい。

 

シンクロ率103.8%、エヴァに封印された力の一端を、アスカ達がこじ開けたからこそ、津波を堰き止めるなどという馬鹿げた真似が出来ているのだ。

 

だが、エヴァ弐号機が今苦戦しているその津波は、第6使徒ガギエルにとっては『攻撃』ですらない。『跳躍の余波』だ。

 

3kmの巨体がイルカのようにジャンプした。ただそれだけで、悍ましいほどの津波が巻き起こされたのである。

 

そして、ガギエル自身の『攻撃』は、今この瞬間にこそ行われた。

 

「————————ッッッ!!!!」

 

咆哮と共に発生したのは、弐号機が食い止めていた津波やその周囲の海面すら巻き込む『凍結』。急激な凍結で運動エネルギーを失い、津波が無効化されたのは喜ばしい事ではある。

 

しかし、津波を食い止めるその姿勢のまま氷漬けにされてしまった弐号機に対し、ガギエルは大きく飛び上がるとその巨体の持つ質量をそのまま重力に任せて叩きつけた。

 

砕け飛ぶ氷塊、恐るべき轟音。その中で、弐号機の行動が間に合ったのは奇跡と言って良いだろう。

 

咄嗟に横っ飛びに飛んだ弐号機は氷塊を足場に立っているが、ガギエルはといえば自身で作り出した氷をブチ抜いて再度海中に潜っている。

 

完全に地の利は氷塊の下を泳ぎ回るガギエルにあり、アスカたちはサイズ比的にもさながらシャチに弄ばれるペンギンと言ったところだ。

 

 

 

「寒い寒い寒い寒い〜ッ! 何よコイツ! デカいだけじゃないってぇの!?」

「本当に寒い……」

「コレ、3人でシンクロ分割してなかったら死んでたんじゃ……」

「凄まじいなこの冷凍能力は。砕けた時一瞬海底が見えたぞ? 大陸棚の上とは言え海が底まで凍るとは。分子運動を無理矢理止めたのか?」

「分子運動の停止!? ちょっと、レイ、シンジ、直撃は絶対避けるわよ! 芯まで凍らされて粉々に粉砕されるわ!」

「お、アスカちゃんは賢いな」

「呑気してんじゃないわよサキエルゥ!」

「アスカ。10時の方向。来てるわ」

「ナイスよレイ! ATフィールド!」

「アスカ、防御は僕がやるよ。攻撃の方をお願い。このままじゃジリ貧だし。レイは今みたいに相手の位置を見て」

「役割分担って事ね! じゃあ任せるわよシンジ! 言ったからにはエヴァに傷一つ付けないでよね!」

「うん。僕も痛いの嫌だし……ッ! 来るッ!」

 

アスカが展開したATフィールドに対し、正面から頭突きをブチ込んできたガギエル。尋常ならざる質量をまともに受けたフィールドは即座にひしゃげて砕け散るが、シンジはその瞬間にフィールドを斜め下向きに張り直して、衝撃を受け流しながら反動を利用してエヴァを飛び上がらせる。

 

その意図を瞬時に察したアスカは、肩のウェポンラックからプログレッシヴナイフ2丁を取り出すと、落下の勢いをそのままに、ガギエルの背に飛び乗った。

 

ナイフを突き立て、それを取手がわりにガギエルに取り付いたのである。

 

高速振動するその刃はギリギリと音を立てながらガギエルの体表を切り裂いて、その体表からは青い使徒の血が滲み出る。

 

だが、それは巨躯を誇るガギエルにとっては『深さ2mmの切り傷』と同じ程度のダメージでしかない。痛いのは痛いが、死ぬかといえば死なない。そんな程度の裂傷だ。

 

とはいえ、『痛い』のもまた事実。咆哮を上げ、周囲の海水を凍らせたガギエルは、巨大な身体を氷床に乗り上げると、エヴァを振り落とそうと身体を左右に揺すりながら高速で滑走する。

 

「うわぁああぁぁぁあああッ!?!!?」

「アスカ、私酔いそう」

「ちょっとレイ!? LCLでゲロはマジで洒落んなんないわよッ!?」

「目が、目が回るっ!」

「ええいこのデカブツッ!」

 

やいのやいのと騒ぎつつも、氷に叩きつけられそうになればシンジがATフィールドを展開し、隙を見てアスカが傷口を広げて、レイは弾け飛ぶ氷塊や打ち付けられる尾鰭を器用に掻い潜る。

 

3人掛かりで操られ、超人的なアクロバットを行い続ける弐号機は、ガギエルの足留めという面では活躍しているが、それでもやはり決定打となるものは持ち合わせていない。

 

だが、彼らは知っているのだ。

 

足留めにさえ徹すれば、決定打は『向こうからやってくる』のだと。

 

 

「アスカ。()()に来てるわ」

「了解ッ! おっそいのよッサキエルッ!」

「いやぁ、申し訳ない。……エヴァが避けたらそのタイミングで仕掛ける」

「じゃあ全力でこのデカブツを蹴って跳ぶわよ、シンジ! レイ! カウント3秒! 1!」

「2ッ!」

「3ッ!」

 

3人同時にイメージを重ねた事でエヴァは音速を超える跳躍力を発揮し、弐号機はその赤い身体を天高く舞い上がらせる。

 

直後、閃光。

 

氷床の下、海底から氷上のガギエル目掛けて撃ち放たれたそれは、紛れもなく『光のパイル』。

 

巨大な使徒の下顎を強かに跳ね上げて退け反らせて見せたその一撃の主は、久々にその姿を晒したサキエルだ。

 

芦ノ湖を飛び出し、山を一気に駆け下って相模湾に飛び込んだサキエルは、海底ギリギリを泳ぎ氷塊の下に潜り込んで、今こうして奇襲を果たしたのである。

 

そして、そんなサキエルに対するガギエルの反応は劇的であった。

 

もはやエヴァには目もくれず、サキエルに向けて冷気の波動を打ちまくるガギエルと、それを真っ向から迎撃するサキエル。

 

ガギエルの攻撃たるや凄まじく、大気が丸ごと凍てついて周囲にダイヤモンドダストが舞っており、絶えずATフィールドを展開しなければエヴァも瞬時に凍てつく極寒地獄を生み出している。

 

防御を引き受け、痛覚のフィードバックを多めに引き受けているシンジは、ATフィールド越しでも手足が霜焼けになる感覚を味わっているほどだ。

 

そしてサイズ差を考えれば、サキエルに勝利の要素はない。だが、サキエルには体格差を覆すだけの、戦闘能力がある。

 

仮面の目がきらめくと共に発射されたのは、ウランイオン荷電粒子砲。ラミエルの本家版と比べれば連射性に重きを置いた低火力版ではあるが、本気で撃てば山を削り飛ばすその火力は、3kmの巨大使徒にも充分通じるものだ。

 

しかし、ガギエルは思いっきり肉を抉られる痛みに驚愕しつつも、即座に荷電粒子ビームに対して凍結能力を使用。無理矢理運動を停止させ、その攻撃を無効化すると勢いよく飛び上がり、その体重で氷床ごとサキエルを叩き潰そうとしてみせる。

 

だが、サキエルが撃てるのはコレだけではない。荷電粒子ビームの次は、強烈な熱線砲をぶち込んで、またしてもガギエルの肉を抉ってみせる。

 

もはや完全にガギエルの怒りの矛先はサキエルに向いており、エヴァ弐号機は蚊帳の外だ。

 

だがそれは、サキエルによる意図的な誘導であった。

 

「よしよし。コレであいつは私に釘付けだ。光の鞭に光のパイル、電流攻撃にマイクロ波攻撃。あらゆる手で奴を挑発してやろう」

「サンキュー、サキエル。じゃあシンジ、レイ。今言った作戦通りやるわよ」

「了解」

「わかった。いつでもいけるよ」

「3、2、1————Goッ!」

 

氷上で充分距離を稼いでの全力疾走。大気の壁をぶち抜き、氷を蹴り砕きながら音速を超えて駆ける弐号機は、速度を乗せたまま、自身の前方に円錐型のATフィールドを形成する。

 

それによって空気を掻き分け、一層加速した弐号機は、そのまま全速力で、『ガギエルにめり込んだ』。

 

絶叫。そう呼ぶのも生温いような咆哮を上げて、のたうち回るガギエル。身体にめり込んだエヴァがATフィールドを展開して傷口を押し広げるその痛みは、流石の巨体にとっても『命の危機』を感じさせるもの。

 

必死で暴れ狂い、どうにか突き刺さったエヴァを振り払ったガギエルだが、その土手っ腹からは青い血が垂れ流され、捲れ上がった傷口が実に痛そうな事になっている。

 

だが、今度はその傷に気を取られて、サキエルがフリーとなった。両の腕を構えたサキエルが勢いよく放ったのは彼の十八番である光のパイル。肉にめり込んだ2本のそれはしかし、ただそれだけで終わらない。

 

内部に突き込んだ後でシャムシエルの鞭状に変化したパイルが体内をズタボロに切り裂き、更には2本突き立てたのを良い事に電流を流し込んで肉を焼く。

 

おおよそ『非人道的』という言葉が生温い悪魔的所業だが、サキエルはそこからさらに傷口に荷電粒子砲をブチ込んだ。

 

当然、それらの攻撃は、体格差を加味しても『重傷』と呼べるもの。人間で言えば千枚通しを思い切り突き刺された上でそれをグリグリと動かされ、そのままコンセントに繋がれた上でその傷に熱湯を吹き付けられた様なものである。ついでに言えば、先程のエヴァの音速越えタックルは、ネイルハンマーでブン殴られた様なもの。こちらも決して無視できる痛みではない。

 

ガギエルが凍結能力をめちゃくちゃにばら撒き、ダイヤモンドダストを発生させながら暴れ狂うのも致し方ないといえる。

 

だがその狂乱は空に浮かぶ雲すら凍らせ、無数の雹を降らせるほどの大災厄。

 

更にコレだけやっても『致命』に至らないのは、さすがというべきだろう。

 

だがそれもこれまで。サキエルが、ガギエルの『コア』を見つけてしまった。

 

「口の中かあ」

「ん? えっ、コア見つけたの?」

「ああ。喉ちんこがコアだったよ」

「サキエル、喉におちんちんはついていないわ。ほらシンジのはこうして足の間に————」

「ぬぉわーッ!?」

「レイ!? アンタ何言ってんの!? 何触ってんの!?」

「……レイちゃん、喉ちんこってのは口蓋垂という器官の通称で、おちんちんが喉にあるという意味ではないよ?」

「そうなの?」

「……お婿に行けない……」

「シンジ……その、アンタも大変ね。……って、レイのせいで話が逸れたじゃない。えっと、アイツのコアは喉の奥。じゃあ後はどうやって攻撃するかね」

「それについては簡単だ。ちょっと僕が喰われてこよう。エヴァで陽動をお願いしたい」

「うげ。サキエル、ちょっとは躊躇わないの? 思ったけど言い出しにくかったってのに」

「まぁ、それしかないからね。幸い、あのデカブツは痛めつけてやれば吠えまくって口を開く。喉に飛び込むのは難しくないさ。……じゃあやろうか」

 

言うや否や、サキエルの本体はガギエルに正面から突撃を開始し、冷凍攻撃をATフィールドでいなしながら、駆けて行く。

 

それに一瞬遅れたエヴァ弐号機は、しかしすぐさま役目を果たすべく駆け出すと、塞がりかけているガギエルの傷口に、思いっきり手刀を叩き込んだ。

 

当然、その痛みにガギエルは大口を開けて吠え————そしてその口内に、サキエルが飛び込んだ。

 

一瞬の、沈黙。

 

その直後、ガギエルが狂った様に暴れ回り、氷床を叩き砕いて海底に落下、更にはそのまま凍結能力をぶち撒けて、目に映る殆どの範囲の海を凍らせてしまう。

 

その大狂乱によって振り落とされた弐号機がゴロゴロと氷上を滑り転がる中で、コックピットのサキエルはポツリと一つ、つぶやいた。

 

「勝ったな」

「今それどころじゃなぁい!」

「止まれええッ!」

「よ、酔いそう……うぅ」

「レイーッ!?」

「ATフィールドッ全開ッ」

「と、止まった……」

「うぷっ」

「プラグ強制射出ッ! シンジ、レイ抱えて連れ出してッ! ハッチ開けるから!」

「いや、抱き抱えるのは僕がやろう。シンジ君の筋肉量だと無理がある。ぐったりしている人間は重いぞ? シンジ君は背中をさすってあげて欲しい」

「わかった。……レイ、大丈夫?」

「感覚をずっと、周囲の状況把握に集中させていたから……グルグルする……」

「……三半規管のフィードバックを殆どレイに押し付けちゃってたわけね。……悪い事したわ」

「いいえ、平気。……落ち着いてきたわ……」

 

常夏の日本に突如現れた巨大な流氷。その氷の上で、停止した赤いエヴァとそこから這い出した3人の赤いプラグスーツはよく目立つ。

 

太平洋艦隊から発艦した機体からの連絡で駆けつけたネルフのVTOLが彼らを発見したのは、それから程なくしての事だった。

 

なお、レイはどうにか乙女の尊厳を守る事に成功していたが、シンジの男の尊厳の回復にはしばしの時間を要したことは余談である。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。