「……碇」
「……はい」
「本件に関しては、君を責めるつもりはない。甚大な被害だが、まぁ、国連軍の責任として処理すべき部分が大きい」
「……ええ」
「そしてあの使徒の行動。……裏死海文書の予言も完全ではない、というべきか。第3の少年による初号機の起動は成ったが、よもや逃げ腰の使徒とはな。……しかしだ。碇、ネルフとエヴァの適切な運用が君の責務であることには変わり無い。リリスとの契約を完遂する為にも、予言の完遂を頼むぞ」
「承知しております」
ホログラムで浮かび上がる、モノリスとの会談。ネルフの元締めにして、世界の裏で暗躍する秘密結社ゼーレとの定期通信は、ゲンドウが予想していたよりも穏便に済まされた。
ゼーレが絶対視していた裏死海文書の予言自体が正確ではなかった、という点がゲンドウへの同情的な感情を引き出したらしい。
————そして実際、予言を元に計画を立てて実行していたゲンドウとしても『予言と全く別の行動ばかりするサキエル』に対応するのは至難の業。
常日頃眉間に皺を寄せがちなゲンドウではあるが、ここ数日の間は特に酷い。
そんなゲンドウの眉間の皺を更に悪化させるような凶報が届いたのは、その直後の事だった。
「相模湾にてパターン青を観測! 第3使徒とのバイタル不一致! 第4使徒出現! ————いや、第3使徒も相模湾より浮上しました!」
パイロットは重傷。エヴァ初号機は修復中で、エヴァ零号機は凍結中。
有り体に言えば、詰みであった。
* * * * * *
————知恵の果実を手に入れるにしても、紫色の凶暴な巨人をどうしたものか。
そんな難問に頭を悩ませるサキエルが、異変に気づいたのは朝方のこと。
宙を飛び、接近する高エネルギー体の反応に慌てて浮上した彼が目にしたのは、赤黒い色の虫のような巨大生物。
突然の遭遇に互いに硬直したのは一瞬。お互いに目の前の存在が『アダムの使徒』であると認識した事で、双方共に迷い無く決断したのは、その瞬間発動可能な最大火力の発動だった。
サキエルは目からの怪光線、第4使徒ことシャムシエルは光の鞭。互いに全力で放った攻撃は、同じく全力で発動されたATフィールドによって阻まれる。
その一瞬の応酬は互いの巨体を弾き飛ばし、派手な水飛沫と共に両者は相模湾へと叩き付けられた。
————使徒同士の殺し合い。
予想外のその展開に原因が分からず困惑したのは、無人観測機で様子を窺っていたネルフである。
「……なんで使徒同士で殺し合ってるワケ? リツコ、あいつら仲間じゃないの?」
「……使徒は単独で完結している準完全生物。一個体ごとに全くの別種の存在なのよ。……サードインパクトを狙う使徒同士は、言うなればライバルなのかも知れないわね」
「どっちが勝ってもサードインパクトか……共倒れしてくれたら良いんだけど」
そんな会話を交わすのは、作戦課長の葛城ミサトと、技術一課長の赤木リツコ。気付け薬で昏睡から強制的に叩き起こされた碇シンジと、包帯まみれのままの綾波レイを車椅子に乗せて移送しつつのその会話は、決して明るいものではない。
体調の面ではシンジ、精神の面ではレイがマシだが、どちらもパイロットとしては赤点だ。半死人を戦場に送り出して何になるのかと思う気持ちは、ミサトにもリツコにも存在している。
だがやらねばならない。やらねば滅ぶのは人類だからだ。
「シンジ君、レイ」
「ヒッ……あ、ごめんなさい、ミサトさん……」
「はい、葛城一尉」
「使徒は現在、相模湾で戦闘中。あのうちどちらかが勝ったら、貴方達のどちらかに、初号機で出撃して勝った方を倒してもらう必要があるわ。……今聞いた通り、どっちが勝っても世界を滅ぼしに、この第3新東京市に向かってくるからよ」
「えっと、その……僕は……僕は……」
「……トラウマになっちゃってるわよね、そりゃあ」
「あぅ……」
「私が乗るわ」
「で、レイは気合十分だけど……ケガがね。……リツコ、エヴァって相乗りとか出来ないの?」
「不可能ではないわ。ただノイズが混ざればそれだけシンクロ率は低下するの。……土壇場の作戦で使うのは許容できないわね」
「……ってなると……使徒の殺し合いが終わった直後に、N2弾頭搭載の弾道ミサイルを打ち込んで勝った側の使徒の活動停止を狙う感じかしら。で、トドメはエヴァで」
「……成功率はMAGIの予測で、最大限に楽観視して32.7%ね」
「チャンスを掴めばギリギリ赤点回避ってわけね」
ふぅ、と溜息を吐いて、眉間を揉むミサト。使徒同士の殺し合いが永遠に長引いてくれないかというヤワな考えを頭から振り払い、彼女は2名のパイロットに過酷な命令を下す。
「シンジ君、レイ。どっちが先に乗るか、今ここで決めなさい」
その命令を受けて、互いに隣に座る相手を見つめるレイとシンジ。一瞬の無言の見つめ合いの後、目を逸らしたのは、シンジだ。
それを見て、綾波レイは無表情のままミサトに向き直る。
「私が乗るわ、葛城一尉」
「そう。……良いの?」
「ええ。……私が死んでも、代わりはいるもの」
そう呟いたレイの真意を『レイが死んでもまだシンジがエヴァを動かせる筈だ』という悲壮な覚悟と受け取ったミサトは、思わずレイとシンジを抱きしめる。
「ごめんなさい、2人共。ごめんなさい……」
そう呟くしか出来ないミサトの背後で、リツコの冷たい視線がレイを見つめていた。
* * * * * *
相模湾での戦闘は、次第にサキエル優位へと傾きつつあった。その原因は単純。シャムシエルの遠距離攻撃能力の欠如である。
とは言えサキエルも無傷とはいかない。片腕をシャムシエルの鞭で切り落とされ、隻腕のまま光のパイルと目からの怪光線でどうにかシャムシエルを押している状態だ。
互いにATフィールドを中和しての殴り合い。まさに死闘である。
明るかったはずの周囲は既に夕日に包まれており、彼らの激闘が如何に激しいものであったかを窺わせる。
だが、それもこれで終わりだった。
度重なる怪光線の照射を受け、ついにシャムシエルの鞭を操る腕が吹き飛ばされたのである。
その隙に、サキエルの隻腕から放たれた光のパイルがシャムシエルのコアを貫通し、破壊する。
サキエルにもたれかかるようにして崩れ落ちるシャムシエルの肉体。その重荷によろめくサキエルは、一瞬完全な無防備を晒してしまう。
そこに飛来したN2弾頭弾道ミサイルは、シャムシエルの死骸とサキエルを一瞬にして高熱の爆風に包み込み、絡み合ったままの両者を横っ飛びに吹き飛ばして、山肌へと叩きつけた。
その瞬間、倒れてもがくサキエルを目掛け、綾波レイのエヴァ初号機が疾駆する。腰だめにプログレッシブナイフを構え、一直線にコア目掛けて吶喊するその一撃は、到底重傷を負った少女の駆る機体とは思えぬ程の気迫に満ちている。
————だがそれでも、使徒が一枚上手だった。
自爆覚悟で至近に迫る初号機に怪光線を撃ち込んだサキエルは、シャムシエルに突き刺さったままの腕が悍ましい音と共にちぎれ飛んだ事にも目もくれず、吹き飛んだ初号機に対して続けざまに怪光線を放ち、大きく吹き飛ばして地面へと叩き伏せると、その両目を怪しく輝かせ、喪失した両腕を再生させた。
使徒が持つ無限のエネルギー生成装置、S2機関の全力稼働。全身から蒸気を噴き上げながら見る間に再生するその姿は、まさに怪物。
そして、サキエルはゆっくりと、慎重にエヴァ初号機へと歩みより、動かぬその巨体を持ち上げていく。
仰向けに担がれた初号機。サキエルの意図はどう見ても明白。
————背骨をへし折ろうとしている。
そう判断したのは、発令所の面々だけで無く、エヴァの中で苦痛にもがくレイも同じ。
そして、この状況で彼女が取り得る行動は、一つだけだった。
突如として展開する、エヴァの背部装甲。そこからロケットを噴射して凄まじい勢いで飛び出したのは、レイの乗るエントリープラグだ。当然それはエヴァを担いていたサキエルに直撃し、バランスを猛烈に崩したサキエルは、初号機を投げ出して、思いっきりぶっ倒れてしまう。
「葛城一尉……!」
「……ッ! ロックボルト爆破! エヴァ初号機を回収!」
レイの意を汲み、速やかに1ブロック分の地盤ごと回収されたエヴァ初号機。後に残されたのは、レイの乗るエントリープラグと、起き上がらんとするサキエル。
そんな中エントリープラグのハッチを解除し、排出されるLCLと共に外へと転がり落ちたレイ。
サキエルの巨大な双眸はそんな彼女を目撃し、驚いたように、ぱちくりと瞬いた。