それとアンケートが最後にあります。
————欲望に屈し、人類を裏切った女。
自身がそういう存在になるのだと予想していたリツコにとって意外だったのは、サキエルの思い描く計画が至って『真っ当』であることだった。
————自身の消滅を回避する為、人類補完計画も、使徒の侵攻も両方防ぎ、サードインパクトの発生を阻止したい。
つまるところ、ネルフが掲げる『建前』の部分をそのまま『目的』に据えたのが、サキエルなのだ。
それはまぁ、色んな事情を知らないチルドレンが靡くのも仕方がない、とリツコは思う。どう聞いても『人類の味方』にきこえるからだ。
そして何より、人類補完計画の特性が、サキエルの『懐柔戦略』と相性的に不利なのも大きいだろう。意図的にパイロットの精神を傷つけ、そのデストルドーを元にアンチATフィールドを展開。全人類のATフィールドを中和し、世界をLCLに還元した上で、究極生命体として神と合一する。
要は壮大な無理心中をパイロットにやらせようというのが人類補完計画なのだ。
一方でサキエルの作戦はあの手この手でパイロットを甘やかし、庇護者として振る舞う『北風と太陽』作戦。
虐待されている側のパイロットたちからすれば、サキエルに靡かない理由は本当に無い。
そして、そこにさらに追い討ちとして、サキエルはエヴァの真実をチルドレンにあっさりと教えてしまっている。
ネルフへの不信を煽り、大切な人と再会させてくれたサキエルには一層の恩義を感じる一挙両得なその一手は、リツコに『ネルフを今のうちに裏切って正解ね』と思わせてしまうほどに有効だ。
そして、そんなサキエルの次なる一手の為に、今日この日、リツコと加持は綾波家にお呼ばれしていた。
「やあ、アスカ、シンジ君、レイちゃん。お招きいただきどうも」
「お邪魔するわ。……3人とも、引っ越し記念に食事会、という名目だけど、ミサトは誘わなくて良いのかしら?」
「誘ったんですけど、今日は用事があるらしくて」
「葛城一尉は太平洋艦隊との折衝で出張」
「あら、それは残念ね」
「葛城の奴には後で自慢してやらないとだな」
そう言って笑うリツコと加持だが、その実、ミサトの出張をセッティングしたのはこの2人だ。
ついでに言えば、引っ越しのお祝いをしようとチルドレンに言い出したのはサキエル。完全に仕組まれたイベントであると言えよう。
そんなことはつゆ知らず、シンジ、レイ、アスカの3人は普通に今日を楽しみにしており、サキエルも彼らのメンタル調整の一環として、まじめに準備を実施している。
だが、その上で、サキエル、リツコ、加持の3人から、あくまでコミカルな形でカミングアウトを行う、というのが今日集まった目的であった。
そしてそのタイミングは、リツコと加持がやってきたばかりのこの瞬間が一番望ましい。
「やあ、ようこそ、加持君、赤木博士」
「どうも。ああ、サキエル。これ一応祝いと土産に。俺とりっちゃんから」
「私のおすすめのケーキショップの予約限定品よ。お口に合えば嬉しいわ」
そんな、何気ない会話。
だがその効果は劇的で、チルドレンたちは石のように固まり、目を白黒させた上で、驚愕の感情をそのまま喉から吐き出した。
「「「ええぇぇぇぇぇ!?!!?」」」
* * * * * *
「————と、いうわけで。実は俺とりっちゃんもサキエル側でね」
「まぁ、私は最近スカウトされたんだけど」
ダイニングテーブルに座り、『お客さん』としてチルドレンたちが食器を配膳するのを待つ間、話せる範囲でサキエルとの関係を説明した加持とリツコ。
その説明はチルドレンの3人にとっては初耳の事ばかりだったようで、リツコと加持の話を興味深そうに聞いている。
サキエルは配慮なのか単に料理が忙しいのか、キッチンに籠っており、取り皿や割り箸の配膳が済めば全員が席について、料理が来るまでしばしの歓談タイムとなった。
「それにしても、加持さんもリツコも言ってくれれば良かったのに」
「いやあ、なかなかタイミングがね。すまない」
「びっくりしました。本当に」
「私も、レイがビックリして叫ぶなんて想像もしてなかったから逆に驚いちゃったわ」
「あらリツコ、レイとは付き合い長いんじゃなかったっけ?」
「……レイが感情を剥き出しにし始めたのは最近の事だもの」
「サキエルのおかげ」
「えー、こんなドヤ顔ダブルピースする子が?」
「……碇司令は、レイに碌な情操教育をしてこなかったから」
リツコはそう告げて、責任をサラッとゲンドウに押し付ける。まぁ実際嘘ではない。リツコは、綾波レイを『助けなかった』だけなのだ。
……その行いに負い目がないかと言えば嘘になるが、この場の雰囲気をぶち壊してまで『負い目をスッキリさせたい』とまでは思わない。
だが。
「父さんは、うん。自分がそもそもコミュニケーション下手糞というか、ボロカスだからね……」
「ブフッ!」
シンジの爆弾発言により、別の意味でその場の空気はぶち壊された。クールな性格を自認している加持とリツコだが、流石に発言の持つパワーに屈し、吹き出してしまったのだ。
「くっ、シンジ君不意打ちは卑怯だぞ……」
「ええっ!? ……いや、そんなに吹き出すほど面白いかな……?」
「あの怖そう、というか実際怖い碇司令に『コミュニケーションボロカス』と言えるのは息子のシンジ君ぐらいだからな。りっちゃんも俺もそうだが、大人ってのは言えない事が多い。だからいかにも何でもないように言いたいことを言われてしまうと笑えて来るというか……」
「そういうものなんですかね……?」
あくまで無自覚なシンジと、ツボに入ってしまって無言で肩を揺らすリツコ。ケラケラと笑う加持。
リツコの笑いが尾を引いているのは、ゲンドウの裏の顔を知るという部分も大きいのだろう。
————確かにベッドでもコミュニケーション能力が低かった。
などと思ってしまうので余計に面白いのだ。
そうして、随分解れた空気になったダイニングに、サキエルがフライパンを両手に1つずつ持って運んでくる。
「こっちがパエリアで、こっちはほうれん草のキッシュ。両方肉無し。————僕はメインの仕込みがあるから、先に食べ始めておいて欲しい。もうすぐ終わるから」
「了解。……そういえばレイってエビとかタコとかイカはイケるのね?」
「血の匂いがしないもの」
「あー、肉というか、血が赤い生き物がダメなんだねレイって」
「そうかもしれない? シンジは賢いのね」
そう言って首を傾げるレイに対し、加持は苦笑とともに冗談を飛ばす。
「大人としちゃあ好き嫌いはいけないぞ、なんて言うべきかな? まぁ俺はそれを言ったら自爆するから言わないけどさ。りっちゃん先生、学者さんの見地からのお言葉は?」
「加持君も同じ学部でしょ……。まぁ、別にタンパク質を他で補えれば良いんじゃないかしら。……私も忙しい時は栄養剤だし」
「アレはまずいもの……」
そう言って顔を顰めるレイに対して、リツコは思わず首を傾げる。水で飲み下すだけの圧縮栄養カプセルに不味い要素などあっただろうか? という至って当然の疑問だが、彼女はすぐに、その原因に思い至った。
「レイ、まさかあなた、カプセル噛んで食べてたの……?」
「あ、レイがずっと食べてたって前に言ってた栄養剤、カプセルタイプなんですね……?」
「栄養無理矢理詰め込んでるから美味しくないのよ……それでカプセル錠なんだけど……噛むのは予想外ね」
そう言って苦笑するリツコに、同じく苦笑いのシンジ。とんでもないモノを食わせるマッドサイエンティスト疑惑が密かにかかっていたリツコだが、それはどうやら間違いだったらしい。
そして、その様子を眺める加持は、ポツリと一言、友人として言っておくべき苦言を述べた。
「というか、りっちゃんはりっちゃんで、まともにメシ食った方がいいんじゃないか……?」
「今お呼ばれしてるじゃない?」
「そりゃあそうか。……っと、悪いな。食い始めようか」
話し込んでいて、結局誰も手をつけていない大皿料理。それに気づいた加持が割り箸を割るのと、キッチンからサキエルが鍋と食材を盛った大皿を抱えて出て来るのはほぼ同時だった。
「ふむ。ちょうどメインも出来たし、僕もいただこうかな? というわけで、メインディッシュはチーズフォンデュだ。常夏の国で食べるものじゃあないかもしれないが、ここ数日は涼しいからね」
「まぁ太平洋側の大陸棚がキンキンに凍ってりゃあね……。アタシが居なけりゃ日本は常夏から常冬になってたかもよ?」
「それは確かにそうなんだが、3人の活躍だったんじゃないのかアスカ」
「エヴァとプラグスーツの貸し出しの功労点は大きいのよ加持さん」
そう言って冗談を飛ばすのは、ドイツ組。だが一方で、日本人チームことレイとシンジは、ジョークを真面目に受け止めていた。
「……まぁ実際、アスカの弐号機がなかったら危なかったよね」
「弐号機はネルフの事情。でもスーツの着替えを持ってきてたのはアスカの功績。えらい」
そんな風に真面目に返されれば、アスカもガクッと項垂れざるを得ない。
「……いや、そこはもうちょっと自分を主張しても良いのよ、レイ、シンジ。これじゃ私が自慢したかっただけみたいじゃない? 『いや僕だって戦ってたからね』とか『私も頑張ったのに』とかさ、そういうの無いの?」
「……うーん?」
「ははは、アスカの言いたいことも判るが、シンジ君は『謙虚さと協調性が美徳』の典型的日本人タイプで、レイちゃんは『あんまり功績とか興味ないしよくわかんない』って感じだからな。そういう張り合いは無理じゃないか?」
「なんかやっぱ、そういうとこは調子狂うわね。リツコ、日本人ってだいたいこんな感じなの?」
「まぁ概ねね? 一概には言い切れないけれど。……そういえば、アスカにとってはなかなかの異文化交流ね、今の状況は。日本語が流暢過ぎてうっかり忘れそうになるけれど」
「……日本人って全員ミサトとか加持さんみたいな感じだと思ってたのになあ」
「あー……それはアスカが今まで会ってきた日本人のサンプルが悪すぎるわね」
「どうも、外れ値のサンプルですまんね」
そんな加持とリツコの剽軽なやり取りに、チルドレン3名は揃って笑い、その様子に微笑むサキエルは黙々と皆の皿に料理を取り分けていく。
それは穏やかな日常であり、同時に、サキエルが率いる手勢の顔合わせ会として申し分ない打ち解けた光景であった。
18禁部分を別小説として
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