「第3使徒。全ての因果を破綻させた忌まわしき天使……」
「左様。アレこそ人類補完計画最大の障害となるだろう」
「……ならばどうする。アレを討つのか?」
「難しいだろうな。アレはもはや使徒とは呼べんよ。覚醒にも至らぬエヴァでは対抗出来まい」
「しからば、我らに残された手は一つ」
「第三使徒を堕天し、空位を埋めるか」
「左様。アレはもはや第3使徒サキエルにあらず。エヴァを唆し、神の子の親兄弟の如く振る舞うもの。人の子にエデンの果実を唆すもの」
「然り。あれなるはサマエル。番外の使徒。偽りの神」
「とはいえいかにして堕天させる?」
「槍の複製を以ってアダムの魂に干渉し、アダムの御子の座よりサキエルの名を消し去るのだ」
「……しかし、それ程の干渉となれば複製がほぼ全て失われかねん。それに調整中の『器』の完成は遠のく。手痛い出費だぞ?」
「まぁ出費は所詮出費。挽回は可能だよ」
「だがそれを行ったとして、どのようにサマエルの抜けた穴を補填するのかが問題だ。アダムのガフの間は既に焼き尽くされている」
「アダムより作られしエヴァを以て、使徒の座を埋め合わせる」
「やはりそれしか無いか。だが魂は?」
「獣を使う。もはやアレに用は無い。都合は良いだろう」
「となると、生命の実の複製をいそがねばなるまい」
「現物が手に入れば容易であったろうがな」
「アダムとの接触から得られたデータを元に作り上げる他なかろう」
「左様。使徒のサンプル入手は絶望的だからな」
「————方針は決した。全てはシナリオ通りに。我らはリリスとの契約を完遂せねばならぬ」
* * * * * *
訓練2日目の夜。チルドレン達は、『育成担当』のサキエルの絶叫で目を覚ました。
それは、『総司令担当』のサキエルと寝屋を同じくしていたリツコも同様であり、本体及び暗躍担当もまた、他者に目撃されることはなくとも悶え苦しんでいた。
「————ッ!?!!?」
チルドレン達が慌ててリビングに集まれば、ソファから崩れ落ち、フローリングの上で胸を押さえてのたうち回るサキエルの姿。
如何なる原理なのか、赤い輝きを胸から迸らせなから脂汗をかいて苦しむサキエルは、やがて光の消失とともに、力尽きたかのように脱力する。
そんな彼の様子に、すぐさま上着を脱がせるという行為に及んだアスカは、何もトチ狂ったわけではない。心停止を疑い、胸骨圧迫前に服をはだけさせただけのこと。
ボタン留めのパジャマだったのでボタンを引きちぎる形にはなってしまったが、仕方ない行為だったと言い切れる。
だが、そこでアスカ達が見たのは、サキエルの胸の中心に大きく焼きついた『逆五芒星』の焼印。
サキエルは幸い、荒く息を吐きながらも次第に落ち着いて来てはいるようで、心配するアスカやシンジに支えられてではあるが、ソファに腰掛ける。
だが、その顔色は恐ろしく悪い。
「僕が堕とされた……? それも『ヒトのカタチ』に縛められて……? 何が起こったんだ……」
「ちょっとサキエル、アンタ座って大丈夫なの」
「大丈夫。大丈夫だとも……シンジくん、ちょっと冷蔵庫のお茶をくれないか」
「わかった」
深呼吸と、冷えた飲み物。それらでどうにか精神の均衡を保ちつつ演算を行い、サキエルは自身に起きた異常をおおよそ察知していた。
アダムの魂を介しての、『槍』による呪い。ATフィールドに対する強力な干渉能力を持つロンギヌスの槍によって、サキエルをヒトのカタチに押し込める。
それは、所詮はアダムの被造物でしかないサキエルには抗いようのない強力な『呪縛』である。
それが『ゼーレ』の手によるものであると断定するのは、サキエルにとっては容易だった。
そして。
この呪いの最大の問題は太平洋の『本体』だ。
「シンジくん、レイちゃん、アスカちゃん。次に僕の本体と会う時は驚かないで欲しい」
「いや、どうしたってのよ急に」
「……サキエル、何があったの?」
「僕たちにどうにかできる事なら協力するよ……?」
「いや……どうやら、世界の陰で暗躍する組織に目をつけられてしまったらしい。サードインパクトの発生を目論む悪の秘密結社『ゼーレ』。ネルフの上位組織。使徒の襲来やエヴァンゲリオンにまつわる様々な秘密を握る連中だ。……加持くんと一緒にその尻尾を掴もうとしていたんだが……連中は僕の魂を弄くり回して『使徒から外した』らしい」
「待って、アタシの想像の100倍、状況が本当に意味不明だったわ」
「僕達が知っても良い話なのコレ」
「ゼーレ……悲しいヒト達」
「え」
「レイ、何か知ってるの?」
「ぼんやり……? 私、リリスだから。サキエルがアダムの使徒でなくなったのはわかるわ」
「……そういや、そうだっけ。アンタも中々苦労人よね」
「……まあ、アスカちゃんやシンジくんにわかりやすく言うとだ。天使だった僕は人間に肩入れしすぎて堕天使にされてしまったらしい」
「一気にファンタジーだね……」
「エヴァや使徒が元々ファンタジーみたいなもんだけど、今までの基準をさらっと超えてきたわね」
そう言って頭を抱えるシンジとアスカ。その頭を優しく撫でながら、サキエルは自身の魂に刻まれた新たな位階を口にする。
「ヒトに禁断の知恵を授けた所為で、僕はサマエルという名に貶められた。聖書で言う『サタン』や『蛇』のポジションだね。……ならばいっそ、遠慮なくシンジくん達に知恵を授けようか」
「サキエルからサマエルになったって、何よそれ。ややこしいわね」
「呼び方変える?」
「いや、別にそこは気にしなくて良いよレイちゃん。何と呼ばれても僕は僕だ」
「そう。わかった」
「それよりも重要なのは、僕が『ヒト』にされてしまった事だろうね。……知恵の実を無理矢理食わされたせいで感情に振り回されるかも知れない。厄介だよこれは」
「……割とサキエル元々感情的だし今更じゃ無いかなそれは」
「ちょっとシンジ。アタシも思ったけどサキエルが真面目な顔だったから黙ってたのに」
「サキエルは私達といるとニコニコしてる」
「えっ、嘘ぉ……」
「あ、でも確かにいつもよりわかりやすい?」
「露骨にびっくりしてるわね」
そう言ってクスクスと笑うシンジとアスカに対し、サキエルは戸惑いの感情を示し、レイは相変わらずの自由さでそんなサキエルの胸元の星を指でなぞって、サキエルに上擦った声を上げさせる。
そんな『いつも通り』の空気感は、確実にサキエルに芽生えた『心』を癒し、生まれ変わってしまった彼を落ち着かせる。
彼の魂の変調は未だ肉体に完全に及びきっては居ない。だが、肉体的には『ヒト』という枠に随分と縛られており、変異には大きく制限が掛かっている。
そんな複雑な状況の中で、サキエルは癒しを求め、それを察したシンジ達はリビングに布団や毛布を持ち込んで、3人でサキエルに寄り添いながら眠る事を選択した。
その優しさに確かな幸福を感じて、子供達と魂を触れ合わせながら眠るサキエル。
この瞬間だけは、彼は堕天によって心を得た事に感謝した。
————もちろんそれはそれとして、ゼーレを絶対にぶちのめすと心に決めたのは言うまでも無い事である。