訓練初日午後の部。昼は座学的な要素のあるパイロット同士のシンクロ訓練だったシンジ達だったが、午後から行われるのは身体を使った相互シンクロ訓練。
その手法はやはり加持のアイデアとリツコのアレンジによるもので、一見すれば遊びや冗談の類にしか見えない。
というのも、シンジは現在、表面にカメラがついたメカメカしいバイザーに耳栓という状態で、DDRこと『ダンスダンスレボリューション』の筐体の前に立たされているのだ。そして、その両隣には、猿轡を嵌められ椅子に座らされたアスカとレイ。なんの儀式だ、と思うかもしれないが、レイには目隠しとヘッドフォン、アスカはシンジのバイザーについたカメラの映像を転送し表示できるバイザーが装着されている。
コレが意味するのは一つ。
アスカが目、レイが耳となって、シンジにDDRをクリアさせるのがこの訓練の内容なのだ。
それには当然、3人の心の重ね合いが重要となる。
ATフィールドへの理解を深め、その感触を身体で覚えようというのがこの訓練の目的なのだ。
「よっ、はっ、よいしょ」
「ふぅん、シンジ君結構踊れる方なのね?」
「おいおい葛城、シンジ君が楽器をやってるってのは知ってたんだろ? リズム感がしっかりしてるのは自然だと思うんだが」
「いや、それはそうなんだけど、あんな風にキビキビ動く子だったかしら……?」
ミサトの指摘も当然だろう。碇シンジという少年は、運動神経が悪いとまでは言わないものの、良い方では無いのだから。
だが、その真相について、計器類の調整のためにバックヤードにいるリツコとルイスは察していた。
「アスカとシンジ君のシンクロ率が急激に上がっているわ。シンジ君のあの動きは————」
「————アスカちゃんの運動神経、ということだろうね。……一応こっそり確認はしたのでシンジ君もアスカちゃんも清い身の筈だが」
「キスだけで心を重ねられる、実に模範的な純愛ね。コーヒーが甘くなりそう」
「僕としては、アスカちゃんの魂とシンジ君の魂が一部混ざっているのが気になるところだね。……シンクロのし過ぎで若干補完されてる気がする。りっちゃん、シンクロ率は?」
「レイ-シンジ間が86.9、レイ-アスカ間が71.6、シンジ-アスカ間が……153.7ね」
「自我境界線が融和しているのか。……恋の力は凄まじいな」
「アスカとレイがただの同居人なのに7割以上の数値を叩き出しているのが1番の謎ね。やっぱり一度心が重なると感覚を掴みやすいのかしら?」
そう言って悩むリツコ。人間同士のシンクロ現象というのは送受信側双方にセンスが必要らしく、今のところ仲良しチルドレン3人組にしか確認されていない技術なのだ。
サキエルのシンクロ補助が呼び水だったのは間違いないが、彼らが少年少女であるというのがもっとも大きいのだろう。
子供の柔らかな心は繊細だが同時に柔軟だ。シンクロという行為を受け入れ、自分の中に他者の居場所を作るその行為が可能なのは、心の柔らかさ故と言って良いだろう。
そして、おそらくアスカとシンジは、『互いの心の中の居場所』が急拡大した状態にある。魂が溶け合い、少しずつ互いの魂が混ざりながらも決して混ざりきらない絶妙なバランス。
その中で、アスカとシンジの感覚や能力は一段階深い共有状態に至ったのである。
「コレはもう、
「わざと?」
「MAGI、特にカスパーが強く推奨したのよ。……母さんの女の勘に感謝ね」
「ああ確か、MAGIは————」
「第7世代有機コンピュータ。母さんの脳みそを3つ並列結合したスーパーコンピュータよ」
「人類最高峰の頭脳の並列化。科学者、母親、女の3つの側面で赤木ナオコ博士を複製したのだったかな。……女の勘というからには、カスパーには女としての人格が?」
「ええ。……一番クセの強いマシンよ。母さんらしいわ」
そう言って少し寂しげに笑うリツコの髪を軽く手櫛で梳いて、サキエルはその頬に優しく口付ける。
「君の寄る辺はもう母親だけではないのだから、そう寂しがらなくてもいいだろう?」
「そうね。女としても、科学者としても、母さんにいつまでも負けてられないもの。ふふ、気を使ってもらってごめんなさいね」
「……どういたしまして」
そう答えてふと、サキエルは何故今自身がリツコを気遣ったのだろうかと思案する。
計測上のリツコのストレス値がそう上がっていたわけでもない。行動として意味がないとは言わないが優先順位では劣るはずだ。
————ここのところ、システムに微妙なブレがあるのかもしれない。一度見直しておくべきか?
チルドレンに『癒され』、リツコを『気遣い』、アスカとシンジの仲を『心配する』その思考は、演算の組み合わせである筈だ。
まさか、知恵の実を持たぬ使徒の身で心が芽生えるわけも無い。
そこまで考えてふと、サキエルは何故か先日喰らったアダムの事を思い出したが、それもまた『システムの不調』であると見做して、自身の思考回路の検証に没頭する。
————だが結局、サキエルの思考回路にはなんの欠陥も見つからず、サキエルは首を傾げる事になるのだった。