チルドレン同士のシンクロ試験は今日のプログラムの午前の部。
故に、チルドレン達は一旦お昼ご飯の為に帰宅していた。……だが、その空気ははっきり言ってぎこちない。
アスカとシンジはレイを間に挟んで行動しており、チラチラとお互いを見ては目が合うたびに顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
なんともまぁ微笑ましい光景ではあるが、先程から緩衝材に使われているレイからすれば、そろそろ『鬱陶しい』の領域にあると言って良いだろう。
故にこそ、レイは帰宅と同時に玄関でいち早く靴を脱ぐと、ちょうど靴を脱ごうとして隙ができたアスカとシンジの頭を鷲掴みにし、無理矢理向かい合わせるとキスをさせた。力任せなのでおでこが激突していたが、ちゃんと唇も触れ合ったのでレイとしては結果オーライ。
流石に鈍いレイでも2人の心情をシンクロで追っていれば『キスしたいのね』くらいの理解はするのだ。
2人のウザさにお冠のレイが、強制的な手段に出たのも仕方ない。
だが、シンジ達以外にも、この家には住人がいるわけで。
「おやおやおやおや……ふふふ。レイちゃんがキューピッド役とはね」
「サキエル。シンジとアスカが変。病気かもしれない」
「まぁたしかにコレは恋の病だろうね」
「治るの?」
「僕は経験はないが不治の病らしい。人間の欠けた魂に由来するものだから、生まれつきのものだね。レイちゃんがピンと来ないのもその辺りだろう」
「そんな……」
「レイちゃん、その『そんな……』のニュアンス、さては『ずっとこの鬱陶しいままなのか』みたいな方だね……? まぁ、今の状態は発作的なものだろうから、僕がなんとかしておこう。レイちゃんは先にお昼を食べておいで。キッチンにカレーが用意してあるから」
「肉入り?」
「シーフードカレーだよ」
「食べてくる」
「あ、レイちゃん。食べる前にカレーを2人前よそって、シンジ君の部屋の机の上に頼むよ」
「わかった」
そんな風にレイをダイニングに向かわせたサキエルは、頭を打った痛みとキスの衝撃で悶絶するアスカとシンジをヒョイと抱え上げると、そのままシンジの部屋に直行し、カレーが机の上にあるのを確認すると、ベッドの上に2人を置いてそそくさと撤退。
同時にドアをATフィールドで封鎖し、完全に2人を部屋に閉じ込めた。
「そちらの音が外に漏れることはないので好きなだけ話し合って欲しい。ネルフ側の予定によれば訓練開始は14時。今は12時前だから十分時間はあるだろう? 13時半には出してあげるからそれまでに頼むよ」
そう言い放ってダイニングに逃げたサキエルだが、コレには彼なりに事情がある。
「……予定ではもっとゆっくりと愛を育んで貰うはずだったんだけどなあ」
そう。準備不足だ。今回の件はリツコと加持が主導していた為、サキエルの計画より早くアスカとシンジがお互いの感情に気づくことになってしまったのである。
「……後でいいかと、恋愛についての調査を怠っていたのが裏目に出たな。至急情報調査をして恋愛的思考のシミュレートを行わねば。……しかし事前情報の時点で『心のバグ』やら『性欲の詩的表現』やらと僕にとっては難易度が高そうな話が……。母性や献身の『愛』はまだわからなくもないが『恋』は渇望なのだと聞くし……ううむ」
そう。単に準備不足だったことからサキエルは学習時間を稼ぐべく、とりあえずは2人の自己解決に任せたのだ。
だが、そのしばらく後に恋愛について調べたサキエルは、この時の判断を『危なかった』と後悔する事になる。
* * * * * *
シンジの部屋。シンジのベッド。シンジの匂い。
アスカの揺さぶられた心には随分と甘美すぎるそのシチュエーションの中、彼女はベッドに腰掛け、シンジと見つめあったまま固まっていた。
そんな状況で、最初に動いたのは、意外にもシンジ。根っこの部分では、彼の方が屈強な精神の持ち主だったらしい。
「アスカ……その、おでこ大丈夫だった?」
「へ? あ、ああ。平気よ、別に……でもその……」
「アレはノーカンじゃないかな、レイに無理矢理叩きつけられたって感じだったし……」
「そ、そうよね! アタシとアンタは、キ、キスなんかしてないってことにしましょ。うん。それが良いわ」
「……それは嫌かも。ごめん」
「は? シンジ、アンタ言ってること変————ッ!?!!?」
不意打ち、と言って良いだろう。抱き締められ、交わされたそれは、紛れもなくシンジの意思で行われた口付けで。
唇に触れた感触と、間近に迫るシンジの顔。シンジの匂い。抱き寄せられた先の、男の子らしく硬い胸板。
何より彼女を抱き締めるその腕は、思っていた以上にしっかりとしたもので。
つぅ、と2つの唇に銀の橋を掛けて僅かに離れたシンジの控えめながらも『美少年』と言って遜色ない顔は、朱に染まってはいるが、アスカを真剣な面持ちで見つめていた。
「アスカ、その。僕は、僕はアスカが好きだ。……一目惚れで、一緒に暮らすうちにもっと好きになって、えっと。その。……だから、なかった事にするのは嫌だったし、アレがキスって事になるのも嫌で、その……。ごめん、アスカ。勝手な事して」
ところどころ詰まりながらも、そう告げて、シンジは気力を使い果たしたのか、ヘナヘナとベッドに倒れ込み、顔を押さえてしまう。
耳の先まで真っ赤になったその表情は、先程のキスによるものというのは明白で。
だが、そんなシンジを、アスカは『赦すわけには行かなかった』。
「……赦さないから。シンジ」
「ご、ごめん、本当に————ッ!?!!?」
そう言って睨むアスカに、顔を押さえていた手を退けて、シンジは申し訳無さそうに謝罪を述べようとし————その唇を、のし掛かってきたアスカに強引に奪われた。
「赦さない。何が『ごめん』よ。嬉しかったのに台無しじゃない! これだからシンジはバカシンジなのよ!」
「えっと……」
「やり直し! リテイクを要求するわ!」
「それってつまり、その」
「早く!」
顔を真っ赤にして、そう吼えるアスカに対して、シンジは苦笑と共に、改めて、少し落ち着いたその心で、アスカを抱き寄せると、口付けを交わして言葉を紡いだ。
「……アスカ。好きです。僕と付き合ってください」
「……及第点はあげるわ。有り難く思いなさいよね!」
そう告げてギュッと自身に抱きつくアスカを優しく抱きしめ返して、シンジは幸せに浸りつつ————緊張の糸が切れた事で、そのまま意識を手放した。
その腕の中で、アスカがポツリと「もう、こんなんじゃ満点はいつになるのかしら」なんて呟きつつも、ニマニマと微笑んでいたのは、彼には知るよしもない事である。
* * * * * *
「サキエル、おかわり」
「はいどうぞ、レイちゃん。……シンジくんとアスカちゃんは大丈夫だろうか。喧嘩はしていないようだが、うまく行きすぎても14歳では『まだ早い』し……しかし約束を破って部屋に乱入する訳にも……」
「サキエルは心配性」
「……だと良いんだけどね」
そう言って苦笑するサキエルは、脳内で『未成年者の妊娠とそれに伴う母子のリスク』やら『帝王切開の予後と現状』やらの論文を読み漁っている。
キスだけでシンジがノックアウトし、アスカもシンジに抱きついたまま緊張が緩んで寝てしまって居るとはつゆ知らず、サキエルは13時半まで、気を揉みながら過ごすこととなるのであった。