【完結】我思う、故に我有り:再演   作:黒山羊

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三人寄れば文殊の知恵

「いやぁ、それにしても波乱に満ちた船旅だったよ」

「加持君がこんなモノを海上輸送するからだろうに」

 

そう呆れた声で苦言を述べるサキエルに肩をすくめることで応えた加持。アスカとのデートを終え、子供たちが寝静まった夜に綾波家のダイニングで行われているのはリツコ、加持、サキエルの大人組による晩酌という名の密会だ。

 

子供達の睡眠状態は常時サキエルがATフィールドで監視しており、なんなら夢の中で全力甘やかしを敢行してぐっすりスヤスヤ寝付かせている。

 

当然監視の目は3人がそれぞれ念入りに潰しているため完全に排除済み。ネルフの支配する街にありながら、この場所で行われる会話はもはやネルフには絶対に探知できないと言って良いだろう。

 

そして、そんな『晩酌』の肴としてテーブルの上に置かれているのは、ベークライトで固められた胎児の様なもの。

 

————第1使徒アダムの肉体だ。

 

「アダムと使徒の接触はサードインパクトを引き起こす、という説明は受けているけれど……」

「これはあくまで肉体でしかないからね。アダムの魂と肉体が揃い、かつリリスの魂と肉体を揃えることで初めて完全生物となることができる。オリジナルである、というだけで危険性は複製たるエヴァとの接触と同程度だよ。もちろん、この肉体を捕食すれば生物としての位階は大いに上昇するけどね」

「つまりこれはあくまで碇司令の計画の『ピース』というわけね。……でもどうやってすり替えたの? さすがの加持くんもこの件で司令を騙すのは難しいんじゃない?」

 

そう言いながら日本酒の入ったグラスを傾けるリツコ。その発言は、実に正しい。

 

「まあ、りっちゃんの言う通りだな。だが、俺はちゃんと司令に『ニセモノ』を掴ませた……まぁぶっちゃけると、サキエルの分裂体が偽物として碇司令の手元に存在している」

「手元というか、手というか……まさか早々に移植されるとは想像外だったが」

「なるほど。確かに使徒なら偽装材料としては申し分ないわね」

「おもいっきり『パターン青』だからな。まず疑えんよ。そして、碇司令はまんまとサキエルの術中にハマったわけだ」

「人類滅亡の可能性を叩き潰してファインプレーの筈なんだが、随分と悪い言われ様だね僕は」

 

そう告げて苦笑するサキエルは、悔しいぐらいに絵になる美形フェイスで、膨れて見せる。ちょっとばかしあざといが、そのあざとさが嫌味にならない程度には顔が良いのでタチが悪い。

 

そんなサキエルに対し、加持はからかうように若干歪めた事実を述べた。

 

「だってなあ。碇司令、洗脳する気なんだろ?」

「人聞きが悪すぎる……ちょっと夢の中で初号機というか、奥方とシンクロしてもらうだけだとも。どうも、ゲンドウ氏は奥方を失う前は口下手で無愛想ながらも真っ当な男だった様だしね。むしろ今が発狂状態と言って良い。僕は正気に戻してあげるだけだよ」

「……正気に戻った時に、狂気の代償に目を向けた司令はどんな顔をするのかしらね」

 

そう言うリツコは、氷の様な微笑を浮かべるが、その目はむしろ燃え盛る炎の様。端的に言えば、非常に怖い。

 

この場で最もそう感じたのは、男性代表の加持だった。

 

「……りっちゃん凄え怖い顔してるぞ? キレた葛城より怖い」

「ふふふ。女というのは恐ろしい生き物なのよ?」

「まぁ、エヴァも女の子だからねぇ……」

「やめろサキエル、俺の中の女性のイメージが恐怖の大王になりそうだ」

「それは困るな。加持くんに最も期待しているメインミッションは女性関連なんだが」

 

そう言いつつ、サキエルはクイクイと上を指さす動作をしてみせる。

 

綾波家の2階上。そこに住まう住人といえば、1人しかいない。

 

「……葛城のメンタルケア、だったか」

「僕が彼女の傷を癒すのは簡単だが、傷に寄り添うのなら君の方が適任だろうと僕は判断した。長期的に見た場合は特にね」

「まぁ、期待に沿える様に頑張るさ。……で、サキエル。このアダムはどうする?」

「まぁ、碇司令を見習うわけではないが捕食しておこうと思う。……そうしておけば、基本的に使徒は僕を狙う様になるし、補完計画の方にも介入できるからね」

「……サードインパクトは勘弁だぞ?」

「僕が1番御免被るよそれは。ここまでの努力がパァだ。というか実際、アダムコピーである弐号機に乗り込んでも平気だったろう?」

 

そう言って苦笑しつつ、サキエルはベークライトをバキリと割って、その中のアダムを一気に丸呑みする。

 

と、しばらくしてから顔を顰めた。

 

「おいどうした!?」

「いや、美味しくないから……」

「紛らわしいわね!?」

「まぁ、それは冗談として、アダムにダイブされた遺伝子情報が得られたんだが……葛城ミサトのそれと合致する」

「……ミサトがあの時南極にいたのはそういう事だったのね」

「まぁ、ゼーレが無意味に研究者の家族同伴を許すとは思えんしな」

「……まぁ、それがわかったからなんなのだというのはあるのだが。おそらく下手人は葛城博士だろうし、葛城ミサトはむしろ被害者の側面が強い」

「……ヒトの持つ知恵の実と、アダムの持つ生命の実。その融合の果てに神が現れる、というさっきの話ね……けれど、今サキエルが無事なのは何故なの? あなた、遺伝子情報なんて山ほど取り込んでいるでしょう? インパクトとはいかなくてもそれなりに変化があっても良さそうなものだけれど」

「キーとなるのはやはりリリスやアダムの魂の方、ということだね。使徒がリリスやアダムに釣られるのは、漠然とそれを感じているからだろう。そして何より重要なのが、インパクトの発動権限は始祖たるアダムとリリスの魂の方にあるということだ。……身近で言えばレイちゃんだね」

「つまり?」

「リリスは今のふわふわ系レイちゃんを維持していれば大丈夫。……アダムの魂の方が気掛かりだけれどね」

 

そう言って、サキエルはシンクロで干渉中のレイの夢の中に目を向ける。

 

今まで食べたご馳走を思い出しているという、平和なその夢には、滅亡の『め』の字も無さそうだ。

 

「……サキエルの包容力に世界の命運がかかっている。頑張ってくれよパパさん」

「あら、ママさんじゃないの?」

「そこの解釈は任せるよ。……とまあ、今日はこのぐらいかな? ジェットアローンの方の資料はリツコ博士に渡してあるし」

「そうね。……じゃああとは普通の晩酌?」

「お、良いねえ。サキエルの作るツマミに期待だな」

「……何かあったかな。……出汁巻卵で良いかい?」

「おっ、言ってみるもんだな」

 

そう言って笑う加持と「ネギ入りがいいわね」と注文をつけるリツコ。それに応じて、エプロンを着込んでキッチンに立つサキエル。

 

そこにあるのは実に穏やかな雰囲気の、秘密結社の会合であった。


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